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電子新獣サイバクルス! 第2話「黒騎士、襲来」

※この小説はカクヨムに投稿した作品のnote版です

【プロローグ】

~~~~~~~~~~~~

「それで、なんでニャゴはしゃべれるの?」
「知らん。気付いたらこうニャゴ。ってかニャゴってなんニャゴよ」
「ニャゴニャゴ言ってるから……」
「気安いニャゴな」
「えー。でもパートナーになったよね? だったらネコクルスって呼ぶのも……」
「……パートナー、ニャゴね……」

 クロコクルスを倒したあと、ぼくらは街へと戻った。
 片足での移動は大変だったけど、正門をくぐるとアバターは自然と元の姿に戻ったから、一安心だ。
 ちなみに、クロコクルスのデータはぼくが持っている。
 パートナークルスが倒したサイバクルスは、プレイヤーが所有するんだ。
 ぼくの足を食いちぎった相手だし、めったな事では実体化させられないけど。

「じゃあさ、なんでニャゴはクロコクルスに追われてたの?
 それになんでクロコクルスはぼくのアバターをバグらせられたの?」
「質問は一個ずつにしろニャゴ。……カンタンに言えば、ニャゴの力にビビってニャゴを潰そうとしたヤツがいるニャゴね」
 二つ目の質問は知らん、とニャゴは答える。
「まぁ、イヤな臭いがするから見分けはつくニャゴけど。理由は知らんニャゴ。アイツらがなんかしたニャゴな」
「アイツら、って? 他のプレイヤー……?」
「んニャ。ニャゴと同じ、言葉が使えるサイバクルスニャゴ」
「ニャゴ以外にもいるの!?」
「声がデケぇニャゴ」
「あっ、ごめん……」

 ぼくはきょろきょろと周りを見渡す。
 大丈夫、気付かれてない。
 ……ぼくとニャゴは今、サイバディアのカフェで話をしていた。
 カフェには、多くのプレイヤーとそのパートナーのサイバクルスがいる。ニャゴと落ち着いて話すならここかな、って思ったんだけど……

「ニンゲンの建物は落ち着かんニャゴ。メシはうめぇニャゴが」

 もがもがと、プレートに盛られた肉を食べるニャゴ。
 その姿は完全にただのネコだ。
 まさか、このネコが言葉をしゃべるなんて、誰も思わないだろう。

「サイバクルスって、普通はしゃべらないハズだよね?」
「そうニャゴな、多分」
「だよねぇ……?」

 昔にくらべて、人工知能とかAIとか言われてるものは随分進歩したと、お父さんに聞いたことがある。
 それでも、最新鋭のガイドプログラムだって、人間みたいな滑らかな会話は出来ない。聞いた言葉を検索して、ただ適切な応答をするだけ、だ。
 だから、ニャゴの存在は色んな意味でおかしい。もしかしたら裏で人間が操作してるんじゃないか、って思っちゃうくらいだ。

(やっぱり、サイバディアってなんか変だ)

 この世界でショウは消えた。
 もしかしたら……
 クロコクルスみたいなやつに、食べられてしまったのかもしれない。
「……運営に連絡しよう。調べてもらわなきゃ!」
「は? いや待てニャゴ」
「なんで!? もしかしたら、ぼくの友たちが巻き込まれてるかもしれないんだよ!? そのままにしておけないよ……!」
「ニャグ!? そう、ニャゴか……ニャググ……」
 ニャゴはぼくを止めてから、なにかを考え込む。
 ボウルに注がれたミルクをちびちびと飲んで、それからニャゴは、更に言う。
「ま、そんなら仕方ねぇニャゴな。でもその前に……」

 *

 街を案内しろ、とニャゴは言った。
 ニンゲンの街で、サイバクルスがどう過ごしているのか知りたい、と。
 だからぼくは、ガイド情報を片手にサイバディアの街を練り歩いた。

「アレはなんニャゴ?」
「撮影スタジオ。サイバクルスと一緒に動画が撮れるんだ」
「見るニャゴ! 毛を刈られてるニャゴ!」
