一次創作小説『紺色の復讐代理人(アヴェンジエージェント)』サンプル
上記記事で紹介した一次創作小説のサンプルです。
『紺色の復讐代理人(アヴェンジエージェント)』第1話「女は目の天国、財布の煉獄、魂の地獄」より一部抜粋いたしました。
間に合ったら……2話も出ます……。
本文サンプル(1)
陽一は、人気がなく蒸し暑いプラットホームで人生最期の煙草を吸っていた。
利用客が少ないためか、切れかけたまま放置された蛍光灯が点滅している。
このまま静かに最期の時を迎えるはずだった陽一に、こんな声が聞こえてきた。
「『私、掛川陽一はこの度自ら命を断つ事に致しました。駅員の皆様、乗客の方々にはご迷惑をおかけし申し訳ありません』」
「普通当人の前で遺書を音読するか!? デリカシーとかないのかあんたは!」
さすがに無視できなかった陽一は煙を吐き出し、プラットホームから声の方向に振り返る。
「おい邪魔すんなよ、ここからが良い所だってのに」
鞄を漁って遺書を勝手に開封しあまつさえ音読しやがった下手人は、駅のベンチに座ったまま肩を竦めた。
怒鳴られた事などまるで意に介していない様子だ。断言できる。クズだこいつ。
「いつの間に来たんだ」
「普通に階段上って来たぜ? あんたが気付かなかっただけだろ」
陽一は黙り込む。
確かに急行が通過する瞬間を狙うためにずっと線路ばかり見ていて、背後に一切注意を払っていなかった。
終電間近の時間、この駅に人気がなくなる事は事前に調査済みだ。
だから誰にも邪魔される事なく逝けると思ったのに。
「ええと、どこまで読んだんだっけか……『私が死を選んだきっかけは、三ヶ月前のニュースでした』」
「いい加減音読はやめろ!」
「なんで?」
「なんで?」!? 「なんで?」って言ったのかこいつ!? 説明しないとわからないのか!?
「遺書なんて他人に読んでもらうためのもんだろ。あんたがこのまま飛び込めばやってきた警察やら遺族やらがこれを読むだろうし、ニュースになればアナウンサーが全国放送で読み上げるんだぜ? なのになんで俺は読んじゃ駄目なんだ?」
「そ、それは……」
思いもよらぬ正論が返ってきて言い淀む。
そんな陽一を眺めていた人物は、足を組み替えて遺書を黙読し始めた。
違う。声に出さなきゃ良いわけではない。
誰でもいいから助けて欲しい気分だったが、生憎アナウンスが響き出したプラットホームには陽一とこいつしかいなかった。
「ふんふん……へえ……」
相槌を打ちながら遺書を読んでいるのは、きらきら輝く金髪を持つ若い男だ。
肩につく程の髪をリボンでまとめている彼はシンプルながら洒落た服装をしており、髪を耳にかける仕草すら洗練されて見える。
凡庸な三十代男である自分とは大違いだ。
「なるほど、事情はわかった」
男は最後まで読み切ったのか遺書を閉じ、ぽいとベンチに放り出す。
おい人の遺書だぞもっと大事に扱え。
「あんたはこれで良いのか?」
「は?」
男はようやくこちらを見た。
澄んだ碧眼はまるで何もかもを見透かしているようで、目をそらしたい衝動に駆られる。
なんとか睨み返せたのは、このデリカシーのないクズ野郎に負けたくなかったからだろう。
「嫁さんが男と不倫して出ていって、子供も奪われて、心当たりもないのにDVしてた事になって、慰謝料と養育費取られて、下の子は血が繋がってなくて、血が繋がった上の子は三ヶ月前に事故死。ここまでやられたら死にたくもなるだろうな、気の毒に」
何故知っている、と言いかけて気がついた。
これらの事情は全て遺書に書いた事だ。
本当に全部読みやがった上に知ったような口を聞きやがって。
「で、これだけされてあんたは何もしないのか? ただ黙って死ぬだけ? あんたを嵌めた嫁さんは大喜びだろうな、勝手に邪魔者がいなくなってくれるんだから」
芝居がかった口調で陽一の神経を逆撫でして、男は笑う。
かっと頭に血が上り、男に向かって一歩踏み出した。
「訴えろとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい。弁護士にはもう相談して、勝ち目がないから諦めろと言われてる。俺には出来る事も、生きる希望もない」
「そりゃそうだろうな。法律なんざ守ってたら出来る事は限られる」
含みのある言い回しだった。
