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バックパッカーズ・ゲストハウス(69)「寝ている間に」

前回のあらすじ:ゲストハウスで過ごす最後の夜。開いてもらったお別れ会のあと、ベッドに入るとニキからみんなで撮った写真が送られてきた。それには、「同じ空の下で」というファイル名が付けられていた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 翌日は早朝に新宿から出る大阪行きのバスを取っていた。若かったので、前日の深酒にも負けず、ちゃんと目を覚ました。
 四階のリビングに上がり、そこでコーヒーを飲みながら、ポストカードに置き手紙を書いた。みんなに対しての礼と、ローラーの調子が悪いキャリーを置いていくから、もしそれでもいいなら誰か使ってくれ。誰もいらないなら、面倒掛けて悪いが、神田川に流してくれ。というようなことを書いた。「いつかまた会いましょう」みたいな実現しそうもない幼稚で綺麗なことは書かなかった。

 喫煙場所になっている階段の踊り場で、アークロイヤルを一本吸って、まだ寝ているゲストハウスを出た。
 建物を一瞥して歩き出すと、後ろから声を掛けられた。一階の店舗から、ニキが出てきていた。
「こんな時間に起きてたのか」と驚くと、
「勉強してました」と彼は笑った。こんだけ頑張っているのだから、早いとこ幸せになってもらいたいなと思った。
 別れの言葉を交わして握手をした。彼は、
「また会いましょう。インドネシアにも来て下さい」と無垢に綺麗なことを言った。

 万世橋から少しの間、神田川を眺め、チヨが、「小沢マリアを見た」と言っていた警察署の前を通り過ぎ、大人のデパートの角を曲がって、NEWDAYSの前を通り、秋葉原の駅にたどり着いたところで、恭平からメールが来た。

「もう、行ってしまわれたのですね。お見送りしようと思ったのに」と書かれていた。
 駅の北側の広場に腰掛けて、昨日とこれまでの礼と、見送りされたら寂しくなるから、みんなが寝ている時間で丁度よかったというようなメールを返した。
 恭平から、「行ってらっしゃいませ、ご主人様」と秋葉原流の見送りの言葉が返ってきた。

 まえにオタク気質の吉野が、「落ち着いてる店はどこそこ、王道はどこそこ」というような店評を聞かしてくれたことを思いだした。四ヶ月も秋葉原に住みながら、結局一度もメイドカフェには行かなかった。次に来るときは、メイドカフェに行こう。そう決めた。

 ロクな生活じゃなかったはずだが、何となく、この四ヶ月間が良かったような錯覚をしながら電車に乗った。

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