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描き直された結末!2種類のラストに秘めた手塚治虫の真意とは?「ロック冒険記」解説!

今回は初期手塚代表作のひとつ「ロック冒険記」お届けいたします。
リアルタイム世代からは最高傑作とも呼び声高い本作
しかし一般的にはそこまでの評価はなかった作品でもあります。


この相反した受け取り方には一体何の要因があったのでしょうか
今回はそちらの疑問を掘り下げて解説いたしますので
ぜひ最後までお付き合いください。

それでは本編行ってみましょう。


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本作は1952年から1954年に『少年クラブ』にて連載された作品であります。

あらすじは
地球と同じ公転軌道を回りちょうど太陽を挟んで180度反対側に
地球の兄弟惑星が発見され、その惑星はディモン星と名付けられ
調査してみるとなんとそこには鳥人が住んでいました。

(「ちょうじん」と呼ぶのか「とりじん」と呼ぶのか分かりませんが
本作では【エプーム】と読んでおりますので本編もエプームで進めます)

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そして観測の結果、ディモン星には石油があることを知って地球人は
エプームたちの資源を奪い惑星ディモンを制圧。
さらにエプームを奴隷として扱い食用家畜として扱っていくのです。

主人公のロックは人間とエプームの間に立ち両者の関係を保とうと
奔走するのですが両者の溝は埋まらず、
ついには地球人とエプームとの全面戦争になってしまう
というストーリーであります。

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まずこの時代、
1952年当時にSFという概念すらない時代に地球の公転軌道の裏側に隠れた
惑星があったなんて発想に震えが走ります。
そしてそこに異星人が住んでいただなんて今でも全然通用するシナリオであり恐るべきストーリーテラーです。

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そしてそこに文明の対立、侵略戦争、差別などの要素が展開していき
壮大なスケールで描かれたドラマは手塚初期作を代表するSF活劇として
マンガファンに語られる作品となりました。

実際この「ロック冒険記」をフェイバリットとして推す声も多く
娯楽がほとんどない時代において
これだけのスケール感を持った作品の登場は相当な衝撃だったと思います。

これは「0マン」などと同じでその時代における直撃世代にしか分からない特別なインパクトだったのだろうと思います。


しかし実際にはこの「ロック冒険記」の連載時には、ストーリーや人物相関関係などが複雑すぎて理解できないと受け止められ中途半端な形で連載が終了しているんです。

つまりめっちゃスゴイ!傑作!
と言われているのは一部の人だけで
読者の多くはついていけなかった作品だったんですね(笑)

事実、本作あとがきでも手塚先生がこう回顧しております

「当時SFそんな言葉もない時代、空想的な筋立ては当時の子供たちには
よく理解されずに終わってしまったようです」
「子供を対象にしたSFの限界の難しさを切実に味わった作品である」

と綴っておられるように
多くの読者には理解されなかった作品でありました。
これにより不完全燃焼に終わった手塚先生は
単行本化の際には連載時の最終回は収録せず、
全く異なる結末が描きおろしました。
はい、これはもうお決まりですね。
手塚先生がこんなの絶対納得するわけがないので、当然書き直しの手が入ります。

ちなみに連載時の結末はと言いますと
地球とエプームとの全面戦争の中、
惑星の軌道が変わり地球は滅亡を免れるという展開でしたが
これに対して単行本版では、
人間とエプームの間で交渉を続けたロックが犠牲になって全面戦争が
回避されたという展開になり
主人公のロックが死ぬという全く異なるシナリオをぶち込みました。
これによりまた世間をざわつかせるんですね。

雑誌版はハッピーエンドでしたが、単行本化にあたって主人公が死ぬという
衝撃的な展開に多くのファンが「どうゆこと?」ってなり以後
別の意味でも語り継がれることになるわけです(笑)

連載版と単行本版でオチが違うってことも異例ですけど主人公が死ぬってことも当時としてははかなりの異例中の異例な事なんです。

ドラゴンボールや男塾、一時のジャンプみたいに死ぬことのインフレに慣れた現代漫画世代からすると大したことないかも知れませんが
主人公が死ぬってことは当時の感覚からすると本当にあり得ない事だったのです。ここら辺は「地底国の怪人」の時にも解説していますので
興味のある方はぜひチェックしてみてください。


ちなみに雑誌連載時と単行本化時の改稿版のふたつの結末を読み比べる復刻版BOXが2011年に発売されております。
当時の風合いを極めて高いレベルで再現された完全復刻版ですので1950年代に手塚作品に夢中になった世代の方なら買って損はない逸品だと思います
併せて当時の短編も収録されているお得版ですのでチェックしてみてくださいね。

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話を戻しますと
つまり先生にとって本当に表現したかった多くが
難しいと捉えられたことが、めちゃくちゃショックだったんですね。

