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散歩と雑学と読書ノート
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「北の縄文世界と国宝」展をめぐって
1.縄文とアイヌとの関係及び縄文とケルトの比較考古学
2021年に「北海道・北東北の縄文遺跡群」がユネスコの世界文化遺産に登録された。それを記念して2023年7月22日から10月1日にかけて北海道博物館で特別展として「北の縄文世界と国宝」展が開催されている。主催は北海道新聞社とNHK札幌放送局である。
私は9月1日に娘の夫と二人で北海道博物館に出かけた。特別展での縄文遺跡の数々は期待通り圧倒的な存在感を発揮して遥かな縄文の世界に私達を引き込こんでくれるものであった。その前に一通り見て回った常設の展示も豊富な情報量に圧倒された。江戸期からの北海道の歴史やアイヌ文化にかかわる展示品が語り掛ける事柄にも縄文遺跡群と同様に心に響くものがあった。特に北海道の歴史やアイヌ文化の展示は私がこれまで育ってきた生活環境や体験と重ね合わせて思い出を刺激されるところも多かった。
私は以前から縄文時代の人々の生活や文化に関心をもってきた。特に約一万年も比較的平和に続いたとみられている彼らの生活を支えた「こころのありよう」はどのようなものであったのだろうというてんに私は興味がある。
特別展を見た後に私は「アイヌと縄文ーもうひとつの日本の歴史」(瀬川拓郎著、ちくま新書、2016)と「縄文とケルトー辺境の比較考古学」(松木武彦著、ちくま新書、2017)をもう一度読み直した。この二冊は私が縄文時代を考えるさいに強く影響を受けた著書である。
「アイヌと縄文ーもうひとつの日本の歴史」に関しては、以前このnoteで触れたことがあるが、もう一度この著書に触れさせていただきたい。
本書によるとアイヌと縄文人の人種としての関連は次のようである。
まず、約3万5000年前に日本列島に住みついた旧石器時代人はその骨が見つかっていないが、縄文人とつながりがあっただろうと考えられている。
縄文人とアイヌのつながりに関しては、おもに1980年代に形質人類学者の埴原和郎によってだされた、二重構造モデルにもとづいて考察されている。埴原は大陸からの渡来人が縄文人と混血して本土日本人が形成された、同時に周辺の琉球と北海道には渡来人の影響が少ない人々が残ったという仮説をだした。この説は近年のDNA研究でもそれを裏づける結果が出ている。中でもアイヌは縄文人の形質やDNAに最も近い人々と見られている。さらに本書では、旧石器時代人や縄文人、アイヌ、日本人の言語に関連した事柄も考察されていて興味深い。
余談だが私の記憶違いでなければ、埴原は今回特別展が開かれた北海道博物館の初代の館長であった。また埴原は私にとって学生時代の人類学の先生である。
本書の中では、私の住む千歳市の縄文遺跡(特別展でも展示されているので後ほど私のとった写真を提示することにする)についても数カ所で触れられている。縄文の世界遺産の一部に組み込まれたキウス周堤墓群(縄文時代後期後半)を始め、美々貝塚、美々4遺跡(モガリとみられる墓だが墓を埋め戻す前に棺に火を放った後がある、縄文時代晩期)、ママチ遺跡(ミイラの包にとりつけた土面、縄文時代晩期)である。これらの遺跡は縄文時代の「心の文明」の一部であるともいえる聖域や祖霊を祀る行事に関連した遺跡であると言ってもよいだろう。ゴミ捨て場所と見られていた貝塚には人や動物の遺骸が埋葬されていて現在では信仰の場所でもあったと考えられている。縄文時代の祭禮や祖霊を祀る宗教的なあり方はアニミズムやシャーマニズム的な信仰に基づいていたと考えられている。そして縄文遺跡で出土される土偶や石棒はその宗教的活動で使用されたものである。
土偶はほとんどが女性像で生命を育む女性の神秘の姿を表現し、石棒は男根を模したと考えられている。それらは呪術や祭禮の道具として、豊穣や出産を祈るために使用されたとみられている。
縄文時代の信仰に関連して、本書の「おわりに」の中で著者の瀬川が述べていることに触れておきたい。
修験者は山岳信仰・山の神信仰をもつ呪術的、シャーマン的な宗教者であるが、宗教民俗学者の五來重は熊野修験道の発祥を検討したうえで、修験者が狩猟民であった縄文の信仰を伝える人びとであり、その呪術性やシャーマニズムも縄文信仰に由来するものだと考えていること、さらに興味深いこととしてアイヌ学者、知里真志保が、アイヌの神観念や祭祀にもシャーマニズムが色濃く反映していると述べていることを瀬川は紹介している。
