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二十歳のころ 第二十九章
バングルバングル、キャサリン渓谷を三日間かけてダーウィンに到着した。ダーウィンはノーザンテリトリー州の最大の都市であり、当初の旅の目的地であった。
僕はユースホステルに宿を取る。僕はバックパックを部屋に置き、ダーウィンの街を散策する。マクドナルドがある。ケンタッキーフライドチキンがある。フードコーナーがある。僕は文明だと思った。どの店も七ドルあれば食事にありつける。僕は自炊が面倒臭いと思っていたのでファーストフードの店は本当にありがたかった。
僕はダーウィンの街をなんとなく散策している。通りに床屋を見つけた。日本を出発して二ヶ月が経つ。僕の髪もぼさぼさになっている。さっぱりしたい。床屋を覗いてみてカットの料金を確認する。十二ドルと表示されている。僕は床屋に入り、短めに髪を切ってもらった。
夕方になる。僕はダーウィンの街の散策をやめユースホステルに戻った。すると受付のユースホステルの職員が僕に話しかけてきた。伝言があるという。
それはパースの語学学校で知り合ったノリコさんからの伝言であった。ユースホステルの職員の説明によるとノリコさんに電話をかけてほしいとのことであった。僕はユースホステルの職員から電話番号が書かれたメモをもらった。
僕は激しく動揺した。自分の心の中ではノリコさんとの関係は終わったものだと決めていた。ノリコさんは旅の精算が終わるとそれ以来語学学校には戻ってこなかった。僕は悲しかった。裏切られたとも思ってもいた。僕は何をいまさら連絡してくるのだと思った。少なくとも僕は電話をする気にはなれなかった。冗談じゃないとも思った。
僕は旅をすることでゼロからのスタートを切った。新しい自分になって僕は旅を始めた。実際僕にとって西オーストラリアの旅は面白い旅であった。ノリコさんの伝言はあのさえなかった僕の語学学校の生活を思い出させた。僕は語学学校の日々を忘れたかった。
僕はノリコさんに折り返しの電話をしなかった。僕はバックパックからアルバムを取りだした。僕はノリコさんに渡しそびれたノリコさんの写っている写真を抜き出した。そして僕は写真を一枚、一枚丁寧に静かに燃やした。一枚、一枚灰になるのを見届けた。
僕はふと家族に電話をしたくなった。たまらなく母親の声を聞きたくなった。僕は二カ月ぶりに実家に電話をした。
「もしもしヒロユキだけど。」
母親が電話にでる。
「二ヶ月も家に電話しないで今何やっているの?」
「旅をしているんだ。今、ダーウィンにいる。電話が出来ない場所を旅していたんだ。で久しぶりに電話が出来る場所に来たんで連絡した。」
「ご飯はちゃんと食べているの?そう言えばアライ君からどうしているのと連絡あったわよ。」
「ご飯は適当に済ましているよ。アライか。あとで連絡する。テレフォンカード終わっちゃうからまた連絡する。じゃあ。」
アライは信州大学の親友だった。気の置ける友達だった。僕は気楽な話をしたくなった。僕は肩肘を張らないで済む友達と話したくなった。
「よう。アライ。元気?」
「ハガかよ。どうしたんだよ。ハガの実家に電話かけたらおふくろさんが連絡とれないって言っていたから心配したよ。」
僕は日本が懐かしくなった。心地いい日本から離れて僕は今オーストラリアにいる。だから僕は変わらない日本に安心した。僕は新井にオーストラリアに来て楽しかったことだけを手短に話した。