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ウルトラマンFLS第1話
Episode1 年収328万円のウルトラマン
・高度に発展した科学は魔法と変わらない。よく言われる言葉だ。
そして西暦22世紀ともなれば星の数ほど存在する各企業はそれぞれ自分だけの魔法を武器にこの資本主義社会を生き抜いている。社員を支えきれずに砕け散った魔法の残滓が地球環境のバランスを大きく乱すことで生れる災害を今日では怪獣と呼んでいる。
「なんで、どうしてこうなってしまったんだ……」
大雨が降りしきる中、スーツ姿の大人達が皆一様に膝を折る。
金と科学でついには雨期すら商品として売り出していたその会社の本社建物は今、巨大魚怪獣ムルチによって蹂躙されていた。
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最初は雨雲の中から何匹化の魚がたまに降ってくる程度の今やどこにでも存在する人工気象だったがしかしそれを無視した末に巨大怪獣が降ってきてしまってはもはやありふれた商品とは言えない。
怪獣災害を起こしてしまった企業は政府によって厳しい処分を受けることになる。
しかしまずは目の前で暴れる怪獣の処分を考えなくてはならない。
ムルチは建物の群れを一掃するとやがてその会社の敷地外へと向かい始めた。
制御できない巨大怪獣になった今この姿でもこの怪獣はこの会社の商品である。会社の所有物であるムルチがもしも他の会社の商品を損なうような事をしようものならその処分はより厳しいものとなる。
シラを切るか? 社長の脳裏に一瞬だけ浮かぶがしかしそれだけはやってはいけない。
つい最近もマイクロブラックホール生成装置を使うことで老朽化した建築物を一瞬で買いたい、消滅できる事を商品とした企業があったが暴走して怪獣バルンガへとなってしまい16の都道府県で2ヶ月もの間電気不足に陥る大事件を起こしたくせに自白しなかったそこの社長は怪獣を倒す怪獣ベムラーとして輪廻転生を果たしてどこかの企業の商品として邁進しているとの噂だ。
やがて公道に足を踏み入れたムルチを見た社長がどこかへと電話を一報入れる。
「頼む、ウルトラマンを発注させてくれ!!」
「承知しました」
向こうから若い男性の声が返ってきた。そして数秒後。
「あ、あああ……!!来たぞ、彼らのウルトラマンだ!!!」
曇天の空から銀色の巨人が姿を見せた。株式会社FLSと書かれた巨大なポスターをマントのように肩から靡かせてやってきたのはウルトラマンフィルスである。
「フィルシャッ!!」
フィルスがムルチの前に着地するとムルチは雄叫びを上げてフィルスへと向かっていく。
その一歩一歩がコンクリートで舗装された道を破壊していくが既に社員達はいろいろ諦めていた。
「ピギギギゲゲゲゲゲギャァァァァゴォォッ!!!」
何かを叫びながら迫るムルチを正面から受け止め、腹に膝蹴り。俯いたムルチの首を脇で抱えてDDT。2体分の巨体の体重で頭から地面にたたきつけられたムルチは吐血。普通の生物ならこれで首の骨が折れて息絶えていただろうが怪獣は普通ではない。その海のように青い身体を血に染めながらムルチは立ち上がり、同じく立ち上がったばかりのフィルスに頭から突進。
フィルスはこれを横にステップすることで回避。しかしムルチの拳が下腹部に打ち込まれる。
「ぐ、ぐ、ぐ……!!」
二歩を下がり、うめくフィルス。ムルチは止まらずにデタラメに殴ってくる。巨体と凶暴性を除けばまるで赤ん坊のようだ。これは怪獣の許されざる生存本能と言えるかも知れない。この広い宇宙のどこか或いはどこともしれない世界には彼を救える存在がいるかもしれない。だがフィルスに出来ることは多くない。
「フィルシャッ!!」
胸のカラータイマーが点滅を始めた。活動時間が残り少なくなった証だ。力を振り絞ってフィルスはムルチの動きを抑えて空へと投げ飛ばす。
「FLS-UM OVER SHOOT」
コマンドが入力された。そのコマンドはウルトラマンフィルス最大の必殺技を繰り出すためのものだ。
握った拳の両腕をL字に組んで放つその技の名前はフィルシウムオーバーシュート。
眩しい輝きが放たれると同時、投げ飛ばされたムルチは曇天もろともに大爆発してこの地球上から消え去った。
晴天が戻り太陽の光が勝者を讃えるようにフィルスの姿を照らし出した。
