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夫と私

 恋人が夫になった。同じ家に住み、生活を共にしている。
彼とはもうすぐ付き合って6年になる。出会った頃から変わらず、優しくたくさんの愛を注いでくれる人だ。

 付き合う前に言われた「結婚したいと思っている」という言葉はどうやら嘘じゃなかったらしい。当時の私たちは、若かったし青かった。だけれども、たったひとつの失恋で拗らせていた私には、救いのような一言だった。

 昔から結婚願望は強い方だったと思う。自分の母に憧れて、私の将来の夢はお母さんだった。というか早く大人になってしまいたかった。特別な誰かと出会って、その誰かにとっての特別になって、家族という集合体、そんな愛の確証が欲しかった。

 それで30になったらさっさと人生を終わらせたかった。別に病んでいたわけではなくて、ぼんやりと、でも確実にそう思っていた。死への恐怖より憧れが強くて、というか子どもながらに、これからの人生の長さに圧倒して、もうそれくらいまで生きてれば私は満足しているのだろうと思っていた。

 成長すればそれなりに恋もして、それでも自分が恋をした相手とは結婚できると思っていなかった。年頃になれば親が連れてきた相手と夫婦になるんだろう、自由恋愛は若いうちだと半ば諦めていた。色々な家族の形があるけれど、自分で選んだ相手と結婚できる人たちが羨ましかった。だからずっと、私を自由にしてくれる人と出会いたかった。

 恋人との第一印象は、お世辞にもいいとは言えず、それは彼も同じだったようだ。直感でこの人とは仲良くなれないと思ったらしい。彼は過去の出来事から、少し女性不信なところもあって、私みたいなタイプはきっと自分のことが嫌いだろうと感じたという。

 私はというと困ったことに、彼が放つ負のオーラに引き込まれてしまったのだ。失恋したばかりで荒んでいる目、その奥にある寂しさに、私が抱えていた未来への諦めみたいな、歪に達観した人生観が重なっていたのかもしれない。

 少し話すようになったら、彼とはすぐに打ち解けて、本当に仲の良い友人になった。彼が教えてくれる音楽や趣味の話が好きだったし、お互いの弱くて醜い部分も曝け出していたから、一緒にいてすごく楽だった。誰に対しても真っ直ぐで嘘のない彼にとても憧れた。

 それに対して、いつも偽りだらけの自分が恥ずかしかった。けれどそんな私を、優しい人だと彼は言ってくれた。本当に優しいのは貴方の方なのに、それでも彼の前では自然体の自分が、本当の自分の姿なのだと思えた。

 物心ついてから初めて、自由な自分に出会えた気がしたのだ。そして、見てくれや虚像じゃないそのままの私を愛してくれる恋人のおかげで、私はつまらないプライドやダサい自分を捨てて、生きるのがとても楽になった。

 誰よりも好きだと思える人に出会えて、自分より大切に思える人と過ごした。月並みだけれど、悲しいことや辛いこともあった。今だからこそ振り返れるが、思い出したくないほど、しんどく暗い日々も過ごしていた。それでもお互いがいたから、ふたりでいたから乗り越えられたんだと、今こうしてベランダから月を見上げて、話すことができる日々に感謝している。

 夜明けまで換気扇の下で話した夜も、2時間かけて原付で会いに来てくれた凍える冬の夜も、涙が止まらず眠れない私を抱きしめてくれた夜も、すべての夜に必ず朝が来た。

 彼と出会って、どんなに眠れぬ夜にも朝が来ることを私は知った。こうして夜を共に乗り越えられる心強さよ、貴方に出会えて私は幸せだ。もし来世があったとしても君と結婚したい、そう思える人生です。

 そして自分が選んだ恋人を周りが認めてくれたことが、私はとても嬉しかった。少し特殊な家庭で育った私が、彼との結婚を許してもらえたことは結構すごいことだと思う。

 誰に何を言われたって彼といたかったから、駆け落ちするとか、家族と縁を切るとか少しは覚悟していたけれど、やっぱり怖かった。私や彼の家族に認められ、受け入れられ、愛されていることも、真っ直ぐで素直な恋人のおかげだと思う。

 結婚するって全然簡単なことじゃなかった。家庭、国籍、法律、宗教、皆それぞれ事情があって、抱えている問題があって、一筋縄ではいかない。

 実際二人だけの問題じゃないことも沢山あった。彼がプロポーズしてくれてから約1年。やっと堂々と君の隣にいる幸せを噛み締められる。簡単じゃなかったからこそ、今恋人と共に過ごす時間を、何よりも愛おしいものと思えるのだ。

 現実問題、これからの生活がスタートで、まだまだたくさんの夜を越えていかなくてはならないこともよく分かっている。それでも病める時も健やかなる時も、そばにいるって誓った私たちを信じていたい。薬指が煌めくたびに感じるときめきを、これからもずっと忘れないでいたい。そして願わくば、彼の隣で骨を埋めたい。だから当初の予定よりずっと、長生きしたいと思ってる。

 もうすぐ愛おしい人が帰ってくる。
その温もりを抱きしめながら、今日も生きている。

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