仮面ライダーSL2話
Tale2:始まりはLightningStar
それは今から2か月前の話だ。
「父さん!!」
将碁と母親、そして従兄弟の西武椎名の3人が慌てて病室へと駆け込む。
「……君達か」
西武家の大黒柱にて西武財閥の会長である西武巌がベッドの上で声を放つ。首から下が動く気配がない。
株主総会からの帰社中に乗っていた車が事故を起こしたのだ。なんでも運転手が突然胸を押さえて急ブレーキ。そのせいで後ろを走っていた車が衝突。その衝撃で巌は脊椎に甚大な被害を受けてしまい、首から下が動かせなくなってしまったのだ。
「鏡先生、話してくれませんか」
「……はい」
彼の手術を担当した鏡執刀医がレントゲンを3人に向かって見せて説明を始める。
「……クランケ……お父様の容態は脊椎損傷による半身不随。具体的に言うと、全身に信号を送るための末梢神経が著しく破損してしまっています。そのため首から下に信号が届かず手足を動かすことが全く出来なくなっている状態にあります。手術により直接脊椎を傷つけた金属片の切除は既に終えているのですが神経系の損傷が原因により徐々に心臓への血流が減衰していき……」
鏡執刀医の言葉が詰まる。将碁と椎名は自分と同い年くらいの医者がここまで表情を歪めて居る様を見て声も上げられない。やがて、巌の促しを受けて鏡執刀医は言葉を続けた。
「……お父様は恐らく半年以内には心臓の機能不全に伴い、お亡くなりになられる可能性が高い状態にあります」
「……余命宣告……!?」
「……尽力の限りの手術だったのですが……申し訳ございません……!!」
鏡執刀医は頭を下げた。恐らく普段なら将碁も椎名も嫌な奴だと思うようなちょっとキザったいイケメンの彼がプライドも何もかなぐり捨てて頭を垂れたのだ。
「……みんな、彼が言ってくれた通りだ。私は恐らく半年以内に逝く。定年まで働きたかったけれども……残念なことになった。……将碁」
「な、なに……?」
「お前が新しい西武の会長になるのだ」
「そ、そんなこと……!!」
「……出来ないか?」
「……」
「お前が出来なければ椎名。お前にやってほしい」
「……僕が……ですか?」
「そうだ。お前の両親もまた事故でこの世を去った。それでひどく傷ついたに違いない。私に出来ることは何でもやってあげたいと思っている。もしもお前が望むのであれば……西武を頼みたい」
「……」
椎名は将碁を見やる。将碁もまた椎名を見返す。数秒の沈黙から
「分かりました。僕がやります」
「……頼んだぞ」
「……そんなことがあったのか」
翌日。将碁は重々しく武と……雷王院に告げる。
「椎名の両親が交通事故で亡くなった時もそうだけどまさか自分の家族が交通事故に遭うなんて思わなかったよ……。それに俺が西武の会長になるだなんてとても想像できない。けど、椎名ならうまくやってくれると思うんだ」
「……本当にそうか?」
雷王院は一歩前に出た。
「お前は逃げたんじゃないのか?西武財閥の会長になる事から。西武椎名と比べられることから」
「……雷王院……」
「覚えていないかもしれないがかつてのお前は悩みながらも前に進んだんだ。どんなに重圧を感じたとしても最後には自分の足で自分の進みたいように進む。親父さんの事や西武椎名の事はもう過ぎたことかもしれない。だが、親父さんの遺志からは逃げちゃいけない。せめて最後までには……」
「……最後ってなんだよ。遺志ってなんだよ。父さんはまだ生きてる!!まだ生きてんだよ!!!」
「論点をずらすな。現実から目をそらすな」
「言い方考えろって話だよ……!」
武が雷王院の肩を掴む。全力の握力で肩がきしむ。
「こいつの家庭は幸せだったんだぜ。俺達みたいなはみ出し者じゃない。俺達なら今更失う何かがあったとしてもこいつは違う。もっと他に言うべきこととかあるだろうが!こいつは今傷ついているんだぞ!?」