この勝利に見物していた企業の社員達は一斉に歓声を轟かした。
それを背に浴びながらフィルスは晴天の空へと飛び去っていったのだった。
「この大馬鹿もんが!!」
株式会社FLS。第一執務室。このご時世に似合わない怒声が昼下がりの空気を震わせる。
その声の主は浅草博臣:FLSの営業部長。
「す、すみません……」
平身低頭しているのは雷門和馬。29歳の営業部員。今回ウルトラマンフィルスとして戦った青年である。しかし怒られていた。
「雷門。いつも言っているだろう……!ウルトラマンに変身して戦うには本来社長と取締役と株主達の合意が必要だと。いくらその力を使うための装置の開発者の息子でテストプレイを実施した際に指紋と虹彩の認証をしている事でそれらを無視して即座に変身できるお前だからと言ってやっていいことではない!」
「し、しかし……」
「しかしもかかしもない! 残業してでもこれを終わらせてこい」
そう言って浅草が一通のメールを和馬へと送る。
それは社長と取締役と株主達へと送るウルトラマン変身許可の事後申請書だった。
「こ、これを今日中にですか……!?」
「いつもは俺が27時まで残って作って提出しているものだ。それを提出するまでの間ここにいるんだな」
「……そんなぁ……」
崩れ落ちる和馬に合唱したり苦笑したりする周囲。
「兄貴、また勝手にウルトラマンになったんだって?」
現場内にあるコンビニ。和馬の弟である貴璃哉がそこで店員を務めている。
「そうなんだよ……。いや、事前申請して株主や社長集めてから変身して出撃とか絶対怪獣との戦いに間に合わないだろ……」
和馬は大量のチョコをレジへと運ぶ。昼飯兼おやつ兼夕食だ。
「と言っても戦闘員でもないただの営業社員に過ぎない兄貴が勝手に変身したんじゃ多分部長の方がよっぽど怒られると思うよ?」
「まあ、そうだとは思うけど……」
「……兄貴ひょっとしてそっち狙ってない?」
「気のせい木の精」
「字が違う」
大量のチョコをレジ袋に詰めて和馬が執務室へと戻る。恐らくトイレを除けば次に執務室を出るのは何時間後か分かったもんでは無かった。
「それでは書類は確かにこちらに」
降雨を商品としていた会社。そこに別の会社の人間が派遣されていた。尤も会社は既に物理的に無いため近くの市役所を借りているのだが。
「は、はい……」
株式会社セキュリティガーディアン。怪獣災害を起こしてしまった企業の情報を管理して管理局へと提出するための手伝いをしてくれる会社だ。他にも似たような会社はいろいろあるのだがこの会社の場合ウルトラマンが解決した事件ならば割引がきく。そのため降雨会社も今回セキュリティガーディアンに依頼した。
「あ、あの、お一人だけですか?」
「ん?」
社長がセキュリティガーディアンに質問する。
今回依頼したのは情報の詰まったUSBファイルの提出と管理と保管。それは倒壊した建物の中にあるものも対象だ。
今手渡したものは事前にたまたま手で持っていたものだけであり、会社の残骸の中にはまだまだ無数の情報が眠っている。怪獣災害を起こしてしまった企業とは言え顧客情報をはじめとした様々な重要情報は存在する。それを野放しには出来ないために呼んだのだ。だが見たところ目の前の男は生身一つだ。重機も見当たらない。これでは情報の回収など出来るようには見えない。
「心配ご無用」
「え……?」
男がサングラスを外す。と、一瞬でその姿がバルタン星人のものへと変わる。
「!?」
手袋を突き破って巨大なはさみが出現しては
「フォッフォッフォッフォッフォ……」
独特な声を発するとその姿が一瞬で数千、数万人にまで増殖した。宇宙忍者バルタン星人の得意技である分身だ。
「ば、バルタン星人……!?」
「故郷をなくして既に100年以上経つのでね。地球で生活するための礎はとっくの昔に用意しています」
分身体が全員同時に発言し、瞬く間に建物の残骸が分解されていき、かつて執務室があった場所だけが姿を見せた。当然既に電気は通っていない。パソコンも壊れて起動できない。しかしバルタン星人がはさみで端末に触れると一瞬でメモリ内のデータ、さらにはRDPで登録された仮想サーバ上にまでアクセスされ、全データが超高速ダウンロードされる。
「……ふむ。総量4500TB。大体総額135億円と言ったところですか。またあとで請求させていただきます」