では一体本作でのテーマ、表現したかった事とは何だったのでしょうか。
本作がどのような作品だったのかを説明するよりも
手塚先生がモデルとした作品を深堀りした方が理解できると思いますので
そちらから本作の魅力を紐解いていきますね。

そのモデルとした作品はこちら
カレルチャペックのSF小説「山椒魚戦争」です。

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何ともドギツイタイトルでありますがこの小説は
知能の高い山椒魚を発見した人間たちがこの山椒魚たちを奴隷化していくのですがその後、徐々に賢くなっていった山椒魚が人間に反撃していくという物語になっています。

似てますね。この「ロック冒険記」と。
山椒魚が鳥になっていると考えれば分かりやすいかと思います。

この異文化、異人種との衝突、差別、そして人類の滅亡構造は1960年までの手塚作品には頻繁に使用されるテーマで初期手塚を語る上では外せない要素になっています。

それこそチャペックという作家の作品においては
「鉄腕アトム」「人間ども集まれ」「人間昆虫記」など
手塚作品の中でかなり大きな影響を受けた作家でもあります。
確か「七色いんこ」のエピソードでもチャペックの題材ありましたね


先生自身も
「終戦直後、
非常に私の心をうったものに、カレル・チャペックの作品集がある」
と語っておられますし
めちゃくちゃチャペックの影響を受けているのは周知の事実です

またチャペックの描くカタストロフィからも
大きく影響を受け散らかしているのが見てとれます。

「山椒魚戦争」では人間が自ら作り出した山椒魚によって駆逐され、
その山椒魚もまた戦争で自ら全滅してしまうのですが
この悲劇的なラストは
「鳥人大系」「火の鳥未来編」なんかでも見て取れます。

あとチャペックの超代表作のひとつとして「RUR」がありますが
これも本作の「山椒魚」が「ロボット」に姿を変えただけで設定は同じです

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このように手塚先生が描きたかったものは
人間は自ら作り出したものに革命を起こされて窮地に陥るという描写を描いており概ね手塚先生もこれらの設定を引き継いでいますし
これらの題材を好んで使用しています。


ここで興味深いのは手塚先生は「鉄腕アトム」でも同じプロットとして使用しているにも関わらず世間では真逆の科学技術が未来を救う、文明礼讃として捉えられてしまったってことですよね。

不思議なことにアトムだけは
これまでとは全く逆の受け取り方をされるんですね
「アトム」の本当のテーマは
「科学技術の発展、ロボットの進化は決して人類の幸せではない」

むしろ人類滅亡への警鐘となるとして描いたにも関わらず
「ロボット=アトム」 「アトム=科学技術の発展=明るい未来を連想」という意図しない方向へと進んでしまったんですね。

これには手塚先生も大弱りしちゃうんです。
どんどん作者の意図しない方向へと作品が自身の手から離れて行っちゃう。
世間の期待、理想があまりも大きくなりすぎて完全に先生の意図したものとは別の作品になっちゃうんですよね
挙句には「アトムなんか嫌いだ」発言も飛び出す始末。

人間の裏側に潜む負の側面を描きたい手塚先生に対し
「強くてカッコイイ勧善懲悪のヒーロー」になってしまった「ジレンマ」
科学を過信し奢り悪用する人間の愚かさを描く作品の軸は手塚初期三部作から変わっていないのに「鉄腕アトム」だけはテーマが置き去りになりキャラクターだけが一人歩きしちゃうんです。

このアトムだけは本当に「悪書追放」で吊るしあげられたかと思えば
一転して国民的ヒーローになったり
ここまで大きくなってしまうと作者の元を離れて国民の民意みたいなキャラクター時代を映す鏡のようなキャラクターになっちゃいましたよね。


というようにちょっと話逸れてしまいましたが
「ロック冒険記」における手塚先生の描きたかったもの
それは
「異人種との衝突による差別、そしてそれに過信した人類の自滅」
であります。

これは言うに及ばず戦争の事を意味しています。
手塚先生はある程度裕福に育ってきた環境にあって
ある日突然、すべてを無くす出来事が起こるんです。


それが戦争

喰うものもなく、友達も目の前で死んでいく
そして何より大好きなマンガが書けない、絵もかけない
絵を描いているだけで非国民と言われる耐え難い時代を経験した先生が
ある日突然、忌々しい戦争が終わるわけです。

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このトラウマ級の体験から解き放たれた欲求が当時の手塚漫画には宿っています。迸るほどのエネルギーがそこにはあります。

手塚治虫が少年マンガに込めた世界平和
今この時代に改めて読み返してみてはいかがでしょうか

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最後までご視聴下さりありがとうございます。




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