瀬川は「アイヌの心性という井戸を掘り下げていくと、その先には私たちの原郷である縄文という水脈が広がっている気がしてなりません」と述べている。
私は縄文人やアイヌの心性に深く影を落としている,アニミズムやシャーマニズムに関心がある。別な機会にこのnoteで触れることができたらと思っている。
次に二冊目の「縄文とケルトー辺境の比較考古学」についても簡単に触れておきたい。
著者の松本武彦は国立歴史民族博物館教授で専攻は日本考古学。
著者は、日本とイギリスの新石器時代の遺跡を訪ねて、両者の間に思いがけない共通性がみられることを見出して考察を加えていく。もちろん当時は、ユーラシア大陸の正反対に位置する縄文の日本とケルト(正確には先ケルト)のイギリス(ブリテン島)との間に直接の文化伝搬はなかった。
先ケルトの遺跡を訪ね歩いた著者は、本書の中で石や土で築いた重要な遺跡を次の4種に分けて縄文の遺跡と比較しながら述べている。
第一は「コーズウェイド・エンクロージャー(通路のついた囲い)」で丘の頂上を囲むように溝を掘り、堀った土を内側に積み上げて土手にしたもの。
一年のうちの決まった日に、いくつもの家族が集まって祭りを行う。それは死んだ人、殺した家畜、使い終わった道具など、命をおえたものものを大地に埋め置く行為を中心にしたらしい。
縄文の遺跡のなかにもこれと似たものがみられる。「環状盛土」と呼ばれ、東日本を中心にいくつか知られている。また縄文時代の代表的な遺跡の一つである貝塚も環状盛土と類似した形態をしていて、この「コーズウェイド・エンクロージャー」や次に述べる石室墳と類似した機能をはたしていたとみられる。
第二は「ロング・バロウ(長形墳)」細長い長方形の墳丘墓である。
丘に囲まれた石室墳(巨石を利用して作られている)のなかにいくつかの側室がありそこには赤ん坊から老人まで複数の遺骨が安置されていた。これは、日本でいうと古墳のようなものだが、年代は遥かに古く新石器時代の前半に当たる時期のものである。
第三は「ヘンジ」。高い土手とその内側の空堀を円く巡らせた土木構造物である。第一のものより土手はずっと高く、堀は深い。
「ヘンジ」と次の「ストーン・サークル」は新石器時代の終わりころに造営された。この両者が一体となった遺跡(ストーンヘンジ)もある。
縄文時代の遺跡の中では、晩期になって造られた、千歳のキウス周堤墓群が、円形に土塁を巡らせ、その一方向に切れ目をもつ構造はブリテン島のヘンジそのものであると筆者の松木は述べている。
第四が有名な「ストーン・サークル(環状列石)」で、巨石を円く立てならべたものである。新石器時代にはさまざまな形の巨石を配置した「巨石記念物」がヨーロッパ一円で発達するが、ストーン・サークルはその典型である。
ブリテン島の新石器時代の前半を代表する記念物が石室墳なら、ストーン・サークルは後半を代表する。約800基が知られている。
ストーン・サークルのいわば完成したものがストーンヘンジである。最も有名なストーンヘンジは世界遺産に登録されている「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群」である。ヘンジとストーンサークルが合わさった形になるまでは約1000年にわたる改築の歴史がある。そこには人の遺骸が収めらた形跡がある。ストーンヘンジには二重の同心円に石が立て並べられていた。そのずっと外側には、円形に土塁と空堀が巡っていてヘンジを踏襲する構造になっている。その数カ所に切れ目をもつが北東側の切れ目が最も大きい。ストーンヘンジの内側には「トリリン(三つ石)」が五組やや口のすぼまったU字形の平面をなして並んでいる。ストーンヘンジの中心に立つと北東にU字形が開口しその方向に「アヴェニュー」が伸びていて北東が意識された構造になっていることがわかる。
その北東は夏至の太陽が昇る方向と一致する。夏至の夜明け、人々はストーンヘンジの中心に立ち、「アヴェニュー」を通って到来する太陽の光を、トリリンのU字で迎え入れたのである。と筆者は述べている。
このストーン・サークルやストーンヘンジと類似した縄文時代の遺跡がいくつか知られている。代表的なものが秋田県鹿角市の大湯環状列石である。
