紅蓮の閃光(スピードスター)前半
SCARLET1:死神と紅蓮と
・俺は甲斐廉。
実戦空手をやっている。
空手といっても俺の場合はほぼ総合格闘技だ。
非殺傷なら武器の使用も認められている。
体術も関節技、投げ技もありだ。
試合をしていれば病院送りの奴もいるがそれはまだ幸いだ。
下手すると半身不随になる奴や倒れて
そのまま起き上がることがなくなった奴までいる。
俺はそんな世界で10年間戦ってきた。
自分で言うのもなんだがかなり実力はあると思う。
巷じゃ拳の死神なんて
名誉なんだか不名誉なんだかわからない名前でささやかれている。
・2011年1月14日。この日は俺の17歳の誕生日だ。
同時に大会の日でもある。
俺は今までどおり大会に参加した。
結果は順調。午前の部を勝ち抜いて
午後の部=決勝トーナメントまで勝ち残った。
最近は年齢のせいか体が若干重くなっている。
それが原因かどうかは分からないが準決勝でそれは起きた。
相手の攻撃を受けた俺の右足が爛壊した。
重心移動の最中に右足のひざに腰回しを受けたのだ。
意識がおぼつかないまま俺は病院に運ばれた。
診察結果は右足の関節の粉砕。
杖がなければ碌に歩けない状態になってしまった。
当然もう大会には出られない。
俺は現役の引退を表明した。
この世界において現役を引退すれば残っているのは何もない。
そのままこの世界を去るしかない。
だが去ろうとする俺に空手連盟の会長が声をかけたのだ。
現役でなくとも活躍する方法は、君が生き残る道はある。と。
それは本当ですか?と聞くと
会長は明日来れるかと聞いてきた。
俺は肯定した。
・2011年1月15日。
俺は足に負担がかからないように特製のギプスをつけ
右手で杖をつきながら会長に指示された場所へと向かった。
そこは古ぼけた道場だった。
表札もない殺風景な、この季節には殺人的に寒い道場だった。
俺が中へ入るとそこに会長がいた。
「甲斐廉、ただ今まいりました。」
「うむ。甲斐君、君の実力をなくすには惜しい。
どうかまだこの世界に残ってくれないだろうか?」
「その気がなければここには来ていませんよ。」
「ありがとう。」
「それで、俺は何をすればいいんですか?スタッフですか?ジャッジですか?」
「いや、君にやってもらいたいのは彼女のコーチだ。」
会長の声がすると別室から一人の少女が入ってきた。
道着を着ている中学生くらいの少女。
その道着も変わっていて、真紅の道着だった。
今まで白い道着や黒い道着は
見たことがあったがここまで赤一色の道着は初めてだ。
「この子は?」
「赤羽美咲という。彼女のコーチをやってはくれまいか?」
「構いませんが、」
俺は会長のほうから視線を赤羽美咲へと移す。
「目的は、何だ?」
口調を変えて発する。
だがその少女は何も答えない。
「君の実力なら彼女のコーチができるはずだ。」
「…会長、この子は一体何なんですか?
確かに俺は指導員免許もありますからコーチができますが
それでも生徒の素性がわからなければ何もできません。」
「・・すまない、甲斐君。私の口からは言えないんだ。
だが、赤羽君は決して悪い子ではないよ。これが資料だ。」
会長から渡された資料。
赤羽美咲 14歳 性別:女 中学2年生
実戦経験なし 大会未参加 空手経験期間:2年間。
ほかにもいろいろ書いてあったが素人というわけではないらしい。
連盟の認証もある。俺がどうこうしても意味はなさそうだ。
「わかりました。甲斐廉、引き受けます。」
「ありがとう。こんな道場しかないが自由に使ってくれ。
必要なものがあったら言ってくれ。」
必要なもの…か。とりあえずミット、サンドバッグ、それからクーラーが必要かな。
「では、ミット、サンドバッグ、クーラーをお願いします。」
「わかった。それらのものは既に予約してあるから明日ごろには整うはずだ。」
「ありがとうございます。今のところほかには必要ありません。」
俺が言う。
その少女はさっきからピクリとも動かずに不動立ちをしている。
いい心がけだ。この寒い中よくやる。
早速稽古をつけてやるか。
「赤羽美咲。まずは君の程度を見たい。
基本稽古から始める。
三戦立ちからの正拳、裏拳、手刀、受け。平行立ちからの足技。
前屈立ち下段払い、後屈立ち手刀受け。
補強として拳立て20、腹筋20、背筋20、スクワット20、これを3セットやってもらう。
全部合わせて30分以内にやってくれ。」
指示をすればその子は有無を言わずに取り掛かる。
その間に俺は資料を読む。
なるほど。基本は完ぺき。型も平安(ピーヤン)までは完ぺきか。
だが唯一の弱点があるようだな。
この日の稽古はこの程度確認で終わった。
・「・・・朝か。」
俺は目を覚ましてベッドから起き上がる。
肌寒い今日は日曜日。現在10時半。
まあ、高校生の朝にしては普通だろう。
俺はまだ瞼を半開きにしながら立ち上がると
「っ!」
そのまま倒れてしまった。忘れていた。
今右足動かないんだったな。
ベッドに手を置いて立ち上がり、杖を拾って歩き出す。
トイレから帰ってきて着替えた俺は昨日のことを思い出す。
赤羽美咲。昨日から俺が受け持つことになった少女。
昨日は1時間ほどの軽い力試し程度だったが彼女の声を聞くことはなかった。
昨日決めたことは毎週月・水・金曜日にあの道場で稽古をすること。
時間は学校が終わってからだから5時から3時間。
しかし、頼まれた以上やるしかないが俺はあの子のことが分からない。
無口というわけではなさそうだが昨日は全く声を発さなかった。
体を動かす基本はできていそうだが、心構えの基本はできていないようだ。
今日は彼女と逢う予定は入っていないし彼女との連絡手段はない。
あの道場のカギは俺が持っているから道場に行って自主トレということもないだろう。
俺はあの日から病院に通院することとなった。
この足は今手術すると逆に悪化するらしい。
だから少しずつ治療をしてから手術に映るらしい。
まあ、詳しいことは俺には分からないが専門医が言うには本当なのだろう。
しかし今まで戦ってきて相手を病院送りにしたことはあった。
あまり思い出したくはないが死なせてしまったこともあった。
リング禍というこの事件。試合中に選手が死んでしまった場合は
殺人としては見られずあくまでも試合中の事故として見られる。
事実上殺してしまった俺に罪はない。
とはいえ殺してしまった以上罪悪感はある。
それを今どうこうは言わないがまさか自分がこんな状態になるとは思わなかった。
手術しても治る確証はない。
仮に治っても現役復帰はあまり望めない。
もはや空手界から去るしかなかったときに差し込んだ希望の光。
それがあの不愛想な少女のコーチとはな。
悪くはないが、どうもな。
明日確認してみよう。
・そして月曜日。
本来俺の学年は修学旅行だったのだが
俺の脚がこんな状態のためドタキャンした。
修学旅行に行かなかった生徒は図書室で課題をすることとなっていた。
図書室は4階にある。
普段はちょっと階段が長いなと思う程度だったが
今はそれどころではない。
「はあ・・はあ・・・」
汗が流れてきた。
まさかここまでつらいとは思わなった。
障害者見くびってたぜ。
5分かけてようやく図書室に到着。
中に入る。
同学年は俺しかいない。
俺は席に座って課題に取り掛かる。
課題をこなしながら俺は今日の稽古について考えていた。
時間は3時間。基本稽古に1時間。補強に1時間。
実戦実習に1時間か。
普通だったらこう組む。
だが今日は違う。
俺は課題の提出用紙に課題の回答を書き、
提出しないであろう問題用紙の裏にメニューを書く。
「・・・よし。」
時計を見れば12時。
ここへ来たのが9時半だからざっと2時間半。
課題を終えたためほかの奴らが
沖縄に行っている一週間俺は何もやることがなくなった。
さて、小娘。
俺がここまで手をかけてやっているんだ。
せいぜい俺の手で踊ってもらうぜ?
俺は再び地獄のような階段を数分かけて降り、
職員室に課題を提出すると下校した。
SCARLET2:拳を握る前にすること
・現在時刻3時45分。
俺は道場に来た。
鍵は俺が持っているため仮に彼女が先に来ていたとしても中には入れない。
俺が来た時にはまだ彼女の姿はなく、道場も閉まっていた。
俺は鍵を開け、靴を脱いで一礼をして道場に入る。
この道場はせまいが更衣室くらいはあるようだ。
学校の教室くらいの大きさの畳部屋。
個室トイレが一つ。
広さは基本的。
更衣室は教室の3分の1程度の広さ。
その奥にシャワー室があるようだ。
のぞいてみれば本当に狭い。
トイレと同じくらいの広さのシャワー室だ。
昨日改修工事をしたのか、畳部屋と更衣室にクーラーが取り付けられていた。
トイレには空調も。
よくもまあ一日でここまでできたものだ。
俺は左手で持ったショルダーバックから道着を出して着替える。
相変わらず杖は離せないがな。
着替え終わって畳部屋に行くとちょうど彼女が入ってきた。
「・・・・。」
一礼して畳部屋に入る。
この辺の礼儀はできているようだが声もかけずに更衣室へ向かおうとする。
「待て。」
引き留める。
彼女は無表情のままこちらを振り向く。
「お前は礼儀がなっていない。習わなかったのか?
武道は礼に始まって礼に終わる。
それが出来ない限りはどんなに強くたってお前は素人だ。
俺を敬えとは言わないがせめて声をかけるくらいはしろ。」
少し厳しく言う。
以前数人後輩を相手に指導していた時期がある。
本来指導員(コーチ)になるためには正式な試験があるのだが
俺はその試験を免除して合格した。
だからコーチの基本的なことは分からない。
もしかしたら俺の指導には大きな穴があるのかもしれない。
だがせめて武人としての礼儀くらいは分かっているつもりだ。
「・・・申し訳ありません。
赤羽美咲、更衣をしてもよろしいでしょうか?」
彼女は頭を下げてこういう。
意外とかわいらしいソプラノな声だった。
「よし、それでいい。行っていいぞ。」
「失礼します。」
彼女は再度礼をして更衣室へと入って行った。
あの制服、俺の卒業した中学のだったな。
資料には書かれていなかったが近場に住んでいるのか?
などと考えていると道着に着替えて出てきた。
相変わらず見たこともないほど赤い道着だ。
気がついたがこの道着には帯がない。
俺が少々無神経にじろじろと見ると
「女性の服をまじまじと見るのは失礼ではないのですか?」
と切り返されてしまった。
「・・・失礼。珍しい道着だったからな。さて、今日の稽古を始めるぞ。」
俺は杖に挟んでいた紙を取り出す。
さっき図書室で書いた問題用紙だ。
「本来ならば3時間あるのであれば休憩を含めて1時間ずつ分けて
基本稽古、補強、実戦訓練とするのが基本だ。
だが今日は初稽古ということで特別メニューを書いた。」
俺が紙を裏返して彼女に見せると一目散に彼女の表情が変わる。
紙にはこう書いたのだ。
俺に一本入れてみろ、と。
「・・・いいのですか?私は手加減の仕方を知りませんよ?」
「俺も手加減の仕方を知らないのでな。
年下の女子なんてのは戦いには関係ない。
この3時間の間に俺に一本入れてみろ。
それができなければいくら連盟の指示とはいえ
適性試験に合格できないとしてコーチを降りる。
正式な手続きとしての否定ならば連盟も受け止めてくれるはずだからな。」
「・・・了解です。」
彼女が構える。
なるほど。
左足を前にしている。
右利きの組み手立ちか。
肩幅に足を開いているし重心も左右均等。
誰が教えたのかは分からないが基本は完ぺきだな。
さて、やるか。
・1月17日。
現在時刻は午後17時9分。
「制限時間は午後20時まで。
ただし18時、19時からそれぞれ10分間ずつ休憩をはさむ。
実戦らしくどんな攻撃をしてもいい。
ただし場所はこの畳部屋だ。
用意はいいか?」
「・・・・いつでも。」
彼女は構えを崩さない。
俺はメニューの紙を机の上に置き、彼女の前に立つ。
彼女が来るまでに俺が即興で立てた杖を持ったままでも十分に戦える構えだ。
時計の秒針が頂きで重なる。
「始めっ!」
号令をかけると同時に彼女が踏み込んできた。
原理原則通りの前屈立ちからの正拳突き。
だけど、遅すぎる。
俺は軽くかわして杖を持っていない左手で彼女を殴り倒す。
彼女は畳にたたきつけられてなかなか起きてこない。
「どうした?もうあきらめるのか?
実戦は初めてだからという言い訳を自分に勝たせてもいいのか?」
わざと挑発じみたことを言う。
挑発に乗ったのか、彼女は見たことないほど激した感情を顔色に染めて
俺をにらみながら立ち上がる。
再び彼女が原理原則通り前屈立ちからの正拳突きを放つ。
同じように俺は流して彼女の腹に拳を撃ち入れる。
スピードを上げるためなのかそれとも最近の女子校生に流行な
ダイエットなのか体重は思った以上に軽かった。
彼女の体が宙に浮き、後方に倒れた。
なるほど。
スピード重視か。
最もメジャーだが俺のタイプとは相性が悪いな。
だがこの勝負だったらスピードタイプのほうが有利だ。
なぜなら一撃入れるだけで勝ちなんだ。
威力なんて関係ない。
しかし、それでも。
「っ!」
再び彼女の体が畳にたたきつけられる。
今まで俺の拳は敵の体の機能を破壊するためのものだった。
さすがに今はそうはせずにあくまでもただの拳だ。
そのただの拳とはいえ実戦経験0の少女が3発喰らった。
実戦を繰り返している男でも運が良ければ一撃で終わる。
現に一撃で倒した奴は10人以上いる。
TKOまで持ち込ませたことはほとんどない。
秒針を見る。
拳を振るってから20秒が経過している。
彼女は起き上がってこない。
戦いにおいて手加減は無礼に当たる。
指導員が生徒と組み手をするときは制限をかける。
足技を使わない、ガードのみなど。
今回の俺は足技が使えないためそれが制限となっている。
パンチは急所を突いたり機能破壊をしないようにしているとはいえ
力は抜いていない。
秒針が180度を過ぎた。
実戦でここまで立たないと敗北決定だ。
今の状態で俺と同格の奴と実戦をしたら3回は負けていることになる。
やがて彼女は立ちあがった。
しかし足元がおぼつかない。
どうやら倒れた際に頭を打ったようだ。
「脳震盪か?休みにするか?」
「・・・大丈夫です。続行を。」
「・・・わかった。だが脳震盪などの頭へのダメージは危険だ。
実戦で脳震盪になったら棄権をしたほうがいい。」
「・・・ご教授感謝します。」
「・・・よし、続行っ!」
号令をかければ彼女は瞬発力で俺との距離を詰める。
なるほど。
一気に距離を詰めて連打でもしようものなら一撃くらいはあてられるだろう。
だけどその考えは甘いぜ。
「っ!?」
彼女の体に3発拳が叩き込まれ、彼女は崩れ落ちた。
俺の間合いに入ったからだ。
不意を突かれたからか彼女がさっき以上に動く気配がない。
まあ、居合拳は相手が歴戦の勇士でもひるませるほどの威力だ。
無理もないか。
現在時刻は17時55分。
あと5分で休憩だが果たして立てるかどうか。
SCARLET3:紅い根性
・現在時刻は18時ジャスト。
規定通りインターバルに入る。
それを伝える相手は失神している。
俺は彼女を抱えてマットの上に寝かせた。
やはり体が軽い。
見たところ慎重は140センチ半ば。
体重はおよそ30キロ前半といったところか。
14歳にしては小柄だな。
腰まである髪をツーテールにして縛っている。
「・・・さて。」
普通失神した場合はマットのように柔らかいものに横にならせて
服を緩めて呼吸しやすいようにするのだが
これを会って二度目の少女にしていいものだろうか。
服を緩める際は帯をほどいて少し上着をはだけさせるのだが。
この子の場合は帯がない。
おまけに上着とズボンが一体化している。
一体どういう処置をとればいいんだ?
一応上着をはだけさせるか。
「っと。」
上着の下はアンダーシャツ。
なるほど。
汗で重くならずに吸収できるいい素材の上級品だ。
見ればこの真紅の道着も俺が来ている純白の道着と違って
硬さは変わらないのに思った以上に軽い。
まるで新しい空手アイテムのテストだな。
サポーターも俺のとは全然デザインが違う。
時刻は17時6分。
インターバルはあと4分間だが相手が寝ていてはな。
水でもぶっかけて無理やり起こすことも可能だが
まだ正式な生徒でないものにあまり暴挙はできない。
いや、正式な生徒でも失神して動かない相手にそんなことはできない。
残り時間が180秒になった時意識を取り戻した。
「・・・・私は・・・・」
「失神していた。今はインターバルだ。
そのはだけた上着は失神した際の応急処置だ。
他意はないことを先告する。」
「・・・了解です。」
そう言いながらも上着を正す。
「水を飲んでおけ。
コップ1杯飲むだけでも違うぞ。
特に失神した後は水分補給が必須だ。」
「ご教授感謝します。」
そう言って冷蔵庫にしまっていた2リットルのペットボトルを開けて
同じく冷蔵庫にしまっていたコップに水を汲み、平らげる。
冷蔵庫まで頼んだ覚えはないが会長が気を配ってくださったのか?
2リットルのペットボトルは冷蔵庫に5本もある。
電気の通った冷蔵庫だから腐ることはないだろう。
冷えた道場も暖房のおかげで温い。
「さて、続行の時間だが準備はいいか?」
「・・・はい。」
畳部屋の中央で構える二人。
「始めっ!」
号令をかけると同時に彼女はステップで俺の背後に回る。
なるほど。
移動は速いな。
けど。
俺は後ろを向いたまま裏拳を振るい、彼女の額を打つ。
「裏拳左右顔面打ち。基本だな。」
振り向けば彼女は後ずさっていた。
まあ、有効打ではあるが敵を倒せるほど威力のある技ではないから当然か。
すぐに彼女がガードをしたまま懐へと入ってくる。
俺の拳は条件反射のように彼女へと突き放たれた。
ガードの上からでも拳は遠慮なく突き刺さり、
彼女の小さな体が後方に吹き飛ぶ。
ガードした分威力は落ちただろう。
だが俺の拳はガードブレイクを想定してある。
ボディなどのやわらかい部分とは違い、腕などのかたい部分に当たると
無意識にねじ込む癖が付いている。
彼女は気絶こそしなかったがダメージで両腕が垂れていた。
上に上げるのもつらそうだった。
それでも前へと進んでいく。
不思議と、俺は笑っていた。
楽しい。
拳を打ち込んでも不屈の根性で向かってくる相手。
これが実戦の醍醐味。
「あ」
帰我した時、彼女は倒れていた。
拳の感覚からして2,3発どころじゃない。
10発ほど打ち込んだのだろうか。
杖が畳に倒れていた。
両腕を使っていた・・・?
「・・・まずいな。」
杖を拾って様子を見る。
彼女はピクリとも動かない。
時刻は18時30分、まだ半分程度。
そうか・・・俺は無意識に敵を殴り倒す楽しみを抱いていたのか・・・。
それが拳の死神と言われていた原因・・・。
不安だ。
もし、もし彼女が死んでしまったら・・・。
ここは大会の会場でもないし試合でなくただの組み手。
リング禍としては認められないただの殺人だ。
立ってくれよ、真紅の戦士。
時計を見ればそれから5分が立っていた。
彼女は立ちあがった。
「大丈夫だったか?悪い、つい・・・」
「・・・私は大丈夫です。けれどそちらは大丈夫ですか?」
「え?」
「杖、落してしまったようですけれど。」
「・・・まさか杖を落としたのか・・・?」
「・・・覚えていないのですか?私の一撃で杖を落としたんですよ。
でもそのあとに両腕のパンチラッシュを受けて私は倒れました。
・・・すみません。足を支える杖を殴ってしまって・・・。」
・・・なんてことだ。俺は一矢報いられていたのか。
「・・・続行いいですか?」
彼女が聞いてくる。
俺の答えは決まっている。
「その必要はない。」
「え?」
「俺は一本入れろと言ったが俺の体にとは言っていない。
俺の杖を殴り飛ばしたというのならお前の勝ちだ。」
「・・・では?」
「ああ。認めるよ。俺はお前のコーチを続ける。構えをおろせ。」
俺が言ったところで彼女は構えをおろす。
息は整ってはいるがダメージはかなりたまっているようだ。
不動立ちしているつもりだろうがかなり揺れ動いている。
それに右腕で左腕を抑えている。
「見せてみろ。」
「え?」
「左腕。痛むのか?」
「・・・・はい。」
観念して彼女は上着を脱ぐ。
あの道着ではどうやら袖をまくれないようだ。
恥ずかしそうにアンダーシャツ姿で俺の前に立っている。
左腕を見る。
肘と手首の間らへんが赤く腫れていた。
折れてはいないだろうが打撲している。
「治療する。そのままじっとしていろ。」
そう言って冷凍庫から氷を出して布に包んで患部にあてる。
「っ!」
沁みたのか痛んだのか声にならない声がきこえる。
「・・・少し休憩だ。」
・打撲をした彼女。
打撲の治療法は前に習った。
まず患部を冷やす。
次に痛みが治まったら今度は熱湿布で温める。
後は自然に治るはずだ。
習った通り治療をする。
「よし、これで。」
彼女の患部に熱湿布を貼る。
「ありがとうございます。」
「よし、つぎだ。」
「はい?」
「腹を見せろ。さんざん殴ったんだ。
打撲もしているかもしれない。」
説明するが彼女は躊躇している。
どうしたのだ?
「・・・このアンダーシャツ、下とつながっているんです。」
・・・・つまり腹を見せるためには
トップレスにならなきゃいけないってことか。
なるほど。
男相手にそれは解せんわな。
なら自分でしてくれ、そう言おうとしたが。
「でも、指示には従います。」
そう言って肩ひもをほどいてアンダーシャツをおろした。
あまりまじまじとは見られないが思わず見てしまった。
彼女は恥ずかしそうに腕を組む。
胸の大きさはまあまあか。
俺も年ごろ。仕方ないだろう。
さて、胸ではなく腹を見るとしよう。
限界まで下げてくれたためへそ下の丹田まで見える。
やはりところどころ打撲していた。
俺は同様の手順で治療をする。
「あとは体を温めろ。そうだな、」
時計を見る。18時47分。
「あと23分以内にできるならシャワーを浴びてこい。
19時10分から50分間は基本稽古を行う。」
「・・・了解です。」
いつも通り彼女は短く答えて更衣室に入って行った。
シャワー室は一室。
俺も浴びたいのだが女子中学生と混浴するのはさすがにまずい。
なので椅子にすわり、水を飲む。
彼女はスピードタイプ。
ステップでの距離を詰める速度は速い。
だが肝心の攻撃はさほどの速度はない。
「そういえば・・・」
彼女はスピードタイプでありながら足技を使わなかった。
どうしてだ?
まさか足が使えない俺に対しての敬意・・・?
考えすぎとは言えないな。
一昨日見た基本稽古を見る限り足技は苦手ではないはず。
基本稽古では足技を中心に進めるか。
そうこう考えているうちに彼女が出てきた。
さっきと同じ真紅の道着をまとわせて。
唯一の違いはいいにおいがすることだ。
さすが年ごろの女の子といったところか。
「さて、では基本稽古だ。
一昨日と同じく三戦立ちからの正拳、裏拳、手刀、受け
平行立ちからの足技、前屈立ち下段払い、後屈立ち手刀受け。
壁稽古で足刀横蹴上げ、足刀横蹴をやれ。
20分で終わるはずだ。」
「…了解です。」
指示をした途端に始めだす。
生真面目というか柔順だな。
俺のほうは机でパソコンをいじる。
当然今後についての検討だ。
連盟のHPにアクセスする。
3月11日に一番規模が小さい大会が開催される。
だれしもが必ず一度は参加したことがある初心者向けの大会。
交流試合という名前だ。
名の通り交流がメインであり
初心者が集う大会だ。
とはいえ決勝戦ともあればなかなかのてだれがいる。
交流試合の次のレベルの大会・西武会はかなりの格差がある。
西武会で5冠王くらいできれば俺のいた実戦の最前線の大会でも
1,2回戦くらいは通用するレベルだ。
今の彼女のレベルでは西武会には行けないだろう。
交流試合で2,3回戦いけるかどうかってくらいか。
カレンダーで見ればあと22回稽古ができる。
3時間だから66時間。
普通の奴なら一回1時間で週に3回。
大体4,5カ月分くらいか。
とはいえ入塾から半年間はイベントには出られない。
交流試合といえど参加する奴はみな1年近くやっている連中だ。
経験値だけで言っても彼女の3倍近く。
一応彼女は2年間の実績がある。
参加資格はある。
資料を見れば基本稽古は完ぺき。
週に3回1時間ずつで2年間。
・・・妙だな。どうして2年間試合に出なかったんだ?
「あの、終わりました。」
声をかけてくる。
「ああ。」
タイマーを見れば18分経過している。
2分浮いたな。
残り32分。
よし。
「ならサンドバッグだ。1ラウンド5分でインターバルは40秒。
これを4回行う。これでちょうど32分だ。かかれっ!」
号令をすると彼女はサンドバッグに打ち込み始めた。
するとどうだ。
やはり彼女に実戦経験はなく、打ち込みがめちゃくちゃだ。
つまり彼女まだ自分のスタイルを見つけていない。
さっき足技を使わなかったのは俺への配慮だけでなく
実用に堪えなかったのだろう。
あと22回の稽古。66時間でやれるところまではやる。
今日はそのサンドバッグが終わると稽古も終わらせた。
彼女はすぐに制服に着替えて退室した。
結局笑顔は見せなかったが声を聞けただけでも十分な進歩だ。
俺としては女子中学生のトップレスが見れたのは一番の進歩になるかな。
などと考えつつ俺も着替えて道場のカギを締めて帰宅した。
SCARLET4:1月18日
・朝。
午前8時39分。
いつもなら普通に遅刻の時間だが
あいにく修学旅行欠席のため遅刻とか関係ない。
9時半までに職員室に行って出席を報告。
課題は昨日すませたから多分図書室で3時間半待機するだけ。
なのでゆっくりと朝食を済ませ、制服に着替える。
今日は彼女との稽古はない。
月・水・金の週三日と決めた。
昨日のうちに彼女のメールアドレスを聞いた。
もし何か連絡があったら連絡するために。
だいぶ明るい性格になった・・・のか?