「トリミングだね。毛並みを整えてキレイにしたりカッコよくしたり……」
「カフェ? みたいなとこもたくさんあるニャゴな」
「うん。人間の方は食べるフリだけどね」
「おっ、サイバクルスが戦ってるニャゴな。ケンカニャゴか?」
「ちがうよ、バトルモード。プレイヤー同士がパートナーの強さを競うんだ」
「ニャグ。まぁニャゴなら五秒でブッ倒せるニャゴね」
「あはは、すごい自信」

 ……でも、確かにニャゴは強かった。
 限界解除の力があれば、他のサイバクルスには負けない。

「ねぇ、ニャゴ。せっかくパートナーになったんだしさ、」
「あー、次行くニャゴ」

 ぼくの言葉をさえぎって、ニャゴは先へ進んでいく。
 ショウを探すのを手伝って、って言おうと思ったんだけど……今は、街を歩くことに夢中みたいだった。

「……。聞いてた話とは、やっぱ違ぇニャゴな」

 ニャゴは呟いて、振り返りもせず突き進む。
「待ってよニャゴ!」
「別についてこなくてもいいニャゴけど」
 ニャゴがずんずん歩いていく。どこに向かってるのか分からない。
 その内に、道がどんどん細く狭くなってきて……人通りも、減って来る。

「ねぇニャゴ、こんなとこに用なんてないでしょ? 戻ろうよ」
「いや。ニャゴたちにはなくとも、向こうには都合はいいニャゴ」

 突然、ニャゴは脚を止めて、ぼくらの後ろを振り返る。
 釣られて見てみると、そこには、一人の少年が経っていた。

「おや。鼻と耳、どちらの性能が良いんです?」
「両方ニャゴ。ってか、気付かれないと思ってたニャゴ? 甘ぇニャゴ」
「……成程、これは重症だ。わざわざ様子を見に来た甲斐がありましたよ」

 黒い髪に、白い襟シャツ。
 少年はうす笑いを浮かべて、注意深くニャゴを見つめている。

「えっと……ぼくたちを尾行してたの? キミ、だれ?」
「これは失礼しました。ボクは貴堂クロヤ。サイバディアの管理権限を与えられたデバッガーの一人ですよ。……ええと……」
 クロヤと名乗ったその子は、矢継ぎ早に話しながら、その場でウィンドウを操作し、ちらとぼくの顔を見る。
「綱木ユウト、さん……ですね?」
「……っ!?」
 なんでぼくの本名をっ!?
 ユーザー名はユウトだけど、綱木なんて一回も名乗ってないよね!?
 マズい予感がして、ぼくは思わず半歩後ずさった。
「ああ、警戒してしまいました? すみません、自己紹介よりも早く本題に入りたかったので、登録情報を閲覧させてもらいました」
 悪用はしていませんよ、と貴堂クロヤはさっきから全く変わらない微笑みで答える。貼り付いたような、ウソくささのある、笑み。
 ぼくは彼から目を離さず、その場でさっと検索をかける。
 ……デバッガーって、なに!?
(えっと、プログラムのバグを直す人……?)
 検索結果を見て、考える。
 ぼくのアバターがバグった件で来たのかな?
 だとしたら、悪い人じゃなさそうだけど……
 管理権限がどうとか言ってたし……
「質問があればお答えしますよ。けれどその前に、ボクの仕事を済ませてしまいたいのですが構いませんね?」
「仕事って?」
「そこのバグを、消去することです」
「……ニャグ」
 目線で、貴堂クロヤはニャゴを示す。
 ニャゴは不愉快そうに唸ると、フンと鼻を鳴らして答える。

「ざっけんニャゴ。誰かテメェなんぞに消されるニャゴか」

「反抗的ですね。ただのデータに拒否権があると勘違いしている」
「えっ、ちょっ、待ってよ!」
「綱木さんには後でお詫びの品をお送りいたしますので、それでこの件は無かったことにしていただきます。よろしいですね?」
「よろしくない! ニャゴを消す気なの!?」
「はい。これはバグなので」

 さらりと、当然のように。
 貴堂クロヤは言い放つ。
 ぞわりと胸がざわめいた。本気だ。この子、本気でニャゴを……!

