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性別のない無性人間が暴れるカオスな世界を描いた「人間ども集まれ!」

今回は性別のない無性人間が暴れるカオスな世界を描いた
「人間ども集まれ!」をご紹介します。

本作は知る人ぞ知る大人手塚の大傑作
男でも女でもない「第三の性」という凄まじい設定が繰り出す
手塚治虫のナンセンス風刺大人漫画であります。

予備知識が無かったら「これが手塚治虫なの!?」とビックリするくらい
これまでの作風と異なる異色作でありますがテーマは
下ネタから戦争、人間の尊厳、そして人類とは?という
いかにも手塚治虫節全開の内容になっております。

あらゆるものを痛烈に批判したいつもより毒のスパイスが強めの作品

今回はその魅力をたっぷりとご紹介いたしますので
ぜひ最後までお付き合いください。

それでは本編行ってみましょう

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本編は1967年
青年コミック誌「週刊漫画サンデー」にて連載されました。

あらすじは
特殊な精子を持つ主人公の天下太平
彼の精子から生まれてくる子供は
男でも女でもない生殖器のない「第三の性」無性人間だったんです。

そしてこの無性人間を利用して大儲けしようとするものが現れます。

法律上は問題ない事をいいことに
無性人間を大量生産して兵士として育て上げ奴隷のように扱い
世界各国に輸出して戦争を起こさせ
さらにその戦争を全世界にTV放送してショーを行ない
むちゃくちゃな世の中になっていきます。

そしてついに無性人間たちが反乱を起こすんです。

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殺人マシーンのように扱われ、虐げられていた無性人間たちが
人間に反旗を翻し世界中の人間たちに去勢手術をさせていくんです。

人間対無性人間の生き残りをかけた一大戦争
さぁ一体この後どうなってしまうのか
というあらすじになっております。



この作品は一目見れば分かるように
これまでの手塚治虫のタッチからは想像できないほど
スタイルを画期的に変えた作風になっています。

先生自身「気楽に描けた」とも語っているようにこれまでの描きこまれた作風とは異なり伸びやかに自由に描かれているのが見ても分かりますよね。

反面その荒けずりで、描き殴ったようなペンタッチは
「手を抜いている」とも揶揄されたそうですが
むしろ本編に描かれているテーマがとんでもない毒をまき散らしているので
この大人タッチじゃなかったら相当ドギツイものになっていたと思います。
アトムみたいなタッチじゃ相当違和感あるし、
劇画タッチだとちょっとアウトな内容も出てきちゃいますね(笑)

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本編はこのナンセンス風タッチだからこそ成立したドえらいストーリーで
絵柄のシンプルさとドタバタコメディ調の展開で黒い部分がかなり薄まっていますが本質はとんでもないくらいの問題作です。


「戦争」「性」といった題材のタブーなところにも触れているのですが
何と言っても生殖器を持たない「第三の性」無性人間という設定。

ヤバくないですか。

そしてそれを大量増殖させて働き蟻みたいに消費していくという
人権問題、人身売買、差別問題をゴリゴリに刺激する設定。

さらに人間の殺戮本能を見たそうとする描写は
「火の鳥生命編」「ガラスの城の記憶」にも出てくる
倫理観のぶっ飛んだ手塚治虫のドス黒さが炸裂したカオス描写です。


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戦争をショービジネスとした資本主義社会への皮肉は
発表当時の長期化するベトナム戦争の風刺がモロに表れていますけどそれにしても凄まじい設定ですね。

ラストの無性人間が自己主張し始め全人類去勢とか
使い捨ての奴隷として扱われた彼らが人類に牙を剥く展開は
読者の目ん玉をひんむかせる超ド級のエグイマンガになっています。

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精子が特殊だという設定は先生が医学生の頃に精子の研究をしていたところから来ていると思われ精子のプロフェッショナルが生み出したまさに
「~らしい」発想だと思います。
「生命の根源」というところと「性」への交わり、生殖活動の在り方というところをブラックに且つ壮大なテーマで描いているのは見事。

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エッチな描写もこのナンセンスタッチのおかげでさらりと見せていますが
今だとおいそれと口にできない差別やテーマを容赦なく描き散らしていて
まさにジェンダーの壁を超えたセックスアンドバイオレンスな毒々しい風刺漫画であります。


そんな手塚先生が楽しんで描いたマンガでありましたが残念ながらこの手のジャンルが流行ることもなく手塚治虫の描く「大人マンガ」
陽の目を見ることはありませんでした。

それは後継者がいなかったとか、描くのが難しいとかいくつか理由はあるんですけど、最大の要因はまだ市場が成熟されていなかったことでしょうね。

黄桜でおなじみの小島 功さんとかギャートルズの園山 俊二さんとか
富永一郎さんとか活躍されている方もおられたんですけど市場がまだ大人マンガがどのように発展していくか模索していたように思います。

