渡辺裕之さんを忘れない
渡辺裕之さんと初めてお会いしたのは2008年。黒光りする笑顔がまぶしかった。
子供の頃におかんの隣でながめていた昼ドラ『華の嵐』。
ものものしいオープニングテーマの中、バタ臭い顔の男女がひたすら見つめ合い、燃え盛る炎をオーバーラップさせながらメリーゴーラウンドのようにぐるぐる回る。これから、ただごとではないことが起こる。それを否応なしに予感させる演出。それが、渡辺裕之さんを初めて目撃した瞬間だった。
10歳の私は、こんなにカッコいい男が、こんなにカッコいい演出で、こんなにカッコいい役を演じていることに衝撃を受けた。生まれて初めてドラマにハマるという体験をした。自分と名前が同音であることも小躍りするくらい嬉しかった。
「渡辺徹の時代は終わった。これからは渡辺裕之の時代や!」と(いま思えば)意味不明な言説をのたまっていたことも憶えている。とにかく強烈だった。
当然、十数年後にその人と同じ映画に出演するなどとは夢にも思ってもいなかった。
08年、冬。幼い頃から憧れていたザ・芸能人が目の前にいた。
動いている。喋っている。渡辺裕之である。
当然、私は『華の嵐』観てました話をする。渡辺さんは、「その後に、『夏の嵐』っていうドラマもあったんだよ。知ってる?」と言われた。
焦って「知りません」と即答した私に、黒光りする笑顔で「あっちはマイナーなんだ。『愛の嵐』と間違わなかっただけ偉いよ。いつも間違われるんだよなあ」とおっしゃった。優しい人だなと思った。テレビで見る、あの熱くて爽やかで真っ直ぐな感じそのままの人だった。
渡辺さんは一ヶ月ほどの撮影期間、またその後のプロモーションを通じて沢山のことを話してくださった。
とにかく愛妻家で、原日出子さんのことをいつも自慢していた。
映画はムービー、役者はアクター。人の心を動かし、人に行動を起こさせる使命があると熱く語る渡辺裕之節は、新人俳優だった私には、心震えるものがあった。
『世にも奇妙な物語』の渡辺さん主演回(たしか『歩く死体』かな)が迫真の演技だったと伝えると「あれ評判いいんだよね」と相好を崩す。少年のような人だ。
ここには書けない少年のようなエピソードも、たくさん話してくれた。
私たちが出演したのは、自然と文化と生命を守る社会派映画。分かりにくく『アベンジャーズ』に例えると、武田鉄矢さんが天才的な閃きとユーモアで局面を切り開くアイアンマン、苅谷俊介さんが長い時間軸で世界を見つめ、己を抑制しながらビジョンを語るキャプテン・アメリカ、石田えりさんが優しい眼差しで場を和ませるペッパー・ポッツ、大谷みつほさんが影のある女スパイ・ブラック・ウィドウ、沢田雅美さんが温かく私を見守るメイおばさん、私はアイアンマンの弟子のスパイダーマンという役どころだった。
渡辺裕之さんは、独自の正義観を持ち、強大なパワーで世界の形を変えようとする敵役・サノス。渡辺さんの存在感がなくては成立しないポジションだ。
そのサノスのいちばんの見せ場に、渡辺さんはひとかたならぬ意気込みで挑もうとしていた。
その撮影前日、忘れられない事件が起こった。
ロケ地である新潟県十日町の山中の集落での出来事だ。当時、私は日本で一番高いコメ(1俵24万円)を栽培していた農家・戸邉さんのお宅に取材がてら厄介(宿泊)になっていたのだ。
その夜は制作会社の社長やプロデューサー、監督、撮影監督、共演の苅谷俊介さんも一緒だった。囲炉裏を囲んで、大人の男だけの、ひなびた酒宴。
私が飲んでいるにごり酒を見て、渡辺さんが「おまえ、なに飲んでるんだよ」と言う。
「これは千葉にある全量純米酒の酒蔵・寺田本家の『むすひ』というお酒です。玄米を発酵させた、めっちゃ身体にいいお酒なんですよ。でも」
「ちょっと飲ませてよ」
説明が終わる前に私のぐい呑みに渡辺さんが口をつける。そして咳き込む。
「なんだ!? これ、めちゃめちゃ酸っぱいじゃん!」
全員が笑った。『むすひ』が美味しいたぐいの酒でないことは、みんな知っている。飲むと翌日の体調がすごく良くなるので、ちびちび飲んでいたのだ。
「これはそんなに美味しくないけど、飲むと翌日、身体が少しスッキリしますよ。僕はむくみもとれました」
と言った瞬間、渡辺裕之の眼光が鋭くなった。
「むくみがとれんの!?」
シリアスな顔でがぶ飲みしはじめる。身体づくりにストイックなのだ。ましてや明日は見せ場の撮影。「むくみを取るためならば」と酸っぱい酒が、はかどるはかどる。
その場には『むすひ』が5本ほどあったが、ほとんど渡辺さん一人で空けてしまった。
果たせるかな、翌日。俳優・渡辺裕之の顔は、パンパンにむくんでいた。
それはそうである。一人で四合瓶を5本も飲めば、どんなに身体に良い酒であろうがむくむのである。
撮影を終えたあと、渡辺さんは私に黒光りする笑顔で言った。
「おまえにハメられたよ〜! 俺を潰しに来やがったな。新人は怖いよ」
どこまでも明るい方だった。
打ち上げで私がスタッフと記念写真を撮っていると、黒光りしながら「俺も〜」と学生みたいに写真に入ってくる。手は決まって親指と小指を立てたアロハサインだ。
サインを求められれば、色紙に墨汁を垂らして極太の筆ペンを走らせ、落款を捺し、さらに千社札シールまで貼ってくれる。サービス精神の人だった。
私がのちにプロデューサーと袂を分かち、映画のプロモーションから離れたときにも、温かく励ましてくださった。恩人である。
最近はとんと疎遠になっていたが、あの黒光りする笑顔は、今でも私を支えてくださっている。
渡辺裕之さん、ありがとうございました。
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