ラノベ訳『オイディプス王』 第1話「デルフォイの神託」

 神代のギリシアの話である。
 英雄『カドモス』が『ボイオティア平原』に築いた都市国家《ポリス》、『テバイ』は彼の血脈を継ぐ『ラブダゴス王家』によって代々統治を重ねて来た由緒ある都であった。
 
 今から三十年の昔、ギリシア全土の運命を司る『デルフォイ』なる神託《しんたく》が、『テバイ』の時の王、『ライオス』に告げた。
「私が・・・・いずれ生まれ来る我が息子に殺されるだと・・・・その上、玉座にその子が凭《もた》れ、妻は忌まわしきその手の中に・・・・・・・・」

『ライオス』は妃『イオカステ』との間に授かったばかりのその男子を、家僕である牧人に明け渡し、キタイオンの山あい深くに潜った彼は、手の中の王の幼な子を、その山中に捨て去った・・・・・・

それから十数余年の後、
新たな『デルフォイの神託』を受けるため、連れ立ちと共に旅に出た王『ライオス』が、道中、何者かに殺される。

「盗賊だ・・・・盗賊に違いない・・・・・あれはきっと金目当ての盗賊の仕業だったんだ!」
ただ一人逃げ果《おお》せた牧人によれば、王は盗賊どもに殺された。
王を失ったテバイだったが、しかし詮議の暇《いとま》も無く新たなる苦難に見舞われる。

乙女の顔、猛禽の翼、獅子の姿の『スフィンクス』
その怪物は、空から突然やって来て、テバイの丘に舞い降りた。

『お前たちテバイのものどもに問う。私が所望するのは生き物だ。朝は四つ足、昼は二足、そして夜は三つ足になる生き物を、我が前に連れて来て示し明かせ』

謎が解けぬ『テバイ』の民、怪物に日に日に虐げられる『テバイ』の都、
だがある日、旅の若者が現れる。彼は『スフィンクスの謎かけ』を聞くと、何も持たず丘を登り、スフィンクスの前に身一つで立った。

「謎を明かそう、スフィンクス。答えはこの私、『人間』である。幼年を朝に、壮年を昼に、老年を夜に擬《なぞら》えれば、人間は幼時、四つ足で這《は》い、長じては二つ足で立ち、そして老いては杖をつき一本と二つ足の三つ足で歩く。さあ、怪物、貴様の所望は叶えてやったぞ。だがこの『オイディプス』、貴様の所望になるつもりはない。かかってこい怪物よ。獅子の爪先から鷲《わし》の翼の振《ふる》う端《はし》まで、余すとこなく打ち捨ててやろう。」

「いや、いい、人間。私の所望は今貴様に破られた。人間にこの謎を解かれるなど、私の所望は一笑に吹かれた。ならば私も所望と共に吹かれよう。ところで人間『オイディプス』、どうやら貴様も面白い謎をその身に背負って生まれたようだな。」

面白げに微笑む怪物の顔は、砂の像のように崩れていく。

「なんだと、なんの話だ?『スフィンクス』?」
「わからなくも良い『オイディプス』。いずれ謎は自ずから姿をあらわすだろう。今この瞬間新たに生まれたギリシアの英雄『オイディプス』が、ギリシアの運命に愛されることを祈って」

灰燼に帰した怪物は、風の中へと消えていった。


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