R_B <Part 0-2(2/3)>
「う……」
必死に声を絞り出そうとする統の目前に誠が掌を突き出した。
“喋るな”の合図……そのまま敬に言葉をかける。
「夕食は俺が持っていく。先に行け」
「そうか?じゃあよろしく」
今さっきの事など無かったように、極自然に会話を交わす。
……遠い、と統は思った。この2人は表情も、身に纏う空気すらも自在に操る。自分などとは別格だ。
では何故、自分は31に配属されたのだろう。
(得意分野が偏り過ぎて……)
昨夜、敬が言っていた。あれは逆に言えば、その分野は絶対に他に負けないという事だ。けれど自分にそんな物は無い。他と違うとすれば、この色だけ。
(……上層部直々の監視付きだし)
誠は明らかに周りから一目置かれている。14の奴等も態度が違った。階級も自分たちよりは上。だとしたら彼が、敬と仁を監視しているとでも?……だがそんなギクシャクした間柄には見えない。
仁は今も単独任務に出ている。監視が必要なら、そんな事はさせない筈。
そもそも“印”の話だって本当だとは限らない。口から出まかせかもしれないじゃないか……だったら、さっきの彼の反応は一体……。
「ほら、行こうぜ」
呆然と立ち尽くしている統の、その腕を取って敬は歩き出した。統は手を引かれるままに、覚束ない足取りでついてくる。
(……やっぱ、思うようには行かねぇな)
いずれは打ち明けなければと思っていた。だがこんなに早く、しかも第三者から暴露された事に敬は内心でため息をつく……唯一の救いは、統が彼の手を振り解いたりしなかった事。そこに望みを託すしか無かった。
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「とにかく、座ってゆっくり話そうぜ」
部屋に戻り、敬は努めて明るく話しかけた。俯いたままの統の頭をぽんぽんと撫でて着席を促す。
あの場では仕方無かったとは言え、誠にストップをかけられた事で溜め込んでしまった言葉が有る筈。それを吐き出してほしかった。
内容が自分に対する批難であろうと、甘んじて受ける覚悟は出来ている。
「……嘘だよな、さっきの」
だが、最初に耳に入ってきたのはそんな一言。
「あんたみたいな奴が……そんな訳ねーよな?」
怒りは微塵も無かった。瞳が揺らぐ。
「違うんだろ?違うって言ってやれよ!あいつらに!なあ!」
両腕を掴まれ揺さぶられた。
必死の形相で詰め寄る統の瞳。その奥に見え隠れするのは、昨日初めて見た時と同じ……声に出さずに寂しいと叫ぶ、置き去りにされた子供の姿だった。
(ああ……そっか)
統が今まで、理不尽な差別や迫害を受けてきたのは想像に難くない。強烈な警戒心や不信感は持っていて当然だ。そうやって自分を守るしか無かっただろうから。
だが一方で、触れれば崩れてしまいそうな程の繊細で純粋な心を、彼は持ち続けていた。裏切られ続けてなお、心から信頼出来る人を求めて“子供の彼”は今も彷徨っている。
(悪ぃ事しちまったな)
割り切っていたつもりだったのに、彼の前で指摘された瞬間、確かに身が竦んだ。そんな自分こそが、まだ現実から逃げていたのではないか。
「まあ落ち着け、今からちゃんと話すから。まず座る、ほらほら」
統が落ち着くのを待ちながら、自分も腹を括った。
真摯に、出来る限りを打ち明けねばならない。信じようとしてくれている彼の心を、自分は傷つけてしまったのだから。
これ以上、誤魔化してはいけない。彼も、自分も。
「改めて言う。31は他の隊と完全に切り離されてる特殊部隊だ。他にこんな構成の部隊は無ぇ」
「……監視ってのは」
「半分は正しい」
ぐ、と彼が歯を食いしばる。まるで自分が悪いことをしてしまったかのように。
「そんな顔すんなって。普通にやってる分にゃ何も言っちゃ来ねぇよ」
「だけど……」
「俺の得意分野、言ってなかったな」
敢えて軽く切り出した。統は言いかけた反論を止め、次の言葉を待つ。
「これは仁にもキチンと話した事は無ぇからナイショにしといてくれよ?……誠が心理系だってのは言ったよな?」
