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二十歳のころ 第四十六章
いつになればダーウィンに辿り着くことができるのだろう。いやもういつ辿り着くことなどはどうでもいいことなのかもしれない。会話するのも元気よく振舞うのもそんな余分な力は自分には残っていない。体力を消耗しないように必要なこと以外は何もしないほうがいいのかもしれない。もう先のことをあれこれ考えるのはよそう。ここまで来ちゃってどうしようもないのだから。だけどこれが本当のヨットの航海なのだ。自然と自分との持久戦だ。正直きついよ。
外洋の航海が終わりディメングルフに入るとようやくダーウィンに到着するめどがついた。到着予定の数日前に僕はイーブンとニコルにダーウィンでヨットを降りることを告げようと考えていた。
僕は自分の進退を迷走していた。このままラ・ジュリアンヌに乗って世界を周ってみようか。でもこの調子だと日本に戻ることはいつになるかわからないな。ダーウィンに到着する予定も大幅に狂っていたし。もし航海を続ければ大学には戻れなくなるかもしれない。自分の体調もいつまで持つかわからない。今の自分に解っている事は世界を周るには自分は何一つ準備ができていないことだ。
そんな僕の不安を察し、手を差し伸べてくれたのがイーブンとニコルだった。
「ねぇ。ヒロ。ヒロがダーウィンでヨットを降りるだろうとイーブンは言っていたけれど。どうなの?本当?」
僕は自分の進退を自分でなかなか決められなかった。僕は自らヨットを降りるということをイーブンになかなか言えずにいた。僕はその助け舟に乗った。
「うん。降りようと思っています。」
「そう。」
ニコルは問い正すことなく降りるというその言葉を受け入れた。
一九九五年七月二十七日ラ・ジュリアンヌはダーウィンのマリーナに寄港した。僕はヨットを降り、マリーナの桟橋に自分の足を踏み入れた時だった。足元が揺れていないのを感じた。
「足元が揺れていない。足元が揺れていない。」
僕は思わず口走った。航海の生活に慣れ、陸上の生活から離れていたのだという事実を僕は再認識したのだった。
その晩僕らはダーウィンの中心街にあるレストランに行った。慰労会とお別れ会を兼ねた食事会を設けた。バックパッカーの一人旅では行きづらい雰囲気のいいレストランである。久しぶりにお酒も入った。僕らはケアンズからダーウィンの約三週間の航海を共有した時間を愛しんだ。僕はダーウィンでイーブンとニコルとお別れになることに淋しさを感じた。
食事会で僕はダーウィンでヨットを降りるという前言を撤回したいと何度も思った。しかしもう一方で僕はこれで良かったのだとも考えていた。世界を周ることは出来なかったけれども十分に自分はヨットの航海を味わったのではないか。お互いに気持ちよく別れることができるのは淋しいけれどダーウィンで自分が降りることではないだろうかと。