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マリーはなぜ泣く⑰~Without you~

著者近状:昨日誕生日でした。おめでとうと言ってください。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe


 良い気分転換になったのか、大阪に帰ってから一瞬は、俺も大籠包もモチベーションが高かった。「やってやろう」という気持ちだった。とりあえず一週間以内に、お互いに新ネタを書いて持ち合う約束をした。しかし、一週間後には、俺は自分の書いたネタを読み返して、

「大籠包がめっちゃ面白いものを持ってきてくれないかな」と期待し、大籠包は、
「なにか書かなあかんっていう気持ちはあるんやけど、どうしてもなんも出て来んくて」と、なぜか般若心経を書き込んだ紙を持ってきた。

「なんだよ、なんで写経なんだよ!?」
「いや、とりあえずなんでもいいから書くことから始めよう思って・・・・・・」大籠包は言い訳がましく言ったが、なんで写経なのかの説明にはまったくなっていなかった。

 モチベーションが高い状態でも面白くないネタしか書けない俺と、般若心経を書き写すことしか出来ない大籠包では、もう無理だと思った。二人で話しながら、ネタを組み立てる方法も試してみたが、出来上がったネタは、満里ですら笑わなかった。

 そろそろ、生き方を変える時が俺にも来たかと思った。しかし、結局は惰性で今までのネタを、今までの通りやる生活を続けた。この時期、大籠包は、何かをアウトプットしたいという思いはあるものの、上手くネタに昇華できず、その欲求を写経に置き換えているようだった。やたらと経を書き写していた。


 ある日、変化は突然起こった。大籠包が持ってきたネタが、あきらかに今までとは違う実験的なものだったことから始まった。その指からどうやったらこんな可愛らしい文字が書けるのかという字で書かれた手書きの台本を見ただけでは、面白いのかどうか判断出来なかったが、とりあえず彼のイメージするままにネタを合わせてみると、二人の間に今まで感じたことのない空気が発生した。
「とりあえずこれを、次の舞台でやってみよう」ということになった。

 大籠包は毎週新しいネタを書いてきた。どれも抜群の出来だった。舞台の上でも鬼気迫るものがあった。いったいどうしたのか聞いてみると、

「色即是空空即是色(しきそくぜくうくうそくぜしき)やで、哲ちゃん。写経の効果が出てきた」といかにも適当な感じで言っていたが、四本目の新ネタが出来たときに、
「実は、笑わしたい女がいるんや」と告白した。知らない間に、行きつけのスナックで働く、朝子という女といい仲になっていた。大籠包の彼女は、満里とは違い俺たちの漫才でまったく笑わないらしい。

「俺のどこが良くて付き合ったんや? 俺が女やったら、絶対こんな男とは付き合わんで」大籠包がそう訊ねたときに、彼女は、

「アンタってば、なんだか可哀想でみっともなくて。お人好しで。それがなんだか気になって、ほっとけないのよ」と答えたらしい。

「彼女、三十六なんやけど、今まで生きてきて、一回も夢なんか持ったことないねんて。だからその分夢のある人のこと羨ましいんやって。可哀想でみっともないくせに、俺のこと羨ましいんやって。でもネタは面白くないって。――笑わしたいやん。芸人なんやから。俺のこと羨ましい言うて応援してくれる人おるんやったら、その人のこと」



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