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地方交付税入門-その2-(基準財政収入額と留保財源)

 今回は「基準財政収入額」と「留保財源」について説明します。
 一応、おさらいしておくと、「基準財政収入額」は地方公共団体の実際の予算とは無関係に、各地方公共団体が標準的な歳入努力を行った場合にどの程度の税収が得られるかを可視化するためのモデルです。

1 「基準財政収入額」の計算方法

 「基準財政収入額」=「標準的な地方税収入×75%(算入率)」+「地方譲与税等×100%」となります。話を簡単にするために今回は「地方譲与税等×100%」は考えないことにします。
☆ 基準財政収入額 = 標準的な地方税収入×75%

2 「標準的な地方税収入」の計算方法

 「標準的な地方税収入」=「各自治体の課税標準」×「標準税率」×「標準徴収率」で計算します。このうち「標準税率」と「標準徴収率」は直感的にわかると思います。「課税標準」が曲者で、表を見せられた瞬間に「ごちそうさまでした」と言いたくなるかもしれません。
 とりあえず、比較的わかりやすい固定資産税の「課税標準」を見てみましょう。

 「固定資産税の課税標準」=「当該年度の土地の地目ごとの1㎡当たりの平均価格及びその地積、家屋の1㎡当たりの平均価格及び床面積」となっています。抽象的な話だけだとわかりにくいので、具体例を設定して計算してみましょう。
 A市の地方税が宅地に対する固定資産税のみとします。そして、宅地1㎡当平均価格は100千円、宅地総面積は20,000㎡として、標準地方税収入=基準財政収入額を計算してみましょう。
1㎡当平均価格100千円×20,000㎡=2,000,000千円(課税標準)×0.014(標準税率)×0.98(標準徴収率)=27,440千円×0.75(算入率)=20,580千円が基準財政収入額となります。
 これを各種ある税目ごとに積み上げていくわけです。正直、パソコンが入る前はかなり面倒くさかった作業だと思います。各税目ごとの課税標準はこちらですので、少し、覗いてみてください。
※表中では「基準財政収入額の算定の基礎」となっています。
☆ 「標準的な地方税収入」=「各自治体の課税標準」×「標準税率」×「標準徴収率」

3 留保財源とは

 基準財政収入額に算入されない「標準的な地方税収入×25%部分」を「留保財源」と呼びます。

 この留保財源の説明ですが、財政学では「基準財政需要額の算定上、正確には補足しきれない財政需要を考慮したもの」と「厳密な意味で財源保障をしない部分に対する財源保証」という二つの捉え方があります。学問的にはともかく一般的にはどうでもいい違いだと思いますので、イメージ的に前回使った図の「白抜き部分」に使えるお金ということで把握していただければと思います。要するに、留保財源が多いほど、自治体の政策の幅が広がることになります。

 ところで、算入率の設定には結果的に激変緩和という効果もあります。具体的にどういうことか、A市の例に当てはめて、課税標準が10%つまり200,000千円増減した場合を計算してみましょう。(基準財政需要額は30,000千円とします。)
ア 課税標準+-0
基準財政収入額 2,000,000千円×0.014×0.98=27,440千円×0.75=20,580千円
30,000千円-20,580千円=9,420千円(交付税額)
イ 課税標準+200,000千円
基準財政収入額 2,200,000千円×0.014×0.98=30,184千円×0.75=22,638千円
30,000千円-22,638千円=7,362千円(交付税額)
増収分27,440千円×0.1=2,744千円を分解すると、交付税額(7,362-9,420)=-2,058千円,留保財源=+686千円、増収分の25%が留保財源として残ります。
ウ 課税標準-200,000千円
基準財政収入額 1,800,000千円×0.014×0.98=24,696千円×0.75=18,522千円
30,000千円-18,522千円=11,478千円(交付税額)
減収分27,440千円×-0.1=-2,744千円を分解すると、交付税額(11,478-9,420)=+2,058千円,留保財源=-686千円、留保財源の減少は25%に止まります。
 つまり、交付税をもらっている限り、増収時は少し手元に残る、減収時はあまり影響がでないようになる、という仕組みになっているわけです。地方自治体の仕事は景気中立の仕事が多いので、これはこれで現実にあった仕組みと言えなくもありません。
☆ 留保財源は自治体の政策の幅を広げる。副次的に激変緩和効果もある

