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「女房が戻って来る!」逮捕されたドン・ジョヴァンニこと、プラハの色男~LOLOのチェコ編⑳


「東ヨーロッパ出身だよね?」「違うよ。神聖ローマ帝国の首都だった所でね、西にオーストリアのウィーンがあるプラハ出身だよ」「だから、つまり東ヨーロッパだよね」
https://www.reddit.com/r/czech/comments/u5j8mz/itll_be_like_that/


「CZECH(チェク)じゃなくてCheck(チェック)を頼むよ」

 プラハのど真ん中にある居酒屋「ゴーレム」にはアメリカ人たちの姿が目立っていました。英語がよく通じてアメリカのヒットソングを流し、アメリカのバドワイザービールの提供もあったからです。

 そのせいか、その後わりとすぐに潰れましたが、彼らの多くは米兵たちでした。
 みんな揃いもそろって野球チームのキャップをかぶり、Tシャツとジーンズ、そして紐のシューズ、時にはリュックサック。

 なお「ゴーレム」とはユダヤの伝説の泥で作られた大男の名前で、「ゴーレム」レストラン、「ゴーレム」土産屋、「ゴーレム」カフェなど「ゴーレム」の看板店の多いことよ!
 
 エジプトのギザにはピラミッドは三つでしたが、「ピラミッド」の名前がつく宿が二十くらい存在していたのと、ああ同じ。

 チェコ駐在の米兵たちは「ゴーレム」の居酒屋で支払いの伝票を頼む時、必ずといっていいほど、
「チェク(チェコ)じゃないよ、チェックちょうだい」
と言い放ち、自分たちで大爆笑していました。アメリカンジョークです。
「オノヨーコ?オー、ノー」と同じレベルです。

 その数年後、MTVか何かで「シンプソンズ」のアニメを見ていたらシンプソン一家がチェコへ旅行に行き、ホーマー・シンプソンが同じジョークを言いました。「チェクとチェック」です。さすがホーマー・シンプソンです。

 ちなみに「シンプソンズ」日本旅行編を御覧になられた方はいるでしょうか?

 日本では発売も放送、配信も禁止された幻のエピソードで、ニコニコ動画でしか見れなかったはずですが、ホーマーが天皇陛下を投げ飛ばしていました。

 この一家は外国へ行くと大抵何かをやらかすので、リオデジャネイロ編の時はブラジル政府を怒らせ法的措置をとられてしまい、中国編、ドイツ編でも物議を醸していましたな…。

             §

 プラハの夏はモルモン教布教のシーズンでした。

 ミロシュ氏いわく
「五月はサーカス、その次にジプシーが増えるシーズン、そして七月八月はモルモン教のシーズン。この国が民主化して入って来たもののひとつが、モルモン教の布教者たちだ」

 実際、モルモン教徒のカナダ人の学生たちが夏休みを利用しプラハに飛んできて、街中でビラを配り布教活動に精を出していました。

 その頃は渋谷辺りでも、カナダ人やアメリカ人の若者たちによるモルモン教の布教の声掛けがとても多かったので(あとついでをいえばNOVAの英会話学校の外国人講師のキャッチ)、私は
「へえ、プラハでも頑張っているんだ」
と妙に感心しました。

 だけど宗教改革者ヤン・フスの像の前でも、カナダ人の学生たちがモルモン教布教のビラを配布している光景は、非常にシュールでしたね…。
              

 
 ところで色々な国から、私の友達も続々とプラハにやって来ました。「無料下宿」が目的です。笑

 カイロの時も、次々と誰かしらが私の家に宿替わりとして泊まりにやって来たし、今住んでいる家も渋谷近辺なのでよく宿に使われます。

 そんな感じでプラハの私の団地にも、まあ二十年ぶりのご無沙汰の幼馴染、中学の時の同級生、アメリカに留学していた時のかつての同級生など本当に色々な友人、または単なる知人が泊まりに来ました。

 なお、お土産の充実度や滞在中の「礼儀」のあれこれは、互いの付き合いの長さや親しさとは比例しないものでした。

 私に何かしら恩義があるはずの後輩や、私のプラハの家に長期滞在をする予定の「友人」に限って手ぶらでやって来て、私の家の冷蔵庫の中身も勝手に食べ、部屋も汚し放題で、電話もただで使用しまくりました!

