穴の開いたバケツ 外形標準課税の理想と現実
0.だらだらとした前置き
昨年の秋ごろからだろうか、外形標準課税が紙面を賑わすようになったのは。。。そんなこんなで外形標準課税について当ブログで連載をすると予告したのだが、結局さぼってしまった。
税制大綱によれば、いわゆる「外形標準課税外し」はほぼほぼ封じ込められることとなった。
実際にはそのあたりを深堀すればよい気もするが、当ブログはマニアック路線に舵を切ったこともあり、そのあたりは簡単に触れるだけにして、他の税理士の方のブログを読んでいただければと思う(テクニカルな話をするのは嫌いではないが、ブログという媒体に関して言えばライバルが多く、ニッチな分野を突き進むのがよいと判断した。)。
今回の外形標準課税関連のニュースを読んだ人は、「大企業が資本金を減らすことによって、中小企業に成りすまし、外形標準課税の適用を逃れて、過度な節税を行っていることに対して、ついにメスが入った」と感じたのであろう。
そういった側面はもちろんなかったとは言えない。
ただ、外形標準課税が導入の経緯と趣旨を追ったところ、本来の趣旨どおりの法律となっていれば、このような「外形標準課税外し」はそもそも横行しなかったのではないか?といった感想が新たに芽生えた。
1.外形標準課税の改正内容をさらっと
昨年12月14日に自民党・公明党から令和6年度の税制改正が公表された。
令和6年度税制改正大綱 (jimin.jp)
従前は、どんないわゆる大企業であったとしても、決算末までに資本金を1億円以下にすれば外形標準課税は回避できた。
その資本金を1億円以下にする手法は、減資といって有償減資と無償減資とがある。無償減資は15億円あった資本金を1億円に減らし、14億円は資本剰余金という勘定に振り替えることである。有償減資はその資本剰余金から株主に配当するだけの違いである。
これらの減資は株主総会の特別決議や債権者保護手続が必要であるが、過去大企業でも実施ができたことを鑑みると、株主もOKを出すことが多いと思われる(詳細は弁護士の先生の記事を参考にしてもらえればと思う。それにしても、ちょっとググっただけで減資の記事はわんさかと出てくる。)。
吉本興業、「中小企業」に 資本金1億円に減資 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
JTB、毎日新聞…コロナ減資による「大企業の中小企業化」は本当にアリなのか 法律が現実に対応できていない | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
大企業1000社、減資で中小に衣替え - 産経ニュース (sankei.com)
下記の2点が税制大綱に記載された内容である。
① 資本金が1億円になったとしても、資本金と資本剰余金の合計額が10億円を超える場合には外形標準課税の対象とする。
➁ 資本金と資本剰余金の合計額が50億円を超える法人等の100%子法人等のうち、資本金の額が1億円以下であっても、資本金と資本剰余金の合計額が2億円をこえるものを外形標準課税の対象とする。
①は上記の例であれば、有償減資を行っていれば相変わらず外形標準課税は外せるが、無償減資の場合には引き続き外形標準課税を受けることになる。有償減資を行った場合で、かつ、資本金と資本剰余金の合計額が10億円以下になるように配当をした場合には、配当に伴い事業規模も減少したため適用が免除されるという趣旨であると考えられる。
➁は厄介だ。趣旨はバックに大物がいる場合には、適用がないことだけであるが、税理士としては自分の顧問先が子会社である場合で、親会社は顧問先でない場合に、親会社の資本金及び資本剰余金の合計額までケアする必要がある。公開情報でわかればよいのだが、そうでなければ子会社の担当者に意外と聞きづらかったりするといった意味で厄介といった。
この辺りはまだ改正案であるし、税制大綱について詳しくブログを書かれる税理士は多いため、詳細はそちらを参考にしてもらいたい。
2.外形標準課税の導入の経緯
外形標準課税は平成15年度(2003年度)税制改正により誕生し、実際には平成16年(2004年)4月1日以後に事業年度が開始する法人が適用対象となっている(そろそろ二十歳といったところです。)。
ただ、それ以前から紆余曲折があり、昭和25年(1950年)に付加価値税として法定化されたものの、昭和29年(1954年)に施行(適用)がされないまま廃止がされた。その後は昭和39年(1964年)以降も付加価値税についてはその導入が議論され続けてきた経緯がある。そしてついに、平成12年7月の税制調査会の答申を受け、その後旧自治省案、総務省案を経て、各界の意見を取り入れ平成15年度税制改正に至った、とのことである(経緯については「大蔵財務協会 櫻井幸枝氏監修 外形標準課税の実務と申告」から知ることができた。実務上の痒いところに手が届く良書である。)。
前置きで、本来の趣旨どおりの法律となっていれば、このような「外形標準課税外し」はそもそも横行しなかったのではないか?と問題提起を行ったが、それは私が主に平成12年7月の税制調査会の答申を読んだときに受けた率直な感想である。
税制調査会答申↓(読むのは多分疲れると思います。P.201からです)
<4D6963726F736F667420576F7264202D2068313230372082ED82AA8D9190C590A782CC8CBB8FF382C689DB91E82E646F63> (soken.or.jp)
