ちょっと酔ってあの頃を③
前置きはこの回から省きます。
◇◇◇
その夜。
私たち姉妹はなぜか正座して向かい合っていた。
互いの顔を、まるで初めて会った者どうしのように、時に探るような上目遣いで見つめたりしながら。
(その日の私の出勤ー引っ越して初めての出勤ーは、電車を選ばず、職場までの直行バスに安易に乗り込んだらとんでもない大渋滞に巻き込まれてしまった。遅刻ギリギリで駆け込んだところでお局様に出会いきつーいイヤミを言われるという憂き目に遭ったのだけど、そんなことは、もうすっかりどうでもよかった、というか弾けとんでいた。)
◇◇
予想通り、姉も、私同様の衝撃を受けたままお隣の前を通り過ぎ、固まった頭でなんとか一日、仕事をこなして帰宅したのだ。
時おり台所側の閉めきった窓の方を見やりながら、姉妹は主語の必要のない会話をこわばった顔で続けた。
「あの庇・・・どう思う?」
「うん、多分・・・多分、そうだと思う」
「ファンが、とかじゃなくて」
「・・・いや・・・うん。ホンモノだと、お、おおお思う」
「・・・ホントに」
「前に聞いたことあるし。ば、場所も、そういえばここらへん(○区)やったもん。・・・」
「・・・じゃあ、ここが、実家・・・」
「そおいう、こと、やね。・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ちら、と姉の顔を見る。明らかに紅潮している。
「・・・私たち、り、隣人?」
「だってもう住んでるし・・・」
自分に言い聞かせるように私はつぶやいた。
「隣、人。」
「○○さんの、実家、の。」
どちらからともなく、うああああ、と声が出た。
どちらがCDラジカセのPLAYボタンを押したのか、忘れた。
私たちの、特に姉にとっては学生の頃からの、唯一無二の推しの歌声が、2LDKの部屋に響き渡る。
「うぎゃあああああ」
ずっと惚れぬいてきたこの声の持ち主の、誰も知らない秘密を見つけてしまったような、何かとんでもなく罪深いことをしでかした人間になったような。
おおげさかもしれないけど、とにかくそんな気持ちになっていた。すぐには喜べなかった。
CDジャケットをそっと手にとる。
どうしよう。
私たちは、こともあろうにずっと聴き続けてきた推しの、実家のお隣に引っ越していたのだった。
◇◇◇
だんだん一話が短くなっています。もうちょっとつづく。
ちなみに前回と前々回はこちらです。
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