「……今は慰めてやってもいいかもしれない。だが、お前はそれで逃げてしまうかもしれない。だから俺は……」
「いい加減にしろよ!!」
武が雷王院を突き飛ばす。
「お前は俺達の何なんだよ?友達だろ?だったら慰めてやれなくてどうするんだよ!?心の支えになってやらないでどうするんだよ!」
「だからって現実逃避させてどうする!?親父さんはこいつが現在ぷー野郎だから心配して真っ先に会長の話をしたはずだ!」
「憶測でものを語るんじゃねえよ!今そんな話してないだろ!?」
「……武、もういいよ」
将碁は背を向けた。
「……何を言ったってそいつには意味がない。そいつには理不尽に傷つけられたものの痛みなんて分からないんだよ」
「……見損なったよ」
そう言って将碁と武は雷王院の許を去った。
「……ずっと甘やかしやがって……」
雷王院はゆっくりと立ち上がる。その時。
「くっ!!こんな時に……!!」
突然の痛みに胸を押さえる。脳裏に炎のイメージと、古いゲームがバグった時のいびつなザザザと言う音が響く。そして……。
雑居ビル。1階のたこ焼き屋と2階の電器屋を通り過ぎ、エスカレータで3階にある牛丼屋に到着する。
「現在サービスやってます。試供品ですがどうですか?」
と言う文句で2種類のガシャットと牛丼2つを受け取って席に座る将碁と武。
「……あんな奴だとは思わなかった」
「……あいつに誰かを慰めるなんてこと出来やしないんだよ。あいつ自身慰められたって経験してないんだから。周りがどれだけ気を遣ってやってもそれが当たり前だと思ってる。欺瞞と傲慢の塊だよ」
「……にしても」
将碁がもらったガシャットを見る。
「……何で牛丼屋でガシャット?」
ガシャット。それはコントローラとゲーム機本体とゲームソフトが一体化したようなユニットである。本来ならソフトウェアのダウンロードなどで様々なゲームをプレイできるのだが試供品らしく聞いたこともないソフト1つだけしかプレイできない特殊製になっている。
「ジャンクセーバー。道中に落ちてるアイテムと倒した相手から手に入れた部品などを組み合わせて武器や特殊能力を生み出してボスを倒すアクションRPG。……聞いたことないな。体験版か何かか?」
「俺のはガンガンリボルバー。色んなアクションゲームが混ざってるけど切り札は拳銃って感じのアクションゲームだな。巫女に日本刀と拳銃持たせるとかどんなセンスしてるんだか」
取説を見ながら牛丼を貪り、店を出る。今日はどうするか考えもせずに集まってしまったから何もやることがない。このまま帰っても将碁は気を重くするだけだろうし武はバイトだ。出来ればこのまましばらく遊んでいたいと思っていた。
「とりあえずカドショでも行くか」
「だな」
雑居ビルの4階。そこによく行くショップがあるのだが
「あれ、閉まってる」
「何々?配線の故障で全く電気がつかなくなった?災難だな」
「しばらく開店に時間がかかりそうだな」
「穴場だったのにな」
仕方なく雑居ビルを出て街を歩くことにする。出来るだけ先ほどまで雷王院といた場所とは逆方向を向かう。
「……少しは落ち着いたか?」
「……まあな」
歩くこと10分。武が口を開き、将碁が胸をなでおろす。
「確かにいろいろなことがあってちょっとパニックになってたかもしれない」
「だな」
「けど雷王院の奴とはもう会わない」
「だな」
「よし、ちょうどいい機会だからどこか今まで行ったことない場所でも行くか。何か面白いところでもあるかもしれない」
「そうだな。……ん、何か人だかりがあるな。イベントか?」
「行ってみるか」
二人が足を速めて向かう。町の一角。確か以前は書店だったが今は呉服店になった場所だった。何か有名人が着ているブランドでも入荷したのだろうか?そういうことは寡聞のためよくわからない。しかし黄色い声が上がっているようにも見えない。何事か思いながら人だかりに到着すると同時、激しい爆発が視界を支配した。
「爆発!?」
「おわっ!?」
