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金融垢週末小噺:掟破りの融資肩代わり
「お客様を支店長室に通せ!くっついてきたその信金の奴はロビーで待たせろ!今すぐにだ!」
法人一課の部屋で狼狽える私に課長が叫んだ。
ロビーには大口融資先Sの社長が待っている。
その横で地場信金の担当者が澄ました顔で座っていた。
今まさに、掟破りの融資肩代わりが行われようとしていた。
肩代わりには二種類ある。事前に通知し相手銀行に了承を得て実行される一般的なものと、予告なく当日にいきなり実行、振込して顧客を伴って相手銀行に乗り込み、その場で期限前弁済手続きを行わせる急襲型のものだ。
後者の場合は、担保設定も当日は2番でつけて後日先順位抹消する荒いやり方になる。
何故信金はそんな荒業を行おうとするのか。
それは肩代わりを防衛される可能性があるからだ。
事前通知すると被肩代わり銀行は顧客に利下げを提案し、借り換えメリットを潰すことで肩代わり実行を阻止する。
急襲型は、それを嫌う金融機関がたまに使ってくる、非紳士的行為。まさに「禁じ手」なのだ。
そもそも何故こんな事になったのか。
私が不動産賃貸業を営む法人Sの担当になったのはつい最近だ。
保有するビルのローンは二桁億円。
前任の代理が代表者と上手くいかず課長に泣きつき、私が代わる事になってまだ1ヶ月しか経っていない。
(山脇代理は?!)
さっきまで側にいたが見当たらない。
「あの野郎!」
私はわかっていた。
信金クラスが二桁億円の稟議を短期間で通せるはずがない。
これはもっと以前から長い時間をかけて練られた計画だ。
つまり山脇が担当する頃からSへの借換攻勢は始まっていたのだ。
臆病な山脇の事だ。
借換えを仕掛けられていると支店長に言い出せなかったのだろう。
そして、借換えられる前に担当のチェンジを申し出たわけだ。
(あとでぶっ殺してやる!)
怒りで頭が真っ白になりながら、私は社長が待つロビーへ走った。
(為替係は何をやってたんだ!朝から二桁億円がいきなり振り込まれてきたら普通報告くらいするだろ。なんも聞いてないぞっ!)
そんな気の利いた面子がいないことは私が一番わかっている。
とにかく誰かのせいにしたい。
そんな気分だった。
ロビーに出ると社長と信金の担当者が立ち上がってこちらに近づいてきた。
「社長、すみませんが支店長が少しお話しをしたいと申しておりまして、
一緒に来ていただけないでしょうか。」
私の言葉に少し怪訝な顔をしながら社長は促された方へ歩き出した。
信金マンもついて来ようとしたが、私の後ろにいた課長が割って入り、身体でブロックした。
「ロビー、もしくは店外でお待ちいただけますか?」
課長の迫力に、信金マンはやや気圧され、ロビーの椅子に黙って座り直した。
支店長室にお通しすると、待っていた支店長はにこやかに出迎えた。
「どうもこの度は色々すみませんね。」
想像と違う対応に社長は戸惑っていた。
「こ、こちらこそすみません。こんな形になって。」
お座り下さい、と社長に促すと同時に、支店長は、私と課長に対して外へ出て行けと手を振った。
閉じられた部屋で何が行われたのかはわからない。
二人はそれから2時間以上出てこなかった。
慌てたのは信金だ。
1時間を過ぎたあたりで役席らしき人物が飛んできた。
「どうなってるんですか!?」
「お答えする必要はありません」
どうなっているのかを知りたいのはむしろ私だ。
相変わらず支店長室から何も聞こえてこない。
まさか支店長、暴力的な手段に…
そんな事を考え始めたその時、ガチャっと支店長室の扉が開き、
二人が出てきた。
社長の冴えない顔とは対照的に不気味な笑顔で支店長が出てきた。
そして、私と課長を呼び寄せると、一言、こう言った。
「全額振込返せ。」
その後の事務的な事はよくわからない。
課長と事務方がバタバタ対応していたのは覚えている。
社長を連れて慌てて信金は帰って行った。
肩代わりは無事阻止されたのだ。
「支店長、凄いです!どんな魔法を使ったんですか?」
いつの間にか戻ってきた山脇が興奮気味に聞いた。
「まぁいろいろな。」
支店長はやや疲れた顔で、支店長室に戻って行った。
「おい、よかったな!」
能天気に山脇が話しかけてきた。
「でもお前やべーんじゃねーの?後でたっぷり説教だぜ。支店長、だいぶ怒ってる感じだよあれは」
得意げにしゃべる山脇に殺意が湧いてきた。
「山脇代理はいる?」
課長が戻ってきた。
「はい?」
間抜けな顔で山脇は顔を上げた。
「支店長室に行って。支店長が呼んでる。今すぐ。」
「…………怒ってますか?」
「自分で確かめろ。」
吐き捨てるように課長が言った。
その日、私が帰るまで、支店長室から山脇が戻ってくる事はなかった。
(終)