そう言うとはさみの中からUSBメモリが生成され、ダウンロードされた情報がすべてコピーされた。
「……22世紀の超資本主義国家となった日本に適合したバルタン星人か……」
社長は腰が抜けたのかその場に尻餅をついた。
・午前4時29分改め28時29分。
「……お、おわった……」
和馬が大きく伸びをする。目の下には盛大なクマがある。
16時間ほどかけて始末書含めて今回の件で必要な書類をすべて作成し終わったのだ。
「俺がやった方が1時間早いな」
浅草が缶コーヒーを持ってやってきた。片方を和馬へと投げる。
「部長承認完了。これで後は俺の方から社長へと提出すればタスクは完了だ。もう帰っていいぞ」
「えっと、今日の業務は……?」
「有給をとれ。その体力は無理だろ」
「ぶ、部長……」
和馬が演技がかった仕草で浅草に手を伸ばそうとした時。
机の上の固定電話が鳴った。
「はい。株式会社FLS。ウルトラマンを派遣しています」
「大変だ!こちら株式会社アストロアトム!子供の夢を実現させる会社です!か、怪獣が出てしまいました!!」
「怪獣!?分かりました!!」
電話を置くと同時にタブレットに手を伸ばす和馬。
それを超怖い目で睨む浅草。
「おい」
「こんな早朝から怪獣災害が起きているんですよ!?」
「まだ怪獣災害が本当に起きていると言う確証はない!せめてうちの会社に正式な依頼と入金があってから行動しろ!」
「それじゃ間に合わないかもしれません!!」
「寝ぼけてないで今は帰って寝ろ!」
「すみません、タイムカードは今ここで切っていきますので!」
「あ、馬鹿やめろ!パソコンを切るな!労働時間外での変身は本当にまずいんだって!!」
和馬がタブレットを手に取り、ウルトラマン変身と書かれた液晶パネルに指を置く。
自動的に和馬の指紋が読み込まれ、0.1秒で変身の承認が下りる。
「ウルトラマンフィルス!!」
画面とにらめっこした和馬のクマだらけの虹彩を一瞬で認識したタブレットが光を放つ。
頭を抱えて奇声を上げる浅草を尻目に和馬は再びウルトラマンへの変身を果たした。
フィーナ姫ほどではないが瑠璃色な夜明けを経て生れたばかりの朝日を背に独特な叫び声を上げて闊歩するのは最強合体怪獣キングオブモンスだ。
株式会社アストロアトムによる商品を真に受けたガキ大将の少年が親に怒られた際の鬱憤をそのまま受けたことで徹夜の末に作り出してしまった超強力怪獣。
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既に株式会社地球の平和を守りますが戦車隊を出撃させているが全く歯が立たずに全滅。暴走して戦車隊の残骸から発生した怪獣、恐竜戦車すらも一周して粉砕しながら街を火の海に変えていくキングオブモンス。
そこへ銀色の巨人が舞い降りる。
「フィルシャッ!!」
フィルスの参上に歓声を上げるアストロアトムの社員達。全員目の下にクマがある。
そんな惨状を無視してフィルスがキングオブモンスへと向かっていく。跳び蹴りだ。
しかしキングオブモンスはそれを片手で容易になぎ払い、地に倒れたフィルスを8万2000トンもの重量で踏みつける。
「くっ、ううううううあああああああ!!!」
自身の倍以上の体重で踏まれて苦痛の悲鳴を上げるフィルス。
そのダメージは意識がない状態でカラータイマー内に格納された和馬にまで及ぶ。
1年以上フィルスへの変身を続け戦い続けてきた和馬の誰にも言えない秘密の一つはフィルスとの尋常ではないシンクロ率だ。他の人間が変身する場合と比べて遙かにフィルスの性能を発揮できる分その戦闘ダメージは如実なまでに彼の心身をも削っていく。
意識のない彼の悲鳴を聞くたびにフィルスは心を痛め、力をひねりあげてキングオブモンスを跳ね飛ばす。
「ファァァァァァァァァァッ!!!」
転倒したキングオブモンスに馬乗りになってその顔面にエルボーの雨あられをたたき込んでいく。しかしキングオブモンスも負けていない。圧倒的馬鹿力でフィルスを片手で投げ飛ばして立ち上がる。ほとんどダメージは見て取れない。対してフィルスは連日の戦闘と言うこともあってどこか疲労が見える。
「ファッタァァァッ!!」
フィルスは八つ裂き光輪を繰り出す。キングオブモンスはそれを片手で粉砕する。と、それを見越していたフィルスはダッシュで距離を詰めてからもう一度八つ裂き光輪を生成して腕で持ったままキングオブモンスの左肩へとたたき込む。
