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地上に踊る翼の魔法

(4/25 25:00 一部加筆修正)

草創です。自分の創作物の1シーンを載せたいと思います。(この創作物の全体は未完成であり公開されておりません。)

①登場人物

マイア…記憶喪失。このシーンでのダンスをきっかけに過去の記憶を思い出す。

ミキ…アイドル。今回のステージの主。

『貴方』…マイアが過去に共に踊れなかった親友。
②登場する特殊能力

「黒い侵食」

背中から生え伸びる八本の黒い触手。スライムのように自由に形を変えられる。根本は八箇所だが一本に纏めることも出来る。
③シーン説明

 ミキがマイアの記憶を取り戻す方法として、「観客の前で踊ることを試してみたら?」と提言する。
 マイアには初め自信が無かったが、とある曲を聴いて「これなら踊れる」と思った。そしてそれが自分を取り戻すきっかけになるような気がしたので、観客の前で踊ってみる事にした。

 本番直前の話なのでマイアは「リラックスして踊って良いよ。いつでもダンスを辞めていいし、それが出来るようにラフな状態でステージ明け渡すから。」という言葉と共に、「ステージ照明、および音響の最終調整とチェック」という名目で、マイアを壇上に登らせる。
 
 マイアは彼女の望む曲で、壇上で自由に踊る事を許される。
 たった一瞬の、儚いはずのステージ。
④今回マイアがダンスに使用した曲

作詞作曲 ツミキ
『レゾンデイトル・カレイドスコウプ』

シーン:歯車は回される。

「間違いさえ 一つの答」

 曲が始まった。
 それは聞き馴染みがある曲だった。だから選んだ。マイアは自身の中身を探りながら、ぎこちなく踊り始める。

 イメージが回った。歯車が回っている。足先がツゥ、と不器用に、しかし自然に動き出す。マイアには予め分かっていたのだ。自信が無いだけで、身体がちゃんと覚えている。

「踊れ 明日さえ不確かな儘」

 そうだった。私は私自身が誰なのか分かっていなかった。私として生まれたかった訳では無かったのに、こうして私は此処にいる。

 イメージが回った。歯車が回っている。滑らかに。確かに。
 オルゴールの上でワルツを踊る人形のように、無機質に、しかし無知な私は生きていなくてはならない。私は機械であってはならない。それなのにイメージの中で回っているのは歯車だ。脳天から操り人形の糸が伸びている。
 その糸は本能であると同時に、何かに呪われたように私を縛っている。マイアの中を網目状に網羅し、その糸を通して「生きろ」と、何者かにそう言われている。

 過去の記憶が、段々と蘇ってくる。

「美しく 疑う君と 騙し 騙されあってたいのさ」

 そう。『貴方』と踊りたかった。マイアの人生はそれだけの為にあった。それでもそれは叶わなかった。マイアだけが唯一、『貴方』と手を取り合って踊ることが出来なかった。

 切なさに溺れている暇はない。曲は続けられる。対話は続けられる。

 それでも既にマイアの心から不安は消えていた。迷いなど無かった。力強くステップを踏む。
 なんとなくで選んだこの曲に、マイアの為の魔法がかけられている。そうでなければ、ここまでこの曲に美しさを感じていない。

 「私が、この曲を、踊る。」それ以外の答えはマイアにとってあり得なかった。自分が人間である事を理解出来なかったマイアは、昔も今も、やはり踊ることしか出来なかったのだった。

《左膝を曲げ、右脚をピンと伸ばし、ステージの表面につま先を触れさせる。そのまま時計回りで弧状に滑らせる。》
 
 それが合図だった。マイアの中の歯車が最高効率で回り始める。歯車の擦れる幻聴が曲の中に混じって聴こえる。

 マイアの表現が、その時から絶対になり始めた。

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 ステージの主であった筈のミキは腹を括る。
 コレは本当に最悪だと思った。

 一言で言うなら、マイアは表現者だった。
 流転する表情、滑らかな踊り、演出の何たるかを知り、メソッド演技を駆使しながら、どのようにすれば美しく見えるのかを直感で知り、その上で自身の、黒い侵食という影と現実に踊っている。

《黒い侵食で出来たマイアのレプリカを倒立させ、頭上に配置し、鏡合わせをマイア自身の点対称に踊らせる。次の瞬間にはマイア自身も黒に飲まれ、マイア自身との位置を上下逆にする。》

