二十歳のころ 第十章
「グレイハウンドのバスの出発の時間までまだ時間があるんでしょ?それまで家でゆっくりしていってよ。」
ショーンさんが言う。グレイハウンドの長距離バスはパースを夜に出発する。
ハリーさん一家にはホームステイの期限が過ぎても好意で二日間ほど滞在の延長をさせてもらっていた。僕のホームステイは約一カ月間だった。特別なことは何もなかったけれどもハリーさん一家とは気持ちのいい付き合いだった。同じ下宿生のスイス人の学生もいた。僕のあとから下宿してきた日本人のワーキングホリデーの女の子もいた。僕はホームシックに陥ることなく楽しいパースの学生生活を送ることが出来た。それはハリーさん一家のおかげだった。
「もうそろそろ行かなくっちゃ。今までみなさん。本当にありがとうございました。」
僕はハリーさんとショーンさんと日本人留学生に挨拶をした。
「バス停まで車で送っていこう。」
ハリーさんは言う。
「じゃあ。ヒロ。気をつけてね。よい旅を。」
「ありがとうございました。じゃあ。行ってきます。」
僕はホームステイ先の最寄りのバス停から路線バスにのりCityに向かった。僕は長距離バスのターミナルのイーストパースに行かなくてはいけなかった。ところが僕は目的地のある場所を勘違いして道に迷った。
もう日が暮れていた。昼間と違って人通りも少ない。僕は不安だった。自分が果たして長距離バスのターミナルに時間内に無事辿り着けるのかどうかと。僕は街を歩く通行人に声をかけながらなんとか軌道修正して鉄道の駅に辿り着いた。駅には無人と言っていいほど人がいなかった。僕は駅のホームにいる中年のおじさんを見つけ声をかけた。
「すみません。僕はイーストパースに行きたいのです。このプラットホームに来る電車に乗ればいいのでしょうか?」
「ああ。そうだよ。このプラットホームで待って電車に乗ればいい。」
「ありがとうございます。」
僕は安堵して切符を自販機に買いに行った。おじさんはいったん駅から離れたが、また僕のいるプラットホームに戻ってきた。
「タバコを持っているか?」
おじさんは口に手を当てた。僕はタバコを取り出し、一本勧めた。そして僕も自分の分のタバコに火をつけた。僕は少しびびっていた。おじさんはタバコを吸い終えると、話し出した。
「二ドルくれないか?」
僕にわかる英単語だった。さっきからおじさんは僕に話しかけていたのだが、僕はさっぱり理解できていなかった。僕は今おじさんにたかられているのだろうか。
「なぜ?僕があなたに二ドルあげるんですか?」
僕は尋ねてみた。
「どの電車に乗ればいいか教えてやったじゃないか。俺が教えてやらなければ、君は電車に乗れないで、困っていたはずだ。」
僕は黙った。道を聞いただけでお金を払わなくてはいけないのだろうか。僕はおじさんを見た。腕にタトゥーがある。怖そうだ。僕はぱっと頭の中で計算した。二ドルで済むなら授業料だ。
「わかったよ。じゃあ。二ドル。ありがとう。」
僕はおじさんに二ドルの硬貨を差し出した。おじさんは二ドル受け取ると
「おう。じゃあ。」
と言い残して立ち去った。僕はプラットホームで電車を待った。僕は夜空を見上げた。僕はこれから異国を一人で旅をするんだ。