クルーザー道
ソロツーの独り遊びが主体ゆえ。
ショップに分け知り顔で出入りする趣味もナシ。マスツーリングで同調圧力に悩むのなんて、まっぴらごめん。
たとえば、ですが。
メンバーのNo.2が、No.5の嫁さんに粉かけて。リーダーが仲裁に入って、ごっそりメンバーが抜けた穴を埋めるのに。先月入った学生のMくんが、同じ学部の女の子を二人紹介方々、歓迎ツーリングに連れてきて。そこからまた、一悶着・二悶着。
こーいうのが、まっぴらごめんな内訳です。(笑)
二輪に乗る上でのノウハウは、結局。雑誌で読んだり、ネットで拾ってきた知識と。あとは道々で学ぶしかなかったわけですが。
それでも、仕事の傍ら。プライベートなお話をする機会で「おや?アナタもそうなんですか?」「えぇ、国産大型ですけどね」みたいなやりとりをすることもあります。
師匠との出会いはそんな風で、突然訪れたのです。
後にも先にも、二人で走ったのはその二回限りではあったものの。仕事がらみでのお付き合いもあるので、折々ご指導をいただく機会がありました。
中途、二輪に乗る機会がなくとも。顔を合わせる機会から、時々で思いつくことを教えてもらう場合もある。そんな師匠のバイクがハーレーでした。
でした、というのは。師匠もまた潔く、何年か前には二輪を降り。今や、悠々自適。二輪に熱い思いを馳せる、好々爺となっておいでだからです。
で。
今般、廃車に関するご相談をしたところ。。
「ワシがアレ(FLHR・ロードキング)に乗る様になったんは。アンタの歳じゃったんよ」ということで。地元、ハーレー取扱代理店をご紹介いただく運びとなりました。
師匠にしてみると、「ほーか、ようやく境地(ハーレーに乗る)に来たんじゃね」といったところだったのかもしれません。
そこから…県下、ことハーレーに関して知らぬものはないという。九十路に差し掛かる、師匠の師匠。いわば、大師匠にご引見を戴きつつ、販売店訪問ともなり。俄然、活況を呈することとなった次第。
故、今年の08月末から納車09月にかけては、実に熱い季節でした。
師弟関係は10年以上あっても。
国産ハイスピード・ツアラーと、米国製クルーザーとでは運転の作法やら。ツーリングそのものへの向き合い方も異なる中。師匠からは、懇篤な指導のお付き合いをして頂きました。
間違っても「あのコーナーはな、三速6500rpmから落とさず8500まで回して、思いっきり抜けて行くのじゃ!」みたいな指導ではございません。。
バイクとのお付き合い、降りたくなった時のこと、孤独な乗り物であること等。メンタルをどう維持して、全体8割は苦しかったりする移動だけの乗り物で、どう達成感に結びつけるのか。
落とし処を、教わっていたのだと思います。
ただ、師匠が二輪を降りてからは。「現役じゃないものが、現役の前で指図するのは性にあわん」と、思い出話には付き合っていただくものの…。
二輪に関わることでお話しすることは、無くなっておりましたかね。
小生、三十路や四十路でいた頃に。
小僧扱いをするか、歯牙にも掛けない切り口でしか語ってくれない、七十路・八十路の方々に随分と煙たい思いをしておりました。
しかしながら、自身が六十路の老境に至った時。
九十路前の大師匠が、心を開いて小生に語っていただく様を目の当たりにすると。「なるほど、語ってもらえなかった理由は此処にあったというわけか」と感ずることがあります。
三十路・四十路である身の上の我々を、絶えず庇い。見守っていてくれていた方々が、(かつての五十路・六十路の方々が)今の七十路・八十路の方々になった、というだけのこと。
煙たさの内訳は、関わり合いを避けたいが為の頑なさでは決してなく。不器用な若手の気まぐれに感じる、無駄な失望やら絶望とは無縁でいるための、自衛措置…だったのかもしれません。
むしろ、スイッチが入れば。
「いつでも、若手を支えてやるぐらいのことは、お易い御用ぢゃ!」てな具合の。温かいハートな方も、大勢いることを感じる。
そんな、夏の終でございました。