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不動産の価格付けの難しさ

(全裸不動産 全裸幡随院)

夏目漱石『草枕』の冒頭の一節「智に働けば角が立つ。情に棹差せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」を下手糞にもじって、「金と答えれば俗物野郎と罵られ、友愛と答えれば偽善者と言われ、己のみと答えればニヒリストと思われる。とかくに信の対象を答えるのは難しい」とつい口走りたくもなることがあります。

投資も表向きには自分が価値あると信じるものに対して、その度合いに応じて資金配分するものだと思われています。もっとも実際にが、自分が価値あるものと信じる対象にではなく、多くの人が価値あるものと信じる対象だろうと予想される対象に資金配分するという要素があります。ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』の第12章で、「アニマルスピリッツ」の概念と並んで触れられている「美人コンテスト」を思い起こされるかもしれません。

だからなおさら、そのプライシング(価格決定)の根拠が知りたいと思うのが当然。不動産投資にしても、株式投資にしても、債券投資にしても然り。デリバティブ取引、中でもオプション取引は、扱う概念の抽象度が著しいゆえにその数理モデルが立てやすいのか、オプション価格のプライシング理論が発展し、今ではデリバティブ取引に携わっていない人ですらその名を耳にしたことのある“ブラック=ショールズ・モデル”のような数理モデルがあります。

その対極に、骨董品市場があるのかもしれません。骨董品に対する支出を“投資”と位置づけるのならば、ある意味、ここが最も難しいプライシングの領域だと言えるかもしれません。当然、プライシング理論を構築することなどほぼ不可能。

米国の1990年代末から2000年代初めに起きた“ITバブル”の頃、バリュー株投資家として知られるウォーレン・バフェット(私個人はあまり好きになれない人ですが)は、「解らぬものには投資しない」と言っていました。当たり前のことですが、蓋し名言という他ないしでしょう。というのも私自身、とある黒楽茶碗を100万円近くで購入したはいいが、年を経て買取してもらったところ、かえってきたお金は38万円だったという苦い経験を持つ身。なるほど、買取再販はよほど慎重でないと困ります。

ところで、不動産に目をやると、土地のプライシングの根拠を探すとなると、結構難しいわけです。有価証券のプライシングも見掛けほどに堅牢ではないけれど、不動産のプライシングはそれ以上にわからないところがある。そういうと、キャップレート(還元利回り)や収益還元の考え方を利用したプライシングがあるではないかとの声が聞こえてきそうですが、その肝心要のキャップレートの真の意味が明確ではないと思うからです。もちろん、定義上これこれと言うことはできます。しかし、概念的に明晰なかたちで何を意味しているのか、その根拠が不明な点が多々あるのです。

不動産におけるキャップレートはどうかというと、これは具体的な収益予測以外にも市場観測が可能であると言われています。だからこそ不動産市場は、取引事例比較から収益還元へと評価方法の主流が変わっていったのでしょう。不動産の利回りは原則、リスクフリーレート(リスクが皆無かもしくは皆無に近い金融商品から得られる利回り)とリスクプレミアム(リスクに応じて上乗せされる利回り)の和です。しかしながら、キャップレートとこのリスクフリーレートの差が理論的に何を意味するのかがよく解らない。


例えば、J-REIT市場における各投資法人保有の不動産ポートフォリオの定期的な評価見直しに関し、不動産鑑定士の評価価格は“投資家調査”に影響を受けています。もちろん、これが一概に変だと言いたいわけではありません。昔、整理回収機構が銀行から大量の不良債権を買い取るに当たり、その価格づけが正当かどうかを判定する際に頻繁に参照されたのが不動産担保融資であり、その買取価格はほとんど不動産取引価格と同じになっていました。

不動産鑑定士の評価価格はもちろん参考価格であって、そこに様々な評価要素を組み込んで購入価格が計算されますが、いずれにせよ価格算定根拠は主として収益還元法により判断されますから、ともすれば、J-REITだろうが現物だろうが、不動産はキャップレートという確固とした利回りが存在すると誤解されてしまいます。

ところが、現在の市場における期待利回りとは、何のことはない、投資家が買いたいと思う利回り(indicative bid rate)に過ぎず、市場価格でもなく理論値でもない。流動性の乏しい市場での買い呼値という現実離れした価格で評価が行われ、それが上場商品の評価価格にも用いられているわけです。そして、あってないような価格が市場に受容され、その情報を元に様々な商品がプライシングされていきます。

しかし、市場に映し出されたこのプライシングは、価値を正確に反映した実像ではなく、壊れた鏡に映った虚像。だが虚像は実像として、もっともらしく語られているかもしれません。なるほど、不動産のプライシングの根拠を探れば探るほど迷宮に迷い込みそうになりますね。

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