3.外形標準課税の導入の目的(理想)
導入の目的は以下の3点であったと推察される。
① 法人事業税は、地方公共団体が行政サービスを行うために必要な財源であり、安定した行政サービスを行うためにも法人事業税は安定的に収入できる財源である必要があった。しかし、法人事業税は所得(税務上の利益)に対して課税を行うものであることから、景気の影響を受けやすく、不安定な財源であった。(税収の安定化)
➁ 法人事業税をはじめとする地方税は応益負担の原則(サービスを受けた度合いに応じて税金を負担)に立脚していることから、企業の事業規模が大きくなればなるほど、行政から受けるサービスの量が増えることになるため、事業規模が大きな企業ほどたくさん税金を負担する仕組みにしたかった。(法人の事業活動の規模)
③ 外形標準課税の導入は、所得に係る税負担を相対的に緩和し、多くの企業が広く薄く負担を分かち合うことを理想としていた。(負担の平準化)
①は感覚的にわかりやすいところだと思う。所得に対する課税だとどうしても景気が悪いと税収は減ってしまう。➁についてはどうだろうか。企業の事業規模が大きい企業ほど、通常は人も多いわけであり、ゴミの量も増えたり、道路の使用頻度も増えたり、といった行政サービスをより多く受けていると考えることができる。
そこで、外形標準課税は、事業活動価値に対して課税を行おうとなったわけである。
事業活動価値=利潤+給与総額+支払利子+支払賃借料
給与、支払利子や賃借料も課税の対象とすれば、赤字であっても一定の税収は確保できるという意味で①の税収の安定化が実現でき、上記の事業活動価値に対する課税を行うことで➁の法人の事業活動の規模に応じた課税ができると考えたようである。
4.外形標準課税の現実
ここでタイトルにもなった外形標準課税の理想と現実について述べておきたい。
① 財源の安定化は実現できているか
安定化に寄与したとは考えられるが、抜け道が存在していたことは紛れもない事実であり、本当に安定が維持されているのであれば、今回の税制改正は不要であったはずである(税制大綱によれば、対象法人は導入時から約3分の2まで減少)。
➁ 法人の事業活動に応じた課税ができているか
①と同様に資本金の額1億円超という安直な適用対象法人の選定が法人の事業活動に応じた課税を阻害していることは明らかである。
税制調査会の同答申によれば(簡略化している部分があります)、「中小法人に対しては、応益原則が原則であるものの、担税力に配慮する必要がある。考えられる方策としては、軽減税率方式、基礎控除方式、免税点方式、導入率変更方式などがある・・・」とされており、単純な資本金1億円の区切りではなかった。減資の制約が重大でない場合には、資本金は事業活動の規模を示す指標にはなりえないことをなぜ想定していなかったのか、また今回の改正においても何故資本金1億円の区切りの原型を残すのかが正直疑問である。
③ 負担の平準化は実現できたか
私が一番問題に感じているのはこの論点である。税制調査会の同答申には、「基本的には、法人事業税全体をこれ(外形標準課税)によって課税する仕組みとすべきと考えますが、当面の経過的な措置等として、所得基準による課税と併用することが適当と考えます。」という記載があった。
先ほども述べたが、外形標準課税はもう二十歳になろうとしているが、当面の経過措置等としての所得基準の法人事業税は未だに現役である。
当面というのはいったいいつなのか?入り口としては「広く薄くが外形標準課税」としておき、いつまで経っても継続して所得基準の事業税(外形適用外法人に比べて流石に税率は低い)を課し続けるのでは、大企業としても「話が違う」となっても仕方がない部分はあるのではないだろうか。
④ 納税事務負担の観点
以下は税制調査会の同答申の抜粋である。
「損益計算書などの財務諸表や現在法人が作成を義務付けられている法定資料などを活用した簡素な納税手続の仕組みを整えることが可能であると考えられます。」
なるほど、外形標準課税は簡素な税である、とのことである。
チェックリスト| 法人事業税に係る外形標準課税 | 法人事業税・法人都民税 | 東京都主税局 (tokyo.lg.jp)
上記は東京都主税局の外形標準課税の申告チェックリストであるが、率直に言ってこれを簡素といえるのは「法人事業税が大好きな税理士」ぐらいであろう(税理士の中には難しい規定などを申告書の落とし込んだ際に達成感を覚えるもの(私もだが)がいるが、一般の経理部の人は正直嫌気がさすのではないだろうか・・・。)。
5.おわりに
①法人の事業活動の規模に課税するのが理想だったのにも関わらず、安直に資本金1億円以下の法人を対象外としてしまったこと、➁所得基準の法人事業税は当面の間の措置と言いながら20年も継続しており、所得基準の法人事業税のみにした方が「広く薄くの課税」を実現させてしまケースがあること、③簡素とはかけ離れてしまったこと、これをどのように捉える必要があるのだろうか(?を付けておきながら、2行下で私見を述べている。)。
ただ、一方で報道されている内容も事実と異なるものではない。
穴の開いたバケツの補修を行うのはいつか限界が訪れる。
そろそろ新しいバケツを用意した方がよいのではないか、そのように感じた今回の税制改正であった。
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