「ニャゴが抵抗したらどうなるニャゴ?」
「あぁ、それは勿論……」

 貴堂クロヤの白く長い指が、彼の手元のウィンドウに触れる。
 すると……

『――バトルモード強制介入。フィールド設定・クローズド。
 ルールタイプ・ジャッジメント。戦闘を開始します』

「バトル!? ぼく承認してないよ!?」
「……つまり、無理にでもニャゴをブッ倒そうってことニャゴね」
「話が早くて助かります。構造上、決着がつくまでフィールドからは出られませんので悪しからず」
 ぼくらの周囲を、いつの間にか白い壁が覆い隠していた。
 逃げ場はない。どうやら相手は本気でニャゴを倒すつもりみたいだ。
「はー。じゃあニャゴが勝てば出れるニャゴね。気楽でいいニャゴ」
「ちょっ、ニャゴ!? なんでそんな強気なの!? もっと穏便に……」
「申し訳ありませんが、穏便には行かないのですよ。バグを放置するわけにはいきませんので」
「らしいニャゴよ。ユウトも諦めるニャゴ。……んで? ニャゴにブッ倒される可哀想なサイバクルスはどこニャゴ?」
「消去に使うクルスなら、ここに」

 貴堂クロヤがパチンと指を鳴らすと、彼の足元の影が、ずず、と膨れ上がり……静かに、形を変えていく。
「彼の事も、ご内密に願いたいのですが……聞かれる前に、お答えしましょう」

 それは、漆黒の騎士だった。
 黒い鋼の鎧と、鉄の塊のような大剣を手にした、2m超の二足歩行型サイバクルス。……勿論、そんなものぼくは見たことも無い。

「抹殺用に調整した特別品で、種別はナイトクルス。
 ……これが、ぼくのパートナーです」

 *

 ぶぉん!
 分厚い剣が空を斬る。
 ナイトクルスの一撃は重く、多分一発まともに受ければニャゴは動けなくなってしまうだろう。
「ニャグァっ!」
 きんっ!
 逆にニャゴのツメは、ナイトクルスの鎧には通らない。
 クロコクルスの時と似た状況だけど、今回はより悪い。
 ナイトクルスの性能は、明らかにクロコクルスより上だからだ。

「素早いですね。これは少し時間がかかりそうだ……」
「ね、ねぇ! こんなことやめてよ!」

 デバッガーを名乗る貴堂クロヤに、ぼくは訴える。
「ニャゴが何か悪い事したの!?
 しゃべれるってだけで攻撃するなんて、ひどくない!?」
「言ったでしょう、バグなんですアレは。放置すればサイバディアにどんな影響が出るか分からない。……ユーザーに危害が及ぶ可能性も、あるのです」
「っ……!」
 頭に浮かぶのは、ショウのこと。
 もしかしたら、ショウはサイバディアのトラブルに巻き込まれてしまったのかもしれない。
 理由はまだ何にも分かっていないけど、もしその原因が、サイバクルスのバグなんだとしたら……
「でも、だからって削除なんて……」
「ハッ。ま、ニンゲンはそーゆーもんって聞いてたニャゴ。
 テメェが気にすることじゃねぇニャゴよ」
 だんっ、だんっ、だんっ!
