思い残す事。
以前、ミニチュア・ダックスフントを飼っていた。名前はキューちゃん。
そのキューちゃん、お腹に、かなり大きなシコリ、腫瘍が出来た。
これは乳腺炎・乳腺腫瘍で、手術で摘出したけど、その記憶があり、先日手術した「鼠径ヘルニア」と診断されるその症状も、医療に無知な僕は、それに近い腫瘍なのでは無いかと悪く考えていた。
でも、まあ、どうせ死ぬんだし、キリギリまで放置して、腫瘍が全身に転移して、「手遅れです」「余命1ヶ月です」ぐらいで死ねたらイイナと思っていた。
そんな簡単に死ねたら一番イイという理想だ。
この所、なんだか、物事がイイ感じに回っていない気がしていた、もう死んでもイイ気になっていた。
思い残す事はイッパイだけど、どんな成功者だって、きっと思い残す事はあるはずだ。
だけど、思い残す事ってなんだと考えた。
① 5000ピースのジグゾーバズルが、もう少しで終る。
② ホープ軒のラーメンがもう1回食べたい。
そう、思いながら死んで行く。この2つは、もう少しで叶う事で、{思い残し}レベルだと2ぐらい(弱い)かもしれない、人生に関わらない日常の思い残し。
だけど。
③ 宇宙飛行士になりたかった。
④ あの時、あの娘とイイ関係になりたかった。
このふたつは、{思い残し}レベルだと8ぐらい(強い)かもしれない、けどもう手遅れで、思い残したところで、どうする事も出来ない。
⑤ タヒチの最高級ホテルに泊まってみたかった。
⑥ 赤いベンツのオープンカーに乗りたかった。
このふたつは、金銭的に出来なかった可能性はある、人生の成功、失敗に関わってくる(金持ちになる事が成功とするなら)。
思い残しのレベルは10(最強)かも、だけどこれも、思い残したところで、どうする事も出来ない。
考えてみると、僕の{思い残す事}は、思い残したところで、どうする事も出来ない事が多すぎる。
子供たちが小さかった頃、もっといっぱい遊んであげたらよかった。そう思うけど、その時はそんな時間も余裕も無かったのだ。
後悔したり、思い残したりした所でどうにもならない。
だから、そういう{思い残したところで、どうする事も出来ない事}をすべて無くしてしまうと、なんかもう、なにもない。
せいぜいラーメンが食べたいとか、ドリアンが食べたいぐらいの事で、突き詰めれば、どうでもイイ事。
そう考えると、死ぬまでにやってみたい事なども、少し前に考えたけど、現実的でない事を排除してゆくと、ラーメン食べたかったぐらいの平和な事だけになる。
死ぬまでにフランス人の愛人を作り、タヒチの水上コテージのスイートルームでラブラブな1ヶ月を過ごす。
なんて考えた所で、実現不可能なのは判りきってる。
そうやって、自分の常識に従って死ぬまでにやりたい事を考えると、
「奥さんとふたりで南の島のホテルで波を見ながら、のんびりした時間を過ごす」
「子供たちと、ドライブしながら小さい頃遊んだ公園なんかを回って、昔話をしながらのんびりする」
どちらも相手がある事だから、付き合ってくれるとは限らないけど、これぐらいなら叶いそうだ。
もう、思い残す事って、そんな事ぐらいか。
なんか悲しくなって来たので。
おわり。
腫瘍じゃなかったので、まだまだ生きます。