あのこは貴族
本来、映画監督であることに女性も男性も関係ないのだけれど、昨年から今年にかけて、自分が鑑賞した女性監督の作品はいずれも隔世の感を禁じ得なかった。もちろん良い意味で。
大九明子監督・脚本『私をくいとめて』や、西川美和監督・脚本『すばらしき世界』。そして本作品、岨手由貴子監督・脚本『あのこは貴族』然り。原作が山内マリコの同名小説ということも含め、男性では到底思いつかないようなセリフ回しや演出にとどめを刺された。ジェンダーにこだわるつもりは毛頭ない。ただ、複数の女性をストーリーの中心に据え映像化する上で、現場責任者が女性だったということは、大いにプラスに働いたはずだ。
渋谷の高級住宅街・松濤で裕福に育った箱入り娘の華子(門脇麦)と、大学進学のため富山から上京したが、学費の工面もままならなかった境遇の美紀(水原希子)。同じ東京であっても住む世界が違いすぎ、決して交わることのない二人。しかし、上流階級出身の弁護士・幸一郎(高良健吾)を媒介することで、距離が一気に縮まってゆく。
幸一郎との婚約、結婚に胸躍る華子であったが、やがて家柄という名の呪縛、跡継ぎに対する過度な期待とプレッシャーに疲弊。周りが敷いてくれた人生のレールに載ることに何の躊躇もなかったはずが、自身の生活や恋愛観に疑念が生じ、気持ちに変化の兆しが見え始める。そして、華子は自らの意思で決断する。
主役の門脇麦と水原希子は言うに及ばず、それぞれの親友役で登場する石橋静河と山下リオを加えた各々のポテンシャルがすこぶる高い。適材適所に配置された俳優陣が、ドラマの質を一層引き上げている。個人的に、高校生~水商売のホステス~キャリアウーマンと変幻自在に姿を変える水原希子に驚愕。どれも堂に入っている。モデル・CMタレントとしての印象しか持ち合わせていなかった、自分の鑑定眼のお粗末さが腹立たしい。水原希子と山下リオのやり取りも実に心地よい。自転車二人乗り(にけつ)で、夜の都会を疾走する姿は、限りなく爽やかで微笑ましかった。
自分が、山下リオを初めて認知したのは、2008年TBSの昼ドラ『ラブレター』。彼女は、まだほんの中学生だったはず。あれから干支はひと回り。『あのこは貴族』で溌溂と演技する姿は、親戚の子どもの成長を見守るようで感慨深い。スレンダーだった少女時代に比べて、ちょっとふっくらして立派な大人の女性に変貌していた。こういう予期せぬ発見をさせてくれるのも、映画を体験する上での醍醐味のひとつだ。だから、劇場に足を運ぶことはやめられない。
それにしても、ひと昔前にはよく耳にした「家事手伝い」というフレーズ。華子が幸一郎との初顔合わせで、自分の立場を表現する際に使った言葉でもある。結婚前の職業のひとつのように扱われていたが、箱入り娘が「自宅警備員」と名乗るわけもなく、ほどなく場面は流れていった。よくよく考えてみると、華子の将来に暗い影を落とす“禁忌の呪文”だったのかもしれない。
“可愛い子には旅をさせよ”とはよく言ったもので、『あのこは貴族』は現代の箱入り娘が、世間を相手にリングに上がる瞬間を描いた、純粋無垢な成長譚なのだろう。外堀を埋め退路を断った彼女の今後を、素直に応援したい。