りんごとハチミツとバーモント
我が家の金曜日の晩ごはんはカレーである。
昔からそうだったわけではなくて、実家暮らしのときも、一人暮らしのときも、結婚してからも別に僕は「金曜はカレー」というこだわりとともに生きてきたわけではなかった。
娘の離乳食がそろそろ終わりですかねというころだろうか、記憶にないが、おそらくその頃であろう、僕が「金曜はカレーだよね」ということを言ったのだと思う。
妻は会社員として働きながら、毎朝僕らの晩ごはんを用意しておいてくれる。それだけでも頭が地面にめり込むが、なにより献立を考えるのが大変だ。
少しでもお役に立てれば、ということで「金曜はカレー」ということにしたのだと思う。覚えてないけど。
僕の母方の祖父は戦時中海軍にいた。そのため広島にもゆかりがあった。回天で特攻する予定だったのだが、特効の前に終戦を迎えたというラッキーボーイ、またはラッキーじいさんであった。
そういう僕のバックボーンもあり、「金曜はカレー」はかれこれ我が家で10年以上続いているのではないだろうか。
ひとくちにカレーといっても色々である。僕は実家ではゴールデンカレーを食べていたが、おそらく父母どちらかの好みがそれだったのだろう。一人暮らしの頃に僕は「こくまろ」に出会い、それ以降「こくまろこそが至高」と言っていたので、妻もはじめの頃は「あなたはこくまろが好きなんでしょう?」と「こくまろ」を使ってくれていた。
娘も食べるので甘口にしなければいけないし、娘の口にこくまろが合うわけでもないし、妻も「キーマカレーにトライしたい」などと言い出すしで、そのうちどんな銘柄のルーを使っているのか僕にもわからなくなったが、少なくとも「こくまろ」はレギュラーの座を追われたようであった。
そろそろ娘も中学生に上がるわけで、そうなると彼女の好みも変わってくる。「今回のカレーは辛すぎた」「甘すぎた」「あまり好きじゃない」とかあるわけである。
そのたびに妻は「こっちはどうだ」といろいろと試す。
僕は辛いものが苦手なので甘口で充分なのだけれど、妻は辛いものが好きである。担々麺とか食べれちゃうわけ。
娘にはそれが遺伝したのか、僕よりも辛味耐性が強く、辛さに関心も高い。
以前、妻が買ってきたであろう「辛ラーメン」というカップ麺を娘が夜食に食べた。我が家は誰が買ってきても早いものがちという過酷なルールがあるから仕方がない。
ただし娘にはまだ早かったのか、彼女は「辛ラーメン」をほとんど残してしまった。もったいない話である。もったいないおばけが出るぞ。
そういえば彼女は納豆も好きである。妻も納豆が好きだ。僕は全くダメで、納豆を口にいれると「うげろうげろげえ」と吐いてしまう。だからそのあたりも娘は妻の遺伝が強い。
ついでに言うなら部屋の片付けが出来ずにすぐに部屋を汚部屋にしてしまう才能も妻ゆずりである。娘の部屋もたいがいひどいのだが、妻よ、あなたのものが入っていると思われる引っ越しのときのダンボール、まだ開封されずに寝室にいくつ置いてあるのでしょうか。そしてそれが開くのは次の引っ越しのときなのではないでしょうか。
何の話だっけ。カレーだ。カレー。今日は金曜日だったのでカレーだったのです。
毎回の我々メシを作らない族からのフィードバックを得て、試行錯誤のうえ、妻は今回バーモントカレー中辛を選んだのでした。
「甘口だと甘すぎる、中辛だと辛すぎる、でもバーモントの中辛ならちょうどいいのではないか」という判断であった。
これが大正解で、めちゃくちゃ美味かった。ついに我が家の最適解が見つかったのだ。苦節10年。
バーモントといえばアイドルが「りんごとハチミツ!」とか言ってるCMのイメージがある。
それがゆえに僕は今までバーモントに対してどこかナメている感があった。
顔が良いだけのアイドルがチャカチャカしているだけのチャラいCMである。美味しいワケがない。そう思っていたのである。
僕はアイドルが嫌いである。ブサイクの嫉妬と思われるだろう。そのとおりである。
良い顔に生まれたばかりにキャーキャー言われて「アイドル」「スター」に登りつめた人たちだ。芝居をさせてみたらひどいもの、歌わせてみてもひどいものなのだが人気がある。メチャンコ人気がある。テレビにも引っ張りだこで、ドラマでもバラエティでもアイドルを見ないときがないと言っても過言ではない。それが日本のアイドルである。
そうはいっても、僕も出来ることならアイドルになりたかった。否、むしろ今こそアイドルになりたい。
筋肉少女帯というメタルバンドがある。あれをメタルと呼ぶかどうかは人によるが、僕にとっては確かに異端ではあるが大枠ではメタルバンドである。
その筋肉少女帯が割と最近になって「50を過ぎたらバンドはアイドル」という曲を出した。深い。大槻ケンヂさんは深すぎる。
