新たな言いくるめ方法の登場?「クロスセクター分析」
減税ゴル子さんの投稿を見て、詳細な内容が見たいと思ったところ、滋賀県が報告書をweb公開してくれていたので読んでみました。そこで感じたことです。
1 クロスセクター分析とは
この報告書で用いられた分析法をクロスセクター分析と言います。その定義は「地域公共交通が人々の移動を支えることで、行政コストの軽減に資する効果を定量的に算定する」こととなっています。国土交通省も押している分析手法のようです(URL)
報告書で示されている行政コストの内容は以下の通りです。
① 医療分野
・これまでその交通機関を利用していた患者に代替交通手段を用意する経費
・公共交通からドアtoドアの交通機関へ変わることによる運動量低下に起因する医療費の増加額
② 商業分野
・沿線の商業施設への買物客に代替交通手段を提供する経費
③ 教育分野
・沿線の教育機関の生徒に代替交通手段を提供する経費
④ 観光分野
・沿線の観光施設への来客に代替交通手段を提供する経費
⑤ 福祉分野
・①~④以外の理由で交通機関を利用している者のうち65歳以上に対して代替交通手段を用意する経費
⑥ 財政分野
・交通機関の廃止に伴う固定資産税評価額減に伴う税収の減少
⑦ 建設分野
・交通機関の廃止に伴う車両交通の増加に対応するための道路整備費用
具体的には、下表のようにまとめられています。
これまで交通機関の廃止に伴う影響判断は、その交通機関の利用者数と維持費用の比較(単一セクター)でされてきました。クロスセクター分析は、地域社会全体への影響のうち行政機関が対応すべきものを取り上げ、それを定量化する分析手法です。
一見すると有効な分析方法に見えますが、以下の点が個人的には疑問に感じました。
2 根拠となる数字に疑問符が付く
① 運動量低下に起因する医療費の増加額
この積算方法は下表のとおりです。
一歩の価値は筑波大学の先生が新潟県で調査した結果(P5)から算出されています。しかし、この調査は対象人数が94人、観察した期間は4年です。一般化するのにはサンプル数が少なすぎるのではないでしょうか。調査期間も長期にわたる投資の是非を判断するのは短すぎるのではないでしょうか。また、平均年齢約70歳の調査集団での効果を近江鉄道利用者全員に当てはめるのは、”雑”ではないのかとも感じました。
3 反射的利益への補償ではないのか
①,②,③,④
反射的利益を一言で説明すると「権利として認められない利益」ということになります。交通関係でよくあげられる例が、バイパスができて交通量が激減した旧道沿いの店舗は、その損害賠償を請求する権利はない、という話です(URL)
クロスセクター分析の手法は、店舗に補償はしないが、その店舗に行っていた客の交通手段は補償するという内容です。補償対象が店舗ではなく客になっただけで、行政が補償すべき権利とは思えません。交通体系の変化にどう対応するかは、その事業者が各自で判断すべきことです。
4 行政が補償する根拠が不透明
⑤
65歳以上の人の自由移動を「福祉」として行政が特別に補償することになっていますが、どういう理由に基づくかが示されていません。こういう疑問を呈すると、出歩く機会が減少することによる医療・介護費用の増加があげられますが、そうした費用との比較考量はされていません。
新型コロナの流行時、高齢者が介護施設や通院を忌避することで発生する将来の医療介護費用の増加の懸念をよく聞かされました。結果はどうだったのでしょうか。貴重な大規模社会実験の結果はこうした分析手法に適切に反映されるべきだと思います。
5 「クロスセクター分析」に欠けるもの
この分析は現在の交通体系に基づいた流動を維持することが前提になっていますが、社会の変化によって流動が変わり、その交通体系への需要が減った結果が現在の状況です。
需要に合わない交通体系を無理やりに維持したところで、維持経費は際限もなく膨らむことが目に見えています。しかし、最も大きな損害は維持経費の支出に伴う住民の機会損失です。アイフォンでも何でもよいのですが、住民が生活を向上させるために使えたお金が税金を通じて、需要に合わないインフラを無理やりに維持することに使われるのです。
この「クロスセクター分析」は定量化されているだけに、ぼーっとしていると思わず納得しそうになります。しかし、落ち着いて考えれば、上記のように突っ込みどころは多数あります。
行政と政治のするべきことは、需要に合わない交通体系を維持することでなく、現在及び近い将来に需要があることが想定される流動に沿った交通体系への移行をスムーズに行うことではないでしょうか。
交通税問題に関する滋賀減税会さんのページです。よくまとめられていますので、是非、訪れてみてください。