 地面をえぐるように振り下ろされる剣を、ニャゴは軽いステップでよける。
「ニャゴはこいつらにとっちゃ都合が悪ぃニャゴ。テメェだって、友だち探すんならこいつらの言う事聞いた方が良いニャゴよ?」
 そしてニャゴは、ナイトクルスから視線を外さずぼくに言う。
 笑うように、突き放すように。
「なんでだよ! ニャゴはぼくの……」
「パートナーになったのは、状況が状況だったから仕方なく、ニャゴ」
「っ……」
 言い切られて、ぼくはぐっと息が詰まる。
 そうだ。あの時はぼくもニャゴも必死で、だから一緒に戦えたけど……
 ……これからも一緒に戦ってくれるなんて、ニャゴはまだ一言も……

「だから! ニャゴがこれからどうなろうが、テメェには関係ねぇニャゴ!」
「ようやく削除される決心をつけてくれたのですか?」
「は~っ? バカ言ってんじゃねぇニャゴ。そいつブッ倒して逃げるに決まってんニャゴ!」

 たんっ、たんっ、たんっ!
 攻撃の合間をぬって、ニャゴはナイトクルスに接近する。
 もう一撃、爪の攻撃を食らわせるつもりだ。でも……

「ナイト」

 一言、貴堂クロヤがつぶやくと、ナイトクルスは剣の腹でその爪を防ぐ。
「ニャっ……」
 前脚が弾かれ、一瞬隙の出来たニャゴ。
 その腹に、ナイトクルスが蹴りを入れる。
「ニャグァっ……!?」
 ふっとばされるニャゴ。
 フィールドの白い壁にぶつかって、ずるっと地面に倒れ込む。
「ニャゴっ……!」
「近づくニャゴ!」
 とっさに駆け寄ろうとするぼくを、ニャゴが声で制する。
「良いニャゴか、もう一度言うニャゴ。ニャゴの戦いに、テメェは関係ない。ニャゴはニャゴの意志でそこの黒いのをブッ倒して、逃げるニャゴ」
「たっ、戦うんならぼくだって……!」
「要らんニャゴ! テメェにはテメェのやることがあるニャゴよな!?」

 ぼくの、やること。
 この世界で、消えたショウを探す事。
 もしショウが何かのトラブルに巻き込まれてるなら、助けたい。

「でも、……っっ、だから、って……!」
「事情は存じ上げませんが、サイバディアでのトラブルなら、ボクや運営が全力を挙げて協力致しますよ?」
 悩むぼくに、貴堂クロヤは提案する。

 ――もちろん、貴方が善良で協力的なユーザーなら、ですが……

 付け加えられた一言は、ようするにニャゴを諦めろって意味だ。
 ショウか、ニャゴか。突き付けられた二択に、ぼくは返事が出来ない。
「ニャグ。アイツの言ってた通りニャゴな。
 ……ニンゲンはニャゴたちの敵になる」
 ため息混じりにニャゴは呟く。
 ざわりと、胸に嫌な感覚がした。

「はぁ。腹減るニャゴし、出来れば使わず済ませたかったニャゴけどな……」

 ニャゴの身体が、紅の火球に包まれる。
 本気だ。ナイトクルスが警戒して、一歩距離を置く。
 火の球が爆ぜると、ニャゴの姿はすでに、大きな獅子のそれへと変化していた。

「進化? ……いや、少し違いますね……」

 クロヤが目を丸くして、ウィンドウとニャゴを交互に見比べる。
「ナイト。警戒を怠らないでください」
 こくり、黒騎士は静かにうなづいた。だが彼が顎を上げる前に、ニャゴはもう、跳び出している。
「だっ、らぁっ!」
 がぎんっ! 振りかぶったニャゴの前脚は、分厚い剣の腹に防がれる。
「はっ。お返しだ黒いの!」
 だけど、関係ない。ニャゴはそのまま腕を振り抜いて、黒騎士の身体を思いっきり吹っ飛ばす。
「っ、……」
 がぃんっ! 騎士は剣を地面に付き立てるが、勢いは消しきれず、壁際まで追い込まれる。