大槻ケンヂさんの意図とは異なるかもしれないが、僕だってもう45で、業界の未来を背負うホープでもなければ、輝かしい未来が待っている青年起業家というわけでもなく、どちらかといえばうだつのあがらないオッサンなわけで、若さを売りにすることは出来ない。
若くもないやつが少しだけ残った若い感性で少しだけ尖ってビジネスをして資金難に陥っている有り様。となるとアイドル的に追っかけてもらわないと困るわけである。ぜひ追っかけてほしいところだが、アイドル的な売り方がわからないからさらに困ったことです。
何の話だっけ。カレーか。
そんなわけで僕の中で「アイドルがチャカチャカしてるチャラいカレー」といえばバーモントカレー、バーモントカレーといえばチャラい、そういうイメージだったのだけど、それが今夜見事に崩れたわけです。
なんて美味しいんだバーモントカレー・・・
すごく損をしている気がする。
世の中には僕みたいにブサイクをこじらせたアイドル嫌いが結構な数いるはずで、そういうルッキズムに侵された僕らはバーモントの中身を知らずに「ケッ」とかやっていて、好きな俳優が宣伝しているような他のカレーに流れていたわけである。
もちろんアイドル好きはその逆を行くだろうから、これまでもバーモントカレーのCMは伝統的にアイドルがやってきたんだと思うんだけど。
このルッキズムというのは大なり小なりあって、その範囲は人と合うときの第一印象から、合ったこともない人のSNSのアイコンまで、幅広い。
ルッキズムはよくないよ!と言われても、なくならないと思っている。何かプリミティブなものなんじゃないかと思っているのである。
クラシック音楽の世界も美人の女性演奏家が増えてきた。SNSを見ると容姿にしか興味がなさそうなエロオヤジ感全開のアカウントが女性演奏家のアカウントにぶら下がっているわけである。なんと醜悪なんだ。だが現実である。
彼女たちにどれくらいの実力があり、どのような音楽表現の特性があるのか、そういったことはルッキズムの前には無価値である。残念ながらそういった側面があるのが現実だと思う。
彼女たちの演奏について深く傾聴し、観察し、洞察し、的確なレビューを書ける評論家は絶滅危惧種なのではないかと思う。あとこれは大いなる偏見だが、そこまで書ける人は多分コミュニケーションになんらかの問題がある。風呂に入ってなくて臭いとか。太り過ぎとか。我ながら凄まじい偏見である。
なんにせよ、ほとんどの「ファン」にとって彼女たちは「アイドル」なのである。容姿的な意味で。
特に容姿がずば抜けていなくてもアイドル化している人というのはいて、例えばそれは大槻ケンヂさんなんかをはじめ「おっさんバンドマン」なんかもそうだと思うけれども、男女を問わずそういう人もいる。それは若かりし頃から追いかけてきてくれているファンあってのもので、おっさんの状態でデビューしてもなかなかアイドルにはなれない場合が多いのではないかと思う。
美人女性演奏家も、ただ美人なだけでなく、演奏家、表現者として魅力のある人であることが多い一方、容姿だけで話題になるような人もいるかもしれない。男性でもおなじことが言えるが、本来のウリは「演奏」であって、容姿は副次的なものであるだろう。しかし現実にはルッキズムの影響から逃れられていない。人によっては割り切ってアイドルを演じているかもしれないけど。
このあたり、ぶら下がっているオッサンたちのキモさも相まって、非常に複雑な心情なのである。なお、これもただの偏見でしかないが、クラシックの美人演奏家にぶら下がっているオッサンは全員デブでハゲだと思っている。ワンチャンはない。どうか諦めてほしい。偏見なのでもしかしたらITベンチャー企業とかにいる爽やかで仕事が出来そうな人もいるかも知れないが、僕の想像の中ではそういう人はワンチャンオヤジにはならない。なぜならすでに彼氏になっているからです。
何の話だっけ。カレーだ。
とにかく見てくれとかに騙されてはいけない。カレーだったら食べてみるまでわからないし味で評価すべきである。演奏家だったら聴いてみなければわからないし、演奏で評価すべきである。
アイドルがCMやってるから美味しいわけではない。
美男美女が演奏するから良い演奏になるわけではない。
アイドルとは何か。アイドルとして存在する人が努力した結果として多くのファンがついてこそのアイドルである。実力を伴わないうちに自薦他薦を問わず「アイドル」として作られたアイドルは、本物のアイドルと言えるのだろうか。尊敬に値する、称賛に値する、追いかけるのに値するのだろうか。
ルッキズムに侵された僕達は、本来実力があり、その実力で評価されるべき演奏家を「容姿のバイアス」がかかった状態で見ている。それは本物を知る、本当の自分の好みの味を知る機会を自ら捨てているようなことではないのか?
それでいいのか?それでいいのか俺達は?
何の話だっけ。カレーだ。
バーモントカレー、美味しいよ。