「ああ」
「対して、俺のは超心理系。ぶっちゃけて言えば“先読み”が出来る」
「先読み……そんな事出来るのか?」
くるん、と彼の瞳が瞬いた。
「まあな。完璧って訳にはいかねぇけど」
「それでもすげーよ」
「サンキュ。但し、ジャンルはこの戦争限定」
「え?」
言わなければいけない。知った上で、それでも自分を慕ってくれるのであれば、こんなに嬉しい事は無い。
「……上のヤツらが立てる作戦の成功率を上げるための能力さ。出来上がった作戦を俺が見て先読みをかければ、その作戦の成功率が先に分かるっていう寸法だ。
成功率が低いって出りゃ作戦を練り直す。軍の中でも、これが出来るのは今んトコ俺だけ」
「そんな、事……」
さすがに統は言葉を失った。そのまま考え込む。
「入るぞ」
そこへノックもそこそこに、誠が入って来た。器用にトレーを片手で2人分持っている。
「サンキュ。こっちにもらう」
「少しは落ち着いたか?」
「まあな」
「……なぁ、准尉殿」
トレーの受け渡しをする二人の横から、唐突に声がかかった。振り向いた先には、不安そうな統の姿。
「どうした、何か質問でも?」
目線を合わせ、ゆっくりと聞いてやる。少しの間を置いて、統は再び口を開いた。
「俺、何で31に配属されたんだ?」
(……早速か)
遠からず聞かれるだろうと思ってはいたが。
「今朝伝えた通りだ。31で使う機体を迅速かつ的確に整備出来る人材が必要だった、それだけでは不服か?」
統が曖昧に首を振る。表情は浮かないまま。納得出来ないらしい。
「気になる事があれば、言ってみてくれ」
「……俺、あんた達みたいな力も技術も持ってねーんだぜ?足手纏いにしかならねーだろ」
聞いた誠の表情が強張った。咄嗟に敬の方へと向き直る。
「お前、まさか……言ったのか?」
「先読みの事か?言った」
「敬……」
怒りすら含んだ眼差し。そんな彼に、敬は軽くウインクを返した。
「大丈夫だ、コイツはちゃんと聞いてくれる。これから印の経緯も説明する」
「な……!」
まさか、と思った。しかし敬は笑って言葉を続ける。
「大丈夫だって。て事で、悪ぃけど外してくれるか?」
「……」
口調は軽いが、目は真剣。暫しの睨み合いの後、誠が折れた。
彼には彼なりの理由がある、今は任せた方が良いと思い直す。
「……わかった」
「サンキュ」
礼の言葉に片手を上げて応じ、その手で統の肩をポンと叩く。そして誠は無言のまま出て行った。
(すまねぇな、誠)
後ろ姿を見送りながら、敬は心の中で詫びた。
流石に彼を前にしては話せなかった。間違い無く、自分達の動揺が統に伝わってしまうだろうから。
それに、彼はまだ誠を警戒している。余計な緊張を生じさせたくはなかった。
足音が遠ざかるのを確認して、敬はふぅと一息つく。それから統の方に向き直った。
「悪かった、おまえを急かすつもりで言ったんじゃねぇんだ。もうちょっとだけ我慢して聞いてくれるか?」
「……ああ」
「さっきも言ったけど、俺の先読みの力は、あくまでも戦争用に“開発”されちまったモンなんだ」
「じゃあ、入隊してから?」
「そう」
「戦いに勝つために、そんな事までするんだな」
「そう言ってもらえると少しは救われるなー。でも結局は、人を殺すためだし」
「……せっかくキレイに言ってやったのに」
不貞腐れたように呟き、むくれ顔になろうとして失敗する。そんな統の様子に苦笑した。
「まあ、そんなんだから最初の頃はスゲェ悩んだ。人殺しのためだけに使う力なんて要らねぇのに、ってな」
「やりたくてやってる訳じゃねーのは解るさ」
「……ありがとよ。でも最近は少しだけ進歩した。せめて“生きるため”にこの力を使いたいって思うようになってさ」
「はぁ?出来るのかよ、そんな事」
つられるように統が顔を上げた。嘲るような笑いを口の端に乗せている。
「詭弁って言うんじゃねーのか、そー言うのって」
「お、よく知ってるじゃねぇか」
敬もニヤリと笑って返す。
「理想を言い出しゃキリが無ぇし、そうそう簡単に出来るとも思っちゃいねぇよ。けど、小さくても俺が出来る事は何か有ると信じてる。