 そこへニャゴは追撃する。もう一発の、爪撃。地面に刺した剣はガードに使えず、黒騎士はとっさに自分の腕で受ける。
 ぎぃんっ。金属の引き裂かれるイヤな音。
 ニャゴが距離を取ると、黒騎士の右腕には、赤く熱せられたような傷跡が三本、深く刻まれていた。

「最後になるんだ。土産代わりに教えておいてやる」

 ちらと、ニャゴの目がぼくを見る。
 最後だなんて。言い返す言葉を見つける前に、ニャゴは続けた。

「オレはな、ネコクルスじゃない。
 ライオクルス。それがオレの本当の名前で、本当の姿だ」

「……本当の姿、って……?」
「ああ、なるほど! そのサイバクルス、一部のデータに欠損がありますね!」
 貴堂クロヤが解析を終え、ニャゴの言葉の意味を補足する。
「それは本来、ライオクルスという種のクルスだった。けれど何らかの理由でデータを失い、ボディパーツを補うために小型クルスへと身体を置き換えた……はは、変異体にはそういう処理も出来るのか。これは凄い……!」
「なんだこいつ、急に早口になって気持ち悪いな」
 突然テンションを上げた貴堂クロヤに、ニャゴはさらっと言い放つ。
「そして今は、その欠損したデータを別のデータで補うことで無理矢理身体を保っている……これは、食事データですね? データを文字通り栄養としているようなものか……」
 貴堂クロヤは、ニャゴの言葉を全く気にしてないみたいだった。
 聴こえているかも怪しい。そしてぼくも、クロヤの急激な変化にちょっと引いてしまっていた。
「ですが、あくまで例外処理ですからね。その姿は長く保てない。違いますか?」
「……」
 クロヤの質問に、ニャゴは答えない。
 きっとその通りなんだ。だってそうじゃなかったら、いつまでもネコクルスの姿でいる理由が無い。
 でも、どうしてニャゴの身体はそんな風になってしまっているんだろう。
 考えて、ぼくは思い出す。ニャゴはたしか、他のサイバクルスに追われていたって言ってたから……

「……食べられた、の?」
「ああ。だがほとんど不意打ちだったんだ! 別にオレが負けたわけじゃない!」

 たずねると、ニャゴはうがうがと吠えたてる。
 正々堂々と戦っていればこんなことにはなってない! 主張するニャゴは、やられた自分が許せないのだとぼくにも分かった。
(……ぼく、ニャゴのこと、あんまり考えられてなかった)
 分からないことが多すぎて、友だちの事が心配で。
 ニャゴがどういう状態なのかも知らずに、自分の事を手伝ってもらいたいって思ってた。
 ……それじゃあ、ただ利用しようとしてるのと一緒だ。
 そう思うと、ぼくはなんだか胸が締め付けられる思いがした。
 ニャゴを都合よく扱おうとした、って意味じゃ、ぼくもクロヤと大して変わらないじゃないか。ニャゴを追い立てたっていうヤツと、変わらないじゃないか。

「ニャッガァァアア!!」

 ニャゴは四方へ跳び回り、色んな方向からナイトクルスへ攻撃していく。
 だけどナイトクルスはその場から動かず、ただ剣でニャゴの攻撃を受け、流す。
 明らかに、時間をかせぐ作戦だった。
 ニャゴの限界まで堪えて、ネコクルスに戻った所でトドメ。クロヤはそう考えているに違いない。
 防御に徹する騎士に、ニャゴは決定打を出せない。
 このままじゃニャゴは……負ける。

(もし運よく勝てても、これから先も同じだ)

 お腹いっぱいじゃないと、ニャゴはライオになれない。
 たまたまお腹が空いてる時に襲われたら? 敵の数が多かったら?
 ニャゴだけで、どこまで戦える?

