部下の依頼を断れない
━━━中規模病院の忙しい病棟にて━━━
勤勉で心優しい師長の斉藤杏子は常にタスクを抱えた状態だった。
彼女の日々は患者ケア、スタッフの指導、そして無数の書類作業の嵐。
ある朝、斉藤師長がナースステーションでシフト表の作成をしていると、若手看護師の橘が彼女のところに来た。
「師長さん、少しお時間いただけますか?」
橘が困った表情で声をかけてきた。
「なに?どうしたの?」
斉藤は微笑んで答えた。
「患者さんの体位交換を手伝ってもらえませんか?一人では少し難しくて…」
一瞬ためらいはしたが、すぐに笑顔を作って
「いいよ。すぐに行くね。」
と返した。
その翌日、昼休み返上で業務をしている中、中堅看護師の田中に話しかけられた。
「師長さん、この患者さんの点滴作れますか?」
斉藤は自分のタスクが山積みになっていることを感じながらも
「いいよ。」
と言って手伝うことにした。
そしてまた翌日。
「師長さん、この病棟全体の検温を手伝ってもらえませんか?今日は特に忙しくて…」
さすがの斉藤も『検温くらい自分で…』と苛立ちを感じながらも
「わかった。これ終わったらすぐに行くね。」
と答えた。
業務量の増大
同じようなことが続き、いつしか斉藤師長は病棟の助っ人要因となっていた。
忙しくなったり欠員が出たりしたときの一要因として働く時間が増え、マネジメント業務に手がつけられない状態になっていることに、自分での中でも焦りを感じていた。
『なんとかしないと』と思っても、それを考える時間がそもそもない。勤務終了後にシフトを考えたり、マネージャーとしてのToDoをこなすだけで、組織全体をどうすべきか考える余力も残っていない。帰ってからも晩御飯を作ることが精一杯で思春期の息子の話を聞く体力なんてあるはずなかった。
そんな状態が続いていたある日…
重大なインシデント
斉藤は重大なインシデントの報告を受けた。夜勤中に、新人看護師が薬の投与ミスをしたと。
抗菌薬アレルギーの患者に対して投与してはいけない薬を投与してしまったのだった。アナフィラキシーを起こし、集中治療室に入らなければいけない状態だったが、なんとか一命を取り留めた。
ほっとする間もなく、斉藤は対応に追われ、さらに時間を奪われていった。
そうした忙しい日々が続いていたある日、別の看護師、田中から大事な話があると院内メールが届いたのだった。
ただでさえ時間がなく話なんか聞く余裕はないけれど、なんとか調整し面談をセッティングした。が、嫌な予感は的中した。
「実は、もう仕事続けるのが辛いんです。できたら来月で辞めさせて下さい」
と深刻な表情を浮かべながら田中は言った。
斉藤はショックを受けたが、平静を装い、なんとかもう少し先に伸ばせないか田中を引き留めようとした。しかし、既に彼女の心は決まっており、最終的には、退職を受け入れる以外なかった。
「分かりました。田中さんの決断を尊重します。でも、何か助けになれることがあれば教えてください。」
スタッフの心のケア不足
斉藤は他のスタッフの心のケアが十分にできていないことにも気づく出来事があった。
ある日、夜勤明けの会議で、山口が声を上げた。
「師長さん、私たちは限界です。このままでは誰かが本当に倒れてしまいます。」
多くの看護師が疲弊し、不満を抱いていたのだ。
斉藤はその言葉に深く反省した。と同時に斉藤自身も限界を超えており、どうすることもできなかった。
やるべきことをできていない自分の不甲斐なさに苛立ち、自分の無能さを腹立たしく感じたのだった。
解説
いかがでしたでしょうか?
今回はプレイングマネージャーの課題です。
ついついプレイヤーとして優秀な人は、部下の業務を頼まれたら手を出してしまいます。さらには他人のニーズを汲んで先回りしてやってあげるスキルも高いと思います。
部下のこの発言に対して、斉藤さんは「いいよ」と言って手伝ってあげています。
もちろんこれはとても優しい行動で相手も嬉しいとは思います。
ですが、相手のして欲しいことを先回りしてやることで、マネージャーとしての必要な業務を後回しにしていることになります。
マネージャーはマネージャーにしかできない業務に専念するのが仕事です。
つまりマネジメントです。一人のニーズを満たす「個人最適」ではなく、「全体最適」を目指す必要があります。
なので、そのときに上手に断る力がマネージャーには必要になってきます。
頼んできた部下に対して、きっぱりと断ることが大事です。
ですが、心優しいマネージャーのみなさんは、そうすることで相手が傷つくのではないかと心配なのだと思います。
そういう時に、どういうふうに断るか、できるだけイメトレをしておくことが重要です。
答えは一つではありませんが、自分が今取り組まないといけないことが何かを伝えることが重要です。
例えば、この場合
と、自分が別の業務をしていることを伝えましょう。できればより具体的な内容を伝える方が望ましいです。
さらにポイントは、ラインを徹底することです。
病棟看護の場合、毎日の業務にはリーダーがいて、それでもダメなら主任や師長に相談に来るのが正しいラインです。それをいきなり飛び越して師長に相談してくることは間違いであると伝える必要があります。
ストレートに言ってもいいですし、「リーダーに相談するのが基本だよ」と意識づけさせる質問も有効です。
ぜひ他の業界の管理職の方も、ラインに沿った返答の仕方をイメトレしつつ試してみてくださいね。
まとめ
働く人の心が楽になるための活動に使わせていただきます。