今はココから抜けられねぇし、ココに居る限りは規律や命令に従わなきゃならねぇけど……」
ずいと統に一歩近づき、宣言した。
「全部上の言いなりになる気もさらっさら無ぇ。俺はこの力を、仲間と生きるために使えるようになる」
自分との約束だ。
その言葉に本気を感じ取った統から薄笑いが消えた。
「死んだら、諦めたら、全部が終わっちまう。何一つ守れねぇままにな。
けれども諦めなければ、いつか状況が変わる」
「……」
「上のヤツらは俺の力を頼ってるから、今は何も言って来ねぇ。けど、これは両刃の剣だ。例えば、もし他国のスパイが秘密裏に接触してきて俺を好条件でスカウトしたら?」
「……寝返るとか」
「そう。仁やおまえも一緒にどうぞとか言われたら、流石の俺もふらふら靡いちまうかもな」
「アホらしい。あんたがそんな事するようにゃ見えねーよ」
「それでも、上は俺の裏切りを一番恐れてる。で、この印になる訳だ」
言って晒された左肩には、何をしようが消し去れない刻印がはっきりと見て取れる。
「これで、ドコに行っても一発でバレて強制送還されるからな。逃亡防止さ」
「……やっぱり、国際手配犯なんかじゃねーよな?」
「ああ、前科無しだ」
「上の都合でそんなの付けられて、周りに好き勝手言われて……違うって言わねーのかよ?自分はそんなんじゃねーって」
「もう慣れたし。正直、言うのも面倒くせぇんだよな。否定したって余計にあれこれ言われるだけだし」
「……」
何も言えなかった。自分も今までに何度もそんな事があったから……。
「そんなヤツらと馴れ合うつもりも無ぇ。だから放っといてある」
挑発的にすら見える笑いを口の端に乗せて敬は言い切った。
やはり、彼は強い。
「……やっぱ違うよな。俺なんかとは比べモンになんねー」
「何だそりゃ。同じ人間だろ」
「違う。あんたには能力がある。何をすれば良いかも解ってる……けど、俺は居るだけで災いの元だ」
「……」
敬は何も返さない。その沈黙が統の思いを引きずり出した。
「……俺は、本当に何も出来ねーんだ。力だって知れてるし、サシで勝てた事なんか一度も無い。
なのにいつも、最後は相手が勝手に消えていく。さっさと俺を消せば良いのに、邪魔者の俺が残るんだ。何度も何度もそれが繰り返される。全部俺のせいなのに……この色が」
「違う」
突然の厳しい一言と強烈な波動に、統はビクッと体を震わせた。敬はそんな彼の髪をくしゃりと撫でてやる。
「おまえのせいなんかじゃねぇ。その色も何も悪かねぇんだ」
「何言ってやが……」
「おまえは悪くない」
初めて掌の温かさに気付く。優しい手。
「……だけどそんなの言ったって無駄じゃねーか。俺のこの色で周りのヤツらがトバッチリ喰ってる。この前だってそうさ」
「この前?」
「08小隊。聞いてんだろ」
「噂ではな。けど、俺はホントのところは知らねぇ」
統の頭に乗せていた手を引っ込め、床に膝をつく。俯く彼と目線を合わせる。
「聞いたのは、おまえが私刑されたって事だ。あと、08のヤツが詛いにやられたって話」
「ちゃんと知ってるじゃねーか」
「けど俺、そう言うのは信じねぇクチでな」
さらりと彼の言葉を流し、敬は核心に切り込んだ。
「俺、飛び降りたヤツの事ちったぁ知ってんだよな。空威張りしか能の無ぇヤツだ。刺されそうになったおまえがヤツの腕を掴んだ途端に……って話らしいけど、そもそもアイツに人を刺す勇気なんざ無ぇんだ」
「……」
「おまえ、自分からヤツの腕を掴んだな?自分を消してくれって」
「……っ俺は!」
がたん、と椅子が蹴り倒される。だが立ち上がる気力は既に無く。
……彼は、敬に手を握られたまま床に膝をついていた。
「俺は、生きてちゃいけねーんだ……」
「けど、今もこうして生きてる。実際、生きてるほうが辛いって思う事、たくさんあったと思うんだよな。俺なんかじゃ考えられねぇほど。
それでもおまえは、少なくとも自分で自分を死なせはしなかった」
「……死ぬ勇気もねーんだ、俺は」