「――ねぇ、ニャゴ!」

 ぼくは叫んだ。
 ニャゴは騎士に顔を向けたまま、目線だけをぼくに向ける。

「言ったよね、ぼくにはぼくのやる事があるって」
「……ああ。だからテメェは……」
「ぼくがやることは、友だちを助けること!
 だから……ぼくは、ニャゴのことだって助けたい!」

 どっちかだけとか、そういう選択肢は、元から無いんだ。

「ショウも探すけど、ニャゴだって助ける!
 だから……一緒にあいつをブッ倒そう、ニャゴ!」

「正気ですか?」

 ニャゴのかたわらに立つぼくへ、貴堂クロヤは不思議そうに問う。
「それは、ただの弊社のゲームデータなのですが。
 パートナーの削除が不服でしたら、それなりの補填もお約束しますよ?」
「データとか、補填とか、そういう問題じゃないよ」
 ぼくがクロヤに答えると、ニャゴは「はんっ」と笑って跳び出した。

「ああ、テメェはそういうヤツだよな、最初からっ!」

 ザンッ! 鋭いツメの斬撃はけれど、ナイトクルスの剣で受け流されてしまう。
 このままじゃ、ダメだ。
 ニャゴがネコクルスにもどればいよいよ勝ち目もなくなる。
 だからその前に、あの守りを崩さないといけない。

「……ああ、なるほど。もう既に情が湧いてしまっているのですね」
 クロヤはぼくとニャゴの答えを聞いて、ため息混じりに呟いた。
「無意味な事ですよ、綱木ユウト君。
 もしかしたら貴方には、そこのサイバクルスが感情でも持っているかのように見えているかもしれませんが……そんなもの、ただの見せかけです」
「どういうこと?」
「確かに、それはバグにより言語を獲得してはいます。その精度も非常に高い。……ですがそれでも、プログラムはプログラムに過ぎません」

 つかつかと、クロヤは革靴の音を立てながらぼくに歩み寄って来る。
 ニャゴにも、戦っている自分のサイバクルスにも目を向けず、じっとぼくを見て。

「攻撃されれば怒る。
 想定外の事が起これば驚く。
 都合の良い事が起これば喜ぶ。そして、笑う。
 そういう風に造られているから、そう反応する」

 それだけの事なのです、とクロヤは言う。
 今ニャゴが見せている顔は、ただそれらしく見えるようにプログラムされた、偽りの感情である……と。

「そんなもののために、貴方が損をする必要はない。
 約束しましょう。アレを諦めると言ってくだされば、KIDOは貴方に巨額の報酬をお渡しします。
 それに……消えたお友達、ですか。そちらの調査にももっと人員を割きましょう。途中経過のご報告が必要なら逐一いたしますし……」

 クロヤは、次々とぼくに都合の良い条件を並べ立てる。
 ぼくのためにと、言い聞かせるように。
 だけど聞けば聞くほど、ぼくはクロヤの考え方に違和感を強くする。

「ああ、そうだ。代わりのサイバクルスもご用意いたしますよ?
