街の上で
言うなれば、「下北沢」が主役の映画。
サブカルチャーに毒された輩たちが、身悶えしながら集まってくる街、東京都世田谷区・下北沢駅周辺地域。この魅惑の集積地で巻き起こるカオスな出来事。古着屋に勤務する荒川青(若葉竜也)の日常が、ゆっくりとした助走からドラマティックに展開してゆく。
今年初めに観た『AWAKE』や『あの頃。』で、比類なき存在感を放っていた若葉竜也。彼と今泉力哉監督の映画となれば、まずハズレを引くことはないだろうと高を括ってはいたものの、ここまで“刺さる”映画だとは予想もしていなかった。結果、大当たり!
小劇場やライブハウスなど、雑多なイベントスペースが乱立し、全国からクリエイターの卵やコアな支持者たちがこぞって訪ねてくるイメージの下北沢。荒川青は、古着屋に勤めながら、お気に入りの古本屋で本を買い、行きつけのカフェで食事をし、たまにライブハウスに立ち寄って、隠れ家的なバーで酒を飲む。半径百メートル圏内で生活を完結させているような若者。
そんな青は突然、彼女から別れ話を切り出される。未練たらたらの青を取り巻く、下北沢界隈の人たちの振る舞いがコミカルだ。自己の創作活動に疑いを持たない人々から放たれる、青臭い台詞の数々。カルチャーを発信する側に立って、この先もずっと食べていけるという根拠のない自信は、クリエイター予備軍に許された特権なのかもしれない。無防備で無垢な目標を許容してくれる街の日本代表が、下北沢に他ならないからだろう。男性陣の髪の長さに比例して、自尊心の高さが決められているようで、何だか気恥ずかしい。
固定カメラの長回しで語られる男女の機微。若葉竜也は言うに及ばず、脇を固める役者陣の自然体の演技が、リアリティの輪郭を明瞭にしてゆく。しっかりとした演出プランと脚本があるからこその、アドリブ然としたやり取りには感動すら覚える。どの登場人物も、プロなのに素人然とした風情が板についている。昨今の若手俳優たちの達者ぶりには、本当に舌を巻く。
個人的には、中田青渚が演じる、城定イハの関西弁に心を鷲掴みにされた。青との恋バナからのお互いの距離の詰め方が絶妙で、劇場中のいい歳の大人がにやけ顔でそわそわしている。「まん防」対策で、ひとつ飛ばしに座っていたので、お互い気付かれずに済んで助かった。
130分を超える長尺にもかかわらず、時間を感じさせない心地良さ。巧妙な群像劇は、単なる下北沢の街ぶらロケと思わせておいて、令和版・恋愛コメディの王道をひた走る。今なおロングランをつづける『花束みたいな恋をした』と対を成すといったら言い過ぎだろうか?
一括りにサブカルと言っても、多種多様な捉え方があって不思議だ。下北沢に足を踏み入れたことはないので、映画を観終えて実際に立ち寄ってみたくなった。聖地巡礼と称するロケ地巡りに乗っかってみるのも悪くないかも。何せ下北沢一か所なので、気合い次第で日帰りできそうだし。
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