 また私が出勤するというのに、朝の急いでいる時間帯にのんびり浴室を占拠する「友人」。お風呂とトイレと洗面化粧台が同じ空間にあるため、これは苛々したなあ。
 さらに台所の火を消し忘れた、合い鍵をかけ忘れたなどという「友人」もいました。

 彼女たちは当然あちこちに観光したがり私に案内を頼んできました。

「せめてランチをご馳走させて」
ということを申し出てくれた「友人」はごく少数で、
「自分のために同行して案内してくれているのだから、そちらの分の交通費や入場料を出すよ」
だなんて申し出てくれた友人はほとんど皆無でした。

 ま、最初から彼女らに観光スポットへの行き方や見どころを教えるだけにしたり、勝手に現地ツアーに申し込んでもらうようにすればよかっただけの話です。
 そこに気づくと、こちらもストレスフリーになり、この問題は軽減されました。

 そうそう、夜のクラブも時々遊びに行きましたが、失礼ながらチェコ人のダンスは当時はださくて、80年代のディスコ風でした。
 だから西ヨーロッパの観光客の若者たちか、地元のチェコ人の若者たちなのか、服装と髪型、踊り方で一発で分かりました。

 また、どこのクラブでもDJは外国人であることが多く、おもしろかったのはユーロビートばかりがかかっていても、途中で必ずファルコの「ロックミー・アマデウス」にいきなり切り替わったことです。

 しかもです。「ロックミー・アマデウス」がかかると絶対にどのクラブでも最大限に盛り上がり、これは歌手のファルコが凄いのか、それともアマデウスが凄いのか…?

              §
 ある時、今度は私の従姉が一人で飛んできました。四十代の独身女医です。いつだって最先端の高級感溢れるファッションを装い、なんだか色香が漂う女性でした。

 流石、年上の女医の従姉は山ほどお土産を持ってきてくれました。
 それに一緒に行動すると、色々な箇所で必ず私の分のお金を出してくれて従姉様様でしたが、ミロシュ氏には絶対会わせてはいけないと私は本能で感じていました。
 なぜなら従姉は絶対に氏の「タイプ」であるのが、間違いないからです。

 しかしプラハも狭い街なので、ある日、私が従姉と居酒屋「ゴーレム」ではなくカフェの「ゴーレム」で食事をしていると、そこにミロシュ氏と二号さんがやって来てばったり遭遇しちゃいました。

 初めて見る二号さんは40くらいの年齢で、眼鏡をかけていましたが美人です。でも、体の線をばっちり見せる胸元がぱっかり開いたワンピース姿で、市役所勤めの堅気の女性には見えませんでした。香水の匂いもきつく、お綺麗で年齢の割には若々しいのですが、どこか場末な感じが…。

 それは別にいいとして案の定です。氏は愛人の二号さんを連れているのにも関わらず、私の従姉に一目ぼれし、勝手に一緒のテーブルについて二号さんをほったらかしにし、日本語でぐいぐい自分をアピールし始めました。

「いいんですか?二号さん、むすっとしていますよ」
 心配した私がそう言うと
「いいんですよ、あとで今月分のお手当をあげますしね」
「え?毎月お金を渡しているのですか?」
 私は驚きつつも「ああ、やっぱり」。

 真横で仏頂面の様子でパスタを食べる二号さんがいるのに、ミロシュ氏は全く意に介さず私の従姉にぐいぐい迫り始めました。

 元々氏の口癖は
「アラブのムスリムが羨ましい。あーあ、チェコも一夫多妻制にならないかなあ」

 それから
「二号さんはチェコ人なので、彼女と付き合っていると僕のチェコ人の部分は満足するけれども、日本人の部分が満たされない。だから日本人の三号さんが新たに欲しい。
でも、できれば二号さんのように無教養ではなく、インテリで色気のある大人の女性がいい」

 まさに、それは私の女医従姉です。だからミロシュ氏はべらべらと教養と知識とユーモアを交えたハイレベルなトークをし、気のせいか従姉はまんざらでもない様子です。

 しかし、その翌日に従姉は私と一緒にオーストリアとドイツの旅行へ出たので、ミロシュ時は結局、私の従姉を口説き落とすことに失敗しました。

 
 そうして従姉が颯爽と日本へ戻ると、
「ミロシュさん、悔しがっているかな?」
と私は思いましたが、その二日後に会うと氏は全くけろっとしており、拍子抜けしました。それよりも、あることがあったからです。

「女房から電話がきた!」
 と興奮し、それで頭がいっぱいになっていました。ちょうど奥さんから連絡が来て家に一人でやって来ることになったのだと。

 離婚協議中とはいえ、実際のところ協議をする気すらさらさらないミロシュ氏にしびれをきらした奥さんが二人きりで話し合いをしようと、氏の携帯電話に連絡をしてきたといいます。