 彼女は「これしか踊れない」と言っていたが、十分過ぎた。一〇小節の一〇ではなく、一小節の無限がそこにあった。


 ミュージカルとも違う、単なるダンサーとも違う、アイドルとも違う。全く新しい物が今そこに生まれては消えている。

《背中の黒い侵食を翼のように形作り、次の瞬間には砂のように崩れ去らせる。一秒も無い。切なげな表情ともに腕を滑らかに滑らせる。》

 舞台演出をダンサーがリアルタイムでやっていた。事前に決められた世界ではなく彼女自身が感じたことを、黒い侵食を使ってリアルタイムで構築し、そしてそれを即座に崩す。それだけで前代未聞だった。

 マイアは今、何をしていると言えば良い?
 それはミュージカルと呼ぶにはアドリブが過ぎる。心に正直すぎる。
 即興ダンスと呼ぶにはあまりに表現している範囲が広すぎる。支配出来ている変数が多すぎる。
 アイドルと呼ぶには彼女はあまりに具体的過ぎる。刹那の演出全てがマイア自身という人間を雄弁に、見ている人間の認識が追いつかないレベルで説明していた。

 それらの名称し難い表現の総体が眩しさの奔流となって観客を襲っている。
 つまりマイアは今、破壊していた。表現の概念を破壊して作り続けていた。

《一瞬前の残像を黒い侵食で残し、過去の自分と現在の自分の統一化を、それらの残像を自分と融和させて現実にする》

 時には空間という粘質の間をねっとりと切るように、連続的でありながら滑らかに。時にはそこにある憎悪を弾き飛ばし力強く断ち切るように。

 それらの繊細な表現の集積物の織物がマイアを色濃く縁取っている。故に彼女が、「マイアが」。そこに、その場所に居ると、その事実を誰もが認識せざるを得なかった。

 ラフだった筈のステージは、既にマイアの表現に呑まれていた。マイアの本番になってしまった。
 メッセージ性の強い歌詞に何一つ負けない。それに何よりも、黒い侵食が叶えているのだ。黒い侵食がこれ以上ない輝きをもって、マイアの心を訴えている。

 それら全てが一つの像を結び、ただ見る者に眩しさを投げかける。叫んでいた。何も言葉で語らなくても分かってしまう。苦しさが、痛みが、覚悟が、そこに至るまでの過程が。

 共有できる事実など下らないと思える程、鮮烈に突き刺さる。口伝の事実から想像したミキの想像ではなく、彼女自身の想いが、直接、稲妻のようにミキを貫く。

 これが魔法だとミキは本物を思い知った。分かるはずのないマイアの心を突き刺し直接流し込む魔法。言葉など下らないものだと思ってしまった。
 語るという行為が陳腐に感じられるほど、その魔法はミキを瞬間、蝕み続ける。

《黒い侵食で作られた翼がマイアを包む。》

「孔雀が舞って 目が眩む。」

《漆黒の翼に包まれたマイアは何かを恐れるように、怯えるように、翼の中に引きこもり、それが一瞬にして覚悟を決めた人間に「成る。」》

 演技では無い。違う人間だ。マイアであってマイアでは無い。一瞬でそう「成って」いた。

 ミキは脳髄がチリチリとショートするのを感じている。本当にやめて欲しかった。ミキは自身が最高に狂ってしまうのを抑えるのに精一杯だった。

《新しいマイア自身が力強く翼を広げる。》

 ただの一瞬で世界が塗り替わる。

《眩しく黒い虹色の羽根が、散り散りに抜けて空中にゆっくりと舞う。見る者の視界を染める。》

 どんな色よりずっと色鮮やかで無限で、深海のように光を吸い込む翼と羽根。それ故に目が吸い込まれてしまう。逃れられない。そしてその中心でマイアが心を描き表しては壊し続けている。

 その景色に囚われない者はいない。ミキは覚悟した。『きっと私の心の中に永遠に突き刺さり続けるのだ。私どころか、これを見た全ての人間に、永遠に。』

 突き刺さった黒く鮮やかな一枚羽は、もう二度と抜くことは出来ない。

 「最悪だ」と、ミキはそう思った。
 彼女には勝てない。むしろ、勝ってはならない。こんなのがそうそうあってたまるものか。そう思った。

 コレは、狂気だ。
 私は、飲み込まれてしまう。
 抗えない。誰も。

 これからのミキのステージがマイアの表現に呑まれてしまう。しかし、その事実を恨む権利をミキは持たない。マイアが紡ぐ漆黒の翼が、ミキのつまらない恨みを美しく覆い隠してしまったからだ。

 もう、ミキの眼には恨みなど映らない。

 黒翼は風を浴びて靡く。抜けた羽根は光を吸い続けている。美しい大罪人はその景色の中心で、それでも未だに踊り続けている。

シーンend.

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