そこでは二つのストーン・サークルが並んでいて埋葬の痕跡もある。ただし円く巡っている石は巨石ではなく、河原石を嚙みあわせた石組みである。
二つならぶストーン・サークルのうちの北西を万座、南東を野中堂という。その両方に「日時計」とよばれる石組がある。野中堂の中心から北西の「日時計」を望むと万座の「日時計」と重なる。その延長上に夏至の太陽が沈む。
日の出と日没の違いはあるが、夏至の太陽を主人公とする祭りの舞台として大湯環状列石とストーンヘンジは、同じ目的でほぼ同じ時代に造られた施設と考えられる。
その底流には、太陽の盛衰と生死を関連づける共通の思想がうかがわれるだろうと筆者は述べている。
2.縄文時代の時代区分
ここでは、縄文時代(新石器時代)の時代区分についてネット上の記事を参考にして、簡単にまとめておきたい。
縄文時代区分 世界の出来事
草創期(BC1万5000~1万年前)
● 温暖化が始まる,海水面が上昇
● 土器、土偶、弓矢が作られる 人類がアメリカ大陸にまで
● 竪穴式住居、ムラが出現(定住化) 広まる
早期(BC1万年~7000年前)
● ムラや貝塚が広まる、円筒土器
● 漁が始まる
前期(BC7000~5500年前)
● 温暖化がすすむ エジプトで農耕始まる
● 土器やアクセサリーが増える メソポタミア文明
● 漆塗リが広まる
● 拠点集落
中期(BC5500~4500年前)
● 縄文文化の最盛期
(遺跡が最も多い) インダス文明
● 大規模拠点集落が発展
● 大きな貝塚 イギリスでストーンヘンジ
● 土器、土偶、石棒が増加
後期(BC4500~3200年前)
● 気候が寒冷化
● 東北地方で環状列石 インダス文明
● 東日本から西日本へ人々が移住 中国で夏王朝
晩期(BC3200~2000年前)
● 西日本で遺跡が増加 フェニキア人
● 西日本の一部で畑作 (アルファベットを使用)
● 北九州に稲作伝来 トロイ戦争
縄文時代は比較的温暖な気候が持続して、ドングリやクリなどの木の実が豊富に採取できる環境であった。縄文人は狩猟採集を生業としながら定住生活が可能であった。アイヌも同様で弥生時代の農耕文化には抵抗を示し馴染まなかった。
以下に定住を可能にした縄文時代の食料事情に関する特別展の図を提示しておきたい
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3.「北の縄文世界と国宝」展の写真
私が写した特別展の写真(あまり上出来とは言えないが)を提示する
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「円筒下層式土器」が作られた
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「中空土偶」に次ぐ2例目の国宝)
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土偶や土器は縄文時代にはそれぞれの用途があったのだろうが、今から見ると、国宝となっているものだけでなくどれもおおらかな縄文時代人の芸術的なセンスを表現するものでもある。
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4.キウス周堤墓群の写真
千歳市は縄文時代の遺跡が多く出土する場所である。世界遺産に登録されたキウス周堤墓群が代表的なものだが、いまも採掘が進行している場所もある。
2回前(7月31日)のnoteの記事で私は半導体工場のラピダスについてふれた。その工場の建設は現在急ピッチで進んでいる。この建設場所からも遺跡が見つかる可能性があったのだが、どうやら見つからなかったようだ。
キウス周堤墓群は、このラピダスから北に数キロのところにある、また美々貝塚は東側のすぐそばに、近くの千歳空港の敷地でも縄文時代の墓や住居跡の遺跡が発掘の途上である。
昨年になるが私は娘の夫とキウス周堤墓群の見学をしてきた。その時の写真を提示しておきたい。
見学しながら私はこの場所に縄文時代の人々はどのような思いで集まり、どのように祈りを掲げたのだろうか、また彼らの集落はこの場所からどの程度離れていたのだろうか、さらにそこは何人くらいの規模の集落でどのような生活が営まれていたのかなどと思いをめぐらした。
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