 そのライオクルスに近い性能のものや、より速いモノ、よりパワーのあるモノなど、何体か……」
「だから、そういう問題じゃないって言ってるよね」

 一歩、二歩とぼくもクロヤに近付く。
 クロヤの瞳を見返すと、彼の目の暗さに気が付いた。
 丁寧な言葉。優しい口調。だけど他人に興味のなさそうな、目。
 だから笑顔がウソ臭いんだな、と思いながら、ぼくは続ける。

「ぼくは、ニャゴが良いんだよ。
 キミが言うようにニャゴがただのプログラムなんだとしても、関係無い」

 一緒に戦った。一緒にご飯も食べた。
 一緒に街を歩いた。偶然でも、パートナーになった。
 それは全部、ニャゴが相手だったから出来たことだ。

「それがバグで、サイバディアに悪影響を及ぼすとしても?」
「……。じゃあ逆に。ニャゴが解決の糸口だったら、どう?」
「……」

 クロヤは、笑顔のまま動きを止める。
 初めて、クロヤが言葉に詰まった。

「ぼく、ニャゴに聞いたんだ。しゃべるサイバクルスは他にもいる。
 そいつがニャゴのデータを奪って、バグったクロコクルスに追わせた」
「……バグクルスですか。ああ、ログを見ましたよ。キミのアバターも欠損被害を受けた。なら分かるでしょう、バグの危険性が」
「うん。だから、探して、止める」
「……と、言いますと?」

 クロヤが、固まった笑顔のまま首をかしげる。
 ぼくはそこで言葉を止めて、頭の中を少し整理する。
 分かっていることは多くない。
 一つ。しゃべるサイバクルスがいて、彼らはKIDOにバグ扱いされている。
 二つ。人間のアバターを破壊出来るバグクルスもいる。ほかのしゃべるサイバクルスが、そのバグクルスを操っているかもしれない。
 三つ。ショウはそんなバグの存在するサイバディアで、姿を消した。
(それから……おかしいと言えば、クロヤたちだ)
 貴堂クロヤは、デバッガーを名乗ってニャゴを消そうとしている。
 だけど、その手段になぜかバトルを選択している。
 直接削除しないのは、なんでだ?
 バグクルスがいくら出てきても、直接消してしまえばそれで良いハズだ。
 ニャゴも、ほかのしゃべるクルスも。

「……KIDOは、サイバクルスのこと、コントロール出来てない……んじゃない?」
「………………、何が言いたいんです」

 問い掛けてみると、またクロヤは固まって。
 瞳の雰囲気が、変わる。
 ぼくにはまるで興味が無さそうに見えた目に、はっきりとぼくの姿が映る。

「ニャゴの目的は、ニャゴのデータを奪ったやつらを探すこと、だよね」
「ニャガ! その通りだ。アイツらブッ倒してデータを取り返す!」
 だんっ、だんっ! バックステップで後退し、ニャゴがぼくのとなりにもどってくる。ナイトクルスは後を追おうとしたけど、クロヤは「待て」と言って彼を制した。
「ぼくも、消えた友だちを探してる。二つの事件が繋がってるなら、ニャゴもぼくも、きっと他のしゃべるクルスと対決する」
「そこで、バグの蔓延を止めさせると? どうやって?」
「それ……は、ごめん。わかんないけど……」
 そもそも、言えばバグクルスが暴れるのを止めてくれるのかどうか。
 戦うことになるかもしれない。その時、ぼくも危ない目に遭うかもしれない。
「でも、ぼくとニャゴは絶対にそいつらを見つける。まだ確認してない情報もあるし……他のしゃべるクルスだって、ニャゴを追ってるから」
「……。成程、言いたいことは分かりました。
 つまり、貴方達を泳がせておけばKIDOの利益になる……ということですね?」
「多分。KIDOがサイバクルスを探せないなら、だけど」
 ぼくが頷くと、クロヤは顎に手をやって考え込んだ。
 KIDOにも、なにか事情があるのかもしれない。
 そしてクロヤは、ややあってから口を開く。

「分かりました。ですがそれを貴方がやる理由が、無い。
 そこのクルスを預かって、ボクたちがやる。それでいいのでは?」
「それ、は……っ」
「それは無理だな」
 思いもしない答えに戸惑うぼくだったが、ニャゴがすぐさま否定した。
「オレはコイツとしか組む気は無い。テメェみてぇな、サイバクルスを道具としか思ってねぇヤツは嫌いだ」
「……ほぅ。ですがそれでは、パートナーを危険にさらすことになりますよ?」
「それは! 覚悟、してるから……!」
「だってよ。……っつーか、なんかごちゃごちゃ話し込んでたが、全部オレたちには関係ねぇよ。そもそも、オレはテメェらより強い」

 にぃ、と笑ってニャゴが言い切る。
 さっきから攻撃全部防がれてるくせに。でもその自信が、ぼくを安心させた。

「ぼくたちの方が強いって分かったら、認めてくれませんか」

 そして提案する。
 ぼくたちがナイトクルスを倒したら、バグクルスを追わせて欲しいと。
「……。面白いですね」
 いいでしょう、とクロヤはそれを呑む。
「けれど、勝てますか? あと何分その姿が持ちます? 話している間に、リミットは近づいていますよ?」
「え、あ……!? しまった!」
 もしかして、クロヤはそれを狙って話してたのか!?