 ミロシュ氏は頬を紅潮させ目をキラキラ輝かし喜んでいます。
「女房が家を出てから初めて一人でうちにやって来る、家で一緒に夕食を取ろうと言ってきたんです。よりを戻す話に違いありません」
 しかし私は首を傾げました。同じ同性の心境として、それはにわかに信じがたかったからです。

 その翌日の朝です。

頼まれていた書類を持ってミロシュ氏の会社に寄りました。しかし氏はいません。

「急ぐように言われていた書類を渡したいのに、出社していないのですね」
秘書の女性は首を横に振りました。

「ミロシュさん、またさぼりですか?」
「いいえ、警察の留置所です」
えっ?

              §

 ミロシュ氏の釈放を確認後、私は氏の秘書である年配のチェコ人女性と一緒にミロシュ氏の家に書類を持って、御見舞がてら訪れました。

 氏はテラスのイスに座り、ウォッカを飲み続けていました。予想通りです。目の下にはくまができて表情は虚ろです。
「何があったのですか?」

 聞けば、その前の日の夕方。ミロシュ氏の自宅に約束とおり奥さんがひとりでやって来ました。

 氏はそわそわドキドキ落ち着きなく待っていたので、いざ奥さんを見ると大喜びしました。久しぶりに奥さんと自宅で二人っきりで会うのです。

 ミロシュ氏はよそゆきの水色の襟付きシャツでぱりっとし、フランスの香水を自分の体に振りまき、鏡の前で髭も綺麗に剃って髪の毛もぱりっと整えました。

 テラスと庭とダイニングルームには恋愛映画のシーンのようにキャンドルの灯りをいくつも灯して雰囲気を出し、ムード音楽のCDも流しました。かつ氏は高級な白ワインと、家政婦さんに腕をふるまってもらった料理を用意し、笑顔で歓迎したそうです。

「女房は時間通りにやって来て、ベルを鳴らした。彼女はベレー帽を被りチェック柄のワンピース姿で可愛かった。僕を見るとにっこり微笑み、お土産の手作りのケーキを渡してきた。キスとハグも普通に交わした。もうこれは仲直りに違いないと、僕は確信した」

 実際に穏やかに会話は進行したといいます。ミロシュ氏は妻が家出したことも、他の男性と同棲し始めたことも一切責めず、出会った頃の学生だった時の思い出話や、子供が誕生した時のあれこれの昔話で盛り上がり、二人で声を立てて笑い合いました。

 ところがです。

「お互いに気持ちが盛り上がったと思った。女房は僕の目をしっかり見つめ返し微笑むし、これはいけると思ったんだ」

 ミロシュ氏は奥さんを抱き上げ寝室へ連れて行こうとしたそうです。しかし奥さんはびっくり仰天し、悲鳴を上げ怒鳴りました。

「女房のそんな反応に驚いた僕は、ええいと強引に女房を抱き上げ寝室へ連れ込もうとした。ベッドへなだれ込んだら、あとはうまくいくと思った。それなのにだ」

 奥さんは携帯で警察に電話をかけたのだといいます。夫婦のもめ事に警察介入を頼った…。
 もう完全にこの夫婦はだめです、関係が破綻しています。しかしミロシュ氏は完全に酔っぱらっている上我を失って焦りがあったので、妻の携帯を奪い取って壊しました。

「すると女房はありったけの声を出して、助けて助けてとわめきだしたんだ。俺は腹が立った」

 ここから主語が「僕」から「俺」に変わりました。
「俺はテーブルとイスを蹴っ飛ばし、窓ガラスも割った。すると隣の家のババアも警察に電話しやがって、あっという間にパトカーが来て逮捕されたんだ」

 秘書の年配女性と私は唖然として目を合わせました。
「本当に腹が立つ。女房がいくらすがっても、絶対離婚してやらないことにした」

              § 
 その少し後のことでした。
「ローローさん、僕はしばらく会社を休むことにしました」
「分かりました。では私も当分、ミロシュさんの会社でのアルバイトはいらないですね。ちなみに、どこかに旅行でもするのですか?」
「はい。二号さんが日本に行ってみたいというので、二人で旅行することになりました」

