ドリス・デイの事。
ドリス・デイさん死去 97歳。そんなニュースが入った。
かつてドリス・デイの事を書いた事がある、大好きな女優さんだ。
僕の中の最初の理想のアメリカ人女性はドリス・デイだった。
その歌声は晴れた日曜日の平和な午後を思い起こさせる。
それだけでなく、雨の日の夜を思い起こさせる音楽もある。
今でもドリス・デイの歌はよく聞く、Youtubeにはいっぱい歌も動画も入っている。
人が死ぬのは順番と思ってるし、ドリス・デイにも順番が来ただけだと思うけど、2歳で無くなった子供のニュースの後で、順番は、なんとも残酷だ。
ドリス・デイを最初に知ったのはテレビドラマ、ドラマと言っていいのか、ドリス・デイ・ショー、「ママは太陽」。
何十年か前にハワイに行った時にDVDを探し回り、何枚か買った。
一番上の見出しの写真がそれ。
1960年代終り頃から映画を見始めた映画ファンにとっても、ドリス・デイは過去の女優さんだったが、1970年代にはまだ1960年代の映画を多くテレビ放送していたから多くの映画はテレビで見る事が出来た。
「ママは太陽」は何度か再放送されたと思う
ドリス・デイの映画のDVDはオランダで何本か買った。
日本でドリス・デイの映画を探すのは困難だ、ヒッチコック監督の「知りすぎていた男」が代表作と言われ、一番手に入りやすいだろうけど、ドリス・デイの魅力は、もう少し安っぽいピンク・コメディにある。
「知りすぎていた男」は傑作だと思うけど、ドリス・デイにとっては力が入り過ぎている。
「スリルのすべて」「夜を楽しく」「花は贈らないで」「恋人よ帰れ」......
ドリス・デイの明るい笑顔が脳裏に蘇る、困った顔、怒った顔、驚いた顔。表情豊かな演技、それはテレビショー向けの大げさな芝居だけど、それが僕にとってのアメリカだった。
ドリス・デイの映画をオススメしたいけど、見てもらう手立てが無い、古い古い女優さんになってしまった。
映画も残酷だ、残るようで残らない、僕はもう記憶の中のドリス・デイとしか出会えない。
自分で書いた文章を探していたら時間がかかった。
2012年のツイートでドリス・デイにふれている。これだけポツポツとではあるけれど、一人の女優さんの事を書いている。おそらく、それだけ好きなのだろう。
これだけ書いた女優さんの事を他に思いつかない。
かつて「ロードショー」という映画雑誌があり、その中に「読者の映画評」というページがあった、その名のとおり、読者が映画評を書いて、当時は郵便で出版社まで映画評を送った。
記憶が正しければ1974年、僕はドリス・デイの「スリルのすべて」の映画評を書いて掲載された、それが僕がドリス・デイにふれた最初の文章だ。
それ以降、僕の中でドリス・デイが、ちょっと特別な意味を持ったのかもしれない
僕の頭の中の片隅にいつもドリス・デイがいた事を、ドリス・デイに知って欲しかった。