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両腕を切断された男の制御できない憎悪!おぞましい人間の狂気を描く「鉄の旋律」

今回は憎しみの復讐劇「鉄の旋律」をお届けいたします。

マフィアに両腕を切断された主人公が
復讐という執念だけに生きるダークホラーサスペンス

暴走した憎しみと抑えきれない破壊欲
おぞましい人間の狂気を描いた「黒手塚」の快作!
今回はじっくり解説いたしますので
ぜひ最後までお付き合いください。

それでは本編行ってみましょう。

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本作は1974年6月から1975年1月まで
「増刊ヤングコミック」にて連載された作品です。

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この時期の手塚先生と言えば
前年の1973年8月に虫プロ商事倒産、同年11月に虫プロダクション倒産と
人生のドン底と語る「冬の時代」を経て同月、
起死回生の「ブラックジャック」の連載を開始し
まさに再生の軌道に乗った辺りの時期であります。

スランプから脱出したとはいえ本作にはスランプ時期の名残りがぷんぷん漂うダークなニオイが立ち込めており「黒手塚」要素を十分に孕んだサスペンス作品になっております。

ボクが初めて本作を読んだときは中学生くらいだったと思うんですけど
怖すぎて良く分かりませんでした(笑)
ちょっと不気味と言うかおぞましいというか…
なんか大人の世界を覗いてしまった背徳感とでもいいますか
見なきゃよかった的な気持ちになったのを思い出します(笑)

今見るとね、全然大したことないんですけどね
当時は怖かったというのを思い出します。

さぁそんな不気味なホラー作品のあらすじを追っていきましょう。


主人公は壇タクヤという日本人青年です。
妹の亜理沙がイタリア人のエディと結婚をしました。
実はエディの一族はイタリアマフィアのアルバーニ家で結婚の際に
「決して一族を裏切らぬこと」という誓いを交わされるんですが

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タクヤは
ひょんな事からファミリーの掟を破ってしまうことになるんです。
その代償としてタクヤは両腕を切断され
再起不能となるんですが一命だけはとりとめます。

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その後、彼は復讐のため念能力、ESPと呼ばれる力を身に着け
自身の思いで自在に操れる義手を手に入れます。

これによってタクヤは復讐を誓うのですが
あまりの復讐心の念の強さから義手だけが暴走してしまいます。

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抑えきれない憎しみという強すぎる憎悪が生んだ暴走義手
自らも制御できなくなりタクヤは一体どうするのか?

憎しみから生まれた悲劇を描いた陰惨で殺伐とした
ダークサスペンスストーリーというのがあらすじであります。



まず本作は導入の引き込みが見事。
まさに手塚治虫の真骨頂ともいえる
最高レベルのオープニングであります。

手塚マンガはまるで映画を見ているようだと言われますが
この「鉄の旋律」ではそれをお手本のように表しています。
構成、構図、スピード感、ストーリー展開どれをとっても文句なし
まさにスクリーンで見る興奮を二次元で表現させた秀逸なオープニング。

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冒頭からいきなり迫りくるトロッコ
線路には動けない男性の腕、このままでは悲惨な事が起こることが
容易に想像できてしまう素晴らしい緊迫感

なぜ?
どうなる?
が見事に演出されたオープニングですね

ホラー要素、サスペンス要素も満載で
当時流行の「オカルト」「怪奇」「超常現象」の要素も取り入れ
題材としてもほぼ完璧!
ボクが見た手塚作品のオープニングの中でも間違いなくベスト3に
入るくらいの完成度です。これでご飯何杯でもいけます(笑)

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軽い気持ちの約束が後に両腕を失うほどの惨劇となり
幸せを祈った妹婿にも裏切られる屈辱
この時点で物語の没入度はピークですね。

最高潮だと思います

個人の趣向や好き嫌いがあるとは思いますが
ここまで読んで続きが気にならない人は居ないのでは?
と思えるくらいの屈指の展開ではないでしょうか。


そしてここから復讐のためにマッキントッシュ先生に出会い
念願の義手を手に入れるのですが、この「念」という概念がいいですね。
当時流行りの「超常現象」サイキック的なものを取り入れ
いわゆる神通力的な力で義手を動かすんですが
その力が「強い憎しみ」が動力源になっているという設定と
「念」が恐ろしく相性がいいんです。

