祝・ビートルズ日本デビュー60周年!
今年2024年2月5日、ビートルズは日本デビューから60周年を迎えます。
1962年に母国イギリスでレコードデビューしたビートルズは翌年の1963年に全英でブレイクし、1964年にはアメリカで初のシングルチャート(60年前の2月1日付ビルボード! )でNo.1に輝きそこから一気に世界を虜にしていきます。
日本でも1964年の2月5日にファースト・シングルを発売し、4月15日にファースト・アルバム『ビートルズ!/ Meet The Beatles』をリリース。その後は破竹の勢いでビートルズ旋風を巻き起こしていくこととなります。
その記念すべき日本デビュー・シングルは、東芝音楽工業株式会社から発売された『抱きしめたい/こいつ : I Want To Hold Your Hand / This Boy 』でした(最初にリリースされたレコードについては諸説あるようですが「デビュー」という意味合いに於いて高嶋さんの語られている定説に従います)。
日本でのビートルズの仕掛け人として知られる高嶋弘之さんは「ビートルズのデビュー・シングル ”Love Me Do” を聴いた時はピンと来なかった」ものの、続く “Please Please Me” でビビビと来てリリースを検討されたようですが、アメリカでキャピトル・レコードが ”I Want To Hold Your Hand” を第一弾シングルA面としてリリースするという動きに合わせる形で日本でのデビュー曲も”I Want To Hold Your Hand” にすることにし『抱きしめたい』というタイトルでリリース、見事ヒットに導いています。
というわけで今回は、ビートルズの楽曲につけられた『抱きしめたい』のような日本語のタイトル/邦題を愛でてみたいと思います。
邦題文化
ビートルズに限らず洋楽や洋画には日本独自のタイトルが付けられることがありますが、洋楽の邦題は80年代後半以降次第に少なくなります。
例えばディープ・パープルの作品にはやたら『紫の』が付いているとか、キッスには『地獄』というワードが必須とか、邦題の持つ力が大きい時代もありましたが、今はほとんど見かけなくなりました。
バグルズの『ラジオ・スターの悲劇』など個人的に好きな日本語タイトルもいくつかあります。
ここ最近で話題になった邦題だと、それでももう10年前の話になりますが、今や一人勝ちのテイラー・スウィフトの『私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない』が思い当たります。原曲は “We Are Never Ever Getting Back Together” なので、ある意味原題を忠実に翻訳したタイトルと言えるかもしません。
ビートルズが音楽界を牽引していた60年代当時、日本のレコード会社の洋楽担当ディレクターの仕事は、アーティストの曲を聴き日本の市場向けに選曲し直して発売することがメインだったそうです。
ビートルズの初代担当ディレクターだった高嶋さんも「今のように本国で発売されたものをそのまま発売するのではなく、どうやれば日本でヒットするのかを考えて工夫することが出来た」と語っています。
その仕事の一環として日本のファンに向けて独自の邦題をつける作業があったと考えられますが、いちいちアーティスト側に「こんなタイトルにさせてもらいます」と確認を取ったりもしてなかったでしょうし、現代の感覚だと「なかなか大胆なことするな」と思ったりもします。
当時キャピトル・レコードがアメリカ国内盤で勝手にアルバムの曲数や曲順を変えていたことに対してビートルズは快く思っていなかったとよく見聞きします。果たして邦題に対して何か思うことはなかったんだろうか?とも思いますが、その事実を知ったとしても案外「まぁそんなもんなんでしょ」くらいの感覚だったのかもしれません。
日本のファンにとって邦題は音源に付随する楽しみのひとつでもあり、私自身も邦題文化は素敵だなと思います。
『抱きしめたい』の秀逸さ
ビートルズの日本デビューを飾った『抱きしめたい』というタイトルは、当然ながら日本独自のものでビートルズ自身が意図したものではありません。しかし私たち日本のビートルズファンにとっては原題と同じく、もしくは原題よりも馴染みがあるのではないかと思います。
そしてこのタイトルは非常に秀逸です。
この邦題の何が素晴らしいのか改めて考えてみたところ、いくつかその理由に思い当たりました。
まず、ビートルズはこの “I Want To Hold Your Hand” という楽曲の中で何度も繰り返し「手を握りたい手を取りたい君に触りたい」みたいなことは唱えていますが、一度も誰かを「抱きしめたい」なんて歌っていないのに気持ちを汲み取って言い切ってしまうその【強さ】だと思います。
そしてこの楽曲がリリースされた1960年代つまり昭和30年代に「抱きしめたい」なんて高らかに宣言することは結構ハレンチというか刺激的だったんじゃないかと想像でき、「手を握りたい」とか「手を取りたい」だと生ぬるい感じがしますので、「抱きしめたい」という強烈な熱情はかなり【インパクトが大きかった】のではないかと思います。
実際この邦題の生みの親である高嶋さんも、それまでの日本語のタイトルはエルビス・プレスリーやポール・アンカなど『悲しき●●』とか『涙の●●』といった雰囲気のものが多かったけれど、ビートルズには全く新しいイメージが必要だと思ったので「手をつなぎたい」ではなく思い切って「抱きしめたい」にしたと明かされています。
「そして『抱きしめたい』は会心の出来だった!」とも話されているインタビューも見かけました。
それから個人的にビートルズを愛する妄想家目線で言うと「抱きしめたい」という言葉は私たち【ファンが四人のボーイズに対して抱く思いを代弁している】という意味合いでも非常に良いタイトルだと思います。
リアルタイムでビートルズのステージを見ていたビートル・マニアたちはきっと彼らに抱きしめられたいし彼らを抱きしめたいと思いながら見ていたはずです。