「まだ諦めてねぇからだろ。だから敢えて辛い選択をしてきた。心のどっかで、何とかしたい、誰かに気付いてほしいって思ってた。違うか?」
「……っう!」
耐えきれず、統は両手で顔を覆った。胸の奥からせり上がる想いが嗚咽となって外に零れる。
「……特別な力なんか無ぇほうが良いさ」
暫しの沈黙の後、敬がぽつりとそう言った。統の気持ちが落ち着いてきたところで、背中をポンと軽く叩いてやる。
「そんな事より基礎体力。それから技術を一つずつ身に付けるんだ。黄丹はおまえの器用さを買ってるって、誠が言ってた。悔しいけど、アイツはそういう才能を見つける力はすげぇんだ」
「……自信ねーよ」
「最初から自信満々なヤツなんかいるか。少しずつつけていくモンだ」
「俺、自分に価値なんか無いって思ってた。でも往生際悪くて……諦めたくなかった」
「上等だ。そんなら尚更やってみろ。諦めるにゃ早すぎるし、ココに居るからって、ただの殺人兵器になっちまう訳でもねぇから大丈夫だ。
普通の生活に戻った時に役立つモンだって結構有る。自分の未来のためにやっておけ」
統は己の両の掌を見つめた。
「未来……」
「テメェの人生はテメェで最後まで舵を取るしかねぇからな。そりゃ、イヤになる事だって腐る程あるだろうけど」
……以前、意識の片隅で出会った太陽のような笑顔。
「支え合う事は出来る。実際、俺ももうおまえに助けられてるしな」
えっ、と彼が顔を上げる。
「俺、何にもしてねーぜ?」
「してくれてるんだよ。たとえば、さっきの14のヤツら。おまえがいてくれたお陰で、アイツらの挑発に乗らずに済んだんだ」
「ウソだろ?!あんなに落ちついてたじゃねぇか。カッカ来たのは俺のほうだ」
「俺はそんな出来た人間じゃねぇよ。アイツら元から質が悪ぃから、おまえが居なけりゃアイツら全員あの場でぶっ飛ばすトコだったぜ。後から黄丹のシツコイ嫌味と処分が付いてくるって分かっててもな」
「……あんたらに絡んでくる奴って多いのか?」
「さっきみたいなのはたまにある。ただ、コッチもそれに構ってるヒマなんざ無ぇ。有り難ぇ事に、大抵は誠が上手くガードしてくれるし、少ねぇけど要所要所を押さえてくれるヤツが居るって感じ。
分かるヤツは分かってくれてるって事だ。同じ集団で敵味方ってのも阿呆らしいけどな」
「良いヤツもいるのか?」
「そりゃそうさ。その内、おまえにも見えてくる。だから何とかなるって」
「俺、ココに居ても……」
「良いに決まってんだろ!俺は、おまえが来てくれてめちゃめちゃ嬉しいぜ」
敬のような人間にそう言われて嬉しくない訳が無かった。
ただ、それをそう表現したら良いのかが統には分からない。喜び、不安、期待、恐怖……ありとあらゆる感情が彼の中で渦巻く。
「俺のコト買いかぶりすぎだろ」
「何でだよ?おまえはそのままで良い。そのままが良いんだ。おまえは人の痛みってのが分かる。それは誰にも負けねぇ、すっげぇ良いトコなんだぞ」
「……」
「たまにゃケンカもするだろうけど、イザと言う時にゃ支え合える仲間が来てくれたって、俺は思ってんだ。よろしくな」
そう言うと敬は立ち上がった。改めて食事をセッティングする。
「……この戦争だっていつかは終わる。生きてりゃその内、何かが分かる。だから、生きよう」
「……」
「メシ、冷めちまってすまねぇな」
「……いや、別に」
統は黙々と食べ始める。それ以上口を開くと一緒に涙まで出てきそうだった。
(心までヤツらの好き勝手にさせんじゃねぇ……生きろよ、統)
太陽のような笑顔。
あれは統だ。あんな風に笑える日がいつか来るのだから。
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誠の予想通り、仁は予定より2日早く戻ってきた。“還って来たぜ”と敬の部屋に呼ばれた統は、そこで初めて本人と顔を合わせた。
テーブルにはまた、ちゃっかりと酒が載っている。
「蘇芳 仁だ」
無造作に握手を求められた。これで双子かと疑う程に愛想が無い。
「仁はこう見えてシャイなんだ。初対面の奴には緊張するのさ」
「うるせぇ」
敬のフォローで、統は漸く出された手をおずおずと握り返した。
