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X-GEAR4章「D.C.P.F~ダ・カーポ ファンタズマフォーチュン~」

【第4章】
4章:D.C.P.F~ダ・カーポ ファンタズマフォーチュン~

【サブタイトル】
50話「無重力の日々」

【本文】
GEAR50:無重力の日々

・最初に感じたのは暖かさだった。
5年前に父さんと母さんが拾ってきた少女。俺の顔を見て怖がってすぐに泣いてしまった。そしてそれを見て姉さんまでもが泣き出してしまった。どちらかと言わなくても姉さんは人見知りが激しいタイプで、酷い時だと学校で席替えして新しく隣の席になった生徒に話しかけられただけでテンパって授業中だろうと構わずに逃げ出してしまう程だからなぁ。そういう訳で最初にあの少女を、後の妹となる小夜子を最初に抱きしめてやったのは必然的に俺だった。胸の中で泣きじゃくる2つ年下の女の子はとても小さく震えていて、そして暖かったんだ。
「兄さん、兄さん……」
声が聞こえる。いつかどこかで抱きしめたような温かみが体に残る。しかし俺の瞼はまだ覚醒の時を迎えようとはしていないようだ。
「ねえ、兄さん。起きてよ、兄さん」
再び声が聞こえる。それははっきりと分かるんだがどうしてか体が動かないし、口も動かせない。これは、金縛りと言う奴なのだろうか。或いは俺はもう実は死んでしまっていてこれは今際の際と言う奴だろうか? そう感じた途端に感じたものが二つある。
1つは純然たる恐怖。今年で15になる俺でも胸糞悪い夢やA級ホラー以上の悪夢を見た際にはそりゃ恐怖を感じる事はある。誰だってそうだろう。きっと大人になってもそれは変わらないはずだ。……きっとそれを知らないのはカンディル渦巻くアマゾン川に全裸で飛び込み人外じみた現地民と殴り合いの交流(ケンカ)を果たした父さんくらいだろう。
「んしょ……んしょ……」
そしてもう1つは何やら下半身……特にアソコが無性に暖かい。そして気持ちがいい。夢精と言う奴なのだろうか。
「……んちゅ……んちゅ……」
温かみと快楽は新しい声と共に爆発的に増加した。一体何が起きてるのだろうか。俺のズボンとトランクスはいつの間にかヒーター機能でも追加されたのだろうか。……あの噂の双子ならそんなメカニズムを用意していても不思議はない。ただ、暖かさはそれで説明出来たとしてもこの気持ちよさは何なのだろうか。擦れていると言うよりも……何というか、何なんだ……?
「……ん、ちゅ、ちゅぷちゅぷ……んんんっ!!! あ、きゃ!」
「!?」
とびきりの快楽。それを感じるよりも先に俺を襲ったのは痛覚だった。
「いってぇぇぇぇぇぇっ!!!」
やっと声が出て、そして覚醒の時が来て俺は上体を勢いよく起こす。するとまた新しい痛覚が今度は俺の頭を襲った。
「きゃ!!」
「ってぇぇ!」
痛みが治まる頃にはやっと今俺が纏っているこの状況が目とそして頭の中に入り込んできた。
聴覚を刺激するのは目覚まし時計の耳障りな騒音。ふと視線を送れば朝の7時……いつもどおりの時間帯である事が分かる。
そして目に入ってきたのは見慣れた景色。つまり俺の部屋だ。奥を見ればカーテンの隙間から小さく日差しがいくつも伸びている。今日も今日とて晴れの日のようだ。
そこから視線を下に下がればどうしてか俺は下半身丸出しの状態だった。見たくもない見てもどうしようもないイチモツが朝から元気な姿を見せている。一応おはようと言っておいてやろう。
「……さて、」
愛棒をトランクスの中にしまってから俺は天井を見上げた。
「むむむ、」
「朝から何やってるんだお前は」
天井。そこに逆さまに着地していたのは小夜子だった。夢の中で見たあの時の姿ではなくちゃんとそれから5年が経過した中学1年生の小夜子の姿だ。そして、よく見ればその右手には黒い毛のようなものが数本掴まれていた。そして口元には白い液体。それだけで今コイツが何をしていたのかそしてどうして天井に張り付いているのかが分かってしまった。
「……はぁ。小夜子。朝からご奉仕するのはいいけどいい加減降りてきたらどうなんだよ」
「な、何の事か分からないし! それに私、高いところ好きだし……!」
「だからって真上にいられたんじゃ首が疲れるんだよ。ほら、キャッチしてやるから降りて来い」
「……むむむ……!」
白いままの口元を硬く閉じ、小さく唸り声を上げて数秒。やっと小夜子は天井を蹴って降りてきた。
「っと!」
本当に俺の胸元に抱きつくように降りてきて俺はまたベッドに寝込む形になってしまった。
「……おはよ、兄さん」
触覚には暖かく小柄な体を抱きしめた感覚。嗅覚には嗅ぎ慣れた妹の匂いと少しの青臭さ。そして視覚にはぶっきらぼうに、しかしまっすぐこちらを向いて挨拶をする妹の顔が間近で輝いていた。
「……ああ、おはよう。小夜子」


・リビング。顔を洗い、制服に着替えてからやってくると既にパジャマから制服に着替えた小夜子がいて、机にしがみつく形でサンドイッチを頬張っていた。
「俺の分は?」
「冷蔵庫の中だよ」
「って事はもう姉さんはいないのか」
姉である八千代は生徒会長だ。俺達が通う中学ではなく高校の。そろそろ文化祭でもあるらしく最近多忙な日々が続いているそうだ。生徒会に入るまではちゃんと接触して会話する機会はあったんだが最近ではそれが著しく削られていって、週に1回くらいは全く顔を合わせない日もある。それくらい早くに家を出て遅くに帰ってくる生活を送っているんだ。けどちゃんとこうして俺達の食事は用意してくれている。
「のに対してお前は兄の分は用意しないのか」
「私、恩着せがましいの嫌いだし」
「そんな奴はこうしてやる」
「あ」
小夜子が机にしがみついていた手を離させる。と、風船のように小夜子は天井まで浮き上がっていってしまった。
「兄さんの馬鹿! 下ろせー!!」
「自分で降りなさい」
頭上で妹が吠えている間に俺は冷蔵庫を開ける。
「うお、」
そこには思わず声を上げてしまうような景色……物体があった。重箱である。段は6。
「内4つは兄さんの朝と昼で、残った2つは私のお昼だって」
天井を蹴って降りてきた小夜子が後ろでサンドイッチを頬張りながら言う。確かにその内容の書置きが重箱の上にあった。つまりコイツはそこまで見ておきながら兄の分を用意しなかったということ。これはつまりお仕置きが必要ということだな。
「……に、兄さん?」
「お仕置きの時間だぞ、小夜子」
台所にある物置。そこからロープを出して俺は小夜子をグルグル巻きにした。そして生まれた端っこをドアノブに縛り付けてギリギリ小夜子の手足が天井につかない長さに高度を固定する。そうすれば再び小夜子は風船のように浮き上がる。
「ちょ、離してよ! どうしてこんなひどいことを……」
「兄を不遜に扱った罰だ」
スカート姿の小夜子が頭上に来ている。当然パンツが見える。水玉模様の水色ショーツだ。それをチラ見しながら俺は用意された重箱の5段目と6段目。つまり小夜子の分に手をつけた。
「鬼! 悪魔!! 色情狂!!! 残虐非道!!!!」
上から文句が落ちてくるが気にしない。
……しかし、小夜子のこの体質。5年前に出会ったことからそうだった。最初は人型の風船かと思ったくらいだ。どこにいてもまるで宇宙のようにプカプカ浮く。何でも昔からこの状態が続いているそうだ。両手をロープで手すりに縛り付けて体重を量った時は3キロくらいしかなかった。とは言え大型の病院とかで診てもらった際には特に体には異常がないって診断されたし。今通ってる病院では何か原因でも分かっているのかあまりマイナスな言葉は言われない。……まあ、姑息な返事ばかりではあるけれど。
「ガウガウガウ……!!」
「っと、忘れてた」
リビング。テレビの隣にはそのテレビがまるごと入ってもまだお釣りが来るくらい大きなケージがある。中に何が入ってるかって? ……ワニだよ。半年くらい前に小夜子の冗談を真に受けた姉さんがわざわざ面倒な役所の手続きまでして、バナナワニ園から生まれたてのワニを3匹引き取ったんだ。この事態には今テキサスで武器商人している父さん母さんも流石に驚いてたな。まあ、俺の誕生日プレゼントに少し高いもの買いたいからクレジットカードの番号を教えてあげて何を買ったのか聞いたらワニ3匹って答えられたらそりゃ姉さんの正気を疑うのも無理はない。
「ほら、肉だぞ」
「ガウガウガウ!!」
姉さんが用意していた北京ダック丸焼き6羽をそのままケージの中に放り込むとグロテスクな程にガチャガチャと貪り始めた。姉さんや小夜子は割と可愛がってて頭を撫でたり風呂で体を洗ってやったりしてるそうだが俺はとてもそんなことする気にはなれない。や、普通に怖いし。
「もう兄さん。ちゃんと手渡しであげないと懐いてくれないよ?」
「俺としてはお前達の意見も無視してさっさと保健所に送り飛ばすか元のワニ園に返して欲しいくらいなんだがな」
「な、なんでそんなひどいこと言うの!?」
「普通の家庭はワニなんて飼いません」
「市役所に書類提出したんだからいいじゃない!!」
「お前が俺ともう一歩先に進みたくてそのために邪魔だった姉さんを遠出させるためについた嘘で姉さんは俺の返事も聞かないまま一日中走ったんだぞ? 学校まで休んで」
「そ、それはお姉ちゃんが頭おかしいだけでしょ!?」
「……だよな」
そう言われたら返す言葉もない。そのまま不意に時計を見て俺は肉団子で喉を詰まらせそうになった。だってもう8時になっていたのだから。
「ってやべっ!! 時間!! まだ起きてからそんな時間経ってないのにどうして!?」
「だって兄さんの部屋の時計止まってたんだもん」
「それでアラームだけ鳴ってたのかよ! このままだと遅刻だぞ! 急ぐぞ小夜子!」
「私まだご飯食べてない!」
「そもそもどうして7時に起こさなかったんだお前は!」
「だって私、全速力で行けば学校まで10分で着くし」
「くっ! 風船女め!」
とりあえず1段だけでも、と口の中に放り込んでから俺は重箱と二人分のカバンを持ち、ドアノブから外した小夜子を縛るロープを握って家を出た。
「いい加減に離してよ! 兄さんの速さでこのままじゃ遅刻しちゃう!」
「道連れにくらいなれ!」
まるで凧揚げのように空に浮かぶ小夜子を引っ張って俺は走る。ここから学校までは全力で突っ走ればギリギリ15分くらいで着くはずだ。
「……流石に矢尻ももういないな」
別に待ち合わせをしているわけじゃないが最近道が同じなのかよく会って駄弁りながら学校に行く事が多い。けどここまでの寝坊は初めてだかたか今日は流石にいない。と言うか昨日早退してから全く顔見てないんだよな。何かあったって事だろうか。この前やっと空手道場見つけたってのに。
……あの権現堂とかって奴に聞いてみるか? それともあの道場に行くか? いや、まだその段階じゃない。ただの風邪かもしれないし。
「ねえ兄さん。そろそろ下ろしてよぉ。私ならこの距離でもすいすいっていけるんだから」
「だからダメなの」
小夜子は重力抵抗がないと言うか体重が本来の10分の1でありながらその筋力自体は一般的な女子中学生レベルはあるから言ってみれば通常の10倍の筋力があるわけで、それでいて重力に縛られないから100メートルを1秒くらいで走れるスーパーアスリートでもあったりする。確かにそのスピードで行けば毎朝8時に起きて支度して、飯食ってからでも8時半からのHRに余裕で間に合うだろう。けど、何度も言うようにこれは意地だ。こういう日には絶対に小夜子を道連れにしてみせる。
そう心に誓った時だ。
「あらあらあらあらあらあらあらあら!! おはようございます先輩。先輩は朝から相変わらず近親相姦がお好きな変態ド畜生なのですね。うふふ、素晴らしいですわ。何という倒錯の限りなのでしょう」
「出たな、噂の双子!」
隣を走るリムジン。その窓から顔とマシンガントークを出したのは噂の双子こと乃木坂鞠音と潮音の姉妹だ。……妹の潮音の方は別にマシンガンってわけでもないし無口の方だけど。
「朝の通学路で妹をミニスカのまま凧揚げにしてパンツ丸見えにさせて……」
「なっ!?」
上から小夜子の小さな声が漏れる。が、気にせず鞠音はマシンガンを続ける。
「それをこの通学路を通る無数の学生サラリーマンに見せつけてまるで所有物のように自分で持ち運び、痴話喧嘩までしてまさにラブコメ! って感じの空気(オーラ)! 元の世界に戻りつつあるからってハメを外しすぎですわよ先輩。でもだからこそあなたはこの世界の持ち主にふさわしいのかもしれませんわね。まあ、私としてはそっちの方が都合がいいのでジャンジャン変態行動をなさってくださいな。そうすれば潮音も……」
「姉さん、少し言いすぎだよ」
「あら、ごめんなさい。でもとりあえず瀬葉さん。あの方々を乗せてあげてもよろしいかしら?」
「はい。構いませんよ」
鞠音の声は運転手に。するとリムジンは歩道(ガードレール)側に寄ると停止した。これは乗せていってくれるってことだろうか?
「ほら先輩。可愛い可愛い妹さんが見せびらかしたくなるほど可愛らしくて大事なのは分かりますがそろそろ警察が飛んできてもおかしくない頃合ですわよ。遅刻しないという条件でしたら別に道連れにする必要もないのではありませんこと?」
「……確かにな」
コイツはきっとまた俺の心の中を読んだんだろう。俺も年下の後輩の意見を無下にするほどガキじゃない。仕方なくロープを手繰り寄せて小夜子を着地させる。
「……兄さんの馬鹿」
当然ながらものすごいふくれっ面をしていた。そのふくれっ面を連れて乃木坂家のリムジンに乗り込む。
「どうもすみません」
運転手には礼を言っておく。
「いいえ。お嬢様方のお望みですから」
一瞬だけ姿が見えたが中々優しそうなお爺さんだった。きっとじいちゃんがいればこんな感じなんだろうな。俺の家はじいちゃんが早死しちゃって俺が生まれる前に死んじまったらしいから写真すら残ってないんだよな。ちなみに死因はスピリッツ4升飲みながらベトナム戦争に参加してアメリカ軍の歩兵部隊にマッパで挑んだかららしい。しかも2部隊は道連れにして生き残った数人の兵士はPTSDで二度と直立歩行出来なくなったらしい。……そりゃあんな意味不明な父さん作ったわけだからじいさんも無茶苦茶になるよな。
まあ、そんなことより小夜子と共に生まれて初めて乗ったリムジンはなるほど、かなり快適だった。運転手の運転もかなりの安全運転だし。多分車内でビリヤードやっても問題なさそうだ。流石にそんなスペースはないけど。
「で、兄さん。いつまで私をグルグル巻きにしてるのさ」
「いやあ、結構きつく縛っちまってな。解くのに時間がかかりそうだ」
「そりゃこれ船さえ停めておけるくらい強力な縛り縄だからね!! そんなので私を縛って凧揚げみたいにして公道走ってた兄さんは馬鹿なんじゃないのかな!? 事件だよ! 軽く事件だよ!!」
「だから先輩は私が逮捕したんですのよ。いいご身分ですわよね。加害した被害者であるこんな可愛らしい妹さんだけでなく美少女双子ご令嬢も一緒に車に乗って連行されるのですから。こんなに幸せな現行犯逮捕者他にいませんわよ?」
「……」
本当ならメガトンチョップで黙らせたいところだがすぐ隣に潮音がいてそれが出来ない。コイツも矢尻と同じで空手やってるみたいで実際すごく強いからなぁ。多分体力でも俺より上だと思う。反射神経半端ないし。
「お嬢様方。そろそろご到着になります」
「あらあら。随分と短い連行時間でしたわね先輩」
「……ところでいつもはセグウェイだったはずなのにどうして今日はリムジンなんだ?」
「そ、それは……」
「姉さんが自宅でも発症したからです」
「発症?」
「はい。<あらあら今日も先輩はワニ相手に随分と奥手になさって可愛いことですわね。それにしてもこの兄妹は本当に朝から18禁描写を入れないと気が済まないのかしら。中学生なのに随分とお盛んですのね。うふふふ、小夜子さんがご奉仕している時の顔は随分と可愛らしい。これでは同じ女の子である私もついつい何かを咥えさせたくなりますわねその光景をビデオに保存して毎晩慰めに見れば……あひゃんっ! 随分と素晴らしい夢が見れるのではないでしょうか!? 天才!! 私ってばマジ天才!!>との事です」
「……色々突っ込みたいことがあるが何よりも、だ」
鞠音の襟首を掴み、猫のように持ち上げる。
「おい、いつの間にヒトの家を盗撮してんだお前は」
そうして小夜子の未だ解けないロープの先を手錠のようにして鞠音の両手に縛る。
「え!? あ、あの、さすがに私そっちの気はないといいますか……」
「いいんや。お前Mだからきっと縛られるの好きだと思うんだ。ほら、潮音だって珍しく今回はお前を助けようとはしていないだろ? ……少しお空の旅を楽しんで来い」
そうして俺は小夜子ごと鞠音を投げ飛ばし、二人は風船のように青空に吸い込まれていった。
「「この人でなしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」」
それから潮音が用意した自家用ヘリで二人が回収されたのは3時間後の有明だった。

------------------------- 第57部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
51話「時を刻むこそばゆしさとほんの少しの何か」

【本文】
GEAR51:時を刻むこそばゆしさとほんの少しの何か

・学校。ギリギリの予定だったのが少しだけ余裕のある時間に到着した。
「ちぃっす」
適当に挨拶を決めて自分の席に座る。明日から期末テスト、そして来月からはうちも学園祭だ。だからか教室内の雰囲気は少し落ち着きがない。
「……」
そして、矢尻の姿はどこにもなかった。いや、矢尻だけじゃない。鈴音も姿を見かけない。この前復帰したばかりだってのにあいつどうしたんだ?
「とりあえず何か飲み物でも買ってくるか」
教室に荷物を置き、ポケットの中の財布の有無を確認してから廊下に出る。
「ん、」
1階の自販機に行く途中だ。昨日、矢尻と話をしに行っていた1年生の姿が見えた。しかも二人。同じような顔をしているしどっちもあまり日本人らしくない風貌。他に何人も同じようなのがいるならともかくとしてこの学校にあんなまっさらな外国人はいなかったはず。つまり、
「ちょっといいかな?」
「……私達ですか?」
二人が足を止め、片方が返事をした。その100%外国人って外見を裏切るくらい流暢で自然な日本語だった。日本で生まれ育った外国人か?
「この前矢尻と話してた子だよな? あれから矢尻見ないんだけど何か言ってなかったか?」
「……」
「Ritz,It isn't necessary to explain to the person who doesn't have unrelatedness. Cheat properly.」
「分かってる」
何だ? 何か早口でもう片方が喋ったぞ。もしかしてこっちの方は日本語喋れない? それで片方が通訳を、か? けどそれにしても妙だな。このふたりは双子じゃないのか? それなのに片方は日本語ペラペラでもう片方は全く喋れないなんて変な話だな。
「……先輩、でよろしいですか?」
「ああ。俺は3年生。君達は……リボンの色からするに1年生か?」
「はい。私達は矢尻先輩と昨日会話をしましたがそれっきりで別れましたし。特に変わったところはありませんでした。そもそもまだ知り合いになったばかりなのでそこまでの関係ではありませんので連絡先とかも分かりません」
「……そうか。悪いな、そろそろ授業が始まるってのに。じゃあ」
ペットボトルを買ってから俺は自分の教室に戻る。
「……」
「The person that he was treated like a prime person by name in a meeting last night. Oh, what did the name say?」
「確か、長倉大悟。まさか偵察に来たのに向こうから話しかけてくるなんて。これも世界の持ち主故からかもしれない」
「However, you go for a class properly. registered for the time being. It is goggling eyes if seen in a teacher.」
「……一応あなたも今日からここの生徒になるのだけれど」
「Then I am a one of you older senior. Go to the classroom to hear what the senior says now. Because I waste time in idle conversation a little more. I have you do cunnilingus if you betray an order even if there is it outside a house.」
「……日本語で言ってたら即座に職員室か生徒指導室行き決定のセリフよ、それ」


・教室。戻ってきてもやっぱり鈴音はいなかった。ただ、代わりに携帯にメールが届いていた。鈴音からだ。
「ごめん。道端で会った気の合うアリさんと話してたら旧仙台行きの新幹線乗ってた。多分今日は学校間に合わないから適当に理由付けよろしく」
とか言う意味分からない文章だった。
「……ったく何やってんだあいつは」
あいつが昔から動物と会話出来るのは知ってる。何故か分からないけどあいつは動物と、人間以外の生き物と会話が出来る。当然最初はそんな馬鹿なと思ったが当時飼ってた金魚が俺が毎晩何時に寝ているか、餌をあげる時の手癖とかを全部鈴音に話したらしく、本来知らないはずの情報をあいつが知っていたから信じる事にした。当時はまだ小夜子もいなかったし、姉さんと鈴音は最近になってやっと意思疎通が出来るようになったからほぼ間違いないだろう。
そして絶対に善人とは言えない腹黒な部分がありながら他人との会話は絶対に自分から切れないあいつの事だ。多分それが人外相手にも通用しているんだろう。これまでも遠足中に鳩に話しかけられて気付いたら独りはぐれてて遠足返上でみんなで探し回ってたらそこで出会ったアイドルの鈴城紫音と何故か殴り合いの喧嘩になってて、それが縁で今でも仲良しになってるし。船で移動中にカモメに話しかけられてそのまま拉致されて船が到着したら港に先に着いていたりとか動物が絡んで意味不明な状況を引き起こすのがとても得意な奴だ。流石に中学生になってからはそういうのは減ってきたり自分で何とか解決出来たりするが、それでもこの前うちのワニと会わせたら何故か互いに惹かれ合って、結婚一歩手前
まで発展してしまったりもした。全く、誰がどんな思いで奇跡を起こしたのかも知らずに。
「……」
けど、あいつはこの前それを知ってしまった。一週間くらい元気をなくしていて、鈴城紫音にもそれを相談できずに独り悩んでいた。俺はどうすることも出来なかった。だって俺がそれを否定してしまえばそれはあいつの存在を否定するのと同じだから。
「……と。とりあえず、返事でも送るか」
言い訳して欲しかったら今履いてるパンツを写メで送れ、と。いつもならエロ坊主とかって返事が来る。その度に黙れ、思春期の男からエロを奪ったら反抗心しか残らないぜと返している。
けど、エロか。この前矢尻にも言われたが確かに俺は姉さんとも小夜子とも一定以上の、少なくともきょうだいではしない行為もしている。当然二人共好きだ。愛しているし、結婚したいし、子供も作りたい。けど、絶対口にはしないが本当は鈴音が一番なんだ。その鈴音に関しては一度も夜を迎えていない。こんなふうにせめてエロ坊主を気取った冗談くらいしか出来ないくらいの奥手野郎だ。今のままじゃだめだってのは分かってる。それに、俺が起こした奇跡のせいで絶対に何か問題は起きているはずだ。そして、事がことだけにその内冗談抜きでヤバい大きな出来事に巻き込まれるかもしれない。そして俺はもちろん鈴音だってただじゃ済まされないだろう。だったら今の内にやりたい事全部やってしまえば
いいんじゃないか。けど、中々一歩が踏み出せない。どうしてだ? 実の姉である姉さんとの初めての夜だってほとんど迷いなく俺は前に進めた。ついこないだだってまだ12歳になったばかりの小夜子に対してエロい事をさせた時も迷いや躊躇はなかった。むしろ早く快感が欲しくてたまらなかった。そんなことしか頭にはなかった。
もしかして心の奥底では鈴音を選んでしまうことを恐れているんじゃないだろうか。フラれてしまうかもしれない、今の関係が壊れてしまうかもしれない、そしてもし結ばれた時にこの世界はどうなってしまうのか。
「なあ、矢尻……」
つい声を出してしまう。しかし、目の前の席に背中はない。既にHRが終わり、1時間目が始まっていた。出席は……気付かない内に返事をしていたようだ。
改めて教室の中を見てみる。いないのは鈴音だけじゃない。矢尻もいないし最上もいない。欠席はこの3人だけのようだ。……と言うか鈴音に関しての言い訳を言うのを忘れていたな。まあ、うちの担任は3年間ずっと変わらなかったから鈴音の事もよく知ってるだろう。実際アメフラシと会話して自由に雨を降らせてもらうとかって芸当を目の前でされたら信じざるを得ない。だから多分普段の成績があまりよくないのにテストの時だけいい点数とってるのも実は筆箱の中にハエを用意していてそのハエにカンニングさせているからだって言うのに気付くのも時間の問題か。確か2年の時に一回そのハエを潰し殺された時はテスト中だってのにものすごいぶち切れてたっけな。相手がバスケ部の部長で身長180を
超えた男子だったってのに半殺しにして病院送りだもんな。当然生徒指導室でものすごく絞られ、さらには道場で呼び出しを食らって一人だけ特別厳しいメニューで折檻されたとかされなかったとか。
あいつ、怒ると超怖いからなぁ……。


・昼休みになった。その頃にはもう小夜子も鞠音も空の旅から帰ってきていた。
「つーん!!」
食堂。俺が重箱を持っているのだから仕方ないとは言え小夜子は隣に座り、ずっとこの調子でツンツンしている。それでほとんど中身のなくなった重箱の中身をちょびちょびと食べている。
「全く。先輩はとても傍若無人な行いがとても大好きなのですわね。私と小夜子さんが一体どれだけ長い間空の旅をしていたと思っていますの? と言うか無遅刻無欠席だった私の称号に傷をつけないでくださいまし」
その対面には鞠音がいて、すげえ匂いをしたステーキを頬張っている。さらにその隣では潮音がいてバケツほどもあろうかというでっかい丼を出して中に詰められた海鮮丼を頬張っている。
「おい、お前達。いくら許可されているとは言え食堂であまり非常識な食事を取るな。目立つだろ?」
「何をおっしゃっているんですの先輩は。この私がそのような理不尽を知って我慢出来ると思ってまして? それに私達はお嬢様! 食事などに不自由はしたくありませんことよ!?」
「……お前絶対さっきの空の旅楽しんでたんじゃないのか? だから即座に潮音が助けなかったんじゃないのかおい」
「まさかこの私は決してマゾヒストと言う怪しい人種ではありませんことよ。ああ、でもいくら怪しい人種だからといってその人権や趣味、性癖までもを否定してしまうのは殺人と同義ですのであまり好まれた行為ではありませんでしたわね。失礼致しましたわ。何より目の前に近親相姦者と言う倒錯の極みたる人物がペアで揃っていらっしゃるのですからあまりこういうことは言わない方がいいのことでございますわよね」
「思い切り口走ってるぞてめぇ。あともうひとり足らねえ。もう一回空の旅に出かけるか?」
「兄さん、それだと私まで巻き添えを食らうからやめてよ。と言うか私も先週に続いてまた午前中の授業を潰しちゃったんだからね。しかもよりにもよってどっちも週に1度しかない技術の時間だよ? 脚立を木材からトンテンカンテンして作り上げる授業だよ? みんなはもう脚立らしい形をして耐久実験までしてる頃合なのに私だけまだ一度もトンカチものこぎりも握っていない状態なんだよ? 分かる? この圧倒的スロースターターポジション!!」
「や、俺工作得意だし」
「そういう事を言っているんじゃないんだよ兄さん。どうして兄さんはそう私をいじめる事しか考えられないのかな? 私は鞠音さんとは違ってMじゃないんだよ? 縛られて喜ぶ趣味はないんだよ? 況してや授業中ぼっちにされてしかもこのままのペースだとその内放課後居残りで作業をさせられることになるんだよ? この私がだよ? だからちゃんと兄さんが責任とってよ」
「どうやって?」
「技術の中井先生に頼み込んでよ。もしくは休み時間でも放課後でもいいから手伝ってよ。工作得意だって言うなら、妹の私が大好きだって言うならそれくらいやってよ」
「……やだよ、かったるい」
「びにゃあああああああああ!!!!」
ついにキレた小夜子が襲いかかる! ……出来るはずもなく小夜子は再び重力に流されていって天井まで飛んでいってしまった。
「お、1年の長倉がまたパンツ見せるモードに入ってるぞ!」
「おお、今度は水玉だ!」
そしていつもどおり野次馬の男子が集まって写メまで撮り始める。いつもならここで鈴音がどこから連れてきたのかチンパンジー数匹を伴って無双ゲーを始めるんだが残念ながらあいつはまだ旧仙台で復活の祈りを捧げている頃合だ。なので仕方なく俺が出てやる。
「おいお前達。あまり人の妹を視姦するな。噂の双子の実験台として紹介されてぇか?」
「げっ! 3年の長倉だ!!」
「噂の双子の実験台ってそんな事されたら特撮怪人になっちまう!!」
「いや、ヘタをしたらEMP発勁でブチ殺されるだけの雑魚サイボーグ武侠になっちまうぞ!!」
「いやいや、それどころじゃ済まされないんじゃないのか? 場合によってはどこかの男の娘みたいに麻酔なしで全身の皮膚を引き剥がされてコレクションにされたり……」
「……」
噂の双子の名前を出しただけでこの有様。こいつら一体どれだけ学園中で恐れられてるんだよ。ちょっと振り向いて様子を見てみると鞠音は恍惚とした表情で右手をスカートの中に伸ばしているし、潮音は照れているのか顔を埋めんばかりに丼にがっついている。……どっちも共通してここまで尋常じゃない評価をされて喜んでるのかよ。
「……許して欲しかったらとりあえず脚立か何か持ってきてくれ。妹を回収したい」
「サー・イエッサー!!」
どこの軍隊だというレベルで男子達が敬礼して列をなしてから食堂を出て行き、数秒で戻ってきた。


・つまらない午後の授業を終えてとりあえず技術準備室に噂の双子を連れて行ったら補習をなしにしてくれた。ばかりか先生自らがのこぎりとトンカチを持って作業を始めてしまった。……こいつら教師に対しても威力を発揮してるのかよ。
そんなわけで今日一日の予定を終えて後はもう帰るだけ。携帯のメールを確認すると、姉さんから一件着信があった。
「今日も帰りは遅くなります。夕食は出前を取るかコンビニか何かで買ってください。私の分は自分で用意するので大丈夫です。追伸:愛してるよ、大悟。あなたの八千代より」
とのことだった。ちなみに追伸部分はテンプレ設定でもしているのか俺に対する全てのメールに付属されている。
「いやいやアレ絶対毎回手打ちしてるよ。お姉ちゃん結構ヤンデレ入ってるもん。最後の一文知ってる? あなたの八千代よりって文章わざわざ入れる時って割と本気で怒ってる時だよ。兄さんお姉ちゃんに何かしたんじゃないの?」
「いや、身に覚えがないな。ちゃんとワニ達にも餌はやったし、家の鍵も締めてきたし」
「いや、あんた今朝何をしたのか覚えてないの?」
「ん?」
何か聴き慣れた声が割り込んできた。その声の主は鈴音だった。
「鈴音、いつの間に!?」
「今よ今。偶然だけどね。それよりあんた、どうして私の言い訳作ってくれなかったのよ! 結局欠席扱いになっちゃったじゃない!」
「うっせ。お前がパンツ見せてくれなかったからだろうが」
「言い訳作ってくれたってあんたにパンツなんて見せないわよ!!」
「鈴音お姉ちゃん、今帰り?」
「え? あ、うん。そうよ。だからはい、タッチ」
隣で小夜子と鈴音がハイタッチをした。何の儀式だ?
「じゃあ兄さん。私はこれから病院行ってくるから」
「お、おう。今日だっけ? 昨日も行ってたような気がするけど」
「入院しない代わりの通院生活だから。あ、ちゃんと私の分のご飯も用意しておいてよ? 絶対だよ? 絶対だからねッ!?」
「はいはい」
そうして小夜子はまるで今朝や昼に飛ばされたのが嘘のように自由自在に空を飛んでいった。少しは快方に向かっているんだろうか。それとも内緒で実はもうとっくに治ってたりして。
「じゃあ大悟。帰りましょうか」
「そうだな。今日は食費に使える金が2倍だからな。何か買い食いでもしていくか」
「……あんたって本当に最低ね。どうして小夜子ちゃん相手にそこまで意地悪するのよ」
「さあな」
校門を出て歩く夕暮れ道。思えばこうして鈴音と一緒に帰るのも久しぶりな気がする。今までは小夜子や噂の双子も一緒になることが多かったし、鈴音は空手があって一緒にやる鈴城さんと待ち合わせに行ったりで意外とこういう機会がなかったりするし。
「で、最近どうだ?」
「え? 何の話?」
「いや、あんな話しちまってさ」
「……ああ、うん。流石に驚いたわよ。私を生き返らせたってだけでもまだちょっと信じられないのに世界を分岐させたなんて。しかもそれが私を守るためだけだなんて。こんなのはゲームやアニメでも聞いたことないわよ」
「そりゃそうだ。俺が主人公なんだからな」
「……そう。でもさ、主人公に選ばれなかった選択肢の先って何があるんだろうね」
「さあな。俺はなるだけ全部選びたいがな」
「……そんなの出来ないよ。今だって小夜子ちゃんと千代姉ぇは選べても他は選んでいない。あんたが主人公って事はその主人公に出会えすらしなかった人は助かりっこないのよ」
「……」
確かに、主人公にだって限界はあるだろうな。けど、そんなものはとっくに弁えているさ。
「それでも目の前の奴らや周りの奴らが選べるならそれでいいさ。俺は主人公であっても人間辞めるつもりはないからな」
「……その結果助からなかった人の関係者が襲ってきたらどうするのよ」
「さあな。けど、逆恨みは報われないものだ。いくら主人公だって人間なんだ。全てを救うことなんて出来やしないさ、誰にだってな」
そんなことはもう2年前の時点で分かっているさ。そしてそこから続く今に俺がどんな酷いことをしているのかも。けど、そんなものはもう覚悟の上だ。いつまで続くか分からないが主人公は止まらないぜ。止まっちまったら世界(ゲーム)は終わっちまうんだからな。

------------------------- 第58部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
52話「選択肢1」

