二十歳のころ 第四十四章
航海は再び順調に進み、僕らはヒースリーフを経てポートランドロードに到着した。ポートランドロードでは多くの漁船が停泊していた。イーブンとニコルは何を考えたのか無線を入れる。
「こちらラ・ジュリアンヌ。こちらラ・ジュリアンヌ。応答願います。」
しばらくすると一つの漁船が返答してきた。イーブンとニコルは嬉しそうに無線に向かって話しかける。無線との交信が終わると
「漁船が来るからデッキに出て待っていよう。」
数分後一艘の漁船がラ・ジュリアンヌに近づいてきた。そして一人の漁師が漁船から声をかけてきた。
「こんにちは。ラ・ジュリアンヌですか?イーブンですか?」
「そうだよ。こんにちは。無線をとってくれてありがとう。こちらに来てくれ。歓迎するよ。」
漁師は小さなボートに乗り、ラ・ジュリアンヌの最後尾にボートを付けた。僕らは彼をヨット上から手振りを交えながら歓迎した。様子を伺うと人の良さそうな明るい漁師だという印象を受けた。
イーブンとニコルは彼をヨット上に乗船させ、ラ・ジュリアンヌの説明を始めた。イーブンは説明を終えると船内に入ってお茶でも飲まないかと漁師を促した。
イーブンとニコルはいつもの様子とは異なり嬉しそうだ。ケアンズのマリーナを出航して十二日間を経ていた。いつものメンバーではない外界からの刺激が嬉しかったのかもしれない。僕自身も漁師に好意を抱き心は弾んでいった。
船内で僕らは漁師と楽しくお茶をした。
「今度は俺の漁船に来てくれないか?」
漁師は申し出てきた。イーブンとニコルはもちろんと返事をした。僕も元気よく相槌をした。僕らは漁師の小さなボートに乗り、彼の漁船に乗り込んだ。
漁船の船内に入ると彼は魚介類を保存している冷凍室に僕らを案内した。彼は発泡スチロールに保存している魚介類を見せる。魚介類の一部は日本に輸出し高く売れると説明する。こんな辺鄙なところでも日本のなんらしかの影響があるのか。日本はなんだかんだいっても凄い。
一通り漁師の船内の案内が終わるとイーブンとニコルは彼に食料をお裾分けしてもらえないかという提案をした。彼はその提案に快く応じる。彼はこう説明する。ケアンズから食料船が定期的に来て食料を毎回たっぷりと運んでくるので心配はない。お裾分けすることに対してこちらは何の問題もない。
イーブンとニコルは彼にいくばくかのお金を渡し、ミルクとパンと魚介類と野菜をお裾分けしてもらった。僕らは食料を手にし、ラ・ジュリアンヌに戻った。
ヨットに戻るとニコルが財布を手にし、僕に尋ねてきた。
「今日までヨットで航海した分のお金、今、払うことができる?」
一日八ドルと決めていたものも支払いはどのようにするのか僕らは決めていなかった。僕はいつ、どのように、どのような形で払うのかわからなかった。早速僕は自分の財布を取りに行き、財布の中身を覗いた。キャッシュはケアンズである程度下ろしてある。
「お金はあります。いつまで払えばいいですか?」
僕はニコルに今日までの分のお金を渡す。ニコルは僕の態度を見てすっかり安心した様子だ。
「残りはダーウィンに到着してからでいいわよ。今日はお魚も牛乳も手に入ったし食事が楽しみだわ。」
イーブンとニコルはベジタリアンである。僕の好きな肉を食べなかった。ケアンズを出港してしばらくの間はニンニクとオリーブオイルを合えた新鮮な野菜が主食であった。生野菜に加えスープとパンの食事は僕にとっても非常に美味しいものであった。
しかしケアンズを出航してしばらくすると賞味期限が短いパンと野菜が食卓からまずなくなった。そうなるとシリアルと小麦粉から作ったパンが主食に変わった。そのシリアルも牛乳がなくなると粉末の牛乳に変わり、ますます食の楽しみがなくなり、食卓の会話も減っていった。
ところが今日は新鮮な食料が手に入った。自然とニコルの料理の腕に期待する。僕はデッキに上がり今晩の食事を楽しみに待っていた。
「夕ご飯できたわよ。」
ニコルの声は久しぶりに張りのある明るいトーンに満ちていた。僕とイーブンは待ちに待った夕食だった
「はーい。」
僕らは二人声を揃え船内のテーブルの席に着いた。
メインディッシュの魚のフライと生野菜。それに加え温かいスープとパン。
「旨い。旨い。」
いつになく豪勢な食事に僕らの食卓の会話は弾んでいった。