すべてには“終わり”があるから
テレビやラジオをつけると、何もかも全ての話題が「コロナ」についてですね。
コロナの影響で物流が滞り、中国からの輸入に依存してる日本は“トイレットペーパーデマ”が世間を騒がせましたが、この他にも「日用品」の在庫が無くなる危機にはまださらされている訳で、病院に勤務している私も、その影響をもろに受けている訳です。
今回のコロナは、私たちに“今”の在り方をさまざまな方向から見直させてくれているような、そんな気がします。
1. 病院の現状
私が勤務している病院は、手袋やマスク、エプロンなど、多くのものを中国から仕入れていました。コロナが流行し、中国からの輸入がなくなった(減少している)今、使用する物品の数に厳しく制限がかけられています。
例として、
・マスクは必要最低限は使用しないこと。使用するのは咳などの症状がある方のみ。もし使用する際は1日1枚で、マスクの中にガーゼを挿入し、そのガーゼを交換することで中の清潔を保つように。
・フェイスシールド(ゴーグルとマスクが一体化したもの)やゴーグルも1患者対応につき1日1枚の使用を。使用ごとにゴーグル部分をふき、次に使うように。
・アルコール消毒の使用は極力禁止。基本は流水+石けんによる手洗いにて対応すること。
などなど・・・
今までは院内感染を防ぐために、ケアの都度交換推奨、手指衛生も適切なタイミングで実施するようにと、アルコール使用本数目標を掲げ、その達成に向けて日々努力をしているところでした。
「清潔さ」を求め、求められて、毎日を過ごすうちに、私の中では、キレイさを徹底することが良いこととなり、当然化し、少しずつ“コスト管理能力”が削られていたように思います。
コロナが収束したらモノの生産は復活する!それまでの辛抱だ!!
はたしてそのような考えでいいのでしょうか。
資源は有限です。
こうして今までのように「必要最小限の使用」を意識せずただ「清潔さ」のみを優先したモノの消費を続けていくことは、近い将来、今のような“危機的状況”が永遠と続くことを示しているように思います。
確かに、医療現場には免疫力の弱い方がたくさんおり、その方達を守るためには必要なことです。ですが、「患者の安全管理」と同時に「資源の有限性」についても強調し訴えることで、全スタッフが理解ある行動を取る必要がある。今がそのいい機会、転機なのではないでしょうか。
2. “永遠のもの”は存在しない
先程は、「モノの有限性」について話をしましたが、これは物に限ったのもではありません。
いつまでもあると思うな、親と金
なんて、よく聞きませんか?
本当にそうなんですよ。大切なものって、あるいは、いつも当然のようにそこにあるものって、実は“当然”ではないことが多いんですよね。
私は医療現場に勤めているので毎日いろんな人の人生の一部に介入させてもらっているわけですが、病棟の特性上、「死」と向き合い毎日を精一杯に生きていらっしゃる方がたくさんいるわけなんです。
「生」は有限で、どんなカタチでもみんな必ず“終わり”を迎えるんです。それは突然かもしれないし、ある程度の予測ができているかもしれない。ですが、「死ぬ」という事実に違いはありませんね。
だからこそ、今を精一杯に生きることが美しく光るんです。
私は、今この時その瞬間を共に過ごしている人に、人生の輝きの一部分でもお手伝いができたらいいな、なんて贅沢なことを願いながら仕事をするわけです。幸せ者です、本当に。
3.「大切にする心」を大切にしたい
コロナ危機を体験して、全てのものに対して、それがモノであっても人に対しても、大切にする心をもつことの重要さを痛感し、自分の行動を見つめ直しました。
“存在は有限”
大切な人にはその気持ちを伝え、モノを大切にし、地球に、生命に、すべてに優しく生きていきたいものです。
なんてね。ちょっと真面目な記事でした〜
ではまた!