かつん・・・かつん・・・かつん・・・・
杖をつきながら学校の階段を上っていく。
俺も彼女につきっきりというわけにはいかない。
自分の生活があるからな。
今日は何をしようか。
この生活は今週一週間。
登校日にして今日含めてあと4日ある。
「ふう、」
長い階段を上り、4階まで上がる。
図書室の中にはだれもいなかった。
せいぜい司書さんくらいはいてもいいのだろうが席をはずしている。
トイレか、あるいは別の仕事か。
とりあえず席に着く。
課題はやり終えているから何をしようか。
自習をするほど俺は賢い生徒ではない。
成績はそれほど良くはないが悪いというわけでもない。
しかし問題として俺は空手の実力を気に入られて
スポーツ推薦で大学へ行くことになっていたのだが
この足でもそれが通用するのだろうか?
キャンセルにはならないよな・・・?
「うん?」
メールだ。
彼女ではないな。
性格からして向こうからかけてくることはないだろう。
それに現在午前9時47分。
向こうは授業中だ。
授業中にあまりかかわり合いのない先輩向けてメールをする
そんな少女でもなかった。
なのでメールを見てみると
沖縄に行っているクラスメイトからだった。
俺と同じ実戦空手にいたメンバー。
斎藤。
すでに現役を引退していて3年は経っている。
実力は当時の俺とほぼ互角。
現在は・・・鈍っていても彼女では手も足も出ないな。
今でも西武会優勝レベル程度はあるだろう。
文面を見る。
「甲斐、そっちはどうだ?残念だったな、足。
俺のほうは寒い沖縄で残念だ。
ったく教師の連中は沖縄の海の前にホテルだっつうのに
海に入るの禁止ってなんだよ!
こんな感じだ。そういえばお前なんかコーチやるようだな。
生徒を殴り殺すなよ?
おっと、集合がかかった。じゃ、またあとでな。」
という文面だった。
斎藤には俺がコーチをやることになったということだけ伝えてある。
彼女のことはまだ言っていない。
それと斎藤。
本当についうっかり殴り殺しそうになったぞ。
しっかし、暇だな。
結局俺には空手しかなかったのか。
空手をしないときに何をすればいいのか。
「・・・寝るか。」
そうだな。寝よう。
・次に目が覚めたのは2時間後。
時刻は11時55分。
少し早いが職員室に行って帰るか。
そしたら午後が暇だな。
「って、稽古がない日は病院だったな。」
一度職員室に行き報告をする。
そして下校。
制服のまま病院へと向かう。
医者の話によれば大体半年間くらいこのまま少しずつ治療をしていき
手術の準備ができ次第行うそうだ。
ところが今日の病院には変わった人がいた。
中国拳法の達人のフェイさんだ。
うちの道場のスポンサーの一人でもある。
俺も何回か会ったことがある。
しかも何故か今日から俺の担当医にフェイさんが加わるらしい。
フェイさんが言うには気功のつぼを突くことで治りが早くなるらしい。
気功のつぼか。
俺の場合は拳で相手の身体機能を破壊するときにしか使わないな。
こういう使い方もあるのか。
まあ、鍼治療みたいなものか。
ただ今のこの足はかなりデリケートな状態らしく
とても時間がかかる。
早いというのは時間でなく期間らしい。
治療が済めば時刻は午後16時半。
腹が減ったな。
病院を出てどこか店を探す。
美味いラーメン屋が確かこの近くにあったはず。
「うん?」
商店街。
そこで見慣れた顔が見えた。
女子中学生たちの集い。
そこに彼女もいた。
へえ、あの子友達の前じゃあんな元気なんだな。
しかし気にかかるのは
確実に俺に気づいているはずなのに声をかけないこと。
そりゃまあ、友達がいる中で
まだ2回しか会ったことがない年上の男に声をかけるのは
気が引けるかもしれないがな。
というか俺はまだあの子の本心がわかっていない。
一応俺に師事してはいる。
だけどそれはあくまでもコーチと生徒の関係。
俺と彼女はそれ以外にどんな関係が?
まあ、俺としては知り合ったばかりの少し変わった年下の女の子ってところか。
向こうは?
コーチとしてしか見ていないのか?
まあ、職場上それでもいいっちゃいいが、少し気になる。
とはいえ俺も男子高校生の身で女子中学生トリオに話しかける勇気なんてない。
つまるところ俺と彼女は道場でしか関わり合いがないってわけか。
「・・・さて、そろそろ行くか。」
俺は杖をついて商店街を歩く。
・1月19日水曜日。
それが今日の日付だ。
今週恒例の9時に登校して職員室へ行き、図書室へ行く。
だいぶ杖での歩きにも慣れてきた。
昨日のフェイさんのおかげか?
「さて、」
今日は稽古の日だ。
17時から20時までの3時間。
一昨日で十分彼女のスタイルは分かった。
スピードタイプ。
だが実戦経験がないため基本技は理解はしているが実行ができない。
おそらくスピードタイプはショートレンジの殴り合いよりも
ミドルレンジからの足技のほうが
相性がいいということさえもわからないだろう。
いや、こういう名称すらわかっていないかもしれない。
「・・・そういえば」
今日は1月19日。
・・・あいつの誕生日か。
もうずいぶん経つか。
誕生日プレゼントなんて一度しかやったことがなかったっけな。
誕生日といえば彼女の誕生日はいつだ?
資料を見る。だが載っていない。
そういえばどうして彼女は俺にコーチを求めたんだ?
いくら実力があるとはいえろくにコーチをしたことがない俺より
指導が上手い人なんていくらでもいる。
いやおそらくコーチの中では俺は一番模範からは遠いだろう。
正式な指導員指導を受けていないからな。
それに彼女は2年間の経験がある。
その2年間は間違いなく俺よりうまい指導員が教えていただろう。
尤も2年間も組み手を教えなかったのはマイナスだがな。
そこも気がかりだな。
どうして2年間も組み手を教えなかった?
たとえ入塾したその日の初心者でも組み手のいろはくらいは教える。
それなのに基本稽古だけ。
基本稽古だけなら100点満点をあげられる。
謎だらけだな。
「こんなものか。」
とりあえずこれからのメニューを決める。
やはり基本通り3時間を三つに分けて
基本稽古、補強、組み手だな。
メニューを書いて俺は図書室を後にした。
まだ稽古まで4時間はある。
これからどうするかと学校を出て考えていると
「甲斐廉、来てもらおうか。」
黒服の男が二人来た。
肩章を見れば連盟だった。
「連盟のスタッフですか?何かご用でも?」
「Mr甲斐、伏見様がお待ちです。」
伏見・・・・、伏見隆一郎。空手連盟本部のお偉いさんか。
大倉会長と違ってスパルタで有名な・・・。
「わかりました。制服でよろしいですか?」
「構いません。」
俺は杖をつきながら車に乗った。
そのまま揺れること1時間。
伏見さんの事務所へときた。
「甲斐廉、失礼します。」
俺は一礼して中へと入る。
「よく来てくれた、拳の死神。」
いかにも会長室っぽい部屋。
そこに伏見隆一郎は座っていた。
「その足では正座は辛かろう。その椅子に座りたまえ。」
「失礼します。」
俺は僭越ながら椅子に座る。
「私に何か御用でございましょうか?伏見司令。」
「そうかしこまらなくてもいい。
先日の試合は残念だったな。
その足ではもう現役を引退するしかないのでは?」
「現役は引退するしかありません。
ですがまだこの世界から去るつもりはありません。」
「さすがは厚志の戦士。
君のような男はこの世界の希望といっていいだろう。」
「もったいなきお言葉、光栄に思います。」
「そこでだ。もしよければ私の道場で指導員をやらないか?」
伏見道場。実戦空手をやっていれば知らないやつはいないであろう。
最強の戦士を育てるための超道場。
指導員にとってはそこで働くことを目的にしているのが通例だという。
「何か不満でもあるのかね?」
「いえ、ただ私は正式な指導員の試験を受けてはおりません。
非常に恐縮です。
それに私には今やらねばならないことがあるのです。」
「それは何だね?」
「私は今大倉会長の勅命を受けてある生徒のコーチをしています。
その指導がない日には病院で治療を受けろとも厳命されています。」
「なるほど。大倉君からか。君自身はどうなのだ?
上司からの命令ならば自分の将来を捨ててもよいと?」
「お言葉ですが、司令。私は今の生活をマイナスとは考えてはおりません。
実戦ができない今指導をリハビリとして
体がなまらないよう心がけております。」
「その指導というのは私の道場でやっても同じではないのかね?
その足が原因で遠出ができないというのならスタッフに送迎をさせる。
それに正規社員として給料も出そう。」
「…恐縮ながら考える時間を下さりませんか?」
「・・・ふむ。稽古というのはいつ行うのかね?」
「今日行う予定にあります。」
「ならば今日その生徒と話し合うのだ。
そして明日返事を聞かせてほしい。
大倉君にも私から言っておこう。
君はあくまでも自分のことを真剣に考えたうえで決めればいい。」
「・・・承知いたしました。
ではこれにて甲斐廉、失礼します。」
一礼して退室する。
さっきの黒服のスタッフが来るまで家まで送ってくれる。
俺は、どうすればいい?
伏見道場。
同期で指導員を目指している奴に話をすれば確実に行けと言われるだろう。
いやおそらく給料も出ないたった一人の少女を相手に指導をすることと
比べたら給料も出て最高級の指導ができる設備の整った伏見道場へ
行けと言わないものなどこの世界にはいないだろう。
唯一人を除いて。
SCARLET5:180分の二人
・午後16時45分。
俺は道場へ来た。
まだ彼女は来ていない。
鍵を開けて暖房をつけ道着に着替える。
「うわっ!」
畳部屋を歩いていると転んでしまった。
畳と杖は相性が悪そうだ。
「・・・大丈夫ですか?」
そこへ丁度彼女が来た。
2年前まではほぼ毎日見ていた制服。
「あ、ああ。杖が突っかかってしまってな。」
杖を手にして何とか立ち上がる。
彼女は靴を脱ぎ、一礼して入ってくる。
「赤羽美咲、更衣にまいります。」
「ああ。」
彼女が更衣室へと入る。
その間俺は昼間のことを思い出す。
彼女のコーチを続けるか伏見道場の指導員として働くか。
心の8割ほどは伏見道場のほうへ傾いている。
けれど、俺はここでの生活を捨てきれない。
まだ一度しかここで稽古をしていないが。
どうすればいい?
「失礼します。」
彼女が真紅の道着姿でやってくる。
初めて来た時と違ってしっかり声を出して礼儀を守っている。
「なあ、聞いていいか?」
「何でしょうか?」
「君はこの稽古をどう思っている?」
「どういうことですか?」
「たとえばここでの状況が失われたとしたら君はどうする?」
「・・・・わかりません。
ですがおそらく私は前にいた道場へ連れ戻されるでしょう。」
「連れ戻される?そんな野暮なのか?」
「私がいたところは三船道場でしたから。」
三船道場。
確か伏見道場と同格のスパルタ道場だ。
確かにあそこなら野暮だな。
確か三船道場は去年年末に問題が起きたと聞いた。
「でも、それがどうかしましたか?」
「・・・ああ。実はな。
今日伏見司令に呼び出されて伏見道場で働かないかと誘われたんだ。」
無表情な彼女の表情。
それがわずかに動いた気がした。
「それで、どうするんですか?」
「俺は迷っているんだ。」
「何を迷う必要があるんですか?
伏見道場といえばすべての指導員の目標ともいえる場所。
こんな私しかいない道場とどうして比べられるのですか?」
彼女の意見ももっともだ。
だがな、声に出た言葉の意味とその色が一致していないぜ。
彼女は俺に行ってほしくないのだろう。
それが、他人とは言えやや知り合いである俺との別れを惜しみたいためなのか
三船道場に返されるのが嫌か
それともまた別の何かなのかは分からない。
「俺は名誉なんていらない。
ただどうしたいか、それだけだ。
ほら、17時だ。稽古を始めるぞ。」
「・・・了解です。」
上司の指示には逆らえないのか彼女は稽古に取り掛かった。
そうだよな、普通上司の指示には逆らえないよな?
・・なら、賭けてみるか。
この子が、俺が残ってでも面倒を見るほどのものなのか。
それとも三船に引き渡すのがいいのか。
・最初の1時間が終わり、休憩に入る。
「いいか?」
「はい、何でしょう?」
「18時からは別メニューだ。しっかり休んでおけ。」
「・・・了解です。」
彼女は短く答えてバッグから出したタオルで汗を拭く。
そして18時。
「それで私は何をすればいいのですか?」
「ああ。非常に自分勝手なことではあるのだが
今から100分間。
一昨日と同じく実戦形式であることをやってもらう。」
「何でしょうか?」
「ルールは前回と同じで俺に一本入れられれば君の勝ちだ。
この100分間で俺に一本入れられなかった場合俺の勝ちとして
俺は君のコーチを辞める。」
「・・・!」
「内容はわかったか?」
「・・・はい。」
「今から19時ジャストまでが第一ラウンド。10分休みを入れて
19時10分から20時までが第二ラウンドだ。」
時計を見る。
「・・・始めっ!」
号令をかける。
だが、互いに動じない。
「どうした!?なぜ打ち込んでこない!?」
「それは・・・・」
「俺に一本打ち込めると思っているのか?
今度は杖ではだめだ。
俺の体に打ち込まないといけない。
上司命令だ!打ち込んで来い!」
こうでも言わなければ彼女は来ない。
彼女は意を決したのか向かってくる。
やはり素人並みな支離滅裂。
前屈立ちからの正拳突き。
俺は軽くかわして彼女を殴り倒す。
一昨日と同じく彼女の体が後方に吹き飛ぶ。
立て、赤羽美咲。
俺に君の可能性を見せてみろ。
「・・・っ!」
彼女は立ちあがる。
一昨日の経験を生かしたのか気絶しなかったようだ。
すぐに打ち込んでくる。
俺は彼女の腕を掴んで止める。
そして、片手で彼女を投げ飛ばした。
「っ!」
「直上正拳突きィィィィ!!」
真上に投げ、落下してきた彼女の腹に正拳突きを叩き込む。
身軽なスピードタイプを殺す十八番だ。
彼女はもう一度上に吹き飛ばされてから畳にたたきつけられた。
覚悟してくれ。
こうでもしないと運命は決められない。
時刻は18時半。
彼女の腹に拳を打ち込んでから10分が経っている。
「・・・うっ!」
それから30秒が過ぎたところで意識を取り戻して立ちあがる。
「はあ、はあ、」
こりゃまた打撲行っただろうな。
だが手加減はしてあげられない。
彼女が拳を握ると同時に俺の正拳が彼女の胸に打ち込まれた。
「!?」
不意に急所を突かれてか彼女の動きが一瞬止まった。
俺はそのまま上着の襟をつかんで彼女を真上に投げ飛ばす。
「直上正拳突きィィィィ!!」
彼女の腹に正拳を突き上げる。
彼女は俺の正拳を両手で受け止めた。
だが俺はさらに拳を開いて彼女の手を掴んで
彼女をそのまま畳にたたき落とした。
「ううっ!」
スピードタイプは地に足がついていれば速いが
地に足が付いていなければ自慢の速足も意味をなさない。
「はあ、はあ・・・・」
彼女は立ちあがった。
どうやら腕をガードに使って落下の衝撃を抑えたらしい。
とはいえガードに使ったその腕はぶらんと垂れさがっていた。
折れてはいないだろうが、ねん挫してるかもしれない。
しかし
この子はよく立ち上がってきてくれる。
それでこそ、俺が期待する戦士だ。
・時刻は18時45分。
あれから何度も俺は拳を彼女にたたきこんだ。
そのたびに彼女のか細い体は吹き飛ばされて畳にたたきつけられる。
それでも立ち上がってくる。
いくら左腕しか使えないとはいえこの俺を相手に立ちあがってくるとは
いい根性をしている。
彼女が拳を突き出す。
俺は彼女の腕の上に飛び乗り、腕の上でさらにジャンプする。
「え・・・?」
「直下正拳突きィィィィィ!!」
彼女の右肩に正拳突きを叩き込む。
本来は脳天にたたきこむ技だがそれは実戦だけだ。
彼女はちょうど真上から衝撃を受けて重力が数倍になったかのように
畳にたたきつけられた。
「くっ!」
着地した俺は足を抑える。
さすがにこの足で直下正拳突きは無理があったか・・・!
気がつけば時刻は18時56分。
あと4分で1ラウンド終了だ。
本来こんな長い間戦うということはあり得ない。
普通ならば長くとも1ラウンドは3分程度だ。
1ラウンド60分間の実戦をするなんてのは世界で俺だけくらいだろう。
今はこの子が二人目かな。
2分間くらいうずくまったが彼女は立ちあがった。
彼女が走ってくる。
走る速度は俺なんかより全然速い。
だけどアスリートのダッシュと戦士のダッシュというのは違う。
現に俺の足払いを受けて簡単に彼女は転倒した。
そして倒れた彼女の襟をつかんで片手で彼女を壁まで投げ飛ばす。
彼女の体が壁にたたきつけられるとちょうど時計は19時を指した。
「1ラウンド終了だ。休憩にしよう。」
「・・・はい。」
彼女は息を切らせながらそばに寄ってくる。
「聞きたい。どうして足技を使わない?」
「・・・まだ実戦での使いどころがわからないんです。」
「それだけか?」
「・・・」
「俺に気遣っているんじゃないのか?」
「・・・・」
「そんな気遣いは無用だ。
俺に一本入れたければ手でも足でも何でも使え。
いいな?」
「・・・了解です。」
彼女は返事をして水を飲む。
一体何発パンチを打ち込まれたのか覚えていないがよく立っていられる。
根性と気合は認めるが、それだけではこの世界で生き残れはしないぞ。
「・・・いいですか?」
「ん?」
彼女から声をかけられる。
もしかして初めてじゃないのか?
彼女から声をかけるのは。
「どうして私なんかと伏見道場を比べられるんですか?」
「そいつは簡単だ。
俺は正規の指導員ではないがはっきりと言える。
成績の優劣はあれど生徒の優劣はない。
伏見道場の生徒も君もどっちも平等。どっちかなんて決められない。
だけど俺はまだ伏見道場には行ったことがない。
今は君しか見えていないからな。」
「・・・そうですか・・・」
安心したのか逆に落胆したのか分からない答えだった。
俺は水を汲んで飲む。
「さて、そろそろ行くぞ。
後1時間。
俺を止めたければ一本入れてみろ。」
「・・・はい!」
気合の入った声だな。
だけど俺も手加減はしない。
「始めっ!」
号令をかける。
今度は彼女が今までにないスピードで距離を詰める。
そしてジャンプして両足で左右からはさみこむような珍しいキックを繰り出す。
「へえ、」
確かに左腕だけでガードは難しい。
だけど俺は半歩引いて右のキックをかわして
左の足を掴んで止める。
「っ!」
「はああっ!」
そのまま壁まで投げ飛ばす。
と。
彼女はクルリと身をひるがえして壁を走る。
比喩でもない。
投げ飛ばされた力を利用して壁を垂直に走っている。
そして壁をけって俺にめがけてキック一直線。
なるほど。
これが彼女のスタイルか。
俺はかわす。
必然的に彼女と空中ですれ違う状態になる。
それをねらっていたのか空中で体をひねって回し蹴りに切り替えた。
なるほど。
上手いな。俺はそれをガードする。
同時に当て身で空中の彼女を撃ち落とす。
右手足が使えない状態ではこれが最善だったはずだ。
彼女は畳にたたきつけられるがすぐに立ち上がる。
そして断続的に回し蹴りを繰り返しながら接近してくる。
面白い攻撃だ。
だが。
回し蹴りのパターンを見切り、一歩踏み込む。
彼女は背中を向けているわずか一瞬。
その一瞬だけあれば十分だ。
襟首を掴んで彼女を真上に投げ飛ばす。
「直上正拳突きィィィィィ!!!」
放つ3発目。
彼女は以前と同じく両手で受け止める。
だがそれはフェイク。
彼女のガードに触れる前に正拳突きを止めて彼女の両手首をつかむ。
杖を離して右拳を構える。
「直上正拳突き・第二段!!」
落下してくる彼女の胸に右拳を打ち込む。
本来はそのまま後方に再び吹き飛ぶのだが
そうさせないように左手で彼女の腕をつかんでいる。
そして彼女を畳にたたきつける。
だが。
彼女は着地していた。
両足をばねのように縮ませて地面にしゃがみ、正面に向けてジャンプする。
ヘッドダイビングとパンチを合わせたナックルダイビングか。
けど。
俺はしゃがんで彼女の真下に回った。
実戦を積んだ戦士にとって1秒間とはとても長い。
彼女の体は2秒間浮かんでいる。
最初の1秒で攻撃をかわして真下に回り込む。
そして彼女のがら空きとなっているボディにジャンピングアッパーを打ち込む。
二人して空中に巻き上がる。
彼女を失神させるべく俺は正拳突きを繰り出す。
刹那。
確かに俺の正拳突きは彼女に命中。
彼女は壁まで吹き飛ばされた。
だが。
「・・・見事だ。」
彼女の拳が俺のボディに打ち込まれていた。
・残りの45分は結局一昨日と同じく治療にあてられた。
やはり彼女の体は打撲だらけ。
勝手がわかったのか彼女は既に道着を脱いで
トップレスの状態になって自らの治療をしていた。
あまりじろじろ見るのは失礼だと思うが
俺も男子高校生。
女子中学生のトップレスが隣にあればつい凝視してしまうのが道理。
だが彼女からきつく睨まれたので背を向ける。
彼女に背を向けたまま口を開く。
「明日、伏見司令と話をする予定だ。」
「・・・・・。」
「君を捨てられない。
伏見道場へのご招待のはまた今度の機会に回しておくよ。」
「・・ありがとうございます。」
背中から暖かい声がする。
まだ2回しか稽古をしていないがこの2回はなかなか大きかったと思う。
相変わらず稽古以外での接点は薄いがな。
その日は治療やストレッチなどに残り時間を使って稽古を終えた。
SCARLET6:ターゲット~赤い衝撃へ~
・1月20日。
木曜日。
俺は前例通り図書室へ行き、数時間を過ごす。
正直気は重い。
これから世界のほぼトップである司令のところへ行って
せっかく司令から頂いた指示に逆らうことになるからな。
学校を出ると校門前に昨日の車が止まっていてすぐにスタッフが来た。
「Mr甲斐、お待ちしていましたよ。」
スタッフの指示に従って車に乗る。
はたして帰り道というのがあるかどうか。
あせっているうちに司令の事務所まで来た。
「甲斐廉、失礼します。」
一礼して入室する。
「よく来てくれた。」
司令の指示通り椅子に座る。
「答えは決めてくれたかな?」
「はい。誠に恐縮ながら私はやはりいまの生活を愛しています。
依って司令のお誘いは拒ませていただきます。」
頭を下げる。
「・・・・・」
無言。
頭を上げるのが怖い。
恐る恐る頭を上げる。
意外にも司令の表情は変わっていない。
「ふむ。そうか。ならば仕方ない。
上司といえど神ではない。
甲斐君、私は君の意志を尊重しよう。」
「ありがとうございます。」
再び深々と頭を下げる。
その時だった。
杖を持っていた右手がつい反応して杖を持ったまま後ろに振るう。
「へえ、」
何かに当たった。
振り向けばそこには中学生程度の少年がいた。
「遠山!」
「司令、こいつは司令の指示に背きました。
私が罰を与えましょう。」
「遠山といったか?
自信を持つのは言いが過信はよくないぞ。」
「どういう意味だ?けが人が!」
遠山が殴りかかってくる。
「遅い!」
が、止まって見える。
遠山の懐に入り、突き出した腕を掴んで止めて
そのまま遠山を壁まで投げ飛ばす。
「うっ!」
「司令、これはどういうことですか?」
「すまない、甲斐君。
私の道場でいま最も勢いがあるのが彼なんだ。
今日君が来ると伝えたらぜひ手合わせ願いたいと言っていたのだ。」
なるほど。
だが最も勢いのある奴でこの程度か。
伏見道場も大したことはない。
「てめぇ・・・!」
「遠山君、
悪いが君程度の実力では今俺が育てている生徒にもかなわないだろう。
暗殺まがいのことなどやめて鍛え直した方がよいのではないのか?」
「黙れ!このけが人が!」
「遠山!いい加減にせんか!」
司令の一声で彼の動きが止まる。
「すまんな、甲斐君。」
「いえ。」
「・・・おい、そこの。」
「甲斐廉だ。」
「さっきお前が育てているやつより俺が弱いとかいったな?
そいつと勝負させな。」
遠山が言う。
ふむ。
交流試合前にはちょうどいいかもしれない。
だが果たして今の彼女に勝てるのか?
さっきはああ言ったが正直わからない。
「どうした?自分の生徒に自信がないのか?」
「いいだろう。
本来なら上司に対してそのような口を利く君には厳罰が下されるのだが
下す役目は彼女に任せよう。」
「彼女?女だってのか?はっ!ははははははは!!
女ごときが俺に勝てるって?
笑わせるぜ、ったくよ。」
どうやらこの男は武道家としては失格だな。
「どうせたいしたことない女だろう?