一瞬か数秒か、激しい爆音と閃光とで意識が持っていかれる。二人が目を覚ました時には辺りは騒然としていた。呉服屋は完全に消滅していて瓦礫だけがそこに残る。周囲に誰かが避難しようとした証跡はない。
「……何があったんだよ」
二人が周囲を見渡す。自分達以外に倒れている者はいない。自分達より後ろにいるものは全員パニックになっておどおどしているか救急車などを呼んでいる。だがそれもやがて停止した。
「?」
正面に向き直る。前方。そこには黒と黄色のゼットンカラーの狼版タイガーマスクのような怪物が立っていたのだ。
「アガジャアアアアアアアアアア!!!!」
人間らしさはシルエットだけ。化け物同然の叫び声をあげた化け物……サンダーウルフバグスターは一つ飛びで20メートル以上を飛び上がり、正面にあるアイドルショップに突っ込んで行き、数秒後には廃墟にして戻ってくる。
「な、なんだよあいつ……!?」
「に、逃げないと……!!」
しかし完全にしりもちをつき、腰から砕けたように二人はその場から動けない。だが目前の怪物が襲ってくるような気配がない。それに無意識に気付いたからか将碁が立ち上がる。
「お、おい!」
武の手が将碁のズボンを掴んだ。その際、
「ジャンクセーバー!!」
「は?」
ポケットの中のガシャットのスイッチが押された。同時に将碁の腰にベルト……ライダードライバーが出現する。
「何だよこれ……仮面ライダーか何かなのかよ!?」
「や、やってみたらどうなんだ……?」
「何を!?」
「変身……」
「阿呆か!!」
言いつつも将碁はポケットからガシャットを取り出してベルトに差し込んだ。
「レッツゲーム!ムッチャゲーム!メッチャゲーム!ホワッチャネーム!!」
「え、あ、は!?」
「アイムア仮面ライダー」
電子音に流されるまま2秒後には将碁の姿はずんぐりむっくりなレベル1の姿になっていた。
「な、何だよこれ」
手元や胸や足元を見る将碁。その姿は完全に人外の無機質なものになっていた。
「ま、マジで仮面ライダーになってるのか」
「いや、どちらかと言えばゆるキャラ……?」
「ゆるキャラ!?仮面ライダーゆるキャラ!?」
「アガジャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
そこまで行ってついに怪物が走り出し、稲妻みたいなパンチを将碁に叩き込む。
「ごはぁぁぁっ!!!」
「将碁!!」
将碁の体はピンポン玉みたいに吹っ飛んでは後方にあった寺院に突っ込んで行き、敷地を荒らしまわってやっと運動エネルギーが収縮して落ち着く。
「いてて……って思うほど痛くない?」
感じる痛みは軽く転んだ程度だ。どうやらこのレベル1の姿は防御力に優れるようだ。
「って何見てんだ俺は!?」
いつの間にか将碁の前には電子タブレットが出現していた。これによるとこの姿は仮面ライダーセーブのレベル1・スタンバイゲーマーと言うらしい。それ以外にも取説のように細かい説明が記載されている。
「ふむふむ。だいたいわかった。よし、やるか!」
パネルに表示されているアイコンのシマウマをタッチする。
「ゼブラ!!スライドフォーミング!」
電子音が響くと将碁の……セーブの姿がシマウマのようになり、先ほどまでとは比べ物にならない速度で吹っ飛ばされた距離を戻る。
そのさっきまでいた場所ではサンダーウルフが武に向かっていた。
「俺もやるしかないってのかよ!」
サンダーウルフの突進をギリギリで回避しながらポケットからガシャットを取り出す。
「ガンガンリボルバー!!レッツゲーム!ムッチャゲーム!メッチャゲーム!ホワッチャネーム!アイムア仮面ライダー!」
武もまたレベル1の仮面ライダーリボルバーへと変身し、サンダーウルフの拳を何とか受け止める。実際は食らってからその腕を掴んで止めたわけだが。
「思ったより……痛くはないな……かも」
しかしもう一発のパンチを受けて後方20メートルの電柱に叩きつけられる。
