遠征釣行 1
陽が落ちるのが早くなった あとひと月ぐらいで
最短になり そこからまた延びていく 最後の
魚籠を水から引き揚げ やはりタナゴがいない
のを認めた後 わずかに離れたところで釣り糸
を垂らしている釣り人に声をかけた とれないで
しょ ええクチボソばっかり ここでは鮒をやって
るんですよね バケツを覗くと三尾ほどのここに
してはやや大きな小魚が並んで水の中にいた
鮒も確かにきれいな魚で 特に銀鮒の無傷の
ものなど海の光物に匹敵する銀鱗の といって
川の小魚は大抵銀鱗だったりもする
タナゴを飼いたくて と魚籠の魚捕りが邪道で
疚しく いいわけめいて説明すると ならばT沼
の近くのホソ 水路が良いという 12月半ばく
らいまではできるのではないか と詳しいポイン
トを教えてもらった 車が停められ トイレもある
という みんな30センチ 長くて40センチくらい
の竿でホソを突っついていますよ などと聞けば
先般短竿を仕上げたことでもあり 妙に心が
ざわついてくる そのあたりでタナゴが出る事
は知っていたが周囲十キロほどもある沼の ど
のあたりで釣れているのか闇雲に出向いて無駄
足になるのが嫌で二の足を踏んでいた
家に帰ると 一生のお願いがあると妻に沼行き
を頼み その代わり道の駅Sで何でも好きなも
のを買っていいという条件で妻はしぶしぶ願い
をのんだ 我が家の一生の願いは軽い という
より私の願いか となると米国相場の回復も相
まって気分がにわかに高揚してくる 状況によ
っては網でガサガサしてみたり 魚籠も試せるか
など さらにいやいや付き合わせる妻のために
一度もまだ使っていないアウトドア組み立て楽
椅子も用意して まるで泊りの旅行のような荷物
独り身だったときになんとなく着いたT沼の寂しい
風景を知っていた 田の中を突っ切るやたらし
っかりした舗装道の畔に群れ揺れる芒の白い
穂 光度が絞られたような低く上がって落ちて
いく そのくせくっきりと強い秋の終わりかけの
陽光 まわりには雑木林が続いていて しかし
山というほどの高台でもなく風が強く吹いている
その頃に比べて自転車道が整備されたり日帰り
温泉が掘られたりと局地的変化は見られたけれ
どおおむね湖沼の地形など著しく変わるでもなく
相変わらずの田舎ぶりとさす光の眩しさだった
ホソとはいえ側溝がわずかに幅広な程度の水
場に誰も釣り人がいない 水は薄いミルクコーヒ
ーのような色で 風が強く吹いている割に水面
は穏やかな 多分僅かに盛り上げられた土手
の作用ではないかと思われた 枯草の刈られた
水際は踏むと水がジュクジュクしてくる 厚めの
アルミビニールを敷いて胡坐で釣りをさっそく
始める 妻は土手から寄りかかり椅子に座って
亭主の釣りを見下ろしている 本沼の方は漁協
がうるさく 外周を監視しているという事だった
釣りに先立って話を聞いた老人はここは放射能
をさらえてないから釣っても食べられないよ と
言っていた そういえば普段の水場もかなり
ベクレルの高いところだ もうあれから干支が
一回り経っている
生き物の気配を感じないまま釣り糸を垂れると
すぐに浮きに細かな動き ニ三度竿先を上げ下げ
すると細長い奴がかかった クチボソかと思った
らタモロコだった 似ているが鱗の並びの流れ
方が違う タナゴ連発を夢見てきたからやや気落
ちしたものの生き物がミルクコーヒーの下に泳ぐ
のを知って無駄足にならない可能性が高まって
やや落ち着いた 続いて垂らした二発目で小さく
平たいのがかかった 薄桃がかった雄の小タナ
ゴだ この色が見たかった もうひとつき以上
目にしていない ひと月前の雄は少しづつ弱って
死んでしまった 念のため 他の人がいないの
をいいことに魚籠も仕掛けている 仕掛けた網
がうっすら見えているという事は水深は40セン
チもなさそうだと思われた