【キー8】装丁のかわいい本
読書中に友人が、「装丁のかわいい本を読んでるね」と声をかけてくれた。今回は本棚にある装丁のかわいい本を3冊だけ紹介する。
『わたしの嫌いな桃源郷』(初谷むい)
2022年にでた初谷むい氏の第二歌集。
まず、開いて最初の歌がいい。
この一首は帯にも載っているし、この歌集が紹介されるときには必ずと言っていいほど触れられる看板的一首だ。初手から手加減してこない感じに読み手も背筋が伸びる。
自分の彼氏や彼女を他人に話すときに「ぴっぴ」を使う人を昔から気持ち悪いなと思っていたけれど、この一首に出会ってから少し見方がかわった。あれは小鳥のようにその人を瞼に浮かべる愛の呼びかけだったのか。
この歌集を手に取ったきっかけとなった一首だ。Twitterでみかけて、このどうでもよさ感とどうにかなるさ感の強さに惹かれた。自分を奮い立たせるとき、本当はビビっているのを紛らわしたいから鳴門大橋なんて言ってふざけちゃう感じ、正直だな。と思った。
『きみを嫌いな奴はクズだよ』(木下龍也)
2016年発売の歌集。クリープハイプの尾崎世界観が帯に文章を寄せていた。
僕もこれをよくやってしまう。
そっけない返事といえば、上坂あゆ美のこの一首が浮かぶ。
どちらも、捉え方によっては相手に誠実にむきあった返答といえる。
ぐだぐだと長い依頼メールもお詫びメールも、要は相手に「はい。」と答えてほしいだけだ。付き合ってくださいともあなたの気持ちを教えてくださいとも言われていないのだから、実は私もあなたのことが…などと言う必要はない。
「強い」タイトルの本と予想外の出会い方をすると、いろいろ想像が飛ぶ。ブックオフで「幸せを得るための10の法則」みたいな本が並んでいるのを見かけると、これを売った人は幸せになれたのかなと僕のお節介人格が顔を出す。
小説の魅力の一つが、敏腕刑事になったり300年後の地下都市住人になったりと異世界を大冒険できる点にあるとすれば、短歌や随筆の魅力の一つには、見ている同じ現実世界へ切りこむ角度がユニークで日常の素晴らしさ・面白さに気づかせてくれる点にあると思う。つまり、前者は普段の自分自身の生活と離れていることを楽しみ、後者は自分も持っている生活の厚みに気づけることを喜びとするのだ。喜びを感じる自分との距離感が違う。
この一首は、そんな短歌の魅力の一側面が全面にでたものだと思う。僕たちは世界の様々なものに向き合い、適宜ピントを調整する。ティッシュを配っているときは、イヤフォンをしているか否か、急いでいるかどうか、コンタクトレンズの割引券がほしそうな身なりか、など通行人の身なりにピントを合わせて関心を払う。ところがダンボールが空けば、昼食を食べるマックやサイゼの看板にピントは合わさり、通行人はぼやけて背景に成り下がる。
僕はティッシュ配りをしていないから、毎朝の駅のコンコースにおいて階段と横に並んでゆっくり歩いている高校生と改札と電光掲示板しか僕には写っていないんだけれど、この視野にさえ実はいろいろな世界が広がっているんだよね。
「鳥肌が』(穂村弘)
2016年発売のエッセイ。作田えつ子氏のイラストのうえに、「鳥肌が立っている」
穂村氏は僕の大好きな歌人だ。僕は氏の『短歌ください』シリーズで短歌おもしれ〜と思ってハマった。氏の短歌はもちろん、文章が僕は好きだ。まだ読んでないのが何冊かあるのだが、いつか読み尽くしてしまうのが今から怖い。
この本には、氏がぶるぅと鳥肌を立てたエピソードをたくさん載っている。
先日読んだ、氏の『現実入門 ほんとにみんなこんなことを?』にも通じるが、おっかなびっくりな氏が「現実の素顔」を直視している様はとにかく面白い。僕だけでなく、だぶん誰もが氏に似ている部分を隠し持っていると思うから、そんな第二の自分がこの現実世界を冒険している様を共にかわいがってほしい。
P.S.
下記記事で触れている『「老人ホームで死ぬほどモテたい」と「水上バス浅草行き」を読む』(上坂あゆ美、岡本真帆)も装丁がかわいいです。
読んでいる本・歌集一冊一冊や、短歌についてのあれこれは今後もまた紹介していこうと思ってます。その時はどうぞよろしくお願いします。