【本文】
GEAR52:選択肢1

・夕方と言うよりは夜と言ったほうがいい時間。7時を過ぎたあたりまで俺はひとりで部屋に居た。善人な俺は二人分の食費を使わずちゃんと一人分しか使っていない。……ただしもう一人分は使ってすらいないけど。とにかくリビングだとワニが怖いから自分の部屋で牛丼特盛720円を完食して今月頭に買ったばかりのゲームで遊んでいたあたりだ。
「ただいまー」
「……ま」
声が……1つ聞き取りにくかったのがあるが2つ入ってきた。小夜子と姉さんだろう。
「よお、おかえり。一緒だったんだな」
部屋から出て出迎える。声通りに玄関で小夜子と姉さんが靴を脱いでいた。
「うん。そこで偶然ね。だからついでに一緒にご飯食べてきちゃった」
「なぬ……!?」
「あれ、ひょっとして私の分まで買ってくれてたりする? だったら明日の朝にでも食べようかな」
「いや、用意していない」
「ちょっと!」
「けどまさかこんな妹の裏切りに遭遇するとは。せっかくふたり分食わずに一人分だけで我慢していたというのに」
「最低! 最低だよ兄さん!!」
「……」
地団駄を踏む小夜子。その隣から姉さんが近付いてきた。相変わらず無表情で無口だから大抵の人は何を考えているのか分からない、不思議な人だと錯覚するだろう。けど15年間ずっとその顔を見てきている俺には分かる。
「姉さん、お疲れ様。そしておかえり」
「……大悟……!」
少しの間見つめ合い、やがて倒れるように姉さんは俺に抱きついてきた。
「む、」
小夜子が唇を尖らせるがしかし、すぐに姉さんが寝息を立てていることに気付くとそれも緩めた。
「すっげぇ疲れてたんだな。高校の生徒会ってそんなに厳しいのか?」
「……知らないよ、そんな事。それよりお姉ちゃんを部屋まで運ばないと」
「そうだな。けど汗だってかいてるし風呂にも入れてやらないと。どうせなら3人一緒に入るか?」
「え~。兄さん長湯が過ぎるから嫌だよ」
「そうか? 2時間くらい普通だろ?」
「そんなの綺麗好きな女の子だって滅多にいないよ。寒いのが怖いからってずっとお湯につかってたらいざって時に苦労するんだからね?」
「む、そこまで説教される筋合いはないぞ? ともかくお前は風呂の用意をしてくれ。せめて姉さんだけは入れないとな」
「……どうせ兄さんも入るんでしょ? だったら何かしない様に私が見張っておかないとね」
「……結局入るのか。素直に言えばいいのに」
とりあえず姉さんを俺の部屋に運び、その間に小夜子が自分のと姉さんの分の着替えと、そして風呂の準備を始めた。ちなみに姉さんが帰ってきた事に気付いたのか、ワニ達は酷く興奮していた。ワニにも嗅覚ってあるんだったっけ?
「姉さん」
ベッドに姉さんを下ろして声をかけてみる。僅かにこちらに首を向けた事から意識はあるようだ。
「流石にこんなぶっ倒れるまで無理しちゃダメじゃないか。いくら生徒会長だからって何もかもひとりでやらなきゃいけないわけじゃないだろ?」
「……」
姉さんはゆっくり目を開けると、可愛らしく頬を膨らませた。
「どうしたのさ。何か言いたいことでもあるの?」
「……ないけど」
「じゃあさ。もっと俺を安心させてくれよ。流石に心配するぜ」
「……ごめん」
まあ、確かに俺達中学生ならまだしも確か姉さんの高校では準備と後始末含めて丸々一週間が学園祭に費やされるし、場合によっては宿泊の許可まで出るらしい。流石にそれら全部を生徒会長とは言え生徒である姉さんがひとりで負担するわけじゃないだろうが、それでも結構な負担はかかっているはずだ。きっと俺なら初日で弛れてるだろうけど。
そんな俺も来年で高校生か。そんなかったるいイベントがあるなら少し仕掛けを変えてみようかな?
「兄さん、お姉ちゃん。お風呂の準備できたよー」
「分かったー。今行くー!!」
1階からの声。律儀に小夜子が準備してくれていたようだ。
「よし、俺達も行こうか姉さん」
「……ん」
再び姉さんをお姫様抱っこにして1階の脱衣所まで向かう。中に入ると既に小夜子が服を脱いでいた。ちょうどブラジャーを外しているところで、目の代わりに乳首と視線が合った。
「小夜子、お前ブラしてたんだな」
「私これでもBカップだよ!? 将来有望だよ!? どっかの誰かさんがその将来奪ってそうだけど!」
確かに中1でスポーツブラでもなく普通のブラで、しかもBカップは大きい方だろう。少なくとも当時の姉さんはそこまで大きくはなかった。
「ほら姉さん。服を脱いで」
「……んーんー」
「え? 脱がせて欲しい? 全く姉さんは甘えん坊だなぁ」
姉さんをおろすと、姉さんは立ち上がり、壁にもたれかかる。しかしそれ以上は何もしなかった。つまりここから先は俺がやれって話だろう。なに、慣れた話だ。なので少しビクビクオドオドを演じてみようじゃないのさ。
「じゃあ、脱がすよ。姉さん」
まずはボレロ。これを脱がせばスカート以外は男子と同じ制服姿になる。とは言え姉さんの場合胸のふくらみが目立つから当然男子と間違える奴はいないだろう。そしてシャツのボタンを1枚ずつ外していき、今度は小夜子のとは比べ物にならない大きさのブラジャーをあらわにする。上品なベージュ色だった。
「兄さん、それフロントホックだからね」
「ん? ああ、そういえばそんなの聞いたことあるな」
じゃあ演技とか関係せずに外すのに手間取るかも知れない。……いや、もしそうだとしたならばそれを逆手に取るっていう手もあるか。
「姉さん。俺外し方分からないんだけど」
「……」
「だから姉さんが自分で外して見せてよ。どうやって外すのか俺に分かるようにしてさ」
「うわ、外道だね」
自分からブラを外して、今でも胸全開の妹は黙っていなさい。
さて、姉さんはと言うと、やっぱりどこか恥ずかしそうにやや俯き、左手を胸に当てて数秒。やがてその左手でブラジャーを外し始めた。だが、姉さんもただ脱がされているだけじゃない。どうすれば俺が喜ぶのか、そのためのシナリオに合わせようとして中々焦らしてくる。もうブラそのものは外しているのに右腕で胸そのものは隠されている。
「……」
そして、ニコッと可愛らしくそして挑戦的な笑みを浮かべてから姉さんは腕を下ろした。小夜子と言う比較対象がすぐ近くにいるからかそのサイズの大きさには目を奪われてしまう。しかも姉さんはわざと胸が揺れるようにして腕を下ろしたからかアニメのように揺れた。その上でブラを外すのに一度壁から背を離していたのに再び壁に背を預けるとそれによって再び胸が揺れる。見ろ、これが高校生生徒会長の夜の姿。男子中学生の性欲を焦らす女王様テクニックだ。
「さて、次は……お!」
いきなり股間が掴まれた。後ろから……小夜子だった。
「そろそろ兄さんもさ、脱いだらいいんじゃないかな? こ~んなに大きく硬くしちゃってるのを私達に見せて今度は私達を楽しませるといいと思うんだよね」
「……いいだろう」
シャツを一瞬で脱ぎ捨て、ズボンに手をかけた時だ。その手を小夜子が止める。
「あれあれ? 兄さん? どうして自分で脱ごうとしているのかな? 私達は脱がされたんだから兄さんも脱がされるべきだと思うんだよね」
「……お前は勝手に一人で脱いでただろうが」
しかし、裏スジをなぞるように小夜子に攻められると途端に言葉が消えてしまう。
「私はお姉ちゃんと違ってまだ最後まで出来ないけど。でも、その代わりに手とか口とかの習熟度はレベルが違うと思うんだよね」
「……」
小夜子が俺の股間にズボンの上から顔を寄せると、何故か不機嫌そうな顔をしている姉さんが小夜子より先に接近してズボンのチャックを口に挟んだ。
「え……?」
驚く暇もなく、しかし見る暇感じる暇は与えているのか姉さんは蠱惑に俺を見上げるとゆっくりチャックを下ろし始めた。通常時ならともかく既にかなり元気な状態だ。そしてここまで密着されている。実際姉さんの喉のあたりにこすりつける形でそこは勝手に動き始めている。やがてチャックを下ろしきるとズボンが落ちて、著しく形の変わったトランクス姿になってしまった。
都合、これで3人ともパンツ一丁だ。その俺のパンツを前に姉妹は顔を見合わせると、再び口だけを用いて俺のトランクスを脱がし始めた。いつの間にこんな連携を覚えたのか、あっと言う間にトランクスが脱がされ、俺の元気なムスコは姉妹の前に出されてしまった。それを確認した二人はわざとらしく息を吐き、先端にそれがかかり微かに反応を示す。
「じゃあ、次はお前達のを……」
「うん。でも兄さん? 手も口も使わないでね」
「は?」
手も口も使わずに下着を脱がす? どうすればいいんだ? 足か? 少なくとも俺にはその手の超能力はないはずだが。
「おちんちんで脱がすんだよ」
「……は?」
「それだけ立派に成長していれば指一本くらいには働けるでしょ? だから兄さんのおちんちんで私達のパンツを脱がすの。出来るでしょ?」
「……」
あれ、この妹怖くね? どんな発想してるんだよ。
「け、けどそれでもどうすりゃいいんだよ」
「私達寝そべるからさ、上からパンツを押し出して脱がせばいいんじゃない?」
「それって……」
パンツの中に入れるって事か? 姉さんだけならともかく小夜子相手にはまだそこまで行っていないぞ? もしかしてそれが狙いなのかこのエロ妹は。しかもいつでもカモンとでも言うように二人共もう寝そべってるし。
「ええい、どうなっても知らないぞ!」
俺は先に姉さんから脱がす事にした。
「む、」
抗議の小夜子を無視して股布をほじくる様にして下着の中に入れる。当然姉さんの一番大事な部分がすぐに当たる。しかも下着の圧迫を受けているからかその何より柔らかい谷間に押し付けられる形になってて、ものすごい気持ちいい。そりゃ入れる方が気持ちいいがこれはこれで新鮮でいいかもしれない。
「っと、」
快感に惚れている場合じゃない。勿体無いがその状態で腰ごと移動して姉さんのパンツを下ろしていく。流石にそのままでは体重で脱げなかったからか途中まで行ったら姉さんが腰を上げてくれたおかげで何とか下まで下ろせた。
「で、次はお前だけどいいんだな?」
「うん。早くして。そのガマン汁たっぷりのおちんちんを妹のパンツの中に入れるといいんだよ」
コイツ、ひょっとして今朝のお返しかなにかのつもりなのか?
しかしもう止められそうにはない。姉さんと同じように小夜子のパンツの中にも入れる。
「ぁ、」
姉さんの時と同じようにすぐに小夜子の割れ目に到達してコイツが言うようにたっぷりのガマン汁をこすりつけてやる。
「あう、兄さ……ひゃん!!」
「あ、おい、馬鹿……くっ、うあああっ!!」
小夜子が腰を浮かせ、そして咄嗟に自分の股間を俺のごと押さえつけた。その衝撃で俺は我慢の限界が来てしまい、
「熱い……兄さんの……ひゃあああああん!!」
下着の中で射精してしまった。まだ入れてはないから大丈夫だと思うが一応手で小夜子の下着をめくってみると、こいつの割れ目は俺が出したものでぐちゃぐちゃになっていた。
「はあ……はあ……兄さんのばか……。一日で上と下両方の口に出すなんて……」
「お前がこんなことするのがいけないんだろうが」
ついでだからそのまま小夜子からパンツを脱がしてそのパンツで俺は股間を拭いた。
「あ、酷い!!」
「どうせ洗濯するんだからいいだろ。さ、汗もかいたし冷めない内にさっさと風呂に入るぞ」
内心焦っていた。そりゃ妹の下着の中で出すなんてどこのエロゲだって展開で混乱していない方がおかしい。けど、逆に良かったのかもしれない。今出しておいたからこれで風呂に入ってる間に何かされて……って事にはならなさそうだ。あの調子じゃ小夜子もイったみたいだし大人しく風呂に入るだろう。


・そして本当に何事もなく入浴を終えて風呂から上がり、服を着てから冷蔵庫の中に牛乳がないことに気づいた。
「じゃあ俺ちと買ってくるわ」
「うん。その間に私達はもう一回お風呂入ってるから」
「……なにをぉ?」
「だって風呂上りは牛乳でしょ? 逆順して牛乳がないと風呂から上がったことにならないんだよ兄さん」
「……ちぇっ、」
と言う訳で俺一人で近くのコンビニまで牛乳を買いに行くことになった。もし鈴音が幼馴染ポジの例に漏れずお隣さんとかだったら牛乳を貰いに行くなんてイベントがあるかもしれないが残念ながらあいつの家はここから自転車で10分くらいには離れている。コンビニまでなら自転車で5分掛からないからそりゃ今回ばかりはこっちの方を選ぶ。
などと言い訳を作っていた時だ。見慣れた顔が前方に立っていた。その顔を見た時、俺は思わず急ブレーキを握った。
「お前……!」
「……」
この満月の下の夜に消えてしまいそうな黒衣の少女。その顔は小夜子と酷似……いや、同じだと言っていいだろう。それもその筈だ。
「どうしてまだここにいるんだ……カシワギサヨコ」
コイツはカシワギサヨコ。俺が前の世界に置いてきてしまった本当の小夜子。前の世界では引き取られこそしたが苗字は旧姓のままだった。だから柏木小夜子。この2年間、最初の時にしか会ったことはなかったからとっくに消えたのだと思っていた。
「僕は生きている。たとえあなたに捨てられても」
「待て。お前が生きているって事はまさか他にもいるのか……!? 前の世界に置いてきたはずの人達が……!?」
「……いるよ。ほとんど消えちゃったけど。でも僕はあなたの……兄さんの妹だから。特別な存在だよ。たとえあなたが僕の偽物を愛していたとしても。その偽物を愛するために僕を忘れようとしていていたとしても……!」
最初は無表情だったその顔も最後の方は憎悪を表していた。そりゃそうだろう。俺がしている事はとんでもなくひどいことなのだから。
「鈴音お姉ちゃんを選ぶだけならまだよかった。兄さんと鈴音お姉ちゃんはいいカップルになれると思ってたし、本当にお互いが相思相愛だって誰が見ても分かるから。……でも、今の兄さんは違う。自分に都合のいい世界を作ったのにかまけて八千代お姉ちゃんや私の偽物、そして全部知りながら兄さんを泳がせている鞠音さんや全てを壊す引き金にもなりかねない潮音さんに手を出したり出そうとしている。肝心の鈴音お姉ちゃんには何もしていないのに」
「……」
「今までなら我慢出来たけど、今日のは少し度が過ぎてる。だから選んでもらうよ、兄さん」
「選ぶ……?」
「そう。取る選択じゃなくて捨てる選択。……所詮はみんな幻なんだから順番の問題でしかないけど。さあ、どうする?」
<小夜子を捨てる>
<八千代を捨てる>
<鞠音を捨てる>
<潮音を捨てる>
<鈴音を捨てる>

------------------------- 第59部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
53話「小さな夜の話」

【本文】
GEAR53:小さな夜の話

・コンビニにも行かずに俺は近くの公園にいた。かつて小夜子……カシワギサヨコと一緒によく遊んでいた公園だ。
「……」
正直俺は打ちのめされていた。どうしたらいいのか分からない。
元の世界に小夜子を置いてきちまった事そのものは最初から知っていた。この世界に移った際に消えていく元の小夜子とは別に作り出されていく今の小夜子の姿を見た。いや、もしかしたら近くにいた鈴音が死んでいたのに生き返ったのと同じようにもしかしたら、この世界全ての人間が新たに作り出された偽りの存在なのかもしれない。それを俺は愛していたと言うのか。いや、過去完了形だったのならそれはもう仕方ない事だと思って忘れる事も出来たかも知れないが、でもまだあいつみたいに生きてて、元の世界に置き去りにされて、それで俺に対して怨みを持っていて……。そんなことになっていたとしたら俺はどうすりゃいいんだよ。元の世界に戻る?
でもそうすれば鈴音はまた死んでしまう。どうすれば……。
「長倉」
声。見れば、正面に矢尻が立っていた。左手に包帯を巻いている。やっぱり怪我でもしていたのか。
「矢尻……」
「こんなところでどうした? 人気のない夜の公園で独り首を晒していたら獲って下さいって言ってるようなものだぞ」
「……かもな」
「ん?」
「俺は……無意識にそれを望んでいるかもしれない」
「……何があった?」
「……全部俺が馬鹿だったんだ。何かもいなくなったからだからたとえ偽物でも今の生活を大事にしたかった。どうせならもっと多くの幸せを掴んでやろうとも思っていた。けど、所詮偽物だったんだ。それをさっき思い知らされたよ」
「……」
矢尻は黙って俺の隣のベンチに座った。その首筋には汗が見える。きっと怪我が見た目以上にきついのだろう。
「お前こそ、その手どうしたんだよ。学校は?」
「少し事故っただけだ。今週は休んで自宅療養だ。テストは休み明けにまとめて受ける。長倉、……俺も昔、ある人を失った」
「……」
「自分ならこの人を守れる、救ってやれるだなんて粋がって、その結果何も出来ないどころかどんどん事態を悪化させてしまい、ついには崩壊を招いてしまったんだ」
「その後、どうしたんだ?」
「俺がこの手で殺した。もうあれ以上苦しむ姿は見たくなかったからだ。それも結局は自己満足なのかもしれないがな。けど、結局所詮人間は人間だ。どんなに便利な力を持っていたとしても神様じゃないし、そんなものはいない。結局この世の全ては独善と妥協で出来ているのかもしれない。けど、その独善と妥協で偶然でもいい、誰かの力になれるんだとしたら、救えるんだとしたらそれでもいいと思えないか?」
「……矢尻、お前まさか……」
「世界はお前を守るかも知れない。だが、結局決めるのはお前次第だ。その時に自分の事を選ぶのかそれとも妥協して泣き寝入りするのか。……どっちかいい方を選ぶんだな」
そう言って矢尻は去っていってしまった。その奥。最上っぽい姿があった。
「……呆れた。結局あんたは陽翼を選ぶんだ」
「勘違いするな。……俺はもう後悔していない。天笠にもそれを伝えておけ」
「……自分で言えばいいのに」
「俺が言えばそれは逆の意味になる。もし、それでもダメならば俺が決着をつけてやる」
「……待ちなさい」
「何だ?」
「……あんたはそう結論付けたかもしれないけど。もう一方はそれを選ばなかったみたいよ」
「何……?」
何を話しているんだ? 最上達が何かを話しているのはうっすら聞こえるが、
「ついに見つけたぞ、長倉大悟……!!」
「え?」
今度はいきなり後ろから声がした。後ろには茂みしかないはずだ。その茂みをかき分けて姿を見せたのは俺よりも少し年上っぽい青年だった。
「他のダハーカが動く前に、お前を倒して来音を助け出してみせる……!!」
信じられない出来事があった。この男が叫ぶと、その背中からまるで触手のような腕が4本生えてきた。
「う、うわああああああああ!?」
「跡形もなく食い尽くしてやる……!!」
「そこまでだダハーカ!!」
俺がベンチから転げ落ちると、目の前に矢尻と最上がやってきた。
「どけ、邪魔だ!!」
「どかないし、邪魔になる。だが、それ以上をしてでも今はお前を止めなくちゃいけないんだ」
「……あんたは邪魔だからさっさと逃げたら?」
「え……?」
「2度は言わないわよ。別に私はどっちでもいいんだけど」
「……悪い」
何だかよく分からないけど俺は逃げる事にした。
「……どうして邪魔をする!? ダハーカの事を知っているって事はお前達は大倉機関じゃないのか!?」
「……なるほど。そういう事か。大倉機関の事を知っていて、ダハーカで、そして来音。あんた、あのジアフェイ・ヒエンとか言う変態が言っていたダハーカの協力者で、鈴城紫音の兄ね」
「……何……!?」
「……」
「ダハーカなら時間を止められるはずよ。どうしてそれで長倉大悟を捕食しなかったの? そうすればこうして妨害を受けることもなかった。……あんた、迷ってるんじゃないの? あんただって長倉大悟が死ねばこの世界がどうなるか分かってるんでしょ? あんた達ダハーカですら生き凌ぐのが難しいとかって地獄が待ってるんでしょ? それにその地獄の中であんたの言う来音も、そしてこいつの言う陽翼も生きている保証はない。あんたはもう諦めかけてるんじゃないの?」
「うるさい……黙れぇぇぇっ!!」
黄緑の4つの腕が火咲に迫る。火咲は構え、しかしそれに応じなかった。
「黄緑、そこまでだ!!」
振り下ろされた4つの腕は握られた鉄扇に受け止められた。
「ヒエン!?」
「黄緑、大倉機関は長倉大悟を生き凌がせる方向に決定したんだ。従えとは言わないが従わないなら大倉機関と戦う事になるぞ……! 当然紫音ちゃんともな……!」
「……くっ!」
黄緑は牙を下ろした。だが、その拳はまだ握ったままだった。
「だがジアフェイさんよ、あいつは迷ってるぞ。この世界を続けるかどうかを」
「……誰かと接触でもしたのか? それとも何か世界に異変でも起きてるのか……。とにかく黄緑。一度機関に来てもらう。……もう紫音ちゃんは家に帰っているから会う心配はない。むしろ逆にそこでお前にあって欲しい奴がいる」
「僕に?」
「そうだ」
「……ねえ変態。あんたの思惑は分かったけどちょっと早足じゃないかしら」
「どういうことだ火咲ちゃん」
「だってあんた、あのもうひとりの変態と合わせるんでしょ? そうして鈴城紫音にも伝えた真実をこいつに伝えようというんでしょ? 今の落ち着きがないこいつにあんなこと言ったら余計に止められなくなるんじゃないかしら」
「……火咲ちゃんのそのセリフの時点で中々もう止められなくなってると思うんだけどなぁ」
「……ヒエン、どういう事だ?」
「分かった。伝えるよ。でも約束しろよ黄緑。お前はこの前の戦いで牙にダメージを受けている。我社にある細胞再生装置で修復出来るかもしれないがそれを試すためにもお前には死なれちゃ困るし、無理をされても困る。だから、もうこんな暴走はするな」
「……抑えられる範囲でね」
「……ふう、じゃあ行くぞ。矢尻、火咲ちゃんはどうする? 家に帰るか? それとも一緒に来るか?」
「俺は帰る。テスト勉強もあるからな」
「私は別にテストとかどうだっていいんだけど機関に行ったら今の赤羽美咲と会う事になるし。正直気まずいのよね。だから帰らせてもらうわ」
「分かった。数の黒に用意をさせよう」


・公園から逃げて、コンビニ。一度ペットボトルを買ってレジでそのまま飲み干した。店員が驚いていたけれど俺としてはそれどころじゃなかった。
「ふう、」
空になったボトルを処分してもらい、改めて牛乳を買いに向かう。流石に店内まであの連中は来ないだろう。矢尻も怪我してるとは言え空手をやっているし最上も同じくらい強そうだ。けど、相手は怪物だったしなぁ……。でも、俺の事を知っていた。きっとあいつもこの世界の……俺の被害者なんだろうな。
「ありがとうございましたー」
牛乳を2本購入し、店を出て自転車に乗る。
「……」
なにか気配を感じて背後を振り返る。しかしそこにあったのは夜の闇だけ。どうやらカシワギサヨコに会ってから気がおかしくなってるようだ。あれだ、怖い話を聞いた後に夜トイレに行けなくなるって奴か。さっきから震えと寒気が止まらない。シャツの背中も冷や汗でびっしょりだ。これは俺も風呂に入りなおすかな。
自転車を漕ぎ、走ること5分。家に到着した。30分程度しか出ていなかったのにどれほど待ち遠しかったことか。
「あ、兄さん。遅いよ。どこまで行ってたの」
ちょうど小夜子がいた。いつも着ているボーイスカウト風のパジャマを着ている。丈の短さやヘソ出しルックから流石にこのまま外に出てボーイスカウトに参加したら別の意味でのボーイスカウトになりそうだ。
「い、いや、何でもない……」
牛乳を冷蔵庫に入れる。
「姉さんは?」
「もう寝たよ。明日も朝早いらしいから」
「そうか……。俺達も明日から試験だっけか。かったるいな」
「その分午前中に帰れるんだからいいじゃん」
小夜子は俺より先に冷蔵庫にしまったばかりの牛乳を飲む。中1にしては大きい胸も牛乳のおかげか?
「そういえば小夜子。少しは自由に飛べるようになったのか? それとも逆にもう飛ばなくなったか?」
俺の質問を受けた小夜子は口の中が牛乳でいっぱいだったからなのか少しの間をおいてから口を開いた。
「まだ全然。まあ少しだけだけど自分の意志で飛んだり降りたり出来るようになったけどそれでも風があったら厳しいし。どうして?」
「いや、だってもう長い事通ってるからな。少しはよくなったのかなって」
「……変なの。じゃあ私もそろそろ寝るかな。今日は誰かさんのおかげで疲れたし」
「言ってろ」
「じゃ、おやすみ」
それだけ言って小夜子は自分の部屋に戻っていった。俺はと言うと、そうだな。やっぱりもう一度風呂に入って温まるかな。
風呂自動ボタンを押し、着替えとタオルを用意する頃にはもう沸いたため再び脱衣所に向かう。当然誰もいない一人だから何の気兼ねもなく服を脱ぎ捨てて浴室に入り、俺は心臓が止まるかと思った。
「さ、小夜子!?」
「ここは相変わらずだね」
さっき別れたばかりの小夜子が風呂に入っていた。いや、違うな。小夜子ソックリなのは顔だけで何故か髪の色は茶色から真っ白になっている。特徴的なあの服を着ていないから一瞬分からなかったがコイツはカシワギサヨコの方だ。
「お前、どうしてここにいるんだ?」
「お風呂には入るものだよ、兄さん」
さっきまでの憎悪の表情がまるでそこにはなく、さっきまで一緒だった方の小夜子と同じ安らかな表情をしている。とりあえずシャワーを浴びて汗を流してから浴槽のコイツの隣に座る。
「一応レディが入ってるのに当然のように同じお風呂に入るのはマナー違反じゃないかな兄さんは」
「それを言うならさも当然のように勝手に風呂に入ってるお前だってマナー違反だろうに」
と言うか法律(ルール)違反だ。
「僕だって一応女の子のつもりなんだけど。兄さんは僕の偽物でずっとエッチなことばかりしてるからもう免疫付いてるのかもしれないけど僕まだ未経験なんだけど。と言うか近親相姦するつもりないんだけど」
「……何でそこまで言うかなお前は」
何というか当然といえば当然なんだろうけど、胸とか股間とかを隠すこいつの姿を見ると少しショックだ。
「……夏目黄緑とか矢尻達真に会ったんじゃないの?」
少ししてからカシワギサヨコは口を開いた。
「矢尻には会ったけどその黄緑って何だ? ……ひょっとしてあの腕が4本背中から生える怪物か?」
「あれでも一応半分は人間だよ。もう半分はダハーカって言う別の生命体だけど」
「……その黄緑って奴は俺に恨みがあるんだよな?」
「夏目黄緑だけじゃなくて矢尻達真もそうだよ。二人共この世界になってから大切な人を失っている。でも、兄さんが世界を元に戻せば二人の大切な人も元通りになるかもしれない。……元の世界で死んでいなければね」
「……」
矢尻が言っていた大切な人ってのは本来生きるはずだったのに俺がこの世界を選んでしまったから死ぬ羽目になった……? だとしたら矢尻は俺をどう思っているんだろうか。さっきは慰めてくれたようにも見えたけど。と言うか、
「何であいつらは俺がこの世界を選んだことを知ってるんだ? 小夜子と鈴音しか知らないはずなのに」
「それは兄さんが知ら無さ過ぎるだけだよ。少なくともダハーカは全員知ってる」
「げ、それなのによく今まで無事だったな俺」
「そりゃそうだよ。ダハーカはほとんどがこの世界を望んでいるから。元の世界は今、地獄になってるんだ。あの時間を止めて人間を捕食する不死身の怪物であるダハーカが絶滅寸前になるまで追い詰められるほど危険な状態だよ」
「……」
「そして、矢尻達真が知ってる理由だけれど。それは大倉機関に所属しているから」
「大倉? って確か小夜子の病院の名前じゃ……? あと確かこの前矢尻がいた空手道場の名前……」
「そして世界を管理する組織でもある。鈴音お姉ちゃんや八千代お姉ちゃん、噂の双子。そして僕の偽物も全員そこに所属している。そして鈴音お姉ちゃんがみんな話したんだよ。この世界は兄さんが鈴音お姉ちゃんを蘇らせるために、正確に言えば死ななかった事にするために生み出した世界だってね」
「……どうして……」
「あの組織はそう言う表向きには出来ないものを管理する組織だからね。それなのに今まで世界が上書きされてるなんてトップシークレットを隠し通せて来た事の方がどうしてだよ」
「違う。どうしてお前がそんな事を知ってる? どうして俺にそんな事を話すんだ?」
「……さっきも言ったけど兄さんに選んで欲しいから。色々辻褄合わせしてきたけどこの世界もいつまでも続くとは限らない。むしろ最近生じてきている綻びはどんどん広がっていくばかり。かと言ってこの世界を捨てて元の世界に戻ってしまえば不死身の怪物すら絶滅寸前にまで追い詰められるほどの地獄が待ってる。……前者には今いるみんなが生きている。後者には矢尻達真や夏目黄緑が愛した人がいる。……僕もいる。でも鈴音お姉ちゃんはいなくなる」
「……」
「そしてどうして僕がそれを知っているか。と言うかそもそもどうしてまだこの世界にいられるか。それは、彼女の仕業だよ」
「彼女?」
「兄さんはさ、どこまでも続いていくエレベーターの夢を見たことはない?」
「は? ……いや、ないと思うけど」
「僕は消えてしまった後にその夢を見たんだ。そして、その先で会ったんだ。……最果ての扉の先で待つ者に」
「最果ての扉の先で待つ者……?」
「そう。彼女によって僕は今ここにいる。一体彼女の目的が何なのかまでは分からないけどね。だから、兄さん。決めてよ。いつか壊れるとしても幻だとしても今確かにここにあるこの世界と共に生き続ける覚悟があるのか、それとも鈴音お姉ちゃんと引き換えに正しい地獄を選ぶのかを」
「……そんなの、」
「分かってるよ。今ここで選べなんて無理。でもなるだけ早く選んだ方がいい。兄さんのそのうじうじがこの世界にも確かな綻びを作っているんだから」
そう言ってカシワギサヨコは風呂から上がっていった。……最後まで胸と股間は隠してた。一応彼女が出て行った後に脱衣所を覗くがそこには誰もいなかった。

------------------------- 第60部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
54話「それは強さのお噺~Silent serenade~」

【本文】
GEAR54:それは強さのお噺~Silent serenade~

・2度目の風呂を終えて俺は部屋に戻る。ベッドの上ではまだ微かに姉さんの匂いが残っている。しかしそんなことも気にならずに俺はその匂いを上書きするようにベッドに体を落とした。
「……ふう、」
今日はあまりこの部屋で過ごしていないような気がする。でも夕食はここで食ったし、ちゃんと朝もここにいた。けどそれを思い出すにはあまりに今日の出来事は濃かった。選択肢(せかい)を作った事のしわ寄せが今ここになってやってきたんだと思えば納得は出来なくても受け入れる気にはなる。
けど、俺はただ鈴音を助けたかっただけなんだ。それなのにどうしてこんな事にならなきゃいけないんだ。一人を救うのにどうして二人……いや、3人かそれ以上の犠牲が必要なんだよ。正義の味方、みんなのヒーローなんてどこにもいないっていう話なのか?
「ったく、訳分かんねえよ」
頭の後ろで手を組み、見慣れた天井を睨みつけるようにして見上げる。そこに答えなんて書いてあるはずもないけど、でも今は何も見たくないというか、逆に何かを見つけたいというか。
いや、さっきも誰かが言っていたじゃないか。もう誤魔化す時間じゃない。俺は選ばないといけないんだ。この世界か元の世界かを……小夜子か鈴音かを。
「ん?」
その時だ。ポケットの中に入れっぱなしだった携帯から音が鳴り響く。メールではない、電話のようだ。
「はい、もしもし」
「もしもしお加減麗しゅうございますか? 長倉先輩」
「お前……鞠音か。どうして俺の番号知ってるんだ?」
「私に知らないことなんてありませんことよ。そんなことより先輩は今とても大事な所に立っているんじゃありませんこと?」
「……どうして知ってる?」
「……あらあら。どうやら知ってしまったようですわね私達大倉機関の事を」
本来驚くべきことなのかもしれないが相手が鞠音(こいつ)なら今更の話だ。本当にどこから聞いたのか分からないが色んなことを知っている。こいつはテレパシーでも使えるのか?
「いえいえ。私はことりさんではないので。ただ私は他人の願いが見えるだけですわ。……先輩は今、その願いが非常に不味い事になっていますので」
「まずい?」
「はい。美味しくないってことです。獏じゃありませんがやっぱりどうせ他人の望みを知るならばいい望みがいいじゃないですか。けど先輩の今の望みはとても食べられたものじゃありませんわ。腐敗しています」
「……何が言いたい? 短くまとめろよ」
「あらあら。これでもかなり短くまとめているつもりなのですけれどね。なら2つだけ言っておきますわ」
受話器の向こうで鞠音が咳払いする小さな音が聞こえる。
「試練は乗り越えられない人には襲いかからない。たとえ先輩が相手でもですわよ」
「……それだったら死刑を宣告された犯罪人はどうなんだよ。公開処刑されるのをどうやって乗り越えろって言うんだ。脱走か?」
「いいえ。それは試練ではなく罰。先輩は自分が行なったことが悪い事だと、罪だと思っていますか?」
「……」
鞠音の声がやたらと響く。俺がやったこと……鈴音を生き返らせるために世界を分岐させてもう片方の世界を地獄に変えてしまった。それが罪じゃないといえば俺はきっとその内後ろから刺されるだろうし、前から襲いかかられようともきっと最終的には受け入れる。
けど、それを恐れて……そんな未来が待っていると知っていたとしてもかつての俺はこの選択肢を選ばなかっただろうか? 自分が殺されるのが嫌だからって鈴音を見殺しにしたままだっただろうか?
……いや、そんな事はないだろう。たとえ自分の命と引き換えだろうとも俺は鈴音を生き返らせたに違いない。だったら俺がやった事は悪かもしれないし、罪かも知れない。でも、そこに後悔は一切ない。それは断言出来る。
「ならばですよ、先輩。償うべき事が何もない人を襲うものは試練です。そして試練である以上は絶対に乗り越えられますわよ。それに実際に先輩が後一歩のところまで来ているじゃありませんか。自分で最後の選択肢を作り上げているではありませんか。この時点でもあなたは十分に強い。自惚れるくらいには自分を褒めてもいいんですのよ?」
「……お前じゃあるまいしそこまでの図太さはないよ」
「きゃはっ! 褒められてしまいましたわ。もうとっくに私のルートではないというのに何という恐れのなさ!」
「発情するな噂のスピーカー」
「……こほん。で、先輩。もう1つのアドバイスですわ」
「なんだよ?」
「答えは別に急ぐ必要はないって事ですわよ。何にでもタイミングってものがありますからね。でも、この世で絶対大切なものは、絶対外しちゃいけないものは、やっぱりタイミングなんかじゃないんですわよ。おばかさん」
「はぁ?」
「いえ、何でもありません。ただ先輩がやっと先輩らしくなってきたのでついつい興奮してしまいましたわ。まあ、後ろで潮音が牙を構えているのであまり長話は出来ませんが。最後に1つだけよろしいでしょうか?」
「ああもう、なんだっていいよ。1つだろうが2つだろうがな」
「はい。今ではなくてもいい。無限に溢るる混沌の中の1ページでもいい。それでも、もしも、私を選びたどり着いた場合には最後の鍵をお渡しいたしますわよ」
「はぁ? 最後の鍵?」
「はい。では、長倉先輩。いつかのためにごきげんよう」
そこで鞠音からの着信は途絶えた。……一体何だったんだあいつ。いくらなんでも知ってるからって得意気になって意味不明を言われても困る話だ。けど、確かにあいつにしては珍しくそこまで話が長くなかった気がする。少し妙な気もするがまあいい。俺も疲れてるんだろう。それに、あいつの話は間違いなくプラスになった。
まだ自惚れるわけにはいかないけど、でも俺の選択はやっぱり間違ってなかったんだ。そう自信は持てた。なら今はいいかもしれない。あいつの言うように何も急ぐ話じゃない。
「……ふわ、トイレでも行ってそれから寝るか」
試験勉強をしていないがまあそれはいつものことだからいいか。流石に赤点を取るくらい頭は悪くないつもりだし。まあ、これで手を抜いて文化祭の間楽しめずに補習とかなったら最悪だがそこまでじゃないだろう。多分。
「……だから、決着をつけるの?」
「……そう、お互いそれで文句はないでしょ?」
「ん?」
用を足し、暗い無人の廊下を歩いていたら声が聞こえた。小夜子の部屋だ。聞こえた声は2つだ。なら電話ではないだろう。パソコンがあれば話は別かもしれないが小夜子はパソコンを持っていない。だとしたら姉さんと? いや、俺が姉さんの声を聞き違えるはずがない。だから違うな。けど、だとしたらいったい誰と小夜子はこんな時間に?
「……まさか!」
俺は迷いなくドアを開けた。
「「兄さん……!?」」
同じ声は2つ重なっていた。やはりそこにいたのは二人の小夜子……長倉小夜子とカシワギサヨコだった。
「お前達……何やってるんだ……!?」
この組み合わせが俺には理解できなかった。二人揃っていいのか……!? だって同一人物じゃないのか……!? その混迷の中、カシワギサヨコが声を出した。
「僕はただ偽物と個人的に決着を付けようとしただけだ」
「決着って……」
偽物との決着って言ったら生存戦争とかレーゾンデートルの奪い合いとか……とにかくマイナスで大きな話にしかなりそうにない。
「兄さんには関係ない話だよ。でも、どうしても関わりたいなら審判になってくれてもいいんだよ」
「……勝負内容にも依る。それ次第では俺は審判どころか勝負自体を止めるぞ」
「別にこの偽物を殺してやろうとかそう言う気概じゃないよ」
「む、」
「勝負方法は単なる競走。ただしいくつかルールがある」
競走? 何だかシンプルと言うか子どもっぽいと言うか……。
「まず1つ。足を地面につけてはいけない」
「は?」
何言ったこいつ? 足を地面につけてはいけない? それでどうやって競走……ってまさか!!
「そう。自然と浮遊のGEARを用いての空のレースになる。偽物だけでなく当然僕も空を飛べる。まあ、空を飛ぶだけのGEARじゃないんだけどね」
「……2つ目は?」
「その前に1つめの補足。足をつけた場合はたとえ先を飛んでいたとしても即失格。敗北扱いになるよ。逆に地面以外だったらどこに足をつけてもOK。で、2つ目。これは勝敗をつける目安。ここから剣峰中学までおよそ1キロある。まずはこの家から学校まで行ってそれからターンして再びここへ戻ってくる。それで先に兄さんにタッチした方が勝ち。何か質問は?」
「質問というかアレだ。お前達、空飛べるのか? 小夜子とかまだ……」
「……ごめん兄さん。さっきはああ言っちゃったけど今の私それなりに自分で制御出来るようになってるんだ。だからこのレースには参加出来るよ」
「そ、そうなのか……」
「……じゃあ準備はいい?」
二人の小夜子が窓を開けていつでも飛び降りれる姿勢を取った。確かに命の奪い合いにはならないだろうが場合によっては大変なんじゃないのか? 小夜子はああ言ったけどちょっとしたはずみで今朝みたいにどっか飛んでいっちまうんじゃないのか? だとしたら行方不明くらいにはなりそうなもんだな。……さっきのあの続きで少し癪だけど念の為に鞠音に連絡でもするか……?
「兄さん、余計なことはしなくていいよ。これは私とこの亡霊の話なんだから」
「……」
カシワギサヨコは亡霊と呼ばれた時、表情を変えた。しかしすぐに元の無表情に戻った。そして暗闇の空を見据える。
「兄さん、合図を」
「……分かった」
そう言われて俺はただ従う事しか出来なかった。この勝負に決着が付けば俺は妹を一人失う事になる。でも、前へ進みたいと思ってるのは俺だけじゃなかったんだ。だから俺は兄として……。
「ようい……ドン!!」
「っ!!」
「行く!」
俺の合図で二人は窓から飛び降りた。否。その勢いで窓淵を蹴ってその衝撃で夜空を飛んでいく。すぐに部屋にあった望遠鏡で俺は二人の背後を追いかける。二人はどうやらずっと飛んでいるわけではなく、時々電柱とか泊まってる車の上に着地してそこを蹴って移動エネルギーを作っている。……いや、ちょっと見た限りでは小夜子の方がその回数が少し多い気がする。対してカシワギサヨコの方は時々しか足場を作らずに基本は鳥のようにまっすぐと飛んでいる。足場を蹴って僅かに加速している分小夜子の方が有利に見えるが足場を作っているそのわずかな時間が少しずつだけど距離も作ってしまっている。3秒置きに5秒だけ時速10キロを出せる小夜子と常に時速9キロで飛んでいるカシワギサヨコだと僅
かにカシワギサヨコの方が有利だった。それに、少しずつだけ小夜子は高度が落ちているような気がする。確かにちょっと風が吹いただけで飛ばされて行方不明になる小夜子からはだいぶあの力を自由に使えるようになってる気はする。でも、カシワギサヨコの方が1枚上手のようだった。
「……そろそろ学校かな」
もはや小さな影しか見えない。けどその影が校舎に到着したように見える。歩くと信号とか回り道とかがあってまっすぐは進めないが、空を飛ぶあのふたりには関係ない。まだ5,6分くらい……いや、もう半分は過ぎているんだ。
「……ん、あれは……!」
やがてそこから数分が経過して一つの影がこちらに迫ってきているのが見えた。あれは……小夜子だ!!
「兄さん!!」
「小夜子!!」
電柱を蹴って速度を作って小夜子は今、俺の胸へと帰って来た。
「ただいま、兄さん……!!」
「おかえり、小夜子……!!」
強く、強く抱きしめてやる。すっかり夜風に冷えていた体。それを温めるようにして抱きしめる。
「……けどお前負けてるように見えたけどどうやって勝ったんだ?」
「うん。確かに向こうのほうが早かったんだけどね。向こうが先に校舎の壁を蹴ってターンして、私の脇を通り過ぎようとしたところでラリアット打ち込んでおいた」
「うわ、」
「暴力禁止って言われてなかったからね。でも、これで私の勝ち。向こうも諦めたのか中々帰ってこないし、それでいいよね?」
「……正直頷きづらい。でも、無事に返ってきてくれて嬉しいよ」
「もう、兄さんってば。どうしちゃったのさ。……えへへ、」
その夜、俺はこの部屋で小夜子と一緒の布団に入った。もちろんそれだけでなく、俺はこの小夜子を選ぶ事にした。
「ずっと一緒だぞ、小夜子」
「うん。これからずっと思い出を作っていこうね、兄さん」
俺達がきしませたベッドに鮮血が刻まれた。
それから次の日のことだ。朝起きてテレビをつけたらニュースがやっていた。剣峰中学校が流れていた。
「3階の窓ガラスを突き破ってすぐの廊下で謎の少女の遺体が発見されました。顔面をひどく損傷している上パジャマ姿だったため警察は身元の特定を急いでいます。……あ、今、警察による司法解剖の結果が発表されました! 発見された遺体の身元はこの学校の1年生である長倉小夜子さん。死因は窒息死と頭部裂傷。後者は窓ガラスを突き破った際の怪我だと思われます」
それを聞いた後、背後から抱きつく感覚があった。
「えへへ、兄さんだーいすき」

