二十歳のころ 第二十四章
ブルームを出発しカナララに向けていつものように長距離バスに乗っていた。長距離バスは僕にとって退屈な時間であった。窓から見える景色もそう変化はない。
あまりにも退屈だったため僕は隣席の欧米系の旅行者に声をかけてみる。僕よりいくらか年長だろう。彼はイエンといい、イングランドから来たと言う。イエンも話し相手が欲しかったのかもしれない。お互いの自己紹介が終わると僕らは延々と話し始めた。拙い僕の英語でもイエンは嫌な顔をせず会話は弾んでいく。
旅にも慣れてきたせいか僕も一連の旅行会話の基本が出来ていた。
どこから来ましたか?
名前は何ですか?
オーストラリアに来てどれくらい経ちますか?
職業は何をやっていましたか?
オーストラリアでどこが良かったですか?
高校を卒業していれば誰でもできる質問である。同時に僕も決まり文句の質問には英語で答えられるようになっていた。大方の欧米から来た旅行者にはこの会話だけで十分であった。それ以上にも会話は発展しないし、それ以上のことも聞かれなかった。
今回イエンといつもの旅行会話をしていると話の流れからか僕は思いもよらぬことを口に出してしまう。それは
「英語を習いたい。」
イエンは気を良くしたのかどんどん僕に語りかけてくる。僕はよし、いい機会だと思い頑張って話をよく聞き、知っている限りの英語を駆使し何とか会話を続けた。知らない単語を想像し、確認して、理解しながら話を続ける。イエンも僕が理解するまで話を続ける。三四時間、僕らの会話は続いた。長距離バスの旅だ。時間だけはたっぷりある。
僕は長時間の英会話にかなりへばってきた。マンツーマンで英語を聞き、受け応える。仮にここが語学学校であったなら僕の代わりに誰かが喋ってくれるだろう。バックパッカーズでも僕の代わりはいる。しかし今は僕の代わりは誰もいない。
「疲れちゃったよ。知っている単語はもうないよ。」
「お前は英語を習いたくないのか?英語は喋っていれば自然に覚える。」
僕は断る術もなく、カナララに到着するまで英会話を続けた。
バスがカナララに到着すると僕はいつものように宿探しを始めた。イエンもカナララで宿泊するという。僕は彼の後についていくことにした。
イエンは停留所でバスを待っていた三人組のイングランドの女性のバックパッカーと話を始めた。三人組の女性バックパッカーはどの子も美人に見える。欧米から来た野郎のバックパッカーはみな彼女らに夢中だ。彼らは何とか話そうと試みるが彼女達はさらりと会話を交わす。しかし彼女らはイエンとは親しそうに喋っている。その様子を見るとイエンはイングランドでかっこいい部類に入るのかもしれないと僕は思った。
一通りの話が終わると僕らはカナララを出発する彼女達と別れを告げた。僕らは何人かのバックパッカーと一緒に三人組のお勧めのバックパッカーズに向かった。
僕らは目的地のバックパッカーズに到着すると早速部屋を見学した。部屋は清潔で快適でリーズナブルである。ところがイングランドの女の子が勧めてくれたバックパッカーズということもあって日本人のバックパッカーは皆無であった。どうやら欧米の旅行者が好む宿と日本人の旅行者が好む宿に違いがあるのかもしれない。
僕は宿に関しては欧米系の宿だろうが日本人宿だろうが一向に構わなかった。それなりに宿が清潔でリーズナブルであれば僕は十分満足していた。旅の情報をほとんど持っていない僕にとって信頼できそうな人に従っていくのは僕の旅の一つの知恵であった。