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二十歳のころ 第四十五章

ポートランドロードからシェルバンヌベイそしてエスケープリバーに向けて夜間を運行している時だった。僕は夜中の航海のために見張りをしていた。すると真夜中の大自然の中ではふさわしくないキラキラ輝いた大型の船がラ・ジュリアンヌの航路に近づいてきた。あの華やかな光に包まれている船は何なのだ。貨物船ではないことは確かなようだ。
僕は華やかな大型の船とラ・ジュリアンヌの航路が重なっていることを確認した。僕は船内に戻り、イーブンに声をかけた。イーブンはデッキに上がり、大型の船を確認するとヨットの進路を変更する。イーブンの一連の作業が終わると僕は尋ねた。
「あの船はいったい何?」
「大型客船だよ。世界一周している豪華客船だよ。」
イーブンと僕は豪華客船がラ・ジュリアンヌの横を通り過ぎるのをじっと眺めていた。ヨットと比べると豪華客船はものすごいスピードで海を運行している。まばゆい光を放っている豪華客船は大自然の中の別世界のもののように僕の瞳には映った。
なんて華やかな世界なのだろう。ヨットとはまるで別世界だ。きっとあの豪華客船に乗船している人たちは楽しく社交ダンスなんかをしているのだろう。きっと食事も毎日豪勢なのだろう。映画でしか見たことのない社交界というものはきっとあの豪華客船にあるのだろう。ふと僕はイーブンが何を感じているのだろうかと気になり、顔を向けた。
イーブンはハンドルに手を当て豪華客船が来ようが意に介していない様子だ。僕は豪華客船に一瞬でも心を奪われたことに対して恥ずかしくなった。イーブンはヨットで自然の大海原に立ち向かっているのだ。誰かに用意されたものではない自分の力で。贅を欲するというよりはむしろ自分と向き合い自然と向き合って航海しているに違いない。僕は自然に言葉を発していた。
「僕、ラ・ジュリアンヌが好きです。」
ラ・ジュリアンヌはオーストラリアの最北端のケープヨークのルートを取らずにモア・アイランドを経て外洋であるアラフラ海、ティモール海を航海しダーウィンに向かった。
外洋の航海では時には波が荒くなり、波が船体にぶつかる音と振動で睡眠を妨げられる日もあった。イルカがヨットに遊びに来てくれる日もあった。どこに停泊することもなくラ・ジュリアンヌは昼夜問わず休みなく航海を続けた。
僕はしだいに航海に疲弊して感覚が麻痺してくる。デッキから外を見渡せば周りは海。変化があるとすれば太陽が毎日毎日海から姿を現してくれることだけだった。僕は何をするでもなく空を見上げ海を眺めていた。日の出と日没を繰り返し眺め、一日が何事もなく過ぎていくことを実感していく日々を送っていた。イーブンとニコルとの会話もほとんどなくなった。ただただ漠然と自然に身をゆだね時間が過ぎていった。

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