まあ、ストレス発散にはなるかってな。
あはははははははははははは!」
その言葉は引き金となった。
「・・・おい、小僧。」
気がつけば俺は遠山を殴り倒していた。
それだけでなく頭から血を流していた。
「言葉には気をつけろ。貴様は武人じゃない。ただのチンピラだ。」
「て、てめえ・・・!」
「まだそんな口が聞けるようだな。いいか?」
遠山を片手でつかみ上げる。
「彼女のことを何も知らない貴様が、」
そのまま真上に投げ飛ばす。
「武人としての礼儀も誇りもない貴様が、」
落下してきたこの男向けて正拳突きを繰り出す。
「彼女を悪く言うな。」
男の顔面にぶち込まれる正拳突き。
直上正拳突き。一切の手加減なく我ながら見事に入った。
感覚からして鼻の骨が砕け散るのは間違いない。
下手すると頭蓋骨が陥没するかもしれない。
そのはずだったのだが
「すまんな、甲斐君。」
正拳突きは司令によって止められていた。
「くっ!」
遠山が落下する。
「司令・・・、すみません。
ついとりみだしてしまい・・・。」
「いいのだ。部下のために啖呵を切る。
よい師のあかしだ。
比べて私の方はこのような下衆を・・・。」
司令が遠山をにらむ。
かなりの殺気だ・・・。
「司令、先ほどこの男が言ったように試合を行ってもよろしいでしょうか?」
「む?」
「この男の治療機関も含めて2週間。
2月5日の土曜日に試合を行ってもよろしいでしょうか?
私の生徒にもいい教訓になります。」
「・・・いいだろう。悪いのは私の方だからな。
手配しよう。場所はこちらで指示する。」
「ありがとうございます。」
続いて遠山に向き直る。
「貴様に教えてやろう。
本当の武人の強さを。」
そう言って一礼して退室した。
・1月21日。
9時登校で図書室へ行くという生活も今日で最後だ。
連中は今日の夜ぐらいに帰ってくるだろう。
しかし俺は構っていられない。
今日も稽古だ。
あそこまで啖呵を切った以上
何としてでも彼女をあの男に勝たせないといけない。
とはいえ勝つというのはあくまでも結果の一つ。
勝つことがすべてではない。
あの男は知らないだろうが彼女は知っているだろう。
・午後16時45分。
俺は道場へやってくる。
まだ彼女はいない。
鍵を開けて一礼してから畳部屋に入る。
暖房をつけ、更衣室で道着に着替える。
「む?」
ギプスが引っ掛かってうまく着替えられないな。
しかもそこへ運悪く。
「あ」
彼女が入ってきてしまった。
今の俺の恰好はパンツ一丁。
まだ大事なところは見えていないはずだが
陰毛あたりは見えてしまっていたりする。
「・・・失礼しました。」
赤面したまま彼女は退室してしまった。
とりあえず俺は急いで道着を着て畳部屋に戻る。
「もういいぞ?」
声をかけるが畳部屋にはいない。
「外か?」
靴をはいて外へ出る。
1月中旬に道着で外へ出るのはなかなかきつく、
北風で凍りそうだ。
道場の周りを一周する。
ちょうど出入り口とは真逆。
サンドバッグが置いてある奥の間の裏。
そこに人の気配があった。
「どうした?もう更衣室使っていいぞ?」
そう言いながら角をまがったのが運のつきだった。
「・・っ!」
今度は彼女が着替え中だった。
二人して凝固。
彼女のあの真紅の道着、
およびアンダーシャツは上下一体化している。
つまり着るためには一度全裸にならなければいけないわけで・・・。
そのタイミングに運悪く出会ってしまった。
右手でアンダーシャツを、
左手でかわいらしいパンツを持っている状態。
「ひ・・・!」
まずい!今ここで悲鳴をあげられたら俺は変質者として警察に!
「よ、よせ!悲鳴は上げるなよ!?」
一瞬で彼女の背後に回り込んで口をふさぐ。
だがここでも迂闊だった。
背後に回ったら口を塞ぎそして逆の手で胸を打って気絶させるという癖。
それが今発動してしまった。
右手で彼女の口を塞げたのはいいんだが・・・。
左手が・・・なぁ?
「~!~!~!」
彼女が全力で抵抗をしているが少しきつくやりすぎたのか気絶してしまった。
「・・・あー、どうしよう。」
現在状況。
道場の裏で14歳の少女が道着に更衣。
全裸になっていたところに遭遇。
悲鳴をあげられたらいろいろ困るため口を塞ぐ。
だけどそのまま気絶。
よって今俺の手には気絶している全裸の少女。
まあ・・・なんだ。
左手がこの上ないほど幸運な体験をしているのだが・・・。
あの子のより大きいな・・・。
どうしよう・・・。
「・・・とりあえず・・・」
服を着させるか、道場へ入れるか。
少なくともこのくそ寒い中全裸はきつすぎる。
たしか窓があったはず・・・。
壁を回る。
あった。
シャワー室の窓。
えっと。
「先告するが不可抗力であると誓う。」
声に出して言っておく。
俺は彼女を腕に抱いて窓から中に入る。
すみません、
なんだかいろいろ見えました。見ました。
彼女をシャワー室の壁にもたれかかせる。
一方でシャワー室から更衣室へは別に鍵がいるため
そのまま更衣室へというのができない。
なので彼女の荷物や服などを持って入口に回り、
そこから更衣室へと来る。
シャワー室のカギを開け、電源をつける。
これでシャワー室にも暖房がかかり、シャワーが使えるようになる。
「入るぞ?」
シャワー室に入る。
彼女はまだ気絶している。
すみません、
なんだかいろいろと見えています。見ています。
「おい、大丈夫か?おい、」
彼女を揺さぶる。
「・・・ん、」
彼女が目を覚ます。
同時に
「っ!!」
勃起していたあそこに全力で蹴りを叩き込まれてしまった。
「・・・もう平気ですから。」
彼女の声がして荷物をシャワー室に入れてドアが閉まった。
「・・・早く出てください。」
「あ、ああ。」
俺は悶えながらも畳部屋まで来た。
数分後。
いつも通り真紅の道着姿の彼女が出てきた。
今日は道着だけでなく顔まで真紅だった。
「先告したが不可抗力だ。」
「・・・わかってます。
それに私の方が先に見てしまったのですからおあいこです。
な、なので互いに忘れましょう・・・。」
「・・・そ、そうだな。」
と言われてもなかなか、
いや多分ずっと記憶から消えることはないと思うがな。
「そういえば先ほどはつい蹴ってしまいましたが、そこは大丈夫ですか?」
「え?」
蹴られた場所・・・・。!
「き、気にするな。」
ああ、だめだな、今日は。
変に意識してしまって・・・。
と、とりあえず昨日のことを教えよう。
・「・・・試合ですね?」
「ああ。相手は腐っても実力者。
今の君では勝率は50%未満。
期限は2週間しかない。
気を引き締めていくぞ!」
「了解です。」
いつも通り短い返事をして稽古に取り掛かった。
その日はそれ以降目立ったことはなかった。
・・・ってか初めてまともな稽古をした日だったな。
まあ、最初の10分間くらいが犠牲になったが。
Scarlet7:強くなるために
・1月22日。今日は土曜日だ。
沖縄からほかの連中も帰ってきている。
だが俺にはこの土日にやるべきことがある。
それは。
「では、失礼します。」
あの道場での合宿だ。
会長からの許可も得られた。
俺は彼女とマンツーマン48時間の合宿となった。
食費などは会長から出してくれるそうだ。
もともと部下の教育がなっていない伏見司令のほうに問題があると見られて
今度の私闘にかかわる経費は払ってくれるそうだ。
ただし正規の道場のメンバーはちょうど次の私闘と同じ2月5日の土曜日に
試合があり今はその強化合宿をしている。
そのため彼女の組み手の相手をできるものがいない。
一応今日の今日では無理だが明日には来れるというのが一人いるがな。
しかし。
いくら弟子とは言え中学生の女の子と一つ屋根の下というのは
結構緊張するものだよな。
事実昨日もあんなことがあったわけだし。
互いに忘れようということにはなったが・・・
だから浮気ではないはず。
ともあれ道場へ到着した。
鍵はまだ開いていない。
俺が開ける。
すでにスタッフの方が食材などを運んでくれたのか、
冷蔵庫の中身がバリエーション豊かになっていた。
「さて。」
時刻は正午。
昼飯を作るべきか否か。
俺は空腹だが、彼女は果たして・・・。
そうだな、一応二人分作りだめしておいて
もし彼女が食べてきていたなら俺の晩飯にしよう。
「材料は・・・カレー?いたってシンプルだな。」
カレーの材料がそろっていた。
いつの間にか畳部屋の奥には台所が作られていた。
この道場もだいぶリフォームされたな。
そのうち人が住めるようになるんじゃないのか?
さて、さっさとカレーでも作るか。
・・・とはいえ今からカレー作ったんじゃ出来上がるのは数時間後だな。
「・・・どうするか。」
かぎを閉めてどこかコンビニでも行って
弁当か何かを買うか?
でもその間に彼女が来たらどうする?
そこであることに気付いた。
メールで聞けばいいんだな。
ということで彼女にメールを送る。
・・・初めてかもしれないな。
まあいい、返事が返ってくるまでの間に
準備でもしておくか。
数分後。メールが来た。
それによれば彼女がここへ来るまでに俺の分と一緒に
弁当を買ってきてくれるそうだ。
やはり、気を遣ってくれているのだろうか?
・それから20分くらい後。
道場のドアが開く。
「失礼します。」
「来てくれたか、ありがとう。
飯まで買わせてしまって済まない。」
「いえ、その足では負担がかかるでしょうから。」
そう言って机に弁当を置く彼女。
「いいのですか?道場で食事をしても。」
「まあ、本当はだめだろうが仕方ない。
せめて畳のないこの部分で食べよう。」
狭いが二人とテーブルが居座る面積はある。
弁当はすでに電子レンジで温められている。
適当に食事をしながら俺はパソコンを立ち上げた。
「何かするんですか?」
「ああ。対戦相手である遠山の試合の映像だ。
伏見司令から貸していただいている。」
戦うにはまず敵を知ること。
DVDをパソコンに入れる。
去年の清武会の試合映像だ。
さすがに虚勢を張るだけあって
最低限清武会に参加できるレベルか。
これはまずいかもしれないな。
今の彼女では清部会レベルには達していない。
だが、何とかして弱点を見抜けば何とかなるか。
試合が始まった。
遠山は黒帯か。線が一本しか入っていないから初段か。
とはいえ今の彼女では・・・。
試合の相手は彼と同じ黒帯・初段か。
試合開始と同時に彼は相手の懐に忍び寄り、
鳩尾にひざ蹴りを打ち込む。
なるほど。いい蹴りだ。おそらく2年や3年の修行ではないな。
相手もなかなかの実力でひざ蹴りをいなして逆にその足を極めに来た。
サブミッションか。最近の清武会は本格的だな。
遠山はそれを予測していたのか相手の首を両足で挟む。
・・まさか、首を折る気か!?
体重をかけた両足で相手の首を挟み、締めていく。
「・・・カウンタータイプか。」
スピードタイプの彼女とは一番相性が悪いタイプだ。
おまけに動きを制限させるサブミッションタイプ。
彼女がどんなに早く攻撃を繰り出しても
一撃さえ受け止めれば手足をつかまれてそのまま折られてしまう。
実戦慣れしていないものが手足を一本でも破壊されれば
間違いなく試合続行は不可能だ。
映像ではジャッジが止めている。
まあ、手足ならともかく首を折るのは止めるだろう。
下手をしなくても死ぬだろうからな。
遠山はこんな感じでその清武会を勝ち進み、優勝した。
「・・・感想は?」
「・・・強いですね。こんな人と私が戦うのですか?」
「ああ。今のままでは君に勝ち目はないだろう。
はっきりいってこの勝負辞退した方がいい。」
「・・・いえ、やります。喧嘩を売ったのでしょう?今更断ったら・・・」
「気にするな、今更プライドが傷つけれられるくらい。
それよりも君の方が心配だ。このまま戦ったら十中八九
手足を折られて二度と戦えない体になる。
・・・それでもいいのか?」
「・・・覚悟はできています。特訓をお願いします。」
・・・・仕方ないか。しかし、カウンターサブミッションタイプか。
・・・ならば。
「よし、ならば始めよう。奴に勝つにはこれしかない。」
メニューを決める。
「何か策があるのですか?」
「なきゃ辞退してるさ。」
そう、奴に勝つ方法は一撃必殺しかない。
・早速特訓が始まった。
カウンターでサブミッションなタイプを倒すには
やはり一撃必殺しかない。
とはいえ実戦慣れしていない彼女にそれだけのパワーはないだろう。
それでもやってもらわねば困る。
幸い彼女には高度な身体能力がある。
遠山の背丈はおよそ170センチ。
彼女は145センチ程度。
彼女の武器はスピードと身体能力の高さ。
カウンターでサブミッションな奴は基本的に受け身だ。
だから最初の一撃はまず間違いなく当たる。
その一撃で倒さなければカウンターを受けて確実に負ける。
・・・ならば。
「済まない!ちょっといいか!?」
「はい、なんでしょう?」
させておいたジャンピングをやめてこちらを向く。
「ジャンピングは中止だ。ランニングに移ってくれ。」
「ランニングですか?」
「ああ。瞬発力と速度を鍛えたい。シャトルランで頼む。」
そう言ってストップウォッチを渡す。
「・・・信じていいんですね?」
「信じてくれようという気持ちがあるのならそれを信じてくれ。」
「わかりました。」
そう言って彼女はシャトルランにかかる。
・・・不安だろうな。
どう考えたって彼女の方が不利だ。
この特訓に成功しても勝率はほぼ博打のようなもの。
だが、この勝負に勝てればとても大きな経験値になる。
「・・・さて、こんなものか。」
CGで今できる対策の技を見る。
彼女のスピードをフル活用して必殺の一撃を叩き込む。
相手は油断をしているだろう。
とはいえそんな油断をするわけにもいかない。
もしかしたら相手もこちらの出方を予測して
手を打ってくるかもしれない。
いやそれどころかスタイルを崩して向こうから攻めてくるかもしれない。
格下を完全に潰すには相手の出方を待つよりも
何かされる前に速攻すればいい。
おそらく初段、清武会優勝レベルにもなれば
本来のカウンターサブミッションスタイルでなくとも
彼女をねじ伏せることくらい余裕だろう。
というか俺があいつだったら間違いなくそうするだろうな。
・・・やはり勝てないか?
しかし俺を信じてくれている彼女を信じないわけにもいかない。
だから俺はそんな彼女を信じる。
・夜。
4時くらいからカレーを作り始めた甲斐あって
7時には作り終えた。
「・・・こんなことまでできるんですね。」
「ん、まあな。自炊くらいはできなきゃな。」
二人分のカレーを作って皿によそぐ。
今俺たちは私服だ。
さすがに飯時くらいは胴衣は着ない。
「いいですか?」
「何だ?」
「今度の試合、どういう戦術を使うのですか?」
「・・・ああ。カウンターでサブミッションなタイプを倒すには
一撃で倒すしかない。
今君には脚力を可能な限り鍛えてもらっている。
試合開始と同時に相手に超スピードで接近。
相手が気づき、構える前に必殺の一撃を打ち込む。
俺が得意な技の一つ・白虎一蹴を使うんだ。」
「白虎一蹴・・・?」
「ああ。すばやく敵の懐に入り、飛後ろ回し蹴りを繰り出し
相手の後頭部を蹴り砕く。」
「・・・蹴り砕く・・・」
「・・・もちろん実戦とはいえ殺し合いじゃない。
だから後頭部ではなく、腰を蹴ってもらう。」
「腰ですか?」
「ああ。腰も穿てば人体破壊にはなるが、
後頭部ほどの損傷はない。
よほど強い一撃でなければせいぜいヘルニアくらいにしかならない。
それに威力だけなら腰にやった方が高い。
・・・できるか?」
「・・・やってみます。」
「よし、今日は稽古はここまでだ。
後は自由なわけだ。
シャワー浴びるなり、友達とメールをするなり自由だが
勝手に外には出ないこと。以上。」
「・・・了解です。」
夜に稽古をやってもあまり伸びないからな。
・・・・さて、考えていなかったことが一つ。
どこで寝るか、だ。
当然布団を敷くほどのできるスペースはこの道場には
この畳部屋しかない。
なので俺が左下のほうに布団を敷き、彼女は右上のほうに布団を敷いた。
「・・・悪いな。敷いてもらって。」
「いえ、足、大変そうですから。
それに、お金も払わずに稽古をつけてくれているんですからこれくらい。」
やはり気を遣ってくれていたのか。
「明日の朝は何時起きですか?」
「そうだな。」
時計を見る。時刻は午後10時30分。
十分な睡眠をとるには8時間だ。
「6時半だ。目覚ましでもセットしておいてくれ。」
「了解です。
では、私はもう眠りますので。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
彼女が布団に入る。
その間、俺はパソコンに向かっていた。
メールが来ていた。
・・・・そうか、あいつは明日の昼頃来てくれるのか。
よし、できるところまで彼女には頑張ってもらうぞ。
SCARLET8:赤燐
・「・・・朝か。」
目が覚める。
時刻は6時22分。
目的の時間よりやや早い。
見れば彼女はまだ眠っているようだ。
・・・よくよく考えれば俺は女子中学生と眠ったのか。
まあ、別に大丈夫だよな?何もしてないよな?
などと考えながら顔を洗い、胴衣に着替える。
畳部屋に戻ってくる頃には彼女は眼を覚ましていた。
「起きたか?」
「え・・・?」
まだ寝ぼけているようで固まっている。
髪も下ろしていて別人のようだ。
よく考えれば髪を下ろしているのを見るのは初めてか?
「・・・そういえば私は・・・」
「おいおい、寝ぼけているのか?」
「いえ、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
彼女が布団を畳み、更衣室に向かった。
その間に俺はパソコンを開き、メニューの確認をする。
午前中に基本稽古を終わらせよう。
午後にはあいつがくるからな。
やがて彼女がいつも通りツインテールで真紅な胴衣をまとってきた。
「今日もお願いします。」
「ああ。こちらこそよろしく頼む。」
礼から始まり二人で畳に上がる。
まずはいつも通り基本稽古から始める。
・・・いつも通りといっても
基本稽古から始めたことなんてこれで3回目なんだがな。
朝飯前の稽古のためあまり力が入らない。
それに文句を言っても仕方がないため
朝稽古は基本稽古と正拳突き300本で終わらせた。
時刻は7時45分。
意外と時間がかかるものだ。
一度私服に着替えて朝飯をとる。
「今日はある奴を呼んである。」
「誰ですか?」
「ああ、俺が昔一度だけ指導員をやった時に教えた一番弟子だ。」
「男性ですか?」
「ああ。年は俺の二つ下だから今は中学3年生、君より一つ上だな。」
「・・・その人はどのくらい強いんですか?」
「君より強いってことは保証するよ。
といっても若干問題があってな。」
「問題?」
「面倒くさがり屋で弱気。滅多にまともな勝負をしようとしない。
一応俺がひと夏かけて鍛えたからそれなりに強いはずなんだがな。」
「・・・そうですか。」
「午後に来るはずだからそれまでは
昨日と同じ白虎一蹴の練習をしてくれ。」
「わかりました。」
そして8時から技の特訓に入った。
昨日からの一朝一夕ではさすがに習得はできまい。
ましてや黒帯の敵を一撃で倒せるまではない。
だがセンスがあるのか、すでに形はできかかっていた。
やはり体が軽いからか。
それにもしかしたらこの技は
スピードタイプのほうが相性がいいのかもしれない。
・昼飯を食べ終わってしばらくしたら道場の扉が叩かれた。
「来たか。」
扉をあける。
しかし誰もいない。
「・・・・、里桜、出てこい。」
声をかけると、建物の蔭からやっと出てきた。
「やっぱりやらなきゃだめですかね?先輩。」
いつもの調子でこいつ、燐里桜が来た。
「ああ、言っただろう?サボったら百殴りだってな。」
「その人が?」
「ああ、一番弟子で出来の最悪な燐里桜だ。」
「え、先輩女の子教えてるんですか?」
「教えてなかったか?」
「知らないですよ!
・・・やっぱり帰ろうかな?」
「今すぐ千叩きにしてやろうか?」
「・・・わかりましたよ。組み手をすればいいんですよね?」
「ああ。・・・燐里桜だ。よろしく。」
「赤羽美咲です。よろしくお願いします。」
握手を済ませ、里桜は更衣室に向かう。
「いいか?白虎一蹴の一撃で倒すんだ。」
「え?」
「相手は対戦相手の遠山と同じく君より格上だ。」
「・・・わかりました。」
「それと遠慮はいらない。容赦なく殺すつもりでかかっていいぞ。」
「・・・仲悪いんですか?」
「・・・さてね。」
ごまかし、着替えが終わった里桜が畳部屋に来る。
「うはっ、胴衣なんて来るの久々だな。」
「あ?お前空手行ってないのか?」
「まあ、受験生ですしね。」
「付き合わせてしまってすみません。」
「「いや、君が気にすることはない。」」
「・・・先輩、どうして先輩が言うんですか?」
「お前の人権のすべては俺が握っているからだ。
さ、無駄話はここまでにして組み手を開始するぞ。
ルールは公式試合と同じく1ラウンド2分30秒の3ラウンド制だ。」
畳部屋。左右に分かれて二人が構える。
「正面に礼!お互いに礼!構えて!始めっ!!」
一度やってみたかったジャッジ。
ジャッジと同時に彼女が走りだす。
里桜との距離はおよそ3メートル。
彼女なら1秒もかからない。
里桜が構えるよりも速く懐に入り、白虎一蹴を繰り出す。
わずか二日間で物にしたか。
「!?」
だが、里桜はとっさに反応をして受け止めた。
「え・・・!?」
「白虎一蹴・・・!?先輩は本気で俺を殺す気かよ?
けどまだこの程度なら・・・!」
里桜は受け止めた足をつかんで
彼女を天井まで投げ飛ばす。
「直上正拳突きぃぃぃぃぃぃ!!!」
里桜の拳が落下してくる彼女に直撃した。
「そ、そんな・・・・!?」
彼女は畳にたたきつけられて体をくの字に曲げて悶えている。
里桜の奴、なまってると思ったが意外とやるじゃねえか。
彼女の白虎一蹴がまだ不完全だったとしても、
・・・少しあいつを見くびりすぎていたか?
「・・・・うう、」
彼女が立ち上がる。
さすがにこの一週間で正拳突きを何発もくらったからか
もう慣れただろう。
「おいおい、タフだな。
今のなら骨が砕けていてもおかしくなかったのに、」
「おい里桜。お前他人の唯一のかわいい弟子を殺す気か?」
「一応俺もあなたのかわいい弟子なんですがね。」
「心配しないでください。私なら平気です。」
彼女が構える。
・組み手開始から25秒。
直上正拳突きから回復した彼女が構える。
さて、どうする?
白虎一蹴はもう通用しないぞ?
「…お願いします。」
「・・・やれやれ。今度は何が出てくるのやら。」
里桜も構える。
彼女は再び走る。
さっきよりもスピードが速い。
2発目の白虎一蹴か!?
「・・っ!」
しかしやはり里桜は反応し、背中に迫るスピンキックをガードする。
タイミングとしてはギリギリで、里桜は二歩三歩と後ずさった。
「ちっ、もっと速くなっていやがる・・・!」
「・・・まだです!」
彼女は着地と同時にお得意のスピード戦術に切り替えた。
なかなかのスピードだ。
スピードだけなら清部会でもトップクラス以上だろう。
少しずつだが着実に里桜にキックが命中していく。
「なめるなよ?赤少女。」
だがさすが俺が鍛えただけあって里桜は彼女以上にタフだ。
カウンタータイプに変更して彼女のキックにカウンターをかける。
足は里桜のほうが長く、キックのスピードなら里桜のほうが上のため、
里桜のキックのほうが先に彼女に命中する。
「そんな・・・!」
「俺も一応あの人の弟子なんでね。」
里桜は攻撃へと移る。
彼女は回避行動に出るが里桜にすべて先読みされて
手痛い一撃を受けてしまった。
彼女の体が後方に吹き飛ぶ。
倒れる暇を与えずに里桜が追い打ちをかける。
しかし、
「そこまで!時間だ!」
時間なので里桜を止める。
「30秒のインターバルだ。」
両者が左右に分かれる。
里桜のほうは大してダメージを受けておらず息も上がっていない。
対して彼女のほうは戦えないほどではないが結構ダメージが大きい。
おそらく3ラウンド目はないだろう。
一撃必殺の白虎一蹴も破れ、お得意のスピードも完全に見切られている。
どうする?赤羽美咲。
「インターバルを終える。両者、構えを。」
号令をかけて二人が構える。
「始めっ!」
号令と同時に彼女が再び走る。
「くどいぞ。」
里桜は彼女の軌道を見切り、足払いで接近前に転倒させた。
「くっ!」
彼女は受け身をとりすばやく起き上がる。
すると今度は壁に向かって走り出す。
「なら距離を詰める!」
里桜が追う。
彼女は壁に向かってジャンプする。
そして空中で宙返りをして壁を蹴る。
「!?」
そして追ってきた里桜めがけてドロップキックを放った。
まるでミサイルのようなキックだな。
さすがの里桜も意表を突かれたのか後方に吹き飛ぶ。
スピードをパワーに変える反転ミサイルキックといったところか。
「・・ちっ、」
里桜はすぐに立ち上がる。
ダメージはそこそこ与えたがさすがにそうそう倒れる奴じゃないか。
続いて彼女は大ジャンプをする。
特訓の成果で地面から2メートル以上も上空に上がり、
飛び蹴りを繰り出す。
「おいおい、飛びすぎだろ!?」
そう言いながらも里桜はガードする。
彼女は着地と同時に里桜の右足にローキックを打ち込んだ。
「くっ!」
うまいな。下段は地味だが確実にダメージが溜まる攻撃だ。
ある意味飛び蹴りよりも破壊力は大きい。
今度は彼女が追い詰めているのか。
だが最初からそんなに飛ばしてると持たないぞ…?
「はあ、はあ、」
彼女のスピードも見るからに落ちている。
足技はパワーがある代わりにスタミナを消耗しやすいからな。
それを見切った里桜は彼女の足をねらってきた。
彼女はうまくかわそうとするが、フェイントも含んだ里桜の足技で
翻弄されて転んでしまう。
まだまだ技量は里桜の足元にも及ばないか。
基本は里桜よりもできてると思うんだがな。
「ううっ!」
またフェイントに引っ掛かり、彼女は転倒してしまう。
里桜の奴フェイントなんて使う柄じゃないのに。
心情的に追い詰められているようだな。
しかし、このままでは彼女は判定負けだな。
「・・・はあ、はあ、」
彼女は距離をとる。
まさかまた白虎一蹴を?