------------------------- 第61部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
55話「二日目」

【本文】
GEAR55:二日目

・気が付いた時、朝だった。
「……ん、何か夢を見ていたような気がする」
しかし、何も思い出せない。とりあえず時計を見る。目覚ましが鳴る1分手前だった。日付は11月1日。今日から期末テストの日程が始まる。多くの生徒は絶望モードか逆に余裕モードかのどちらかだろう。俺はどちらでもなく、とりあえずしばらくの間、午前授業で終わるからラッキーって感じしかしない。
「あれ、兄さん起きてる!?」
ドアが開くと同時に小夜子が大声を上げる。
「そんなに俺が起きてると不都合なのかお前は。……ところで、」
「ん? どうかした?」
「昨日何かなかったっけ? 夜辺りから記憶ないんだけど」
「さあ? 私も早く寝ちゃったし。兄さんもテスト勉強なんかしてないだろうからさっさと寝ちゃったんじゃないの?」
「……そっか」
近寄る小夜子。俺は一瞬の躊躇をしてからその体を抱きしめた。確かな温かみが腕全体に感じられた。
「……」
「あれ、姉さん?」
開いたままだったドア。その向こうを制服姿の姉さんが通り過ぎた。小夜子を抱いたまま部屋から出て廊下に追いかけると既に姉さんは玄関にいて靴を履いていた。
「姉さん、今出るのか?」
「……ん」
「昨日倒れるように寝たばっかなんだからもう少しゆっくりしたらどうなんだ? と言うかテスト週間なんだからちゃんと午後は休んでくれよ?」
「……ん。ありがと、大悟……」
振り向き、笑顔の姉さんはそのまま俺と口付けを交わす。小夜子よりも経験値があるからかただキスしてるだけなのに気持ちよくて仕方ない。
「……いってきます」
「あ、ああ」
そう言って姉さんは家を出ていってしまった。
「……そろそろ兄さんはどっちか決めた方がいいと思うんだよね」
「は? 何の話だ」
「だから、私とお姉ちゃん。どっちを選ぶのかだよ。私はまだだけどお姉ちゃんとはもうセックスだってしてるんだし。しかもここ2,3週間くらいゴムが捨てられてないから直接ヤってるんでしょ? お姉ちゃんだって女の子なんだから生徒会長なのに妊娠により高校中退とかって大変な事になりかねないよ?」
「……んなことくらい分かってる。と言うか最近はあまり会ってないし少なくとも今週はヤってないしなぁ。まあ、姉さんが無理せずに済むならなんだっていいけどな」
「……答えになってないんだけどな。鈴音お姉ちゃんの事だってあるし……」
ぼやく小夜子の口をキスで塞いでからリビングまで運んでいく。相変わらず冷蔵庫には重箱があった。それとは別に5000円札が置いてあった。置き手紙によれば夕飯代らしい。……これを用意するってことは姉さん夜帰ってくる気ないのか……?
「と言うか、これ姉さんが作ってるんだよな」
「それ以外に誰が作るって言うの?」
「……姉さん何時に起きてんだよ」
今が7時5分でもう家を出てる。6時には起きてる……? いや、用意された重箱の中身を見るに1時間で作れる量じゃあないよな。いくら忙しい時期だからってそろそろぶっ倒れてもおかしくないよなぁ。
「フガフガ」
リビングから声。ワニ達だ。姉さんが出て行ったのに気付いたんだろう。……そういえばこいつらの餌まで管理していたような気がする。
「なあ、小夜子」
「なに、兄さん」
「姉さんって時間操れたりする?」
「は?」
「いや、何でもない」
とりあえず腹が減った。今日から期末テストだし朝から食うもの食って気合入れるとするかな。


・それから1時間半。
「もう、遅いじゃないのよ」
と言う鈴音の合図と共に小夜子を連れて走る通学路。
「仕方ないだろ。気合入れるつもりで昼の分まで食ったら腹痛くなったんだから」
「……小夜子ちゃんはどうして付き添いを?」
「だってまたグルグル巻きにされてしかもトイレのドアノブに固定されてたんだもん」
俺と鈴音が駆け抜けるのに対して小夜子はどこかの忍者アニメのようにスキップの要領での高速移動をしている。まるでバッタみたいだ。
「……ん、でもこの時間だったら噂の双子も車で走ってそうだが今日は見かけないな」
「……彼女達は多分今日来られないわよ」
「あ? そうなのか?」
「うん。……そう、家の都合でね! 乃木坂家はアメリカに行ってるのよ!」
「……お姉ちゃん無理矢理すぎ」
小夜子が何かボソッと呟いたが上手く聞こえなかった。と言うかあいつら平日でしかも今日からテストだってのに海外旅行かよ。まあ、あいつらの両親が世界でも有数の金持ちだから何かしら事情でもあるんだろうな。
「ん、あれは」
正面に校門。昇降口の手前に見慣れた背中があった。
「矢尻?」
「……長倉か」
振り向いたそいつはやっぱり矢尻だった。
「お前、しばらく休むとか言ってなかったっけ?」
「……いや? 今日からテストなのに休むわけ無いだろう。あいつですら来ているのだから」
「あいつ?」
矢尻が黙って指をさした。その先は昇降口から階段に続く廊下。
「あぁんもう! なんてことかしら! りっちゃんも0号機も一緒に制服姿で贄になってくれるなんて」
「……最上先輩。逆らえませんが、だからって校内での同性陵辱はどうかと思います」
「……I think that it is useless even if I already say anything to the sexual excitement woman during this year.」
そこでは最上が同じ顔をした後輩二人にマウントして胸とか股間とかを揉みしだいたり舐め回していたりしていた。……おっかしいな、俺世界間違えたんだっけ?
「おい、妖怪。せめて場所は考えろ」
「達真? どうして私に文句が言えるのかしら」
「ここが学校の昇降口だからだ。せめて保健室……ないし屋上にでも場所を変えておけ」
「矢尻達真、どうして私達を庇わないのですか?」
「俺が殺されるからだ」
「……Coward」
何だかいつの間にかこいつら仲良くなってないか? こんなに仲良かったっけ?
「矢尻、早くしないと遅刻しちまう」
「……そうだな。妖怪、お前も来い。せっかく登校したんだからテストくらい受けろ」
「はいはい。これだから真面目くんは。全く私の神経を撫でてくれないなんて失礼しちゃうわ」
「どうしてお前の喜ぶことをしてやらなきゃいけないんだ」
「なんでもいいけど遅刻するぞお前達」
既に同じ顔の二人は最上から離れると自分達の教室に向かってるし。というか最悪こいつら置いていこうかな?
「兄さんが邪悪なことを考えている」
上から声。そういえばまだ小夜子を風船のように縛っていた。ロープを離してやると、何も言わないまま小夜子はあの二人と同じ方に走っていった。
「大悟、私達もそろそろ……」
「ああ、分かってる。矢尻、俺達は先に行くからな?」
「いや待て。俺だってせっかく来たんだからテストを……」
「あんたはこっちで私の相手をなさいよ」
最上が矢尻に抱きついた! 普通なら黄色い声を上げるギャラリーがいてもおかしくないがこの時間だし、それに矢尻は妙に顔を青くしている。まるで首元にナイフを突きつけられているみたいに。
「……行け」
「お、おう。あまり遅刻するなよ?」
とりあえず鈴音と一緒に先に教室に行くことにした。


・テストが終わり、昼休み=放課後になった。
「大悟、テストどうだった?」
「俺がいい成績取れるわけないだろ? ……お前ほどじゃないけど」
「ふっふっふー、今日の私はいつもの私じゃないんだなー。なんと、アリ世界での大学教授を10人集めて筆箱の中に角砂糖をおいてそれを交換条件に教えてもらったのだー」
鈴音が地味にムカつく出っ張った胸を突き出して自信満々に筆箱を見せる。確かに白い粉状の小さな物体がいくつか見える。とりあえず俺は今の発言を録音し、筆箱の証拠を写真に撮ってから職員室に向かった。
「いやいやいやいやあんた何してんの!?」
「いやお前のほうこそ何してんだよ!? ぶっちぎりでカンニングで反則じゃねえか!!」
「だって最近忙しくて全然勉強できなかったんだよ!? だから代わりにアリさん達とのコミュニティ利用してお偉さん達を呼んだんじゃない」
「普通に勉強しろよ!!」
と、職員室前で口論していた時だ。
「鈴音さん? どうかなさいましたか?」
その職員室から女子生徒が出てきた。どことなく最上に似ている……ってかこの子確かあの道場にいた……。
「赤羽さん。どうしたの職員室で」
「いえ、私と似た顔が学生ではやっちゃいけないような行為をしていると騒ぎになっていたのでちょっと呼び出されていました。恐らく最上さん達の事でしょう」
そこで彼女……赤羽が俺に気付いて軽く会釈。釣られて俺も小さく会釈。
「お前達、知り合いだったのか?」
「彼女も空手やってるからね」
「まだ3年目の素人のようなものですけれど」
「へえ、そういえば矢尻に歯が立たなかったっけ」
「……レベルが違いすぎましたから」
「と言うかこの前私も軽く組手やったけど私でも全く勝ち目ないわよあの人」
「紫音さんならいい勝負かもしれませんね」
「紫音……鈴城紫音か。鈴音の先輩だっけ?」
「まあ、一応ね。でも私と紫音はそう言う関係じゃないわよ。もう年齢を超えた親友同士なんだから。……だからってこの前の<JCになって帰って来たJS悪夢の性感帯幽体離脱カラリパヤトゥ教室>のモデルとしていろんな事させられたのはちょっとショックだったけど」
「?」
鈴音が何か死んだ目で小声で喋ってる。俺も赤羽も聞き取れなかった。まあ、仲がいいなら別にいいか。
「ひょっとして赤羽もアリと話せたりする?」
「は? どういう意味ですか?」
「あのね、大悟。そんなの私以外に出来るわけないじゃない。……あ、でも八千代姉さんならやろうと思えば出来るのかも」
「え、うちの姉ちゃんもお前みたいな変人だったの?」
「誰が変人よ誰が!」
まあ、でもよくワニと心を交わしてるみたいだしあんまり意外じゃないかも。
「そうだ、鈴音。今から暇か? ちょっと姉さんのところに行きたいんだけど」
「八千代姉さんがどうかしたの?」
「いや、最近かなりグロッキーみたいで家に寝に帰ってくるんだ。テストとか学園祭とかで忙しいシーズンらしいんだけどどうも普通じゃないように思えるからちょっと様子でも見に行こうかなって」
「……」
俺の提案に何故か鈴音は赤羽と視線を合わせた。鈴音はともかく、赤羽はうちの姉さん知ってるのか?

------------------------- 第62部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
56話「悪夢の巣窟」

【本文】
GEAR56:悪夢の巣窟

・と言う訳で俺達は姉さんがいるはずの円谷高校にやってきた。絶対突っ返されると思ってたけど意外とすんなり入れたのは姉さんの友人である鷹乃さんに偶然校門前で遭遇したからだ。
「久しぶりだね、大悟くん。随分大きくなっちゃって」
「ど、どうも」
「鈴音ちゃんも久しぶりだね。うん、流石女の子。随分可愛くなった」
「や、やめてくださいよぅ、慈さん」
当然幼馴染である鈴音とも面識はある。でも、前に鷹乃さんに会ったのは5年くらい前で、俺からしてみてもまだ中学生になったばかりだった鷹乃さんが今では高校3年生になってて少しドキドキしている。まあ、姉さんから聞いた話じゃもう彼氏が出来てるらしいけど。……別に狙ってないけど。
「八千代を見に来たの?」
「はい。最近姉さん何やってるんですか? 随分と疲れて帰ってくるんですけど」
「う~ん。私も生徒会じゃないから詳しくは分からないんだよね。でもテスト期間中……一週間前も含めてその間はどんなに遅くてもみんな3時には下校になってるよ? もちろん生徒会だってそうだし」
「3時?」
おかしいな。姉さん帰ってくるの最近9時すぎとかその辺だぞ?それまで一体何をしているんだろうか。
「……まさか彼氏……!?」
「……大悟君? 流石に八千代でも怒ると思うんだよね、それ」
冷や汗の鷹乃さん。……ひょっとして俺達の関係も知られていたりするのだろうか?
「……まあ。割と有名だからね」
「う、少しは自重しようかな?」
しかし鷹乃さん意外と冷静だな。普通友達が近親相姦してたらもっと焦ったりしないか?
「先輩、ちょっといいですか?」
「あ、うん。ジキルくん、どうかした?」
と、そこで廊下を走って一人の男子生徒が来た。……ジキル? 見たところ外国人には見えないが、しかしところどころに片鱗は見える。ハーフ……の類かも知れない。
「いや、すみません。今日あいつが生徒会に殴り込みに行くとか言ってて、どうにか止められませんかね?」
「……そもそもどうしてそんなことしてるのかなジアフェイくんは」
「いや、文化祭の間出来るだけ自由にしたいとかクラスの連中にとらわれたくないとかでずっと囲碁部の部室にこもっていたいとかなんとか。でも一度生徒会に断れてて、それで実力行使に」
「コミュ障だかそうじゃないんだかよく分からないよね。仲間(メンバーズ)はどうしたの?」
「この時期は要注意人物として全員生徒会に拉致監禁もといひたすら作業員として仕事をさせられていますよ。……って今気付きましたけどひょっとして先輩も何かの仕事だったりしますか? 違う学校の人を案内してるみたいですけど」
「ん? いや、そこまで重要じゃないよ? でもちょうど生徒会室に用があるんだ。大悟くん、鈴音ちゃん。ご一緒してどうかな?」
「……はい、構いませんよ。なあ?」
「はい。慈さん」
と言う訳でこのジキルとかいう人も加わって職員室に向かうことになった。でも、今更ながら高校に勝手に入って大丈夫だったろうか。
「へえ、長倉の弟なのか」
道中、ジキルさんと会話をする。なんでも、1年の時同じクラスだったとか。
「確かにどこか雰囲気が似てるな」
「ひょっとしてジキルさん姉さんの彼氏?」
「……おい、頼むからTPOを弁えてくれ」
一瞬だけどジキルさんの視線の先で鷹乃さんの右腕が妙なシルエットになった気がした。それを見たのか鈴音も腰が少し危なくなるような大勢で大袈裟に驚いていた。
「あと、俺の名前ジキルじゃなくて火衡恵舞(かこうえん)だから。火衡恵舞(かこうえん)吹葵(ふぶき)。大仰な名前だからあまり気に入ってなくてどこかのバカが付けてくれたジキル・クルセイドってあだ名を使ったり使われたりしてるけどな」
「は、はぁ……。俺は長倉大悟って言います」
「天笠=リバイス=鈴音です」
「……や、すごい名前だな。ハーフ?」
「みたいなものです」
「あの、火衡恵舞さん。ひょっとして鷹乃さんとは……」
「ん、ああ。その、なんだ。付き合ってる仲だよ。だから長倉八千代が慈さんと幼馴染だって事も知ってる。まあ、あまり長倉の話はしなかったから弟がいるってのは初めて聞いたけどな」
「ああ……」
だからさっき俺の質問に本気で怯えていたのか。
「さて、ここが職員室だ」
「あまり中学のと変わりませんね」
「どこ行ったってそんなもんだ。よし、入るぞ」
ジキル……火衡恵舞さんがドアを開けた直後だ。
「ぬははははははははは!!! 零くん、どうして我が方に従事しないのかな? 今なら1食永眠付きのご奉仕が君を待っているというのに!」
「そんな条件で人の部下どもを勝手に弄ぶなこのド変人どもがぁぁぁぁぁぁっ!!!」
最初に連想したのは枕投げだった。けど、飛び交っているのは枕じゃない。机とかスーツを着た人とか全身タイツの戦闘員とかだ。そしてそれを行動しているのはどこかで見たような顔の人と、全裸のボディビルダーと透明ジャージのジョギングマンと露出民族少年だった。
「きゃああああああああ!!! な、何なの!?」
「えっと、あははは……。鈴音ちゃん目瞑ってて。あれは女の子が見ていいものじゃないから。……ジキルくん」
「はい、慈さん」
火衡恵舞さんがため息をついてから走り、
「なにやってんだこの野郎ぉぉぉ!!」
「どうしてそこでてめぇまで加わるんじゃボケェェェェ!!」
ちゃんと服を着ている生徒らしき人に突撃していった。……と言うかあの人矢尻の道場にいた人じゃないか? 制服と道着だから最初分からなかったけど。
「もう、ジアフェイさん。何してるんですか!?」
「お、鈴音ちゃん。ここ高校だぞ? どうしてここに?」
火衡恵舞さんを殴り倒しながらあの人が鈴音と会話する。……矢尻や赤羽と一緒で同じ道場だから知り合いなのだろうか。意外と狭いな、この世界。
「ん、姉さん」
「……大悟……」
変態どもの死闘でよく見えなかったが職員室の奥の方に姉さんが座っていた。そう言えば確か職員室の隣に生徒会室があった気がするけどどうしてここに?
「姉さん、ここでお仕事?」
「……ん」
「職員室くらいにしか冷房ついてないからな」
透明ジャージと殴りあいながらあの人が説明してくれる。……一体何をしてるんだろうか。あ、起きあがった火衡恵舞さんに締め落とされた。
「大悟……どうして……」
「最近姉さんの帰りが遅いからだよ。一体どんなことをさせられてるのかなって」
「……」
姉さんは一瞬鈴音の方を見た。
「……ごめん。八千代姉さん。でも、私も姉さんを心配してるんだよ? 最近働き詰めなんだから」
「……ん」
「というわけで姉さんを今から連れ戻しまーす」
「へ?」
鈴音の提案に俺だけでなく鷹乃さんや火衡恵舞さん。他の生徒会役員までもが声を上げ、その声が終わる前には鈴音が姉さんと俺の手を掴んで職員室から走り抜けていく。
「お前、相変わらずやること大胆だよな」
「あんたのお望みでしょ?」
「これでこの学校の文化祭潰れたらどうする気だお前」
「全く変に真面目なんだから大悟は」
「お前が変に不真面目なだけだろうが!!」
それから俺達は鈴音に引っ張られて電車に乗った。当然ここへ来るまでも電車は使っていない。
「おい、どこ行くんだ?」
「病院。小夜子ちゃんが通ってるところ。そこで滋養強壮のお薬貰えるから」
「……」
そうして電車にゆられて20分ほど。見えたのは確かな病院<大倉病院>だった。あの道場も大倉だし、実は意外と大企業なのだろうか。
「失礼しまーす」
慣れた態度で鈴音が先に進んでいき、快くゲートが開けられる。
「そちらの方は?」
「幼馴染の長倉大悟です」
「……例の……。分かりました。お進みください」
「はい。失礼します」
何か受付のおっさんと会話してから鈴音は俺達を手招きして中へと入れた。そこから進み、カプセルルームと書かれた部屋にやってくる。
「……」
「ね、姉さん!?」
突然に姉さんが服を脱ぎだした。
「ど、どうして……」
「大悟、ここは服を脱いでカプセルに入って回復する場所なの。1時間くらいかかるけどその間にお薬もらっておこうよ」
「お、おお」
全裸の姉さんを見知らぬ部屋で一人ぼっちにさせ1時間。不安で仕方ないが鈴音が……いや、姉さんも妙にここに慣れているからかどこか安心も出来る。
「けど鈴音。妙にここに慣れてるな。俺より来てるってことないのに」
「たまに小夜子ちゃんと一緒に来てるからね。どっかの誰かさんが妹ちゃんにまで手を出さないかどうか念入りにDNAチェックも行われてるんだから」
「……」
何かすげぇ事を聞いたような気がする。
「ん、」
カプセル室から出ると、さっきまで何ともなかった扉がいくつか閉鎖されていた。緊急手術でも入ったのか?
それに疑問することなく鈴音が開いている唯一の扉に向かって足で蹴って開けた。
「鈴音?」
「ううん、別に何でもないよ?」
「?」
昔からたまにとんでもないことをしでかす鈴音だったが暴力的なところはなかった気がする。どうかしたのかこいつ?
「……ねえ、大悟」
薬をもらい、近くのベンチに座って少し経ってから鈴音は口を開いた。
「ん?」
俺は近くの自販機で買ったコーラを飲みながら返事をする。
「昨日の事ってどこまで覚えてる?」
「昨日?」
何かあったっけ? そう言えば……
「なんだ、お前も牛丼食いたかったのか?」
「……覚えてないなら別にいいけど」
「最近どうしたんだお前。せっかくこの世界のメインヒロインなんだからそう浮かない顔をしてもらっちゃ困るぜ」
「……いくらメインヒロインだからって知り合いの大切な人がいない世界じゃそう浮かんでもいられないよ」
「……」
その言葉を聞いて何かが反応した。頭の中で一瞬誰かが思い浮かばれた。……小夜子か……?
「……なあ鈴音。もしかしてお前、この世界を終わらせたいのか?」
「……そりゃ私だって死ぬのは怖いけど、でも今はそれ以上に生きるのが怖いわよ」
俺のせいで鈴音は死ななくなった。そりゃそうだ。元々あの日に俺が鈴音の居ない世界は嫌だと思って作った世界だ。たとえ車にひかれても今の鈴音だったら特に大きなケガを負うこともなく次の日にはもういつもどおりの生活が送れる。普通死ぬかも知れないような出来事なんてそうそう起きたりはしない。だから敢えて鈴音には黙ったままこの2年を過ごしてきた。けど、この前に何らかの出来事が起きて鈴音はその事実を知ってしまった。それからだ。鈴音はあまり元気がない。
……どうしてこうなるんだ。小夜子も体重が戻らないまま、姉さんは過労で倒れそうになる。そして鈴音は自分の死を望むほど精神を追い詰められている。何もかも誰もかもが幸せになれる世界じゃなかったのか? それとも誰もがみんな幸せになれる世界なんてのはどこにも存在しないのか? たとえ絵空事であっても存在しちゃいけない世界なのだろうか?
やがて、どれほど時間が経ったのだろうか。カプセル室のドアが開き、制服姿の姉さんがやってきた。
「姉さん、大丈夫?」
「……ん」
「ごめんね八千代姉さん。こんな荒っぽい事しちゃって……」
「……ううん」
姉さんは俯く鈴音の頭を優しく撫でた。
「……今日は帰りましょ」
小さく、しかしはっきりとした声で姉さんは告げた。


・自宅。本当に珍しく鈴音や姉さんと一緒に帰ってくる。
「あ、おかえり。珍しいねお姉ちゃん達が一緒だなんて」
小夜子が廊下の天井をプカプカと浮いていた。既に私服姿だ。
「なんか、久しぶりに来るかも」
「2年くらいずっと変わってねえけどな」
だからか自然と鈴音と一緒にやってきたのはよく遊んでいた部屋だ。元々は母さんの部屋だったがあまり帰ってこないからこうして遊び場に模様替えされている。そしてそうなってからも既に2年以上経っている。俺と鈴音は中1位の時期まではよくこの部屋で遊んでいたがそれも今ではほとんどなくなった。おかげでゲーム機もどれも生産終了したある意味レアモデルばかりだ。……鈴音の激しいプレイングのせいでコントローラーはほぼ全滅してるけど。
「うわ、懐かしいわねここ」
「ああ、そうだな。とりあえずコントローラー弁償しろ」
「コントローラーをメインヒロインにしてみたらどう?」
「そしたら相手がいなくなるだろうが」
「小夜子ちゃんはどうなのよ」
「本体から抜ける」
俺の発言に一瞬理解が追いつかなかったふたりだが、同時に理解した瞬間に殴られた。
「鈴音、久しぶりに今日はここで飯食っていけよ」
「……そうね。じゃあちょっと家に電話してくる」
携帯を持って鈴音は部屋を出ていく。
「……鈴音お姉ちゃん、結構しんどそうだった?」
「生理が?」
「……最低」
「冗談だ。……俺が言うのもなんだが確かに最近の鈴音は少し様子がおかしいな」
「そりゃそうだよ。ある意味兄さん以上に世界の中心にいるわけだし。しかもお姉ちゃんが望んだわけじゃないのにいつの間にかだよ? おまけに仲間内でもこの世界には来れなかった人が何人かいるって分かっちゃったわけだし。お姉ちゃんもそうだけど誰がその立場になっても発狂しそうだと思うよ?」
「……そうかもな」
だけれども、
「けど、俺が諦めてしまうわけには行かないんだ」
「……だったらこのままお姉ちゃんを抱いてあげればいいじゃない。私とか千代姉ぇとかじゃなくてさ」
「そう単純な話だったらいいんだけどな」
「でも……」
小夜子が何かを言いかけたところでドアが開き、鈴音がやってきた。
「OKだって。今日は私と姉さんの二人で夕飯を作っちゃうんだから」
「ちゃんと人の食えるものを作ってくれよ? 俺達は人間なんだから」
「分かってるわよそれくらい!」
「あ、じゃあ私もついてっちゃおうかな?」
「小夜子、お前はダメだ」
「えぇ~? なんでよぅ!!」
「流石に浮いてちゃ不安定すぎて火は扱わせられないからな」
「じゃあ小夜子ちゃん。配膳をお願いしようかな」
「うん、分かった」
「……見て見ぬふりの罪」
鈴音と小夜子が部屋を出て俺は自分の部屋に戻る。そうしようとして立ち上がった時。
「……ん、最後のって……?」
何か違和感を感じながらも結局怠惰の方が勝ってしまい、特に気にすることなく部屋に帰っていった。

------------------------- 第63部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
57話「それは弱さのお噺~millennium maze ~」