高嶋さんにはそんな意図はなかったかもしれませんが、ファンの立場から見ても素晴らしい言葉のチョイスだと思います。
「抱きしめたい」という言葉自体に注目すると、単純に「濁音で始まる」という言葉自体の音の強さもあるし、それまでの「雪が降る」とか「悲しき街角」みたいな客観的な表現ではなく感情を主観的に表したことは革命的だったんじゃないかと思います。
それによって楽曲がより個人的なものとして受け入れられたという側面もあったんじゃないかと感じます。
当然ながらその前提として “I want Want To Hold Your Hand” という私たち日本人にとってはまるで構文のような分かりやすいお気持ち表明の、一見タイトルとしてはちょっと異質な感じもする原題をつけたビートルズの独特のセンスがある訳ですが、その彼らの楽曲やタイトルのセンスと演奏の迸るエネルギーを受け取って「抱きしめたい」という邦題に落とし込んだ高嶋さんのセンスもやっぱり素晴らしかったんだと思います。
高嶋弘之さんの仕事
ビートルズの一作目の主演映画の『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!: A Hard Days Night 』という邦題は映画評論家の水野晴郎さんによるもののようですが、ビートルズの楽曲の邦題の殆どは高嶋弘之さんのお仕事だそうで、改めてビートルズを盛り上げてくださってありがとうございますの気持ちです。
高嶋さんはビートルズ来日時にブライアン・エプスタインに対面しその尊大な態度に苛立ちビートルズの担当を降りられたため、アルバム『リボルバー』以降の楽曲にはほぼ邦題がないのですが、その頃はビートルズの活動の転換期とも時期が重なりちょうどいいタイミングだったのかもしれないと思ったりもします。
高嶋さんは『抱きしめたい』以外にも本当にいくつもの印象的な邦題を生み出していらっしゃいます。
例えば『涙の乗車券 : Ticket To Ride』。オールディーズの邦題にありがちだったという『涙の』を敢えて使っているのが逆にとても効果的です。
『恋するふたり : I Should Have Known Better』『恋に落ちたら : If I Fell』『恋のアドバイス :You’re Going To Lose That Girl』など、この時代の邦題でよく見かける単語で例に漏れずビートルズの楽曲への使用頻度も高い『恋』。
ザ・フーの『恋のピンチヒッター : Substitute』や『恋のマジック・アイ : I Can See For Miles』などは歌詞の世界観をぶち壊してしまうくらい雑な恋の使い方をしてると感じますが、それらと比較するとビートルズの邦題の『恋』はちゃんと適切に取り扱われている気がします。
そして『ノルウェーの森 : Norwegian wood』も、楽曲の印象を高めてくれるとても素敵な邦題だと思います。
このタイトルに関してはよく「誤訳だ」と言われたりしますが、高嶋さん自身は「自分の英語はいい加減なものだし楽曲を聴いて森のイメージが思い浮かんだんだからこれでいいんだ」といようなことをおっしゃっていて、本当にそれでいい!と私も思います。
また「仮に家具が正しいと分かっていたとしても、そんな邦題はつけなかったでしょうけど」とも語られています。
もしこの楽曲の邦題が『ノルウェーの家具』だったとしたら、多分村上春樹さんの傑作も生まれていなかったと思いますので『森』で大正解です。
高嶋弘之さんはもともと俳優志望で、高校・大学と演劇部に所属されていたようですが、後に演出家を志しフランスの脚本を訳すためにフランス語を勉強されたそうです。
東芝の入社試験の面接でもフランス語ができることを猛アピールし、入社後もシャンソンやサルヴァトール・アダモの担当を務めるなどその語学力を大いに発揮されています。
一方英語はそこまで得意ではなかったと仰っていますが、ビートルズの日本語タイトルを見る限りでは思い切りの良さと彼自身のセンスの勝利なんだろうなと思います。
ビートルズの邦題一覧
そんなビートルズの邦題をまとめてみました。
私調べではビートルズの元祖・公式213曲のうちこの27曲に邦題があるということになりました。
” I Saw Her Standing There” に『その時ハートは盗まれた』という日本語タイトルがあったと耳にしましたが、ビートルズ公式CDや私が参考にした書籍にはその邦題の記載は見当たらず、私自身も見聞きしたことが無くビートルズらしさもやや感じられないので(特に「ハート」というワードのチョイスに於いて)ここでは一覧には入れていません。
楽曲はレコーディング順に並べています。
殆どがレノン・マッカートニー作品で、いくつかのハリソンの作品、そして『蜜の味』『のっぽのサリー』『みんないい娘』はカバー曲です。
この3つのカバー曲の邦題はビートルズの楽曲としてリリースする際につけられたものだと思いますが、日本では他のアーティストがカバーする時もこのタイトルが定着してるのもすごいなと思います。
特に “A Hard Days Night”(3枚目)と “ Rubber Soul”(5枚目) のアルバムで多くの邦題が見られます。
ハード・デイズ・ナイトは映画の影響も大きいのかなと思いますが、ラバー・ソウルの頃にもこうしてせっせと日本語タイトルを熟考されビートルズの売り出しに尽力されていた高嶋さんがブライアン・エプスタインの態度に失望してビートルズの担当を辞められたというのは結構衝撃的な事実です。
アナログ盤ジャケットは邦題が全面に押し出されていて、日本独自のデザインや写真、そして独特の文字フォントなど特にシングル盤はビジュアル的にも非常に楽しめます。
サブスクの場合邦題が表示されることはあまり無いのではないかと思いますが、日本語のタイトルもなかなか味わい深いですので、最近ビートルズを知ったという方は是非邦題にも興味を抱いていただけると嬉しいです。
▼YouTubeに【超個人の趣味嗜好による勝手にビートルズ邦題ランキング】動画をupしています。ご興味のある方はぜひご覧ください。