3度も破られているのに。
それどころか3発目は妨害されて成功すらしていない。
危険すぎるが、それは彼女も分かっているはず。
追い詰められたからといって錯乱する性格でもない。
・・・何か作戦でもあるのか?
彼女が走る。
そして里桜の前で大ジャンプする。
天井近くまでジャンプをした。
そして天井を蹴って、猛スピードで落下してくる。
「直下正拳突き!」
里桜の方に拳を叩き込む。
「くっ!」
なるほど、これがねらいだったのか?
彼女にしては珍しい拳技。
意表も突ける。
とはいえ、里桜は慣れてるからな。この技。
「え・・・!?」
「・・・驚いた。けど、もう倒れておけ。」
里桜は彼女の拳をつかみ、彼女を地面にたたきつける。
そして自身は彼女の背中を踏み台にしてジャンプする。
「直下正拳突きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
そしておかえしの直下正拳突きが彼女に命中した。
「・・・!?」
彼女はそのまま畳に倒れて動かなくなった。
「そこまでだ。KO。里桜、お前の勝ちだ。」
「ふう、なかなかヤバかったかも。」
「・・・大丈夫か?」
「は、はい・・・。でも、すごく強い・・・。」
「いや、俺の方が驚いた。
先輩からの話じゃ素人って聞いてたけど
交流試合優勝レベルじゃないのか?」
里桜が汗を拭きながら言う。
「・・・そうだな、そうだ里桜。
お前、伏見道場の遠山ってやつ知ってるか?」
「伏見の遠山?こないだの清武会で優勝した奴っすか?」
「ああ。そいつとお前どっちが強い?」
「・・・そうっすね。若干俺の方が上だと思います。
けど、油断をしたら軽くやられそうですよ。」
「・・・そうか。」
「・・まさか彼女の相手って!?」
「ああ。伏見の遠山だ。」
「おいおい待ってくださいよ。
どう考えたって勝てっこないじゃないっすか!
一か月ないんすよね!?」
「・・・ああ。」
「・・・いいたかないっすけどね、諦めた方がいい。
俺も弟弟子、いや、妹弟子になるのか?
まあいい、妹弟子を危険な目にあわせたかないっすよ。
棄権した方がいいっすよ。
何なら俺が代わりにやりましょうか?」
「・・・君の意見は?」
「私は、あなたを信じます。」
「・・・。」
・・・確かに里桜の言うとおりだ。
「・・・考えたい。少し休みを取ろう。着替えてこい。」
そう言ってパソコンに向かう。
SCARLET9:決断
・彼女がシャワーを浴びている間
俺は里桜と話をしていた。
「どうするんすか?彼女の腕じゃまず無理っすよ。」
「わかっている。」
「ちなみに試合の日はいつっすか?」
「2月5日だ。」
「2週間切ってるじゃないっすか!?
しかもその日は試合と重なってるじゃないっすか!」
「ああ。だから非公式な試合となる。
・・・お前はあいているか?」
「まあ、空いてるっちゃあいてますがね、先輩。
俺こう見えても受験生なんすよ?」
「知っているさ。
だけどそんなこと気にする
師匠じゃないってことをお前も知ってるだろう?」
「・・・残念ながらね。」
「さて、一応大丈夫だとは思うがその日お前にも来てもらう。
もしも遠山が彼女に過剰な攻撃を加えた時は、」
「俺が止めればいいんすね?」
「ああ。安心しな。お前が倒されたら俺が倒すから。」
「・・・なら俺必要ないんじゃないすか?」
「おいおい怪我人に無理をさせるなよ?」
「その怪我でも今の俺より十分強いじゃないっすか。」
などと話していると彼女が上がってきた。
「上がりましたよ。」
「ああ。やはり君にかけようと思う。
今日は8時に解散だからそれまで里桜と組み手をしていてくれ。」
「わかりました。」
「ええっ!?一回だけじゃないんすか!?」
「諦めろ、里桜。今逃げたら俺と腕相撲だからな?」
「折れますよ、腕が!」
なんだかんだ言いながらもその後も何回か組み手を行った。
やった回数だけ彼女は実戦慣れしていく。
白虎一蹴はまだ完成自体はしていないが
だいぶうまくなってきていた。
交流試合程度ならこの技だけで行けそうだな。
だが果たして遠山に通用するかどうか。
3時間ほど組み手をさせ、着替えさせる。
「はあ、はあ、俺の方が疲れたっすよ。」
「里桜、かかってこい。」
「・・・・え?」
「最後に一度やるぞ。俺も実戦離れしてるとなまるんでな。」
「・・・・マジっすか?」
里桜を正面に畳に上がる。
「俺も死にたくないんで手加減できないっすよ!?」
「はっ、手加減と来たか。10年早いぜ!」
向かってくる里桜の拳をかわしていく。
さすが里桜。彼女とは別格だな。
けど、まだまだ。
「うおわっ!?」
足払い、転びはしなかったがバランスを崩した里桜を片手で持ち上げる。
「やば・・・・!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
襟をつかんでぶんぶん振り回す。
そして天井まで投げ飛ばす。
空中でガメラみたいに回転してる里桜。
俺も回転をしてジャンプする。
「竜巻正拳突き・嵐ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
空中で回転しながら両腕で里桜を殴りまくる。
「独学甲斐式スクリューパイルドライバー!」
そしてパイルドライバーにかけて里桜を畳にたたき落とした。
「な、何の音ですか・・・!?」
彼女が来る。
「お、着替え終わったか?」
畳に突き刺さる里桜から降りて彼女に話しかける。
「・・・戦ったんですか?」
「ああ。まあ、肩慣らしにな。といってももうダウンだがな。
着替え終わったらどこかに飯でも食いに行こう。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「里桜、お前は帰っていいぞ?」
「そ、そんな・・・!?」
食い物に反応して起き上がってきたか。
「里桜、俺たちも着替えるぞ。」
「ちぇっ、」
男二人で更衣室に入る。
そそくさと着替えて更衣室とシャワー室のかぎを閉める。
「さて、帰るか。」
荷物持ちを里桜に任せて彼女に言う。
「・・・ありがとうございます。」
「ん?」
「私のために貴重な休日を削っていただいて…。」
「いいさ。次の稽古は明日だ。
4日連続で稽古になったがいいか?」
「私は構いません。」
「そうか。里桜、お前は?」
「無理っす。」
「そうか。来てくれるか。」
「強制なら聞かないでくださいよ。」
こんな感じの会話をしながらレストランに行った。
そして本当に里桜は駐車場で荷物番をさせることとなった。
「・・・いいんですか?」
「ああ、いいんだ。
どのみち伏見司令から配給された資金は二人分しかないんだ。
俺たち二人でいただこう。」
「・・・分かりました。」
というわけで彼女と二人で夕食をとる。
そして別れた。
「里桜、俺の家まで運んでくれよ?」
「マジっすか!?」
「断ったら・・・」
「いや、従います!その先は聞きたくないっす!」
いい弟子を持ったものだ。
まあ、かわいそうに指導の仕方がわからなかった時代に教えたからな。
いろいろ実験的にぶち込んでたからトラウマなのだろう。
まあ、いい餌だ。
しかし、里桜の言うとおり後2週間を切っている。
そのわずかな期間で彼女が遠山を倒すというのは
ほぼ不可能に近い。
いくらなめきった遠山でも一撃で倒せなかったら勝ち目はないだろう。
その一撃も遠山とほぼ互角の実力の里桜には
初見で見切られている。
まあ、里桜はあらかじめあの技を
知っていたから対処できたってのもあるだろうが。
さて、どうなるか。
・朝か。
そういえば今日から学校だな。
だるい体を起して制服に着替えて登校する。
久しぶりの授業。
こんな足になってからは初めてだな。
斎藤とも会うのは久しぶりだな。
8時に家を出て15分して学校に着く。
教室に着くと足のことや修学旅行に行けなかったことを
周りの連中が話してくる。
まるで嫌味かと思うほどに。
まあ、本気の嫌味じゃないのはわかってるがな。
「よう、甲斐。大変らしいな。」
斎藤が話しかけてくる。
「まあ、な。とても長い一週間だったよ。」
金曜日に足を壊して土曜日に彼女と初めて会って
月曜日に初めて稽古をして、火曜日に伏見司令と話して、
水曜日は彼女と一番勝負をして、木曜日に遠山と出会い、
金曜日には・・・あんなイベントがあって、土曜日には合宿。
昨日は里桜と彼女の組み手。目白押しだったさ。
今日も彼女と稽古がある。
彼女にとっては4連日稽古で疲れるだろうが、
そうでもしないと、彼女は遠山に勝てない。
「斎藤、お前伏見道場の遠山を知っているか?」
「遠山?あのチャンピオンか。」
「ああ。彼女の対戦相手だ。」
「おいおい、遠山相手か。今の俺でも何とか勝てるかってレベルだぞ?」
「・・・わかってる。彼女じゃ勝ち目は極めて薄い。
だけど俺は彼女に、赤羽美咲に懸けることにしたんだよ。」
「…相変わらずな奴だな、お前は。」
確かに10人が10人は彼女に勝ち目はないと答えるだろうな。
それでも俺は懸けるさ、赤い零に。
・道場。学校が終わったのがいつもよりちょっと遅かった。
おかげで約束の時間より遅れてしまった。
道場の前に彼女がいた。
当然いつもの真紅の胴衣ではなく、なじみのある制服姿だった。
「済まない、遅くなった。」
「・・・・いえ、今日から学校と聞いてましたので。
・・・その、足は大丈夫ですか?」
「気にするな。さて、入るか。」
道場のドアを開けて二人同時に一礼をして道場に入る。
「先に着替えるか?」
「・・・はい。」
彼女が先に更衣室に行き、更衣をする。
その間に俺は暖房を入れる。
まだ1月だ。道場の中は冷蔵庫より寒い。
暖房が道場内を温かくした頃に彼女が
真紅の胴衣をまとってやってきた。
「終わりました。どうぞ。」
「ああ。」
俺は杖をつきながら更衣室に向かった。
壁に体重を預けながら制服を脱ぎ、胴衣に着替える。
服をまとめてロッカーに入れて畳部屋に戻る。
「さて、やろうか。」
「はい。」
俺にしてやれるのは彼女をあと12日間で
可能な限り強くしてやることだけだ。
そこから先は君自身の翼で羽ばたいてくれ、赤羽美咲。
SCARLET10:2月2日
・稽古の日々は続いていた。
俺も学校を終わり次第すぐに稽古へと向かった。
そして決戦の日を明々後日に控えた今日水曜日。
彼女も緊張している。
あれから何度も里桜と練習試合をした彼女は
初めて会ったときに比べて見違えるほど強くなった。
この調子でいけば遠山相手にも惨敗はしないだろう。
だが今日は違った。
道場に彼女は来なかった。
「・・・一体どうしたんだ?メールもない。」
彼女のことだから無断欠席はないだろう。
強いて考えるならば何かあったとしか思えない。
急病か、家の用事か、それとも・・・。
「・・・いやな予感がする。」
俺はスタッフを呼ぶ。
「甲斐さん、何かありましたか?」
「俺はここを留守にして彼女を探します。その間ここを頼みます。」
「それでしたら私たちが赤羽さんを探します。車もありますし。」
「心遣い感謝します。ですが、行かせてください。
俺は彼女を任された身ですから。」
「・・わかりました。ここはお任せください。」
スタッフに留守番を頼み、俺は制服に着替えて
冬の空の下を歩いていく。
コツン・・・・コツン・・・・コツン・・・・。
時計の音よりもなじんできた地面を杖で突く音。
まだ雪の残る地面を杖をついて歩くのはなかなかの重労働だ。
それでも前に進む。
進んだ先に赤い影。
「どうした!?」
雪の中に彼女は倒れていた。
「・・・うう、」体中に殴られた跡がある。しかも拳ではない。
とりあえず彼女を抱き起す。・・・意識はある。だが・・・。
車にでもはねられたのか・・・?しかし出血はそこまでひどくない。
「・・・うう、」「しっかりしろ!何があったんだ!?」
「・・・・兄・・・さ・・・ん・・・・」
兄さん?兄か?俺を兄と勘違いしているのかそれとも・・・・・?
「Mr.甲斐!」
スタッフの方が来た。おそらく心配で一人だけついてきたのだろう。
「この子の手当てを!」
「はい!」
彼女の体を預ける。
よく見れば制服も所々破けていた。不良にでも襲われた・・・・?
しかし衣服が脱がされたような形跡はない。
「この子について質問をしても?」
「なんでしょうか?」
「この子はさっき兄のことを言った。この子の兄は何か特別な?」
「・・・彼女の兄・赤羽剛人(つねひと)さんは三船道場の幹部です。」
・・・三船の・・・?そういえばこの子は三船出身だったな。
そういえば彼女は前に三船に連れ戻されるとか言っていたな。
まさかその剛人さんに襲われたのか?
・・・考えすぎだといいが・・・・。
「みすた・・・・ぐがっ!!」
「ん!?」
突如悲鳴が聞こえた。
振り向けばスタッフが倒されていた。
そしてその後ろに一人。
「くくく・・・・。誰かと思えば拳の死神・甲斐廉か。」
彼女と同じ深紅の胴着・・・・
しかし比べ物にならないほど筋骨隆々。
「・・・あんたが赤羽剛人か・・・・!」
「そうだ。記憶にないか?俺は数年前に貴様を破っている。」
「・・・・なるほど。4年前の関東大会で・・・・。
しかしあの時俺はあんたの左拳を砕いて
二度と空手をできなくしたはずだ。」
「ああ。されたよ。だから義手に変えたんだ、見ろ。」
彼の左手。手首から先が鈍色に光っていた。
ただの義手ではない。微妙なところから血筋が見えている。
・・・暗器か・・・・!
「さあ!また死神を地獄へ帰してやろう。今度は完ぺきにな。」
「死神か・・・。」俺は拳を握った。
空手でもどんな格闘技でも精神が弱いものが急激に力を手に入れてしまうと
その身を破滅に導く。
目の前の男・赤羽剛人は破滅していた。
「ほらほらっ!どうした!?死神様ぁ!」
「・・・くっ、」
レベルが違った。
互いに四肢の一つが死んだ状態だが向こうは左腕、俺は右足。
言い訳をするわけではないが俺の拳を
届かせるために接近するには速度が足りなかった。
だから殴ろうとするとあいつの暗器がちょうど俺を裂くのだった。
「・・・お前は、復讐のために妹を・・・・・」
「妹?美咲は関係ない。
まあ、別の道場のものになった裏切り者の妹を
始末しろってのは言われてたがな。」
別の道場所属になっただけで始末しろだと・・・・!?
ゲームのつもりか・・・・!?
「ほう、怒るか。」
「この際、正義だとか悪だとかはもう言わない。
所詮戦いは力が決するもの・・・・。」
「その通りだ。死なばもろともかかってこい。」
「・・・・殺生は起きない。」
俺は持てる力のすべてを使ってこの男を倒さなくてはならない。
だからリミッターを解除して敵の認識よりも早く敵の懐に飛び込んだ。
「!?」
「死神の姿を見られるのは死んだ直後だけだ。」
「・・・左手が・・・・見えない・・・!?」
俺の左拳は音を超え、死神の鎌となる。
あの時と同じように。俺の左拳は奴の左腕を砕いた。
「ぎゃああああああああああ!!!」
「今度はもう義手でも動かせないくらいに神経を破壊した。
拳の死神が奪うのはお前の命ではない。・・・・お前の魂だ。」
つまり殺さず生かさずに。
俺は奴の両手足の根元を拳で打ち砕いたのだった。
「Mr.甲斐!」
車の音。同時に黒服のスタッフが10人ほどやってきた。
そのうち4人でダルマにされた奴を回収した。
俺は・・・。無理をしすぎた。
怪我とかはほとんどない。
だが・・・・、右足に無理をかけてしまった。
壊れた足に追い打ちをかけてしまった。
そんな後悔を持ち始めていると俺は車に運ばれた。
そしておかれていたベッドに二人。彼女もいた。
「・・・大丈夫か・・・・?」
「・・・・どうして・・・・」
「ん?」
「どうして・・・・あれほどの無茶を・・・?
あの動きは、私の目から見ても危険でした。
未来を諦めかれないほどに・・・。
どうして私なんかのために・・・・」
「・・・師匠が弟子を守るために尽力しない道理があるか。」
「・・・ですが、この怪我では明々後日の試合は・・・・」
「それがどうした・・・・。
明々後日の試合に出なければ俺たちが死ぬという局面でもない。
たった試合一つのために無理をかける方がよほど馬鹿なことだ。」
「その試合のことですがMr.甲斐、」
スタッフの声がする。
「伏見司令に今日のことを報告した結果、
三船道場を制裁する方針が決まりました。
そのためその裁判も合わせてまだしばらくは試合ができないという状況に変わりました。」
「・・・・三船を制裁・・・・」
「・・・っ!」
隣からかすかな声。
・・・・いくら厳しいとはいえあそこは彼女の・・・・。
「ご安心を。そこまで罰が重くなるとは思いません。
ただ赤羽剛人さんに関しましては・・・・。」
「・・・・あの人のしたことがどういうことかはわかっています・・・・。私は、平気です。」
強く、弱い声が響き俺たちを乗せた車は病院へと向かった。
SCARLET11:秒晶~初陣に向けて~
・あれから、俺たちはうちの道場が経営している特別病院に運ばれた。
「お前さんはあれか?特大の馬鹿か?
いや、聞くまでもなく特大以上の馬鹿だよなぁ!?」
俺の主治医の牧島さんだ。
俺が無茶してまた右足にひびを入れてしまったことに対して憤慨している。
「なら俺に殺されろというんですか?」
「殺されたら俺の仕事が減るからな。
その間にハワイにでも行かせてもらう。」
「あんたは冨樫か。・・・で、足は?」
今俺の右足は黒い樽のようなギプスをはめられていて立つこともできない。
「絶対安静・・・とまではいかないが安静だな。
とりあえず三日間の入院だ。」
「・・・そうか。・・・彼女は?」
「美咲ちゃんか?隣の部屋だ。矢岸先生が診ている。」
矢岸先生か。おそらく彼女の主治医になる女医さんだな。
この牧島さんと同じく実戦経験者だろう。
もちろん本職の医者もいるがここの病院にいる医者の多くは
俺と同じく実戦を生業としていた格闘家が
実戦ができなくなって行き着く先である。
いわば俺たちの墓場だ。
それから数時間が過ぎた。
俺は彼女と面会した。本来は彼女は望んでいなかったそうだ。
だが俺は来た。
「・・・すみません。私のせいで。」
「気にするな。・・・まあ、初陣の機会はしばらく待ってくれ。」
「・・・まだ・・・・まだ私の師匠でいてくれるんですか・・・?」
「当たり前だ。やめろという辞令は出ていない。
それに俺はまだ君に何もしていない。」
「・・・それだけ傷ついてもですか・・・・?」
「どんなに傷つこうが俺は君を育てると決めた。
俺は君に期待している。幸い君のけがは一週間程度で治るものだ。
俺は今日から三日間入院だから稽古を
2回ほど休んでしまうことになる。許してくれ。」
「・・・・ありがとうございます。」
「・・・それから立ち入ったことを聞いていいか?」
「はい・・・・?」
「君の家族についてだ。今日襲ってきたのは君の兄・赤羽剛人だ。
彼とは一緒に暮らしていたのか?もしそうだとしたら日々の暮らしは・・・・」
「・・・兄とは別居しています。
私は一人で暮らしていたんです。赤羽家で。」
「・・・・そうか。」
かなり複雑そうだな。
ひょっとして家族関係が事前に知らされていなかったのもこういうことか?
まあ、もともとプライバシー目的で
そういうのが他者に渡されることはほとんどないのだがな。
「三船っていうのはああいう連中が多いのか?」
「・・・いえ。ただ、三船総帥はある手段を使って稽古をしています。」
「ある手段?」
「はい。薬物です。」
「・・・・・え?」
「薬物で恐怖を殺し、痛覚をなくして勝利に飢えたけだものにするのです。
勝利のため勝利のためとただそれだけのために戦いの技術を学び、
実戦に投入するんです。
三船道場が曲がりなりにも強豪道場と言われるのは
こういう理由があるからです。」
「・・・・・」
絶句するしかないな・・・・。
まさか三船道場はそこまで危険な場所だったとは・・・・。
ん?その話からすると、
「君も・・・・薬物を?」
「・・・・はい。私の場合体も精神もあまり強くなかったので
薬物を乱用して精神と肉体が安定するのに2年間かかったんです。
私が今まで2年間空手をやりながら
一度も実戦経験がなかったのはこれが理由です。
そして去年末の三船道場の事件。
あれで私の体が薬物の症状でまみれていたことに気付いた
会長が私を引き取ってくれたんです・・・・。」
それが彼女の打ち明けた彼女自身の闇だった。
前に彼女の体を見た時には薬物を使った跡はなかった。
おそらく外目にはわからないものなのだろう。
それに俺に預けられた当時の彼女は非常に無口ではあったが
精神は安定していた。
だからたぶん三船でつかわれている薬物は
少しずつその心身を犯していく特別な麻薬。
考えてみれば彼女の動き。
あれは実戦を積んでいないものにしては異常なものだった。
三船の人目には触れたくない稽古というのは
当初肉体の限界を無視したハードトレーニングだと思っていた。
彼女のあの俊敏な動きもその一途だと。
だが、違った。
「その体、治るのか?」
「完治は無理だと言われました・・・・。
幸い中毒性はそこまで強くないので。」
三船道場のやっていることは空手協会がどうとかってレベルではない。
完全に違法だった。
・翌日のことだ。
意外なことに彼女がお見舞いに来てくれた。
「あれから三船は大丈夫か?」
「はい。スタッフの方々が警備してくださっているので。」
「そうか・・・。」
それはそれで窮屈かもしれないがあんなことがあった翌日だ。
当然ともいえる。
「・・・その、足は大丈夫ですか?」
「君はいつも俺の脚を気にしてくれるな。」
「・・・御迷惑でしたか?」
「そんなわけあるか。まあ今回無茶したのは事実だ。俺の退院は明後日だ。
明日の稽古は里桜にやってもらう。こき使って構わないからすまないな。」
「・・・いえ。」
やはり彼女はかなり責任を感じているようだ。
彼女は無口で釣れないところもあるが基本的に真面目だ。
自分の傷も軽いわけではないのにこうして俺のお見舞いに来てくれている。
その時、病室のドアがノックされた。
「はい、いいですよ。」
返事をし、開かれたドア。
そこにいたのは会長だった。
「会長!?」
「あ、いいよ甲斐君。そのままで。
今回のことで君には深く無理をさせてしまったようだね。」
「いえ・・・・。私は平気です。」
「・・・三船のことは聞いたかね?」
「はい。夕べ彼女から。」
「そうか・・・。
賢い君のことだ。どうして警察を使わないのかと考えているだろう。」
「・・・・それは・・・」
「そしてやさしい君のことだ。彼女を気遣っているのだろう。」
「え・・・?」
「あのような場所でも彼女にとっては長い間育ってきた道場。仲間もいる。
あのように壊れてしまったとはいえ兄もいる。
そんな道場を壊したくないと思っているのではないのかね?」
「・・・・まったくと言えば嘘になります。
ですが私はやはり警察に報告したほうがいいと判断します。」
「・・・。」
「・・・何か問題があるのですね?」
「ああ。しかし言い兼ねるのでな。失礼させてもらうよ。」
「構いません。」
何やら裏がありそうだ。
「それと、本来明後日のはずの試合は
2週間後の2月19日に変更となった。」
「・・・19日・・・・」
「そう。大会とはずれたため正式なジャッジスタッフがつく予定だ。
すでに伏見君には伝えてある。何か質問はあるかね?」
「私は特に。」そう言って彼女の方に視線を泳がせる。
「私もありません。」
「そうか。では、甲斐君。自愛してくれ。私は失礼するよ。」
「あの、質問をいいですか?」
「何かね?」
「・・・赤羽剛人はどうなりましたか?」
「っ!」
「・・・彼か。彼は伏見所属の特別病院に搬送された。
四肢の神経を粉々に破壊されていたのでね。
死ぬことはないだろうが以降の人生は車いす生活は免れないな。
処罰については検討中だ。」
「・・・ありがとうございます。」
「では、失礼するよ。」
そして会長が去った後俺は彼女に対して頭を下げたのだった。
「・・・・すまないことをした。ぜひ憎んでくれて構わない。」
「・・・大丈夫、です。兄は罪を犯したのですから・・・。」
しかし彼女の紅蓮の瞳は潤っていた。だから俺は、
「試合、無理はするなよ。」
「・・・全力で期待に応えます。」
そう挨拶したのだった。
・退院した俺は速攻で里桜を呼び出して成果を聞いた。
「どうだ?彼女は。手出してないだろうな?」
「いきなりそれですか?