【本文】
GEAR57:それは弱さのお噺~millennium maze ~

・夜になった。両親はいないけれどそれでも久しぶりに姉さんや小夜子、それに鈴音まで揃って楽しい時間が過ごせたと思う。
「ううっぷ……」
「そうしてるとお前本当に風船だよな」
鈴音と姉さんが後片付けをしている間。小夜子は食いすぎたのか体が膨れ上がっていた。所謂ギャグだ。けどそれでもいつもに比べれば低いもののその体は浮いたままだからか本当に風船みたいになっていた。
「でも歩かないで済むなら食べ過ぎてもあまり関係ないんじゃないのか? トイレトイレ~って走る必要もなさそうだけど」
「兄さんは甘いよ……。よく空を飛べれば移動が楽でいいとか漫画で言うけれど実際あれ違うから。2つの足で歩いて移動するために生まれてきた人間が急に空を飛べるようになったとして体に異常がないわけ無いでしょ? 兄さんはブランコしたことある?」
「そりゃあるさ」
「エレベーターに乗ったことは?」
「ある」
「なら分かると思うけど空を移動する時って結構内臓に負荷がかかるの。お腹のあたりとかに違和感感じるでしょ? ただただ陸を移動するのに乗り物酔いしちゃう人だっている。だから何だかんだで楽なんかしないで人間はただ歩いていればそれが一番いいんだよ。……何が言いたいかっていうと人と小鳥と鈴を比べる必要はないってことだよ」
「……?」
よく分からないが自分の今の体が便利だとは思って欲しくないらしい。そりゃ本人からしたら不便でしょうがないだろうな。俺も少し不躾だったかもしれない。
「あれ、でもお前自由に空飛べなかったっけ?」
「……出来ないよ。誰かさんと勘違いでもしてるんじゃないの?」
「……いや、空飛べる奴なんてそうそういないと思うけど」
そんなわけで飛んでるだけでもいつどうなるか分からない腹事情という訳で小夜子の付き添いをすることになった。
「兄さんは私の事好きならこの腹痛とかも代わってくれたらいいのに」
「俺、超能力者でもマゾでもないしな。どこかの世界では他人にかけられた呪いを自分に移す事で山ほどの金を手に入れる業種もあったけど。流石にもしそんな力があったとしても俺は嫌だなぁ」
「……傍にそういう人がいたとしても?」
「いないから安心してそう言えるんだ」
「……そう」
「ほら、部屋についたぞ」
ドアを開けてやり、小夜子が中に入る。
「ありがとう、もういいよ」
「そうか。なんかあったら呼べよ」
「うん……」
最後まで振り返らないまま小夜子は部屋の中に消えた。
俺はどうするかな? 一度部屋に戻るか? でもリビングに居るのが無理したがりな姉さんと鈴音ってのも気になるんだよな。
「まあいいや、一度下に……」
「行かないほうがいいと思うけどなぁ……」
「え……?」
声がした。しかも今まで聞いたことのない声だ。何、座敷わらし?
「こっちだよこっちこっち。まあ、姿は見えないかもしれないけどね。君、一応普通の人間だし」
「だ、誰だ!?」
「名乗る程のものでもないよ。敢えて言うならば君が主人公な世界でもそうじゃなくても残り続ける奇跡(あのこ)ってところかな」
「は?」
「まあ、座敷わらしみたいなものって感覚でもいいよ。そんなものが見えるほど君のカンは優れてるとは思えないけどね。まさにお約束って感じの鈍感だし」
「……で、俺に何の用だよ」
「べっつにぃ~? 奇跡の体現者としては既に奇跡とかそういう次元じゃない意味不明なことをしでかしてしまってる君を一度見ておきたかったってのもあるけどね。でも、君が生み出した世界もどうやらもう長くないみたいだ。世界に打ち消されるんだからやっぱり君の産んだ子の世界も所詮奇跡の一種に過ぎないってわけだよね」
「……俺は夢でも見てんのか?」
「かもね。私とお話出来るんだから間違ってないと思うよ? まあ、この世界そのものが1つの夢みたいなものだけれど」
「……」
「でも、おかしな話だよね。この世界の存続を認めないあの子が直接動いた結果、この世界の破滅に一歩近づく今の状況を作り出して。それでこの世界の存続を求める私がこうして動かなきゃいけないくらい君はこの世界の破滅への一歩を踏み出しそうになってる。奇跡の生みの親が一番奇跡を拒んでいるんだ」
「……最近俺の周りの女はナゾナゾが流行ってるのか? よく分からない事ばかり言ってないでちゃんと説明しやがれ座敷わらし!!」
「じゃあ言うけど。もうそろそろ君か、君の大切な人が死ぬよ。もうこの世界(きせき)は限界なんだ。君と、それを半分肩代わりしている人がどれだけ頑張ってももう一週間くらいが限界。その一週間で本当の世界は著しく事情を変えていく。昨日もあの子に言われたかもしれないけどいい加減決断をした方がいいよ。私、やろうと思えば本当に奇跡を起こせるし」
「……その奇跡って奴をしたらどうなるんだよ」
「君の大事な人が死ぬ必要がなくなる。そして君も死なないし、この世界もきっと亡くならない。……まあ、ありえないと思うけど調停者達が動き出したら話は別かもしれないね」
「……その話を蹴るメリットは?」
「まず第一に私が死なないで済むって事かな」
「え? お前が死ぬ……!?」
「そ。そりゃ偶然じゃない本物の奇跡を生み出すんだから何も犠牲がなく……なんてのは流石に出来すぎてるよ。君だって一応奇跡みたいなこの世界を産んで何も犠牲がなかったってわけじゃないでしょ? ……いや、そうか。君にだけは犠牲がないのかな。それなら納得。で、私の命を使った奇跡だけど。今日、朝が来るまでに決めてくれれば起こしてあげるよ。そうすればこの世界の限界は消えて、いつまでもこの矛盾の安寧は存在し続ける」
「……鈴音が死ぬこともないし、さっきお前が言ったこの世界の限界ってのもこないのか?」
「そうだよ? この世界の限界って言ったけどこの世界そのものは多分君の意志以外では絶対に消えない。でも君にかかる痛みを肩代わりしている子は死ぬ。そしてそれを見た君は溺れるんだ。諦めてしまうんだ。奇跡の持続を。それがこの一週間以内に起きる事。仮に起きなかったとしてもこの世界はどんどんアンバランスになっていく。そのアンバランスさがやがて調停者達の目にも止まるかも知れない。それに、鈴音ちゃんはともかく君自身は別に不老不死ってわけじゃないからね。そのアンバランスを拒む何者かによって始末されるかもしれない。本来その筆頭だったあの子は昨日まさかの裏切りを働いちゃったからきっとてんやわんやだよ」
「……」
「まあいいけどね。あ、あと私の事は誰にも言わないように。じゃあ次の夜明けまでに奇跡が欲しかったら言ってね。バイバーイ!」
「……」
な、何だったんだ今のは。小夜子のいたずら? けどドアの向こうからとか録音機使ってとかにしてはかなりクリアな声だったし口調とかも全然小夜子とは違う。もしかして本物の座敷わらしか? 確かに家の主人はいないが……。
「けど、」
今の話、デタラメではないだろう。第一この世界のことを知ってるのは俺と小夜子と姉さんと鈴音だけだ。もしかしたら噂の双子も小耳に挟んでいるかもしれないがここまで悪質な冗談はやらないだろう。だとしたら本当に世界そのものに関係している神とかの類なんだろうか。垢抜けた口調から明るい印象を受けやすいはずなのに逆に薄気味悪いぜ。
「……シャワーでも浴びてくるか」
昨日みたいに3人で……なんて出来たらいいけど流石に鈴音もいるしな。それに、今はさっさと寝てしまいたい。思った以上にあの声との会話で体力使ったみたいだ。
「あれ、大悟。お風呂に入るの?」
そうして脱衣所前まで来たら背後から鈴音の声がした。
「ん、ああ。シャワーだけどな。鈴音は帰るのか?」
「うん。明日も学校だし」
「じゃあ送ってってやるよ」
「大丈夫だよ。護衛ならちゃんといるからさ」
「護衛?」
「そ。まだ詳しくは聞かないでね。じゃあ大悟。またあした」
「お、おう。またあした」
それだけ言って鈴音は玄関から去っていってしまった。……護衛? あいついつの間にお嬢様になったんだ? いや、それとも何か動物でも懐柔してそいつの護衛やらせてるとか? 例えば……ゴリラ?
「……まあいいや、どうせ何があってもあいつなら問題ないだろう。さっさとシャワーに入るか……いや待てよ?」
小夜子はまだ当分動けそうにないにしても姉さんはまだ起きてるはずだよな?
「姉さん、」
リビングに向かう。と、姉さんは3匹のワニと戯れていた。しかもケージの外に出してる。……わわっ!! こっちに来た!!
「く、来るな……!!」
「……め」
姉さんが小さく口ずさむとそれだけでおれに向かってきた3匹は見事なUターンをして姉さんの膝の上に戻っていく。
「……どうしたの?」
「あ、うん。今からシャワー浴びるんだけど一緒にどうかなって」
「……うん。分かった」
いい返事だ。しかし、3匹を抱いたまま浴室に向かおうとしたので流石に止めた。
「……ふう、」
そして服を脱いで風呂。せっかくだからと風呂も沸かした。一応小夜子に声を掛けようとしたが今回はやめた。
「なあ、姉さん」
浴槽の型枠に顎を付いて俺は姉さんを見る。姉さんはシャワーを浴びながら視線だけこちらを見た。角度や位置からちょうど姉さんの股間が視線に来る。もう何度見たかわからないがそれでも見る事に何とも言えない感情が暴れだす。
「今日はゆっくり休んでくれよな。それとももしかして姉さん最近疲れてるのってひょっとして妊娠してたりするのか……?」
「……ううん」
否定。確かに姉さんのお腹は全く膨らんでいない。どころか小夜子や鈴音と比較してもスマートに見える。とは言えそのスマートを台無しにするようなことを山ほどやっているのだから逆に不自然にも見える。
「姉さん、妊娠してないの? ゴムなしでしかやってないけど……」
「……大丈夫」
はっきり言って女性の体はよく分からない。よく言う、当たらなければどうということはないって奴だろうか?
「……ねえ大悟」
「ん?」
体を洗い終えた姉さんが俺とバトンタッチして浴槽に入る。俺が手に石鹸を握ったところで姉さんは話しかけてきた。
「大悟は……続けたい?」
「何を?」
「……この世界」
「……」
最近この話題が多い気がする。もしかして本当に俺の周りで神の類とかが動き始めてたりするのか?
「……確かにこの<主人公>になる願いは最初は好奇心で使ったものだよ。目の前で鈴音に死なれて、それでつい使ってしまった。軽い気持ちだって事は否定できないけど、それでもその事に一切の後悔はないよ」
「……」
「……でも、もしも俺が主人公の世界を作り出してしまったせいで周りの人に、姉さんや小夜子に迷惑が掛かっているんだったら考える。もちろん鈴音を犠牲にはしたくない。だから何か別の方法を考えようと思うんだけど」
「……大悟」
「え?」
トーンが変わった。姉さんが風呂から出るとそのまま俺にガッチリと抱きついてきた。
「!?」
さらには唇と唇が混じり合い……ん!? それだけじゃない……なんだこれ……!?
「姉さんの心が見える……!?」
例えば久しぶりに会った友人を見て色んな感情や感想が脳内に溢れ出てくるように、今俺はキスを通じて姉さんの情報が脳内に溢れ出てきていた。しかも俺の姉さんに対する感情だけじゃなくて、姉さんの俺に対する感想や感情までもが流れるように生まれてくる。この俺の独想のように……。


・長倉八千代。17年前に冒険家と考古学者の夫婦から生まれた長女。昔から口下手だった。
己のテレパシーのGEARを自覚したのは4歳の時だ。2つ年下の弟が物心がついてその好奇心ゆえに両親の抑えも聞かずに街を独走してしまった事がある。その際にどこにいるのか分からない大悟を見つけたいと心に願った結果このGEARの覚醒を受け入れた。
言葉にせずとも自分の思いや他人の思いなどを知る事が出来るそのGEARは最初は便利だと思った。実際に相手の考えていることを質問せずに理解したり、逆に自分が考えていることを話さずに周囲に間違いなく伝える事の出来るこのGEARはものすごい便利だった。
でも、便利すぎるものは何だって不都合を生む。このGEARの場合は便利すぎるせいか同じくらい、もしくはそれ以上に不利な状況を作った。考えてみれば当然だ。漫画ならともかく現実に超能力者が存在したらそれは怪物と同じ。小学校の6年間をわがままに過ごしてしまったせいで完全に怪物扱いされるようになってしまった。だから、両親の海外赴任に合わせて離島から都会に引っ越してきた。
やがて妹が出来た。両親が赴任先で見つけてきた孤児の少女。本当はもうひとり拾った少女がいたそうだけれどそっちの子は別の人に引き取られたそうだ。
また、弟にもとても近い人が出来た。鈴音ちゃんである。小学校時代からずっと一緒の彼女。あろうことか引っ越したのについてきた。口ではなんだかんだ言うけれどもあの子が大悟を好きなのはGEARを使わずとも分かる事だし、大悟の方もそうだろう。
その間に大倉機関と接触して小夜子や鈴音ちゃんと一緒にGEARの制御のために大倉機関の所属になった。
でも、悲劇は起きてしまった。一度だけ離島に帰る機会があった。おばあちゃんが死んでしまったのだ。その葬式に行く際に乗った船が突然の嵐で沈没。大悟と鈴音ちゃんと小夜子は嵐の海に投げ出されてしまい、救助された時既に鈴音ちゃんは死んでしまっていた。その現実を受け入れられなかった大悟は自分に与えられた<主人公のGEAR>を使って鈴音ちゃんが死ななかった世界に現実を上書きしてしまった。
それからだ。少しずつだけど確実にこの世界は歪み始めてしまった。その中心である大悟を監視するために、そしていつ終わってしまうともしれないこの世界……矛盾の安寧を終わらせないようにするためにも私達は大悟の傍に居続けた。
でも、それももう終わりに近づいてきている。この星の意志たる存在がこの矛盾した世界にやってきてしまった。調停者でもある彼の存在をきっかけに本来独立していたはずのいくつもの物語は交わり、元々が不完全な存在だったこの世界は著しくバランスを崩してしまい、そしてあと一週間程の命になってしまっている。
私も鈴音ちゃんも大悟の思うようにしてあげたい。でも、そのために世界ではまだ多くの戦いが残っている。
夏目黄緑と矢尻達真。共に元の世界に大事な人を置いてきてしまった少年。希望のGEARの保有者。彼らが希望を捨てない限り矛盾はいつか果ててしまう。そして私はともかく鈴音ちゃんはこのふたりに対して強い負い目を感じている。そんな鈴音ちゃんを隣で侍らせている私は正直胸がきつい。
昨日、本来の世界の小夜子が行動を開始した。私が動けない状態での行動で、対処は出来なかった。
あのファンタズマは本来この世界に対しては拒絶派だった。でも、自分の幸せを求めた末に他の全てを裏切った。それを知ってしまった大悟は世界のリセットを行おうとしてしまった。この世界を潰すだけでなくまたやり直そうとしたんだ。ただでさえアンバランス故にもう一週間しか寿命が残されていないこの世界をさらにやり直すとなれば今度はどこまで壊れてしまうか分からない。だから私はこのお腹にいた大悟との子供を犠牲にしてその命の力を受けた魔王の弟がなかったことにした。そのおかげでこの世界は今日という明日を手に入れた。でも、それでもまださらなる明日が来るとは限らない。
矛盾を破ろうとしているのが気に食わないからか矛盾の調停者……パラドクスが動き始めてしまい、すべてを知る噂の双子は昨夜散ってしまった。あの二人は大悟にとって大事な要因であるのに。
私はこれからどうしたらいいのだろうか?
大悟が幸せだって言うのならこのまま残り一週間と限らずこの偽りの安寧を続けさせたい。あの亡霊の言葉に従わせてダハーカに進化させて不死のまま永遠に鈴音ちゃんと一緒にこの世界をいつまでも過ごしてもらいたい。
でも、そんな永遠をあの二人が本当に望んでいるのだろうか。少なくとも鈴音ちゃんはそれを望んでいない。それはつまりいずれは大悟も。だったら今すぐにでもこの世界を終わらせてしまう? けど新しい世界が誕生してしまったことで元の世界はもっとアンバランスになってしまったらしい。その生き地獄に全ての世界の人間を巻き込んでもいいのだろうか? 大悟と鈴音ちゃんを不死身にしていつまでもこの偽りの安寧を続けさせた方がいいんじゃないだろうか?
こんな辛い役割は私にしか出来ない。本当だったらあの人達に伝えたい。そうすればもっといいアイデアが見つかったかもしれない。でも、それは出来ない。だってこの情報は最果ての扉の先で待つものから聞いた情報。彼女の存在を表にするわけには行かない。だから……。
「運命が為すままこの世界を委ねよう。そして私なんかはこのまま悩みすぎて壊れてしまえばいいんだ」

------------------------- 第64部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
58話「無理も道理も終わる島」

【本文】
GEAR58:無理も道理も終わる島


・それは昔々のお話。
地球と言う惑星で進化を司り促す存在はバビロニアの大洪水をただただ見てる事しか出来なかった。それにより数多くの地球人は死に絶え、このままでは進化の観測が難しいのではないかと言う推論に至った。
「このままではまずいかもしれない。一体どうすればいいのだ」
問う声。それに対してどこからか自分にしか聞こえない声が届いた。
「ヒディエンスマタイライヤン、アルデバランって星を知ってるか?」
「この声は、ブフラエンハンスシュタインか。……アルデバランの星は地球から200万光年離れた銀河系に存在していたな。それがどうかしたのか?」
「そこにいる星人は地球人と同じ祖先を持っている。特定の条件さえ発動させなければその特性を明らかにすることなく地球人と共存することも不可能ではない筈だ」
「……黒主火楯の目論見か? 今大地の知書を見たが、貴様の義兄はアルデバラン星人でありながら地球に降り立っては新しい種族を生み出してかつてはこの星の文明を終わらせたではないか。……しかもそれには貴様も……」
「もはやそれは別人だ。確かに彼奴の仕業によって一度地球の文明は滅茶苦茶になってしまった。だから貴様がリセットを施した。そのためにルーナが新しい星の司界者になる羽目になった。……まあ、今はその話はいいだろう。だが、ヒディエンスマタイライヤン。今のままではこの星の人間は200年は生き残れずに死滅してしまうぞ。せめて数を回復させる間くらいは繋ぎとしてアルデバラン星人を用意してみないか?」
「……」
ヒディエンスマタイライヤンは考えた。確かに計算してみればノアの箱舟のせいで全滅を免れた地球星人も193年後には絶滅するだろう。だが、わずか20人程でもアルデバラン星人を用意すれば長い時間を経て地球星人の人口は回復する。
「……だが貴様。そもそもこの大洪水が起きたのは貴様の同僚たる大河の騎士が暴走してしまったのが原因ではないのか?」
「それもまた別人だ。それに暴走ではない。……貴様も知っているだろう? 矛盾の代行者」
「……パラドックス31神官か」
「そうだ。ナイトネプテューヌは自分のパラドクスを倒すために戦い、その存在を自らの存在と引き換えにして完全に消滅させたんだ。その内の1割の沙漠がこうして表の世界にはみ出してしまっただけだ」
「……別人別人と言いながら貴様はやけに同僚を庇うではないか。特異点でも気取っているのか?」
「……そんなつもりじゃないさ。まあいい、今回の戦いは数万年に1度の事故みたいなものだ。そうそう起きやしない。こっちの発案が気に入らないなら好きにしてくれて構わない。ただ、こちらにとっても母星なんだ。うっかりで滅ぼさんでくれよ?」
声は消えた、気配と共に。それから20年の一瞬を費やして考え抜いたヒディエンスマタイライヤンはアルデバランに見えざる手を伸ばした。

・視界に広がるのは一面の蒼。後頭部や背中といった背面全体に砂の感触が広がっている事から目に見えるその蒼は海ではなく空だろう。
「……ここは……」
起き上がる。砂の感触は背中から足裏だけに。どうやら自分は今裸足のようだ。寝間着に見える薄着、その上からでもじわじわと迫りくる暑さは下面の砂浜によるものではないだろう。つまり外気の、気温の問題だ。
「……暑い」
体が途端の猛暑に驚いている。どうやら先程までここよりずっと涼しいところにいたようだ。ただ、どこかこの蒸し暑さに対して懐かしさを感じる自分がいるのも確かに感じていた。
「……」
うん、もういいだろう。そろそろ暑さ以外のものも自覚していい頃合いだ。
「……私は誰なんでしょうか」
自分が誰か分からなかった。所謂記憶喪失になってしまっているようだ。原因:不明、経緯:不明。脳内:破壊された珊瑚礁のように真っ白な大海だけが広がる夢幻景色。
「誰かいらっしゃるのですか?」
声。2度しか聞いたことがない自分の声ではない。口調こそ似ているがそれは自分とは違った人物……少女の声だ。
「どうかなさったのですか?」
左手。巨大なサザエのような岸から声と共に姿を見せたのは金髪の少女だった。自分の姿など見たことないはずなのに姿を見せた彼女は自分よりも一回り以上は年上だと一瞬で悟る。何より信頼できる判断材料は視界の下の方に微かに見えるそれと彼女のそれとの比較光景=女性としての貧富の差。
やがて彼女は声と顔と胸だけでなくその全身を魅せながらこちらに歩み寄ってきた。
まるでお伽のお嬢様のような風貌……今にもウィィィィィ……ンとドリルのように回転しそうな形状の黄金ヘアーは腰まで降り注ぎ、暑さを感じさせない純白のワンピースは例え安物であってもそれを帯びるものの気品が宝石のような光を放っているように見える。その純白の気品の上辺にはその少女の女性としての物理的な品格があった。ゆったりした服装なのにも関わらず自己主張の激しい双丘。そしてその左右。肩口からは本来伸びているはずの顔や両足と同じく透き通りそうな純白の肌が、しかしそこにはなかった……左右両方とも。
その虚無を眺めていると、相手は言葉で断ち切った。
「もしかしてあなたも記憶喪失だったりしますの?」
「え?」
「ごめんなさい。最近ここであなたと同じように記憶喪失の女の子を見つけたばかりでして。……仕草とかも似ているのですがもしかしたりしますでしょうか?」
「……多分」
「そうですの。ではもしよろしかったら私(わたくし)の家に来ませんか? 申し遅れましたが私、キリエ・R・X是無ハルトと申しますの」
「私(わたくし)は……」
続いたのは沈黙。連なったのはさらなる疑問と喪失感。どうやら自分の名前すら覚えていないようだ。これでは漫画か何かではないだろうか。
「自分の名前を覚えていらっしゃられないとは……。今までで3人程記憶喪失の女性と遭遇しましたがこれは初めてですわ。でも、何か呼び方が必要ですわね」
少女……キリエは正面の少女を見やった。
水浅黄(アクエランダ)の肩でそろった髪。僅かに癖づいたウェーブは普段ならば結っているか髪飾りのようなものをつけていると猜疑。恐らく寝る時か逆に起きてすぐなのか。
……彼女と同じく夜か朝かに飛ばされた可能性がありますわね……。
続ける。視線。乳製品のように乳白色の肌はその小柄な背丈や胸から想像される年齢よりも幼い印象を形作る。実年齢はローティーンくらいだと予想。首から下のネグリジェに近い衣装はその幼い体に妙な色気を加えさせる。しかし繰り出す仕草などは娼婦と言うよりはどこかのお嬢様。もしかしたら自分と同じくどこかの御令嬢(プロンド)の可能性がある。ならば、月並みかもしれないがこう名付けてみよう。
「ブロエランド」
「はい?」
「水浅黄色のお嬢様と言う意味ですわ。とりあえずあなたが本当の名前を思い出すまではブロエランドと呼ばせていただきますわ」
「ブロエランド……」
何だか聞きなれない言葉。と言うか言い慣れないし、どこの国の言葉だろうか。
「でも、これしかなさそうですわね。いいですわ。しばらくはそのブロエランドと言う名前で過ごすとしますわ」
自分でも何だか喋り方が変わったような錯覚……目の前の少女に誘発されたのだろうか? しかしやけに喋り慣れた口調……もしかしたら地(じ)だったりするのだろうか?


・キリエの後を歩く事10分。見えたのは巨大な屋敷。周囲の海だらけのまるでリゾート地な景色も加えて推測するに本物の、それも並じゃないクラスのお嬢様の可能性がある。そしてやはり既視感。
「あなたはここに住んでいるんですの?」
「ええ。と言っても私もここで生まれ育ったわけではありませんが」
「どういうことですの?」
「……にわかには信じ難い話かもしれませんが今から2年ほど前に私は突如としてあなたと同じようにあの砂浜に漂流していましたの。私のいたところでは海は滅んでいてとても近付くような場所ではありませんでしたし、服も濡れていなかったので溺れて漂流したって可能性はほとんどありません」
「……」
そっと、彼女の虚空の両腕を見やる。キリエは素早く視線に気付き、数秒の沈黙後に口を開いた。
「ええ。この腕ではまともに活動もできませんからね」
「どうしたんですの、と聞いても?」
「構いませんわ。これも2年前の話ですの。私の世界では魔法というものが当然に存在していましたわ。正確に言えばそれを宿したカードが世界中どこに行っても存在してそのカードがなくては文明が成り立たないというレベルまで浸透していました。その代わり科学はほぼ衰退していましたが。……とにかく私も私の妹もそのカードを用いた格闘技(スポーツ)パラレルフィストを嗜んでおりましたの。2年前のとある大会で私達姉妹は激突する事になった。でも、その時に妹は普通の状態ではなかった。それに気付かなかった私はそのまま挑んでしまい、常識を超えた遥かな力の前に両腕を消し飛ばされ、敗退。そのまま妹は常軌を逸した言動と破壊の力をまき散らしながら姿を消して以来行方知らず。
やっと両腕の治療が終わって義手の調整が始まった矢先に突然にここに迷い込んでしまったんですのよ」
「あれ、この声……」
声を呼ぶ声。それはキリエのモノでも自分のものでもなかった。つまり、第三者。そしてその主たる少女がドアを開けて姿を見せた。
キリエよりかは自分に近い年頃の少女だった。
「あれ、キリエさん。お客さん?」
「ええ。それも悪い意味のですわ」
「あらら。あなたもこの島にやってきちゃったんだ」
「あなたは?」
「人に物を尋ねる時は自分から、だよ」
「私は……えっと、なんでしたっけ?」
「彼女はブロエランド。彼女もまた記憶喪失で自分の名前すら覚えていませんでしたわ」
「あらら。いつの間にかこの島は異常者達のたまり場みたいになっちゃってるなぁ。……あたしはひばり。白河ひばりって言うの。よろしくね、ブロエランドさん」
ひばり……その名にどこか覚えがある。と言うか名前を聞いてからその姿にもどこか見覚えが甦ってきた。でも、完全には思い出せない。自分がほとんど関わっていない昔の出来事を他人から言われてそんなこともあったようなと追憶するような感覚。つまりこの少女とも直接は関わっていないのだろう。
「それで、この島は?」
「音終島(おとわりしま)だよ」
「音終島(おとわりしま)?」
「そう。全ての音が始まった島はもう世界レベルで終わっちゃって。音が終わるこの島が唯一にして最後の楽園」
「? どういうことですの?」
「この島は特別な事情を抱えて世界から見捨てられた人達が揃ってる幽閉施設にしてこの世界ではもう唯一と言っていい安全圏って事。この島の外ではまだまだ死が溢れている」
「私の場合は義手でもいいので腕があれば何とか出来るのですが……」
やや諦めの昏い笑顔なひばりとない腕を組む動きをしてため息のキリエ。
とりあえず近くのソファに座った。思った以上にこの体は休息を欲していた……消耗(しょうこう)していた。
「まあ、ゆっくり休んでよ。と言ってもここはあたしの家でもないんだけどね」
「じゃあ誰の家ですの?」
「分からないよ。あたしがたまたま散歩してたら見付けて、その近くでキリエさんも発見して、誰も住んでないみたいだからキリエさんの家にして、それでキリエさんのお世話役も兼ねてあたしも一緒に暮らしてるんだ」
「ひばりさんの家は?」
「それが、一度戻ってみたらなくなっていたの。まるでもう既にこの島にはあたしの居場所は残されていないって言われてるみたい」
物凄い寂しい事を言う子だな。ブロエランドは静かに感傷を抱き、心のどこかで様々な感情を巡らせた。

------------------------- 第65部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
59話「カーテンコール」

【本文】
GEAR59:カーテンコール

・音終島。ひばりが言うにはひばりは最初からここに住んでて、しかし何らかの事情が有って2年前に彼女の実家は消え、彼女はこの、奇巌城のような豪邸で生活しているのだという。そしてそこの住人はひばりだけではない。
ひばりが暮らし始めてすぐに記憶のある状態で、しかし両腕のない状態のキリエがたどり着いた。
「他にも誰かいるんですの?」
ブロエランドが見るのはリビングにある皿の数だ。そこには10を超える皿の数があり、いずれもやや水に濡れている。暇だから洗ったと言う事も考えられなくはないだろうがこんなサバイバル生活に等しい状態で貴重な水をそんなことに使うものだろうか。
「うん。いるよ。ついさっきみんなでご飯食べたばかりだから今頃部屋にいるんじゃないかな? ……そうだね。じゃあ、ちょっとみんなを呼んでブロエランドちゃんを紹介しようかな」
そう言うとまるで猪のような速度でひばりは階段を登っていき、片っ端から部屋に突撃していった。
「……パワフルな方ですわね」
「ええ。まだ13歳とは言えレディなのですからもう少し慎みを持っていただきたいところですが」
ため息のキリエ。まだまだ何か言い足りない、しかしもはや言っても無駄だと言う雰囲気。それが落ちてからやがて複数の足音と共にひばりが階段を下りてきた。
「お待たせいたしました」
やや赤くなった額をさすりながら登場のひばり。理由は……少し考えてから聞くまでもなかった。
それよりも彼女が連れてきた4人に注目しよう。
「へえ、随分と可愛い子だね。キリエさんみたいにどこかのお嬢様かな?」
「……あなたの方が本物でしょうに」
キリエと話す、ひばり以上に天真爛漫そうな少女。年齢はひばりと同じくらい……13歳くらいだろうか?
「あ、僕は陽翼(よはね)って言うの。苗字はない、ただの陽翼だよ?」
「僕?」
「あ、君も女の子が僕って言うの気になったりするの? そんな事ベトナム人は気にしないよ?」
「陽翼ちゃん、ここにベトナム人はいないよ?」
女の声で僕。どこか記憶が揺さぶられるような気がするのは自分もしくは身近な存在に該当する存在がいるからだろうか?
続いてその隣にいた、やはり陽翼とほぼ同じくらいの年頃の少女を見やった。その胸にはパソコンのようなものを抱いていた。
「あ、私は月美(つきみ)来音(らいね)って言うの。これは相棒のパソ子」
「バトルオペレーションセットイン」
名前が付いてた。と言うか何か勝手に喋った。記憶はないけれどもパソコンってこう言う物質ではなかったと思う。
「……」
続いて3人目。何となく彼女から背けていたのはその容姿が由来だ。
一見すると自分と同い年くらいの確かな美少女なのだが、まるでなにか大きな事故にでも遭遇してしまったかのようなそんな風貌。病衣に似た薄い色の服をまとい、その両腕の肘から先は包帯で巻かれていて素肌が見えない。額に鉢巻のように巻かれた包帯の下から覗かせる両目もどこか焦点が合っていないように見える。普通ならまず病室を住居としているようなそんな風貌だ。
「えっと、彼女は大丈夫ですの?」
「……彼女もあなたと一緒で自分自身の事をまったく覚えていない……いいえ、認識出来ていないんですのよ」
「自分自身を?」
「そう。私がこの島に着いてから数日後に近くの砂浜で発見したんですの。その時から既にこの状態で、ほとんど言語を認識していない状態にあります。本来なら確かに病院でしっかり治療を受けるべき存在ですわ。でも、この島にはもうこの屋敷以外にまともな居場所はない。だから仕方なくここに住まわせているのですわ。幸いにも両腕以外に身体的外傷はほとんどないようですので」
「……そうなんですの」
もう一度彼女を見る。今こうして彼女の話をしているにも関わらず彼女は視線を変えていない。自分の背後にある小梁しか見ていない。いや、それすらもちゃんと見ているのかどうか。
「彼女の名前は? 本名は分からないとしても何か仮の名前は付けていませんの?」
「一応、惑いの姫と言う意味合いを持つ<ブラインワーズ>と言う名前をつけていますわ。略してブラワですの」
「ブラワさんですのね。……私につけたブロエランドと言う名前といい、どこの言葉ですの?」
「私の故郷での言葉ですわ。私の故郷では普段私達が喋る新暦語と田舎の方で使われる旧暦語というものがありまして、ブラインワーズやブロエランドはその新暦語に当たりますわ」
「あたしが最初にあった時、英語でもフランス語でもない聞いたことない喋り方をしてたから最初はびっくりしちゃったよ。なんせ外見からして日本人じゃないってのは直ぐに分かるからね。まあ、一番驚いたのはその後あたしの喋った言葉を聞いて直ぐに日本語を喋りだしたことだけどね」
「どうも私のいた世界とあなた方がいた世界は全く別の文化を持っているようで、さすがの私も驚きましたわ。旧暦語を習っていなかったら大変なことになっていたでしょうし」
確かに。ただでさえ妹さんが大変な状態でしかも両腕がないって状態で言葉も通じないし移動も出来ない意味不明な世界に有無無く送り飛ばされたら大抵の人は発狂するだろう。あと、世界が違うというのは彼女の狂った名前から大体予想できていたり。
「あのぉ、そろそろ私にも喋らせてくださいよぉ……」
喋ったのは4人目。ブラワとは違った意味で目を引く女性だ。大体中学生くらいの年齢である他のメンバーと違ってキリエ同様高校生ないしはそれ以上の年齢に見える。キリエに匹敵するくらいの巨乳の持ち主だし。
「私は智恵理(ちえり)って言います。近藤(こんどう)智恵理(ちえり)。みなさんよりちょっと年上の21歳ですけど智恵理ちゃんって呼んでくださいね。私皆さんみたいな可愛い女の子大好きなので」
「……ぇ」
「ブロエランドさん? 怯える気持ちは分かりますし、彼女にそっちの気があることも事実ですがそう怯えないであげてください。実際に手を出すことはあまりないですし、ブラワさんの介護をしているのは彼女なのですから。あと一応ここに住んでいる中では一番年上ですし」
「そ、そうですの……」
「でもでもブロエランドちゃんだっけ? 君も中々可愛いと思いますよ? 私の介護いります?」
「い、いえ、結構ですわ」
「きゃん、可愛い。キリエちゃんを若返らせたような感じ。この時代のキリエちゃんに会いたかった」
「どういう意味ですの?」
「あ、あの、先程から気になっていたのですが。ここってお食事とかどうなさってますの? この島の外に出られないんですのよね?」
「それがね。この屋敷もそうだけれどもこの島にある住居には何故か食料が冷凍保存されてるの。このお屋敷だって地下1階と2階の合計800坪分くらいは食料庫になってるしね。あたし達が2年間生活しててもまだ10分の1も減ってないし。お水も近くに無人浄水場があるからいくらでも飲み放題なんだよ!」
「……まるでサバイバル生活のために作られたような状況ですわね」
「……あら、あなた記憶を失っているのによくそんな推理が出来ますわね。もしかしたら本当にどこか良家のお嬢様では?」
「覚えていないのでどうにも……。でもこの状況はちょっと不自然だと思いますわよ」
「だよね。あたしも気付くのに半年くらいかかっちゃったけど」
言ってからひばりはぽんと掌を叩くと、新たな言葉を練りだした。
「今からゲームしない? いつものアレ」
「ああ、アレですの。すっかり忘れていましたわ」
「何の事ですか?」
「人狼ゲームって知ってる?」
「人狼?」
「そう。今までもよくやってたんだけど最近あんまりやってなかったし、ブロエランドちゃんとの親睦のためにもやってみようかなって」
「どういうゲームですの?」
「人数分カードを用意して村人・人狼・狂人・占い師って書いて引いたカードの役割を果たすの」
「……役割……」
「それだけでは分からないでしょうから私が説明致しますわ。その間にひばりさんはカードの準備をお願いしますわ」
「あいあいさー!」
走っていくひばり。それを見もせずにキリエは切り出した。
「ひばりさんも仰ったようにこのゲームでは村人、人狼、狂人、占い師の4つの役割がありますの。まあ、別にこの4つに限った話ではなくゲームによっては役割を増やしたり減らしたりするみたいですけれど7人しかいないのですからこのくらいがちょうどいいのではないかと。……言い忘れていましたわ。この4つの役割以外にもGM(ゲームマスター)と言うのが必要なんですの。だから実質的に7人でも参加人数は6人となります」
キリエの説明に合わせて来音がパソコン……パソ子を操作する。どう言う技術かは不明だがプロジェクターなどの装置もなしに立体映像のようにゲームのルールが図解されて6人の前に出現する。
「まず何もしない人、何もできない人だけど一番数が多い役割よ。何の武器もない村人だけれども1回に1度だけ他の誰かをゲームから除外出来ますわ。と言っても誰も他人の役割を知る事が出来ないから無事に人狼を除外出来るかは時の運ですけれどね。
次に人狼。このゲームにおける敵役ですわね。基本的に一人か二人用意されます。村人会議の後に人狼だけが行動出来るターンがあるのでその際に誰かを<捕食>する事が出来ますわ。この人狼が村人会議で除外されて全滅されないように立ち回りながら村人を一人ずつ捕食していき、村人を全滅できたら人狼側の勝利。逆に村人会議などで人狼が全滅したら村人側の勝利に終わりますわ。
また、これら以外の役割は自由参加なのですが今回は狂人と占い師を用意いたしますわ。これらは一人ずつが任命されます。狂人は人狼サイドに属されるので村人と同じ人間でありながら村人を言葉巧みに混乱させて同士打ちに合わせて人狼サイドの勝利を目指す役割ですわ。続いて占い師。こちらは完全に村人サイドで、村人会議と捕食タイムの間に行動できます。それによりGMに対して誰か一人を占ってその人が人間か人狼かを知る事が出来ますわ。GMは占い師でしか話しかけられない代わりに嘘をつかないのでここで告げられた事は必ず真実に終わります」
「じゃあ、次の村人会議でもし人狼が分かっていればそれをみんなに提言すれば……あ、でも……」
「そう。狂人に掻き回されるかもしれませんし。何よりその狂人ないし人狼が占い師を騙って余計に村人同士の自滅を招く可能性がありますわ。そうした場合人狼が人狼を捕食することは出来ませんので捕食タイムにて狂人か占い師のどちらかが捕食される可能性が高いですわね」
「……人狼が有利なゲームなのでは?」
「そうでもありませんわよ。人狼の捕食を防ぐ手立ては<狩人>と<化け狐>の二つしかありませんし、今回は人数の都合でその2つは用意出来ませんから人狼に狙われたらその時点でおしまいですわ。それにさっきも言ったように7人の内一人はGMで外されて6人。その内の二人が人狼なのですわよ?」
「……さらに狂人が一人だから実質人数では村人2&占い師1VS人狼2&狂人1で同数。最初の一日……村人会議、占い、捕食の過程を一日と見なすのですが……その最初の一日の会議で人狼がどちらか減る可能性は3分の1。低いようにも見えますがまだ何の語らいも重い意味を成さない序盤なのである意味これが一番可能性としては高いのです」
「でも、それじゃつまらないよね?」
「え?」
そこに生まれたのは聞いたことのない声だった。
「やっほー。新しい子連れてきたよー」
ひばり。その隣にいたのは銀髪の少女だった。どこかの学生服を着ているやはり中学生くらいの外見の少女。キリエと智恵理が例外なだけで本来この島には女子中学生ばかり引き寄せる何かでもあるんじゃないだろうか?
「ひばりさん? その方は?」
「それが名前教えてくれないんだよね」
「それよりも何だか面白いゲームやってるみたいだね。僕も混ぜてよ」
「わ、僕以外にもボクっ娘がいる! やっぱり可愛い!!」
陽翼が反応。少女が笑顔で手を振る。
「あなたもこの島に流れてきたんですの?」
「ちょっと違うよキリエさん」
「……どうして私の名前を……」
「前に会ったことがあるからね。今のキリエさんじゃないキリエさんだと思うけど。まあそれよりちょっと休憩がてらにゲームに混ぜてみてよ。多い方がいいでしょ?」
「あたしはさんせー!!」
「でもまずは僕ルール知らないからGMやらせてよ。ちょっとだけルール説明聞いただけだからね」
「……分かりましたわ」
「ルールで分からないことあったらパソ子に聞いてね」
「アクセスフラッシュ」
「……う、うん。新手のPAMTかな?」
少女……GMが喋る家電を受け取りながら画面に映るルールブックの内面を目通す。
「……よし、じゃあやろうか。ひばりちゃん、カード配って」
「あいあいさー!」
ひばりが7枚のカードを自分含めてGM以外の7人に配った。それを各プレイヤーだけが自分のものだけを確認する。そして確認を終えたらカードを裏にしたままGMに渡して、GMがそれを見てから各人がどの役割なのかを携帯端末にメモする。
「それP3ですの?」
「違うよ。これはパラレルフォン。……あの時と状況が逆だなぁ……」
「?」
ともあれここからゲームが始まる。

