初めて学校をサボった

2021-05-25


母親と喧嘩した。
私が学校に行こうとしなかったからだ。もう限界だった。






憂鬱な朝。

いつものようにギリギリの時間にシャワーを浴び、洗面所でドライヤーで髪を乾かそうとした。
その瞬間、母親は私のドライヤーを奪った。
「もう学校間に合わないから、そのままで行きなさい」
濡れた髪で学校に行ったら、クラスメイトにどう見られるか、想像するだけで震えた。嫌に決まっている。

私はドライヤーを奪い返そうとした。
「ねえ、そういうのほんとだるいから。やめて」
もうこの際遅刻しても良いと思った。小中と遅刻魔だった私は、諦めが早い。遅刻することより、濡れた髪のまま学校に行く方が怖かった。

「高校ではもう遅刻しないって、約束したじゃん!!!!ふざけんな!!!」
母親がギャンギャン泣き叫ぶ。

私のことなのに、母親の方が悲しい顔をしているのが悔しかった。
そういう所はちゃんと母親だった。





ドライヤー争奪戦が始まった。

ドライヤーを奪った母親は、必死に取られまいと後ろに隠す。
私が母親の腕を掴む。
母親が悲鳴を上げた。
その隙を見て、私がドライヤーのコンセントを掴む。
私はコンセントを引っ張ってドライヤーを自分の方へと引き摺り込ませる。
母親が抵抗する。

私も母親も、涙目で必死だった。
ドライヤーの奪い合いなんて、傍からみたら、滑稽なんだろうなあと思った。でも、それどころじゃなかった。

とうとう母親が、ドライヤーを抱えたまま洗面所から逃げた。ドアがバーン!と勢いよく閉まる。
私は1人洗面所に取り残された。





もう母親の顔を見たくなくて、鍵をかける。さっきまであんなにうるさかった洗面所が、急に静かになった。私はそしたら涙が止まらなくなって、声を抑えて静かに泣いた。まだシャンプーの匂いがする濡れたバスタオルに、ぐちゃぐちゃな顔を擦り付けた。

もう学校とかどうでもよかった。ただただ、死にたかった苦しかった。
こんなに頑張っているのに。4月から毎日、慣れない学校に朝早く起きて通いつづけて、それだけで毎日限界だった。



頑張ったんだね、辛かったね。誰かに褒めてほしかった。 

洗面所で1人、自分の頭を撫でてみる。私が今一番欲しい言葉を唱えた。
頑張ったね私、頑張ったね。いいこいいこ。余計寂しくなって、また涙が止まらなくなった。

そんなことをしている間にも、洗面所の外から母親の怒鳴り声が聞こえて、私はその度にバスタオルの滲みを増やした。

洗面所の外から母親が言う。
「なんで普通に学校に行くことができないんだろうね」
何回も似たようなことをつぶやきながら、母親は諦めたのか仕事へと出かけた。「2時限目からは行きなさいね」






玄関のドアが閉まる音を聞いてから、私は洗面所のドアをゆっくりと開けた。母親はああ言っていたけれど、もう頭の中で学校をサボることは決定していた。

自分の部屋について、ベットにダイブする。生乾きの髪が、顔に張り付いて気持ち悪い。窓の外でちゅんちゅん鳥が鳴いていて、BGMには心地よかった。

泣きすぎたせいか頭がガンガンする。いっそのこと、熱でてねえかな、そしたら罪悪感なく学校サボれるんだけどな。そう思って、体温計を脇の下に挟んだ。
いつも熱があって欲しいときは絶対平熱だったのに。37.2度。微妙。
まあまあな罪悪感のなか、学校をサボることが決定した。



学校から連絡が来たらしい。私が学校に行かなかったことを心配した父親から、LINEが来た。「学校でなにかあったの?」
なにもない。なにもないのだ。なにもなくて、いつも通り辛いだけなのだ。
父親にドライヤー争奪戦の話をして、そしたら父親は笑った。
「なあんだ、学校行くの嫌になったかと思って焦った」


思考が止まった。
私は、ドライヤーを奪われただけで学校をサボる人間だと思われたのだ。たしかにキッカケはそうだったかもしれない。でも、もともとすでに限界だったのだ。ドライヤー争奪戦はただのトリガーなだけだった。

「もう次はねえからな。明日は学校行けよ」
不器用すぎる父には、何も伝わらなかったらしい。私は笑った。



音にならないギターを弾いて、ゆれるカーテンを見つめて、それだけで夜は来てしまう。
なにもしないで一日が終わっていく。
でもそれでいい。心地よかった。


明日は皆既月食らしい。
紅い月を眺めながら笑えるように、明日は学校へ行こうと思う。泣きたくなんて疾うになかったのだ


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