・・・先輩から言われたとおりに基礎稽古を積んでおきましたよ。
けど、俺はどうにも無理だと思うんですけどね。
そりゃ熟練者相手に勝つには一撃必殺しかないでしょうけれど・・・・。」
「それでもやるんだ。・・・彼女を勝たせるために。」
「・・・・先輩そんなに面倒見よかったでしたっけ?」
「うるさい。」
午後。道場。胴衣に着替えて待っていると彼女が来た。
「もうよろしいのですか?」
「ああ。心配ない。」
「けど、その・・・・。」
まっすぐ彼女の目が俺の右足を見る。
牧島さんが最後まで譲らなかったもの。
それはこの樽みたいなギプスだった。
おかげで着替えるのにも四苦八苦だ。
まあ、こいつのおかげで杖をつく必要がなくなったんだがな。
「気にするな。ヤブ医者のお節介だ。
・・・稽古を始める。着替えてこい。」
「・・・・はい。」
彼女は道場向けて礼をし、更衣室に向かった。
そして数分後にいつもの真紅の胴衣をまとって彼女は来た。
「白虎を見せてみろ。」
「・・・・はい。」
サンドバック向けて彼女が放つ。
病み上がりというのもあったが
前よりは幾分か速く重くなったように感じる。
とはいえやはり心もとない。散々里桜に言われたとおり博打かもしれない。
それどころか賭けにすらなっていないかもしれない。
「・・・・考えていること分かります。」「ん?」
「今の私では勝機がないって。
たとえこの技をマスターしても勝機(のぞみ)は少ないって・・・・。」
「・・・・確かにな。だけど、諦めたらそこで終わりだ。」
「・・・よく聞きます。」
「ならもっとよく聞け。俺も昔試合を諦めたことがあった。
もう、この辺でいいだろう。
自分はよく頑張った。そう自分に言い訳をして諦めた。
あとから聞けば相手の方がダメージを負っていたというのに。
・・・だから最後まであきらめるな。
今はまだ最後どころか最初にもなっていない。」
「・・・・はい。」
「・・・全力を尽くせ。」
「了解。全力を尽くします。」
「よし。」
そして今日も稽古を始めた。
稽古が終わるころには白虎のキレも中々いいものになっていた。
勝てる見込みはない。だけど俺は彼女を信じる。
俺は諦めない。彼女にも諦めてほしくはない。
ただ、全力を尽くすのみ。
・そして今日は2月18日。明日は遠山との試合だ。
「緊張はしていないか?」
「私、緊張という機能を忘れられているみたいです。」
「そうか。」
虚勢だ。
だが、それでいい。下手に弱気でいられるよりかは安定している証拠だ。
この子はおそらく本番だからと言って変に緊張はしないタイプだ。
火事場のくそ力はなくても練習通りに安定して戦えるタイプだ。
里桜と違ってやる気スイッチも常にオンだ。
それ故に一度でも負けてしまえばそのまま押され切ってしまう。
性格も戦術も融通が利かない子だ。
とはいえ三船の連中は皆そういう改造を受けているのかもしれない。
だから、ある仕掛けをしておいた。
「いいか?あれがあるからと言って油断はするな。
可能な限り素早く白虎を打ち込んで一撃で倒すんだ。」
「了解。」
「さて、今日の稽古はここまでで・・・・・ん?」
ドアの向こう。誰かがいた。
「・・・・お前・・・」
そこにいたのは遠山だった。
「よう、あいさつに来たぜ。死神さんよ。」
「・・・・・何か用か?敵情視察のつもりか?」
「まさか。俺はそんなせこい真似はしない。
・・・・そっちのが俺の相手か。」
「・・・・赤羽美咲です。」
「聞いている。しかし、結局逃げなかったな。」「なんだと?」
「あんたも知ってるだろう俺のこと。
そんな俺に実戦経験0の年下の女をぶつけてくるのは
正直冗談か何かだと今でも疑ってるぜ。」「あまり彼女をなめるなよ。」
「わかっているが、疑ってるのはあんたの頭の方だ。」「なに?」
「あんたほどの実力なら勝ち目がないってくらいわかってるはずだ。
それなのに弟子をぶつけてくるあんたが信じられない。」
「・・・・・。24時間後に同じセリフが言えるかどうか賭けてみるか?」
「・・・・・ちっ、どうなってもしらねぇからな。」
そういって遠山は去って行った。
「・・・・・私頑張ります。」
「・・・・ああ。」
俺にだってわかっていた。
勝ち目はないと。
だが自棄になっているわけではない。
信じている。それだけだ。
そしていよいよ当日。スタッフの方々に車で送ってもらい、
公式試合会場に来た。
「・・・本当に逃げずに来るとは。」
遠山はすでに会場にいた。
「よろしくお願いします。」
そして彼女も会場に姿を現した。
試合形式は3分1ラウンドの全3ラウンド。
ラウンド終了時毎に勝敗判定が行われ、
3人のジャッジが判決を下す。
1ラウンド目2ラウンド目の判定時は引き分けという判決を出せる。
引き分けが二人以上出された場合は次ラウンドに移行する形となる。
「死神が無茶な賭けをし始めたか。」
「足だけでなく頭も壊れたのか?」
ギャラリーで俺をからかう声が聞こえる。
「では、これより試合を始める。」
レフリースタッフが姿を現す。
SCARLET12:焦熱
・試合が始まった。
同時に彼女が白虎を仕掛ける。
1秒と掛からずに遠山の目前まで距離を詰めて
超高速の後ろ蹴りが遠山の腰目がけて空を斬る。
「!?」
が、その一撃は遠山に防がれた。
「・・・・っ!」
彼女の右足の一撃を遠山は左手で受け止めた。
「・・・・っ!!!!」
遠山の体が蹴られた方向に傾いていく。
だが奴は倒れなかった。
遠山が手を放すと彼女は着地し、距離を取る。
ここまでまだ1秒もたっていない。
「・・・・初見で防がれたか。」
「・・・・・ぐっ、」
遠山が苦い表情をする。
どうやら今の一撃を受け止めた左手の手首を痛めたようだ。
が、次の瞬間には彼女の目前まで距離を詰めて右こぶしで腹を穿つ。
「っ!」
彼女の小柄な体がわずかに宙に浮かぶ。
そして一歩踏み込み、
遠山の左の飛回し蹴りが宙の彼女の右わき腹にたたきこまれた。
「ぁっ・・・!!」
彼女の体が床にたたきつけられる。
幸いすぐに立ったから厳しい判定にはならなかったが
間違いなくマイナスポイントだ。
それに、それ以上に彼女に深刻なダメージが与えられている。
すぐさま遠山が距離を詰める。
彼女も反撃にパンチを繰り出すもその拳を受け止められ関節を極められる。
非実戦ルールでは相手の体に1秒触れたら反則となる。
だが、1秒以内に離脱するのであれば関節技をかけても反則にはならない。
遠山は0,1秒の関節技を1秒おきに行う。
無理に関節技から抜けようとすれば
素早く右こぶしが彼女の鳩尾に突き刺さる。
逆に彼女の攻撃は全く遠山には当たらない。
そもそも攻撃動作すら与えられずに一方的に攻撃を受けている。
「っ!!」
彼女が距離を取る。・・・まさか白虎をもう一発使うのか・・・!?
「それはまずい。」
察したのか遠山は距離を詰め、彼女の足に攻撃を重ねていく。
まずいな。思った以上に遠山の戦術が慎重だ。
冷静に彼女の手をつぶしている。
「あと60秒!」
ジャッジが残り時間を宣言する。
このままではどう考えても判定で彼女の敗北が決定している。
幸い彼女に焦燥はなくいつも通りだ。
「このラウンドで終わらせる。」
遠山が踏込から目にもとまらぬほどの速度でパンチを繰り出した。
その一撃が彼女の鳩尾に迫る。
「っ!」
奇跡的に彼女は打点をずらして鳩尾からやや左に攻撃をずらした。
胴衣が破けるほどの一撃。
幸いというかバストのおかげで衝撃は心臓には届いていない。
そしてダメージが緩和されたことで彼女に反撃のチャンスが生まれた。
「せっ!!」
彼女の素早い飛び右後ろ回し蹴りが遠山の左側頭部に命中した。
「う、」
一瞬遠山の意識が遠退く。
だがその一瞬に遠山は無意識で彼女の右足をつかんで
足首の関節を外した。
「っ!」
彼女の口から痛声が漏れる。
関節を外され、彼女は着地に失敗する。
しかし、遠山も側頭部のダメージが来たのかその場でひざまずく。
「そこまで!」
そして時間が来て第一ラウンドが終了した。
30秒のインターバル時間が発生する。そのあと判定だ。
「大丈夫か?」
「はあ、はあ、は、はい。」
素早く彼女の傍に寄り、タオルを渡す。
「足は?」「痛みますがこれくらいなら・・・・。」
30秒間彼女を休ませる。そして判定フェイズ。
「判定は、引き分け!よって延長戦を開始する!」判定が下った。
延長戦が始まる。彼女のダメージは決して少なくない。
一方、遠山も最後の一撃が響くのか顔色がよくない。
「遠山、寝てもいいぞ。」
「冗談言わないでくださいよ、
俺が明らかに格下の相手におねんねさせられたなんて
笑いものにもほどがある。」
向こうの会話が聞こえる。
とはいえ奴のダメージも侮れないかもしれない。
「無理はするな。」
「了解。全力で期待に応えます。」
「両者、前に。」
レフリーに呼ばれて二人が前に出る。
「では、延長戦を始める・開始!!」
開始の合図と同時に遠山が距離を詰める。
「らぁっ!!」遠山の膝蹴りが彼女の左胸に命中する。
そこはさっき胴衣が破けた場所だ。
つまり胴衣の防御力がない場所。
「っ!」
一撃で彼女の体が浮かび、膝から床に着地する。
打ち所が悪いな。あの着地じゃ左右の膝にダメージが・・・・。
「ぬん!」
休まず遠山の右回し蹴りが彼女の顔面をひっぱたく。
「技あり・一本!!」
レフリーがポイント入手の宣言をする。
これでこのラウンド、
彼女があいつから一本奪わない限り判定で敗北が決定した。
いや、それよりも彼女が3分持つかどうか・・・・。
「君、まだやれるかい?」
レフリーが倒れてる彼女に声をかける。
「は、はい・・・・。」
彼女は口からこぼれた血をふいて立ち上がる。
恐らく今の回し蹴りで口の中が切れたのだろう。
ヘッドギアの上からなのにこの威力。舐めたものではないな。
「続行!」宣言がされて試合が続行される。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
遠山の猛攻が彼女を襲う。「くっ!」
激しい猛攻に彼女は再びダウンしてしまった。
「・・・・遠山の奴おかしくないか?」
「ああ、様子が変だ。」
ギャラリーがざわつく。確かに変だ。奴はカウンタータイプ。
だがこのラウンド、一度もカウンターをしていない。
むしろ自分から攻めている。
自分の定型を崩してまで攻めないと
いけないほどの相手ではないはずなのに。
「はあ、はあ、ううっ!!」
そこで遠山が膝をついた。
「ごぼぉぉぉぉっ!!」
いきなり嘔吐した。
見たくないものが床の上にぶちまけられる。
「と、遠山!?」
あわてて向こうのセコンドが遠山に駆け寄る。
「があぁっ、・・・・はあ、はあ、ううっ!!」
「し、試合中断!!」
レフリーが宣言し、周りの注意が遠山に集中する。
「・・・・前ラウンド最後の回し蹴り。
あれが原因の脳震盪のようですね。」
医療スタッフが判断する。
「だ、だいじょうぶ・・・です。」
遠山が立ち上がる。
だが、顔は真っ青で痙攣している。
どう見ても大丈夫ではない。
「・・・・おい、死神!」
「ん、何だ?」
「・・・見てやれ。」
「え?」
遠山の声に従い、彼女の方を見る。
「・・・・・・・・・・・」
彼女はさっきのダウンから目覚めていなかった。
「おい!大丈夫か!?」
あわてて彼女に駆け寄る。
ヘッドギアを外し、冷たいタオルを用意して額に置く。
「どいてください!」
医療スタッフが来る。
「・・・・・・遠山君の猛攻を受けて
ダメージで気絶しているだけのようです。」
「・・・そう、ですか。」
「・・・・だ、だいじょうぶ・・・・です。」
彼女が目を覚ます。
「し、しあいを・・・・。まだ、私は期待に応えていません・・・・・。」
「・・・・君は・・・・」
「・・・・・いいんだな?」
「満身創痍は互いの身の上です。」
フィールドの中央で二人が構える。
互いに満身創痍で戦える状態ではない二人が戦場の中央で構えた。
「君たち!試合は中断している!続行指示は出していない!」
レフリーが間に入る。
「・・・・ドクター、あの二人はやれる状況で?」
「え?遠山君の方はともかく赤羽さんはまだ・・・・。」
「なら、レフリースタッフさん。続行指示をお願いします。」
「甲斐君・・・!?」
「手遅れにはさせません。無茶もさせません。
なので続行をお願いします。」
頭を下げる。
俺は、ようやく対等に渡り合える立場になったあの二人の決着を見たい。
「・・・・・わかった。ただし隣のフィールドで行う。
清掃スタッフはこのフィールドの掃除を。」
戦場が隣に移る。
「延長戦はあと138秒。互いに構え!!続行!!」
続行指示が出される。同時に二人が距離を詰める。
「ふっ!」
遠山のアッパーが彼女の顎を狙う。
「くっ!」
彼女はぎりぎりで躱すが、ヘッドギアにひびが入る。
刹那、二人の回し蹴りが空中で激突する。
「う、」
足をくじいていた彼女の方が情況的にもパワーでも負け、後退する。
その隙を逃さず遠山の飛蹴りが彼女の額を穿つ。
が、彼女は倒れず遠山が着地すると
同時に槍のように鋭い前蹴りを奴の腹にたたきこむ。
「ぐっ!」まだ体調がすぐれないのか遠山がやや長めにひるむ。
その隙を逃さずに彼女は右こぶしを遠山の腹に打ち込む。
「・・・・・あの型は・・・・・」
彼女に昨日教えたばかりのあの技か・・・・。
「・・・!拳を離さない!?・・・まさかこれは死神の・・・・・!!」
「うううううううううううう・・・・・・・・・・・!!!!!」
彼女の拳から熱が奴の体内に流れ込んでいく。
自分の気を熱気とともに拳から通して敵の体内に送り込む技・送熱。
もし奴に脱出不可能の関節技をかけられた時のために教えておいた技だ。
けど、彼女はまだ気の使い方には慣れていない。
敵に送り込む以上の熱気が彼女を襲っているはずだ。
現に室内とはいえ2月なのに湯気が出ている。
いま彼女の体温は40度を超えているだろう。
相手に与える以上のダメージを自分が受け続けている。
・・・・長くは持たないぞ・・・・。
「ち、血迷ったか・・・・!」
奴が動き始めた。
奴の素早い回し蹴りが彼女の右顔面を穿つ。
ヘッドギアがひびを通じて右部分だけ割れて
彼女のツインテールの右半分が露出する。
「・・・いい気持ちです。」
だがそれで通気性がよくなったのか
涼しい風が入り込み彼女の表情に爽快感が戻る。
「ここからは私のオリジナルです。」
再び拳を奴にたたきこみ、熱気を流し込む。
「つっ!!」
熱気に奴がひるんだ瞬間彼女が拳を離し、
同じ場所に飛蹴りを叩き込んだ。
同時にタイムアップとなる。
「・・・・・・すみません。」
彼女が俺向けて頭を下げた。
「試合はほぼ互角。与えたダメージもほぼ互角。だが、」
そう。遠山にはさっきの一本があった。
「勝者・遠山!」
この判決は覆らなかった。
「よくやった。」
中央に行き、彼女に声をかける。
「・・・・申し訳ありません。ご期待に答えられませんでした。」
「いや、期待以上だ。・・・・・・・お前も大丈夫か?」
遠山の方に声をかける。
「・・・・はっ、とんでもない隠し玉だ。
けど、俺に喧嘩を売るにはまだまだ早かったな。」
遠山が腹を押さえながらにやりと笑う。
「俺の勝手に付き合ってくれて感謝する。」
「・・・・いいってことさ。」
「二人とも素晴らしい試合だった。」
会長が来た。
「甲斐君、試合は残念だったね。」
「はい。ですが、私は満足です。今日はありがとうございました。」
「その子が例の子かい?」
「伏見司令・・・・。はい、私の弟子です。」
「いい試合だった。今日はゆっくりと休むといい。
・・・遠山、帰るぞ。」
「・・・・押忍。」
遠山は伏見司令とともに帰って行った。
「・・・俺たちも行くか。」
「・・・・・はい。」
「お送りします。」
俺たちは着替え、スタッフによって道場まで送ってもらった。
SCARLET13:余熱の冷めぬうちに・・・
・彼女とともにいつもの道場にやってきた。
「いい戦いだった。」「ですが私は勝てませんでした。」
彼女の表情はいつも通りだ。だが声はやや震えている。
「まず今日の反省会だ。最初の白虎。
防がれはしたが遠山の手首は捻挫したらしい。
まあ半分成功したようなものだ。とはいえ一撃必殺を防がれた以上
正直言って1ラウンドで押し切られると思っていた。
あの最後の一撃さえなければ判定でも負けていただろう。」
「・・・偶然です。」
「かもしれないな。」
「偶然です。現に私の攻撃は数えるほどしかあたっていません。
いえ、当てるどころか攻撃するチャンスさえ
ほとんど与えてくれませんでした。」
「それでもわずかだが攻撃はできた。
そして君の数少ない攻撃はどれも奴に小さくないダメージを与えていた。
2ラウンド目だってあと30秒あれば遠山は
あのまま立ち上がれずにKOされていたかもしれない。
上出来すぎるほどいい試合だった。」
「ありがとうございます。」
「・・・傷は?」
「治療スタッフの手当てを受けたので騒ぐほどでは・・・・。」
「何回か顔面に蹴りを受けていたがそれに関してスタッフは?」
見れば額に湿布が張られている。
「明日、正確な検査をするそうです。
ただ私の体は改造を受けているので傷の治りは早い方です。」
「・・・・そうか。
・・・それで無事なら来月の試合に出そうと思っている。」
「来月の・・・・」
「初級の大会だ。普通は交流試合と呼んでいる。
交流と言っても本気の試合だ。
1ランク上の大会でも通用するほどの実力者が参加していることもある。
今の君なら優勝できてもおかしくはないが運が悪ければ
1戦目で負ける可能性もある。」
「・・・私は油断はしません。期待に応えられるよう全力を尽くします。」
「・・・・・ああ。
ところで、立ち入った話だが君が三船で受けた改造の内容とは?」
「・・・・。
まず、緊張したり冷静さを欠いたりしないように感情の抑制を受けました。
次にいつでも100%の運動を発揮できるように
筋肉の痛覚や疲労感覚を麻痺させています。
最後に傷の治りをやや早めにしています。」
「・・・マイナスの症状は?」
「その・・・・第二次性徴の阻害を・・・。
改造を受けたのが12歳の頃なので
それからあまり成長がしなく・・・・。」
「・・・・・。」
その割にはバストはなかなか。けど確かに下は・・・・。
「・・・・・変なことは考えないでください。」
「読心能力も持っているのか?」
「・・・・・女の勘です。
・・・・で、マイナスの症状ですが戦闘中は常に100%を発揮するために
そのあとの疲労が強めです。今も頭がくらくらしています。」
「そうか、すまない。なら、今日はもうこのくらいにして休むとするか。
明日、検査の結果をメールで教えてくれ。
で、あさってからは大会に向けた稽古を始める。」
「了解です。」その後、俺たちは分かれそれぞれの帰路に起った。
彼女の姿が見えなくなってから
「里桜!」
「・・・気付いてましたか。」
陰に隠れていた馬鹿弟子を呼ぶ。
「あの後どうなった?」
「はい。道場の連中はあの子のうわさを始めてますよ。
負けたとはいえあの遠山を相手にあそこまで善戦しましたからね。
その遠山の方はさっき先輩が言ったように手首をねん挫しています。
脳震盪の方はもう平気みたいです。」
「・・・・そうか。」
「けどいつの間に送熱なんて技教えてたんですか?びっくりしましたよ。」
「昨日だ。まあ昨日の今日だから相手に与えるダメージよりも
自分が受ける負担の方が大きい技になったがな。」
「それでも俺はまだ送熱できないっすからたまげたもんですよ。」
「お前、来月の交流試合には出るか?」
「いや、出ませんよ。
一応言っとくと俺遠山とほぼ互角っすよ?
交流試合なんて出ようとしただけで罵倒されますよ。」
「・・・お前そんなに強かったっけ?」
そんなこんなで初陣の日は終わった。
・2月20日。あの試合が終わった次の日の朝。
彼女は今日は検査をすると言っていた。
あの戦いの後だから少し心配だが大丈夫だろう。
そう思っていたらスタッフが来るまでやってきた。
「Mr.甲斐、道場までお願いできますか?」
「え?今からですか?」
「はい。大倉会長から招集がかけられました。」
「会長から?」
なら無下にはできないな。急いで着替え、スタッフの後を追う。
大倉道場。俺が通っていた道場だ。
今は里桜が通っている。
一応現在彼女・赤羽美咲の身柄もこの大倉道場にあるだろう。
「失礼します。」
道場へ来る。日曜日だからか人気は少ない。
「おお、来てくれたか。甲斐君。昨日はお疲れだったね。」
「いえ。自分は何も・・・。」
「君に預けた甲斐があったものだよ。
里桜君から話を聞いてね、彼女を来月の交流試合に出したいそうだね。」
「はい。今の彼女の実力なら問題ないと思います。」
「私もそう思うよ。
ただ今彼女の身柄は一応大倉道場のものだが正式ではない。
だから彼女には試合までに入門審査を受けてもらわないといけない。」
会長より資料を受け取る。
「これを受ければ彼女は正式に大倉道場生徒になるのですね?」
「うむ。」
「・・・・それは彼女に決めてもらいます。
過去はどうであれ彼女は三船道場の生徒でしたから・・・。」
「・・・・さすがだね。審査は一週間後に行う。
それまでに彼女に聞いてくれ。」
「はい。」
その時だった。
「へえ、あの子赤羽美咲っていうんだ。」
「!?」
突如少女の声が響く。
見れば俺と会長のすぐ横に一人の少女が立っていた。
「いつの間に・・・・!?」
「気付かなかった?死神もたいしたことないね。」
「君は確か、馬場の・・・・・。」
馬場・・・・・馬場家か。大倉道場きっての空手名家。
俺はそこの二男・馬場早龍寺にこの右足を・・・・。
「君は?」「私は馬場久遠寺。10歳。
小学5年生。オレンジ帯。何か質問ある?死神さん。」
「オレンジ帯で10歳?」
そんな奴の気配に俺は、いや会長ですら気づかなかったのか!?
「久遠寺君、何か用かね?」
「ごめんね会長。私今度の交流試合の出席届出すの忘れてた。」
「君、今度の試合に出るのか?」
「出るよ。私今度の試合が初めての試合だもん。はい、これ。」
彼女が出席届を提出し、わざとらしく音を立てて道場を去って行った。
「・・・・彼女は君の右足を砕いた馬場早龍寺の一番下の妹だ。」
「・・・やはり。」
「ただ、彼女は強い。今までに類を見ないほどの天才だ。
まだ入門して半年だが私が知る限り一度も敗北していない。」
「・・・・とんだライバルがいたものですね。」
おそらく彼女と戦うことになるだろう。
明らかに馬場久遠寺よりも遠山の方が格上のはずなのにどうしてだか、
馬場久遠寺には勝てない予感が俺を襲っていた。
「・・・・さて、赤羽美咲君の検査は昼前には終わるはずだ、
彼女に会うかね?」
「あ、はい。」
ともあれ、今は彼女の容体が気になるか。
俺はまたスタッフの車の世話になって
彼女が検査を受けている特別病院へと向かった。
途中里桜を見かけたので拾うことにした。
「なんで俺が!?」
「ついでだ。ところでお前馬場久遠寺って知ってるか?」
「馬場久遠寺?ああ、半年前に入ったばかりの子ですね。
何でも一度も負けたことがない見たいっすね。」
「彼女、そんなに強いのか?」
「俺も直接会ったわけでも直接戦いを見たわけでもないですけれど
あの子と戦った相手は皆
{久遠の時をさまよった}
とか言って気絶していたらしいですよ。」
「久遠の時?」
彼女は試合は初めてだと言った。
つまり彼女の戦いとは練習試合もしくは普通のスパーリングだろう。
それなのに相手を気絶させてしまえるとは。
いったい彼女には何があるんだ・・・・?
SCARLET14:天才少女フェイズ
・里桜を連れて病院へ行く。
ちょうど彼女の診察が終わったところらしい。
「どうだった?」
「はい。問題ないそうです。」
「ならいい。」
「ところでどうしてここに?」
「気になっただけだ。」
「そうですか。」
「いやいや、あんたらねぇ・・・。」
俺と彼女の会話を聞いて里桜がなぜか呆れた表情をする。
「来月の試合には問題なく参加できそうです。」
「ならいい。そうだ、まだ君は大倉道場所属の扱いじゃないらしいから
入属テストがあるそうだ。」
俺は彼女の日程を伝える。
「・・・・了解です。」
「いいのか?君は一応三船道場のものだ。
完全に大倉道場に変わるんだぞ?」
「もうあそこに未練などありません。」
彼女は視線を険しくしてそうつぶやいた。
「先輩もたま~に鈍いところありますよね。」
「・・・・うるさい。」
とりあえず里桜の背中をたたく。
「ん?」
病院の外に出ると何やら騒がしい雰囲気と出会った。
見れば、高校生くらいの男が5人いて何かを囲んでいた。
この病院の近くにいるということは全員大倉道場のものか?
「あら、死神さん。」
「この声、馬場久遠寺!?」
5人に囲まれていたのはさっきであったばかりの
10歳の少女・馬場久遠寺だ。
「よそ見してんじゃねえぞ、小娘め!」
怒号とともに5人の男たちが久遠寺に向かう。
が、久遠寺はすべての動きを見切っているかのように
5人の攻撃をいともたやすく回避する。
「あの動き、制空圏か!?」
「せい・・・くうけん?」
「ああ。完全に自分の領域を見切っている。
あの歳であそこまで完璧に制空圏をマスターしているとは・・・。」
驚きだ。5人の男は動きを見ても実戦レベルではないにせよ素人ではない。
そんな奴が5人もいてその攻撃を完全に見切って回避している。
「その子が赤羽美咲ちゃんだね。」
久遠寺は回避しながらこちらに近づいてくる。
「私は馬場久遠寺。10歳。久遠って呼んでよ。」
「・・・・・私に何か?」
「うん。昨日の試合見たよ。死神さんの弟子だけあってすごかった。
だからさ、今度は私とデートしない?
もっとも、さ・ん・ぷ・ん・でねっ!」
「ぐっ!!」
言葉のリズムに合わせた攻撃が5人の急所に的確に叩き込まれた。
この子・・・・かなり強い・・・・!
「・・・・私と試合をするのですか・・・!?」
「うん。まあ、交流試合来月だからそんな厳しくなくてもいいけどね。」
久遠寺はそういうと俺の方に顔を向けた。
どこにでもいそうな小学生の顔。
息一つ切らしていないのに5人の男子高校生を昏倒させるとは・・・・。
「死神さん?この後あいてる?
