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「これを言ったら、あいつどんな顔するだろう」って楽しみにしてた、あんたの顔を見て思ったこと
出張で大阪に来たからと呼び出された天神橋筋。
久々に会って話したクライアントの社長。
この人の連絡は、いつも急だ。
油っこくてクセになる料理を頬張りながら、杯を交わした行きつけの中華バル。
いつも上機嫌で、大きな身体をゆすりながら笑うこの人が私は大好きなんだが、いつにもまして機嫌が良い。
「今度M&Aするんだ。知ってるか、M&A」
「もちろん知ってますよ。すごいですね」
「仲介業者がうちの店に来て『会社、買いませんか』って言うんだ。同業で売りに出したい人がいてさ」
「それで、買うんですか」
「一応、そう答えた。でも金が無い。どうするかって話になってな」
この社長は地域の名士であり、会社は先代が創業してから半世紀、地域に根を張って商売をしている。
良心的なビジネスと、鷹揚な人柄が愛されてはいるが
「うちは、あんまりカッコいい財務表じゃないからなあ」
笑いながら、銀行になかなか貸してもらえない、と言って頭を掻く。
悲壮感も劣等感もない笑顔に、私も一緒になって笑う。
「でもな」
と言って少し真面目な顔をしたのは、救いの手が現れたという話の前触れだった。
社長が住む地方で二番目に大きな銀行が、お金を貸してくれることになったそうだ。それも、これまで取引のなかった銀行だ。
“ビッグな融資”が決まったのでテンションが上がっていたのか――そう得心する私に、社長は続ける。
「なんで決まったと思う?」
さて、なんでだろう。しばらく考えてみたが思いつかない。
私が降参する前に、社長が痺れを切らして私の肩を小突く。
「アレを読んだからだよ」
「えっ、アレって、アレっすか?」
「そう、アレ!」
アレとは、数ヶ月前から販売している書籍である。内容は、この社長のお父上の生き様、つまり創業社長の一代記だ。
書いたのは、ほかならぬ私。
「担当者が『熟読しました』って言って、融資が下りたんだよ」
筆者冥利に尽きる話ではあるが、さもありなん。
先代社長の赤誠は鮮烈の一語に尽きる。お客様に喜んでもらいたい。その一途な気持ちで生き抜いてこられた方である。
私は、えもいわれぬ感動に貫かれた。
自分の著作がきっかけで“ビッグな融資”が決まった。
それも嬉しい。
担当者に熟読せしめるような作品を世に遺せた。
それも、もちろん嬉しい。
しかし最も嬉しかったのは、目の前のこの人が、それを伝えたらどんなに私が喜ぶだろうと、ワクワクしながら話してくださったことなのだ。
純朴な厚意ほど、人の胸を打つものはない。
私が喜ぶことを、喜んで話してくれる。それを楽しみにしていてくれた。
その事実に、胸がいっぱいになるのだ。
私は、ありがたい仕事をさせていただいている。
嬉しいことも哀しいことも、驚いた日も怒りに震える夜も、孤独も忍耐も、すべての経験を作品に変えて誰かのお役に立てることができる。
こんなにありがたい仕事があるだろうか。
その夜は、社長とおおいに飲んだ。
飲んでは飲まれて酔わせて酔って、嬉しさを分かち合った。
翌日からは、またはじまる。中小企業経営者は、365日24時間営業。
こういう歓びがあるから生きていけるのだ。
感謝、そして最敬礼。