「ええと、ミロシュさん。確認ですけどあなたは奥さんとまだ離婚が成立していなくて、二号さんにもご主人がいるのですが、二人で外国旅行をするというのですか?」

「女房を誘っても無駄なので、二号さんと行くしかないじゃないですか」
「はあ」

「それに、二号さんの旦那は貧乏だから外国旅行に連れていってあげられないし、二号さんいわく一号さんは日本に何度も旅行しているのに、自分は連れて行ってもらったことがないとすねているんです。だから今年こそは、となりました」
「へえ…」

「で、そこでお願いなんですけどね」
「はい」

「息子は息子で同時期、北京に短期留学に行きます。なので問題が家なんです。セキュリティの心配と、あとね、犬がいるんですよ」
「会ったことはないですが、確かに一度秘書の女性とお邪魔した時、二階から鳴き声がしていましたね」

「ローローさん、バイト代を出すので約2週間、留守番をしてくれませんか?家政婦さんは毎日掃除に来るので、ローローさんは好きに過ごしてくれればいいだけです。衛星チャンネルは受信していますよ、NHKも見れます。庭のプールで泳ぐのも自由です」
「…」

 心が動きました。プラハの高級住宅街の豪邸で一人暮らし。その上留守番のバイト代ももらえる。犬の散歩も久しぶりです。やってみたい。
「では今夜とりあえず、犬に会わせてもらえますか?」
「ああ、ありがとう。ぜひ宜しくお願いします」

「ちなみに犬の名前は?」
「ジェームズボンドです」
「えっ?」
「息子がつけたんですよ、ジェームズボンドです。僕はジェームス三木の方がいいと思ったんですけどね、はっはは」


 そしてその日の夕方、私はミロシュ氏の家に訪問をしました。今までは庭先のテラスだけで、中には入ったことがありません。

 ところでミロシュ氏の両親の家ほど豪邸ではなく長屋でしたが、それでも十分立派な素敵な家でした。
 庭には本当に広いプールがあります。夏は毎朝ここで泳いでいるそうです、もちろんウォッカを飲みながら、朝の庭先プールの水泳です。

 しかしです。まだ明るい時間帯にその水泳プールを覗くと、水があまりにも汚い。ぎょっとしました。ミロシュ氏はこんなプールに毎朝飛び込んで泳いでいるのかと。

 家の中に入ると、もっとびっくりしました。汚い汚い。ゴミ屋敷です。家も家具も素敵なだけにもったいない。

「掃除洗濯料理の家政婦さんを雇っていて、二号さんも毎日来ているんですよね?」
「そうですよ、それが何か?」

 アジア人のお手伝いさんを雇えばちゃんと掃除をしてくれる、と言おうとしまいましたが、思いとどまりました。
「ではローローさん、お願いします」
と言われるのが関の山ですから。
 

「一通りご案内しましょう」
 ミロシュ氏は居間、台所、洗面所、客室、マスタールーム、息子の部屋、出て行った娘の部屋など順番に案内し、私に見せてくれました。

「最後は地下室です」

 地下室は物置部屋とか洗濯部屋とかになっているのかな、と思いました。ところがです。ぎょっとしました。
「SM部屋です」

 以前、イギリスのテレビ番組の取材でプラハの風俗をあれこれ回った時、ミロシュ氏はSMの女王様に嬉々として鞭で叩かれ、嬉しそうにヒールのかかとで踏みつけられていました。

「この部屋で女房とはよくプレイをしました。あ、プレイの言葉とレイプの言葉は日本語の発音だと似ていますね、ははは」
 こんな酷いジョークを聞くと、アメリカ人の「checkとczech」ジョークがまともに思えます。

「あのお、お子さんたちもこの部屋を知っているんですよね?」

「自分の家なので、もちろん知っているでしょう。何も言わないけど。それよりも、使いたい道具はありますか?この拘束棒とか鞭とかあげてもいいですよ」
「いいえ、いりません」

 その時でした。玄関から物音がしました。
「あ、息子が犬の散歩から帰って来た」

 SM部屋のドアを閉めて階段を上がり、玄関へ向かいました。するとです。
 シベリアンハスキーと雑種のミックスのオス犬のジェームズボンドが私を見るやいなや目を輝かせ、いきなり発情し飛びかかってきました。

 あまりにも突然のことでした。犬にとびかかれた私は階段から落ちました。不幸中の幸いがカーペットの階段で、また私の転び方もうまかったので頭を強く打つなどはなかったのですが、足首をひねりました。
「いたた…」

 大学生の青白顔のルドルフがチェコ語でジェームズボンドを激しく叱りつけています。しかし発情中なのか、犬はぜーぜー言い鼻息も荒く、目つきがいっちゃっています。

「ローローさん、ああごめんなさい。大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです、足首を捻りました。歩けません」