まるで、「何故法律など守らなければならないのか」と言わんばかりだ。
「なあ、」
ぷあん、と待ち望んでいた急行が猛スピードで通過していく。
陽一はそれに目をやる余裕もない。
煙草で烟る視界の中、金糸がふわりと舞うも遂に寿命を迎えた蛍光灯が消えた。
「全てを奪った相手に、復讐したいと思わないか?」
急行が遠ざかり、周囲は再び静寂に包まれる。
急行が通過した今、手に持つ煙草が唯一の光源だ。
陽一が答えられずにいても構わず、男は話を進めた。
「なんでやられた方が苦しんで死なないといけないんだ? おかしいだろ? 苦しむべきは、死ぬべきはあんたじゃない。あんたを嵌めた奴らだ」
煙草の火だけでは男の表情は見えない。
声音は優しく聞こえるが、内容は残虐だ。
この男は、俺に――道を踏み外せと言っている。
暑さからではない汗が首筋を伝った。
「……そんなの、素人がやったってうまく行くわけがない。何より……」
俺にはそんな度胸がない。
自らの情けなさを吐露する言葉は掠れて、アナウンスで掻き消された。
そうだ。俺に度胸があったらきっと、もっとうまくやれたはずなんだ。
陽翔だって、死なずに済んだはずなのに。
「今から勇気を出せばいいだけだ。あんたの子は助からなかったが、あんたは助かる。それに――」
がたんごとんと電車が近づいてくる。
ヘッドライトに照らされ、ようやく男の顔が見えた。
「俺がついてれば、うまく行くぜ。何せプロだからな」
ヘッドライトに照らされた男は、獲物を前に舌なめずりするように、獰猛に笑っていた。
「お前、何者だ?」
到着した電車に見向きもせず、陽一は問いかける。
「紺野尊之。復讐の代理人をしている」
「復讐、代理人――」
陽一は更に一歩踏み出した。
これは悪魔の誘いだ。分かっている。
分かっているのに、何故こんなにも惹かれるのか。
「俺は……」
「ちょっとお客さん! 乗るなら早くしてもらえませんか!」
突如かけられた第三者の声に、思わず飛び上がる。
車掌が陽一と、紺野と名乗った男を迷惑そうに見ていた。
時計を見ると、終電の時間から一分経っている。
「おっと、すみません! ほらあんたも乗るぞ」
紺野は何事もなかったように返答し、二人分の荷物と陽一の首根っこを掴んで終電に引きずった。
「おい、離せ!」
「ん? あんただって終電乗るだろ?」
「あ、お客さん! 車内は禁煙ですよ!」
「…………」
反論できなかった陽一は、乱暴に荷物を奪い返して携帯灰皿を取り出した。
本文サンプル(2)
「ぢ、ぢが……俺、お、おとじ、も゛の、ひ、ひろった、だ、だけ……」
「そんな言い訳が通用するとでも! 私は見たんだからねこの犯罪者! 婦警さん! 早くこいつを逮捕してください!」
「落ち着いてください」
駐車場から少し歩いた先には、大きな階段がある。飲み物を買うとしたら、その先の自販機だ。
案の定歳三は自販機前で、女に食って掛かられて泣いていた。
食って掛かっている方の女は婦警になだめられている。
(通報されてる……)
自分もだが、彼もなかなか運が悪いらしい。
何せ、彼を通報した相手は――。
「あいつ……変わらないな……」
そこにいたのは、元妻の愛理だった。
紺野もそれが分かっていたらしく、二人は今物陰で様子を伺っている。
「まずいな……なんとか歳三だけで切り抜けてくれたらいいんだが……」
「別に怪しまれる事はないんじゃないか? 俺とあんたらの関係性なんてあの女には知る由もないだろう」
「いや、怪しまれる事を心配してるのはあんたの元嫁さんじゃなくてあっち」
そう言って紺野が指さしたのは、愛理を宥める婦警だった。
気の強そうな眼差しをした、はっと目を見張るほどの美人である。
「ここに歳三がいるなら当然俺もいるって勘づくだろうし、下手に出ていったら面倒な事になるな……」
「知り合いか」
それは婦警が歳三と紺野がセットだと知っていなければ出ない発想である。
「高校時代の先輩だ……おっ、やっと事情を聞く段階に入ったな」
紺野はそう言って向こうの様子を注視し始めたので、陽一もそれに倣った。
「この男はそこの階段で女の子のスカートの中を覗いていたんです! 間違いなく私は見ました! さあ早くこのキモいクソオスを逮捕して!」
「と、彼女は言っていますが……」