------------------------- 第66部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
60話「汝は……」

【本文】
GEAR60:汝は……


・2階に続く階段。上から3段目に座った銀髪の少女=GMがパソ子を抱き、ゲーム開始の一刻を待つ。
彼女が見下ろす先には円卓がある。この住居のスケールと同じく一般家庭ではまずお目にかかれない、直径5メートルを優に超えるそのサイズはまるで12人の騎士を侍らす騎士王の円卓だった。
「これ、反対側の席の人がお醤油とか持ってると貸してもらうのに時間がかかるからあまり使わないんだよね」
ひばりは2時の位置に座った。すぐ隣、12時にはブロエランド、4時には智恵理が座っているがその隣人との距離も何か耳打ちするにしても立ち歩く必要がある程だ。反対側、8時の位置に座る陽翼へは少し声を張らないとまともな会話も出来そうにない。ある意味ではこのゲームを行うのにふさわしい円卓かも知れない。
「私としてはこのような大きさの円卓には日頃から慣れているのですが……」
6時にはキリエが座る。左手には8時の陽翼、9時の来音、10時のブラワがいて、対面にブロエランドがいる。
その位置取りを確認してからGMは上座から言葉を落とす。
「確認しておくよ。僕の参加でGMに割く人数がいなくなったために役割(キャラクター)は7人に増えた。人狼が二人、狂人が一人、占い師が一人。そして残った3人が村人。人間サイド4と人狼サイド3の勝負になった。数では村人サイドの方が一人分有利だけどまあ、あまり関係ないよね。元々人狼サイドがやや有利なゲームだし。とりあえず7人しかいないからこのゲームは長くても三日目には終わるね。だから一日に割く時間は15分くらいでどうかな?」
「意義ありませんわ」
代表キリエの返事。それ自体は不意打ちだったがしかし文句を挟む者は6人にはいなかった。ブロエランドはまだルールしか知らないゲームだ。と言うか自分の名前含めたほとんどの記憶を失ってそれを自覚してまだ1時間も経っていない状態でこんなゲームをさせられていることに今更ながらちょっとだけ理不尽さを感じ始めているがそれをこのゲームは快楽で上書きしてくれるのだろうか。と言うか、自分と同じく意味不明未来言語で名付けられたブラワと呼ばれるあの少女はまともな会話すら出来そうにないくらい心が壊れているようにしか見えないのだがこのような心理系ゲームに参加できるのだろうか?
「ルールの確認をしておくよ。僕もやったことないからね。まず村人会議から始まって誰を除外するのかを決める。それで決められた人は問答無用で除外。ゲームオーバーだね。で、それが終わるとまず全員が机に伏すか目を瞑って、占い師が生きていたら占いタイム。僕がその人だけに占いたい人の正体を教える。それから最後に人狼による捕食タイムが始まって残っている人狼によって誰を捕食するのかを決める。それで一日が終わり、次の日の開始時点で誰が捕食されたのかを僕が発表する。この積み重ねの末に人狼が全員会議で除外されたら村人サイドの勝利。逆に村人サイドが全員捕食されたら人狼の勝利。……これでいいね?」
「ええ、問題ありませんわ」
再びキリエ代表の言葉……続く反対意見はなし。代わりにひばりが続いた。
「今回のゲームはブロエランドちゃんへの自己紹介とかも兼ねてるからみんな張り切りすぎないでね」
自己紹介が仲間を騙る仲間を疑う心理系ゲームですか。
「では、言い出しっぺの私から」
6時のキリエ。黄金の髪はロールを巻き、今にも削岩機としての役割を果たしそう。
「キリエ・R・X是無ハルト。17歳ですわ。ここではない西暦3017年の3月から来ましたの。私のいた世界では魔法を宿したカード・パラレルカードが存在していてそれが科学の代わりとなって人々の生活を支えていましたわ。科学も全くないわけではなく、空を飛ぶ車スカイカーが一家に一台配備されていて搭載されていたAIによって運転者を必要とせずにあらゆる場所を行き来できましたの」
「ん、キリエさんちょっといいかな?」
質問を飛ばしたのはまさかのGM。
「何ですの?」
「確かキリエさんの世界って第三次世界大戦が数百年前に起きてそれでほぼ全ての科学技術が滅んだんでしょ? なのにどうして運転手って概念を知ってるの? 最初はスカイカーも運転手がいたとか?」
「この家にはこの世界の……西暦2010年の世界をよく記した書物がありましたの。それでこの時代の乗り物には運転手というものがいると分かりましたわ。あと、タクシードライバーという映画も」
「……それ以上言うのはどうかと思うけど。版権ってものは知らないみたいだね。……まあ、僕からの質問は以上だよ。続けて」
「分かりましたわ。あと先程17歳と言いましたがここへ来て2年経っているので精神年齢は19歳と言うことで」
「精神年齢?」
今度の質問はブロエランドから。
「ええ。ここでは成長という概念がないのか、肉体はほとんど変化しないんですの。12歳のひばりさんはもう少し成長してもおかしくない年頃なのに2年間ずっとこのままですし」
「えへへ」
はにかむひばり。その笑顔の下の胸は自分と大差ない幼いものだ。12歳が2年経過して14歳。14歳の胸と言うには少し寂しい気がしないでもないが何故か心と脳がその認識を全力で阻害する。
その黙なる悩みを無視してキリエは続けた。
「家はX是無ハルト。パラレルカードでのタイトル戦を100年以上も獲得し続けているが為に31世紀の世界でも中々の大きさと力を持っていますの。その分責任や役割も大きいのですけれど。まあ、今はそれら全てがない分少し不便なのを我慢すれば気楽でいいのかもしれませんわね。……私の自己紹介は以上ですの」
そう言ってキリエはGMの元へと歩み寄り、1枚のカードを手に入れて中をGMと共に確認する。
「確かこの情報は僕には嘘をついちゃいけないんだよね?」
「ええ。でも卓に就き、ゲームをやる上では他のプレイヤー達には真実を語る必要はありませんわ。もちろんあなたからのカミングアウトもなしにしてもらいたいのですけれど」
「その辺は任せてよ。僕だってゲームは好きなんだから。楽しむためにルールを守るのは当然のことだよ」
「……」
「キリエさん?」
「いえ、あなたも自分のことを僕と呼ぶのですね」
「ユイム・M・X是無ハルトさんの事かな?」
「あなた、どうしてあの子のことを……」
「僕も直接会った事はないけど顔は知ってるからね。どんな喋り方を知ってるのかも。でも今はあまり言わない方がいいかも。今はそれよりゲームをしようよ、キリエさん」
「……分かりましたわ。でも後でちゃんと答えていただきますわ」
キリエはカードをGMに返すと自分の席に戻った。
変わって立ったのはひばり。
「はいはーい!あたしはひばり。白川ひばりって言います」
うん。知ってる。どこかで聞いた声と名前は自分の過去に関係するものだろうか。
「さっきキリエさんが言ったように12歳の中学1年生です。風見学園中等部1年Cクラス、学生番号は1318!特異な科目は数学と体育で、苦手なのが音楽と理科です。部活動は陸上部をやっていて、100メートルを11秒で走れます」
「結構やるけど僕の方が速いね」
「え、そうなんですか?」
「うん。だって僕9秒で走れるもの」
「……ひょっとして陸上選手の方ですか?」
「ううん。ただの女子中学生だよ」
「……どんな世界ですか」
「気にしない気にしない。僕じゃないと出来ないことだから。僕って最速の女の子だし」
「……あなたやっぱりどこかユイムに似ていますわ」
キリエからの呟き。それを背中にひばりはカードを1枚手に取る。
「ありゃりゃこうなっちゃいましたか」
「そんなに意外かな?」
「まあでも初めての経験ですし、ゲームは楽しむものなのでOKです」
そう言ってひばりは席に帰っていく。そして代わりに起立したのは陽翼だった。
「え~、陽翼って言います。苗字はありません。GMさんと同じボクッ娘です。歳はひばりちゃんよりちょっと上の13歳で、学校には通っていません」
陽翼……まるで演説かミュージカルのように立ち歩きながら己を語る。ブロエランド、キリエ、GM=貴族の出ではないかと脳裏に浮かぶ。
「はいはーい! 陽翼ちゃんに質問がありまーす!!」
元気よく挙手=ひばり。
「はい、ひばりちゃん!」
「どうして苗字ないの? 前までも何回か聞いてるけど」
「残念ですがお答えできませーん!」
「……」
元気には元気を。同じテンションで跳ね返す陽翼を見て来音は1つの答を見つけた。
「あ~、もしかしてだけど陽翼ちゃん。実はお家とんでもなかったりする?」
「さあ、どうでしょう。まあ、日本人だったら知ってるかな?」
返答。来音と、そして智恵理はやはりと言った表向きで陽翼を見やる。それを見て数秒でGMも1つの答えを得た。
「……確か21世紀までの日本には苗字が存在しないほぼ唯一の公人一族がいたっけね。もしそれが事実ならキリエさんやブロエランドさんどころの騒ぎじゃない、出身だよねそれ」
GMの言葉。それを受けて数秒後にひばりは間抜けな声を上げた。
「え、え、え、え~!? 陽翼ちゃんまさか未来のプリンセスだったりするの!? 将来のクイーンだったりするの!?」
「ううん。最初から僕にその権利はないよ。だからずっとイギリスにいたわけだしね」
陽翼=笑顔で告白。キリエもGMも来音も表情すら作れず控える。そしてこの期に至ってようやくブロエランドの中で日本と言う国家についての記憶が甦る。
「私、確か日本にいたような気がしますの。まあ、日本語を喋っているのだから当然かもしれませんが」
「うんうん、きっとそうだよ。ブロエランドちゃん。あまり日本人っぽくない、強いて言うならギャルゲーのキャラっぽい外見してるけどきっと日本人だよ。あたしが保証する!」
「……ひばりさん、再び私の脳回路が混乱の渦の中に沈むのであまり混沌を発さないでくれます?」
でも不思議とこの感覚に妙な安心感が滲んでいる。このやり取り、初めてではない?
「っと、」
陽翼はGMから1枚のカードを受け取り、互いに中身を確認する。
「僕ね、」
「え?」
GMからの言葉。
「君が生きた証を見てきたよ。詳しくは言えないけども君が残してしまった大切な人はちゃんと未来を掴んでいる。一度か2度地獄の中に落ちても必ず未来にはたどり着けていたから」
「……よく分からないけど、ありがとう」
こそこそ話。終わると陽翼が帰っていき今度は来音が立ち上がった。
「来音ちゃん、今まで通りでお願いね」
「……うん。分かってるよ」
すれ違い様、二人は額を合わせた。そして、陽翼が着席すると来音は指をパチンとならす。すると突然、
「キドウシマス」
「うわっ!!」
GMが抱いていたパソ子が声を上げた。
「私の名前は月美来音。陽翼ちゃんよりさらに1つ年上の15歳です。まあ、とある事情で高校には通えていないのだけれど。とりあえずパソコンとか機械に強いです。電波通ってないこの島で自由にパソコン扱えるくらいには」
「来音ちゃんもしかして何かのGEAR?」
「って何です?」
「いや、……ううん、何でもない。おかしいな、僕が支配して電波なしでもインターネット出来るようにしてるのは僕のパラレルフォンだけなんだけども」
「……そこでGMさん」
「ん、何かな?」
「ズバリ君は未来人じゃないかな?」
「う~ん、その答えも間違ってないのかも」
「しかも時空を自在に移動できる」
「否定はしないかな」
「君って私より年下だよね?」
「僕14歳。なので確かにそうかも。敬語使ってほしいとか?」
「ううん。ただ年下の未来人ってのも不思議なものかなって」
「……厳密に言えば多分僕は純粋な未来人じゃないと思うけどね」
来音がカードを引く。中身を二人で確認する。
「君は驚かないんだね」
「設定されていないカードでも出なければ驚かないよ」
「道理だね」
情報交換=至ってスマートに。
GM=この場で一番侮れないのは彼女かもしれない。自分と同じかもしかしたらそれ以上の天才の可能性もある。そして自分は未来の異世界人。未来人ではないと内心で無意味なアピール。
「次は私ですか」
立ち上がったのはブロエランド。しかし語ることなど何もなく、向かってくる来音の笑顔に笑顔を返すので精一杯。
「ブロエランドさん。何か思い出したことはありまして?」
「えっと、さっきも言ったように日本出身の可能性が高いということしかありませんわ。そして陽翼さんの正体も理解出来たとしか」
「あまり言いふらさないでね」
後ろから陽翼の声。どこか気品さが見える王女の威圧は錯覚か否か。ともあれGMのもとへと向かう。
「記憶喪失だってね。災難だね」
「記憶喪失者と他人だからこそ言えるセリフですわね。あなたの中に私の情報はありませんの?」
「う~ん、無理矢理に支配して引き出すことは出来ると思うけど僕、女の子にそんなことしたくないんだよね。本当に好きな相手ならまだしも」
大胆発言。要約すればこの少女、レズ相手には無理矢理がお好みらしい。
「あ、今レズだとか思ったでしょ。残念でした、僕はノーマルなの。好きな男の子だっているし」
「でも気になる女の子もいるのでは?」
「気にされてるストーカーまがいのヤンレズならいるけどね。と言うかやけに突っかかってくるね」
「そう言うわけではありませんの。ただ、あなたの好きって感情がちょっと見えるだけですの」
「どういうこと?」
「あなたはいろいろな人を愛しててそしていろいろな人から愛されてる。何故か分かりませんがそんな気がいたしましたの」
「……何かのGEARかな? まあいいや、はいこれ」
GMからカード。ブロエランドは共に見る。そして二人そろって険しい顔。
「……まあ、頑張って?」
「ううう、記憶喪失の初心者相手に何たることですの……」
とほほと泣きを見た顔でブロエランドが帰ると、次なる手番は動く。
「……」
「次はその子ってわけだね」
視線が集まる。対象=ブラワ。しかし当人動く気配を見せず。
「あの、あの方は本当にこのゲームが出来ますの?」
「いつもなら筆談とかこっくりさんに近い形で何とかやってたんだけどね。一度勝ったこともあるし」
「けれど、ここまで動かないのは初めてだね。何かあったのかな?」
「どれどれ」
GMが階段から降りてブラワと呼ばれる少女へと歩み寄る。風下に降り、懐かしき穢れの臭いが漂ってきたところで不意に一瞬だけあの双子の姿が浮かんだ。
「……気のせい……にしておくには僕は少し自分を信じすぎているからなぁ……」
さらに歩み寄り、手を伸ばせば届く距離に立つ。そこで初めて相手に反応があった。
「……」
痛々しく白に巻かれた右腕が伸び、GMの胸にあてられる。
「えっちな病人だね。でもまあいいや、しばらく僕のおっぱい揉んでていいよ。その間に君を引き出してあげる」
その本意として揉まれてもう少し大きくなったらいいなぁと言う年頃の欲望があるのを他のものは知らなかった。
「……GMさんが人の手を使って一人でしてる」
「あたしはまだ幼いので何言ってるか分かりませーん!」
「ひばりちゃん? 早起きして一人でしてるの知ってるよ?」
「あーあー!! なにもきこえなーいー!!!」
何故か外野から喧噪。と言うかひばりの拳が来音の顔面にクリーンヒットしていた。
「何やってんの?」
GMが立ち上がり、ブラワに背を向けて歩き出した。
「あ、あの……?」
「とりあえずその子はある程度自分を取り戻してるから大丈夫。さあ、カードをとりに来て」
「……」
言うと、驚いた事にブラワは立ち上がり、GMの後を追いかけた。
「あの子が自分で行動を!?」
驚いたのは智恵理。今まで築いていた大人の余裕と言う城、俄かに崩落。
「……私は、よくわからない……」
ばかりか言葉を発した。感情を押し殺したような低い声だったが年頃の少女の声に違いはない。
「ブラワさん、あなたのお名前は?」
「……分からない。自分が何者なのか、でも一人じゃない気がする」
「一人じゃない? 多重人格のようなものですか?」
「……分からない。ただ、キリエ。あなたを見ていると怒りが滾って仕方がない。どういうわけか?」
「……いや、私に聞かれても分かりませんわ」
「……人狼……」
「え?」
「暴き合うゲーム。私もやってみる」
ブラワはGMの傍らまで歩く。フラフラとした厳かな闊歩=まるで見知らぬ動体を発見した餓えた猛獣のように。
「はい、いらっしゃい」
「……私はどこかであなたも知っている。でも、今は信用してみる」
「いい兆候だよ」
GMからカードを引く。中身を二人で確認する。そしてブラワが一人だけ悠然と去る。飼い主の横を通り過ぎる猫のよう。
「で、これで必然的に残った1枚が彼女の役割になったわけだね」
GM=手招き。智恵理=鼻歌交じりに立ち上がり、歩いてきたブラワをその大きな胸で抱きしめる。
「むぐ、」
「ブラワちゃん!! ああブラワちゃん!! まさかこうしてまともに接することの出来る日が来るだなんて!!」
「智恵理……セクハラはよくない……」
「もう、可愛いんだから。……ごほん。改めまして近藤智恵理です。さっきも言いましたけどみなさんより少し年上の21歳のお姉さんです。でもでもみなさんみたいなかわいい女の子大好きなのでぜひ智恵理ちゃんって呼んでくださいね」
GM=ちょっとだけ警戒。どうしてこう自分の周りの巨乳は同色しかいないのだろうか。
ともあれ智恵理が最後のカードを見る。
「あらら、そう来ましたか」
「智恵理さんは人狼得意?」
「ひょっとしてふんわりお姉さんにはこういうの苦手そうだとか思ってます~?」
「いや、むしろ抜け目ないというか色々危ない人だと思ってる」
「あらあら。じゃあ、勝ったら私、王様ゲームの王様になろうかしら」
うふふと笑い声を残して智恵理は元の席に戻っていく。これで全員が自分の役割を確認した。ゲームの始まりだ。
「じゃあ、これから昼時間を始めるよ。みんなで話し合って誰を吊し上げるか、決めてよ。ここで人狼を当てられたらかなりのアドバンテージだよ。まあ、破壊力の代わりにかなり確率は低いけどね」
GMが唱える。パソ子は15分間のアラームをセットする。しかし、その内の1割も満たない内に当人以外満場一致で智恵理が吊し上げられた。
「……終わっちゃったね」
「……流石に私もショックです~」
GMの隣。体育座りの21歳が言葉を落とした。

------------------------- 第67部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
61話「汝のための願い」

【本文】
GEAR61:汝のための願い

・夜時間。そこは占い師と人狼だけが動ける闇の処刑場。多くの村人や闇に心を投げ出した狂人達は揃って眠りに就く時間。
「さあ、人狼さん。捕食の時間だよ」
ゲームの外にいるのはGM。パソ子を胸に抱き、傍らに智恵理を置き、そしてゲームを楽しむ者としての笑みを浮かべて言葉を続けた。
「誰を食べちゃうか決めてよ。この行為に一切のデメリットはないんだからさ」
GMの視線。皆が沈む円卓の中で密かに息を潜めながらも上体を起こし、獲物を品定めする遊戯なる視線と交差する。
やがて、3つの視線が円卓で沈む一人に注がれて、夜の時間は終わった。
「ではでは夜が終わって朝の時間が始まりまーす! 二日目!!」
GMの元気な声=遊んでくれとせがむ子猫のように。その声を合図に一度伏した者達も含めた全てのプレイヤーが上体を起こす。
そこで初めて多くの者は気付いた。
「へ?」
陽翼が声を上げた。何故ならいきなり背後から智恵理が抱き着いてきたからだ。
「ああん!! やっぱりかわいい! このまま部屋に連れ込んで国際問題にしたい!!」
「ち、智恵理さん!? ゲーム中だよ!? そして色々危ないからやめてその発言!!」
「GMさん、どういうことですか?」
質問を投げるキリエ。対してより笑みを深めてGMは言葉を返した。
「大丈夫。ただの演出。まあ、ここまでやれだなんて言ってないけどね。……ともかく陽翼ちゃん。君は失格だよ」
「え? もしかして、」
「そ。さっきの夜時間で君は人狼に食べられたんだ」
「ううう、まさかの一発けーおー? 智恵理さんに数の暴力しただけなのに……」
「あー、そんなひどいこと言う子は今すぐベッドにつれてっちゃうぞ?」
「やーめーてー! 僕女の子には興味ないのに~!!」
そうして陽翼は智恵理に抱っこされたまま円卓を、皆の視界の中から去っていった。
「……本当に部屋まで連れてっちゃったよ。僕も蛍にああされないように気を付けないと。最近は火咲もちょっと危ないし」
GMの発言。ブロエランド=今どこかで聞いたような単語があったと注意を向ける。しかし言葉を作ったのはキリエだった。
「では、二日目の昼時間を始めましょう。まず陽翼さんが食べられたってことは彼女は人狼ではないということになります」
「そうなのですか?」
「うん、そうだよ。だって人狼は人狼を食べられないからね。もし陽翼ちゃんが人狼だとしてそれを退場させる方法はこの昼時間で他の人達を動員させて陽翼ちゃんを吊し上げるしかない。だよね、キリエさん」
「ええ、その通りですわ」
質問のブロエランド、返答のひばり、最後はキリエ。そして続く。
「じゃあ、占い師。占い師さん手ぇあげて!」
ひばりが指を一本出す。と、
「残念ですがそれを掴む指がありませんので」
発言したのはやはりキリエだった。
「あれ、キリエさんが占い師?」
「ええ。私は先程ブロエランドさんを占いましたわ」
「ふぇ!?」
驚愕の声を発したのは当然水浅黄のお姫様。
「き、キリエさん!?」
「しかもその方、人狼ですわ」
額に膝蹴りでも食らったか、酒を飲みすぎて後頭部のあたりが鈍重になったか、そんなような衝撃が迫った。
「ええ~、ブロエランドちゃんが人狼なの~?」
ひばり=苦笑。それはキリエの手口を知っているからだ。
「ブロエランドちゃん、あまり気にしないでね。これ、このゲームのやり方だから」
「やり方?」
疑問。しかしそれに続いたのは来音だった。
「そうだよ。このゲームではゲームの中ならどんな嘘を言ってもいい。本当の事を言ってもいいし、嘘だといいながら本当の事を言っても、逆に本当だといいながら嘘を言ってもいい。だからキリエさんのように占い師を自称しながらも実は別の役職……まあ、一番可能性が高いのは人狼。っていう可能性もあるの」
「……それをして一体何のメリットが……」
しかし、言いながらブロエランドは気付いた。
「もしキリエさんが人狼ならば自分を占い師に、そして他の誰かを人狼に仕立て上げれば自分は標的から外れてそして人狼ってレッテルを張られた村人=敵が一人減るって事ですの?」
「そう言うことだよ。でも嘘として信じすぎるのもどうかと思う。もし、キリエさんが本当に占い師だったらブロエランドちゃん。あなたが人狼でも間違いないのだから」
「……でもそれを証明する方法はない」
「そう言うこと。もしかしたら最初に脱落した智恵理さんが人狼だった可能性もあるけれどそれが明らかになるのはゲームが終わった後だけ。まあ、もう少し人数がいたら霊媒師っていう役職が加わって、その人は前日に吊し上げられた人が何の役職だったのかGMから教えられるんだけどその時は真実を言われるだろうから霊媒師は真実を知れるよ」
「けれど、霊媒師は真実を知る分、人狼から標的にされやすいの。だからこの昼時間では身分を明かす事が出来ない。一人で明かす人がいたらそれは人狼かもしくは狂人だよ」
「そう言えば狂人なんてものもいましたわね」
「そう。狂人は人間として扱われるから霊媒師でも占い師でも村人としてしか明かされない。人狼が誰なのか知る事も出来ない。でも、人狼が勝った場合、狂人の勝利でもある。だから場合によっては占い師や霊媒師を名乗って意図的に人狼を庇ったりすることもあるの」
「……なるほどですの」
とことん人を食ったゲームだと思った。記憶喪失であらゆる情報がないに等しく、ここで得た情報がこれからを作ってく可能性が高いのにその情報が何1つとして信じられないとは恐ろしい状況だ。
それはさておき、今のキリエの行動はどういう意味を持つのだろうか。
本当に占い師だと思わせて人狼の数を減らす作戦なのだろうか。それとも今説明されていない何かの可能性があるのか。
とりあえず盤面を見る。今のところ円卓を囲んでいるのはブロエランド、ひばり、キリエ、来音、ブラワの5人。智恵理はともかく夜に食われて死んだ陽翼はまず人狼ではない。でも村人なのか狂人なのか本物の占い師なのかは誰にも分からない。つまり村人からしたら敵ではないことは確実だけれどもどんな味方だったのか分からない。……それは村人からしたらデメリットでしかないのでは?
いやいや、と言うかそもそもこのゲームで村人はその数を除けば一番の不利。それこそ場合によっては村人100人VS人狼一人だったとしても人狼の一人勝ちをする可能性すらある。とは言え人狼が標的である村人を確実に仕留められる代わりに人数が少ないのだから、逆に村人は人海戦術が有効になる。……今の状況ではその確率論すら怪しく感じられるが。
にしてもキリエはとんでもないことをしてくれる。一体何が目的であんなことを。
「ルール説明もいいけどそろそろ今日誰を吊るすのか決めた方がいいよ。初日が運試しみたいなものだとしても二日目以降のこの時間は一気に重要になってくるからね。場合によってはさっきも含めてせっかくの機会に村人(みかた)だけ削りまくって夜に残された人のとどめを刺されるって事もあり得るんだから。もちろん人数が減った方が人狼を暴きやすい状況になるんだけれどね」
GMの催促。胸に抱いたパソ子が告げる時間は残り6分。思った以上に沈黙が時間を稼いでくれていた。
「じゃあ、そろそろ誰を吊るすのか決めた方がいいかもね。このままだとブロエランドちゃんに確定かな?」
「……私はキリエさんが怪しいと思うけど。でもブラワさんも怪しいんだよね」
「どういう意味だ、来音」
「だってこの昼時間に何も言わないんだよ? そしてそれで有利なのは人狼サイドだけ。怪しまれるのは事実だよ」
「ならば普通は多弁なのが人狼となるだろう。その点、キリエが怪しいのは明白。次いでお前だ。来音」
「……」
すごい。仲間割れが始まっている。人狼ってこういうゲームなんだ。……ますます記憶喪失者相手にするゲームじゃない。けど、村人は数が多いから逆に言えばいくらでも自分を囮に出来るって事でもあるのか。例えば本物の占い師や霊媒師を守るために自らが名乗り出るとか。もしくはこうして仲間割れをしているふりをして心中でほくそ笑んでいるであろう人狼や狂人を探し出すか。
一度、それぞれの役職ごとに都合のいい形振り方を考えてみよう。
村人:人間サイドの武器と言っていい占い師や霊媒師を守るために自ら名乗り出て囮に使う。仲間割れをして本物をあぶりだす。
占い師:まず真っ先に狙われる役職の1つだから自分からは名乗り出ずに、しかしその発言力は有力だからいつかは名乗り出ないといけない。
狂人:上2つに化けて村人同士の仲間割れを誘い、人狼のやりやすいようにする。役割の都合上数が少なくても囮になって最も目立つ必要がある。
人狼:ある意味一番目立っちゃいけない、怪しまれてはいけない役職。ある意味昼夜問わず攻められるけど一番腕前が問われる。
こういう感じだろうか。
「ブロエランドちゃん」
「へ?」
突如の声はひばりだ。
「記憶喪失であまり情報もない中迫って悪いけれどブロエランドちゃんの考えを示してほしいかな。運だめしな初日と違ってさっきGMさんも言ったようにここからが重要なんだから」
「あ。はいですわ」
考える。迂闊な事を言えば狙われてしまう=全員に均等に与えられた不幸な偶然の機会(チャンス)。誰もが狙われたくないと思ってる。だからこそ攻めている。
「私は来音さんが怪しいと思いますわ」
「……根拠は何かな?」
来音からの視線=何だか怖い。空気変わってる。人を疑うなんて覚えなければよかった! でも殺されないように味方をつけなければ……!
「私もよく分かりませんが先程ブラワさんが言ったようによく喋る人が怪しいのではないかと思います。その人には何らかの思惑があるはずなのですから」
「でも、村人かもしれないよ? 私からしたらキリエさんと君が人狼なんじゃないかなって思ってるんだけど」
「あら、どうしてですか?」
返答はキリエ。
「だってそう考えたら納得かなって。突然ブロエランドさんに人狼としての囮を担わせて、自分への隠れ蓑をしつつ、下手を打って人狼同士の仲間割れを防ぐようにこのタイミングで生贄に切り出した。……そう考えればいつものキリエさんらしい有効な手段かもよ」
「ですが、私の後に占い師を名乗るものは現れなかった。普通だったならその役割を奪われないように、しかし利用するために本物が名乗り出てもおかしくないですわ。つまりそれがない事は私の身の潔白を示すものではなくて?」
「現実はそう理屈だけでコマを進められないものだよ。何か考えがあって本物は潜み続けているのかもしれない。3人以上占い師を名乗る者が現れたらその3人を疑い、何とかして排除して翌日に自分が本物だと名乗り出た方が都合がいいって作戦かも」
「理屈だけで現実は進まないのでは?」
「でも理屈も潜んでいるよ」
「……」
よく分からない攻防が始まった。流石手慣れていて、しかも頭が回るタイプ同士だ。一体互いがどこまで知っていてそれを探り合っているのか分からない。ただ1つ言える事はこの二人がゲームにおいては敵同士であり、今互いに全力で戦っていて、どちらかがこの昼時間で命を散らす可能性が高いと言う事だ。そして残った方が人狼でなかった場合はほぼ間違いなく人狼に消される。だからどちらも最終日には残っていない可能性が高い。……そう、最終日。次なる3日目が最終日になる可能性が高いってGMは言っていた。
「あの、確認なんですけれど」
GMに対して挙手。GMは視線を向けた。
「何かな?」
「最終日って残った人が3人かと思うのですがそうなると下手をすれば三者全員が別々の人を指す可能性もありますよね。その場合どうなるんですか?」
「多数決で決められない時って意味かな? その時は抽選になると思う。このパソコンでランダムに選ばれた人が吊し上げられるってわけ。で、その際に選ばれたのが最後の人狼ないし村人だったらそのままゲーム終了。あ、あと実際に起こるかは分からないけれど人狼1、村人1、狂人1って場合はお気をつけて。どう決着が転ぶか僕でも分からないから」
「な、なるほど」
あまりよく分からないがこのゲームはやっぱりやばい。せめて記憶が万全な時にやりたかった。
……けれど……。
何となくだけれど何かが見えてきた。その目を以てまだ口論(しょうぶ)している二人を見やる。
「正気ですか来音さん。占い師は貴重な戦力。しかも今回においては村人サイドにおける唯一の武器ですわよ?」
キリエ=相変わらず冷静に。しかしやや焦燥した色を表情に含ませているのは演技でなく本気。本気でこの状況を何とかしたいという願望。罪人が自分の罪を少しでも軽く削りたいと言うような、言い換えれば醜い有様=逃避の色でいっぱい。
「疑わしきは罰せよ、だよ。どうしてあなたがブロエランドさんを潰したいのか分からないからこそまずはあなたからってのはどうかな?」
来音=加速度的に刃を振るって攻める狩人のよう。何が何でもここでキリエを落としておかねばと言う超攻撃的思考。そしてその刃はいつ自分に襲ってくるか分からない。今一番の大敵。それ故にここで止めてはならない。タイミングは今ここではない。
「ハッスルしてるね、二人とも」
「あの、ひばりさん? いつも人狼ではここまで激突を重ねていらっしゃるのですか?」
「まあそうだね。あの二人決して仲は悪くないんだけれどどう言う訳か、この時だけ本気でやりあっているの」
「……」
色を見やる。キリエには相変わらず好ましくない、一刻も早く目の前の敵を倒さねば間違いなく自分の首が落とされると言う焦燥の色。一方の来音に限っては自分の刃がひどくキリエを追い詰められていることにこの上ない喜びを感じているような、そんな色。この2つから強いて妄想を耕してみるのならば、この二人は人狼と言うこのゲームにおいてはライバル同士と言う事なのかもしれない。何だか、お互い仲間同士だったとしてもゲームそのものを放ったらかしにしてでも全力で激突してそうだ。よくこの調子で日常生活を成り立たせていると思う。
「じゃあ、決着をつけようか」
GMがアラートの鳴ったパソ子を抱き上げて宣言。
「じゃあみなさん。処刑の時間です。誰を処すのか指をさしてくださいな」
GM=にこやかに。その視線の先で4人の指とキリエの視線が交錯する。そしていま、決着はついた。
ひばり→ブロエランドに。キリエ=来音に。来音&ブラワ&ブロエランド=キリエに。
「……じゃあ二日目の会議の結果、キリエさんが生贄になったということで」
「……仕方がありませんわね。今回は私の負けですわ、来音さん」
「いえいえ、まだ勝負そのものはついていませんので」
しかし来音=笑顔で去っていくキリエを見送った。
「じゃあ、二日目の夜時間と行こうか」
そして、夜が来る。人狼が蠢き、結果としてキリエの傍らには来音が立つ事になった。
「結局こうなるわけか」
「一手読むのが遅れましたわね、来音さん」
腕の断面で叩くようにキリエは来音の肩に置いた。3日目。残るプレイヤーはブロエランド、ブラワ、ひばりの3人。

------------------------- 第68部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
62話「初めての音、音の終わり」