 怒りの私が文句を言うと、ミロシュ氏は
「ちょっと待っててください」
と階段を下りて行き、SM部屋に入りました。そして
「はい。杖代わりになるので使ってください」
「なんですか、これ?」

「SMプレイ用の拘束棒ですよ。先ほど貸してあげるといった棒です。本当に貸すことになるとはね、ははは。さあこの拘束棒を松葉づえ代わりに当分利用してください」

 もちろん断りましたが、足首を捻ったことよりも私が心配になったのは
「あの犬と二週間留守番できるのかな?散歩も大丈夫だろうか?」

 そんな私の不安を察したミロシュ氏は
「ジェームズボンドを押さえつける道具を出しておきますから、安心してください」
「それってSM部屋にあった手錠や鞭のことですか?」
「よく分かりましたね、ははは。犬用の鞭よりも人間用のSMの鞭の方が丈夫で作りがしっかりしている上、安全なんですよ。首輪も人間のSM用のものを犬に代用したほうがお勧めですな」

「ジェームズボンドは中型犬なので、いざとなればどうにかできそうなので、ちゃんと向き合って一切罰せず頑張ってみます。咬むわけではなさそうだし」
「おお、ローローさん、ありがとうございます。日本からのお土産に珍しいSM道具を買ってきますね」
「いいえ、結構です。しっかり留守番バイト代を払ってくれればそれでいいです」
「遠慮しないでくださいよ、ハハハ」

               §

 息子さんのルドルフが北京に旅立つ前日、ミロシュ氏とルドルフと私の三人でジェームズボンドの散歩をしました。私が散歩のルートややり方を覚えるためです。

 歩きながらミロシュ氏はまたもや
「中国の女どもも金髪と青い目の白人男が好きだから、妊娠に持ち込まれないように気をつけろよ。ちゃんと避妊具は装着するように」
と私の目の前で息子のルドルフに英語でそう言いました。

 ちなみに自分らの「金髪」が自慢のようですが、そう言うミロシュ氏の頭は白髪、ルドルフの方は若禿でほとんど金髪はありません。青い目も、眼鏡が分厚いのでよく見えません。

 
 その時でした。

 道の向こうからやって来た犬連れのチェコ人女性が犬のジェームズボンドを見るやいなやドキッとし、自分の犬を抱きかかえ一目散に逃げました。

 私は首を傾げました。しかしその次にばったり鉢合わせした犬連れも、その後にすれ違いそうになった犬連れもみんなぎょっとした顔をし、慌てて逃げ去ります。

「ミロシュさん、どうして皆さん、あんなに驚いて逃げるのでしょう?」

「ああ、それはですね。ジェームズボンドはこれまでオスメスや犬種関係なく、あらゆる犬に乗っかってきたからです。こいつは年がら年中発情し、相手はどんな犬でもいいですよ。そうだな、こいつも飼い主の僕と同じように、もう530匹ぐらいの雌犬に乗っかかっているかもな」

「そもそもジェームズボンドの名前自体がプレイボーイですしね…」

「ローローさん、うまいことをいいますね。でもまあ、散歩を一人でやる自信がないなら、地下室のSM拘束棒や鞭を使っていいですからね。棒や鞭を持って犬散歩しても構い、ジェームズボンドをびしばし打ってもいいですから」

 むろん、それは冗談でしたし、私だって犬猫に体罰は絶対にやりません。
 それよりもその時、正面からしなりしなりと、どことなく豊満な体を持つ長毛犬が長いしっぽをゆさゆさしながら歩いてきました。

 案の定、ジェームズボンドは目の色を変えぜーぜー言いだし、突進体勢に。

「ミロシュさん、もしかしてジェームスボンドの散歩を私に頼んだのは、全てのドッグウォーカーに嫌がられ、断られたからじゃないんですか?今気づきました」

 ところが返事がありません。あれ?と思い隣のミロシュ氏の顔を見上げると、ジェームスボンドがはあはあ言って発情している長毛犬の飼い主が、胸とお尻の大きい小柄なセクシー女性だったので、氏もぜーぜー言って舌をだらんとさせ、その女性に釘付けになっていたからでした。

 そう、飼い主ミロシュ氏も犬のジェームスボンドも自分たちの目の前の向こうにいる、飼い主セクシー女性とメス犬に一緒に仲良くメロメロ、デレデレで発情していたのでした、、、。


                 つづく




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