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蝋燭の灯でやさしく瞼をとかして




  窓から光が差し込んで床にやさしく映りこんでいる。その光の中に、風で揺れる木々が影となって居る。水面みたいに形を変えていくから、あまりにも綺麗で、その中に入りたいと思った。

 

 




2021-10-26


  満員電車にはもう乗りたくなかった。登校中、漠然とした不安と恐怖で、足がすくんだ。おなかが痛くなって、涙が溢れた。
  そして私は「逃げない!」を聴きながら逃げた。
  もうこうやって逃げるのは5回目だった。「逃げることだって、前を向くこと。どこ向いて駆け出したって、そこは前で、その先は未来だよ」と誰かが言っていた。そのとおりに電車は、私がもと来た道を前に向かって進んでいる。そんな言葉を思い出さないとやっていけなかった。下りの電車は人が少なくて日差しがあったかくて、ぼんやりと、ねむくなる。



  駅を出たら青空が広がっていた。「絶望が霞んだ瞬間違和感ありまくりの白い雲」本当にその通りで思わず笑った。ぽっかりと浮かんでいる雲の色が、歯のインプラントみたいな白さで嘘みたいだった。
  気温は低いけれど太陽の陽射しがあったかくて、こんな日はひなたぼっこをしながら何かあったかいものでも食べたくなる。


  それで、おでんを食べたくなった。
公園に向かった。小学生の頃よく父と行った公園。私と父とおでんの記憶。
  冬になると、近くのコンビニでおでんを買って、その公園のブランコに座って食べていた。私はそれが大好きだった。家のおでんより少し濃いめの味付けで、汁が染み渡った大根が何よりもおいしい。冬空の下ふたりで分け合って食べるおでんは、私の心をやさしく抱きしめてくれた。父は熱い食べ物を噛むときに歯をカチカチならす癖があって、となりでカチカチという音が聞こえるのがおもしろくて、私も真似してカチカチ、カチカチと鳴らしながら食べた。他人から見れば、行儀の悪い親子だったのだろうけれど。私は幸せだった。


  そこに公園は無かった。
  公園があった場所には、辺り一面雑草が背の高さくらいまで生えていて、無くなってからだいぶ時間が経っていたことがわかった。おでんはもう食べたいとは思わなかった。


 私は雑草達の横を通り過ぎて、そのまま図書館へ向かった。別に悲しくはなかった。雑草達の中に紛れた黄色い花が綺麗だったから。ただ、なんだか孤独だなと思った。それだけだった
  図書館に着いてすぐ、お弁当を食べに休憩室に行った。休憩室に行くと、いろんな人がいる。本を読んでいる老人、スマホをいじっている女性、カレーをかきこむサラリーマン、、カレーの匂いは部屋中を蔓延していた。




  ふと横に目を向けると、休憩室の窓から光が差し込んでいた。
  その光の中で、葉の影は踊り出す。葉の周りのまあるい光の露が、きらきらと揺らめいてやさしく、やさしく私の瞼を溶かす。蝋燭の灯みたいな木漏れ日が部屋を照らしてくれていた。その灯の揺らめきをぼうっと見ていると夢の中に入れそうで、私は瞼をとろりとして、微睡んだ。

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