私ちょっとこのことスパーリングしたいんだけどいいかな?」
「俺は構わない。」
「・・・私も構いません。」
「そ?なら道場に案内してよ。」
久遠寺が先頭に立つ。
「・・・里桜、」
「はい?」
「お前ちょっとあの子に後ろから不意打ちしてみろ。」
「え!?」
「・・・・予想が正しければ大事にはならないはずだ。」
「・・・・・気が進まないな。」
そう言いつつも里桜は気配を殺して久遠寺の背後に回り、忍び寄る。
「何してるの?おにーちゃん?」
瞬間。久遠寺の後ろ蹴りが里桜の顔面にぶち込まれた。
「な・・・・!?」「・・・っ!」
里桜も彼女ももちろん俺も驚いた。
里桜は完全に気配を殺していた。
なのに彼女には余裕で勘づかれ、その上後ろを見ないで
後ろの里桜の急所を的確に攻撃した。
「死神さん、人が悪いね。私の制空圏完璧だって知ってるのに。」
「・・・・まいったな。」
俺の足元で鼻を折られて悶絶している里桜。
馬場久遠寺、遠山よりも強い・・・・!
自分より圧倒的に格上の相手にも100%通用している制空圏。
そして的確に急所を見抜き、
一撃で相手を粉砕する外見に似合わぬほどの破壊力。
なるほど、一度も負けたことがないのも当たり前だ。
これほどの実力、初心者レベルどころか
実戦でも上位に食い込むほどの脅威だ。
「死神さんは私の兄弟知ってるよね?」
「ああ。」
「ついこないだそー君が実戦であなたに倒されたようだけど、
私は絶対に倒されない。私は誰にも負けないよ。」
彼女の声と顔は自信にあふれていた。
・道場。久遠寺の要望通りスパーリングをさせることになった。
「へえ、ここが死神さんと美咲ちゃんの道場か。」
「・・・・・。」目の前で久遠寺の圧倒的な力を目にしたからか彼女はどうも緊張しているようだ。
「ん?」彼女の胴衣、まだ昨日の戦いで破れた場所が破れたままだ。
左胸の生地が破けてアンダーシャツが見えている。
「・・・あまり見ないでください。」
「あ、いや、悪い。」
「死神さんもエッチだね。さて、はじめようか。美咲ちゃん。」
久遠寺の胴衣は大倉道場で流通している通常の胴衣だ。
帯はオレンジ。外見は彼女と並んでみても幼さがわかるほど。
だが、実力は・・・・・。
「3分だ。スパーリングだから互いにけがをさせないように。
では、はじめ!」
俺の合図と同時に彼女が走る。
おそらく、狙うのは昨日と同じ白虎一蹴。
けど、それは・・・・。
「っと、」
簡単に防がれてしまった。
しかも昨日とは違い威力を完全に殺されているため
全く手傷を与えられていない。
遠山でさえ捻挫したというのに・・・・!
「っ!」「ふふ・・・・」
久遠寺の手刀が宙を斬る。
彼女は回避行動すらとれず後方に吹っ飛んでしまう。
「はあ、はあ・・・・」
息を切らす彼女。
見ればアンダーシャツまで破けて肌が露出していた。
「どう?死神さん。美咲ちゃんの素肌に発情した?」
「スパーリング中だ。私語は慎んでもらおう。」
「ちぇっ、厳しいな。」
「・・・くっ、」
彼女が立ち上がり、久遠寺に接近する。
しかし、踏み出した一歩を的確に容赦なく
足払いされバランスを崩してそのまま倒れてしまう。
「これで2本、かな。」
「スパーリングだから判定はしない。」
彼女が立ち上がり、戦闘態勢を取るが彼女の攻撃はすべて回避され、
逆に久遠寺の攻撃は彼女のガードをすり抜けて的確に命中していく。
久遠寺の手足はとても小さい。
だから余計にガードし辛い。
「せぇのっ!」
久遠寺の飛蹴りが彼女の額に打ち込まれる。
「ぁっ!!」
彼女の体が後方に吹き飛ばされてそのまま彼女は気絶してしまった。
「久遠ちゃんの勝ち~!」
胴衣姿でピョンピョン跳ねながらVサインをする久遠寺。
判定はしない。だが、それでも彼女の完全敗北は明白だ。
「一応手加減したからどこも怪我してないはずだよ。」
「お前、いったい目的はなんだ?」
「気付いてるでしょ?」
「・・・自分の制空圏がどこまで通用するかを試したい・・・・。」
「正解。まあ、とりあえずすでにりゅー君には通用してたけどね。」
りゅー君。おそらく彼女の兄で三男の馬場龍雲寺のことか。
会ったことはないが確か素人ではなかったはずだ。
「馬場早龍寺はどうだ?」
「死神さんの右足を砕いた私のおにーちゃん?
そー君はね、どこかの死神さんに
顎を殴り砕かれてほーしん状態でにゅーいん中なの。」
「・・・・・やけにうれしそうだな。」
「べっつに~?そー君はせーかく悪いから
うるさいのがいなくてせーせーしてるの。」
「・・・・・。」
「対戦相手が気になるの?」
「まあ一応な。」
「・・・・・ううっ、」
彼女が目を覚ます。
「私は・・・・・。」
「君は負けた。更衣室で着替えてこい。」
「・・・・はい。」
「そんなきびしー言い方しなくてもいいんじゃない?」
「別に厳しくはない。お前も着替えてこい。」
「はーい。」
二人が更衣室に向かっていく。
「・・・・・。」
実質馬場久遠寺の実力はかなり異質でとても強い。
確か道場に入ってまだ半年と言っていたな。
馬場久遠寺は間違いなく天才だな。さすがは馬場家と言ったところか。
「制空圏か。今後のメニューにも入れるかな。」
・・・とはいえ制空圏なぞ教えて出来るものでもない。
実戦で活躍しているプロであっても
要領をつかめなければ会得できない技術だ。
それを10歳でできる久遠寺は全くどうしようもないほどの天才だな。
しかし、馬場家の女性はそういえば見たことないかもな。
もしかしたら本来馬場家の女性は空手に参加しないが
久遠寺だけは制空圏の才能を見込まれて参加しているのかもしれない。
「・・・・初陣相手が久遠寺じゃなくて本気でよかった。」
遠山ではなく久遠寺だったら俺は彼女を諦めていただろうな。
(フェイズ:久遠)
・よいしょっと。美咲ちゃんとのスパーリングを追えて一緒に更衣室。
「死神さんっていつもああなの?」
「・・・・・・。」
もう、美咲ちゃんは冷たいなぁ。
ボロボロの胴衣から見えるお胸とかはまだ火照ってるのに。
「美咲ちゃん、人間と喋れるよね?」
「私も人間です。ちゃんと喋れます。」
「よかった。やっと口きいてくれた。」「
・・・・あなたはとても強いです・・・・。」
「これでもまだ半年しか空手やってないんだけどね。
平安(ピーヤン)どころか太極もまだできないし。」
「・・・・・余計にすごいですよ。」
笑わない美咲ちゃん。
う~ん、私に負けて悔しいのかなぁ?なら。
「ひょい、」
「あ、何するんですか・・・・」
「美咲ちゃん、パンツを返してほしかったら私を捕まえてみてよ。」「くっ、」
「鬼ごっこだよん。」
と言っても私は逃げる気はないけど。
「っ!」
美咲ちゃんが放つ回し蹴り。
私よりちょっと成長してるあそこが丸見え~ん。
でも、その軌道はもう一瞬で見切ってるよ。
美咲ちゃんの制空圏は・・・・・無に等しいね。だから。
「えい。」
「あっ!」
気を込めた指一本で鳩尾を簡単に突かせてくれる。
「くっ!」
美咲ちゃんって体軽いんだね。
指一本でも1メートルくらい後ろに吹っ飛ぶなんて。
「はあ、はあ・・・・・くっ、」
「あ、ごめん。気管支に気を流しちゃったかな?」
手加減したつもりだったんだけどついほじくっちゃったみたい。
「けほっ!けほっ!・・・ううっごほっ!ごほっ!!」
「わわっ!美咲ちゃん大丈夫!?」
膝をついて咳き込んじゃった。
「おい!何かあったのか!?」
更衣室の外から死神さんの声。
・・・ちょっといたずらしよっかな?
「死神さん、美咲ちゃんが・・・・!」
「何かあったのか!?」
あわててドアを開けて入ってくる死神さん。
「な・・・・」
「・・・・っ!!!」
「あ、ごめん。パンツ返すの忘れてた。はい、美咲ちゃん。」
「・・・・・・・・さい。」
「え?」
「出て行ってください!!!」
「あ、おい!!」
美咲ちゃんの一撃。死神さんは外にはじき出されちゃった。
・・・・まあ、男の人に大切な部分見せちゃったからね、美咲ちゃん。
「・・・・馬場久遠寺さん。」
「久遠って呼んでよ。」
「・・・・・来月の交流試合。私はあなたに勝ちます。」
「無理だと思うよ。今の美咲ちゃんじゃ私の制空圏は突破できない。」
「・・・・かもしれません。ですが・・・・!」
「う~ん、怒らせちゃった?ごめんね、美咲ちゃん。」
「・・・・。」
相当怒ってるのか何も言わずにパンツをはいて
服を着込んで出て行っちゃった。
う~ん、ちょっとやりすぎちゃったかな?
「いてて・・・・。」
全く。いったいなんだったんだ?
久遠寺の声を聴いてきてみればあの子の・・・その、
下半身の、あれが・・・・・。
「・・・・・。」
と、そこへ氷のように冷たい視線の彼女がやってきた。
「あ、えっと、その、なんだ・・・・・。」
「・・・・・・・・さい。」
「う!」
また、出て行ってくださいか?
「・・・・私に制空圏の破り方を教えてください。」
「・・・・制空圏の破り方?」
「私はあの子に、馬場久遠寺さんに勝ちたい。お願いします!」
「・・・・。」
驚いたな。彼女の方からここまで真剣に頼みごとをするとは・・・・。
「元よりそのつもりだ。明日から稽古では制空圏について始める。
ただ、制空圏は相性が悪ければプロクラスであっても
習得できないこともある。
それを破る方法はもっと難しい。
あまつさえそれをたったの一か月で習得するのは
どこぞの金髪の無敵超人でもなければほぼ不可能と言ってもいい。
・・・それでもいいな?」
「・・・・はい。」
そして彼女は家に帰って行った。
「・・・・で、どういうつもりだ?馬場久遠寺。」
更衣室向けて声をかける。
「別に入っていいよ?
シャワー浴びてるけど小学生に興味なんてないでしょ?」
「誤解されるのは面倒だからこのままでいい。
お前、あの子にちょっかい出しすぎじゃないのか?」
「美咲ちゃんのこと?私は純粋に興味があっただけなんだけどね。
初陣で実戦空手界において重鎮である伏見のとーやまを
相手にあそこまで善戦した女の子。
私と結構かぶってると思ってね。
美咲ちゃん萎縮しちゃって本来の実力出せてなかったもん。」
「だからちょっかい出してきたのか?」
「まあね。そーそー。あの子に制空圏教えるんだって?」
「まあな。」
「じゃあさ、あらかじめ言っておくけど
交流試合であの子とバッティングしたら
私はあの子を二度と立てないようになるまで徹底的に壊すよ。」
「・・・・やってみろ。」
物騒な小学生だ。理性が戦意に追いついていない。
けど、だからこそこいつは危険だな。
SCARLET15:如月の末に
・2月21日月曜日。今月もあと一週間で終わりか。
俺も彼女も春を迎えてからは受験か。・・・気が進まないな。
「おう、甲斐。一昨日の試合は見させてもらったぜ。」
「そうか。負けちまったがまあいい試合だったと思う。」
「まあな。」
斉藤と話しながら退屈な授業を終わらせる。
馬場久遠寺。10歳。
オレンジ帯。道場に通いだしてからまだ半年の少女。
それなのに制空圏をマスターしている。
練度も凄まじく里桜でさえも完封負けさせるほど。
まあ、普通の試合ではないけど。
それにあの様子じゃ防御だけではなく攻撃の制空圏もかなりの練度だな。
だが肝心の攻撃と防御の技術はそれほどでもない。
どんな攻撃でも防げる楯とどんな楯でも打ち破る槍を持つが
楯の使い方も槍の使い方も未熟と言ったところか。
恐らくそこが唯一の突破点。
「ん?」
放課後。教室を出たところで奇妙な3人組を発見した。
3人が手に持ってるのは・・・・碁盤か?
碁盤・・・・・。そうか!その違いがあったか。
「おい、ちょっといいか?」
「あん?あんだ?」
「一日だけでいい。その十九路盤と碁石を貸してくれ。」
「・・・・?ああ、いいぜ。一日と言わず次の部活までなら貸してやる。」
「すまない。」
「それで、それはなんですか?」
道場。
いつものように真紅の胴衣をまとった彼女は碁盤の前で立ち往生していた。
「制空圏ってのがどういうものなのかを理解するのには一番囲碁が適任だ。
ルールはわかるか?」
「・・・・・いえ。」
「なら、それもちょうどいい。」
「あの、今日空手はやらないのですか?」
「そう言うな。こればかりは頭で理解しないと意味がないんだ。」
「・・・・はあ。」
あまり乗り気ではないようだが構わず囲碁のルールを教える。
「碁石の一つ一つはすべて同価値だ。持つ力も同じ。
そしてその力が及ぼす範囲はすべて同じだ。
しかし互いの領域がぶつかり合うと互いに領域が変動する。
場合によっては全く殺されてしまう領域も存在する。」
「・・・それはまさか・・・」
「そう、空手でも同じことが言える。
自分が100%の力を発揮できる領域というものがある。
制空圏というのはその領域内に入ってきた自分以外のものを遮断し、
また、相手の領域の隙を見切りそこに
自分の石を置いて敵領域を奪うことにある。
囲碁と空手はよく似ているんだ。・・・納得できたか?」
「・・・わかりました。指示に従います。」
その後は互いに畳の上で胴衣を着たまま対局をしていた。
しかし、十九路盤は少し長いな。
これじゃいまいち一騎打ちでの制空圏の取り合いがわかりづらいかもな。
臨場感を出すには九路盤の方がよかったか?
「ルールはわかったか?」
「はい。ですが、全然勝てません。」
「まあ、俺も囲碁やってたからな。
最初のうちは容量さえつかめばいいさ。」
「・・・・囲碁をやれば馬場久遠寺さんに勝てるのでしょうか?」
「思うがあの餓鬼は囲碁をやったことがない。
何らかの理由で制空圏をマスターした。
だが奴の制空圏が発動されている領域は恐らくかなり狭い。
その分制御力はかなり高いがな。」
「・・・そうですか。」
「ああ。だから君は・・・・。」
俺は彼女にあることを伝えた。
「・・・・私にできるのでしょうか?」
「できるかどうかは君次第だ。今日はもう少し続けるぞ。」
「・・・了解です。」
その後時間ぎりぎりまで対局を続けた。
結局今日は一度も稽古ができなかったが
下手な稽古をするよりかは彼女にとって大きなプラスになったはずだ。
馬場久遠寺は確かに天才だ。だが、まだ小学生だ。
中学生と小学生の違いで奴の制空圏を破ってみせる。
・囲碁をやりながら迎えた2月27日の審査会。
彼女とともに大倉道場の審査室に向かった。
そこには大倉会長と幹部である佐久間さんがいた。
「佐久間さん、お久しぶりです。」
「甲斐か。まさか残ってくれるとは思わなかったぞ。」
「お知り合いで?」
「ああ。俺が中学時代に世話になった人だ。」
「その子が赤羽美咲か。
俺はこないだの試合は見れなかったがいい試合をしたと聞いている。
今日君の審査をする佐久間暁久だ。」「よろしくお願いします。」
今日行う審査はいたって簡単なものだ。
基本稽古・基礎訓練そして組手の三つで判断する。
本来はここに普段の稽古態度が加わって
25点×4の100点満点で計算されるが、
今回はカウントしない。よって75点満点で50点以上取れれば合格だ。
彼女は実戦こそ先週のが初めてだったが
基礎稽古などは三船にいた2年で万全にまで身に付けていた。
よって基本稽古と基礎訓練はともに満点で
既に合格点である50点をとれていた。
「組手って相手は誰ですか?」
「もう呼んである。」
佐久間さんが言うと一人の少年が入室した。
彼女と同じオレンジ帯の名前は入谷。
「彼は前回の審査で1点足らずに不合格になったからな。
組手の部分だけ再審査ってわけだ。」
「なるほど。」データを見る。入谷恭一、14歳。経歴は8か月か。
「組手を始める。1ラウンド3分のものだ。
スパーリングと同じものだから互いに手は抜かずに
且つけがをさせぬように行え。始めっ!!」
号令と同時に二人が構える。
素早く彼女が接近し、入谷の左足にローキックを打ち込む。
入谷は苦痛の表情をするがひるまずに
ローキックのクイックカウンターで彼女の左足をたたく。
逆にひるんでしまった彼女へ距離を詰めて拳を叩き込んでいく入谷。
ようやく態勢を整えた彼女が鋭い前蹴りを繰り出すが防がれてしまう。
が、予想以上の威力だったのか入谷が防いだ腕を抑えて後ずさる。
その隙を逃さずに彼女の飛び上段が入谷の顔面をひっぱたく。
「くっ!」
入谷はぎりぎりでガードしたため直撃を避ける。
そして着地と同時に彼女の足を払って転倒させる。
残り時間は2分。まだまだ余裕はある。
「・・・・・・」
「ん?」
彼女の気配が変わった?
彼女は立ち上がると同時に一瞬で距離を取る。
「・・・まさか・・・・」
俺の予感は当たった。
彼女はスパーリングで白虎を使った。
「ひっ!!」
入谷の目には赤一色が映る。距離を取ったと同時に超スピードで彼女が
目前に迫り、超高速の飛び後ろ回し蹴りが入谷の顔面にたたきこまれた。
今度はガードどころか反応すらできずに入谷の体が宙に浮かび、
妙な態勢のまま地面に落下した。
「そこまで!!」
急いで佐久間さんがスパーリングを止めた。
「え・・・?」
驚く彼女にゆっくりと近づく。
「少しやりすぎだ。」
「・・・・・。」
彼女は今まで格上としか相手をしたことがない。
だから手加減が一切できない。
そして今までの組手では圧倒的実力差を埋めるために
白虎による一撃必殺を狙ってきた。上級者相手に少しでも近づくために。
実質彼女の白虎は教えた時と比べて別格にうまくなっていた。
それが仇となった。
「救急車を呼びます!!」
佐久間さんの判断はこうなった。
見れば入谷は歯が何本も砕けていた。
目は虚ろで間違いなく失神している。
やがて救急車が来て入谷は運ばれていった。
「・・・私は・・・・」
「君はどんな一線でも全力で戦っている。
それはいいことだ。だが、常にいいこととは限らない。」
白車を見送りながらそう声をかけることしかできなかった。
・2月28日。月曜日。昨日の審査結果が発表される。
対戦相手だった入谷恭一の容体は不明。
恐らくそれも今日言われるだろう。
「それはまた一気に難しくなったな。」
「ああ。問題なく試合に出られると思ったんだがこのままじゃな・・・。」
なにせ彼女は格下の相手を無事に
倒すことができないということが判明してしまったのだから。
この問題を解決できないうちは試合に参加させてはもらえないだろう。
そして放課後。
道場へ向かうと既に鍵が開いていて中には
彼女と大倉会長と佐久間さんがいた。
「すみません、遅れたみたいで・・・。」
「いや、高校生だから仕方ない。まあ、甲斐も座れ。」
「はい・・・・。」
佐久間さんに指示を受けて彼女の隣に座る。
「・・・・。」
彼女はまだ制服姿だ。何も言わずにうつむいている。
「まず審査の結果だ。基本稽古と基礎訓練は25点25点の50点。
組手に関しては7点だ。よって合計は57点。一応審査は合格となる。」
「・・・それで相手の方は?」
「やはりそこか。あの後病院で手術が行われた。
歯を6本粉砕されていてあごの骨にもひびが入っていた。
が、幸い命にも脳にも異常はない。」
「・・・よかった。」
とりあえず死んではいないか。
「しかし君もわかってのとおり彼女の力は危険だ。
よってここに検査を行う。」
「検査、ですか?」
「そうだ。赤羽美咲の力が安心を持てるものかどうか。」
よく見れば佐久間さんの後ろに胴衣を着た少年がいた。
「俺の弟の巧だ。13歳の中学1年生。
オレンジ帯。こいつと戦ってもらう。」
「佐久間巧です、よろしく。」
「・・・・・。」
昨日とほぼ同じ条件で・・・・。
「赤羽美咲、俺の弟に勝って見せろ。
ただし昨日のようなことがあった場合は勝ったとしても
試合への参加は認められない。いいな?」
「・・・・了解です。」
彼女が更衣室へと向かっていった。
「佐久間さん、そいつは・・・・」
「ああ。前回の交流試合に参加している。2戦目で負けたがな。」
「けど俺は相手が強ければ強い奴ほど燃えます。
相手が女の子であっても手加減はしません。」
そう言う巧。やがて彼女が真紅の胴衣を身に付けてやってきた。
馬場久遠寺に引き裂かれたアンダーシャツは
不器用に刺繍がされてふさがっている。
「ルールは交流試合と同じく1ラウンド2分30秒の3ラウンドだ。
では、始めっ!!」
号令と同時に巧が突撃してくる。
彼女は身構えたまま迎撃態勢。
「せっ!!」
突撃と同時に拳を繰り出す。
思った以上のパワーで彼女のか細い体が後方に吹き飛ぶ。
「くっ!」
彼女は着地し、鋭い前蹴りを繰り出す。
「ぬっ!」
巧はそれを気合いを以て受け止めた。
そして間髪入れずに彼女の鳩尾に膝蹴りを打ち込む。
巧はパワータイプだな。あまり攻撃をよけずに耐えるタイプ。
・・・佐久間さんも人が悪い。
ただでさえ相性があまり良くないのに不利な条件を付けるとは。
けど、安全を確かめるのにはふさわしいか。
「せっ!!」
巧の力任せなブローが彼女のガードした腕をはじく。
そしてノーガードとなったボディに2発目のブローを打ち込む。
後ずさる彼女の内股にローキックを打ち込む。
彼女はほとんど攻撃も迎撃もできていない。
昨日のがよほど堪えているのか・・・・!
確かにそれでは相手にけがさせることはないが、勝利はできないぞ・・・・!
「せっ!」
再び巧のブローがガードの上から彼女にダメージを与える。
残り時間はあと30秒。
これで有効打を与えないと判定で負けてしまう。
「・・・・・」
彼女の雰囲気が変わる。そして巧のブローの軌道をそらす。
「あれは・・・・」
制空圏?果てしなく不恰好だが制空圏の効果を発動できている。
どうやら一撃しか無力化できないみたいだな。
が、完全に無力化されて巧に隙ができた一瞬に彼女は拳を打ち込む。
送熱か・・・・。拳から熱が送り込まれる。
「あ、熱い!熱い!」
巧が暴れだす。彼女はそこで距離を取り、飛蹴りを打ち込む。
SCARLET16:玄武鉄槌
・彼女の飛蹴りが巧に命中した。
ちょうどそこで時間が来てしまった。
「・・・・くっ、ふっ、」
巧が息を整えて立ち上がる。
「判定は引き分けだ。延長戦をやってもらう。」
佐久間さんの判断。
まあ、今のだけじゃまだわからないしな。
「延長戦・始めっ!」
号令がかかる。
彼女はエンジンでもかかったのかあるいは
何か見えたのか攻撃態勢に入る。
巧の突撃に合わせて彼女も距離、態勢、重心を変える。
「くっ!」
巧が攻撃しづらい状況を的確に作っている。
まるで囲碁のように。
巧がブローをすれば軌道を逸らせる構えにして
わずかな力で巧のブローを逸らし、
素早く回し蹴りを打ち込む。
彼女の制空圏は形は悪いが効力は高い。
確実に逸らせる攻撃は一撃のみ。確実に当てられる攻撃も一撃のみ。
だが、その一撃は容易く破られないほど硬い。
そして一撃だけならばほぼ確実に当てられるということは、
「せっ!」
彼女の回し蹴りが巧の顔面をひっぱたき、
見事な一本を打ち取った。
そう、実戦ではないポイント制ならば
的確にポイントを奪うヒット&アウェイ戦法が有効だ。
さらに曲がりなりにも制空圏の使える彼女に
巧の攻撃はこれ以上通用しなかった。
おまけに巧はそれに気付いていないため
確実に攻撃を逸らされ確実に決定打を与えられてしまう。
「そこまで!」
「えっ!?」
驚く巧。
「一本が二つ入った。勝者は赤羽美咲。」
「・・・・勝った・・・・・」
呆気にとられる彼女。
そういえばまともな勝利を収めたのは初めてだったか・・・・?