「ぢ、ぢ、ぢが、ぢがう、でず、ぅ……上、う、上から、き、き、キーホルダー、が、お、お、落っこち、て……きた、か、から……ひ、ひひ、ひろ、拾って、手渡した、だ、だけでぇ……」
「嘘よ! あの時しゃがんでたでしょ! しゃがんで女の子の下着をニチャニチャ笑いながら見ていたのよ! 気持ち悪い!」
「ヒッ、み、見で、な゛い゛、ですぅ……し、し、しゃがんだ、の、のは拾った時、だ、だけだし……」
「落ち着いてください!」
えぐえぐ泣く歳三に愛理が食って掛かるのを婦警が抑えている。
それを二人は呆れた様子で眺めていた。
「そうだろうとは思ったが冤罪だな」
「だな」
歳三とはほんの数日の付き合い(と言うにはろくに話もしていない)だが、陽一と似通った部分の性格である事は察せた。
すなわち、人とのコミュニケーションが苦手な陰キャである。
その上、どう見ても人見知りをこじらせたビビリである。
彼に覗きなんてする度胸があるとは思えない。
「あなたは彼と女の子がいるのをどこから見たのでしょうか?」
「ここよ。この階段の上から見たの!」
「この角度からでは本当に彼が下着を見たのか判断がつかないのでは?」
「それが何よ! クソオスなんて皆犯罪者なんだから細かい事はどうでもいいでしょ! さっさと逮捕してよ!」
「はあ?」
あまりの言い分に、婦警の笑顔は引きつっていた。
つくづくあの女は変わらないなと陽一は顔をしかめる。
紺野も同じかと思いきや、むしろ少し呆れた顔だった。
「やべえなありゃ……仕方ない、あんたはここに隠れててくれ」
「え、ちょっ」
それだけ言い残し、紺野はあっさり相手側に姿を現した。
「あっれ~? 親愛なる並河先輩じゃないですかぁ? 何をこんなところで油売ってるんです? サボりなんてい~けないんだ~」
「あ゛あ!?」
「ヒッ」
婦警のドスの利いた声に歳三が悲鳴をあげたが、婦警は気にせず紺野を睨みつけた。
一方の紺野はその剣幕にも一切動じた様子はない。ないどころか、
(なんか、楽しそうだな……?)
「やっぱりいたわね紺野君。今度は何を企んでいるわけ?」
「ええ~? 俺たち、真面目かつまっとうに仕事してたのにひっどいなぁ……可愛い後輩を泣かせるなんて、相変わらず鬼ですねぇ」
「可愛い? 小憎たらしいの間違いでしょ」
「ちょっと、話はまだ終わってないんですけど!?」
紺野をぎろりと睨みつける婦警――並河の怒りは完全にそちらに向いてしまったらしく、愛理への怒りはすっかり忘れ去られてしまったようだ。
怒りどころか存在すら忘れられかけている気がするが。
「仕事中なのに足止め食らわされて迷惑してるんです、なんとかしてくださいよ並河せんぱ~い」
紺野は歳三の肩に腕を回しながら更に煽る。
嘘つけこれが終わったら一回飯にしようってさっき言ってただろ!
こいつ本当に息するように嘘つくな!
「だぁ~もう、うっさいわね! 仕事中に足止め食らわされてんのはこっちよ! すぐ終わらせるからそこで待ってなさい!」
「はぁい」
「お待たせしました。結論から申し上げますと、証拠もなしに逮捕などできません。この話はこれで終わりです」
愛理の態度に並河も苛ついていたのか、はたまた紺野に対応するために邪魔者をさっさと片付けたいのか、明らかに対応が素っ気なかった。
当然だが愛理がそれで納得するはずがなく、なおも食らいつく。
「証拠ならあるわよ! 私がこの目で見たもの!」
「嘘だよ!」
「え?」
「お?」
ここに来て第三者の乱入である。
さすがに皆何事だと声の方向を確認すると、肩を怒らせる(スカートらしきものを履いているのでおそらく)少女と、その後ろでオロオロしている(おそらく)母親がいた。
「あ、さっきの……」
「そこのおじさんはあたしのキーホルダー拾ってくれたの! 悪い事なんてしてないよ!」
どうやらこの小学校低学年くらいの少女、先程の話に出てくる子供当人らしい。
自分より歳下であろう歳三が「おじさん」なら自分は何なのか、という疑問が浮かぶがなんとか流した。
だが愛理はこれで納得する女ではなく、「あなたは犯罪者に騙されているの」と言い聞かせようとする。
最も少女は怒りの目で愛理を見ており、話を聞く様子はなかったが。
「違う! それに、」
そう言いながら彼女は下半身の衣服をまくり上げた。
皆がぎょっとしたが、すぐにその意図に気づく。