「チッ。どうする、マジで時間がねぇぞ」
 よくみると、ニャゴの息が上がっている。
 時間はない。ナイトクルスは右腕に少しダメージを与えられた程度で、ガードは硬い。
(最初みたいに吹っ飛ばす? でも受け流されてるから……)
 同じ手は多分二度通じない。なら、一回で決めるしかない。
「……賭け、だけど。大技でどうにかするしかないよ。ぼくにタイミングとか任せてもらえる?」
「ああ。最初からそのつもりだ」
「作戦は決まりましたか? ではいつでもどうぞ」
 クロヤが挑発する。ニャゴはぐっと姿勢を低くして、いつでも跳び出せるように準備してる。
 ぼくはスキルウィンドウを開いて、ライオクルスの技を確認する。
 炎爪撃。多分これがクロコクルスに使った技の名前だ。

「……行って、ニャゴ!」
「ニャガっ!」

 だんっ! ニャゴが強く地面を蹴って跳び出す。
 一直線。ナイトクルスは剣を盾にして、攻撃を待ち受ける。
 だんっ、だんっ、だんっ! またたく間に詰められる距離。まだだ。今じゃない。もう少し。息を止めて、ぼくはタイミングを狙う。

「――今だ! 炎爪撃!」
「ニャッガァァアア!!」

 火炎がニャゴの両前脚を包む。クロコクルスを一撃で倒した攻撃。

「甘いですね。威力が高ければ受けきれない、とでも?」
「ニャゴ! 地面だ!」
「っ……!?」

 狙うのは、ナイトクルスじゃない!
 ニャゴの攻撃が、ナイトクルスの足元の地面を砕く。
 ばぎゃん、と音がして、罅割れた地面が崩れ……ナイトクルスの姿勢が、乱れた。

「ニャゴ、チャンスだ!」
「ああ! 今度こそぶっ飛べ、真っ黒鎧……!」

 ガギン! 金属を引き裂く音と、ぶわっと広がる炎熱。
 それから、どぉんという衝撃と音。
 ナイトクルスが吹き飛ばされ、煙が辺りを包む。

「……っ」

 ぼくは呼吸も忘れて、じっと煙が晴れるのを待った。
「ナイト」
 クロヤが声をかける。ずん、ずんと煙の中から黒い鎧が姿を現し始める。
(届かなかった、の……?)
「……ッ」
 ギリ、とニャゴが悔し気に顔を歪める。だが……

「ほぅ……」

 煙が晴れる。
 現れたナイトクルスは……右腕を、失っていた。
 断面からデータの光をもらしながら、落とした元へ歩くナイトクルス。
「止めなさい。結果は決まりました」
 そんな彼に、クロヤは言い放つ。
「ナイトはまだ戦えます。ですが……キミたちの実力は、分かりました」

 良いでしょう、とクロヤは溜め息交じりに言う。

「ライオクルスを消すのは、もうしばらく後にします」
「つまり、それって……」
「勝っ…………たニャゴ~~!!」

 しゅぅぅと音を立てて、ネコクルスにもどるニャゴ。
 勝利の雄叫びを聞きながら、ぼくは安心して力が抜けてしまう。

 でも、ここからだ。
 ぼくとニャゴで……バグクルスを探し出さなきゃ……!

【続く】

【カクヨム版】


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