「よかったな。」
「は、はい。」
彼女はまだ呆気にとられている。
「佐久間君、甲斐君。」
会長が口を開く。
「はい。」
「はい。」
「我々の疑念は砕かれたようだな。」
「ええ、そりゃもう。」
「ありがとうございました。」
頭を下げる。
これで赤羽美咲は交流試合への参加が認められたようなものだ。
「それじゃ稽古を始めるぞ。」
「あの、よかったのでしょうか・・・・」
「君が証明してくれたんだろう?君の戦いを。」
「・・・・・は、はい。」
「巧、稽古に付き合ってやれ。」
「わかったよ、兄貴。」
その後、巧も交えていつも通りの稽古をすることになった。
さて、交流試合は3月12日の土曜日。
来週の土曜だな。稽古ができるのは今日入れて6回だ。
「巧、お前は交流試合には出るのか?」
「はい、そのつもりです。」
なら、制空圏の秘密を知られるわけにはいかないか。
「け、けどこの稽古って結構きついっすね・・・・。」
巧が汗だくになってつぶやく。
対して彼女は特に息も切らしていない。
「まあ、この稽古は俺たちしかいないからな。稽古も独学だし。」
「赤羽さんはよく涼しい顔でいられますね。」
「・・・・もう慣れました。」
「・・・・・。」
まあ、あの日から何回も受けてるしな。
毎日少しずつ改良加えて行ってるし。
初めて受ける奴には少しきついかもな。
「わかった。なら今日は稽古はこれで終わりだ。巧は帰ってもいいぞ?」
「あ、了解っす。」巧が去って行く。
「さて、囲碁の時間だ。」
「了解です。」
こうして残り時間は十九路盤に集中することとなった。
わずかだが囲碁の実力も上がってる気がした。
・「すっかり忘れていた。」
2月も終わり3月に入った。
彼女の稽古も順調に進み、忘れていたことがある。
碁盤を返すのを忘れていたのだ。
あれから2週間。
「すまない。」
平謝りをする。
「・・・お前さん、空手がすごいって聞いたけど
それと同じように馬鹿だって聞いてるぞ。」
部長があきれながら碁盤を受け取る。
仕方ないとはいえすごい言われようだ。
「許す代わりに一戦交えたいな。」
「お前も空手をやるのか?」
「まあ空手もやるが、さすがに怪我人相手に殴り合いはきついだろう。
だから、あんたが使うのはその杖だ。
そして俺が使うのはこの棒だ。」
部長が手にしたのはモップ。
一瞬でモップ部分を踏み外して1メートルほどの棒を作る。
・・・確かにいい腕のようだ。
俺も杖を上手(かみて)に上げる。
「杖術か。上手くはないだろうが、やるだけのことはやろう。」
「そう来なくちゃな。」互いに獲物を構えたまま間合いを作る。
俺も制空圏を作るが、部長も同じ範囲に制空圏を作っている。
一歩、また一歩。互いの制空圏を変形させていく。
そして互いの間合いがぶつかった時。
「ふんっ!」
「はあっ!」
空中で杖と棒が激突する。
「しゅっ!」
部長が素早く棒を突き出す。
それを杖の柄尻で防ぎ、部長の足を払いにかかる。
「っと!」
部長は回転して回避し、回転で威力をつけた棒を振るう。
俺は軸をずらして彼と平行に回転して回避。
間合いの衝突から2秒でこの応酬。
相手も只者ではない・・・・・。
モップ棒を自由自在に操っている。
スピードもかなりのものだが一撃一撃がかなり重い。
俺とほぼ互角の腕力の持ち主か・・・・!ならば・・・・!
「朱雀!」
「ぬに!?」
朱雀が幻を作りながら大空を翔るように
無数のフェイントを作りながらわずかな隙を狙撃する。
本来は拳で行うものだが杖でもなかなか行ける。
が、部長は回し蹴りで杖を弾き飛ばす。
「終わりだ!」
部長が踏み込んでから棒を突き出す。
俺はその棒の先端を掌で受け止める。
「なに!?」
「反し椿!!」
完全に威力を殺すと瞬時に手首のスナップと
踏み込みを加えて棒を押し戻して反対方向の先端を部長の胸に打ち込む。
「・・・くっ、椿の花は柔らかな見た目以上に弾力が強い・・・か。」
「碁盤、確かに返したぞ。椿の花とともに。」
俺は杖を拾い、部室を後にした。
「ふう、」
まさか学校で思わぬ強敵と戦うことになったな。
あの部長、名前は知らないが俺によく似た顔だったな。
制空圏の作り方も侵略の仕方もそっくりだ。
朱雀も初見で破られるとは思わなかった。
朱雀は制空圏持ち相手には不利だな。
反し椿も自分と似たような超接近戦タイプじゃないと通じないし。
「・・・そうだな。」
彼女には玄武を教えよう。
白虎、朱雀に並ぶ四神闘技の一つ・完全防御の型。
制空圏を未熟ながらも使える彼女なら玄武もものにできるはずだ。
とはいえ、それでもあの馬場久遠寺に勝てる保証はない。
・試合を今週に控えた今。
いつも通り彼女に技を教えることにした。
「玄武・・・ですか?」
「そうだ。白虎一蹴が神速による一撃必殺ならば
玄武鉄槌は絶対防御の極みだな。
制空圏が一部しか作れない君にはある意味うってつけかもしれないな。」
無理に全体を制空圏でカヴァーするくらいなら
一部だけでいいから徹底してカヴァーするのがいいだろう。
馬場久遠寺が面をカヴァーするなら彼女は点だ。
「まずは片手を目線と同じ高さまで上げてまっすぐ伸ばす。
同時に半身を切って腰を低くし、
もう片方の手は拳を作り膝を曲げた後ろ足と同位置に重ねる。
これが玄武の構えだ。」
「・・・こうですか?」
言われたとおりに彼女が構える。
「そう。そして前に出したての周辺だけでいい、制空圏を成型するんだ。
相手が軸をずらして横から攻撃しようとして来ても
自分も合わせて軸移動して
正面に制空圏を陣取る。
相手は正面からの攻撃を強いられる。
しかし制空圏がある以上その攻撃も完全防御できる。
そして防御したところで後ろ手に構えた拳と
足で攻撃をするカウンタータイプの型だ。」
「・・・・すごい技ですが、聞いたことありません。」
「そりゃそうだ。俺が現役時代に自ら編み出した技だからな。」
「・・・もしかして白虎も?」
「ああ。白虎一蹴、玄武鉄槌、朱雀幻翔、青龍一撃。四神闘技だ。
里桜以外には教えたことがないからあまり安全ではないがな。」
里桜に教えた時は実戦で体で覚えさせたからなぁ・・・・。
冗談抜きで首とか取れかかってたし。
「この技は制空圏さえ身に付けておけば
そこまで訓練を重ねなくとも出来る技だから
今日と明後日の稽古でものにしてくれ。」
「了解です。」
相変わらず彼女の制空圏はごく一部の空間しか形成できていない。
囲碁を学ばせたのがよかったのかかなり堅牢な制空圏だ。
正面から破るのはかなり苦労するだろう。
それをやろうとすれば後ろ手の鉄槌を下せる。
玄武は白虎と違ってそれほど破壊力があるわけではないから
相手を病院送りにしてしまうことも少ないだろう。
ただ、彼女の本来の持ち味であるスピードは全く活かされない。
それどころか逆にスピードタイプの相手には不利だ。
制空圏を形成する前に間合いに入られてしまう。
玄武は愚鈍な亀のイメージとは違って中距離向けだ。
懐に入られると鉄壁の牙城は崩されてしまう。
ただ遠距離から中距離、
近距離に距離を詰めようとする相手に的確で痛烈な一手となる。
「・・・私はこの技で馬場久遠寺さんに勝てるのでしょうか・・・?」
ふと彼女が口にした。
・・・・やはり気になるわな。
「正直に言えば久遠寺は相手が悪すぎる。
奴の制空圏は完璧すぎる。
制空圏を破ろうとするだけでも全力を注ぐ必要があるだろう。
そして制空圏は防御だけではない。
相手の制空圏を破りあの超破壊力の一撃をたたきこむだろう。
・・・あと、奴は君と戦った場合二度と
立てなくなるまで徹底的に叩き潰すと言っていた。
はっきり言おう。奴と当ったら棄権しろ。
冗談なく未来まで叩き潰されてしまう。」
「・・・・そうですか・・・。」
彼女がうつむく。
・・・・まったく。棄権しろというアドバイスしかできないとはな。
情けない限りだ。だが、馬場久遠寺。奴は、怪物だ。
確実に兄を超える空手界の台風の目になるだろう。
SCARLET17:3月12日
・3月12日。今日はいよいよ交流試合の日だ。
彼女とともに会場へ到着する。
入場するとスタッフからトーナメント表が配られる。
参加人数は160人。当然彼女の名前もある。
10ブロックに分かれ、1ブロックは16人。
それぞれのブロックで4戦勝ち抜いたものが隣のブロックの
同じく4戦勝ち抜いたものと戦う。
そこで残った5人が全員優勝という扱いになる。
そのため運が良ければ強敵とぶつからずに終えることもできる。
優勝確率は32分の1。
この交流試合でベスト10に残れば
次のランクの大会に参加できるようになる。
もしくはベスト20を2回以上でも次のランクの大会に行ける。
今日は午前8時より始まって午前中までにベスト20まで決め、
午後にそれ以降の試合を行うというものだ。
「私はどこまでいけるでしょうか?」
「そうだな。よほど相手が悪くなければベスト20に行けないこともない。
経験則からすればベスト20までいけない確率が4割、
ベスト20で敗れる確率が4割、
ベスト10に残れる確率が2割だな。
残念ながら優勝はできないと思う。」
「・・・・ありがとうございます。」
・・・・だが現実はもっと厳しい。
初参戦同士はブロックが近いように設定してあるからか
馬場久遠寺が隣のブロックにいる。
奴の実力からすれば間違いなく4回勝てるだろう。
その場合もし彼女が4戦勝った場合は
馬場久遠寺と戦うことになってしまう。
幸か不幸か彼女のブロックには
それほど強いと聞いたことのある奴はいない。
この調子ならうまくいけばベスト10までいけるかもしれない。
「では、これより一回戦を始める。
全員指定された場所へ行くように。」
指示が出た。
「行って来い。初戦の相手はオレンジ帯で小学6年生だ。」
「・・・・はい。全力を尽くします。」
?気のせいか?やや顔色が悪い気がするが・・・・。
ともあれ男女差別制でもあるのか
この交流試合では女子は1つ年下として扱われる。
中学2年生の彼女はこの場にいる限り中学1年生として扱われる。
そのため小6男子、中1男子、中2女子が対戦相手の候補となる。
無論2戦目以降は年齢もバラバラになるためこの限りではない。
「さて、」
彼女の一戦目の相手はオレンジ帯小6男子の矢島。
彼女同様今回が初参戦。
彼女のことだから年下だからって油断はしないだろうから安心だが。
「あら、もう始まっちゃった?」
「ん?」
声とともに一人の女性が来た。
「あなたよね?赤羽美咲ちゃんのコーチは。」
「そうですが?」
「私は矢岸彩音って言ってあの子の主治医をしてるの。」
矢岸・・・・・牧島さんが言っていた人か。
「でもあの子大丈夫かしら?」
「?心配されるほどの組み合わせとは思えませんが?」
「いや、そうじゃなくてね。う~ん、言っちゃっていいのかな?」
「・・・彼女の体に何か問題が?もしかして薬の後遺症か何かですか?」
「いや、そういう重たいのじゃないんだけどね。
あ、でも重たいと言えば重たいのかな。」
「?」
なんだかはっきりしないな。
いったいこの人は何を言おうとしているんだ?
「まあ、この試合次第かな。」
「・・・はぁ。」
そして試合が始まった。
実戦経験がなかったとはいえ2年プレイヤーの彼女は
ほかの初参戦者とは動きがまるで違う。
全力状態(フルスロットル)でない普段のスピードでもほかの連中の2倍は速い。
パワーだってスピードタイプにしては上位だ。
はっきり言って初参戦者相手に負ける要素はない。
だが、確かに彼女の動きはどこかキレが悪かった。
「っ!」
得意のスピードプレイもいつもと比べて地味だからか
見切られてカウンターをもらってしまう。
「やっぱりきついみたいね。」
「教えてください。彼女の身に何が?」
「・・・・そうね。一言でいえば・・・・。」
そこで俺はとんでもないことを聞いてしまった。
「あの子、今日女の子の日なの。」
「・・・・・なんてこった。」
女の子の日。つまり生理痛。
詳しくはわからないけどきついときはかなりきついと聞く。
なるほど。通りで今日の彼女の動きは重いわけだ。
「一応痛み止めを持ってきてるんだけど間に合わなかったようね。」
「・・・あの子はこのことを知ってるんですよね?」
「もちろん。」
「くっ!」
決め手に欠けてキレのない動きばかりで
彼女は明らかに格下相手に押されてしまっている。
制空圏も乱れてほとんど機能していない。
残り時間はあと30秒弱。このままでは下手したら判定負けもあり得る。
1戦目の1ラウンド目から判定負けなんて滅多にないことだ。
どんな事情があれど彼女のメンツに傷をつけることになりかねない。
「ん?」彼女の動きが変わった。
わずかだが本来のスピードを取り戻し、
一瞬で距離を詰めて膝蹴りでひるませてから
飛び蹴りで一本を入手する。これで形勢逆転だ。
KOでもされない限り彼女の勝利は確立してるだろう。
そして予想通り判定で彼女は勝利を収めた。
「勝ちました・・・・。」
「・・・・・俺に言うことはないか?」
「え?」
彼女は呆けた顔をした後俺の後ろにいた矢岸先生の姿を見て表情を変えた。
「・・・・早く痛み止めをもらって来い。きついんだろう?」
「・・・・申し訳ありません。」
足早に彼女は矢岸先生とともに医務室の方へ向かっていった。
「あれ?美咲ちゃんどうかしたの?」
そこへ響く少女の声。
「お前には関係ないだろう?」
振り向けば馬場久遠寺。
「すっかり敵視されちゃってるし。
交流試合なんだからそんなピリピリしなくていいじゃん?」
「誰もがお前みたいな能天気じゃないんだ。」
「ひどいな、死神さんは。」
「・・・そうだ、ひとこと言い忘れていた。」
「何?」
いつも通りの久遠寺に俺は殺気の視線を向けた。
「もしお前が彼女と戦い、
彼女の未来まで壊したならば俺がお前の未来を殺す。」
「・・・・・っ!」
殺気に押されてか珍しく動揺と恐怖の顔をして後ずさる久遠寺。
「く、久遠ちゃんはただ美咲ちゃんとの試合を楽しみにしてるだけだもん。
よろしく言っといてね。じゃ、じゃあね!」
そう言って慌ただしく去って行った。
「・・・・・ふう、」
なにさっきの?あれが殺気っていう奴なの?
そー君やらい君とも違う・・・・。あれが死神の殺気・・・・。
あと少しで洩らしちゃうところだった・・・・。
私の制空圏は完ぺきでたぶん死神さんでも破れないとは思うけれど
美咲ちゃんを壊すのはやめた方がいいかもしれない。
あの状態で死神さんの攻撃をすべて防ぎきれる自信がない・・・・。
そして多分あの人の本気の攻撃を一撃でも食らったら・・・・・。
「考えるのやめよっ・・・・。」
次の試合の場所にいかないと。
それに、美咲ちゃんや死神さん以上に
注意しなくちゃいけない奴も見つけちゃったし。
「最強の白帯(マスター・ホワイト)か・・・・。」
美咲ちゃん以外で今回唯一参加している三船道場出身の人・・・。
ブロックがまるで違うからどうやったって戦う機会はないけれど
あの人相手には私の制空圏も通じないような気がする。
今日は虎徹は使わずに済みそうかも。
唯一使いそうな相手が美咲ちゃんか。
無理だとは思うけどもしかしたら私の制空圏が破られるかもしれない、
その時は私の虎徹で・・・・・。
SCARLET18:青い稲妻
・すべての一回戦目が終わり、
5分のインターバルを挟んで2回戦目が始まった。
「もう大丈夫なのか?」
「はい。お薬を頂いたので。」
「そうか。・・・次の相手は青帯中学1年男子の峰菱だ。
交流試合には何度か参加したことがあり
最高でベスト20に残ったこともある強敵だ。」
「相手は関係ありません。・・・・・ただ全力で行きます。」
そういって彼女は真紅の胴衣とともに戦場へと向かった。
相手の峰菱は中1にしてはなかなか背が高く、手足も長い。
経験も1年間ある。最初の壁かもしれないな。
「では、第二回戦開始っ!!」
号令がかかり、位置に着いた選手たちが行動を開始する。
当然彼女も動く。いつものスピードを取り戻していて
峰菱の懐に入り、素早く膝蹴りを腹に打ち込む。
「くっ、」
峰菱がひるむ。が、すぐにワンツーを返す。
中々いいパンチだ。
「ん?」
峰菱の手首に青い紐が見えた。紐の先端には金属がついている。
まさか武器として使うつもりか。ルール上は特に反則ではないが・・・・・。
「ふっ!」
パンチに合わせて紐が高速で宙を切る。
紐が彼女のガードしている腕に引っかかる。
「え・・・?
」「はあっ!!」
峰菱が紐を引っ張り、彼女のガードを無理矢理下げさせてから
ガードがなくなった場所に回し蹴りを打ち込む。
そしてひるんだ彼女にパンチの猛攻を繰り出す。
いい戦法だ。技のキレも抜群で2年目にしては中々。
だが。
「っ!!」
彼女のスピードを見切ることはできず、
激しく全方向から攻撃を受けていく。
「のっ!」
峰菱が飛蹴りを繰り出す。
が、彼女はそれを制空圏で防ぎ同時に
後ろ手に構えた拳を一歩してから峰菱の鳩尾にぶち込む。
さっそく玄武鉄槌を成功させたな。
予想外のカウンターに峰菱はひざまずく。
一本とはいかないがその一歩前の有効点は取れただろう。
が
「避けろ!」
「え?」
「遅い!」
忠告は間に合わず峰菱は彼女の足に紐を
ひっかけて全力で引っ張って彼女を転倒させた。
「せっ!」
峰菱が立ち上がり、下段払いを行なう。
倒れた相手に下段払いを行なうことで
本来は有効点以下であっても一本とみなすことができる。
つまり今ので峰菱は彼女の有効点を奪った挙句一本を手に入れてしまった。
「・・・くっ、」
しかも頭を打ったのか彼女は目を回している。
何とか立ち上がるがその瞬間を前蹴りで狙撃されてしまう。
が、彼女はその足を受け止めて峰菱のもう一方の足を足払いする。
「せっ!」
そして転倒した峰菱相手に下段払いを行なう。
これで互いに一本を入手した。同時に時間が来た。
判定は引き分け。よって延長戦になる。
「大丈夫か?」
「はい。・・・・まさかあんな戦い方があるとは・・・・。」
「確かに珍しい技だが合法だ。
そして装飾品による攻撃は攻撃とみなさないルールがある。
つまりあの紐による攻撃でなら反則をしてもいいことになる。
気をつけろ。」
「了解です。」
彼女にアドバイスを送り、延長戦が始まった。
さっきと同じように彼女はスピードを生かして峰菱に迫り、
息もつかせぬ間に連打を加えて行く。
が、それは罠だった。峰菱の紐が彼女の両腕を縛ってしまう。
「これでお前は逃げることも攻撃することも防ぐこともできない。」
両腕の自由を奪われた彼女に峰菱が重いブローを叩き込む。
「っ!」
威力に彼女がひるむ。が、後ずさることもできない。
そしてあの距離では足技は威力も速度も半減してしまう。
それを計算しているからか峰菱は自分の距離を維持し続けて
執拗に彼女に攻撃を加えて行く。
このままでは判定で負けてしまう。
両腕を封じられた彼女に執拗な攻撃を仕掛ける峰菱。
さすがに1分以上も殴られていれば彼女のダメージもたまっている。
残り時間は約70秒。
現時点では間違いなく判定で負けてしまう。
苦し紛れに彼女が下段蹴りを繰り出すも簡単に防がれてしまう。
が、その直後彼女は縛られた両腕を峰菱の胸に打ち込んだ。
「・・・!?あ、熱い!熱い!!!」
送熱を使っているのか。よほど熱いのか峰菱は汗が滝のように流れている。
「ふう・・・・・ふう・・・・・」
彼女も呼吸をして排熱をしているが、
それでもまだ送熱に慣れていないからか峰菱以上に汗を流している。
しかし、峰菱が苦しんでいる間に両腕の紐をほどく。
さっきまではほどく時間が与えられていなかったが今なら・・・・。
「はっ!!」
送熱を解除し、彼女が猛スピードで距離を取る。
そしてもうダッシュからの飛び蹴りが峰菱にぶち込まれ、
峰菱の巨体が後方に吹き飛ぶ。
「ぐぼっ!!」
強烈な一撃を受けて峰菱は倒れたまま咳き込む。
「せっ!」
彼女が下段払いを行ない、一本を入手する。
これで判定になれば彼女の勝利が決定した。
「・・・くっ!」
峰菱が何とか立ち上がる。
素人から見ても無理をしていることがわかるだろう。
「・・・素早く・・・!」
彼女が距離を詰めて回し蹴りを繰り出す。
が、
「くらえ!」
峰菱は防ぐと同時に紐を振るう。
紐の金属部分が彼女の股間に直撃した。
「!?」
金的への攻撃。本来は反則だが装飾品のため無効となる。
しかし、予想以上のダメージを食らったからか彼女の動きが鈍くなった。
女でも男並みの激痛があると聞いたことがある。
しかも今日彼女は生理痛が激しい日だ。
「まだ終わらない!」
苦しむ彼女の顔面を回し蹴りでひっぱたく。
再び峰菱が一本を入手してしまい、判定がわからなくなった。
互いにダメージは大きい。
判定前にどちらも倒れてしまう可能性も高いだろう。
少なくとも再延長戦はないだろうな。
残り時間は30秒。
「・・・う、」
彼女が立ち上がった。
まだ痛みがあるのか動きが鈍い。
峰菱の方も激痛を我慢しているように苦痛の表情をしている。
が、
「・・・・・。」
彼女が拳を峰菱の目前に向けた。
その拳の周りには制空圏が築かれている。
「う・・・・」直感で危険を感じたのか後ずさる峰菱。
が、すかさず彼女も距離を詰めて制空圏を近づける。
「うわあああああああ!!」
峰菱が回し蹴りを繰り出す。
が、彼女の制空圏によって弾かれる。
同時に彼女の後ろ手に構えた拳が峰菱の鳩尾にぶち込まれる。
「がっ・・・・あああ・・・・・あ・・・・・あああ・・・・・」
峰菱は痙攣しながらその場に倒れた。
「・・・・・せっ!」
下段払いを行ない彼女が2本目を入手する。
2本目を取れば形勢にかかわらずに強制勝利となる。
「勝者・赤羽美咲!」
ジャッジが下る。
「・・・・ふう、」
気が抜けてその場にひざまずく彼女。
「・・・よくやったな。」
彼女の肩に手を置く。
「・・・かなりギリギリでした・・・。」
「だが勝利は勝利だ。次の試合までゆっくり休め。」
「・・・・はい。」
3回戦目はすべての2回戦が終了してから10分後の開始だ。
休憩できるのはあと12,3分くらいだろう。
かなりの激戦だったからそれで完全に体力を回復させるのは無理だろうが、
少しでも体力を回復させるのが急務だ。
それに、次の彼女の対戦相手は彼女と同じスピードタイプの少女だ。
万全でなくては難しい相手だろう。
SCARLET19:赤と金の疾風
・束の間の休憩時間を終えて3回戦目の時間となった。
「相手はリインハルトという外国人の少女。年齢は君と同じ。
そしてスタイルも同じスピードタイプだ。
そして俺の見目では彼女は君よりも速い。」
「・・・・頑張ります。」
前に出る彼女。
その前には長い金髪を一本に結んだ少女・リインハルトがいた。
背丈などは彼女とほぼ同じ。オレンジ帯には一本線が入っている。
「第三回戦、開始っ!」
号令がかかる。
同時に彼女とリインハルトが行動を開始する。
互いに自慢のスピードを生かした攻撃を仕掛けている。
恐らくこの交流試合に参加している中では最速の対決となるだろう。
「くっ、」
試合開始から10秒。
撃ち合いを終えた彼女がひざまずく。
撃ち合いを見たところリインハルトのスピードはかなりのものだ。
スピードだけなら既に上のランクだろう。
彼女のスピードを上回りその手数でダメージを与えていた。
幸い攻撃力はそこまで高くないのか彼女はすぐに立ち上がり行動に移る。
対するリインハルトはさっきまでの笑顔が消えていた。
恐らくリインハルトの予想以上に彼女の威力が高かったのだろう。
つまりスピードではリインハルトの方が上だが
パワーは彼女の方が上となる。
受けたダメージは互いにほぼ同じ。
それで彼女だけがひざまずいたところを見れば
タフネスはリインハルトの方が上か。
再び二人が戦場の中央でぶつかり合う。
彼女は制空圏を形成するもリインハルトのスピードがあまりにも速く
防ぎ切れていない。しかも後ろ手の攻撃が簡単に回避されているから
勝っている要素であるパワーを発揮できない。
リインハルトもすばやく互いの能力差に気付いたのか
手数で攻めてじわじわとなぶるスタイルに切り替えている。
それに、
「くっ!」
彼女が蹴躓いてしまい転倒する。
無理に相手のスピードに合わせようとして
足に負担がかかってしまっていたようだな。
何とか一本取られる前に立ち上がったからセーフだが・・・・。
足に負担がたまっているのは一目瞭然だ。
動きが鈍くなっている。リインハルトの方はまだ全然平気なようで
スピードが全く衰えていない。
彼女の行動を先手を取って潰しまわっている。
おかげで彼女は攻撃も防御もままならない。
それに前二つの戦いのダメージや疲労も残っている。
100%の力が出せずに圧倒されてしまっている。
「・・・・いや、」
確か前に彼女は肉体改造の影響で
常に100%の行動ができるようになってると言ったな。
3連戦を100%の力で行えば体への負担は大きいに決まっている。
「くっ!」
再び疲労で動きが止まったところに回し蹴りを受けて後ずさってしまう。
あれだけ速い相手だと送熱も当てられないだろう。
玄武もすでに破られている。残る白虎も当らないだろうが・・・・・。
「フィニッシュ!」
リインハルトが加速し、彼女の反応速度をはるかに超えたスピードで
彼女にパンチ連打を叩き込む。
が、
「しゅっ!」
「!?」
それを無視して彼女はリインハルトの右足にローキックを叩き込む。
「がっ・・・・!」
思わぬ打撃だったのかリインハルトは攻撃を止めて痛がってしまう。
そこへ彼女が2発目のローキックを打ち込む。
さらに暇を与えずにひるんだリインハルトの顔面を回し蹴りでひっぱたく。
「せっ!」
倒れたリインハルトの前で下段払いをして一本を奪う。
これで倒されない限りは判定で勝てる。
だが彼女のダメージもかなりのものだ。
残り45秒耐えきれるかどうか・・・・。
「・・・・シット!」
「え?」
いきなりリインハルトが立ち上がり、突撃する。
そのスピードのすべてを攻撃力に変えた拳を彼女の腹に打ち込む。
「くっ・・・・!」
「FIRE!!!!」
威力を殺さず拳を受けて折れ曲がった彼女の体を
拳の上に乗せたままステージの端までダッシュし、
彼女を壁にたたきつける。
「・・・・まずいな。」
満身創痍の彼女に無慈悲な破壊力抜群の攻撃が叩き込まれるなんて。
「・・・・くっ、」
彼女は壁に寄りかかったまま動かない。
「・・・・・・・・・・ううっ、」
気絶していたのか彼女が身動きを取り戻す。
が、今のは致命的なダメージだ。
壁に手を置きながら何とか立ち上がる。
対するリインハルトは今の技は負担が大きいのか
非常に疲労した様子だ。
「ふぃ、フィニッシュ・・・・!」
リインハルトが何とか走り出す。
とはいえそのスピードはさっきまでの半分以下だ。
それに気付いているのか彼女も走り出す。
あの構えはまさか・・・・。
リインハルトが彼女向けて飛び回し蹴りを繰り出す。
それを予測していたのか彼女も攻撃に合わせて
ジャンプして体を回転させる。
「白虎一蹴!」
今日は一度も使っていなかったいや、
あの戦い以来一度も使っていなかった白虎をこの場面で・・・!?