【本文】
GEAR62:初めての音、音の終わり

・最後の夜明けは果てた。残った参加者は3人のみ。ブロエランド、ブラワ、ひばり。GMがゲームを終わらせなかった以上この中にいる人狼は一人だけと言うことになる。0だと昨夜の時点で来音が食べられる前にゲームが終わっているはずだし、二人全員残ってしまっていれば村人サイドに勝ち目は全くないためやはり今日と言う日が訪れた時点でゲームは終わってしまう。
つまり残った3人は村人2、人狼1って事だ。先程GMが言ったように狂人が混じっていたら面倒なことにもなる。人狼に与えられた手段はただただ自分が狙われないようにすればいいだけ。この最後の昼時間を乗り越えればイコールで勝利となる。敗北確率は単純計算で3分の1となっていて3分の2で勝利できる。しかしそもそもここまで生き延びるためにいくつものリスクを冒しているだろうからその単純計算は当てはまらない。先日指摘されたようにここまで生き延びているという時点で誰もが人狼(うそつき)の可能性が高いのだから。
「で、残ったのがこのメンバーってわけか」
ひばりが口を開く。このメンバーではある意味当然の役割だった。それを自覚しているように或いは強調しているようにひばりは続ける。
「ブロエランドちゃんとブラワちゃん。どっちが人狼なのかな」
「お前と言う存在を忘れているぞひばり」
ブラワ=ここにきて攻撃の意思を見せる。楯を捨てた捨て身の行動。
「だってあたし人狼じゃないもん」
「それなら私とてそうだし。こいつもそのはずだ」
「こいつって……」
いきなり粗暴に扱われて少しショック。しかし、円卓を挟んで口論するこの二人。やはりどこかで見覚えがある。けどだったらブラワはともかくひばりは記憶を失っているとは言っていない。つまり自分と面識があるならば自分を分かっているはずだ。その割にはほとんど自分に対して絡みを持っていない。気を遣っている? それとも過去の自分だけが一方的に彼女を知っているのだろうか。
「大体お前は……ん、」
何かを言いかけながらブラワはそれを止めた。
「どうなさいましたの?」
「……いや、寒気のようなものが……」
「寒気?」
肩を抱く。しかし震えは襲ってこない。感覚的にも別に今が寒いとは感じられない。でも、そういう色は見える。
……いつからだろうか。はっきり覚えているのは先程のキリエと来音の口論の時。ブロエランドは他人の色なるものが感じられるようになった。sの色と言うのが具体的に何を意味するのかはまだ分からない。しかし、他者とふれあい、その色を感じ取っていく内に自分の中で何かが高速で出来上がっていくのが分かった。抜け殻にも等しい空虚だった胸の内、頭の中がいつしか満たされていく。ブロエランドなる名前に一瞬反応出来なくなるくらいには自分と言う者を取り戻しつつあった。だからこそ見覚えのあるはずの手前の二人の事が余計にわからない。特にひばり。自分はこの少女とそれなりに親しい関係であったはずだ。傍らにいて、声を聞き、話をするだけでどこか安心感ともっと手に取りたいという感
情が芽生えてくる。だが、それでもこの少女に対する情報と言うものが驚くほど芽生えてこない。それはなぜなのだろうか。
「……もう、何でもない。続けよう」
ブラワの声でブロエランドは現状を思い出す。時間にしてみればたった数秒だったが全身を流れた電気信号、記憶を受け入れる体内時間はもっと長く感じられた。でも、だからこそこの勝負は勝てる。
ひばりを見る。相変わらずの元気が取り柄で楯な消極的猪娘。意外なほど自分からは何もしないがそれでもさっきは自分に対して一人だけ刃を向けていた。安心安全安定呑気を気取りながらも孤高の必至で村人をやっている。その笑顔の仮面の下……このゲームは村人よりも人狼よりかも狂人が一番生き残りやすいとジンクスを掴んでいる。自分が村人なのだから他二人は人狼か狂人に違いない、それでも一人で何とかやって見せる=ブロエランドとブラワの二人に同士討ちをさせようと言う数珠撃ちのような孤高思考(カラーリング)。何となくだがこの少女は昔からこういう性格だった気がする。元気と明るさと人懐っこさを楯にしながらも心の奥底では人知れず勝ち目のない勝負に挑んでいる……どうしても勝
てない姉の存在とそれに対する感情が透けて見える。
次にブラワ。ひばりほど深くは見えない。そもそもこの少女はよく分からない。記憶喪失なのだから仕方がないと言えば仕方ないが、それだけではない気がする。彼女も先程までの自分同様に自身の事がよく分かっていない。ほとんど出まかせのままに、しかし本来慣れていない強気でそれを隠しつつ武器にして気取っている感じ。例えるなら元々二重人格で、記憶を失った際に本来ではない偽りの方の人格が表に出てしまってそれが表になりつつある……みたいな。とにかくどこまでも自分というものを見失っていて、しかし情報だけは溢れていると言う状態。ひばりとはある意味一線を画しているが同類だと見ればいいだろう。そして彼女は混沌を生み出すべき存在であり、偶然にもこのゲームにおける役割と一
致している。すなわち彼女は狂人だ。この状況においてほぼ勝ちが決定している存在である。何せ、たとえ自分が死んでも残った二人の内どちらが勝者になっても自分の勝ちとなるのだから。
「ふう、」
「どうかしたか?」
「い、いえ。何でもありませんわ」
出来るようになったからと言っていきなり見すぎたようだ。頭がくらくらするし、嫌な汗も出てきた。どうやら想像以上にこの力は体力を消耗するらしい。それが任意発動系の弱点と言ったところか。……だとしても以前の自分はこれをほぼ常時発動していたらしき描写がある。以前の自分は怪物か?
「ちょっと疲れただけですの」
「……じゃあそろそろ決めようよ。みんなは誰が怪しいと思うの? ちなみにあたしはブラワちゃんが怪しいと思うな」
「なんでだ?」
「怪しいと思ったから」
「単純な回答だな」
感動……感情が動いた。ブラワは今の僅かな言動でひばりが人狼ではないと見破った。動きが単純なものは狩りには向いていない。以前ひばりが人狼だった時はひばりは理屈を用意していた。今回にはそれはない。身を守ること、時が流れることだけに集中した防御型の回答。そしてブラワは一度だけ自分を見た。彼女自身もひばりも人狼ではないと分かった以上、残された人狼は自分しかいないと判断したのだろう。そして彼女はそれ以上何も言わなかった。それはつまり自分を見捨てた形になるということだ。
……狂人ってずるい。村人でもあるから人狼が滅んでも勝利になるし、人狼側でもあるから村人が滅んでも勝利になる。じゃあどうすれば負けになるのか。……人狼に食われること? でも捕食しても人狼側のメリットにはならないし。と言うかひばりもブラワも自分が人狼だと確信してるし。これはもう村人側の勝利なのでは?
「じゃあ、そろそろいいかな? 最終日、吊し上げるのは誰かな?」
GMが唱える=混沌を夢見た少女の声。そしてその結果が今明かされる。
「……」
ブロエランドはひばりを指した。しかしひばりとブラワはブロエランドを指していた。つまり、
「ブロエランドさんがアウトって事だね」
「……負けてしまいましたわ」
ブロエランド=起立せず卓上にぐったり。跳ね返ってきた自分の吐息で思い出す。
「そうですわ、こんなことしていられません」
「どうしたの?」
「私、何となく思い出しましたの! 自分が何者なのかを」
「じゃあ、あたしのこと分かりますか?」
「いいえ、お姉さんにコンプレックス抱いてらっしゃることしか」
「ぬ、嫌なことだけ思い出したんだね。まあ、それでもいいですけどー」
急な敬語。どうやらこの子は下級生のようだ。年齢が逆転している今の状態では上手くはっきりしないけれども。
「とにかく私は元の世界に戻らなくてはいけませんの。あの子が……妹が大変なことに……」
「……でも、この世界も今大変なことになってるんだけど」
「え?」
はさんだ声はGM。足元にパソ子を置き、起立してはその手にパラレルフォンを強く握りしめる。その視線の先は窓の外。防音になっているため気付かなかったが雨が降っていた。しかしそれだけではない。一瞬、何かが物凄い速さで曇天を移動するのが見えた。しかもそれは1つや2つではない。
「今のは、なんですの?」
「D型UMX」
「アムクス?」
「Unnown Monster Xの事だよ。僕が追い続けている怪物。あのD型はUMX10号が倒される前に生み出した破界の使者達。僕が仲間を置いてあの世界を去ることになった原因だよ。……じゃあ僕はそろそろ行くから。ブロエランドさん、もし手が空いてたらあれを全部倒した後に元の世界に連れて帰ってあげるからここで待ってて」
GMはそれだけ言うと窓を開け放つ。同時に防音の帳は破られて金属が金属を熱断する時のような異音が屋敷の中を凌辱する。
「行くよ、百連MK-II名付けて二百連!!」
GMは声を上げる。すると、彼女の持つパラレルフォンが紫色の輝きを放ち、次の瞬間には彼女の姿は消えていた。ただ、窓の外の曇天では怪物が落下しながら、しかし空中で大爆発する姿があった。
「一体何が……」
「ねえ今の何の音!?」
扉が開け放たれる。顔中……いや体中キス跡だらけで乱れた衣服の陽翼が姿を見せていた。その後ろでは手足が蝶々結びになった智恵理の姿もあったが誰もが一瞬たりとも視界に認めることはしなかった。
「人狼は!?」
「終わりましたわ! それよりも窓の外に怪物がいて、GMさんが向かっていったんですの!」
「怪物ってひょっとして天死!? ついにここまでやってきたんだ……」
「天死……」
その単語に聞き覚えはある。そして浮かんだ妹の顔。さらにその単語を直接聞いたあの場所、あの男。そこからさらにその関係者たる仲間達の姿や顔が脳裏を激しく焼き尽くした。
「……やっと、やっと全部思い出しましたわ。ここは先輩が最愛の人のために見捨ててしまった、本来の世界……。あの方は最上火咲さんの事を知っていた……。その最上火咲さんは確か元々私が知らない世界の赤羽美咲さんだったと聞いた。じゃあやっぱりこの世界が……」
ブロエランドは曇天を見上げた。通常の人間の視力では到底認識出来ない速度で、人知を超えた火力の応酬が集うその空の色で、しかし彼女の目にも映る変化がそこにはあった。
「あれは……!」
曇天のさらなる上奥。ほとんど見えないくらい小さく薄くなった月。そこから一筋の光が地上に伸びていた。
「……じゃあ、私が出来るのはここまでだから」
「ああ。帰りもよろしく頼むぞ」
異形の少女がいた。その少女が地を離れてその姿を消すと同時にいくつかの人影が姿を見せた。それらはほとんどが見知った顔だった。
「あれは……長倉先輩!?」
「噂の双子発見ってところかな」
その中の一人、長倉大悟が少女の存在を認識した。

------------------------- 第69部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
63話「それは双人(ふたり)のお噺~The twin angel whos wing~」

【本文】
GEAR63:それは双人(ふたり)のお噺~The twin angel whos wing~

・とある二人の少女の協力を経て大悟はこの音終島へとやってきた。当然ながら一人ではない。
「本当にこんなファンタジーがあるとはな」
「……本当にファンタジーだぜ。まったく」
傍らには二人の少年=矢尻達真とトゥオゥンダ・ギミー。その奥手にはジキル・クルセイドとジアフェイ・ヒエンもいる。
「てかお前娘までいたのかよ。今日一日でどれだけサプライズを重ねようって言うのさ」
「こっちだってこの一週間は記憶が戻ったり戻らなかったりカオスの野郎と何度も遭遇したりでいつ倒れて吐いたっておかしくない状況なんだ。それにまだ正攻法で産んだ子供がいるって話よりかもあんな異次元人を妹にしていたトゥオゥンダの方がびっくりだと思うが」
「その話はここでするな」
「そこまでになさいよ」
会話の少年達。それを断つのは最上火咲。その傍らにはライランド・円cryンの姿もある。
「……何かが物凄いスピードで空を飛んでいますね」
「そうね。ライランド、追える?」
「……目で追うのがやっとです。それに、飛んでる方には天死の気配も感じます」
「潮音ちゃんか?」
「いえ、人の形はしていません。それに、100%じゃないんです。天死ではありますけれども100%の天死じゃない、別の何かも混じっています」
「君みたいに天死と何かのハーフって事か。まあ、別の世界だから何があってもおかしくはないか」
「……あれは、」
火咲が空を飛ぶ紫色を見た。ほとんど視界に収まらないスピードだったため認識に時間はかかったがしかしそれには見覚えがあった。
「何が見えた?」
「……もし今見えたのが本物だったらこの世界、思った以上にやばいわよ。まさか、UMXがいるなんて……」
「UMX?」
「そう。別の世界から生まれた怪物よ。でもそれを退治する専門家も来てるみたいだし。今は大丈夫だと思う」
「……記憶を取り戻した火咲ちゃんは色々と頼れるようになったなぁ。なあ、矢尻」
「どうして俺に振る。今は噂の片割れを探すことが先決だろう。ピクニックに来たわけじゃないんだからな」
7人が動き始めた。それをうっすらとだがブロエランド……乃木坂鞠音とGMは確認した。
「ブロエランドさん。どうかしましたか?」
「私の仲間がやってきました。目的は私のようです」
「……」
キリエは目を細める。ブロエランドの視線の先、数百メートル先に確かに何かが見える。しかしそれ以上は分からない。
「よく分かりますわね」
「色を見れば」
「は? 色ですか?」
「ええ。私やっと思い出したんですの。自分が誰なのか。そうそうそうそうそう。確かいつもこうやって自分の限界への挑戦として早口で言いたいこと全てをあの方にお伝えしておりましたわね。ええ、ええ。そのあの方が自分の最愛の人がいない世界に私だけを求めてやってきただなんて物凄い明利ではありませんこと? まあまあまあ! 私にはまだ意中の殿方はいらっしゃいませんがしかしまた何ということでしょうか。嗚呼!! こうしているとどんどん徐々にハイスピードに自分と言うものを思い出していきますわ~!!
……同時にさっきまでの昏いテンションとのパラドックスが起きてアンニュイやらイグザクトリーやらいろんな意味不明の感情が湧き出してきてしまっては遠慮容赦なく心の隅々まで抉り落としていくのですが」
「……」
キリエ=閉口。本当にさっきまでのブロエランドと同一人物なのだろうか。こんなよく喋るのが相方だったなんて知っていたらあのような手段はとらなかっただろうに。
「……ともあれみなさん一度地下に避難しましょう。天死がこの近くにいるのは明白ですから」
「それなら多分問題ありませんわ」
「え?」
「あなたの将来の妹さんが何とかしてくださいますから」
鞠音の視線の先。実はそこまで視力そのものはいいわけではない。しかしその相手の願いを知る願いから得られる人物の色が彼女には見えるのだ。GEARを用いて完全に覚醒した彼女には距離は関係なかった。だからこそ分かることがある。
「私は行きますわ。どうやらあの方々以外にも私を呼ぶ子がいるようですので」
「待って。一人じゃ危ないよ。天死が相手じゃ数なんて関係ないかもしれないけど私も行く」
「じゃあ私も行こうかな」
「来音ちゃんと陽翼ちゃんは私が守ります。キリエちゃんとブラワちゃん、ひばりちゃんは地下に行ってくださいな」
「……ちゃんと無事に帰ってくださいよ」
「はい」
そうして鞠音、来音、陽翼、智恵理が屋敷を離れた。温暖だったこの島も今では殺意の悪寒に満たされていた。まるで夜の雷雨のような冷たさが広がっている。その冷たさの中を4人は進んでいく。その中で空から来る物体があった。ピンク色の肌をして4枚の翼を以て迫りくる緋瞳(ひとみ)の少女……天死。あの子ではない、と鞠音が認めた次の瞬間には智恵理が前に出ていた。
「行きますよ! 久々に本気出しちゃいます!」
ポケットから3枚のメダルを取り出し、胸と股間に押し当てる。キンッ!キンッ!キンッ!キンッ!!
「トンファー・ゴルディオン・ちえり!! トディエリー!!! トディエリーコンボです!!」
急に変身を完了した智恵理が迫りくる天死の荒鷲のような爪をトンファーで受け止め、回し蹴りを打ち込む。
「光になれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
右足が輝くと、撃たれた天死は瞬く間に粒子分解されて光になった。
「……智恵理さん。私の前でそう理屈をガン無視した現実を作らないでくれます?」
「来音ちゃん。事実は小説より奇なりですよ?」
言いながらも今度は光の260億倍の速さで迫りくるD型UMXを膝蹴りで光にした。ちなみに大きさは150メートル程度。
「……ただの変態じゃなかったんだ」
戦いの空。GMは今の異常を見下ろして冷や汗1つ。そして別の方を見やった。
「……火咲……。僕の知ってる火咲じゃないにしてもこうやって姿を見れるだなんてね。まだ色んな世界を巡ってる頃の火咲かぁ。……さて、感傷に浸るのはここまでにして。そろそろやっつけないとね」
光の300億倍の世界でGMは空を舞い、標的に狙いを定めた。
そんな常識を外れた世界で鞠音はとりあえず思い出した自分の素性を来音達に話した。
「やっぱり日本人だったんだ」
「GEARなんてのがあるんだね」
「でも、きっとお二人も持っているはずですわ。それに私、あなた方と深い関係のあるお方を4人知っていますわ」
「「4人?」」
「ええ」
話している間も智恵理は迫りくる天死達を次々と光に変えていく。その中に目的の顔はない。しかし、
「……止まってください!」
突如として智恵理が足を止めた。遅れて後ろの3人も足を止め、鞠音が目を見張る。その視線の先には
「……潮音……」
背中には2枚の翼=虹色に輝きながらもしかしヘドロのように汚らしく形状を変える。
健在である両の腕=しかし腐敗した双頭犬の上半身のような異形。
水浅黄の髪の下から覗かせる両目=乾いた流血のような赤い瞳。
今まで智恵理が光に変えてきたのと同じように典型的な天死の姿をしているのは鞠音の双子の妹。本来均等に分けられるはずだったその天死のDNAを、しかし彼女がすべて一身に引き受けてしまったがために通常の天死ともまた異なった怪物となってしまったその姿を、鞠音は一瞬すら目を離せずにいた。
「行きます!」
やがて、智恵理が地を蹴った。鞠音にはそれを止めることは出来なかった。何故なら気付いた時にはもう智恵理は通常の姿に戻っていて自分の足元に倒れていたからだ。
「……うう、この私でも0,1秒も時間を稼げないだなんて……」
息はあるようだがいつものようなハイテンションさはどこにもない。流血は見当たらないがその様子から骨を砕かれた可能性が見えた。
「潮音……」
「……」
鞠音は一歩を前に出た。しかし潮音はその異形の両腕を向けたまま動かない。左の方の腕……腐った犬の顔無き2つの首がゆっくりと鞠音を見やると、嗅覚のままに口を開けて血であふれた歯と歯の間に高エネルギーを生成する。それを見ても動かないのは鞠音だけだ。
「おやりなさい、潮音。私のせいであなたはそんな姿になってしまった。私はあなたのためならば何でも致します。だからもう、運命に狂うのはおやめになりましょう」
一歩。鞠音は潮音に歩み寄る。既に生成されたエネルギーの影響で翻ったスカートが灰となり、下着が露わになる。ばかりかその足を覆うソックスや靴も腐り落ち、露わになった素足に物凄い速度で数多くの火傷を刻んでいく。2秒も過ぎれば皮膚が焼け落ちて一部の骨が外気に触れる。しかしそれでも鞠音は足を止めなかった。やがて、ついに潮音のエネルギーが限界に達したときだ。
「だからって自分を捨てていいものかってんだ!!」
「!」
声。同時に細長いロープのようなものが迫り、潮音の左腕を縛るとすぐさま砲口を真上へと逃がす。その直後にエネルギーの塊は発射され、その衝撃で地球は1秒ほど自転を止められた。
「先輩……」
鞠音は見た。潮音の左方向。ザインの風を握りしめて大悟がこちらに走ってくるのを。
「おい、鞠音!! 何勝手に死のうとしているんだ! 潮音のためを思うんだったら自分を捨てるんじゃない! それで潮音が元に戻るものかよ! 戻ったとして喜ぶのかよ!」
大悟はザインの風を、先端が注射器のロープに変えて潮音向けて放る。
「……」
潮音は一度右腕で粉砕するが、瞬時に再生されたロープが彼女の両腕を、手錠で繋がれたみたいに束縛する。そして先端の注射器が皮膚に刺さり、物凄い速度で血液とDNAを吸収し始めた。
「あなた、何やってますの……!?」
「潮音が暴れているのは天死の血が濃すぎるからだろ!? だからこうやって大丈夫になるまで吸い取ってやるんだよ!」
「そんなことをしたら……もしかしたらあなたが……!! おやめなさい! 人間であることを捨てるおつもりですか!?」
「もう……とっくに純度100%じゃなくなってるんでな……!! 今更人外の1つや2つ……!!」
「そんな……」
鞠音は大悟の色を見た。確かに既に人間のものではなくなっていた。そしてそんな状態でありながらも現在夥しい量の天死のDNAが大悟に注がれ続けている。
「……う、」
やがて、潮音は声を漏らした。膝を折り、両腕の異形と背中の翼を体から地に落とす。
「はあ……はあ……はあ……」
DNAの吸引が終わり、大悟は右の肩口から見たこともない、形容すらしがたいような色の血液を吐き出した。
「長倉!!」
「え……」
異色に染まり、崩れ落ちそうになった大悟を駆け寄った達真が抱きとめた。
「しっかりしろ、長倉!」
「……た、達真……」
「え……? よ、陽翼……! 陽翼なのか!? どうして陽翼がここに……!?」
「達真こそどうして……!?」
「……そこまでよ、達真」
潮音を眼中に入れていない達真が陽翼に駆け寄ろうとした時、二人の間に火咲が降り立った。
「お前……」
「生きてる事を確認できたならもういいでしょ? 長倉くんと双子を回収して帰るわ」
「ま、待て……! 陽翼を連れて帰らせろ……!!」
「駄目よ。あの世界からこの世界に来るのはよくてもこの世界からあの世界に行くとライランドみたいな事になりかねないわ」
「だ、だが……」
「陽翼さん」
「は、はい!?」
いきなりおっぱいが凄い事になってる美少女に話しかけられた陽翼は戸惑う。
「いつか必ずまたこいつをあなたのところに帰す。絶対に二人きりにしてあげる。だからそれまで生き抜いて」
「……はい!」
「……行きましょ」
火咲が潮音を片手で担ぎ、大悟を背負った達真と、鞠音と共に踵を返す。
「陽翼、必ず戻ってくる」
「……うん」
「来音さん、陽翼さん。智恵理さん。短い間でしたがありがとうございました。キリエさんやブラワさんにもよろしくお伝えください」
「うん。分かった。鞠音ちゃんも元気でね」
挨拶を終え、3人は荒廃した世界を走り抜けた。
「ジアフェイ!!」
走り抜けること10分。3人はヒエン達本隊へと戻ってきた。
「よう、鞠音ちゃん。無事みたいだな」
「ええ。どこかのお人よしに邪魔されちゃいましたから」
「可愛く……ねえ……奴だ……な……」
背負われたまま大悟がつぶやく。その手にはしっかりとザインの風が握られていた。
「……使ったみたいだな。しかも自分に」
「……ああ」
「……やれやれ。こっちゃその辺に転がってる死体でも見つけて天死のDNAを注入すればいいって言ったんだがな。まあいい、どうせ覚悟の上で使ったんだろうから文句は言わないさ。撤退するぞ」
「天死の数を減らしたい」
達真の提言。火咲がうつむく。ヒエンが続いた。
「お空の奴に任せればいい。こちらもこいつらと一緒にだいぶ数は減らしたんだ。それにこの、ここら一帯を満たしすぎている矛盾のエネルギー……長居していると奴らを呼び込んじまう。……目当ての彼女を守りたいんだったら今は退き、敵にうちらを追撃させることだ」
「……分かった」
「ルネ、キャリオストロ。撤退する。時空の門を開いてくれ」
「はいはい」
「マスターのマスターが命じるならそうしまーす」
「俺にマスターなんていねえっつうの」
ぼやきながらもしかし開いた門をくぐって元の世界に帰っていく。
「……陽翼、必ず戻ってくる。必ず……!!」
「……」
最後に達真と火咲が荒廃した島の風景を目に入れ、偽りの世界へと帰還を果たした。

------------------------- 第70部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
64話「青と赤」

【本文】
GEAR64:青と赤

・ふと目を開けてみれば、もうすっかり見慣れてしまった大倉機関医療室の天井がそこにはあった。……またここか。何回連続でここで朝を迎えているんだよ、俺は。
「……って朝じゃない?」
壁に掛けられた時計を見たら12時だった。窓がないから実際にはどっちか分からないがそれが午前だろうが午後だろうが朝って時間じゃねえよな。
「さて、と」
上体を起こして自分の体調を見直してみる。さっきまでぼんやりだったが時計を見てからはもう完全に目が覚めている。何となくだけど一晩ぐっすり眠ったというような気がしない。数時間しか寝てないというよりかはむしろその逆で2,3日くらいは眠っていたようなそんな気がする。だからか、妙に体がだるい。けど、それとは逆にすっきりもしている。どうやら天死の血もプラネットの血もダハーカの血もうまく適合しているみたいだ。……それを自覚しちまうと余計に俺はもう人間じゃないんだなって気がしてくる。もうとっくに覚悟したと思ってたんだけどな。
近くにあった机を見る。前はそこにあいつから借りた鉄扇……ザインの風を置いてたんだけど今は見当たらない。大事なものみたいだったからあいつが置いていくわけもないだろうし、多分あいつが回収したんだろ。
「……」
ふと右腕に意識を集中してみる。まるで赤ん坊が初めて親の手を握るように。何でこんなことをしようと思ったのか、詳しい理由は俺にもわからない。ただ、結果として俺の右腕はあの時の潮音のそれと同じようにそれ自体が勝手に動く怪物となっていた。はっきり言ってグロテスクだ。事前にダハーカの牙って奴だったり潮音本人のあの姿を見ていながらも正直吐きそうになる。部屋の中に一気に悪臭が溶け込んだようにも感じるし。せっかく真っ白な布団を汚すわけにもいかないからすぐに元に戻した。それとほぼ同時にノックの音が聞こえた。
「はい?」
「起きていたのか」
ドアから姿を見せたのは矢尻だった。そういえばあまり見ない私服姿だ。寝間着には見えないから今は昼の12時か?
「どこか悪いところはあるか? 一応2度にわたって検査済みなんだが」
「いや、まださっき起きたばかりだけど特に違和感はないな」
「……天死の力はどうだ? 噂の妹の方から半分くらい吸ったんだろ?」
「……あまり嬉しくはないがばっちり扱えるようになってるよ。どうしてもって時以外には使いたくないけどな。それよりあれからどれくらい時間がたったんだ? 一晩って気はしないんだが」
「ああ、三日だ。正確に言えば60時間ほど。8時間後には文化祭が始まる」
「げ、もうそんな時間か」
どうやら昼じゃなくて夜だったらしい。ってことはこいつ寝間着に着替えないで寝るタイプか。
「というか真夜中にどうしてお前は来たんだ?」
「見回りだ。今日の午前中はジアフェイで、昨日は夏目先輩。その前は龍雲寺先輩と早龍寺先輩で、最初の夜はお前の姉妹がついていた」
「……天死の血を吸っていつ暴走するか分からないから、そのための見張りか?」
「ジアフェイはそのつもりはないようだがな。……提案したのは円cryンさんと当の本人……噂の妹の方だ」
「……天死の二人からの提案か。じゃあ俺を見張ってたのは正しいってことだろうな」
「そうとも限らんさ。実際にお前は何事もなくこうして目を覚ましている。あの二人はきっと自分達の力が信じられないから予備策を施したに過ぎない」
「……ならいいけどよ。で、状況は? あれからどうなったんだ?」
「ああ。噂の双子は二人とも入念な検査を受けたが特に問題はなかった。パラドクスの邪魔が入ると予想されていたからジアフェイとクルーダさんと円cryンさんが警備していたが結局それもなかった。ジアフェイさんが言うには手をこまねいているというよりかは様子を見ているそうだ。何せお前はあまりにもイレギュラーな存在だからな。その上でこの一週間でパラドクスは二人も撃退されている。とどめを刺しきれたかどうかはともかくとして奴らとて何か手を考えてから来るだろう」
「……じゃあ次来る時ってのは今まで以上に厳しい戦いになる可能性が高いのか。……お互い案外早く死にそうだな」
「……俺は陽翼と再会するまでは決して死ぬつもりはない。あの時も最上に邪魔をされなければこの世界に戻ることなくあの世界に残っていたつもりだ」
まさかこいつ私服のままなのはそういう趣味とかじゃなくてあの子にもう一度会う機会を逃さないようにするために、いつでも出られるようにするために着替えてないんじゃないだろうな?と言うかさりげなく言ってるが元の世界に帰る気満々だなこいつ。ちゃんと会議に参加していたんだからそのために俺が何をしなくちゃいけないのか知ってて言ってるんだろうな、こいつの場合。
「ん、どうやら来客のようだな。俺は少し席を外すから何かあったら呼べ。俺の責任になる」
「あいよ」
矢尻が一瞬だけ壁に用意された無線機に目配せしてから部屋を出ていく。その表情はいつも以上に暗く、そして何か考え込んでいるように見えた。……何を考えているのか分かるような分かりたくないような……だな。
やがて、矢尻が出て行ってから数分くらいすると、いくつか足音が聞こえてきた。この騒々しいような足音は何だか聞いていて懐かしいような気がする。
「「先輩、ご無事ですか!?」」
「噂の双子……」
やっぱりこの二人だったか。けど一瞬こいつらとは分からなかった。何せ二人は時間が時間だからか矢尻と違って寝間着姿だったからだ。
鞠音の方は如何にもお嬢様って感じのネグリジェ。本当に眠る時以外には着こまないであろう。だって完全に透けているからだ。下は水色のショーツ。一見普通のように見えるがやっぱりお嬢様。小夜子や鈴音のそれとはまるで違うように見える。詳しくは分からないけどそれだけで数万円はしそうな感じ。そして最初の一瞬以外目を逸らしていたけれど上には何も着けていなかった。ネグリジェの上からではほとんど形もわからないくらい小さな胸。だけどうっすらとその先端のものは見えている。一度目に入ってしまえば数秒くらいは時間を忘れて見入ってしまうのは男子中学生だから仕方がないだろう。
一方で潮音の方は打って変わってまるでお嬢様とは言えない……それどころかその色気も何もない姿は男と見違えてもおかしくない、そんな地味なシャツとハーフパンツで、まるで体操着のようだ。ただ、鞠音と比べるとなかなか育ちのいい胸をしているからか結構目立つ。と言うかぴっちりしているからか胸の形がよくわかって、ひょっとしたら丸見えに近い鞠音よりかもエロイかもしれない。いや、最初に言っておくが別に俺は体操着萌えの人種ではないぞ?
「悪いな、こんな夜遅くに」
「いえいえ。先輩に……ヒエン先輩にお聞きしましたわ。まさか長倉先輩がそれほどまでに無茶をして私たちを助けてくださるなんて思いませんでしたわ。と言うか少しやりすぎじゃありませんこと?まさか人間であることを捨てるだなんて一体全体どこのファンタジーですか!?永遠の切り札でも気取るつもりですの!?そう言うのは既にヒエン先輩が行ったとルーナさんからお聞きしましたわ!」
また始まった。でも何だか久々に聞く気がするな、鞠音のマシンガンも。と言うか潮音が全く止める気配がないからきっとこれは聞いておいたほうがいいってことなんだろうな。俺も今は何故か全く止める気が起きない。多分小夜子や姉さん達と違って守るべきものってイメージがないから、俺たちはそういう関係じゃないから下手に気を張らずに接せるから、かもしれないな。
「そういえば鞠音。前にお前何か言ってなかったっけ?確か自分のルートがどうのこうのとか」
「え?あ、はい。確かそんなことも言ったような気がしますが、でも先輩はもう既に私が教えられる世界の状況とか全部知っているのではありませんか?あなたが選択したその願いによって世界は分岐を迎えてしまったこととかその分岐によって私たちが本来いた世界は先輩が見たようなあのような世界になってしまったとか鈴音先輩がそのカギを握っていて、元のあの世界に戻るには鈴音先輩の犠牲が必要だとか。そして無理にこの世界を持続させても度重なるイレギュラーが発生してしまっているせいでこの世界ですらもそう長くはないって事とか。さらにその私たちが元居た世界と言うのも実は一筋縄ではいかなくていくつもの可能性が集まった結果誕生した一種のフラスコのようなイレギュラーな世界だとか
。そしてその世界からも溢れてしまったひばりさんのような存在が、私のいたあの島……音終島に漂流してしまったこととか。実は私達姉妹は母親が宇宙人で、宇宙旅行中に生まれた特殊な人間だとか。もう私達のいるこの世界線からはこそばゆい物語は1すら始まらずに泡沫の運命の中で完結する物語になっているとか。ルーナさんはそれと同じような既に終わってるようで終わっていない。でも始まることもないようなそんなひどくあいまいな世界から直接この世界にやってきてしまって、でも甲斐爛さんみたいに中途半端に事情を知ったばかりにこの世界に足を踏み入れてしまったが為にもう元の世界に戻ることはできないとか。そもそもルートがどうとか言いましたけどもうルートとかどうでもいいようなそ
んな世界線になっててあなたは結局誰を選ぼうとも選ばずともあまり関係ないようなそんな世界になってることとか。そんなことくらいしか今の私に語れる情報はありませんことよ?」
「……」
いや、こいつ今色々とすごいことばかり口走らなかったか?確かに前半のいくつかはこの前ジアフェイさんに聞いたけど後半の世界線が何たらって奴は全く初耳だぞ。と言うか、
「ひばりちゃん……ってどこかで聞いたような名前なんだが」
「思い出してあげてくださいまし。あの子はもうどこの世界にも存在できなくなったことりさんの実の妹。小夜子さんとは同じクラスで親友で、歌の才能がありながら姉への嫉妬を隠し切れなくて陸上部に入っていたじゃないですか。音終島にいた彼女はそうでもありませんでしたけど、本来は中学生にしておくにはもったいない立派なご胸を持っていらっしゃって先輩はそれを見てあと一歩と言うところまで関係を進めてしまったじゃありませんか」
「えっと、それだと俺はそのひばりちゃんて子と恋人同士だったってことか?」
「いいえ。概ねこの世界の、あなたが知っているあなたと同じ感じですわよ?まあ私もひばりさんの願いから読み取っただけなんで詳しくは分かりませんが大体どこの世界のあなたも変わらないのではありませんこと?」
「……」
否定したいがそれを今の俺が全力で邪魔している。え、何俺ってどこの世界に行ってもそんな甲斐性なしなの?どこの世界に行っても近親相姦からは抜け出せない運命なの?しかもその上で他の女の子ともいい感じになっちゃってるの?……だとしたらちょっとだけ反省するかも。
「……それはそうとお前達どうしてそんな恰好でここまで来たんだ?まさか俺が目を覚ましたってだけで着替えもせずにそんな恰好で家からここまで飛び出してきたのか?」
「まさか。私たちはそこまで露出狂ではありませんことよ?」
「……姉さんは割とそのレベルだと思うけど」
思わぬところからのクリーンヒット。
「おほん。とにかく心配には及びませんわ。本社の寄宿室で眠っていただけですから。ここまで一度も外気に触れることなく歩いて来れる距離ですし」
「今回は急いでいましたから改良型セグウェイで時速140キロの速度でかっ飛ばしてきました」
「……夜の病院を露出度全開の寝間着姿で、時速140キロのセグウェイに乗って駆け抜ける女子中学生か。と言うかその恰好、露出狂って自覚はあるのかお前」
「だってどうせ見せるのは潮音と長倉先輩だけですもの」
「さっき矢尻先輩ともすれ違ったけどね。危うく轢きかけてたけれども」
「……夜の病院でセグウェイに轢かれそうになってたのかあいつ」
しかもこんなエロい姿の女子中学生に。羨ましいのかどうなのかよく分からない奴だな。
「でもまあ、ルートというからにはそれなりのことをしなくてはいけませんかもしれませんわね」
「ん?」
矢尻の不憫を脳裏で眺めていると途端に甘い匂いが鼻をくすぐった。見れば鞠音が俺の下半身に乗り込んできていた。屈んでいるからかその小さな胸の谷間が見えている。
「おいおい、」
「大丈夫ですわ。私だけ気持ちよくなるわけにはいきませんもの。先輩に面倒を掛けるつもりはありませんわ。だから、潮音……?」
「……うん」
曖昧な返事とともに潮音は抱きかかえるように俺の上半身に彼女のそれを重ねてきた。小夜子のそれと姉さんのそれの中間のような大きさの胸がシャツのいい感じの感触と共に左腕全体に広がる。……まさか誘ってるのかこの二人。
「潮音、お前は姉さんに惚れてるんじゃなかったのか?いくら姉さんと同じ遺伝子とはいえ俺は姉さんの代わりにはなれないぞ?」
「そんなことくらい知ってますよ、先輩。これはただの予備練習」
「おい、」
「冗談です。いや、半分くらいは本気でしたけれども。……先輩にはとても感謝しているんです。八千代先輩には程遠い体ではありますし、生えてたりもしますがどうぞお使いください」
……。鞠音の言った自分だけ気持ちよくなるわけにはいかないってのはそういうことか。据え膳食わぬは男の恥だけれどもどうしたものかな。興奮するのはもちろんそうなのだけれどさっき吐きそうになったからか胃もたれがひどい。興奮すればするほどむかむかが激しくなってくる。この状態でそういう気持ちのいいことをするのは自殺行為とも言える。けれどダカーポ。
「じゃあ、二人で口でしてもらおうかな」
小夜子と姉さんじゃ身長が違って中々し辛い感じだったから背丈がまだ近いこの二人なら少しは楽なはずだ。
「はい」
「それでは……」
そうして二人は上を脱ぎ、大きさも形も違う胸を晒し、俺のズボンを下ろしてスプリングのようにはね上がったそれを二人の胸で挟みながら交互に舌を使って俺に奉仕を始めた。
・大悟への2時間にも及ぶ奉仕。その後に鞠音と潮音の二人は大悟の意識がないことを確認すると下まで脱いで全裸となった。
「潮音……」
二人分の精子を浴びて完全に発情した鞠音はその片割れに己自身を穿ち始めた。
「鞠音……僕と1つになるんだ……」
潮音の表情にいつもの落ち着いた色はない。大悟への奉仕は上位の存在に対する媚。意図せずしてその力を浴びたことで今度は支配欲が目覚める。変化こそしなかったが常人ならざる力を帯びたその両腕で無理やりに鞠音の体を抑え
込み、感覚の最先端を彼女のそれにあたがえて一思いに突き入れた。
「うううううああああああああああああっ!!!」
近親相姦。しかし、種を増やすための生存本能としてはならば決して間違った行為ではない。腰を前後するごとに高まっていく感情。そしてついにそれが爆発を迎えようとしたその時に。
「それ以上はいけない!!」
「!!」
まるでバッタが撥ねたような速度で青い影が迫っては一瞬で潮音を組み伏せては四肢の関節を決めて身動きをとれなくした。
「あなたは……!!」
まともな会話をしたことはない。その相手はライランド・円cryン。
「天死の血は増やしちゃいけない!ましてやこんな状況でなんか!!」
「……」
ライラの体を跳ね除けようとする。しかしそれは叶わなかった。ここにもいたのか、より上位な存在が。そう認識した次の瞬間には潮音は完璧なコブラツイストを決められて一瞬で意識を飛ばされた