「あ、駄目だこれ……」
背中を強打した痛みからリボルバーはそのまましりもちをつく形でうずくまる。その20メートルの距離を一瞬で縮めるサンダーウルフ。しかし、
「間に合った!!」
サンダーウルフよりも先にセーブがリボルバーの前に到着し、両前足でサンダーウルフを蹴りつける。
「うわ!何だこいつシマウマの化け物か!?」
「違う!俺だよ!俺!!」
「オレオレ詐欺を行なうシマウマとか新しいな」
「それもう種族を詐欺ってるだろ。ってか俺だよ!!西武将碁!!」
「うん知ってる」
「……このまま家に帰ろうかな」
「人殺しの酪農生物が!!」
「牧場にシマウマなんていねえよ。ンな事よりも!」
セーブが元の姿に戻り、立ち上がったリボルバーと共にサンダーウルフに向き直る。
「武、いやリボルバーか?レベルアップするぞ」
「レベルアップ?」
「そうだ。フォームチェンジだよ。レベル1で出来ることは限られてるからな」
「経験値もないのにいきなりレベルアップか。これが時代かな」
「文句があるならそのままゆるキャラで戦ってろよ」
「誰がゆるキャラだよ!」
「お前が最初に言ったんだろうが!まあいい、とにかくやるぞ!」
「「レベルアップ!!」」
「ジャンジャンジャンキージャンジャンセーブジャンジャンジャンクセーバー!!」
「ガンガンバキュンバキュン!!ガンガンズギャンズギャン!!ガンバズギャットリボルバー!!」
二人同時にレベルアップし、レベル1のアーマーがはじけ飛ぶ。
「おお、結構いい姿になったな」
「これが平成ライダーか」
「もう令和だぞ」
「アガジャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「っと!!」
迫りくるサンダーウルフ。セーブとリボルバーの二人は何とか回避。セーブはタブレットを、リボルバーはハンドガンを出す。
「フレイム!エレメンタルスライド!」
「てやーりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
セーブが両手から炎を繰り出し、サンダーウルフを火だるまにする。
「お、おお、すごいな!だったら!」
リボルバーもまたハンドガンを連射する。恐らく生身で撃ったら一発で自分の腕が逝くだろう衝撃。しかしそれが込められた銃撃は衝撃だけでたったいま生じたばかりの炎が消し飛び、サンダーウルフにボディにいくつもの銃弾がめり込んでいく。
「グ、グ、グガルルルルルルル……!!」
「何だあいつ、動かないぞ!?」
「まさか、痛いのか!?痛みを感じて動けないのか!?」
「痛覚はあるって事だな。よし、つぶすぞ!」
セーブが再び炎で焼き尽くし、リボルバーが銃撃を加えていく。だがやがて、
「あれ?弾切れか。これどうやってリロードするんだ?」
「え!?」
「アガジャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
サンダーウルフがセーブを殴り飛ばし、リボルバーにドロップキック。
「ぐふっ!!」
先ほど受けたものの数倍近いダメージがリボルバーを襲い、駆け付けたパトカーに正面から突っ込んでいく。
「リボルバー!!」
「グギジャアアアアアアアアア!!!」
「うるさい!!」
殴りかかるサンダーウルフを回避して
「スライム!スライドフォーミング!」
新しいアイコンを発動し、下半身がスライム状となり、サンダーウルフの両足を絡めとり、圧力を加えていく。しかしサンダーウルフはセーブの両腕を交差させて掴み上げる。
「ぐ、ぐぎぎぎ……!!」
セーブがサンダーウルフの両足を圧力でつぶそうとして、サンダーウルフがセーブの両腕の関節を破壊するために締め上げる。パワーはサンダーウルフの方が上だ。よって徐々にセーブの圧力も弱まっていく。
「これ……やばい……!」
胸のライフゲージが青から黄色にそして赤に点滅していく。別の特撮ヒーローと意味合いは同じだろう。