「……よろしく」
「よし、じゃあ乾杯と行こうぜ」
「ごきげんだな、敬」
「だって記念すべき日だからな。お前も無事戻って来たし、コイツも整備担当が確定したし」
良く笑う敬と対称的に、仁は余り表情が変わらない。最初は取っつきにくい印象だったが、それでもたまに悪戯っ子のような笑顔を見せる時の目は敬とそっくりで好感が持てた。
「どうした?」
気付いた仁が聞いてきた。
「いや、面白いモンだなって思ってさ。双子って言っても、似てるようで結構違うんだなって」
「そりゃそうだろ。同じなのは遺伝子だけだ」
「好き嫌いとかは」
「全然違う」
「好きな女のタイプも?」
「え」
確かに誠からは、この数日で人当たりが良くなったと聞いていたが……これは想像以上だ。
「……敬」
「ん?」
「お前、この5日間でコイツに何を吹き込んでた」
「人聞き悪ぃな。固いコトは言いっこナシ」
ギロリと睨む仁を笑って流し、敬は1人で『乾杯』とまた酒を呷った。
「……ったく」
仁も苦笑しながら、これまた2杯目を一気に空にする。ザルなのは一緒だな、と統は密かに納得した。
ひとしきり喋って互いに馴れたところで、翌日の打合せに入る。
「明日は整備のチェックから。機体整備は地味だが重要だ。もう分かるな?」
「パイロットの腕を生かすも殺すも、整備の出来次第」
「そうだ」
「確かにコイツ、その筋はかなり良いぜ。整備チェックは余裕で時間が余る筈だ。って事で、ソレ済んだら体術と射撃も一度見てやってくれよ」
「誠は?」
「午後は付き合えると言ってた」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
統が慌てて話を遮った。目が泳いでいる。
「そんなあれこれ一気に出来ねーよ!」
「気にすんな。俺たちが今のおまえの状態を確認したいだけだし」
「けど……」
「おい敬、あんまり脅してやるな。ビビってんじゃねぇか」
「あー大丈夫。コイツ本番に強いから」
「勝手に決めんじゃねー!」
こっちの動揺など意に介さず、敬はへらへら笑って統の頭をぐしゃぐしゃと乱暴にかき回した。アルコールも手伝って頭がぐらぐらしたが、不思議と嫌な気はしない。
「まあでも、明日から少しハードにはなるな。今日は早目に切り上げるか。軽く話も詰めときたいし。ココで良いよな?仁」
「じゃあこれでお開きだ。明日は0730に集合。宜しく、統」
「ああ、コッチこそ」
「お疲れさん」
「おやすみ」
仁と握手する統を敬がねぎらう。2人に見送られて、統は自分の部屋に戻って行った。
「……えらく懐かれたな」
2人だけになったところで、仁が口を開く。
「全くだ。嬉しいもんだ」
「もっと刺々しいと思ってたが」
「最初に会った時は流石にな。それでも可愛かったぜ?必死で威嚇する猫みてぇだった」
「そう言う表現をするお前が分からん」
「俺は感性豊かなんだよ」
「言ってろ」
軽口をいつも通りバッサリ斬られるが、敬もそんなのには慣れっこだ。気に留める事も無くそのまま話を続けた。
「それと半分成り行きだが、アイツには印の事、ざっくり言っといたぜ」
「そうか。まあいずれ分かる事だし。理由も?」
「一応な。あの国の事とか“誰に”とかは言ってねぇけど。聞かれたら適当に話合わせといてくれよな。印は、あくまでも優秀な俺達が他国へ引き抜かれるのを阻止する為の物って事で」
「言ってろ」
呆れられても、彼は尚もニコニコ顔で浮かれている。
「いやあ良いなぁ。俺にも弟分が出来た!」
「すっかり弟扱いか」
「だって兄貴はお前一人で十分だし」
「それで行くと、俺は弟が二人になったわけだが?」
「楽しいだろ」
「……お前に言ったのが間違いだった。じゃあな」
わざとらしく溜め息をついて自分の部屋へ戻ろうとする、その背中に敬が声を掛けた。
「打ち合わせは?」
「終わりだ。後は実際にやってみれば良い。フォローは任せる」
「はいよ、おやすみ」
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