夢見ておやすみパーラー・ボーイ君
このところ雨の日が続くので、みんなは室内に引きこもりがちですが、パーラー・ボーイ君に雨は関係ありません。
パーラー・ボーイ君には、雨に濡れるのが嫌なことという概念がないので、今日も雨の中、カサもささずに遊んでいます。
最近のパーラー・ボーイ君の関心事はアメンボです。水たまりの中のアメンボは、一体どこから来て、雨が上がるとどこへ行くのか? まったくのナゾです。シゲシゲと水たまりを観察するパーラー・ボーイ君。
そんなパーラー・ボーイ君のことを、ハインツ・ハラルド君は家の中でココアを飲みながら見ていました。
「まったく、彼は変わっているよ。アメリカ人のやることは理解できないや。ねえ、Mutter(お母さん)」
そう言うと、お母さんは、
「ja(そうね)」と答えました。
しばらくすると、パーラー・ボーイ君の上にカサがささって、雨があたらなくなりましたが、アメンボに夢中のパーラー・ボーイ君は、そのことに気づきません。
「パーラー・ボーイ君、何してるの?」
そう声を掛けられて、はじめて後ろにラロッカちゃんが立っていることに、気がつきました。
ラロッカちゃんは、パーラー・ボーイ君の友達の女の子で、明るく、面倒見がいい性格が特徴のハーフ・イタリアーノです。
パーラー・ボーイ君は、“コレ、面白いでしょ”といった感じで、アメンボのいる水たまりに目をやりますが、ラロッカちゃんには、なにが面白いのかまったく理解できません。
クビをかしげるラロッカちゃん。そこへハラルド君が、息を切らしながらやって来ました。
ハラルド君は、家の中からラロッカちゃんの姿を見つけて走ってきたのです。
「やあ、ラロッカちゃん。……とパーラー・ボーイ君。雨の中、ムシケラの観察なんてしてないで、ボクの家に来なよ。バンホーテンのココアがあるんだ」
ハラルド君がラロッカちゃんと、ついでにパーラー・ボーイ君のことを家に誘ったその時、つよい風が吹いて、ラロッカちゃんのさしていた、お気に入りの花柄カサがめくれてオチョコになりました。
「や、なによ、この風!」
「ラロッカちゃん、どうやらそのカサはドイツ製では無いみたいだね。ドイツ製ならばそんなことになるはずはない!」
パーラ・ボーイ君は、オチョコになったラロッカちゃんのカサを見て、目を輝かせました。日頃カサを使わないパーラー・ボーイ君は、はじめてオチョコになったカサを見たのです。
パーラー・ボーイ君は、自分もカサがほしくなって、急いで家へ向かって駆けだしました。
「ちょっと、パーラー・ボーイ君どこ行くの?」
「パーラー・ボーイ君! 君みたいな子はヨーロッパじゃ通用しないよ!」
なにも言わず、いきなり走り去っていくパーラー・ボーイ君に向かって、ラロッカちゃんとハラルド君は言いました。
☂
家に帰ったパーラー・ボーイ君が、
「ボクもカサがほしい~ん」
とせがむと、お母さんは、
「あなたカサもってるじゃない」
と、だいぶ前に買ったのに、パーラー・ボーイ君がまだ一度も使ったことのない、子ども用のカサをゲタ箱から出して渡しました。
パーラー・ボーイ君はよろこんで、その日から毎日、毎日。雨の日も晴れの日も、オチョコになることを期待して、カサをさし続けました。
しかし、ただ普通にさしているだけでは、カサはめったやたらにオチョコになるものではありません。
カサがなかなかオチョコにならないまま、月日がながれる内に、いつしかパーラー・ボーイ君のなかでは、カサがオチョコになるということは、ただのおもしろハプニングから、神さまが引き起こす不思議な現象へと昇華していました。
だからこそ、ラロッカちゃんのように、みんなに優しく、いい子のカサがオチョコになったのだと思い、パーラー・ボーイ君は、いつか自分のカサもオチョコになることを夢みて、出来るだけいい子にしようと心に誓いました。
☂
ある、ドシャ降りの雨の日に、パーラー・ボーイ君がいつものように、カサをさしながら歩いていると、地元住民御用達のショッピングセンターの軒下で、ラロッカちゃんがシクシクと泣いていました。
聞くと、お気に入りの花柄カサが、買い物をしている間に盗まれてしまったらしいのです。
パーラー・ボーイ君は“ボクのカサを使いなよ”と、さしていたカサを差し出しましたが、ラロッカちゃんは、
「そういう問題じゃないのよ!」と、やや八つ当たり気味に言いました。
パーラーボーイ君からしてみれば、女心は複雑すぎてお手上げです。“じゃあね”と立ち去ろうとするパーラー・ボーイ君。
ラロッカちゃんは、さっき買った、今日発売のマーガレット6月号がズブ濡れになることを恐れて、女性特有の計算高さを発揮し、とりあえずお気に入りのカサをなくした悲しみは棚上げにして、
「まってよ、パーラー・ボーイ君! 私もカサに入れて」
とパーラー・ボーイ君の後を追いました。
2人があいあい傘でラロッカちゃんの家まで向かう途中、とつぜんつよい風が吹いて、ついにパーラー・ボーイ君のカサが、オチョコになりました。パーラー・ボーイ君は、うれしくて、うれしくて、オチョコになったカサを掲げながら、
“ヤッター、ヤッター!”
とピョンピョン飛び跳ね、あっちこっち走り回りました。
おかげでラロッカちゃんは、ここまであいあい傘で来たのが台無しです。ショーツの中までズブ濡れになってしまいました。
今日一日、災難つづきのラロッカちゃんは、瞳から流れる心の雨をぬぐいながら、
「パーラー・ボーイ君のバカ!」
と言い捨てて、走って帰っていきました。
(せっかく、カサがオチョコになったのに、ラロッカちゃんは、なんで怒ってたんだろう?)
パーラー・ボーイ君からしてみれば、やっぱり女心は複雑すぎてわかりません。
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