つまりもう猶予はほとんど残されていない。
「将碁!!」
同じくゲージが赤の状態のリボルバーが立ち上がり、茫然としている警察官から拳銃をひったくる。
「俺に力を!!」
念じる。と、手にした拳銃が光り輝くとハンドガンのマガジンに吸い込まれる。
「え?……リロードできたのか今……!?もしかして金属を吸収して弾薬にする?まあいいや!」
ハンドガンの照準をサンダーウルフの頭に合わせる。
「FIRE!!」
引き金を引き、放たれた銃弾がサンダーウルフの側頭部に撃ち込まれ、
「ガガガガルルルルルウウウウウジャアアアアアアアアアアア!!!」
サンダーウルフは悲鳴を上げて一気に脱力する。
「今だ……!」
セーブはサンダーウルフの両腕を振り払い、巴投げの要領で後方に投げ飛ばす。
「レベルダウン!」
ガシャットを操作し、セーブはレベル1の姿に戻る。そしてタブレットを操作する。
「フレイム!ロックシューター!コンビネーション!!」
「煮えたぎったマグマの弾幕をお見舞いしてやる!」
セーブは召喚したシューターから無数の小さいマグマを連射。次々とサンダーウルフに命中していき、小さな爆発をいくつも発生させる。
やがて、
「アガジャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
サンダーウルフが倒れ、徐々にデータとなって分解されていく。そして半分ずつに分かれて二人のガシャットの中に吸い込まれていく。
「これは……」
「もしかして経験値?まるでゲームだな」
リボルバーは軽く笑うが痛む背で表情を歪めた。
「で、どうするんだよこれ」
戦いが終わり、警察に説明し、3時間かけてやっと自由になった二人。当然互いに半信半疑の説明会だった。だが、現場を見ている、実体験している以上は信じざるを得ない状況。当初はガシャットは警察が押収するはずだったが将碁の身元を調べたことで不要だと判断された。
「何で?」
「父さんの会社の子会社の1つが檀コーポレーションって言ってガシャットの開発と販売を行なっているからだろ。つまりこのまま会社に返品して調査しろって話だよ。きっと今頃警察から話が……早速か」
将碁のスマホに見たこともない、しかし会社関係だと言う証のメロディで電話がかかってきた。普段なら父親かそれ関係で秘書からの連絡だが今は違うだろう。
「もしもし?」
「西武将碁くんでよかったかな?」
「はい。あなたは?」
「私は君のお父様が会長を務めていた西武財閥の子会社の1つである檀コーポレーションの社長である檀黎斗と言うんだ。先ほど警察から話があってね。済まないけど我が社に来てくれないかな?今迎えを君の家に送ったところなんだが」
「……わかりました」
「頼むね」
と、電話が切れて武の説明をする。
「対応が早いな」
「とりあえずうちに行くか」
それから二人が西武家……西武巌が贅沢をして自分も家族も甘やかさないためにやや辺鄙な場所に建てた小さな民家に到着すると既に先ほどのと思しき車が留まっていた。
「西武将碁様でいらっしゃいますね」
「あなたは確か……」
車から出てきたのは大柄な男だった。それは将碁もどこかで見覚えがある顔だった。
「西武財閥取締役本部長の嵐山と申します。此度は急な依頼に応じていただき感謝いたします。また、先日のお父様の不運に関しましては私共の部下の不手際故起きてしまったもの、お詫び申し上げます」
「い、いえ。そんな……あれは事故だったわけですし……」
「ありがとうございます。……そちらはご友人でいらっしゃいますか?」
「あ、はい。喜屋武って言います」
「ふむ。ではあなたがガンガンリボルバーの……。なるほど。とりあえず車にお乗りください。檀社長の元へと案内いたします」
「えっと、子会社とは言えどうしてあなたが檀コーポレーションへ?」
