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思考の切れ端 5 新月と満月
ゲームには飽きた。じゃあ何をするのだろう?三日月、新月。だから愛は生まれない?欠けているから、その人間としての欠けが感情を上から下に垂れ流す。
その中で唯一、その根幹となりうる、「全てが崩壊した視点」、それが創発構築の視点?
ゲシュタルトを作り上げようとは絶対しない、何者でもあろうとはしない、そんな新月。
何かに魔法を見せられて、ゲシュタルトを作り上げようとする、そんな満月。 その二者の対比。
新月は無機質化よな。そこに魔法にかけられた満月が混じるからこんがらがる。 やっぱりなにか違う物が居る。ダブルスタンダードが。いや、悪かないんだけど。
新月が狂気を求める一方で、満月が魔法じみた狂気を見ている。その二つが奇妙に混ざり合って、冷静に分解するオタクみたいなのが出来上がってる。 それで新月は何を求めているの?っていうと、それは何者でもない事。
だから抽象を描くし抽象に潜り続けて何処までも解体する。具体が嫌いな新月。何者にもなりたくない新月。
その終点(last=最新、つまり現在)に、創発という考え方、捉え方、壊れた世界の理解方法があったという話。
そこに居ればきっと自分は何者でも無くあれる。なるほどね。とても納得した。じゃあそこが解体の居場所という事でよろしいのか。恐らくは。そこで外の概念に触れて、触れた概念を壊し続ける。 新月はそうして生き続ける。
それとは違う思い込みの満月の魔法をうまく使おう。 魔法にかけられる状態 を自分で設定しよう。そしてその状態が、人間を知る上で必要だった。
自分はかつて、新月と満月の歪んだハイブリッドで、満月に踊らされて、壊れて新月になって、自分を知った満月になって。そして今、多分新月と満月の境界をそれなりに操作できる。かつて想定した複重人格多分法の完成形だった。多分。十分条件は満たしてると思う。
まあ、だからどうしたってなったけど。虹の足元には何もなかった。それだけのことが出来たところで、結局作り上げるのはそれだけの事実でしか無いんだから。 そこまで来た自分が、次に出来ることは?
新月による冷静な理解と、満月による魔法に満ちた世界の認識。
新月は無機質な世界を淡々と渡る。満月は魔法に満ちた世界を知る。
世界に様々に魔法があることは知っている。その魔法を私が見るかどうかは好きにして。 魔法が暴走していたけど、今は大人しく出来る。 どんな魔法を自分が見るか…
というか、今まで見ていた魔法が「解体神秘の魔法」なんだってだけの話。それで得たのが新月だったって話。 新月の居場所は創発になった。それで、満月によって生み出された新月は創発解体に、何者でも無い存在として居座る事になった。
じゃあ解体神秘の魔法が解決された、その次の満月は何なのだろうか。
他人の為の自分がまだ感じていない何か、自分の為の悪い動機と、無機質な動機。 結局自分はさ、文字書いて遊びたいだけなんじゃないの?
論理ってそんなもんだったんじゃないの? そうね。そうだった。論理も遊び道具。そんなもんだったわ。 んで、遊びだからこそ「本気」「愛」って事が分からかった。 そうだったわ。
「何かに忠実である」ってよりは、「おもちゃで遊ぶ」のが自分の本質で、それで、他の人の領域に無闇に踏み込まないのならそれで良いのだろう。 何者にもならない、それが新月の本質で。
新月満月は自分の感情コントロールに役立つ。本当にこれを習得してから楽になった。
けれど、書くだけじゃ満たされない何かが居る。新月がそう言っているのかも知れない。何者にもならないのならば、そういうものかもしれない。
水道の水が垂れ流されている。欠けているから、受けるボウルがそこに存在しない。 ただ達成し続けるだけの機械になっている。 それを満たす為に何かをする。けれど啓蒙出来るほど何かを知っている気にはなれない。だからただ自分の中を掘り続けている。それしか自分の価値がないのでは無いかと感じている。
それが有限な資産なのか、それともふつふつと紡ぎ上がっていく無限の資産なのかも知らず、掘り続けている。
馬鹿な勘違いをした。暗闇の中に霧散してしまいたい。