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しかも「オーラという言葉を知っとるかね」というセリフがあるように
「オーラ」って今でこそ誰でも理解できる概念ですけど
当時はまだ「オーラ」という言葉自体には市民権がなかったんです

どこか霊的なエネルギー、超常現象、オカルティズムの範囲にあった概念で
作中でも「ユリゲラーみたいなやつですか?」と冷やかされているレベルですから、もの珍しいものであったのは間違いありません。


まぁ今でも「オーラ」って科学で解明されたわけでもないですけど
それでも現代日本では雰囲気、存在感を表す用語としても広く一般的に使われるくらいにはなっていますよね。

ちなみにこの系譜としてはこの後の1980年代前半に
「聖戦士ダンバイン」「オーラバトラー」「オーラロード」

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「ドラゴンボール」では「気」という概念でしたけど

90年代の「ハンターハンター」などの登場で
完全にこの「オーラ」という生命エネルギーは一般化しましたね。
(「オーラの泉」なんてTV番組も流行りました)

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その「オーラ」を
威圧感的なダークエネルギーとしての表現したというのが本作(鉄の旋律)の秀逸なところです。
これによって暴走した怒り、怨念、といった独特のホラー要素も相まって
殺伐としたおぞましさが炸裂した「黒手塚」のなかでも屈指のホラー作品になっています。

腕だけが意識を持って襲ってくるなんて完全にホラーだし
犯人探しなんて絶対に見つかりっこないわけだし(笑)
サスペンス要素も併せて最高のプロットだと思います。


そして復讐の矛先が自分の妹婿という設定もエグいですよね。
恨み殺したい奴が自分の愛する妹を抱いて、のうのうと生きているわけですから気が狂うほどの復讐に燃えるのも分かります。
めちゃくちゃムカつきますよね。

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そして身内としてそれを許した自分、
悪人という本性を見抜けなかった自分
あらゆる複雑な感情が混在して
食いしばる歯が砕け散るくらいの憎さが伝わってきます。

そして復讐の化身と化したタクヤの怒りが炸裂していく訳ですが
その猟奇的描写も見事!

自らと同じ目に合わせるが如く惨殺した死体には動物であろうと
容赦なく両腕を切り落とすと言う異常性!
これによって犯人が誰の仕業なのか、分かる奴には分かるメッセージに
なっているんですね。
完全なる殺しの予告です。

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今度はマフィアたちが異常犯罪者に「殺されるんじゃないか?」と
怯えるわけですが、なぜ義手が勝手に動きまわるのかが解明できないんですよ!(当たり前ですけど笑)
この不可思議な殺人の手口に混乱して動揺していく様が
非常にサスペンス要素を持っていますよね。

ラストは賛否ありますがボクは正直言うともっと続けて欲しかった。
ちょっと尻すぼみ感というか…
ストーリーが長編向きにもかかわらず作品が短編、中編なんですよね。

先生もあとがきで
「描いていてそんなに楽しいものではなかった」と語っておりますし
急遽終わらせたような節が垣間見れます。

同じ復讐タイプの「アラバスター」でも2冊は描いていますから
これもせめて2冊分くらいは描いて欲しかったなぁ


連載を続けてたらもしかすると
「MW」とかに匹敵するピカレスクの傑作になったんじゃないですかね。
事実このあとMWを描いているんですけどその時に手塚先生は
「徹底的なピカレスク」「悪」を描きたいと言っておられましたから潜在的にもっと人間の醜悪なドス黒い面を描きたかったんだと思われます。

先生もちょうどこの時期は9つの連載を抱えてめちゃくちゃ忙しかったですし手を抜いた訳じゃないけど集中力が欠けちゃったような感じですかね。

とは言えこのボリュームをこのページ数で描き上げているのは
やはり手塚治虫ならではの技術だと思います。
通常の漫画家ならおそらく4~5冊は要するでしょうね。
それくらいの濃密さスピーディーさがあります。

…はいという訳で「鉄の旋律」お届けいたしました。
個人的には非常に大好きな作品です。
アラバスターのような終始救いようのない作品とは違い
ラストに若干の救いが見て取れる手塚ダークサスペンスの中でも屈指の作品
ドラマの原作としても秀逸な脚本ですのでぜひご覧になってみてください、


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