4 増収努力したらどうなる

 各地方自治体が増収努力をするとどうなるでしょうか。「課税標準」、「標準税率」、「標準徴収率」の各要素ごとに計算してみましょう。
ア 「課税標準」の場合
 A市の努力が実を結んで地価が10%上昇した場合はどうなるでしょうか?
 これは3-イのケースです。増収分のうち25%だけが留保財源となります。減収時の激変緩和措置とコインの裏表の関係です。
イ 「標準税率」の場合
 標準税率以上の課税をすることを一般に「超過課税」と呼びます。
 例えば、A市が10%の増税をして税率を1.54%にするとどうなるでしょうか。
 実際の税収額は、2,000,000千円×0.0154×0.98=30,184千円になります。これは基準財政収入額には何の影響も与えませんから、増収分2,744千円はすべて留保財源となります。
 又、地方税法にない税目を賦課することを法定外税を独自課税するといいます。例えば、宿泊税(全国各地)、核燃料税(原発立地自治体)などです。これも増収分はすべて留保財源となります。
ウ 「標準徴収率」の場合
 滞納整理を頑張って、A市の徴収率が100%になったらどうなるでしょうか。
 実際の税収額は、2,000,000千円×0.014×1.0=28,000千円になります。これも基準財政収入額には何の影響も与えませんから、増収分560千円はすべて実際の留保財源となります。
 留保財源を増やすという点では、域内GDPを高める地道な努力よりも増税や滞納整理の方が手っ取り早いということになります。(交付税をもらっている限りですが)
☆ 手早く留保財源を増やすのに効果的なのは増税と滞納整理

5 減税したらどうなる

 「課税標準」や「標準徴収率」を下げる努力はしないでしょうから、「標準税率」のみ考えます。
 A市が10%の減税を行い税率を1.26%にするとどうなるでしょうか。実際の税収額は、2,000,000千円×0.0126×0.98=24,696千円になります。これは基準財政収入額には何の影響も与えませんから交付税も増えません。
減収分-2,744千円の帳尻を単年度で合わそうとしたら同額の歳出削減が必要になります。
 一方、標準税率未満とした場合に何らかの制度上のペナルティはないのか?というと、やはりあります。それは「起債制限」です。要するに自分の判断だけで借金できなくなるということです。
 根拠となる条文は地方財政法5条の4第4項「普通税の税率のいずれかが標準税率未満である地方公共団体は、第五条第五号に規定する経費の財源とする地方債を起こし、・・・する場合には、政令で定めるところにより、総務大臣又は都道府県知事の許可を受けなければならない。」です。
 日本公共政策学会理事の肥沼位昌は自治総研2015年1月号でこのことを次のように説明しています。
 「その趣旨は、将来世代の負担となる借金をする前に、現役世代に標準税率により財源負担を求めるべきであるというものである。許可にあたっては、標準税率未満であることによる世代間の公平や地方税収の確保の状況を勘案することになり、具体的には、行政改革の取組みや税の徴収率などが精査されることになる。 」許可基準は各年度に制定される「地方債同意等基準」で内容が示されます。
☆ 減税すると起債が許可制になる。

6 すべての税目に起債制限のペナルティがあるのか

 ここでもう一度地方財政法5条の4第4項を読んでみましょう。「普通税の税率のいずれかが標準税率未満である地方公共団体は・・・」とあります。ペナルティがあるのは「普通税」の減税だけなのです。地方税の体系はこのとおりとなっています。狩猟税や都市計画税等なら、減税しても制度的なペナルティはないのです。ただし、補助金採択などで意地悪される可能性は否定できません。

☆ 起債制限がかかるのは、普通税の減税のみで目的税には適用されない