「今回の事は我が社も決して無関係ではありませんので私が西武財閥の監督として檀コーポレーションに赴く途中だったのです」
「そうなんですか」
二人は嵐山に招かれるまま乗車し、夕方のドライブへと興じることにした。
走ること1時間半。到着したのは流石に将碁も見覚えのない場所だった。
「ここが檀コーポレーション……」
「ガシャットって言う超メジャー品作ってる会社にしては随分小さいな」
「そりゃそうだろ。実物はどっかの工場で作ってるだろうし。ここでは精々中身の案くらいしか作られない」
会話をしながら嵐山先導の元会社の中を歩いていく。やがて10分程度で到着したのは社長室だった。
嵐山がノックをすれば、
「入ってくれ」
声が返ってきたため嵐山はドアを開ける。将碁と武がやや遅れて中を伺いつつ入室する。社長室と言うには若干趣が違う。ディスプレイが8つ、高級そうなデスクトップパソコンが3つ、ノートパソコンが2つもあり、小さなオフィスのようだ。そして1つだけある机の上では一人の男が座って手元に書類を用意していた。
「よく来てくれた。私が檀黎斗だ」
「西武将碁です」
「喜屋武です」
「話は聞いているよ。私の会社が作ったガシャットを使ったら仮面ライダーに変身したんだって?」
「は、はい……」
改めて言われれば確かに意味の分からない状況だ。しかもそれを製作会社の社長に言うと言うのは中々な状況だと言えるだろう。しかし檀黎斗はさわやかな表情を崩さなかった。ばかりかどこか上機嫌そうだ。
「説明しようか」
黎斗はディスプレイの1つをこちらに向ける。そこには先ほど戦ったサンダーウルフバグスターが映っていた。
「それは……!!」
「先ほど君達が戦ったというバグスター怪人だ」
「バグスター?」
「そう。今から話すことは他言無用で願いたい。我が社だけの問題ではないのでね」
よく見れば画面の右下には衛生省のコピーライトが見える。即ち政府はこれを承知しているという事だ。
「今から6年前に現実世界に物理的に干渉が可能な謎のウィルスが発見された。最初は1ビット程度の小さなもので電磁波か何かによる影響だろうとして大きくは捉えられていなかった。しかし研究が進んでいくごとに恐ろしい事実が明らかになったんだ。このバグスターは人間の神経系に寄生する性質があることが発見された。ただ寄生するだけではない。その人間が感じたストレスなどの電気信号を吸収して成長する性質も認められている。この神経系に寄生している状態を衛生省はバグスターウィルスと名付けた」
「バグスターウィルス……」
「そのバグスターウィルスが人間の神経系で成長し、やがて十分なエネルギーを獲得すると本格的に行動を開始する。それまでストレスで成長していたのが逆に安心感などいい感情をエネルギーにしだす。そのために寄生した人間の記憶を使ってその人間の憂いを消すために活動を始める。そのために一時的に実体化した姿がこのバグスター怪人だ。バグスター怪人は多くの安心感を宿主に与えてそのエネルギーを糧にして完全なる実態を得るために活動する」
「……」
「ついていけないかい?」
「正直に言えば……」
「だが事実だよ。そして次に仮面ライダーについてだ。私が衛生省からの依頼で生み出したのがライダーガシャットと呼ばれる特殊なガシャット。君達が今日手に入れたものだ。これには善玉のバグスターウィルスが含まれている。もちろん衛生省の指示を受けた別の化学班によって改良されている。この善玉のバグスターウィルスを含んだガシャットを、ガシャット独自の効果で出現させたライダードライバーにセットすることでその人を仮面ライダーに変身させることが出来る。で、その目的は体内に含まれている善玉のバグスターウィルス及びワクチンを使ってバグスター怪人を倒して悪玉のバグスターウィルスを除去することだ」
「……バグスター怪人を倒してバグスターウィルスを除去するために仮面ライダーに変身する、そのための特別なガシャットを俺達に使わせたという事ですか?」