空中で二人の回し蹴りが激突する。
「つっ!」
「ううっ!」
二人同時に着地できずに畳の上に倒れてしまう。
そこで同時に時間が来てしまう。
「大丈夫か!?」
急いで彼女の下へ行き、体を起こす。
「・・・け、結果は・・・・?」
彼女がジャッジの方に顔を向ける。
俺もジャッジの方を向く。結果は引き分けだった。
「・・・延長戦、やれるか?」
「・・・・言ったはずです。私は全力を尽くします。」
彼女が何とか立ち上がる。
足元もおぼつかずにいつ倒れてもおかしくない様子だ。
対するリインハルトもかなりのダメージが入っているのか満身創痍だ。
だが、彼女に比べるとまだ余裕がありそうだ。
「延長戦を始める。開始っ!」
号令がかかる。
しかし両者ともに立ったまま動かない。
互いにもう撃てるのが一発だけだと悟っているのだろう。
そしてその一発で片づけられるならリインハルトの方が有利。
リインハルトは30秒過ぎたあたりで動き出す。
どこから出しているのかそのスピードはさっきまでよりもさらに速い。
一瞬で彼女の目前までたどり着き、拳を腹にぶち込む。
「ぐっ・・・・・・!!!」
彼女の体が宙に浮かぶ。
が、その浮かんだまま彼女はボロボロの足をふるい
リインハルトの顔面をひっぱたく。
威力は弱々しいが
満身創痍のリインハルトにとどめを刺すのには十分だった。
「・・・・う、」
リインハルトは後ろ向きに倒れそのまま意識を失った。
「・・・・せ、せっ!」
彼女は着地して一本を決める。
先ほどの一本と合わせて2本が確定した。
「勝者・赤羽美咲!」
ジャッジが下る。同時に彼女も倒れてしまった。
「・・・・よくやった。」
意識を失った彼女を背負い、控室まで運んでいく。
ベスト20に進出できたか。
だが、この状態じゃ次のブロック決勝戦は・・・・・。
「・・・・・はあ、」
控室に到着し、彼女を下して横にさせる。
ブロック決勝戦はすべての第三回戦目が終わった20分後に開始される。
どうやら今の試合が第三回戦目のラストだったみたいで
20分後にはもうブロック決勝戦が始まってしまう。
「・・・・ん?」
ふと電子掲示板に映っているトーナメント表の違和感に気付く。
彼女の次の対戦相手がいない・・・・?どういうことだ・・・?
「おめでとう、ベスト10に進めたわね。」
矢岸先生が来る。
「あの、どういうことですか?」
「あら?知らないの?美咲ちゃんが次に戦うはずの相手は
さっきの試合で骨折してこの試合を辞退して病院に運ばれていったわよ。」
「・・・・それって・・・・」
「そう。だから美咲ちゃんはベスト10入りを果たしたのよ。」
「・・・・・・。」
ラッキーだな。まさかこんな奇跡が起こるとは。
「ベスト10の試合は午後3時からだからあと2時間以上休めるわね。
ゆっくり休ませてあげるといいわよ。」
「・・・・・はい。」
願ってもない幸運。だが、これは本当に幸運なのだろうか・・・・。
なにせ、次の対戦相手は十中八九・・・
「馬場久遠寺か・・・・。」
その名を呼ぶ。
当然馬場久遠寺はブロックを勝ち進んでいた。
戦績を見ればどれも30秒以内にKOして勝利している。
恐らくすべての攻撃を制空圏で防がれた挙句
一撃必殺で粉砕されたのだろう。
「・・・・あの化け物め。」
そうつぶやくのであった。
SCARLET20:天才少女フェイズ2
・ブロック決勝戦が行われる中
彼女は控室で眠り続けている。
俺は電子掲示板で馬場久遠寺の試合を見ていた。
対戦相手は青の次のランクである黄帯で
しかもより上級者の証である一本線が入っている。
体も大きい中学生くらいの男子だ。
ベスト20に入ってるのだから相応に強いのだろう。
だが、相手が悪すぎた。
開始10秒ですべての攻撃を制空圏で遮断され
回し蹴りを顔面に受けて昏倒してしまった。
ヘッドギアが砕けて意識を失っていた。
すぐにスタッフに運ばれそのまま病院へ送られていった。
「・・・・・まったくの怪物だな。」
その一言に尽きる。ブロック決勝戦まで進むのに
皆疲労困憊なのに久遠寺は余裕綽々だった。
息一つ切らさずに戦場を後にした。
そしてもう一つ気になるのが離れたブロックにいる一人の少年。
この大会に参加している中で唯一の白帯だ。
しかも三船道場出身。
初心者マークの白帯からは
想像もつかない殺気と風格で相手を圧倒していた。
「三船出身となるとやはり・・・・・。」
「・・・あの人はパーフェクトサイボーグです。」
彼女が目を覚ましていた。
「知っているのか?」
「はい。生まれた時から遺伝子操作や薬物投与などで
完全に心身を戦士に変えた完全人造戦士(パーフェクトサイボーグ)です。」
「・・・・三船の最高傑作か。」
ここまで来るともうどうしようもないな。
「で、体はどうだ?」
「・・・まだ疲れています。けど、やる気は俄然湧いています。」
立ち上がり電子掲示板を見る。
トーナメント表に書かれてある馬場久遠寺と
自分の名前を見つめてこの子は燃えているようだ。
「・・・・戦うのか?」
「はい。棄権しろと言われましたが私は退きません。」
「・・・・そうか。ならもう止めはしない。全力で戦って来い。
奴の全戦30秒以内フィニッシュ神話を止めてこい。」
「それだけではありません。あの人の制空圏を破って見せます。」
「・・・・やけに強気というか戦意があるな。」
「・・・・あの人には借りがあるので。」
借り?スパーリングで倒されたことか?それとも・・・・・。
「・・・・・ああ、あの時の。」
「・・・・思い出さないでください。」
そういわれてもあんなに近くで女子中学生のあそこを見たのは・・・・・
「そこまでにしてください。
二度と思い出さないでください、いいですね?」
割と本気の怒気がこもっていたので追憶を中断した。
「昼飯はどうする?試合まで1時間半あるが。」
「食欲ありません。」
「なら水分補給をしろ。送熱のダメージがまだ残っているだろう?」
「・・・了解です。」
彼女とともに購買へと向かう。
「もう、そこは大丈夫なのか?」
俺は杖で彼女の下腹部を指す。
「・・・・大丈夫ですがもう少しデリカシーを覚えてください。」
「・・・・やけにツッコミが鋭いな。」
まあ短時間で2度もあそこの話をされては困るだろう。
そしてそのあと昼休みを過ごし、
ついにベスト10の決勝戦の時間となった。
「驚いたよ。まさか美咲ちゃんがここまで勝ち進んでくるなんて。」
「・・・。」
相変わらずの久遠寺。彼女は何も言わずに視線を相手に注いでいる。
「死神さんも壊されるとわかってて行かせるなんてひどいことするね。」
「黙ってろ。誰がお前の思い通りに事を進ませるものか。」
「進むよ。久遠には力があるから。
どんな矛も制空圏で防いでどんな盾だって一撃で粉砕する。」
「おしゃべりはそこまでです。
・・・・馬場久遠寺さん、覚悟をしてください。」
「久遠ちゃんって呼んでってば。」
互いに構える。
ほかの8人の選手も闘志を集中させて構える。
「これより決勝戦を開始する!1ラウンド180秒の全3ラウンド!
では、全員構え!!決勝戦・開始っ!」
最後の号令が下り、今日最後の戦いが始まった。
赤羽美咲が馬場久遠寺と合いまみえる時が来た。
久遠寺は今まですべての試合を30秒以内で終わらせている。
そしておそらくそれは彼女に対しても十分可能だろう。
だが、
「はあっ!!」
いつもより格段にキレのいい白虎が繰り出された。
「一度破られた技を使うなんて。」
久遠寺は制空圏を形成していともたやすく防ぐ。
そして着地するよりも早く彼女の胸に拳を叩き込む。
「ゲームオーバーだよ、美咲ちゃん。」
久遠寺の拳を受けた彼女は一気に後方まで吹き飛ばされる。
が、
「・・・あまり舐めないでください。」
彼女は平然と着地した。
そして片手を前に構える。玄武の構えだ。
「へえ、制空圏だ。
ちっちゃいけどこの短期間で使えるようになるなんてね。
けど、そんな赤ちゃんせーくーけんじゃ久遠ちゃんには歯が立たないよ?」
直後に久遠寺は彼女の前に出した手を払い、回し蹴りを叩き込む。
「くっ!」彼女の体が畳にたたきつけられる。
たった2発だ。
時間にしてまだ8秒。
なのにもう彼女は無視できない大ダメージを負っていた。
「はあ、はあ、ま、まだです・・・・!」
彼女が息を荒くしながらも立ち上がる。
「一撃必殺を2発も受けてまだ立てるなんて。
よっぽど私が憎いみたいだね。
もう立ってるのもやっとなほどダメージ受けてるのに。」
いつも通りにべらべらと喋る久遠寺。対して彼女は再び片手を前に出した。
「・・・・ひょっとして美咲ちゃん私のこと馬鹿にしてる?
そんなものでさ、」
再び久遠寺が距離を詰めて彼女の手を払い、腹に拳をぶちこむ。
「少しでもこの久遠ちゃんの障害になれると思ってるのかな?」
「・・・・・・な。」
「え?美咲ちゃん今何か言った?」
「・・・・年上をなめるな!!!」
「っ!」
彼女が久遠寺の拳を受け止めてそう叫ぶ。
同時に彼女の拳が久遠寺の顔面にたたきこまれた。
「・・・・驚いたな。」
彼女がここまで怒りの感情を表すなんて。
おまけに彼女のスタイルにそぐわない顔面パンチとは。
「・・・・・」
久遠寺は自分が何をされたのかわかっていないのか
鼻血を流しながら立ちずさんでいた。
「ぬあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
雄たけびを上げた彼女は無防備である久遠寺に
次々と攻撃を叩き込んでいく。
得意のスピードに稽古で付けた
パワーの効いた連打が久遠寺の小さな体に叩き込まれていく。
「はああっ!!」
そして抜群のスピードの回し蹴りが久遠寺の顔面をひっぱたく。
「せっ!」
倒れた久遠寺に下段払いをして一本を入手する。
「・・・・これは・・・・」
まさかの事態だな。
よほど久遠寺に対して怒りがあったのか彼女に似合わぬ猛攻。
既に30秒も過ぎている。
久遠寺の制空圏も破られている。
そう、囲碁を通して彼女は制空圏同士での
戦いなら相手の制空圏を利用して一時的に破るという手段を得ていた。
けれど久遠寺の方もよほど自分の制空圏を過信していたのか
ここまでこっぴどくやられるとはな。
けど、だからこそまずいかもしれない。
ああいうタイプは、
「・・・・わたし・・・・・そーなんだ・・・
・・・なら、壊さないとね・・・・」
キレると手が付けられないタイプだ・・・・!
久遠寺は立ち上がると彼女にまっすぐ向かっていく。
彼女は冷静に玄武の構えを取る。
だが、その手を払われ拳が彼女の顔面にぶち込まれた。
「っ!!」
ヘッドギアが砕け、後方に倒れる。
が、倒れそうになった彼女の手を久遠寺が掴んで止めた。
そして次の瞬間。
「虎徹絶刀征!!!」
久遠寺の今までにないパワーの籠った回し蹴りが
彼女の腰に叩き込まれた。
「ああああああああああああああああ!!!!」
悲鳴を上げて倒れる彼女。
「おい!!」思わず体が前に出てしまう。
「Mr.甲斐!ストップ!!」
あわててスタッフに止められてしまう。
「離してください!あの子が!!」
「今は試合中です!!抑えてください!!」
「くっ・・・・!」
久遠寺の一撃。
音がかなり危険だった。もしかしたら骨が砕けたかもしれない・・・・!
「・・・・ふう、まさか虎徹を使うことになるとは
思わなかったよ美咲ちゃん。
さ、立って。続きやろう?まだ試合は2分残ってるよ?」
久遠寺が冷静さを取り戻す。
対する彼女は腰に手を当ててうずくまったままだ。
「うううう・・・・!!!」
うめき声をあげたまま微動だにしない。
「・・・もう、美咲ちゃんは。死神さんと約束したんじゃないの?
全力を尽くすって。
美咲ちゃんの全力は年下の女の子から一本奪うだけで終わりなの?」
「だ・・・・黙りなさい・・・・・!」
何とか声を上げて立ち上がる彼女。
しかしその表情は苦痛のまま。
「・・・・・本当に立ったよ、この子。
虎徹絶刀征は名前の通り相手の刀を絶やして征する一撃必殺なのに。」
久遠寺が驚きの表情をする。
「くっ・・・・い、行きますよ・・・・!」
彼女が無理矢理体を動かして久遠寺に向かっていく。
だが、彼女の攻撃はすべて制空圏で防がれてしまう。
そして掌底の一打で彼女の体が後方に吹き飛ばされてしまう。
「うううううううううううううううう!!!」
「・・・・もうやめよう?
美咲ちゃんの体はさっきの虎徹で限界を迎えている。
感触からして君の腰骨は砕けている。
難しいことはわからないけれど
取り返しのつかないことになるんじゃないの?」
「ううっ・・・・!」
それでも立ち上がってしまう彼女。
「今までのことは謝るからさ、
もう降参してよ。私は美咲ちゃんを壊したくない。」
「言った・・・はずです・・・・・!
黙りなさい、と・・・・・!
年上を・・舐めるなと・・・・・!」
彼女の手が久遠寺の方に置かれる。
「・・・・熱いよ、美咲ちゃん。」
送熱か。けれど・・・・。
「そのまま・・・・燃え尽きてください・・・・・!」
彼女は送熱を止めない。
今まで以上の熱で俺まで汗をかいてきた。
久遠寺も汗を流している。
残り時間はあと10秒となった。
一応一本取っているためこのままいけば彼女の勝利となる。
だけど・・・・。
「・・・・ごめんね、美咲ちゃん。
美咲ちゃんをこれ以上傷つけたくはないけれど
私、負けるわけにはいかないんだ。
だから、この一撃で終わらせるね。」
そういうと久遠寺は彼女の手を払い、気を右足に集中した。
「ま、負けない・・・・・!」
彼女は久遠寺に拳を打ち込んでいく。
久遠寺は気を集中しながらそれらをすべて制空圏で防いでいく。
そして・・・・・。
「ごめんね、美咲ちゃん。」
反省している。美咲ちゃんを壊したくはない。
でも、ここで負けるわけにはいかないんだ。
私は一度も負けちゃいけない。
ありがとう、そしてごめんね。美咲ちゃん。
私が君にしてあげられることはこの試合を
後一撃で確実に終わらせることしかない。
だから・・・・・。
「虎徹絶刀征!!」
SCARLET21:紅のスタートライン
・交流試合は終了した。
5人の優勝者が決定した。
「・・・・・・。」
俺は今病院にいた。
赤羽美咲は馬場久遠寺の必殺の一撃・虎徹絶刀征を受けて倒れた。
久遠寺の言った通り一撃目で彼女の腰の骨は砕けていた。
そして2発目。
2発目の虎徹絶刀征は彼女の左足に叩き込まれた。
その猛烈な一撃は彼女の細い左足の骨を粉砕した。
「・・・・ふう、」
手術室から矢岸先生が出てきた。
「先生、彼女は!?」
「・・・とりあえず命に別状はないわ。
ただ腰と左足のダメージがひどいわね。」
「・・・・治りますか?」
「たぶん・・・ね。あの虎徹絶刀征という技が
見事に骨を粉砕してるのよ。骨だけをね。
だから骨さえなんとかすれば元通りの生活が可能よ。」
「・・・・その骨はどうするんですか?」
「・・・・・甲斐君、この話は他言無用よ。
大倉会長が三船と交渉したのよ。
美咲ちゃんの傷を治す代わりに今までの不祥事を帳消しにすると。
そして、彼らが行なっている非人道的な行為を黙認するようにと。」
「・・・・そう、ですか。
けど、三船になら骨を治せるということですか?」
「・・・三船にはクローン技術があるわ。
彼らが言うには美咲ちゃんのクローンも完成しているとのこと。
そのクローンの骨を移植するそうよ。」
「・・・・そう、ですか・・・・・。」
今は三船に頼るしかないのか・・・・・。
けど、俺のようにはならずに済みそうだな。
それだけは不幸中の幸いか・・・・・。
「・・・そう、落ち込まないで。
明日から面会ができるから明日また来てくれるかな?迎えは出すから。」
「・・・わかりました。彼女をよろしくお願いします。」
「・・・・ところでさ、ずっと気になってたんだけど。
あなたたちって師弟関係以外に何かあったりする?」
「?何かとは?」
「だってあなたたち互いに名前を呼ばないでしょ?
師弟関係としての絆が深いことは見ていてわかるけれど
プライベートな関係ってどうなのかなって。」
「・・・・・。」
考えたこともなかったな。
「俺たちにプライベートな関係なんて一切ありませんよ。
もし彼女が今日の試合に懲りて
もう二度と空手なんてしたくないっていうのでしたら
俺は彼女の担当指導員から解除されもう会うこともないでしょう。」
「・・・さびしい関係ね。
けどてっきり私はあなたたちは付き合ってるとも思ったのに。」
「付き合うって恋愛関係ってことですか?
まさか、そんなことありませんよ。
第一俺にはすでに共に生き果てようと誓った人がいます。」
「あら、そうなの?」
「・・・あの子を名前で呼ばないのもそれが原因かもしれませんね。」
しかし、彼女が無事なようで安心した。
しばらくは休ませてやろう。ちょうどそろそろ春休みだし。
「・・・ところで、馬場久遠寺ちゃんに対してはどうなの?」
「どうって?俺はロリコンじゃありませんよ?」
「いやそっちじゃなくて。なんでも物騒なこと言ってなかった?」
「・・・・そうですね。けどもう答えは決まってますから。」
久遠寺はあのまま勝利をおさめ優勝した。
だがその眼はどこか寂しげだった。
それに彼女にとどめを刺した時に発したあの言葉。
「・・・彼女によろしく伝えてください。」「わかったわ。」
そうして俺は近くの気配にまっすぐ向かっていった。
・「・・・・ふう、」
交流試合は終わった。私の初舞台が。
美咲ちゃんを倒して優勝できたけど。
まさか私の制空圏が破れるとは思わなかった。
たぶんお父様には怒られると思うけれど
私は制空圏を破ってくれてよかったと思う。
「・・美咲ちゃん、どうなったかな・・・・。」
私の虎徹は骨だけを砕く。
本当は誰にも使いたくなかった。
あれを使えばほぼ確実に相手を壊してしまうから。
2発目はともかく1発目は・・・・・。
「ごめんね、美咲ちゃん・・・・。」
「彼女なら許してくれるさ。」
「え?」
声の方を見る。そこには死神さんがいた。
「死神さん・・・・・私を壊しに来たんだね。
・・・いいよ、私はその義務がある。
ちょっと抵抗しちゃうかもだけどいいよ、死神さんなら。」
「誤解をするな。そして誤解をされそうなことを言うな。
俺はお前を壊したりはしない。」
「・・・・え?」
「まずあの子は心配いらない。砕けた骨はなんとかなりそうだ。」
「・・・・ほ、本当?」
「ああ。」
よかった・・・・・。本当に良かった・・・・・。
「あ、」
あれ・・・?どうして私泣いてる、の・・・・?
「・・・・ありがとう。彼女のことを思って泣いてくれて。」
「どうして・・・・?どうして私お礼言われてるの・・・・?
どうして・・・・私泣いてるの・・・・?」
「お前が優しいからだろう?
・・・明日、あの子のお見舞いに行く予定だ。お前も来い。」
「え、ええっ!?そしたら私美咲ちゃんに殺されちゃうよ!?」
「大丈夫だ。あの子はそんな子じゃない。」
「・・・・・死神さんやけに私にやさしくない?
もしかして私に惚れてるの?」
それは別の意味で美咲ちゃんに殺されそう・・・・。
「いや、俺はロリコンじゃないし彼女なら別にいる。」
「え!?そうなの!?」
ま、まあ、高校生だからいてもおかしくはないけれど・・・・。
このこと美咲ちゃんは知ってるのかな・・・?
「とにかく明日だ。あの子のことを思うならちゃんと
笑顔でお見舞いしてやれ。
分かったな、久遠。」
「え・・・・?」
死神さん、初めて私のこと久遠って呼んでくれた・・・・・。
「・・・・と、当然だよ。久遠ちゃんはいつだって笑顔笑顔笑顔ー!」
「・・・あの子を粉砕した時の笑顔はいただけないがな。」
「う、やっぱり死神さんひどい。」
私そんなえげつない子だったかな・・・?
けれど、不思議だな。明日が楽しみだ。
「じゃ、また明日ね、死神さん。」
「ああ、しっかり休めよ久遠。」
また明日、か。悪くないかもね。
・3月13日。俺は久遠とともに病院へ来た。
「入るぞ。」
「どうぞ。」
病室。ベッドの上に彼女はいた。
「ヤッホー、元気?美咲ちゃん。」
「・・・どうしてあなたが・・・・」
「俺が連れてきた。試合も終わったんだ。
妙な確執はそぎ落とした方がいいだろう。」
「・・・わかりました。」
「美咲ちゃんも私のこと久遠ちゃんって呼んでよ。」
「・・・恥ずかしいから嫌です。」
「体の具合はどうだ?」
「・・・・はい。今月中には治るそうです。」
「今月中か、早いな。」
尤も骨を治すのではなく移植するのだから当然と言えば当然か。
「ほれ、久遠。」
「あ、うん。あのね、美咲ちゃん。」
「なんですか?」
「今までごめんね、ひどいこと言ったりしたりして。」
「・・・・昨日のでチャラですよ。私の方が年上なのですから。」
「年上だっていうなら敬語をやめて普通に話したらどうだ?」
「それは・・・・。」
「美咲ちゃん、私美咲ちゃんと友達になりたい。
今まであんなことしてしかも
こんな怪我までさせておいて怒られるかもしれないけれど、
私、美咲ちゃんが好きだよ。」
「・・・・・同性に告白されても困ります。」
とはいえ照れてるぞ、おい。
けれど今日の彼女はやけに機嫌がいいというか
表情豊かというかなんというか。
きっと緊張の糸がほぐれたんだろう。
「今月は稽古は休みだ。次の稽古は4月1日の金曜日に行う。いいか?」
「はい。・・・・その、すみません。私負けてしまいました。」
「ベスト10まで残ったんだ。むしろ自慢していい。
間違いなく君は強いよ、俺が保証する。」
「・・・・ありがとうございます。」
「けど美咲ちゃんどうするの?
交流試合の次のランクの大会・清武会に参加するの?
それとももう一度交流試合に出るの?
私は来月の清武会に出る予定だけど。」
「私も出られるのですか?」
「まあ、ベスト10まで行ったから参加資格はあるだろう。
だが清武会は交流試合とはレベルが違う。
久遠、お前の制空圏も100%通用するとは思わない方がいい。」
「だいじょーぶ。久遠ちゃんは反省する子だから
もう自分の力を過信したりはしないよ。」
「お調子者なのは変わらずだがな。」
「・・・あの、いつからその人を愛称で呼ぶようになったのですか?」
「昨日からだ。久遠は本気で反省していた。
本気で君のことを思っていた。
ならば、敵対する必要はないだろう。
わざわざ本人が嫌っている名で呼ばなくてもいいだろう。」
「だからそんな嫉妬しなくていいよ、美咲ちゃん。」
「誰も嫉妬なんてしていません!」
・・・・この二人、いい友達関係になれそうだな。
「さて、私と美咲ちゃんの関係は無事消化したわけだけど。
今度は美咲ちゃんと死神さんの関係をはっきりさせようよ。」
「関係をはっきり?師弟関係があるだろう?」
「そうじゃなくて。
死神さんも美咲ちゃんも別にお互いのこと嫌いじゃないでしょ?
ならせめて彼女とかあの人とかそういう
他人行儀なのは辞めて名前で呼ぼうよ。」
「・・・・。」
まさか昨日矢岸さんから言われたことをここでも言われるとはな。
「だって二人が会って2か月くらい経つのに
お互いに名前を呼ばないなんておかしいよ。」
「・・・・私はあなたを何と呼べばいいのでしょうか?」
「・・・好きに呼べばいい。俺は君をどう呼べばいい?」
「私は別にかまいません。あなたに任せます。」
「あぁ~もう!そんなんじゃいつまでたっても師弟関係だけだよ?」
「・・・・わかったよ。」
ふと考える。下の名前・・・・は抵抗があるな。なら。
「赤羽、これでいいか?」
「・・・・はい、甲斐さん。」
「名字~?ま、今はいいかな。」
まったく・・・。
「赤羽、久遠のことも呼んでやれ。」
「はい。・・・・・久遠。」
「う~ん、ちゃん付けがよかったけどそれでもいいかな?
・・・えへへ。じゃみんなで呼び合おうよ。
ね、死神さん、美咲ちゃん。」
「はいはい、赤羽、久遠。」
「了解です。甲斐さん、久遠。」
今日この日を迎えて俺達3人は今までとは違った確かな絆を手に入れた。
そんなような気がした。
そう、今日ここからが本当のスタートラインだと。