火花と悲鳴を上げるキングオブモンス。大地を踏みつかんで威力を続けるフィルス。
やがて光輪が砕けてフィルスが殴り飛ばされた。
「くっ、」
立ち上がったフィルスのカラータイマーが点滅する。エネルギーの限界が近づいている証だ。正面のキングオブモンスも鮮血を噴水のようにあげながら独特の叫び声を放つ。
朝焼けににらみ合う両者。決着の時は近い。
「ファッタァァァッ!!」
先に動いたのはフィルスだ。数度力負けをしてもなお果敢に突進。左腕がほとんど動かせないキングオブモンスにさえその突進は受け止められる。が、その状態でフィルスはエネルギーを拳に集中させ、己の体内にコマンドを走らせる。
「FLS-UM OVER SHOOT」
「フィルシャッ!!」
肉薄した状態からフィルスは必殺の一撃であるオーバーシュートをキングオブモンスの胸へと放出。先ほどの比ではないほどの火花と威力と悲鳴とが朝焼け空へと響き渡る。
やがてキングオブモンスの背中から激しい閃光の奔流が飛び出ては大空へと消えていく。
そして起きたカポック爆発の中からボロボロのフィルスだけが姿を見せた。
その姿を見て多くの人々が喝采をあげる。
疲労困憊のフィルスだがその光景を見て少しだけだが疲れがとれたような気がした。いつまでも見ていたかったがエネルギーの限界が近い。空へ飛び去ろうとした瞬間。
「キェェェェェェェ!!!」
「!?」
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突然の奇声。見れば空から骨翼超獣バジリスが飛来、フィルスを突き飛ばす。
「がああぁぁぁっ!!」
半壊したビルに突っ込んで倒れ込むフィルス。そのフィルスを踏みつけるように着地したバジリスは奇声を上げながら何度もフィルスを鎌のような両腕でたたきつける。
足で踏まれているためフィルスは避けることが出来ずひたすらまでに殴られる。ダメージが限界を超えて強制的に変身が解除されればいったい和馬にどれだけの傷跡が残るか分からない。命の危機さえあるだろう。
負けるにせよせめていつも通りに変身を解除しよう、フィルスはそう判断してなんとかバジリスを蹴り飛ばす。立ち上がろうとして、しかし既にその体力も無かった。
変身を解除しようとすれば再びバジリスが迫り来る。
その時、フィルスは見た。バジリスの背後。朝焼けではない新たな閃光が姿を見せたのを。
「……!!」
気配を感じてバジリスが振り向くと同時、その巨体が殴り倒される。
フィルスの正面に立つその巨人もまたウルトラマンだった。
ウルトラマンティガ或いはダイナ、またはトリガーはたまたデッカーか。いずれにせよ超古代文明に出てきそうな3つのタイプにチェンジしそうな姿をしていた。
「デァッ!!」
そのウルトラマンは立ち上がったバジリスに向かうと、鎌による攻撃を避けながら的確な攻撃を打ち込んでいく。能力では無く技術。フィルスよりも一枚上手な戦闘のプロだった。
その戦いを見ておきたかったがフィルスは限界が近い。
それを察したウルトラマンはバジリスを殴り飛ばすと自らのカラータイマーから光エネルギーを分けるとフィルスのカラータイマーへと注ぎ、そのエネルギーを回復させた。
その間隙にバジリスがウルトラマンへと突進する。不意打ちもあってウルトラマンはわずかに対応が遅れ、バジリスの突進を直撃してしまい、転倒する。そのウルトラマンにバジリスが飛び乗ろうとした時。咄嗟にフィルスは八つ裂き光輪を放ち、バジリスの首を切り落とした。
「……」
「……」
二人のウルトラマンはバジリスが起き上がってこない事を確認すると立ち上がり堅く手を握り合った。そして仲良く飛び去り、途中で光の粒子となって分かれたのだった。
「はあ、はあ、」
株式会社FLSビルの駐車場。そこで変身が解除された和馬は尋常でない苦痛と疲労に襲われてひざまずく。徹夜の影響もあるがやはり強豪怪獣との戦闘によるダメージがあまりにも大きかった。
「ぶ、ブラックだぜ……」
近くに泊まっていた浅草の車に手をやりながらなんとか立ち上がる。と、人の気配を感じた。
「大丈夫ですか?」
「あなたがさっきのウルトラマンですよね?」
和馬が振り向くと、二十代前半くらいの青年が二人いた。
「き、君達は……?」
「「俺達はマイティです。ウルトラマンマイティ」」
それが3人の出会いだった。