「平たく言えばそうなる。しかし君達を狙ってやったことではない。あの牛丼屋の下に電器屋があっただろう。あの店を急遽ガシャット作成のための工場へと変えてすぐ上の牛丼屋で配らせたんだ。善玉のバグスターウィルスは悪玉の効果を生まないことを前提として作られている関係で多くの人間にはあまり効果をもたらさない。つまり100人に配ったところでうまく反応するのは一人いれば十分なほどなんだ。その中君達はその1%をたまたま引き当てた」
「……俺たちはこれからどうなるんですか?」
「君達が嫌でなければこのまま仮面ライダーとして活動してもらいたいと思っている。ライダーガシャットの完成から既に1年経過しているけれども今まで仮面ライダーになれたものは数人しかいないんだ。仮面ライダーとして活動してくれるのであれば私の会社経由で衛生省から報酬金ないしは給料が出ることになっている。守秘義務もあるし危険も伴うため金額に関しては期待してくれて構わない」
「……金額がどうのって話じゃないと思うんですけど」
「尤もだ。だが、頼む。これは檀コーポレーション社長としてそして一人の人間として君達に依頼したい。実は私の父親もバグスターウィルスが原因で3年前に亡くなっているんだ……」
「……!」
「さらに言えばそこの嵐山本部長も奥様をバグスターで亡くしている」
「……」
嵐山は無言のまま目を伏せている。
「代われるというのであれば私達が喜んで戦いたい。だが私達ではライダーガシャットは反応しなかったんだ。頼む……!!どうか、私と契約して仮面ライダーになってほしい……!!」
頭を下げる黎斗。将碁と武は顔を見合わせる。ひたすら重苦しい空間と雰囲気がどれだけの時間化を蝕む。やがて、
「分かりました。俺たち、仮面ライダーをやります」
「ちょうど定職にもついてないしな」
「……ありがとう……!!」
黎斗は引き出しから封筒を2枚出して二人に渡す。中にはライダーガシャットの情報と20万円が入っていた。
「!?」
「それは給料ではない。私個人のポケットマネーから出した感謝両のようなものだ。……明日からよろしく頼む。将碁くん、武くん」
将碁と武が車で送られてから嵐山はまたこのオフィスに戻ってきた。
「少し芝居じみていたかな?」
黎斗はコーヒーをすする。
「いや、十分かと。あの二人は金銭より情にもろい。あなたの言葉を全く信じているというわけでもないでしょうがしかしちゃんと仮面ライダーとして働いてはくれそうだ」
「……だろうな。で、サンダーウルフバグスターの宿主は見つかったか?」
「いや、見つかっていない」
「……妙な話だ。バグスター怪人はただ仮面ライダーとして倒されるだけでは完全に消滅しない。怪人として実体化する場合にしてもスペアとしてデータの一部を宿主に残したままのはずだ。つまり宿主はバグスターウィルスの症状を残したままとなっている。まともに動けるとも思えない」
「確かに。今までも2時間以内には宿主とバグスターの入ったガシャットが発見されている。だが今回はどちらも見つかっていない」
「宿主があのバグスター入りのガシャットを使ってしまえばその場でバグスター怪人の肉体に変換される。まさかもう消滅してしまったのか……?」
「バグスター反応を追ってみよう」
「ああ。ついでにあの二人のガシャットのデータも調べておいてくれ。もしかしたら二人に吸収された事で何かイレギュラーが発生しているのかもしれない」
「……だとしたら些か面倒なことになっているな。151体のバグスターのデータを集めなければ仮面ライダークロニクルは完成しない。データ収集の手を3倍にした意味がなくなってしまう」
「……まあいい。ゲームを開発するまでの試練もまたゲームと言う事だ。実際スピードだけは間違いなく上がるのだから待とうじゃないか。我々の悲願の完成を」
「……そうだな」
嵐山は狂ったように笑う黎斗を尻目に夜空を飾る三日月を見上げた。