------------------------- 第71部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
65話「Reset on the sea(前篇)」

【本文】
GEAR65:Reset on the sea(前篇)

・それは今から2年前のことだ。小夜子が妹になってから3年。中々家に帰ってこない両親が珍しく帰ってきたと思ったら音終島にある実家で親戚……というか俺にとっての祖父母が亡くなったためにその葬式で一度島に行く必要があったからだ。まだ中学生になったばかりの俺はまだぶかぶかの制服を着て音終島行きの船に乗ることになった。忌引きのために学校を休めるってのがよかった。……向こうのばあちゃんじいちゃんとはあまり絡みがなかったからぶっちゃけあまり悲しい気持ちは沸いていない。ただ、俺より2つ年上の姉さんは思い入れでもあるのか、相変わらず何もしゃべらないままだったけれども少し悲しい顔をしていた。
「音終島ってどんなところ?」
白波を蹴散らしながら海道を進む船の上。工事現場とかでよく使う安全帯みたいなものを手すりにつけた状態で小夜子は俺に聞いてきた。でも答えたのは俺じゃなかった。
「とってもいいところよ」
鈴音だ。今回の葬式には鈴音の一家も参加する。なんでも鈴音の母さんが俺のばあちゃんの娘だからとか。つまり俺と鈴音はいとこにあたるわけなんだけどあまり意識したことはない。鈴音の一家が外国人であるあいつのばあちゃんの血を強く引き継ぎすぎてるからいとこといっても俺と鈴音は全然似ていない。
「音終島はね、沖縄の近くにあるから暖かいところだよ。そして、枯れない桜がある島」
「桜が枯れないの?まだあるの?もう10月だけれど」
「ええ、そうよ。クリスマスだってお正月だって桜が咲いてるんだから」
そうだ。そう言えばそんな意味不明な非科学的な場所だった気がする。でも確か何よりおかしかった現象がそこにはまだあったはず。というかどうして俺はあまりあそこのことを覚えていないのだろうか?小学校に上がる前までは音終島に住んでいたはずなのに。それからもちょくちょく遊びに行っていた気がするのに。……どうしてばあちゃんやじいちゃんの顔を思い出せないのだろうか。
「……」
そっと鈴音の方を見た。もう何年一緒にいるのかよく分からないこの幼馴染は中学になり、制服を着てスカートを履くようになってからは生意気にもお嬢様っぽくなったような気がする。なんというか今まで男友達みたいな感覚だったのにいつの間にかスカートを気にするようになったり胸が大きくなってきたり、一緒にアスレチックとかで遊んだりをしなくなった。それでいて足の速さは変わってないから陸上部にも顔を出してるみたいだし。というか俺より足速いし背も高いし。ちょっと気に食わない。
「?どうかしたの大悟」
「別に。お前のパンツがなかなか見えないなって」
「そんなの見せるわけないじゃない。いくら去年まで一緒にお風呂入ってたからってもう中学生なんだから我慢しなさいよ」
「我慢って別にそんなこと思っちゃいねえよ!いいし、どうせ今でもたまに姉さんとは一緒に入ってるし。お前なんかとは比べ物にならないくらいエロイ体なんだから!」
すると突っ込みが来た。鈴音からじゃない。後ろにいた姉さんから脳天チョップだ。
「……秘密にしてって言ってるのに」
振り向けばちょっと膨れてる姉さんがいる。いつもは無表情なのにこういうときだけ見せるこういう表情はちょっと卑怯だ。杉並の奴にいつまでもシスコンだって言われても反論できないだけの理由はある。だって可愛いものは可愛いんだから仕方ない。
「鈴音ちゃん。船の間は制服じゃなくてもいいから。部屋に行って着替えてきたらどう?」
「え、本当ですか?分かりました。ずっと抑えてたからいい加減疲れちゃって」
姉さんめ、余計なことを。
「……お兄ちゃんがなんかいやらしい目してる」
「してねえよ凧揚げ女!」
思わず安全帯を外そうとしたら鈴音の飛び膝が俺の顔面に刺さった。意識が遠のきながら倒れつつ、俺は確かに見た。
「ぐ、グレーか……」

・音終島までは船で1泊2日で到着する。つまりこの船の中で一夜を過ごさなきゃいけないってわけだ。
「……はぁ、」
「まだ気持ちが悪いの?」
部屋。船酔いしてる俺に声をかけたのは寝間着の鈴音だ。さっきあんなことを言っておきながら結局客室の関係で俺と鈴音は同じ部屋で寝ることになった。別に今更鈴音のパジャマを見て何がどうともしないけれど。ちなみに小夜子は姉さんと一緒だ。
「大悟って昔は平気だったのに最近よく乗り物酔いとかするよね」
「ああ、なぜかそうなんだよな。特にこの船は厄介だな。前回もそうだったけど吐き気がとんでもなさすぎる。まるで俺に島に帰るなって言ってるみたいだ」
「誰かに願われてたりしてね」
「あ?」
「覚えてないの?音終島の枯れない桜の木におまじないしたらたまに願いが叶ったりするっていう言い伝え」
「う~ん、そんなのあったっけなぁ?」
「6年もいたのにもう覚えてないの?」
「そこからの6年はずっと剣峰にいたから仕方ないだろ?……でもなんかそんなのもあったような気がするな。からかってたさくらんぼくらいにしか恨みは変われてないと思うんだけどなぁ」
「さくらんぼって、一応1つ年上の先輩なんだからいい加減名前で呼びなさいよ」
「もうあだ名しか覚えてねえよ」
確かアメリカに行ったとか聞いたっけ。確か誰かと一緒にあいつをからかってたような気がする。そしてそいつとは別の奴がいきなり廊下で両足を折るって謎の事故を起こしたとかってまえに聞いたっけな。そういうのもあってあの島ではおまじないだの願いだの噂が広まっているが当然俺はそんなの信じちゃいない。……ただ、鈴音が動物と話ができたり、小夜子があんな体なのもあるからもっと他の別な何かがあるんじゃないかって思うときはたまにある。鈴音のも最初はでたらめだと思ってたけど試しに渡り鳥と話して突然いろんな国の言葉をしゃべりだして島の大学教授がものすごくびっくりしてたのは覚えている。だから非科学的なことまでは否定するつもりはない。
「そうだ、大悟。ちゃんと宿題はやりなさいよね」
「はぁ?せっかく学校休んで一週間くらい遊べるのに宿題なんてやってられっかっての」
「あまり成績よくないんだから今度赤点取ったら宿通い決定だよ?」
「いやだねそんなの。俺は自由がいいの。というかお前最近なんだよ。すっかり優等生ぶりやがって。昔の仲間ともあまり遊ばなくなったじゃねえか」
「だって私男子くらいしか友達いないし。中学に入ってまで男子と一緒に遊んでたら変な噂建てられちゃうわよ。紫音は別の中学だし」
「紫音って確か空手で一緒のアイドルか?」
「そ。あんたもサインが欲しかったら空手やってみたらどう?」
「別にアイドルなんかに興味ないし体動かすのかったるい」
「けど大悟。せめて何か部活は入ったほうがいいんじゃないの?小学校時代は中学になったらいろんな部活に入ってエースになるんだって言ってたじゃない」
「ガキの言葉は未来まで届きやしないよ」
「……ねえ大悟。どうして最近はそうやって無気力になっちゃったの?小夜子ちゃんがいるから?」
「あいつは関係ないって。……何だかわかんねえよ。ただ憧れだった中学生になって、お前含めた周りの奴らがどんどん変わっていって、それで自分も何か変われるかなって思ったけど結局それもなくてただ自分一人だけが置いて行かれて……」
「……ごめん。私大悟のそういう気持ちに気づいてあげられなかった。私だって中学になっても前までの友達とずっと一緒に遊んでいたいなって思ったときはあったけどでも、周りはそれをさせないのよ。少し距離を置いてる今だって大悟と一緒にいるとすぐ周りからカップル扱いされるし」
「……俺とカップルだったら何か嫌なことでもあるのかよ」
「え?」
「……別にもういいよ。俺はもう寝るから」
「ちょっと大悟……!?」
鈴音の言葉を聞かずに俺は布団の中にもぐりこんだ。さっきよりかも別の吐き気に襲われたが全部毛布の中で押しつぶした。
・次の日俺はやけに朝早く起きてしまった。時計を見ればまだ6時過ぎだ。朝起きると同時に船に揺られる嫌な感覚がさっそく嘔吐感を誘ってくれる。本当にこの船か海かが俺を全力で阻害してるとかそんなジンクス発生してるんじゃねえだろうな?
「すー……すー」
寝息が聞こえた。小夜子かと思ってみたら隣のベッドに鈴音が眠っていた。そう言えば同じ部屋で寝ていたんだったな。鈴音の寝顔を見るのは久しぶりだ。最後に一緒に風呂に入ったり寝たりしたのは去年の夏ぐらいか?その時から生意気にも胸が大きくなってたから風呂に入ってる時とか寝てる時に散々もんだっけ。その度に蹴り入れられてておかげで次の日体育は休みになったからいいけど。
「……」
意味もなくなるだけ気配を殺して歩み寄る。まず最初に触ったのはやっぱり胸だ。服の上から。はじめは手の裏で小さく触れる。それで鈴音が起きないことを知ると今度は柔らかいその隆起に触れながら手首を返して掌で触れてみる。やっぱり間違いない。去年に比べてまた大きくなってる。押し込むように力を入れ、ちょっと手を引くとなんとそれは揺れやがった。姉さんのに比べたら全然小さいがそれでも小夜子とかとはやっぱり比べ物にならない。生意気にもこの大きさと感触は興奮の材料になる。
「……」
顔色を覗く。やっぱりまだ鈴音が目を覚ます兆しはない。まあまだ朝6時だしな。どれ、今度は少しケースを変えてみよう。布団を足の方からめくる。裸足とズボンが見える。そのズボンの股間にこれまた自然に手を差し伸べてみた。当然の事ながらそこに膨らみはなく平坦だけがある。いや、よく確かめてみるならば割れ目もあるだろうけどそこまで力を入れると絶対ばれるからしやしないけど。でも、それだけで終わるつもりはない。なるだけ体が揺れないようにズボンをめくる。脱げないように、でも確実に見えるようにズボンのゴムを引っ張って前に引き下ろす。そうすれば当然隠れていた下着があらわになる。昔までとは違う感じのちょっと大人っぽいパンツだった。そしてそれすらも引っ張ってめくって
みると一年ぶりに鈴音の一番大事な場所が姿を見せた。不思議なもんだよな。同じ場所のはずなのに姉さんのや小夜子のとかそれどころか去年見た鈴音のともまた違って見える。何より少しだけ毛が生えてた。それを確認した時だ。
「……っ!」
俺の股間がこれ以上ないほど反応を示した。今すぐ俺をここにぶち込めと言ってるようだ。反射的に俺はズボンをパンツごと下ろしてそそり立つそれを出した。今まで見たこともないくらい大きくなっていた。つい最近皮がむけたばかりだってこともあって俺自身がその大きさと姿に驚いていた。でもそれを自覚して再び鈴音のそこを見る。自然と意識も無意識も全部が1つの事しか考えられずに俺はその通りに突き入れようとした。
だけど、お互いのそこが触れた時だ。何故か俺はそれ以上突き入れることができなかった。
「ちっ!」
引っ込み、布団もズボンも元に戻した。暖かさを取り戻したからか鈴音の口から小さな息が漏れた。
……今わかった。俺はこいつから無理やりに何かを奪いたくないんだ。俺はちゃんとした方法でこいつを奪いたいんだ。
「……こなちくしょうめ」
無性にイライラして俺は再び自分のベッドに飛び込んだ。眠りにつく頃には屹立していたそこも元の大きさに戻っていた。

------------------------- 第72部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
66話「Reset on the sea(後編)」

【本文】

GEAR66:Reset on the sea(後編)

・20時間の旅を終えてついに俺たちは音終島に到着した。すっかり軽くなってしまった俺の体を懐かしき温暖な風がちょっと荒いながらも撫でてくれる。記憶にはあまりないけれどもここが俺の故郷に変わりはないようだ。
「ここが音終島。何だか本当に田舎って感じ。でもテレビでよく見るハワイとかドバイとかってのに似てるかも」
プカプカ浮きながら小夜子は語る。いつもより浮遊高度が低いのは親によって30キロの重さの首輪をつけられているからだ。それでも2,30センチくらいは浮き上がっているんだからこいつの風船度は高い。しかも、妙なことに浮いたまま移動している。元から出来たのかそれともこの島にはやっぱり何かあるのか。小夜子に聞いてみたけれどよく分からないそうだ。
親の案内で俺達は葬式の会場へと向かう。と言ってもかつて住んでいたばあちゃんじいちゃんの家だけれども。
「やっぱり覚えてないの?昔結構来てたんだけれど」
「ああ。でも何となくは分かる。あそこの堤防でよくちっちゃい女の子と遊んでたような気がする」
「ひばりちゃんね。まだこの島にいるみたいだけれどどうしてるのかな?確か2つ年下だから小夜子ちゃんと同い年よね」
ひばり……白河ひばり。確かそんな名前だった気がする。俺より1つ上の姉がいるって聞いたような気がするけど会ったことはない。仲が悪いのかそれとも俺達みたいに別の島、ないしは本州に住んでいるのか。あまりそういうところには踏み込んだことはなかったから詳しいことは分からない。もうほとんど顔も覚えてないから仕方ないけれども。
一度家に到着して、俺と鈴音は制服に着替える。ここではさすがに部屋は別だったがその時に今朝の醜態を思い出した。
「どうかしたの?」
一緒の部屋で何か物色していた小夜子が顔を覗き込んでくる。やっぱり完全に足が地面から浮いたまま移動してるな、こいつ。まるで幽霊だ。とりあえず小夜子のスカートをめくってみる。味気ない白い幼いパンツが見えた。
「な、何するの!?」
「いや別に。そうしてると幽霊みたいだからちゃんと足があるかなって」
「足は出てるんだから見えてるよね?」
心配そうに小夜子が自分の足を覗く。もちろんちゃんと2本の足が見えている。
「っと、」
少し無理な態勢で見ていたからか小夜子はバランスを崩してその場で一回転して元の態勢に戻った。
「……お前やっぱりこの島に来てから飛べるようになってないか?それも結構自由に」
「う~ん、よく分からない。お姉ちゃんは逆よりかはましだから気にしなくていいってさ」
「逆……」
まあ、自由が利かなくなって仮に突然ロケットみたいに空高く飛んで行ったらそりゃ困るからそれに比べれば全然増しってところか。まあ、自由が利くようになった今でも着地というか普通に2本の足で地面を歩くのは難しそうだけれど。
「兄さんも、気持ち悪いの治った?」
「一周回って普通になったみたいだな。島に嫌われてようが一度入っちまえば逆にもう何にもならないみたいなものかな」
「島に嫌われてる?兄さんこの島で何かしたの?」
「あんまり覚えてない」
着替え終わり、小夜子と一緒に部屋を出る。よく時代劇とかで登場するような昔の大きな家だからかずっと続く長い廊下に出た。庭ではヤンバルクイナとかキーウィとかがいる。……ここはいつからオーストラリアになったんだろうか。その向こうには参列者がいてしめったれた空気を纏わせている。よく見れば親達がその相手をしていた。俺達と鈴音の親の4人。そこに小夜子の肉親はいない。だからその光景を見させないようにして葬式が始まる時間まで俺達は久しぶりの清家探索を始めた。
「そう言えば姉さんは?」
合流した鈴音に尋ねる。
「さあ?見てないけどお母さんたちの手伝いをしてるんじゃないかしら?」
「さっきは見えなかったけどな。まあ、ここには姉さんの部屋もあるみたいだしそこに行ってるのかもな」
と言う訳でまず最初の目的地として姉さんの部屋を探すことにした。その結果探すまでもなく速攻で発見した。とある部屋のふすまから姉さんが出てきたからだ。しかもさっきとは違う制服姿で。
「姉さん、ここが姉さんの部屋?」
「……うん」
ちょっと中を覗いて見る。当たり前と言えば当たり前だがほとんど家具や荷物はなかった。せいぜい姉さんが今の家から持ってきた荷物くらいだ。こんな何もない部屋なのにどこかで見覚えがある。
「……昔は大悟もこの部屋で暮らしてたから」
「へえ、確かにどっかで見覚えあるな」
「大悟、あんた本当に大丈夫?昔と言っても去年一度ここに来てるのよ?それなのにここの、音終島のことを忘れすぎなんじゃないの?」
「そう言われてもな。覚えてないものは覚えてないわけだし」
よく考えてみれば確かに妙ではある。でも、どんなに妙であって何故か俺の頭はそれに対して考えることをやめてしまっている。考えようと思ってもすぐにストップがかかって別の何かに思考が泳ぐ。
「……鈴音ちゃん、ちょっといい?」
「え、あ、はい。何?」
すると姉さんが鈴音を連れ出して隣の部屋に入ってしまった。追いかけようと一瞬頭が思い浮かぶけど何故かそれも打ち消されてしまい、小夜子と一緒に姉さんの部屋を物色することにした。
「本当にここでお姉ちゃんと兄さんが暮らしてたの?」
「らしいけどどうかしたか?」
「……だって人が住んでいたとは思えないくらい何もないんだもん。いくら引っ越して別の家に住むことになったとしてももう少しくらい何か家具とか残っていてもおかしくないと思うんだけど」
「確かにな。まるで二度と戻ってこないことを考えて荷物を全部処分したとかそんな感じにも見えなくはないか」
「……それにこの部屋、妙な力を感じる。これはGEAR……?」
「小夜子?」
「ううん。なんでもない。……一応お姉ちゃんに確認しておかないと」
いつの間にか天井すれすれまで浮かんでいた小夜子が何かぶつぶつ言ってる。そして天井や壁を蹴ることなく俺のいる場所まで下りてきた。それと同時に親の声が聞こえてきた。どうやらそろそろ葬式が始まるらしい。部屋から出ると同時に隣の部屋から鈴音と姉さんも出てきた。
「何かあったのか?」
「ううん、何でもない」
鈴音はそう言いながらも何か隠してそうな、そんな表情だった。でも姉さんが何か嫌なことを鈴音にするとも思えないし。何か手伝いでも頼んだのか?
そう考えながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。
「って、すんません!」
見上げるとそれは男の人だった。この場にはふさわしくない白スーツで、大学生くらいの年齢の人だった。
「大丈夫かな?」
「あ、はい。俺は大丈夫です」
「そう。ならよかった。君はもしもの時の大事なファクターだからね」
「へ?」
「君にこれを渡しておくよ」
渡されたのはタロットカードのようなものだった。
「これは?」
「開示(オープン)のカードだ。使う必要はない。ただただ持っていればいい。それだけさ」
とかよく分からないことだけを言ってその人は去って行ってしまった。葬式に来た客じゃない?何だったんだ今のは。
「大悟?」
「あー今行くー!」
いつの間にか鈴音たちと離れていたみたいだ。とりあえずカードを胸ポケットに入れて追いかけることにした。

・恙なく葬式は開始され、進行し、そして終了した。参列者の中にはどこかで見覚えのあるような顔があったけれどもやっぱり思い出すことはできなかった。
「え?今日中には島を出る!?」
葬式が終わってから突然に俺は両親からそう告げられた。元々の予定では船で移動中の時間も合わせて一週間は滞在する予定だったはずだ。このまま今日中にここを出てしまえば明後日からは元の生活に、学校に行くことになってしまう。
「確かに急だが、私達にも仕事がある。ここと船の中で一週間過ごしながら仕事をするよりかもさっさと家に帰ってからまた研究所に行ったほうがいい。天笠の方は実家の……リバイスの方でまだ用事があるから明後日までここに残るそうだが」
「じゃあ俺も鈴音たちと一緒に残るよ」
「迷惑になりたいのか?第一学校に行きたくないからって他の人を巻き込むんじゃないよ」
「……けどさ、もうここには来れないかも知れないんだろ?だったら少しくらいいたっていいじゃねえか」
「ここでの記憶が何も残らないとしてもか?」
「……は?どういうことだよそれ!」
「……別に。まあいい、そこまで言うなら八千代や小夜子もここに残そう。ただしこれ以上わがままは言うなよ?天笠は親戚というよりは親友に近い関係だがだからと言って無理を通したい関係ではない。況してやリバイスの方はな。……八千代、頼んだぞ」
「……はい。お父さん」
そうして両親は先に船に乗って帰っていった。……間違いない。親父達も姉さんも俺に何かを隠している。そう言えばさっき鈴音が姉さんから何か言われてたな。いきなり姉さんに聞くのはちょっと気が引けるから鈴音に聞いてみるか。確かリバイスの方で用事が残ってるって言ったな。俺の記憶やあいつの供述が正しければリバイスの家は祈祷師(シャーマン)の血筋で、この島では海神を鎮めるとかよく分からない電波をやっているはずだ。だから俺は海に向かって走ってみた。天笠の方の家の人はあまりそちらには寄り付かない。じゃあどうして天笠の血とリバイスの血が交わったのかと言えば、簡単に言えば駆け落ちらしい。出来ちゃったものは仕方ない。しかも、出来ちゃった子がシャーマンとして才能に
優れているのだからよりもっと仕方がない、とのことらしい。その血筋をさらにさらに良く濃く継いじまったためかたまに鈴音は呼び出しを食らう。だから俺はあいつの動物とかと話ができる能力はシャーマン由来なんじゃないかなって思ってる。正直それ以上にそんな馬鹿な話があってたまるかって思ってるけど。
「ほう、珍しいこともあるものだな」
声がした。もう海が見え、遠目で見れば鈴音らしき人影が見える岬の前で俺は息を切らせながら立ち止まった。
「影八(かげやつ)の奴が自分の役目を放して最重要事項を自由にさせてあわよくば私の元へ遊ばせるなど。13年前の過ち以来かな」
高台に上って俺を見下ろしているのは鈴音のじいちゃん……のさらにじいちゃんだ。確かなら、既に200歳近い年齢のはずだがピンピン生きているどころか40代くらいの若い外見を保っている。この人の名前は憶えていないけど、影八ってのは俺の父さんの名前だ。
「どういうことですか?」
「いや、奴が話すまで私は何も喋らんよ。島に帰ってから父に聞くといい。……鈴音なら今は儀式の最中だ。お前にとっては無意味で馬鹿げたものに見えるかもしれないが私たちにとって、そしてこの島にとっては大事な儀式だ。あと1時間ほど待たれよ。……バナナ羊羹喰うか?」
「……もらいます」
どこから出したのかよく分からない羊羹。それを同じくどこから出てきたのか分からない雪女みたいな人が俺に向かって運んでくる。ちなみにこの家ではあらゆる洋食をスプーンで食うのが礼儀らしい。……羊羹って洋食なのか?まあ、食いやすいからいいけど。
「聞くが、」
3つ目を頬張っていると声を掛けられた。流石に食いすぎたかと思って顔を上げると、
「君はもう鈴音とは恋人になったかな?」
「え、いや、俺たちそんな仲じゃないっすよ?」
「私に対してそんな前置きは要らないよ。とりわけ鈴音の態度を見ていれば親なら分かるさ。いいかな大悟くん。幸せに暮らして行きたいのなら二度とこの島は訪れないほうがいい。君と鈴音のためになる。……もしもだ。君が鈴音を苦しませてもいいというのであればあとで鈴音から色々と聞いてみるといい。二人の未来には必要なことだ」
「……はぁ」
「今は分からないことだらけだろう。だから分からないものは分からないままでいい。気にしなくていい。必要な時が来ればその時に調べればいい。……さて、私はそろそろ行かせてもらおう。鈴音の儀式はあと30分ほどで終わる」
「え?」
呼び止めるまでもなく去ってしまった。確かこの儀式って大切なものなんだよな?なのにそれを途中でほっぽってどこに行ったんだあの人。よく見れば雪女みたいな使用人さんたちも姿を消しているし。もっと大切な用事でも思い出したとかか?とりあえず書置きのように羊羹があと6個用意されていたのでそれを貪りながら鈴音が来るのを待とう。
そして言われたとおり30分程度が過ぎた頃だ。
「……くっ!」
「鈴音!?」
小さく響いた苦しそうな声に振り替えると鈴音が倒れるのが見えた。すぐに駆け寄り、リバイスの方の人たちとともに鈴音の様子を見る。ずぶ濡れの巫女服姿の鈴音は顔を真っ白にしていた。まるで特殊メイクをしたかのように本当に真っ白だ。さっき見たじいちゃんばあちゃんの遺体のように。
「鈴音は!?鈴音はどうなっちまったんだ!?」
「……長倉のか。大丈夫だ。この儀式は尋常じゃないほどの体力を消耗するがすぐにリバイスの海屋敷で休ませれば2,3日程度で体調を取り戻す。元気な姿を見たくば絶対安静だ。スィリアッハ様から何を聞いたかは知らないが、あまりリバイスの件に君が首を突っ込むべきではない」
「……そこまでするつもりはないけどよ。せめて鈴音の看病くらいはさせてくれよ。……お願いします」
「……いいだろう。ただし鈴音が目を覚ますまで君も海屋敷から外に出ることを禁じる。それも儀式の一環だ。リバイスの矜持には従ってもらう」
「……ありがとうございます」
鈴音を抱き上げて俺は海屋敷とやらに案内された。それはどういう原理かは分からないが文字通り海の上に屋敷が浮かんでいた。遠くから見れば奇岩城とかああいう感じのでっかい屋敷に見えるが近づくほどにあっけないほど小さく見えていく。そして目前まで来てみれば体育倉庫くらいの小さな建物だった。幽霊の正体見たり枯れ尾花じゃないけど見掛け倒しも甚だしかった。別に怒る理由なんてないけど。
「鈴音、大丈夫か?」
1つだけ存在していた部屋。そこに鈴音を寝かせた。しかし布団などの温かくするためのものはない。それどころか海の上にあり、その潮を含んだ北風とかが否応なしに吹き抜けるためめちゃくちゃ寒い。こんなところで放置して体力の回復を待つって?冗談じゃない。リバイスの人間は鈴音を殺す気なのか?……いや、まさかな。父さんやあのリバイスの人はまるで俺に何かあるみたいな言い方をしていた。俺がこの島についてあまり覚えていなかったり島に近づこうとすると体調を崩したり、父さんたちが急に俺を連れて今日中に帰ろうとしたり。そしてそれに合わせて鈴音が何か大事な儀式を行ってここまで体力を消耗して、そしてこんな海の上の冷凍庫みたいなところで放置される。俺と一緒にいることまで
許可された。
「これじゃまるで俺に何か原因があって、シャーマンの力で鈴音ごと俺を道連れにして凍え死なすみたいじゃねえか」
「……そう、だよ……」
「鈴音!?」
「大悟……。全部話すね。大悟はね、この島にある枯れない桜の木。あれと一部繋がっているの」
紫色の唇で必死に鈴音は告げた。まるで遺言のように。
「大悟はね、どんな願いでもかなえてしまう枯れない桜の木の邪な部分を宿しているの。ううん。正確に言えば一度その邪な部分の力で大悟は滅んでいるの。肉体がその力に耐えきれずに一度消えているの。でも、大悟は何故か生き返った。その肉体を邪なエネルギーを糧にして再構築したのよ。それがどういう理屈かは分からない。けど事実は事実。今までは何か悪影響を及ぼさないか心配されて大悟には話されていなかった。ううん、私だってさっき千代姉さんに初めて聞かされたの。そして今日、私は大悟から邪気をすべて引き受けてこの海に沈む儀式を行っていたのよ」
「そんな……」
信じられない。でも、何故か理屈じゃない何かがそれを受け止めている。空想するみたいに俺の体が一度滅んで、そして何らかの理由で復活した時の記憶が脳裏で甦る。そうだ。俺はずっと昔に枯れない桜の木に登って枝を一本折ってしまった。それからどこかおかしくなった。
「いいかい?大悟。お前は受け止めすぎた。そしてこれからもっと大きなものを受け止めるだろうね」
同時に再生されるのは死んだばあちゃんの声だ。
「あたしの力で1年に1度、この島に関する記憶を失う代わりにその邪気を和らげてあげよう。あたしが生きている限りはきっと大丈夫。でも、あたしが死んでしまったらもうこの力は使えない。だから2度とこの島に来るでないよ?もし来てしまったらリバイスの血の者がお前を消してしまうだろうからね」
「……くっ!」
どうして忘れていた!?ばあちゃんのあの力……魔法のことを!この島に来るときにものすごく気分が悪かったのもばあちゃんが何かしてこの島に来させないようにするためだったんだ。体調を崩せば俺だけでも途中で帰るかもって!
「……大悟」
「どうした!?」
「今すぐ逃げて。海の声が聞こえたの。もうすぐ大津波が起きてこの海屋敷を飲み込んでしまうって。このままだと大悟が死んじゃう」
「バカ!お前だって死んじまうぞ!!一緒に脱出するぞ!!」
「無理だよ……。ほら見て」
鈴音の視線の先。この部屋唯一の出入り口である襖が白く輝いていた。
「凍ってる……!?」
「お父さんは凍結のGEARだから……。これでもう逃げられない。でも嬉しい。最後に大悟と一緒でいられたから……」
「バカ野郎!!俺はまだこんなところで死んでいられっか!お前にもまだまだ生きてもらわなきゃ困るんだよ!一緒にサッカーして、勉強見てもらって、宿題やってもらって、ずっと、ずっと一緒にいてもらわなきゃ俺の人生どうなるんだよバッキャロォォォォッ!!!」
「……きゃ、」
「え?」
小さな声があった。ふと天井を見上げてみると小さな穴があった。声はそこから漏れた。
「誰かいるのか!?」
「わ、私……」
「小夜子か!?」
「兄さん……鈴音お姉ちゃん……」
「小夜子ちゃん、あなたなら逃げられる。早く逃げて……」
「い、いやだよ!」
声が一度退く。次の瞬間には鈍く重い音が響き、渡る寄り前に天井が割れて小夜子が姿を見せた。
「私なら二人とも連れて逃げられる。早くこんな島から出よう!!」
確かに。妙なことに小夜子は暴風雨の中、ちゃんと浮遊して停止していた。けどその両手の指からは血が流れていた。よく見れば首輪がなかった。多分自分の体重よりもはるかに重い首輪を無理やりに外して天井にたたきつけたんだろう。よく見れば血みどろのその指は変な方に曲がっていた。折れているんだ。どこかで見たことがある。出血を伴う骨折はヤバいって。そんな状態じゃ俺達を抱えて飛ぶのは無理だろう。
「小夜子!俺達にかまわずに逃げるんだ!そしてこの事を父さん達に伝えるんだ!」
「嫌だよ……」
「小夜子!!」
「だって兄さんをお姉ちゃんにとられたくないもん!!」
そう言って小夜子は部屋の中に入ってきた。そして血塗られた腕で俺達の腕をつかむ。意気込んで来ただけあって俺達二人分の体重も支えて体が浮いていく。確かに少しずつ上昇を果たしている。何事もなくこのままいけば助かる可能性もあるだろう。だけど本当に少しずつしか浮き上がっていない。このままだと天井から抜けるのに1時間はかかってしまう。そしてその1時間を小夜子が耐えられるとは思えない。どうすればいいんだ!?
「クスクス。扉を開けるカギを持ち、道を歩く足があるくせに躊躇うなんて僕じゃ考えられない行為だね」
「!?」
声が聞こえた。聞いたことのない声だ。それも耳を通して聞こえた声じゃない。まるでテレパシー、姉さんの声みたいに脳に直接響くみたいだ。
「力はね、使うためにあるんだよ。だから使ってみればいいじゃない。僕が何かをするまでもなく君は既にその力を持っているんだからさ」
まるで自分自身の心の声のように、俺は何も考えずに心の中、自分の世界の中に眠るそれへと手を伸ばした。
「主人公のGEAR……!!」
やがて海屋敷は津波に巻き込まれて沈んだ。俺の悪意を吸い込んだそれはそれまでの数倍以上の質量を作り出し、島の奥地にまで避難していたリバイスの民を根こそぎ飲み込んだ。それを自覚してすぐに俺が見たものは見たこともないような色をした空と、海と、そして砂浜。その砂浜には鈴音が倒れていた。さっきまで呼吸も意識もあった鈴音は、しかし今はもうピクリとも動かない。手を伸ばした。いくら胸をつかんでもその鼓動の音は手を動かさなかった。そして周りには小夜子の姿もない。
「鈴音……小夜子……」
「さあ、使いなよ。その可能性を僕に。世界の全てに見せればいいのさ!」
俺は声に従った。ただ無心に鈴音の生き続ける世界を、小夜子のいる世界を俺はただ願った。
それから気が付けば俺達は音終島ではなく剣峰にいた。まるで音終島での出来事が何もなかったかのような日常がそこにはあった。
両親は帰ってこない。でも鈴音はいる。小夜子もいる。姉さんもちゃんといる。ただ、音終島は存在そのものが消え、俺の体からも枯れない桜の木の邪念は消えていた。
「……僕はもう兄さんのそばにはいられない。でも別の僕がいてくれれば今はいい。……兄さんさえいてくれればそれでいいんだ」
夢枕にその姿を見せたのがあの時海に置いて来てしまった本物の小夜子だと気付いたのはしばらく経ってからだ。そしてそれとほぼ同時期に鈴音がただ蘇っただけでなく、この世界と共に絶対に生き続ける不死の存在になっていることにも気づいた。あらゆる何かが手遅れになりつつあるこの世界で、俺はどこまでも生きていこうと決めた。俺がこの世界の主人公である限り。

------------------------- 第73部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
67話「最後の宴」

【本文】
GEAR67:最後の宴

・薄い夢のあとに俺は目を覚ました。
「あ、兄さん。やっと目を覚ましたんだね」
見れば小夜子がいた。小夜子だけじゃない。姉さんもいた。いつも通りの朝かと思うよりも前にここが大倉機関の病室であることを思い出した。
「どうかした?」
「いや、割と昔のことを思い出していた。あの音終島での出来事を」
「……そう」
「小夜子。確かに今のお前は偽物だ。本物のお前は今もどこかで泣いているかもしれない。でも、だからどうした。俺にとってはどっちも小夜子だ。どっちも妹なんだ。どっちも愛してるんだ。今更自分の存在に引け目を感じるなよ。俺はお前を見捨てないし、本物のお前も見捨てない。今度はもう争わせたりしない。どっちも俺が守る」
「……でも、この矛盾の安寧が終わると少なくとも私は消えるよ?」
「消えない。俺は確かにこの世界を諦める。もう俺が主人公の世界はおしまいだからな。でも、主人公なら主人公らしく最後くらいは奇跡を起こしてみたいんだ。だって、お前が消える理由はどこにだってないんだからな」
「……兄さん……」
「姉さん、」
「……」
「姉さんのGEARで姉さんは自分自身の記憶さえも封じた。だからあの音終島での出来事を無意識の中に封じていた。だからこの世界で真実を知る者がいなかった。でも俺はもう取り戻した。姉さんだってもう真実を思い出したんだろ?」
「……この世界を失ったらあなたはまた枯れない桜の木の悪意を受け止めてしまう」
「かもな。そんで元の世界に戻ればまたリバイスみたいな連中に何かされるだろう。もしかしたらその役目はこの大倉機関が背負うかもしれない。それでも俺はもう逃げたりしない。鈴音のためとか言ったって結局俺は自分のためにこの世界を作ってそして元の世界を大きくゆがめてしまった。それが根っこにあるからいろんなことがここ最近起きてる。そうだろ?」
「兄さんは鈴音お姉ちゃんを見捨てるの?」
「……ここで俺があいつのために何を言っても結果が変わらないんだから仕方ねえよ。どんな言葉を用意したって結局やることは変わらないんだ。だから二人とも。頼みがあるんだ。今日一日。今日一日で決着をつける。だから……鈴音と一緒にいさせてくれ」
「……その前に1つ聞いていい?」
「ああ」
「大悟が好きなのは……選んだのは鈴音ちゃんなの……?」
「……ああ。考えなくたって俺はあいつのためなんてきっかけで世界を作っちまったんだ。もうそのことから逃げるのはやめたよ」
「……そう。わかった」
「悪いな……」
そうして俺は二人を抱きしめた。二度とこの二人に過ちを刻まないと誓いをこめて。

