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「滋賀地域交通ビジョン素案」に対する意見募集から見るパブリックコメント制度(その1)

 現在、国及び地方自治体の多くで行政計画や法令の策定にあたって、パブリックコメントの実施を義務付けています。滋賀県の地域交通に関する行政計画である「滋賀地域交通ビジョン」の策定過程においても、令和5年12月末から約1ケ月に渡り意見募集が行われました。どんな意見が提出され、計画にどのように反映されたかを検証してみます。その前段として、パブリックコメント制度について、意義や制度的位置付けを整理してみます。
※ 以降は基本的に地方自治体におけるパブリックコメント制度に対するものです。

1 パブリックコメント制度の概要

・行政学における定義
 「政策立案を行う過程において、原案や関係資料を公表し、意見を求め、これらに対して提出された意見を考慮して意思決定を行うとともに、意見に対する考えを公表する一連の手続き」と一般に定義されています。
・行政手続き上の位置
 行政機関は公益あるいは私人の権利利益を確保するために、行政立法、各種の許認可、各種処分の決定、行政計画の立案等の様々な行政活動をしています。行政活動はいきなり最終決定が行われ、施行されるわけではありません。最終決定に先立ち、行政内部、あるいは外部との意見調整プロセスがあり、そこには様式化された手順があります。
 こうした行政活動の手順の内、事前手続きのことを行政学では”行政手続き”と呼んでいます。
 行政手続きは多様に分類できますが、目的という観点からは大きく二つに分けることができます。一つは利害関係を有する者の権利利益を保護するための行政手続きで、もう一つは多数の利害関係者間で合意を形成したり多種多様な利害を調整するための行政手続きです。後者は住民参加の手続きと言い換えることができます。
 しかし、個別具体的な行政手続きをこの二類型に区分するのは困難で、両方の要素を兼ね備えていることが多いです。パブリックコメントも後者に比重を置きつつも、前者の色合いを帯びた性質を持つということができます。
・制度の歴史
 国においては、平成11年(1999)3月の「規制の制定・改廃に係る意見提出手続き」が閣議決定され、制度が実質的にスタートし、平成17年(2005)の行政手続法の改正で法制化されました。
 地方自治体では、平成12年(2000)に新潟県と滋賀県で先駆的に採用され、その後、全国の主要自治体で採用されています。法的には、地方分権推進法第七条第一項(行政の公正の確保と透明性の向上及び住民参加の充実のための措置その他の必要な措置を講ずる)を具体化したものの一つと考えられています。

2 制度の運用実態

・適用対象
 行政計画の策定・変更、条例の制定・改廃、市民生活に影響を与える規則や指導要綱等の行政内規の制定・改廃
・案の公表時期
 最終的な意思決定を行う前(審議会等で審議が行われた場合、その最終段階における議論の内容を示すことが大部分)
・案の公表方法
 報道機関への資料提供やHPへの掲載
・公表する情報
 対象となる文書、関連する資料
・意見提出権者
 自治体により住民票を有する者、加えて勤務あるいは納税を行っている者、限定なしの3種に分かれます。
・意見提出の期間
 30日程度としている自治体が多い
・意見の処理方法
 提出意見やそれに対する行政側の意見を公表する規定を設けている自治体が多い。意見に基づき案を修正した場合はその内容及び理由を公表することを義務付けている自治体も多い。
 公表に関しては、「意見の概要を公表する」と定めて、実施機関が要約作業を行ったうえで公表するのが通例になっています。

