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ステーキが救う異世界1



プロローグ:筋肉が世界を救う?

人生なんて、ギャグだと思ってた。
大学を出て、それなりの会社に就職して、毎日満員電車に揺られて帰る。テレビのニュースも、通りすがりの会話も、全部つまらない。自分の人生も、まあ、その一部だ。

でも、そのギャグが一周回って大爆笑になったのが、あの夜だった。

「トラックに、寿司……?」
目の前には特大の「出前寿司」の看板を載せたトラックが突っ込んでくる。夜のコンビニ帰り、いつもの道路を渡る俺の目の前に。
「いや、寿司で死ぬってどんなオチだよ!」
最後に浮かんだのは、自分の心の中でのツッコミ。そして、巨大なネタ(サーモン?)にぶつかった感触だった。

目が覚めた時、俺はふわふわと宙に浮いていた。まるで無重力のプールに漂うみたいに。
「……あ、死んだ?」
「その認識で間違いない。」
振り返ると、そこにいたのは――スーツを着た、メガネの神様だった。いや、待て、神様ってメガネをかけるんだろうか?
「なんか、予想外に普通じゃない?」
「そう思うだろうが、これが最近のトレンドだ。」
メガネ神様が冷たい声で言い放つ。

そして俺に告げられたのは、訳の分からない転生の話だった。曰く、「異世界が君を必要としている」だの、「才能を活かす時が来た」だの。いや、俺に才能なんてあったっけ?
「じゃ、君はこれから『ステーキ』として異世界に転生する。よろしく。」
「……ステーキ?」
「詳しくは行けばわかる。がんばれ。」

次の瞬間、俺は鮮やかなステーキ肉に包まれる感覚を味わった。そして、そのまま光の渦に吸い込まれていった。


第一章:筋肉だけで乗り切る世界

目を覚ました時、俺は肉じゃなかった。良かった、ちゃんと人間だ――いや、待て。
「……角?」
頭を触ると、そこには立派な黒い角が生えている。
見下ろすと、ゴツゴツとした肌。手も、足も、俺の体は完全に異世界のモンスター仕様だった。
「え、何これ……鬼?」

混乱している俺の前に、何かが浮かび上がる。視界に強制的に表示された文字。
【スキル:絶対筋肉】

あなたはどんな問題も筋肉で解決できます。

「いや、筋肉で解決って、どうやるんだよ!」

ガサッ――

背後の森から、低い唸り声が聞こえてきた。振り向くと、そこには巨大な狼のようなモンスターがこちらを見据えている。その目は真っ赤に輝き、口元には鋭い牙が並ぶ。

「おいおい、マジかよ……。」
俺は反射的に手近な岩を掴んだ。片手で――いや、正確には「軽々と片手で」持ち上げた。
「……えっ?」
自分でも驚いたが、どうやら俺の筋力は常識を超えているらしい。

「おい、筋肉ってそういう意味かよ!」
叫びながら、俺はその岩を狼めがけて全力で投げつけた。

ドガアアアアアアン!

大きな音とともに、狼は見事に吹き飛ばされた。地面を転がりながら、苦しそうに一声吠えると、森の奥へと逃げていった。
俺は息を整えながら振り返る。小さな子供――カイルが目を丸くして、ぽかんと口を開けていた。

「おじさん……強すぎない?」
「いや、俺にも分からん。でも、これが筋肉の力らしい。」


第一章後半:新たな困難

村に戻ろうとすると、遠くから騒がしい声が聞こえてきた。
「鬼だ! 鬼が出たぞ!」
どうやら、俺の狼退治の一部始終を目撃していた村人がいるらしい。そして、俺の姿は完全に「悪い鬼」に見えたようだ。

「まずい……これ、誤解されるやつだ。」
俺はカイルの手を引いて、とりあえずその場から離れることにした。

「おじさん、どこ行くの?」
「決まってるだろ。村人に追い詰められる前に、安全な場所を探すんだよ!」


第一章続き:森の奥での出会い

俺はカイルの手を引き、必死で森の奥へと走った。後ろからは村人たちの怒号が聞こえる。
「鬼が子供をさらったぞ!」
「弓を持ってこい!」
完全に誤解されている。いや、あの狼を倒したシーンを見られたら仕方ないのかもしれないが、それでも理不尽だろ。

「おじさん、本当に鬼だったりしないよね?」
カイルが走りながら心配そうに聞いてくる。
「ちげえよ! ただの転生したサラリーマンだ!」
「……サラリーマン?」
この世界ではその言葉は通じないらしい。まぁ説明している余裕もないけどな。

森の中を進むと、次第に足元が柔らかい苔に変わり、周囲の木々も異様な光を放つようになってきた。まるで、ここだけ異世界のさらに奥深い場所――とでも言うべき雰囲気だ。

「おじさん、ここ……危なくない?」
カイルの言葉に同意しかけたその時、前方の茂みがガサガサと揺れた。

「また狼か?」
俺は反射的に身構える。手頃な岩を探そうと周囲を見回すが、今度はそんな便利なものは見当たらない。

茂みから現れたのは、白いローブをまとった一人の女性だった。長い銀髪が月明かりに照らされ、まるで幻想的な絵画の中から抜け出してきたような美しい姿をしている。
だが、その手には輝く杖――完全にこちらを攻撃する気満々の魔法使いだ。

「そこまでよ、鬼!」
女性の声は鋭く響く。その声に驚いたカイルは俺の背中に隠れた。
「おいおい、いきなり敵扱いかよ。」
「当然でしょう! 村を襲った鬼がここにいるんだから!」

どうやら彼女も村人から俺の噂を聞いて追ってきたらしい。これ、説明するのが面倒すぎる。

「誤解だ! 俺は狼を倒しただけだ。それに、この子を守ったんだぞ!」
俺はカイルを前に出そうとしたが、カイルは怯えてさらに背中に隠れる。おい、今は協力してくれよ。

「そんな言葉、誰が信じると思う?」
彼女が杖を構え、何やら呪文を唱え始めた。杖の先に魔力の光が集まっていく。

「ちょ、待て待て! 説明させろって!」
しかし、彼女の攻撃は容赦なく放たれた。

ゴオオオオ!

炎のような光が俺に向かって飛んでくる。咄嗟に地面を掴み、大きな岩を剥がし取って盾にした。火球が岩に直撃し、爆発音とともに炎の熱気が広がった。

「……な、なんで岩ごと掴んでるの!?」
女性は目を見開いて驚愕している。そりゃそうだろうな。俺だってびっくりしてる。

「俺のスキルのせいだ! なんでも筋肉で解決するらしい!」
「な、何それ意味わからない……!」


新たな仲間の兆し

女性の攻撃を防ぎ、俺は深く息を吐き出した。
「俺は悪い鬼じゃない。名前はリクだ。事情を聞いてくれる気がないなら、逃げさせてもらう!」
「……待ちなさい!」
女性がさらに呪文を唱え始めた瞬間、カイルが小さな声で叫んだ。

「お姉さん、違うの! このおじさん、僕を助けてくれたんだ!」

女性の動きが止まる。そして、俺とカイルを交互に見た後、小さくため息をついた。
「……本当にそうなの?」
「そうだ! だから攻撃はやめてくれ。」

女性は杖を下ろし、少しだけ警戒を解いた表情になった。
「分かったわ。とりあえず話を聞かせてもらう。でも、変な動きをしたら次は容赦しない。」
「それで十分だ。」

こうして俺は、とりあえず命を繋いだ。そして、この世界のことを知るきっかけとなる、初めての「味方(かもしれない)」と出会うことになった。



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