
二十歳のころ 第二十章
カリジニナショナルパークのツアー当日になる。僕は手荷物を準備し迎えの車を待っている。しばらくするとバックパッカーズに体格のいいガイドらしい男が入ってきた。
「おはよう。君がヒロユキさんですか?私はガイドのケンです。」
僕は頷いた。
「準備はいいかい。」
僕は手荷物を四駆に積み込む。四駆に乗り込むと僕の他に一人の欧米からの旅行者がいる。僕と比べるとかなり年輩の方だ。僕のようなバックパッカーではなく自然科学を専攻していそうなおじさんである。僕は少しがっかりした。若者同士のツアーだと想像して参加したのだが当てが外れたのだ。
ガイドのケンさんとおじさんはマニアックな話をしていた。地層がどうだとか生物はどうしているのだとか植物はどうだとか。僕にはさっぱりわからない。僕は会話に入るのを諦め、窓の外の景色をずっと眺めていた。アウトバックの世界である。不思議なことに同じような景色が続いているのに僕は外を見ることに飽きなかった。

ケンさんはカリジニナショナルパークの名所を案内してくれた。渓谷を歩いた。泉を歩いた。泉で泳いだ。滝を見た。僕は楽しかった。誰と話して盛り上がるということはないが僕は満足していた。雄大な自然。馬鹿騒ぎするより男三人。大自然に身をゆだねる。まさに日本で想像していたオーストラリアの大自然の探索。これでこそオーストラリアに来た甲斐があったというものだ。
赤い大地の上、星明かりの下、僕らはキャンプをした。バーベキューをした。ステーキを食べた。ビールを飲んだ。人の手が入ったキャンプ場ではない。ゴミはもちろん持ち帰る。ここは国立公園でもあるのだ。静かな夜だった。本当に静かな夜だった。おじさんとケンさんは焚き木を囲み話し込んでいた。僕は会話についていけず一人用のテントに潜り込んだ。ケンさんにサソリには気をつけろと忠告された。僕は疲れていた。僕はすぐ眠りに落ちた。
朝が来る。僕らは朝御飯を済まし、また名所を周った。渓谷の頂に座り下界を眺めたりした。渓谷の頂では風が吹いている。優しい風だ。一歩踏み外せば僕は崖から転がり落ちて死んでしまう。そんなアウトバックの世界だ。僕は自分がちっぽけな存在だと思った。
ケンさんは帰りがけに僕に尋ねてきた。
「今回はヒロとあまり話が出来なかったけどツアーを楽しめたかい?」
気配りの行き届いたガイドだった。僕は英語がほとんどできない。下手に会話されるより一緒に大自然の中を散策したほうが断然面白い。僕は答えた。
「僕はツアーを楽しめたよ。渓谷は素晴らしかったし、やっぱり自然は凄いと思ったよ。それに僕は英語得意じゃないんだ。」
「そうか。楽しめたなら良かった。安心したよ。ヒロとあまり会話できなかったから少し心配していたんだ。」
僕はケンさんの人柄に触れ、心がぽかぽか温まる気がした。考えてみるとたった二人の観光客のためにツアーが催行される。値段だって適正価格である。毎日観光客がいるわけではないだろう。ケンさんはガイドの職以外にも仕事を持っているはずだろう。僕はもっとケンさんと話をすれば良かったなと最後に思った。ポートヘッドランドの滞在も今日までだ。明日はブルームへ向けて出発する。