3 パブリックコメント制度の一般的な意義

(1) 行政学の観点から
ア 住民参加の促進
 広範な個人団体の意見提出機会を確保することで、政策決定過程への住民参加を促進する手段となります。
イ 行政の透明性の確保(説明責任の遂行)
 行政の透明性の向上は、いわゆる”拡張されたアカウンタビリティ”と密接に関連していますが、政策決定に関わる重要文書を決定前に公開し、意見を募ることでこの課題に対応する方策の一つになっています。この観点からは事務事業評価と時間的に表裏の関係にあります。
※ 説明責任は、本来、下級機関が上級機関からの問責に応答して自己の行動について弁明する責任を意味していたが、今日では、行政機関が自己の政策についてその背景・意図・方法・成果について国民一般に対して明らかにして、その理解を求める責任にまで拡張されている。
ウ 政策情報収集源の多様化
 従来の審議会や広聴会による情報収集過程では、有力団体レベルに組織化された利益しか収集することができなかったのに対して、未組織の利益や小団体の利益も収集できるようになっています。
(2) 行政と住民のコミュニケーションの観点から
 パブリックコメント、ワークショップ、フォーラム等の住民参加制度は一般に次の機能を有するとされています。
ア 説得達成機能
 コミュニケーションを通して、受け手に知識やイメージを伝達して、意図した行動(理解)を生み出そうとする機能
イ リアリティ形成機能
 コミュニケーションの相手方と感情、経験、意見を共有し、政策形成過程への参加に関するリアリティ感を形成しようとする機能

 パブリックコメント制度は、比較的広範かつ詳細な資料を提供することで説得達成機能を、情報提供→意見提出→採否の公表という一往復半のコミュニケーション過程を経ることでリアリティ形成機能を持とうとしていると考えられます。

4 行政手続きの時系列から見たパブリックコメントの意義

(1) 個別具体の行政計画等の決定過程での意義
 審議会等が関わる場合の行政計画等の決定過程は一般的に下図のとおりです。

 これからわかるようにパブリックコメントは行政や審議会の内部での議論が深まり、基本的な方向性(政策内容と目標)が定まった段階で行われます。したがって、そこで募集したい意見は内容を微調整するためのもので、議論を少なくとも骨子段階まで引き戻す必要がある「そもそも論」は募集したい意見の対象からは除外されていると言えます。又、コミュケーション過程も審議会のように数往復が確保されているわけではありません。
 つまり、次のような関係性が成り立っています。
説明責任の遂行>政策情報源の多様化>住民参加の促進
説得達成機能>リアリティ形成機能
 パブリックコメント制度は、住民参加によって民意を反映した決定を行うためのものというよりも、決定を行った理由等について説明する、又、内容をより精緻なものとすることで住民を説得することを狙ったものということができます。
(2) 政策の企画立案から実施見直しまでの政策サイクル上の意義
 これは一般的に下図のようになります。

 行政計画等の決定は政策サイクルから見ると、重要なステップですが比較的初期の段階に属します。政策を巡る政治経済上の環境変化次第では、(1)の過程では取り入れらなかった意見やそもそも論も、計画決定以降の各段階において行政機関が意識せざるを得ない状況も生じえます。その意味からは採択されなかった意見の提出がまったくの無駄だった、と言い切ることもできません。
 つまり、政策サイクル全体から見ると、パブリックコメントで提出された意見はその政策の全体設計や見直しの際の参考となる可能性があります。その意味では、当該政策に対する住民の評判を収集する仕組みということができます。

5 実証研究から見たパブリックコメントの意義

 パブリックコメントで提出された意見とそれへの行政の対応にまで踏み込んだ実証研究はそれほど多くありませんが、今回、二つの論文を取り上げてみます。
・「四日市市パブリックコメント手続条例案」他2つ
・「滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例案要綱」他1つ
 内容の詳細は文末の文献一覧(4,5)から読んでもらいたいのですが、意見によって変更された内容は、表現の軽微な修正や一定の文言の付加又は削除となっています。
 この5つのパブリックコメントにおける具体的な成果は、政策内容(文書)の精緻化と言うことができ、4で考察した内容を裏付ける結果となっています。

参考文献(1以外はネットでアクセス可能です)
1 パブリックコメントと参加権 常岡 2006
2 「パブリック コメント制度」の利用動向と課題 林 2003
3 パブリック・コメントの意義と今後 徳永 2015
4 市民のためのパブリックコメント制度 松井 2016(実践活動に基づいていてお勧めです)
5 都道府県におけるパブリックコメントの実施状況と意見が素案に与える影響例 金谷・増田 2005