今日、友達ができた話
彼女から連絡が来たのは、本当に突然の出来事だった。
早めの年末年始休暇ということで実家に帰省し、世界一美味しい母のご飯を食べ、毛布にくるまりぬくぬくと過ごしていた私は、届いたメッセージを思わず二度見した。
『辞めるって上司に伝えた』
彼女はいわゆる職場の同期だった。職種が違うため深い関わりはないものの、休憩時間が被れば他愛も無い話からちょっとした愚痴までよく話していた、方だったと思う。
私も彼女も就職に伴って、名前も知らないこの街に引っ越してきた。家族も知り合いも友達もいない。
それでいて、仕事はとにかくキツかった。特にデキる彼女はハイペースで新人教育を進められていたし、仕事の大変さという水準があるならば、此処は平均よりもはるかに上回るキツさだということは、もう数ヶ月も働けば誰しもが気付くことだった。
彼女が職場に来なくなってからも、たまに連絡を取っていた。思いのほか元気そうで私は安心したのだが、仕事がなければ元気、ということはそういうことなのだ。実際、元気そうだなんて言う時点で元気な訳がない。
それでも彼女が完全に立ち上がることができなくなるくらい潰れてしまう前でよかった、と私は思った。「寂しいけど頑張ったね。お疲れ様。」とギリ平均点の返信をしたところで、彼女とご飯に行くことが決まった。
彼女と遊ぶことなんて今までなかったし、仕事以外で会うことも初めてだった。急に決まったのだし、ラフな格好で行こうと決めたのは我ながら明断だった。彼女は私服だったけど、職場で会うのと何ら変わりなかった。でも職場の彼女よりずっと、表情が柔らかくて可愛らしかった。
私は少し緊張して集合場所に早めに着いてしまい、身なりを整えていた。お互いどんな話をしてどんな風に時間を過ごすのか、見当もついていなかっただろう。
彼女と職場ではない場所で、仕事の話以外をするのは新鮮だった。彼女の顔は晴々としていて、今日、面接行ってきたんだ〜と話してくれた。
次の職場の内定をもらった、という彼女の決断力と行動力に私は惚れ惚れした。辞めることも続けることも大いに勇気が必要だし、難しい。何が正解だとかはやってみなくては分からないし、人生ってパンドラの箱だ。しかももう『大人』と呼ばれる歳になったのだから、自分で橋を叩いて渡らなくちゃいけないんだ。
それでも私達はまだ若かった。お目当てが出るまでガチャガチャを回して、ボーナスが出たことに託けて、サンリオの800円する一番くじを3回も引いた。
お互いダブった景品を交換して、かわいいものを見つめてはしゃいだ。恋人の惚気話をした。アメリカンドッグのカリカリの部分、美味しいよねなんて話をしたかと思えば、格安SIMとか積立NISAとかふるさと納税の話をしていて、話のネタレベルの高低差に気付いて、ふたりでゲラゲラ笑った。
もしかしたら私達めちゃくちゃ気が合うかもね?とイタズラっぽく笑う彼女がとても可愛かった。私は恥ずかしくて、何処かむず痒くて、えへへ〜と変な笑い方をしてしまった。
歩きながらの帰り道も話が弾み、楽しかったね、次はパンケーキ食べに行こうか、スイーツビュッフェもいいね、また一番くじひこうね、新作出たらすぐ連絡するよ、と『次』を2人とも待ち侘びている温度が同じなのが伝わって、すごくすごく嬉しかった。
彼女とはもう同期じゃなくなる。この関係は終わる。
でも今日、友達になった。
友達になった瞬間ってあまり覚えていないものだ。友達って気付いたらなっているものだし、意識するものでもない。
でも友達になった瞬間ってきっと、今日みたいな日のことなんだ。
20数年生きてきて、私は初めてその瞬間を肌で感じられた。それを実感できて、とてもとても嬉しいと思った。一生に一回味わえるか味わえないかの気持ちかもしれない。だから、なるべくずっと覚えていたい。
友達になろうって言わなくても友達になれるようになってから随分経った。
今日、友達ができた。