「これキュロットだからパンツ見えないもん!」
確かに、これでは下着を覗く事はできないだろう。
一気に視線が愛理に集まる。
「じ、実際に覗きをしていたかなんて関係ない! キモいクソオスはいるだけで犯罪なんだから!」
「そんな法律はありません」
ぴしゃりと並河が断言すると、説得するのは無理だと悟ったのか愛理は「クレーム入れてやる」などと言いながら去っていった。
「あ~あ、苦情入れられちゃいますね」
「はん、あんな大馬鹿者になんと言われようと知ったこっちゃないわ」
「わあ、先輩らしい」
からかうような口調だが、やはり楽しそうだ。
まるで構ってもらいたくてイタズラをするクソガキである。
だが、当然紺野はただのクソガキではなく、プロを名乗るだけあって引き際は弁えていた。
「さて邪魔者がいなくなったところで、あんたたち今度は何を」
並河が振り向いた時には、もう紺野と歳三はそこにいない。
ヒィヒィ言いながら走る歳三を引きずる紺野はそのまま陽一も回収し、男三人汗だくになりながら全速力で階段を下りる。
かなりの段数があるので、正直膝に来る。
歳三に至ってはまだ半分も降りていないのに陽一以上にヘロヘロだ。
「はひ……もうむりぃ……」
「踏ん張れ歳三! 追いつかれるぞ!」
「二人で支えよう! あんたはそっちを!」
「おう!」
「こら! 待ちなさい!」
並河は必死で追いかけてくるが、悲しい事に足が遅いらしい。
三人は階段を降りて駐車場に戻り、車内に隠れて彼女を撒く事に成功した。
「タカ……もう帰った方がいいんじゃないの……ナミカワさんに見つかったし……あとお腹すいたし」
ぐうぐう鳴り響く腹の音から絶対後者が本音だろうなと思ったが、特にツッコミは入れなかった。
「あと一つだけ行っておきたいところがあるんだ。それ食って待っててくれ」
紺野が指さした大量のコンビニ弁当は、一度彼が車に戻ってきた時に持っていたものである。
だが歳三は不満げだ。
「こんなのおやつにしかならないし……」
「帰ったらメシ作るから少しの間我慢しろ! いいか、それは二人分だからな! 独り占めしないでちゃんと分けろよ!」
「あんたは食べないのか?」
「俺は帰ってからでいい。そんなに腹減ってないし」
そう言い残して紺野はまた出ていった。燃費の良さがあまりにも対極な二人である。
歳三は大量にあるコンビニ弁当を吟味していたが、目が合うと「あ、あの……さ、先、選んで、く、ください……」とぼそぼそ言った。
「え、いいのか?」
「さ、さっき……タカと、い、一緒に、た、助けて、くれた、から……あ、ありがとう、ございます……」
「ああ……じゃあ……これで……」
礼を述べて焼き肉弁当を一つ受け取る。
残りが気持ちよく吸い込まれていくのを見ながら、陽一も焼き肉を口に運んだ。
「……なあ」
「ヒッ! な、なん、ですか……」
声をかけただけで歳三はぷるぷる震えだす。
そんな彼に、陽一は自分の鞄からあるものを取り出し、差し出した。
「! これ……」
「あんたも好きなんだろう。『神楽シリーズ』」
先程歳三の鞄の中から見つけたもの。
それは陽一も所持している、『神楽シリーズ』最新刊の初回限定版についていたストラップだ。
目の前の相手が「同士」と気付いた歳三の表情がぱあっと明るくなる。
「か、カケガワさんも、す、好き、なの……」
「ああ。数多の時代、数多のジャンルを書きながら全て高い完成度……天才だよ、北島先生は……」
「わ、わかる……」
歳三は猛烈な勢いで頷く。
『神楽シリーズ』は、有名小説家北島明良作のオカルト時代小説だ。
主人公の神楽葵が様々な時代や場所で活躍するストーリーで、内容もアクションやホラーなど多岐に渡る。
最もアニメ化が期待される小説と言っていいだろう(※陽一調べ)。
「何より主人公の神楽葵がいい。戦闘能力と頭脳も魅力的だが、何より性格がいい。ああいう優しい人と結婚すればよかったな……」
「エッ、アッ、ウン」
笑顔で頷いていた歳三が、急に片言になった。なんとも複雑そうだ。
「……どうかしたか?」
「いや……その…………知らない方がいいと思う……」
歳三は露骨に視線をそらし、陽一は首を傾げた。
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