・剣峰中学。学園祭。一週間行われるこの大きな祭り。その初日。俺達のクラスは水鉄砲シューティングゲームを催す。しかもただのシューティングじゃあない。東京駅2個分の意味不明なスケールを持った体育館を全部使って作った迷路の中で行うんだ。本来なら俺もその迷路つくりに参加するはずだったんだが先週はとてもそれどころじゃなかったから全く手伝えなかった。矢尻や最上、鈴音もそうだ。
「話は聞いている。お前は好きにしろ。ここは俺達で十分だ」
「紅衣とか蒼穹とか連れて来ておいてよく言うわ」
矢尻と最上が俺と鈴音の当番を変わってくれるそうだ。……昔の仲間を手伝いに呼んでるみたいだけど。
「け、けど午前中は問題なく出られるぜ?」
「好きにしろと言った。最後の時を口を利ける奴と過ごせるんだ。嫉妬で俺が殺さないうちにさっさと消えてみろ」
いつになく物騒なセリフだが当然それが本音ではないことはこの3か月でよく分かっている。
「そ、そうか。じゃあ任せたぞ矢尻。あと最上も」
「とってつけたようなセリフを言うくらいならさっさと行きなさい。この世界よりも先に私が破壊するわよ」
「その時は俺がお前を殺す。……さっさといけ」
「お、おう」
なんか目を放したくないような、関わりたくないようなそんな二人だ。そんな二人ともまた会えるかどうかは分からない。何せ俺がこの選択をしたってことはそれをあまりよく見ない連中が止めにやってくるわけだしな。大倉機関の連中が何とかしてくれるだろうけれど。とか言ってると早速なんでか知らないけどあの人が姿を見せた。
「よう、調子はいいようだな」
「ジアフェイ……さん」
ジアフェイ・ヒエン。現在の大倉機関の指揮官である高校2年生。本名は確か甲斐廉とかって言うらしいけど何でかこんないかれた名前に。鈴音や鈴城紫音以外の相手からは一切のダメージを受けない無敵のGEARの持ち主。どこから来たのか知らないけどこの人が来たことでこの、俺が主人公の世界は終わりを迎えることになった。それに恨みがないと言えば嘘になるけれど今はもう別にいい。……と言うかどうしてここに?
「好きなように呼べばいい。それより決めたんだってな。この世界を終わらせるって」
「ああ。……と、悪い。報告が遅れてた」
「小夜子ちゃんから聞いたからもういい。……ああ、今の小夜子ちゃんな。お前が言う寝坊助死神(ファンタズマ)とやらの方のは本社にいるはずだ。まあ、別に隔離してるわけでも幽閉しているわけでもないがな」
「……ジアフェイさん。今日は多分俺の決断を邪魔しに来る奴がいっぱい来ると思う」
「パラドクスは間違いなく来るだろう。最低でも2体。場合によっては3,4体かもっと来る可能性もある。正直ここずっと連戦でこっちも仲間達もきついが、逆を言えばこれはチャンスだ。奴らの数を減らせるんだからな。だからお前達は何も気にするな。何も気にせず気の許す限り最後のデートを楽しみな。うちらにはそれくらいの事しかできねえよ」
「……十分すぎるよ。もし、俺が生きて帰れたらその時は改めてお礼を言う」
「……」
ジアフェイはため息をついてから踵を返し、手を振りながら去っていった。少なくとも今日という日に俺と鈴音を守ってくれるのは確かなようだけどそれ以上何を考えているのかは読めない。でも、それでいい。今日だけ、せめて世界をもとに戻すまで守ってくれるんだったら。それ以上願ってしまうのは情けないことだ。
「……ところで鈴音はどこだ?」
朝のホームルームの時にはいたから学校のどこかにはいると思うんだが。携帯で電話したいところだけどいつの間にか無くしちまってたし。というかそもそも中学校は携帯禁止だし。あいつも大倉機関からの緊急呼び出し用携帯しか持ってきてないだろうし。俺もその携帯をもらっておくべきだったかな。とりあえず鈴音を探しがてら校内を回ってそれぞれのクラスの出し物を見てみるか。
最初に向かったのは2年生。2年生のブロックに足を踏み入れたと同時に今日初めて昨夜起きた出来事を思い出した。確か俺は噂の双子と一緒に寝て、ご奉仕をされたんだっけな。確か最後まではやってなかったと思うが。朝起きた時にはもういなかったから完全に忘れてた。
「あ、長倉さん」
廊下を歩いていると赤羽美咲に会った。
「よう、あんたは待機じゃないのか?」
「私は戦闘要員ではありませんし、パラドクスのような人外戦力が相手では逃げることすらままならない状態ですので。それより司令から聞きましたけど今日は鈴音さんと一緒では?」
「ああ、今探してるんだけどなかなか見つからなくてな。携帯も持ってないし」
「私から連絡しておきましょうか?」
「いや、いいよ。そんな遠くまで行ってないだろうし。あんたも噂の双子には気をつけろよ。あいつら学園祭だと何するか分からないからな」
「あ……」
一瞬。彼女は表情を曇らせた。それは躊躇の色だ。何を考えた?
「……はい。わかりました。私はこの辺りにいると思いますので何かあったら言ってください」
「おう」
軽く挨拶を済ませてすれ違う。
次は1年生のゾーンだ。知り合いと言えばせいぜい小夜子くらいなもので、しかもやる内容も知っている。けど鈴音の居場所を知っているかもしれない。一応足を運んでみよう。
「え、鈴音お姉ちゃん?」
1年生の教室。窓付近の手すりにロープを巻き、それを腰につないだ小夜子がいた。こうしていると本当に凧揚げかバルーンに見える。普通なら絶対驚くこの光景でありながらも1年生たちはみな懸命に最後の準備をしている。この半年でだいぶ慣れたんだろうな。……とりあえず作業してるふりしてちらちらと小夜子のスカートを覗こうとしている男子がいたので何故かたまたま持ってた5キロの鉄アレイでボディブローしておいた。
「お姉ちゃんならさっきまで一緒だったんだけど。もう教室に戻ったんじゃないの?」
「そうか。入れ違いになったってことか。それと小夜子。出来るなら低空飛行を心掛けろ。集中すればある程度は浮遊のGEARを制御できるはずだ」
「む、兄さんからそんな言葉を聞くなんて。……分かってるよ。分かってるけどこれがもう私のデフォルトなんだから仕方ないじゃない」
「けどお前確か音終島では自由に飛べたよな?」
「……あれ、わたしじゃないもん」
……そう言えばそうだったな。思えばあっちの小夜子も最初はうまく飛べなかった。でも音終島に行ってからはあの島にあった魔力のおかげか自由に飛べるようになっていた。だったらこっちの小夜子も音終島に行けばその魔力で浮遊のGEARを制御できるようになるのだろうか?この前、鞠音を助けに行ったときに連れて行けばよかったか。
「とにかく私もまだ少しだけ作業が残ってるからまた後でね」
「おう」
ちょっとだけ気まずい雰囲気になりながらも俺は1年生のフロアを抜けて再び3年生のフロアに戻った。まあ、体育館だけれど。
「Just you know why ~♪」
到着すると既にリハーサルの段階に来てるのか、やや薄暗いステージで陽気なBGMが流れながら水鉄砲の発射音が所々で響いていた。……なんか時折パンダみたいな生き物が亜音速で動いているのが見えるけど。そしてそれに追随するように全裸のボディビルダーの姿が消えたり出たりしてるけど。
「あ、大悟」
その中、割れた窓ガラスの破片を拾っている鈴音がいた。
「こんなところにいたのか。で、何してるんだ?」
「うん。私が来た時に最上さんがおやつにチーズを差し入れたんだけど矢尻君あまり味の濃いものは好きじゃないって断ったらいきなり窓ガラスをぶち割ってパンダが飛んできたの。今はなんかよく分からない裸の人が相手してるから大丈夫なんだけれど」
「……それのどこに大丈夫な要素があるんだよ」
いろんな意味でな。
「それより鈴音。今日は俺と一緒に過ごさないか?」
「……うん。いいよ。千代姉から話は聞いてるから」
鈴音は一度だけ奥にいた最上に目配せしてから持ち場を離れた。

・屋上。本当は楽しい話をしたかったけれど、姉さんから話は聞いてるって言われたけれどもまずは俺自身の口から話したくて鈴音を連れてきた。
「そう、全部思い出したんだ」
「ああ。それで教えてほしいんだ。今の俺にはまだ枯れない桜の木の負の怨念が宿っているのか」
「ううん。それはもうないよ。だってこの世界には枯れない桜の木自体がないんだし。それにあの時に大悟が自分に宿る邪念を使って主人公のGEARを発動させたからこの矛盾の安寧が作られたんだよ。もうほとんど残っていないはず。残っててもごくごく微量だよ。どのみち私には感じられない」
「そうか。で、お前の方はどうなんだ?俺の邪念を結構引き受けたんだろ?」
「うん。でも小夜子ちゃんと似たような感じで私も100%前の世界の私ってわけじゃないんだ。小夜子ちゃんのと違って同一人物だけれどこの肉体は一度死んだあの体とは違うの。この世界の核であり、そして私自身もこの世界がないと生きられない。運命共同体としての肉体。だからあの時、最上さんの攻撃も通用しなかった。そうでしょ?」
「……難しいことはわからないし、あの時は考えてる余裕もなかった。でも、今はよく考えてるし、そのうえで決めたんだ。俺は今日でこの世界を終わらせる。本当なら今すぐ終わらせた方がいいのかもしれない。でも、お前への未練を残したままだとまたこの世界を作ってしまうかもしれない。だから、今日でお前への未練を断ち切る。だから、今日はずっと一緒にいてほしい。お前のいる世界を堪能したいんだ。俺は、今の俺はお前がいないとどうしようもないんだ」
「大悟……」
「最初から最後まで俺のわがまま尽くしだけれども、これが本当に最後になるんだ。なら最後まで貫きたい。失う前にお前を感じたいんだ」
「……ちょっと寒いけど、いいよ……?」
鈴音はそう言ってスカートをたくし上げ、ほぼ同時に俺が鈴音の下着を掴んで下ろした。

------------------------- 第74部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
68話「Schlatoon the last super」

【本文】
GEAR68:Schlatoon the last super

・開会式の花火が平日の朝から打ち上げられ、剣峰中学の学園祭の幕が上がった。とはいえ多くの生徒たち、クラスではとっくに身内同士で演目を楽しんでいるから、これは一般客向けの合図のようなものだ。もちろん多くはこの日を楽しみにしてくれた普通の客だろうが中には学校の中に入れるとあってよからぬ企みを携えてやってくる不届きものだっているだろう。だからかいつもより警備の用務員さんの数が多い気がする。……ついさっき現実ばなれした変質者という名の怪物が2匹俺のクラスの中で大乱闘していたような気がするがあれはもうパラドクスとかダハーカとかそういうレベルの代物だからこの人たちの仕事ではない。そしてそれは大倉機関のメンバーの仕事だ。本当なら俺も警備に回ったほうが
いいかもしれないし、そもそもこんなところにいない方がいいかもしれない。なんせ今ここを襲ってくる奴は十中八九この俺が狙いなんだから。でも、ほかのみんなはそれを許してくれた。だったら都合よくそこは甘えてみようじゃないか。……どうせこれがこの世界だけでなく俺の最後でもあるのだから。
「にしても鈴音。何だ、その歩き方は。また渡り鳥にどっかの国の珍獣の話でも聞いたのか?」
「あ・ん・た・ね・えええ!!」
蟹股千鳥歩きな鈴音がいろんな事情で真っ赤にした顔で殴り掛かってきた。そんで来たのは拳でなく膝だった。
「いてっ!!」
鳩尾に確かに入った。思わず言葉に出てしまったが、実際は全くダメージはない。その理由を鈴音も読み取ると不意にその表情が暗くなる。
「はっきり言うけど今の大悟は島にいた頃、ううん。元の世界にいた頃よりかもバッチグーで最悪な状況になってるわよ」
「ああ、知ってる。世界を超えて噂の双子を救いに行ったのがだいぶきつかったようだ」
「そうじゃないでしょ、大悟。まあ、もういいけども」
「……で、そんなに痛かったのか?」
「千代姉や小夜子ちゃんにも同じ質問をしたんでしょ?理由も感想も一緒よ。この近親相姦色情狂魔人」
「いや、まだ小夜子とはやってない」
「まだって言っちゃう時点で色々終わってるでしょうに」
「かもな。でも、俺はもうお前以外との誰とも寝るつもりはない」
「……変な操立てなくてもいいんだよ?大悟が笑ってくれていなけりゃ私も世界を救う甲斐がないもん」
「……さてな」
既に足は1年生のゾーンに到達していた。つまり小夜子達のクラスの出し物があるのだが、
「うわ、すげ」
小夜子のクラスの前で超行列が出来ていた。ざっと見ても5,60人くらいはいる。いすぎて隣の隣のクラスの前まで人が並んでてそのクラスで受付をやっている女子が泣いているほどだ。
「小夜子ちゃん人気だからね」
「え、そうなのか!?」
「そうだよ。知らなかったの?ファンクラブも出来てて今年のクリスマスのパーティで行われるミスコンでは優勝候補なんだよ?」
「……小夜子に変な視線を送った奴は全員牙で食い殺してやる」
「こらこらシスコンシコモス」
何だかよく分からない変化形で返されてしまった。でももしもの時にはダハーカの力も天死の力も惜しまず使うつもりだ。お兄ちゃんは妹の婿を、その存在そのものもろとも許すつもりはありません。
「仕方ない。小夜子のクラスはあとにして2年生のゾーンに行くか」
「……1年生は小夜子ちゃんだけじゃないけどね」
「何も聞こえなかった」
と言う訳で次の場所である2年生のゾーンに向かったのだが。
「はいはい。今ここは立ち入り禁止よ」
幼女がいた。金と黒が入り混じったトラ柄の髪を一つに束ねて小さくふんぞり返っているこの幼女の名前は確か、ルネッサ峰山。ジアフェイとかクルーダさんと何か関係があったりする子だったっけ。確かこの子ともう一人のよく分からない女の子の力で俺は音終島に行くことができたんだったな。と言うか記憶がはっきりしないが俺はこの子によってダハーカの力を体に入れられて夏目黄緑さんと似たような体になってしまったような気がする。確かそのGEARは……融合。
「立ち入り禁止ってどういう訳だ?と言うかあんた元の世界に帰ったんじゃなかったのか?」
「色々あってね。帰る必要もなくなったというか、まあいいでしょ。そしてここから先には行かせられないのよ。今は作戦行動中でここから先がそのエリアになってるんだから」
「は?2年生のゾーンで!?」
「そ。でも無理にあんたが通せっていう場合にはそれを通してやれとも言われてる。力と数なら十分足りているからあんたが行っても雰囲気を作ることしかできないと思うけどね。どうする?」
「……」
一度鈴音を振り返る。
「……」
鈴音は俺に判断を任せているようで、ただこちらを見つめ返してくるだけだった。……この先で絶対に何かが起きているし、妙な胸騒ぎもする。けれどそうなるのは分かり切っていたことだし、それに対してさっきジアフェイさんに頼みもしてきた。だったら今俺がすべきことはちょっかいを出すことじゃあないはずだ。
「分かった。俺が言えた義理じゃないかもしれないけど無事に頑張ってくれ」
「あんたがどっかいく頃にはもう終わってると思うけどね。帰ってきたらあんたがそう言ってたって伝えるわ」
手であっち行けとサインを送る彼女を背に俺達は3年生のゾーン……というかこの2時間で何度目になるかわからない自分の教室に向かうことにした。いい加減気まずいのは百も承知なんだがまあ、許せ。

・そして到着した体育館。いや、はしょってるけどちゃんと自分の以外のクラスの出し物も見て回ってるぞ?
「……誰がそんな言い訳を求めた?」
予想出来ていたけれど流石の矢尻もキレていた。最上の姿が見えないけどそこは喜ぶべきだな。GEAR以上にあいつはおっかないし。
「まあ、リバイスと合流できたようだから一回だけなら目をつむってやる。で、二人で参加するのか?」
「ああ。今はどんな感じだ?乱入はできる状態か?」
「……」
冷静を取り繕いながらも仕草が面倒くさいとつぶやいている。やばい、こいつ本当に怒ってる。こりゃ本当に最上がいなくてよかった!この世界は鈴音のための世界だからどうしたって鈴音が危害を被ることはないが、何故か制作者であり主人公であるはずの俺は普通に危害被るからあいつ相手にしたら間違いなく瞬殺だ。
「それにしても今か」
「どうした?何か異常でも起きてるのか?それとも女子限定ないしは男子限定モードか?」
「いや違う。……まあ俺はあまり彼女たちとは関わりがないから別にいいか。入れ。水鉄砲は何がいい?」
「ん、普通の、スタンダードでいいや」
「リバイスは?」
「私もそれでいいよ。実を言うとあまり参加してないからどれがいいのかよく分からないし」
「それにあのゲームに押されてか、よく分からない癖の強い種類が多いしな」
「残り時間は13分と少しだ。生き残りは4人。膠着状態が続いてるから緩和剤になって来い」
「げ、面倒くせえなぁ。まあいいや、行くぞ鈴音」
「うん。分かった」
体育館のドアを開けると同時に矢尻の非常に面倒くさそうな、絶対に何か感情を押し殺してるとしか疑えないような声で乱入者を告げるアナウンスが響いた。そして、俺達は暗闇のステージで障害物を無視して縦横無尽に動き合っては水を発射し合う両者を見た。
「あれは、小夜子!?」
「兄さん!?」
「……」
そこで激突していたのは小夜子だった。しかも二人の、だ。両者ともに浮遊のGEARを用いて空中戦を行なっている。いくらリセットされる世界だからって少し自由にしすぎじゃないだろうか。まあ、小夜子の場合既に注目浴びまくってるから問題ないかもしれないが。
「……あ、見て大悟!」
鈴音は別の場所を指さした。言われてみてみるとそこには同じ顔の女子が二人いては、ガン=カタじみた接戦を繰り広げていた。
「World holder come,that this end of the time」
「……シフル、この制空圏の練習はいつまで続くの?」
「That end of the time」
「機関にいたっけ?」
「所属は違うんだけどね。無害認定されてるけど一応監視下にってことでこの学校で見ることになったみたい。まあ、ジアフェイさんの考えだから普通にかわいい女の子を放っておきたくないって考えかもしれないけどね」
「……で、こんな状態に俺達が乱入してどう緩和剤になれって言うんだ?」
方やドッグファイト。方やよく分からない格闘技。それでタイマンで互角してるんだから乱入のしようがないんじゃないのか。普通に勝負が終わるまで見ているのが賢明かもしれない。と言うか同じ顔の少女二組とか一般人になんて説明すりゃいいんだよ。
「と言うか小夜子達。どうしてお前たちが戦ってるんだ!?」
いくら競技上での遊びとはいえこのタイミングでそれは、意味深だぞ!?
「兄さんには関係ないもん……!!」
天井や間仕切壁を蹴りながら移動する今の小夜子。その視線の前後をいくつもの水の弾丸が横切る。相手をしている方の小夜子は無言だ。相手が移動だけに専念しているのをいいことに次々に連続射撃を放っている。いや、相手に攻撃をさせないように攻め続けているのだろうか。その小夜子が俺の方を向いた。
「簡単なことだよお兄ちゃん。僕とアレ、勝った方が本物になるんだ」
「な、お前、何やって……!?」
「終わらないんだよお兄ちゃん。自分との闘いって言うのはね。許せないんだよお兄ちゃん。無様が自分の姿ではしゃいでる姿って言うのはね!」
「!」
殺気だ。とても水鉄砲を使っているとは思えない殺気があっちの小夜子から放たれている。いや、逃げながらもあっちの小夜子からも殺気のようなものが滲んでいる。むしろ、逃げている小夜子の方が殺気が強い……!?
「小夜子!俺はお前たちを二人ともそろってちゃんと助けてやるって言ったはずだ!!」
「兄さん、それじゃ意味がないの。これは私自身の戦いなんだから」
「そいつは僕の全てを奪った。そしてこれからも奪い続けようとしている。……ダメなんだよ、両方とも生き残るんじゃ。そいつをもう一度血祭りにあげないと僕は長倉小夜子に戻れない……!!」
「だから使ってるのは水鉄砲だけれどもこの勝負で負けた方は消える約束にしてるの!……確かに私は偽物かもしれないけどだからって生きてることに変わりはないんだ。それを脅かすっていうならたとえ本物だろうと許しはしない。あいつを倒して本物の長倉小夜子になるんだ!」
「……っ!」
ダメだ、こいつらは止まらない。自分の存在意義のために止まれないんだ……!力ずくで無理やり止めてやるのは簡単だが、それでも機会を改めてこいつらはまた殺し合う。けど、ここで決着を待ってやれば片方は死んでしまう。……この嘘で作られた世界の中に置き去りにされてしまうんだ。……やっぱり複数を生きながらえさせるなんてのは過ぎた願いなのか……!?ただでさえ失われた鈴音の命を無理やりにでも救ってしまったことがどうしても気に食わないってのか、この宇宙の神様って奴は!!どっかに転がってないのかよ、死なずに済むはずの命を救ってやれる運命ってのは!
「さらなる混迷を求めるか?」
「!?」
何だ、今誰かの声がした。男でも女でもない。誰の声だ?まさか本当に神様って奴か!?
「さあ、選ぶといい。さらなる混迷の世界を求めるのか求めないのか」
「……!!」
混迷って言うのはあれだよな。多分矛盾の安寧と同じようにあの二人が同時に存在する世界のことだよな?この謎の声は主人公のGEARをもう一度使えっていうのか!?今の、この滅びかけている矛盾の安寧をさらに上書きしろって言ってるのか……!?そんなことをしたらいったいこの世界はどうなっちまう!?……そうだ。今の声はパラドクスとかいう連中の差し金だ……!聞き入っちゃいけない……!
「ならば諦めるというのか?貴様の妹の運命を。このままでは貴様の妹は二人ともこの世界と運命を共にするぞ。いや、その二人だけではない。貴様の姉も後輩達もこの世界と運命を共にするだろう。そして、そうまでして元の世界に戻ったとしても貴様が最も愛するその女は存在しない。さあ、選べ。自分のために世界の混沌を!」
「俺は……ん?」
気付いた。俺の両手を鈴音が抱いていた。
「鈴音……?」
「今、クルーダさんが教えてくれたの。微生物を経由してね。今大悟を大いなる調停者が狙ってるって。大悟、自分の選択を諦めないで。自分を信じて。世界はいつだって自分を信じて戦う主人公を見捨てないはずだから」
「鈴音……」
「それに、生きたいって思ってるあの子たちを片方しか生き残らせないなんて神様もいないと思うから」
鈴音は飛び交いながら命がけで戦う二人を見上げた。俺も続けて二人を見上げる。
そうだ、間違えるな。主人公ってのは無理に世界を変えて自分のやりたいように世界を変えるものじゃないはずだ。だから今度はちゃんと、正しくこの力を使う。既に死んでしまった鈴音を生き返らせるのは自然に反した間違った選択だったかもしれないが、今もまだ生きているあの二人を救うのは自然に反しちゃいないはずだ。むしろこんなことすら出来ずに何が主人公だ!!
「二人がダメって言うのならもう一度一人になれ!!ファンタズマなんて幻に過ぎない!!」
叫ぶ。力を込めて。
「!!」
すると、二人の小夜子は空中で激突し、壁の向こうに落ちていった。そしてそれと同時に競技終了のアナウンスが迸った。
「小夜子!!」
急いで壁の向こうに向かう。暗闇が晴れ、照明がつけられたそこにいたのは気を失った小夜子一人だけだった。

------------------------- 第75部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
69話「サクラユメニキエオチテモ」

【本文】
GEAR69:サクラユメニキエオチテモ

・とりあえず保健室に小夜子を預けた。本当なら機関に預けた方がいいんだろうけど誰とも連絡がつながらない。一応矢尻にも伝えてからここに来たんだがそれでもまだ小夜子は目を覚まさない。あの小夜子同士の戦いの果てに落ちた小夜子。でも、倒れていたのはこの小夜子だけでこの小夜子が一体どっちの小夜子なのかはまだ分からない。あっちの、元居た世界の小夜子は確かに不安定な存在だし、正直よく分からない点が多いから突然姿を消えたとしてもおかしくはない。だからこの小夜子はこの世界の小夜子だと言ってしまえばそれが一番楽なんだろうが、あの状況であっちの小夜子が消える必要が見当たらない。それに、俺はあの時主人公のGEARを発動させた……ような気がする。確証はないが、それでもし
かしたら、もしかしたらだけれども二人の小夜子は統合をしたんじゃないかって都合のいい考えをしていたりもする。矢尻や鈴音の様子からまた新しい世界を作ったってわけじゃない、さっきまでと同じ世界だってのは分かるし。でも確かに発動の手ごたえがあって、それで変わったのが小夜子だけなんだ。だったら期待をしてもおかしくはないだろう?
「って考えなわけね」
「ああ」
保健室を出てすぐの廊下。鈴音に意見を求めてみた。
「奇跡を作り出す俺のGEARならば二人の小夜子を統合させてもおかしくないと思うんだ。少なくともこの矛盾の安寧っていう世界を作り出すことよりかはまだ不可能なことじゃないと俺は思う。……甘いかな?」
「……大倉機関でも、ううん。どの機関においてもまだGEARがどんなものか、どこまで出来るのかとかはよく分かってない。況してや大悟のGEARはあまりにスケールが大きすぎたのと知っているのが千代姉と小夜子ちゃんの二人だけで、しかも二人とも黙ってたから全く研究されてない。だから何が出来て何が出来ないのかは私には何も分からない。でも、あの時と今の大悟は違う。だから私は大悟を信じてみたいなって」
「……鈴音」
「さ、大悟。次はどこ行く?今日って一日はもうないんだから楽しんで回ろうよ!」
「……ああ、そうだな」
ちょっとだけ小夜子のことが心配だったが一応姉さんにメール送っておいたから問題ないかな?もちろん小夜子も心配だけれども、今は鈴音と出来るだけ楽しく長く過ごしたい。

・それから色々な場所を見て回った。いつの間にか2年生のゾーンが解放されていて、3時間くらいかけてすべての出し物を見て回った。どこにも噂の双子の姿がなかったのが気にかかるが、きっと機関の方の仕事で出ているんだろう。しかしその本人たちがいないとはいえまさかあの二人のクラスの出し物が一番近くの高速道路を貸し切って、私有地にした上で誰でも参加できるようにしてカーレースを行うなんて馬鹿げたものだとは思わなかった。あの二人の姿は見えなかったけどこれ絶対くそ大金持ちなあの二人が関わってるだろ。と言うか中学生が参加可能なカーレースを中学校の文化祭でやるな。
「イィィィィリイイイィィィィイイイヤァァァァァホゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
しかも時速280キロで突っ走るポルシェに一瞬全裸のボディビルダーの姿が見えた気がするが、知的生命体に備わったGEARでもない謎の力によって記憶の彼方から消し去った=俺は何も見ていない。
一応レースでなく単純にドライブするってコースもあったため結構不安でドキドキしながらも俺達も参加してみた。実際に免許を持っていない人用に超高性能のナビが搭載されていてほぼ自動運転状態にも出来た。ちょっとだけ自分で運転して、すぐぶつかりそうになったからすぐに自動運転状態にした。
「でも、変な感じ」
流れていく景色。その中で鈴音がいきなりこぼした。
「ああ。お前も代わってみるか?と言っても自動運転だけど」
「ううん。そうじゃなくて。まるで私たち、もう大人になったみたい。えっちして、一緒に車に乗って街を見て回るなんて。ちょっと前まで考えられなかったもの」
「……かもな」
サイドミラーに暁が映る。もう、今日と言う日は終わりに向かっている合図だ。気付けばもう後ろや周りには車がほとんどない。きっと俺達が最後の乗客だろう。ゴール地点では2年生たちがあたふたしているかもしれない。スピードを出してもいいかもしれないが自動運転モードの解除方法が分からないので仕方ない。それにもう半分くらいは過ぎたはずだからそこまで急がなくてもいいだろう。
「……あ」
鈴音が小さく吐息と声をこぼした。それに気づくと同時に俺も同じ場所を視線で追っていた。かなり離れた場所だ。雨のように降りしきる雷の中、バカでかい狼みたいな怪物が2体姿を見せていた。ダハーカか、天死の類か?どちらにせよ、あの2体は激突を果たしている。つまりあの2体で戦っている。偶然か何かの策略かは分からないけど敵と味方が同じ力で戦っている。つまり機関のみんながちゃんと対応しているってわけだ。だったら俺達が出る幕じゃないだろう。第一さすがにあんな怪物同士の戦いに巻き込まれたら生き抜くだけで精一杯だろう。秒単位で周りの建物が消えて行ってるし。
「鈴音はあれが何だか分かるか?」
「ううん。でも、以前にも見たよ。敵に捕まった最上さんと円cryンさんを助けに行った時に。片方だけだし、結局アレが何なのかはわからずじまいだったけどね」
「……けど少なくとも片方は味方だよな?」
「多分ね。……ちょっとだけ罪悪感かな」
「ん?」
「だって私ももう長いこと大倉機関だったからああいう戦いにもずっと参加してきた。まあ、ここ数か月ほどの勢いじゃなかったけど」
「……助けに行きたいのか?」
「ううん。私なんかが行っても足手まといになるだけだから。特にここ最近の戦いはね。今までで最大規模だと思ってた三船研究所への攻撃がまさか小さく見えるくらいの出来事が次々と起きるなんて。やっぱりこの世界も限界だったって事かな」
「かもな。……ん、」
いきなり車が止まった。うんともすんとも言わなくなってしまった。故障か?
「大悟、景色見えてる?」
「……あ、」
そりゃ結構離れてるとは言え次々と建物が消し飛ぶレベルの怪物同士の戦いが起きてるんだから自動運転じゃ止まるわな。
「で、どうする?」
「歩いて避難するしか……」
「そうだな。……いや、」
俺は車から降りると神経を集中する。と、背中から新しい神経が生まれ出でた。
「大悟!?」
「飛んだ方が速い」
天死の翼。実際に使うのは初めてだが不気味な事に既に体に馴染んでいる。
「……うん」
「気にすんなって。もし元の世界に戻ったら天死の力もダハーカの力も消えてるかもしれないぜ?」
「……だといいけど」
車から降りた鈴音をお姫様抱っこにして俺は空へ飛んだ。初めてだが、車よりかはうまく扱えて夕暮れの空を飛んだ。
「とりあえず学校に戻るか」
「そうね。あそこにはまだ機関の人たちがいると思うから」
翼をはばたかせて学校へと向かう。あまり地理は得意じゃないが今回は別だ。ただ来た道を戻ればいい。ただ、空から見下ろす町はかなり崩れててこれが本当に剣峰の町かと思いそうになる。きっと何も知らないままこの状況を迎えていたらどうにかなっちまいそうなくらい慌ててたかもな。まだつい先月くらいの頃だったか。
「ん、」
いつの間にかあの怪物同士の戦いは終わっていてその姿は消えていた。パラドクスとの戦いが終わったのだろうか。でもジアフェイさんは少なくとも2体は現れるって言ってたから油断は出来ないな。
「っと、」
そうしている間に学校に到着した。着陸したのは屋上だ。人目を気にしたってのもあるが既に生徒の多くは避難していてほとんど誰もいなかった。避難誘導をしている奴がいる。矢尻と最上か。けど矢尻はともかくどうして最上まで学校に残ってたんだ?どんな物体でも触れただけで粉々にできるGEARじゃなかったっけ?
「ん、」
次に気付いた違和感は空だ。さっきまで夕方だったが今はもう完全に夜だった。けどスマホの時計を見るにまだ4時くらい。夕方にはちょうどいいかもしれないが完全に日が落ちるには早すぎる。
「世界の寿命だね」
声。見れば正面に小さな女の子がいた。けどその少女には足がなかった。まるで昔の漫画に出てくる幽霊みたいに。
「あなたは?」
「過ぎ去った処から時を見守る存在、かな。ちょっと奇跡を起こせるだけのただの幽霊少女だよ」
「ん、どっかで聞いたことのある声だな」
「言っておくけどもう遅いからね。いやまあ、やろうと思えば別に今からでも全然間に合うけどさ。雰囲気で」
「……で、命と引き換えに奇跡を起こせる幽霊少女さんは何をしにここに来たんだ?」
「それは愚問だよ。だって私がここにいたところ君たちが来たんだから。何しにって言われたらただ世界の最後を見ておこうと思っただけかな。別に珍しいものでもないけど」
「初日の出感覚で世界の最後を見に来たのかよ」
鈴音を下ろし、周囲を見渡す。時間には早すぎる夜空と、破壊の限りを尽くされて炎に染まった街々と、そして鈴音とこいつが見える。確かに世界の終わりって題名をつけたくなるような光景だ。しかもよく見れば夜空もおかしい。異常なほど大きな赤い月が見えるし、夜空の光景もまるでパズルのピースみたいに崩れ落ちていた。崩れ落ちて見える夜空は全くの暗闇。世界は少しずつ暗闇に消えていく。いや、崩れ落ちて暗闇に生まれ変わっている。そしてそれは次第に高度を落としていき、考える時間もなくいつの間にか俺達が足をつけているこの屋上以外の全てが暗闇の中に落ちていた。もう見えるのは鈴音だけだった。あいつももういない。
「大悟、」
「どうやら時間が来たみたいだな」
「……泣かないで」
「泣いてなんかねえよ。……ただちょっと怖いだけだ。これが終わると本当にお前が消えちまうんだからな」
「仕方ないよ。本当なら私もうとっくに死んでるんだもん。それをいつまでも生き永らえさせてるだなんて主人公にだって許されないことだよ?」
「……ああ。けど覚えておいてやることなら出来る。……夜更かしさせちまったな。もう寝ていいぜ、鈴音」
「……うん。大悟は少し寝坊助さんかも。夢を見すぎたんだよ」
「そうかもな。じゃあ俺はもう朝だから起きなきゃな」
「うん。おはよう、大悟」
「ああ。おやすみ、鈴音」
俺達は最後に唇を重ねた。お互いの吐息や温もり。それらを十分に確かめながら最後の時を迎えた。

------------------------- 第76部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
設定資料4

【本文】
4章までの日程
9月下旬日曜日:1話
翌日月曜日:2話、3話
翌日:4,5話
翌日:6,7、8

10月最初の火曜日:8、9話
その金曜日:10,11
翌日の土曜日:12、13,14話
土曜夜:15
翌日日曜:16~18話
1話から2週間後の月曜日19話
翌日:20~22話
翌日(水曜):23~25話
翌々日(金曜日)26~29話
二日後の日曜日:30~35話
翌日の月曜日:36
一週間後の日曜日:37,38話
翌日の月曜:39~41話
水曜日:42~49話
木曜日:50~54話
11月1日金曜日:55~57話。テスト開始
11月4日~8日:テスト
11月11~15日:学園祭