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正確に言えば
漫画界全体がどの方向に進めばいいか迷っていたような感じですかね。
そこに同年の7月
日本初の青年漫画雑誌『週刊漫画アクション』が創刊されます。
これが決定打になりましたね。
単純に言えば世の中の流れは「大人マンガ」ではなく「青年劇画」に完全にシフトしたってことです。

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この後「劇画」も飲み込んで青年漫画が今の日本漫画の潮流、メインストリームになっていくわけですが
もしかしたらこの「人間ども集まれ」がヒットしていたらこの大人マンガスタイルが日本のマンガのスタンダードになっていたかも知れませんね。
まぁそんなことはないでしょうけど(笑)


ちなみに手塚先生はこの後、創刊された小学館の『ビッグコミック』に青年漫画を連載していくようになり青年漫画風にタッチが変わっていきます。

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手塚治虫が『ビッグコミック』に連載していく作品


この辺りの日本漫画の変遷
時代観は吉本浩二先生の「ルーザーズ」にて詳しく書かれております。
日本初の週刊青年漫画雑誌誕生のエピソードを描いたマンガです。
当時の混沌とした状況、編集者の熱意、たぎる熱い情熱は無条件で面白いのでぜひ読んでみてください。


さて…この「人間ども集まれ」ですが実はモデルとなった作品があります

それは
カレル・チャペックの「山椒魚戦争」であります。
はい、手塚治虫ファンそしてこの全巻チャンネルの読者さんであればおなじみのカレル・チャペックであります。
あらすじを聞いただけでなるほどって感じですね。
山椒魚を安い労働者としてコキ使いやがて人間に反乱を起こすというこの作品はまさに「無性人間」に反乱を起こされる人類と同じ構図です

自ら作り出したものをコントロールできなくなりやがて支配されていくという愚かな人類に対する警鐘の物語は
手塚治虫における定番中の定番のプロットであります。
「ロック冒険記」の時にもこの「山椒魚戦争」に影響を受けたと言っていましたし手塚初期SF三部作はもとより「火の鳥未来編」「鳥人大系」などあらゆるところでこのプロットは出てきますのでテストの最初の方に出てくる鉄板の問題なので
これはもう、ぜひ覚えておいてくださいね(笑)


そしてなんと本編では
この「山椒魚戦争」の影響でラストの結末まで変更されています。

あとがきにはこうあります。

「このようなつきはなすような結末にしたのは、カレル・チャペックの「山椒魚戦争」のラストに感銘をうけた影響があると思っています」「ぼくはこういう終わり方のほうがすきです」

と記しておられます。
雑誌連載時はハッピーエンドだったんですけど、単行本化の際にアンハッピーエンドに描き直ししたんです。
あえてアンハッピーに書き換えってわざわざそんな事しなくてもいいのに
希望を持たせて終わるより絶望のまま終わる方が好きと語る終末思考といいますか、その方がメッセージが強くなると思っていたのか…
なんにせよ、我慢できなかったんでしょうね(笑)


手塚先生は本当に書き換え好きで何でもかんでも手入れちゃいますから
どれが本当の結末なのか分からない事が多々ありますが本編では
アンハッピーが現在のところ正式なエピソードとなっております。

ちなみに1999年に刊行された実業之日本社版の『完全版 人間ども集まれ!』では、単行本未収録の「幻の結末」いわゆる連載版の最終回と単行本版の2つのエピソードが収録されております。
しかし現在は絶版のため手に入れることが難しい代物なんですけど
案外古本屋にちょろとあったりするかもしれませんので探してみてください

補足としてアマゾンでは文庫本のレビューと、この完全版のレヴューがごっちゃになっていて、あたかも文庫本版に幻の結末が収録されているように勘違いされがちですが
文庫版には収録されておりませんのでご注意ください。

(上記レビューが混在しているのでご注意ください。雑誌連載版の最終回は収録されておりません、完全版は絶版につきリンクありませんでした。すいません)          ↓ これが表紙

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というわけで「人間ども集まれ」ご紹介して参りました。
最初は手塚作品らしからぬ見慣れないタッチに戸惑うかも知れませんが
その中身、毒々しいストーリーを味わってみてください

そしてタイトルの「人間ども集まれ!」ですが
この本全部で2巻完結でその2巻の最後の最後の方に出てくる
ある「セリフ」のことなんです。

これは、人間側のセリフなのか?
はたまた無性人間側のセリフなのか?
そしてこのセリフには一体どのような意味が込められているのか?
ぜひご自身の目で確かめてみて欲しいと思います



その他大人手塚のナンセンスマンガもおすすめしております。
「全裸が当たり前の世の中になった世界」とか
「毎日7人の女性とXXXしないと爆発する男」の話とか
「世界中の女性が欲情して男たちをXXしまくるカオス」なお話とか
とかくぶっ飛んだ設定の作品が多いので手塚治虫の見た事ない一面をご覧いただけるかと思います。


最後までご覧くださりありがとうございます。

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